バレンタインはカレーの香りに包まれて
「詩織ー、そっちできたべか?」
フェリチェ・リーリエ(嫉妬戦士|40《しっと》・f39205)の呼びかけに、
「ばっちりです!」
八坂・詩織(銀誓館学園中学理科教師・f37720)はニッコリ笑って、インドのターリー風に盛り付けられた何種類かのカレーを掲げた。
「まあ、時間なかったのでナンは市販のものですけどね」
苦笑する彼女の横で風が吹き、スパイスの良い香りが鼻腔をくすぐる。うんうんと満足そうに頷いて、フェリチェは笑った。
「詩織のインドカレーも美味そうだべな!」
「フェリチェさんのカレーも美味しそうですよ。じっくり煮込んでただけあります」
給食の寸胴鍋のような、デカい鍋の中でぐつぐつ煮え立つ大量のカレーを見ながら、詩織も言う。黄色に緑、鮮やかな色合いの詩織のインドカレーとは違う、オーソドックスな日本のカレーだが、こちらはこちらで良いものだ。漂うカレーの匂いを感じつつ、詩織はそれにしても、と周囲を見回した。
「どうしてまた急にカレーパーティーなんて……今日はバレンタインなのに」
ここはアスリートアースにある、とあるキャンプ場。雪の降らない地域であるらしく、肌寒くはあったが抜けるような青空が清々しい。カレーパーティーにはもってこいの日和……とはいえ、バレンタインだ。チョコと同じ茶色とはいえ、カレーのイメージはあまりない日である。首を傾げる詩織に、フェリチェは胸を張った。
「そりゃお前さん、今日は14日たべ? イエローデーでねーか。黄色い服着てねえとはさすが分かってるべな!」
詩織の青い服を見ながら言う彼女に、若干呆れたようにツッコむ。
「たまたま今日この服着てたってだけなんですけど……それに、イエローデーって5月14日じゃありませんでした?」
イエローデーのことは知っている。以前フェリチェと共に参加した依頼でも聞いた。なんでもどこかの国では、この日に黄色い服を着てカレーを食べないと、一生恋人ができないという嫌な記念日であるらしい。詩織のツッコミに、フェリチェはクワッと目を見開いた。
「イエローデーっつったらイエローデーだべ! 非リアにシャルムーンもバレタラシイデーもないわ!!」
「……はぁ」
彼女の剣幕に、これ以上は何も言わない方がいいと詩織は口をつぐんだ。だが、フェリチェはフェリチェで明後日の方向を向いたまま、お玉でぐるぐると鍋をかき混ぜている。
(「……リア充どもの妨害のため、板チョコとカレールウをすり替えようとしたらあっさりバレて大量にカレールウが余ったとは言えねえべ……! ま隠し味にチョコは使ったけども!」)
……どうやら、此度のカレーパーティーには大量に余ったルウの消費という目論見もあったらしい。しかし、その魂胆を、
「(またリア充爆破しようとして失敗したんですね……)」
詩織は言わずとも察していた。それを知ってか知らずか。フェリチェは火を止め、割烹着を脱ぎながら努めて明るく言う。
「まあともかく食おうでねーか、詩織のバターチキンカレーいただくべ!」
「そうですね、いただきましょうか」
詩織も頷き、いざ実食。彼女のカレーを頬張ったフェリチェが、んー! と声を上げる。
「うん、美味いべな! 詩織も料理上手だべなー」
「ありがとうございます」
照れたように微笑む詩織に、
「……あ、だからって嫁いかんといて! 詩織にまでリア充なられたらおらどうしたらいいか……!」
急におろおろしだすフェリチェ。詩織は軽く肩をすくめる。
「……幸か不幸か、まだそんな予定ないですよ」
「そ、そっか、ならよかったべ」
ホッとした様子でバターチキンカレーをかき込むフェリチェを、詩織はどこか複雑そうな顔で見ていた。
(「(……リア充への嫉妬に狂ってさえなければいい人なんですけどね。もしも私に恋人できたらどうするんだろう……できればいい関係を続けたいし……この人にだけは実は好きな人がいるって知られたくないなぁ」)
浮かぶのは、眠そうで気怠げな目をした先輩の姿。彼は彼で鈍く、詩織の想いに気付きそうもないし、人に言うつもりもないのだけど。微かに首を振って物思いを打ち消した詩織は、ふと口に運ぶスプーンを止めた。
「でもこの量、ちょっと二人で食べるには多いですよね……どうします?」
小分けに盛りつけられている詩織のカレーはまだしも、寸胴鍋いっぱいのフェリチェのカレーはどう見ても二人分には多すぎる。彼女の問いに、フェリチェはスプーンを口にくわえたまま答えた。
「まー、たくさんあるしグリモアベースでも行って配るべかなぁ……あ、嫉妬旅団にもお裾分けするべか!」
「そうですね。じゃあ私も持ち帰って、知り合いに配ろうかな?」
配るべき知り合いの顔を思い浮かべながら、二人のカレーパーティーは続いていく。チョコではなく、カレーの香りに包まれたバレンタイン。これはこれで、良い時間と思い出になりそうだった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