高らかなれ、|賛歌《フェリチータ》
「やはり、今日も冷えるな……空も、」
ふとガラス越しに見た冬の澄んだ夜空は、ブラッドが心の奥に押し込めた“|そら《宇宙》”とよく似ていた。
何気ない星の輝きと、街の明かりから離れたこの森だからこそ色味を増す澄んだ黒——……。
何の変哲もないはずの冬の夜空から、徐々にブラッドの視線が遥か遠くを見る。
|幾万光年も先の、遥か遠い星の燈《思い出に沈む故郷》を。
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˖
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……——ブラッド自身、|それ《過去》は決して美しいものではなく決して人を喜ばせるようなものではないと理解している。
だが、当事者として忘れたくても忘れられない、未だ蟠る淀みには痛みも苦しみも悲しみも綯交ぜなまま幾度だって鮮明に思い出してしまう。
「(あぁ……)」
分かり切った|濁り《闇》へ、ゆっくりと爪先から沈んでいってしまう。怖くて逃げたいのに、体が一歩も動かない。目を逸らすことを許さない。
そうしてどろりとしたブラッドの昏い記憶は、しっかりとブラッドの足へと絡みつき、悲鳴や怒号を反響させながらブラッドが押し込めていた恐怖の記憶を引き摺り出してくる。
なぜなら、それがブラッドがまだ|生じた《うまれた》ばかりの無垢なる存在だった頃、一番初めに恐怖を刻み込んだのが同族だったからだろう。
——まず、ブラックタールという種族は基本的に様々なものに擬態して生きることが多い種族だ。これはあくまでブラッドが猟兵となってから知ったことだが、変形できる利便性を活かし、時と場合によって姿を変えるなど形の決まった者よりも自由に生きる者が多い場合もある。
そんな中、ブラッドの一族が最も好んだのは人型だ。なぜなら、“神”に愛された存在だから。ただ、それだけ。
“神”という伝承への|崇拝めいた愛《代を重ねた狂信》に、|酔って《縋って》いたかったのだろう。
だからこそ種族が異なるにもかかわらず、利便性的な意味でも何でもなく『神に愛されたい』がためにブラッドの一族は“人型であること”が|当たり前《・・・・》だった。だが、不運にも象ることが得手ではないブラッドが生まれたとき——……彼らは同族より、|“愛”を選んだ《ブラッドを排した》。
書物や口伝の伝承めいた教えとも言えるのか分からないものを信じ、仰ぎすぎた結果が同族を排するという、ある意味非常に“人らしい感情”を以って同族はブラッドを自分たちにとって都合の良い憂さの捨て所としたのだ。
思い出というには余りに酷いものであるが、今のブラッドは彼らを何と言うべきかよく分かる。
「(……我が同胞ながら、井の中の蛙だった。世界へ出れば、神とて俺達と同じ。幾多数多と存在し、様々な感情と判断や感情を持っている。——人も、人ならざるものも等しく生命。ただ、|在り様《かたち》が違うだけ)」
これもまたブラッドが猟兵となってから知ったことだが、世界が変われば“神”もまたそれぞれ。
寧ろ、スベースシップワールドにだって恐らく様々な“神”がいたことだろう。明確な|指針《教義》を持つ者持たぬ者、そして人型ではないものなどは当たり前なのだ。
そんな世界の実情を知った時、ブラッドも若干のカルチャーショックは受けたものの、記憶の底で未だに謝り続ける幼い自分に寄り添える切っ掛けにもなっていた。
「(きっと……、そうだ)」
謝り続ける幼い自身という悲しみを消そうなどと、ブラッドは思わない。それはそれで、それもまた自身の人生にあったこと。だがそれが自身のものだからこそ、自身で赦せる——……赦してやれる。
思い出せば芋蔓式に引き摺り出される同族と過ごした船の記憶に過る、当時存在した銀河帝国のこと。拿捕されたブラッドたちの船は容赦無い支配によって奴隷とされ抵抗は死へ繋がる、更なる痛みの記憶へ上塗りされてゆく。
頭の芯が、グラグラ揺らぐような不快感に、呼吸が早くなる。
記憶が過るたびに耳の奥底で悲鳴が木霊し、今はない傷が疼いてしまうも——その疼きに伴い蘇るのは、新たなる人生の転換点“神隠し”。
船撃墜の瞬間迸った爆破の炎がブラッドへ届こうとした瞬間、明確に覚えた“死”という強烈な感触は未だ生々しいものの、同時に異世界へ放り出されたブラッドが感じた“逃げ出せた”という明確な安堵と“生”の時間が連続している違和感は凄まじい速度でブラッドの心も体も蝕んだ。当時UDCが分からず、訳も分からぬまま乱立するビル群と見知らぬ服を纏い足早に動き回る人間たちに圧倒され、ただただ隙間で息を潜めていたものの、そののちに出会った同じ境遇の彼女との小さなコミュニケーション。あの一時は、今も輝かしい記憶の一つだ。
