甘やかに想い溶かしあって、季節をたぐる
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シウム・ジョイグルミットはご機嫌にピンクと黒のエプロンを身に着けた。
イチゴクリームを挟んだチョコクッキーのような色のエプロン。その上に纏うスイーツのチャームたちも何だかいっそう甘く見えてくる。
「宗くんはエプロン、どれにするー? 可愛いのとーかっこいいのと~」
「なぬ……じゃあ格好いい方で頼む」
突然振られた質問に藤間・宗一郎は驚きながらも笑んで答える。
「可愛いエプロンも似合うと思うんだけどなぁ~。でもでも、このかっこいいエプロンもね、宗くんにすごーく似合うと思うんだよね♪」
ボクのオススメ!
と言ったシウムが差し出したエプロンは二藍を基調に薄明の空を映したような色。結び紐はワインレッドと、何となくクリスマス時の正装を思い出す色合いだ。
「ありがとな、シウム」
礼を言って彼女の頭を撫でれば、シウムの表情は嬉しそうにふやりと綻んだ。
――今日は二人にとってのバレンタインデー。そしてホワイトデーだ。
最近は色々と忙しく、バタバタとした日常を送っていた二人だったけれども。
それでもバレンタインやホワイトデーは、長く一緒に過ごしたい。
今日はそんな二人の約束の日だ。
「シウム、材料を並べていくぞ」
「うんっお願い~♪ ボクは道具を並べていくねー」
シウムの手でキッチンに出されていくのは大きなボウルやゴムべら、まな板包丁と温度計。シウムは調理の流れを考えて並べていく。
宗一郎は買ってきたばかりのたくさんのチョコレート、カラフルなトッピング材料、そして果物やドライフルーツ、お菓子を並べていく。
「春巻きの皮? も、要るんだよな……?」
「いるいる~」
――そう。今日はチョコレート菓子を一緒に作ろう! と約束した日。
訝しげに尋ねた宗一郎の手には春巻きの皮がある。一体どう使うんだ、と考える宗一郎の声と、軽やかで歌うようなシウムの声。
シウムが最後に置いたのは、可愛い柄の付箋が貼られたレシピ本。
『手作りの基本テクニック』と書かれたページを開いて、準備は万端!
「宗くん♪ お菓子作り、一緒にがんばろうー♪」
ぎゅっと拳を作ったシウムの小さなえいえいおーの掛け声。
「えいえい、おー」
と、宗一郎も拳を作ってみれば、シウムがにこにこして自身のそれを少し傾けた。
微笑んだ宗一郎がこつんと合わせて――さあ、作業開始だ。
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一番最初に作るのは、簡単に作れる板チョコパイ。
伸ばしたパイシートにチョコをのせて折りたたむ――だがお菓子作りは奥深きモノ――宗一郎はしみじみとそう思った。
溶き卵をハケで塗ったり、スライスアーモンドをのせたり。
たまに、レシピを確認し読むシウムの声に応じて動く宗一郎の手は、ややあたふたとしている。
「……か、簡単なのか??? これ」
「パイシートに包むだけだからねー」
「えぇ……」
明らかに包むだけじゃない手順を経験した宗一郎は戸惑った声。
「ふふー、イチゴ味のチョコを入れて、イチゴ味っぽいチョコパイも作るんだ~♪」
細かく、大きさを揃えてチョコを刻んでいくのは宗一郎の得意仕事となった。レプリカントである彼が均一を意識すれば包丁捌きは手際が良いものとなる。
「わ、宗くんすごーい!」
チョコレートの香りに、オーブンで焼き中のお菓子の匂いも相まってシウムはほわほわと幸せそう。
「ん。お湯の温度もちょうどいいくらいになったよ~。湯煎開始だー♪」
ボウルに刻んだチョコを入れて、熱で溶かしていく。
「宗くん、火にかけた生クリームが沸騰したら、そっちのチョコレートが入ったボウルに入れてくれるー?」
「わかった」
「泡立て器よーい♪」
「泡立て器、用意」