——ただ、それに付随する|自身が目覚める《猟兵へ覚醒する》起因こそが彼女の死となったことは悔いであり、“|造《かたち》”を手に入れた第二の転換点である。
「(どうしてと……きっと、幾度も思うべきではないのだろう。だが、先人の言う通りだ)」
後悔とは先に立たぬと、異国の先人は言ったという。
生きうる限り、命とは学びの中にある。そして思いある限り問い続けねばならぬ——……それもまた、異国の神の教えであっただろうか? とブラッドは猟兵仕事の合間に時折聞きかじる異国の文化を脳裏で反芻しながら、今度はガラスに映る自宅——大樹の洞の部屋を見る。
二度に渡り世界を転じたブラッドへ訪れた“|最愛《サン》”との出会いと、思い出。共に紡ぎあげた部屋は過去には無かった温もりに溢れていた。
|最愛《サン》と共に乗り越えた幾つもの心と、分かち合ってきた成長の軌跡。そしてその道のりの中で互いが見つけた“本当に守るべきもの”と、“生きる意味”。そして誰かを愛し守ることが当たり前の、平々凡々な“日常”。
「(——そう、俺はサンに生きる意味を貰った……“示してもらった”んだ)」
|醜い怪物《バケモノ》めいた性を持つ己が無垢なるサンの隣にいてはいけないと幾度も幾度もブラッドは考えると同時に、逃れようとした。さり気なく突き放そうとする度に後ろ髪をひかれながら、世界へ飛び出すサンを応援したいと思う反面どこか寂しくて。
「(あの時は、羨むというより——俺は、)」
サンに期待に満ち溢れた目を向けられる世界へ嫉妬していたのだろうか? などと考えるうち、気付けばブラッドは内心で口角を上げていた。見目は過去に喰らいしUDC蒼炎の鎧竜鬼を象っているため、骸骨ゆえに変わらない。しかしサンが見れば一目でわかる程度に、ブラッドはサンを想っただけで笑顔になれる。
苦しみはあった。
悲しみもあった。
辛さだって、どうしようもない思いだって、恨みだって。
だが今のブラッドならばそんなものに囚われ、沈んだまま起き上がれなくなることは無い。
世界で一人、太陽の名を冠する最愛がブラッドを照らし、燈し、温もりを分けてくれるから。
「……——冬は、冷たいな」
その冷たさは、温もり知るからこそより染みる。
こうして改めてガラス越しに冷たい外気へ触れたブラッドは、|昔《故郷》を思う。
昏がりより手招くような“記憶”の群れは、ブラッドを痛めつけながら思考の|深海《うみ》へ沈めようとしてくる——けれど、
「ブラッド! ねえねえ、まーだ?」
「っ! サン——……ほら、マフラーを忘れるなと言っただろう」
不意に後ろから伸びた細い腕が、ぎゅうっとブラッドを抱きしめ熱を分けると同時に、柔らかな“はぁい”という声が返ってくる。
それはブラッドにとって掛け替えのない温もり——|サン《愛する伴侶》。
後ろから抱きしめたブラッドを覗き込むように小首を傾げたサンは、窓辺で景色を眺めるブラッドを驚かせたくて抱き着いたらしい。そして、サンの目論見通り|不意を突かれた《思考の海へ落ちかけの》ブラッドはビクリと震えて驚くものだから、予想通りに成功した悪戯が嬉しくてクスクスと子供のように笑ってしまう。
ブラッドを驚かすまでは、部屋の奥から呼びかけたブラッドが振り向かない寂しさに頬を膨らませていたというのに。
「ねねね、これでバッチリじゃない?」
「そうだな、暑くなったら緩めるから外すんじゃないぞ」
「もうっ! 僕そんな子供じゃないよ!」
ブラックタールであるブラッドは、今やすんなりと取れるようになった蒼炎の鎧竜鬼を形どりながら、小手に包まれた指先で再度窓ガラスに触れ空を仰いだ。
見上げた夜空の星はどこまでも透明に輝き、澄んだ冬空の空気を突き抜けブラッドの眼孔へ光を届けてくる。
「(……——随分と、“とおく”まで来たものだ)」
永久に続く宇宙という海よりも、遠く。
随分と安穏とした涯へやって来たと、ブラッドは思う。
「サン、そろそろ準備はできたか」
「——うん!」
花のように微笑み手を伸ばすサンの細い指へ、タールで形成した指先を緩く絡めたブラッドはそっと引いてゆく。
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——温もりある黒より伝わる熱の喜びにブラッドと視線を交わして街へ行こうとしたサンだが、実は本当はとっくに支度は出来ていた。
“今日のマフラー、何色がいいかな?”と聞こうとして、ふと窓に映るブラッドが寂しげだったから。ただ、抱きしめずにはいられなかったのだ。
マフラーなんて放り出して、|最愛《ブラッド》へ自分の元気を分け与えられたらと祈りながら。
「(……ブラッド、大丈夫かな)」
ねぇ愛する人、実は気付いていますよ。
ねぇ愛する人、大人には“皆迄聞かない”っていう大人の対応というのがあるのでしょ?
ねぇ愛する人、どうかその瞳に僕だけを映して。
「(よし、今日はいっぱいブラッドを元気づけちゃうぞ!)」
私は誰より何より、貴方を愛し尊び寄り添える命で在りたいのです。
ぎゅっと握ればぎゅうっと握り返してくれる貴方が心から|大好き《愛してる》。
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びゅうっと頬を叩く冷たい風に身を縮めながらも、街を飾る眩くも色とりどりの光の群れにサンは瞳を輝かせる。
行き道でブラッドに聞いたアックス&ウィザースのクリスマス屋台の珍しさに、ついきょろきょろとあたりを見回してしまう。
「ねぇねぇブラッド、美味しいものってどの辺にあるかな?」
「さっきも言った通り、焼鳥やラーメンは無いからな?」
賑わう街は活気に溢れ、誰彼もが笑顔であった。クリスマーケットを訪れる人々は誰も彼もが笑顔で、可愛らしいリースや手編みらしい長靴下を輝きに満ちた露店で選んでいる。
サンが楽しみにしていた“美味しいもの”も、鼻を擽る匂から店の存在がよく分かり、他にも馨る甘さからスイーツも充実しているらしく、ブラッドがしっかりと手を繋いでいなければサンは好奇心で歩きだしてしまいそうな勢いだ。
可愛らしい旗の揺れるミンスパイの店は形に拘り、星やハート、花を模したものにリースなど、どれも目を惹くものばかり。看板に掲げられた大きな花籠を模したパイアートの華やかなこと!
ドライフルーツやナッツがたっぷりのミンスミートもまたどれも魅力的で、どうやら一番人気はチョコレートの黒猫が色付けられたホワイトチョコレートの星を咥えたパイらしい。
どうやら他にもクリスマスプディングの店があるらしく、数種類カットされたプディングの食べ比べを家族で分け合い楽しんでいる人々も多かった。セットで供される蜜林檎の紅茶が甘く馨っていて、ついサンは心が誘われそうになってしまう。
そして広場へ出れば、吟遊詩人の奏でるリュートや太鼓に合わせて今宵は見知らぬ誰かと手を取り合い踊る人々もいるようであった。
「見てブラッド、あれチョコレート、噴水だって……!」
「ほう、チョコレートファウンテンか。珍しいな……フルーツは選べるのか。サン、後で買うか?」
「うん!」
触れ込みをする店主曰く、大きな街を渡り歩いて食材を選び抜いているというチョコレートショップは季節限定のクリスマスの特別仕様らしく、ファウンテンをくぐった果物へ煌めくクリスタルシュガーという魔法をかけているらしい。
また、隣の店では魔法の杖に似た星型のクリスタルシュガーキャンディを売っており、その可愛らしい見た目からか子供たちに大人気らしく、擦れ違う少女たちが“当たるそうよ”と嬉しそうに笑って並ぶ占い小屋と同じくらい大変盛況。
きゃあきゃあと喜び走り回る子供を避けるようにブラッドが手を引けば、よろめいたサンをブラッド反射的に抱き寄せていた。
「みんな元気だね……へへ、なんだか楽し」
「そうだな」
そうして更に人々を縫って歩いた先では、丁度ツリーの下で聖歌隊が歌い始めていた。
絵に描いたような幻想的な光景を前に、サンとブラッドが共に身を寄せ合いながら見上げたツリーはただただ神秘的で美しい。
夜空の星よりも絢爛に瞬く光に笑いあって、耳を満たす幼い声の聖歌隊へ拍手をして今日という日を寿ごう——と思っていたのだが、くいくいとブラッドの袖を引くサン。
「——たいへんだよ、ブラッド」
「ん?」
じっとどこかを見据えるサンの視線を辿った先——……その屋台では豚が丸焼かれ、手前の鉄板では太いソーセージがじゅうじゅうと食欲そそる音を立てている。大樽より提供されるエールをたっぷりと注いだジョッキを勢いよくぶつけ合い、“カンパイ!”と喜ぶ屈強な男たちがわいわいと楽し気な酒盛りに興じているらしい。店は大忙しで、けれどやっぱり誰もが笑顔だ。