復唱し、泡立て器を側に配置する。
少し待機したのちに、沸騰した生クリームをさっとボウルに入れていく宗一郎。
「泡立て器で手早く混ぜてー♪」
おねだり風のシウムの声――これが一体どんなチョコになるのか、どういった部分で使われるのか。宗一郎にはちんぷんかんぷんであったが、彼女の言う通りにしていけば大きな事故(火傷とか)も損失(チョコの)も無いだろうという判断の元、動いている。
「シウム、かたまりが少しできそうなんだが……」
「あっ、じゃあこっちで湯煎しちゃおう~」
そう言ってシウムが少しだけ体をずらし、身振りで宗一郎を呼ぶ。
泡立て器を持ったままの彼の手に自身の手を重ねて一緒に混ぜて。
「うんうん、いい感じだよー」
シウムの、心から楽しさを感じている声音は宗一郎の耳を優しくくすぐった。
オーブンの音も、器具の擦れる音も、やわらかなものに聞こえるあたたかい時間だ。
「ううぅぅ、もう今の段階からつまみ食いしたくなるよぉ……!」
オレンジピールにチョコをつけて――ココアの粉をふりかけて。
オランジェットは仕上げはまだだが、既に完成形である。
「シウム。さあ、冷蔵庫へ入れるんだ」
冷蔵庫のドアを開けた宗一郎がおいでおいでと招く。
「冷やせばいっそう美味しくなるんだろ?」
「うぅ~、……おいしくなぁれー!」
えいっと魔法の言葉を掛けて、冷やし段階へと入るオランジェット。
「シウム、次はどれを作るんだー?」
レシピ本を持った宗一郎が付箋のあるページを開きながら尋ねる。
「次は、カップケーキのデコレーションをしていきたいなぁって思ってるよ~」
「チョコのカップケーキか。あれで完成形じゃなかったんだな。トッピング? はどれにしていくんだ?」
「えっとね、いっぱい♪」
えへっ☆と笑顔になったシウム。用意しておいたトッピング材料をキッチンの向こうからこちらへとお取り寄せ。
「どんな感じにしようかな~。くまさんとかも出来そうだよね」
チョコペンで波模様。星をちりばめて。
嬉しそうな恋人の様子を眺め癒されていた宗一郎は、ふと、彼女の頬にチョコが付いているのに気付く。きっと混ぜている時にはねてしまったものだろう。
「シウム、チョコがついてる」
教えられて右に左にと指でほっぺを擦るシウム。けれども位置は外れていてシウムの指先は綺麗なままだ。
「え~? どこだろう……宗くん取って~」
「はいはい。仰せのままに」
背伸びして寄せてきたシウムの頬へ親指を滑らせる宗一郎。すくったチョコはぺろっと舐め取った。
「ありがとう~。……あっ、宗くん、つまみ食いだー」
はっと気付いたシウムが宗一郎をポカポカする。
「大丈夫ダイジョウブ、これは別の方のつまみ食いダカラ」
「なんでカタコトなの~」
楽しくじゃれ合ったりもして、甘い時間を過ごす。
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可愛くデコレーションしたカップケーキ、オランジェット、マシュマロチョコバー。
ハートのブラウニーや、ロリポップキャンディーみたいに棒に刺したカラフルチョコ。
セッティングしたテーブルとチョコスイーツの数々を前に二人はくっつくように座って。
「春巻きの皮はこうなるのか~」
と言った宗一郎が摘まんだのはスティック状に巻いて焼いた春巻きの皮。
チョコをディップして好みのトッピングで食べるパーティスイーツだ。
ディップ仲間にはフルーツやチーズの姿も。
「こうして食べ合いっこできるのが良いよね~」
ふふ~♪ とシウムがあーんとしたので、パリパリショコラを彼女の口へ。
「ね、宗くんも」
甘やかな声に応じれば、ふわふわなケーキの食感。
食べさせたり、食べさせてもらったり。
一緒に作ったスイーツを、恋人たちは甘く満喫していく。
成功
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