おそらく街が祭りだと聞きあつまった冒険者や、祭りの準備へ大いに協力した職人たちなのだろう。勢いよく肉へかぶりつき、エールを呷っては互いの苦労を分かち合い笑いあっている。
「今日はクリスマスだ、無礼講だろう」
「ふふ。じゃああのお肉、僕もあとで絶対……!」
「勿論。ん?……あそこか、燃えるワインの店は」
豚の丸焼きがこんがりと色味を増す姿に目を輝かせるサンを横目に、ふとブラッドが気づいたのは炎の形を模し、“ホットワイン”で温まって! と綴られた旗。
今回街は盛大にこのマーケットを祝うため、街が出していたチラシの目玉とされていたのは“燃えるグリューワインの店”。
配布されているチラシ曰く、|火炎龍《フレムドラゴン》の灰を混ぜ込んだ耐火カップごと購入が可能だそうで、既に列ができていた。
「そうえいばさ、グリューワインって——」
「さっき言った通り、果物やスパイスを入れて温めたクリスマス定番ワインのことだ」
「へへ、ここのは燃えるんでしょ?」
行き道、街へ辿り着くまでに話したことをサンが“覚えてるよ!”と胸を張れば、正解だというように頷いたブラッドが、店先に並ぶ形や香りも独特なスパイスを順に説明する。
「あの星型のはスターアニス、長細い筒状のものはシナモンだろう……それと——あぁ、あの釘のような小さなものはクローブ。それとあの浅い緑のタネのようなものはカルダモン。小ぶりのクルミに似たものはナツメグだな」
ブラッド曰くどれも体を温める効能や、血行促進という冬のためにあるようなスパイスで、星型のスターアニスには抗菌作用もあることから風邪をひきやすい時期たからこそ飲むべき一杯なのだという。
「わぁすごいっ、近く来るとすっごく良い馨りっ」
「ほう……この店は林檎煮も累加できるようだが」
「追加する!」
「だそうだ、二杯頼む。サン、カップは赤とグリーンどっちにする?」
「ん~……僕、こっちの方が良い——かも?」
「そうか。ではグリーンのカップに林檎煮追加で、赤い方は通常で」
“はーい!”と元気よく返事をした売り子が丁寧にブーツを模したカップへとグリューワインを注ぎ、フルーツを盛り付け仕上げの青い炎を分けた。
幻想的にカップの口に燈る青い炎は美しく、幻想的でまさに魔法のよう。クリスマスの夜にはぴったりで、ブラッドとサンは思わず微笑み視線を交わして勧められた椅子のスペースへ。
「わぁっ……すごい、炎がちょっとキラキラしてる?」
「ふふ、たしかに少し似ているな。だが、飲むのは火が消えてからだ」
「うん。ねぇねぇブラッド、あとでお肉もお菓子も一緒に食べよう。それに、ダンスだって一緒に」
「あぁ。あの丸焼き以外にも、肉も有ると思うぞ。お菓子も、奥へ行けばあるかもしれないしな。それから雑貨や工芸品も気になるし——さっきの音楽にダンスも、楽しそうだった。それからお土産も買おう」
ブラッドの言葉に“お土産!”と喜んだサンと金の輝き瞬く青い炎を眺めて暫し、豚の丸焼きで見た彼らほどではないがサンとブラッドもカップをこつりとぶつけて乾杯を。
「あちち……けど、美味しいねっ」
「あぁ、スパイスが主張しすぎていない。甘くて飲みやすいな、これは」
「(ブラッド、笑ってる……嬉しいな)」
カップを両手で支えながらふふと笑ったサンがグリューワインを楽しむ間、ブラッドは通りかかった店員に声を掛け、街を一望できる場所について尋ねていた。
町の人々やチラシ、そして会計の束の間に勧められた“展望公園はどうだい?”という言葉に感謝の意を伝え、グリューワインを楽しみ終わったサンを抱えブラッドは歩き出していた。
「ひゃっ、ぶ、ブラッド!?」
「おっと——すぐ分かることだが、まぁ後はお楽しみだ」
驚いたサンが目を見開いてブラッドを見れば、ブラッドはにやりと微笑み悪い顔。まるで悪戯が成功したような様子なものだから、サンはブラッドの『楽しい』を楽しみに目を細めその頸へ腕を回していた。
「……うん!楽しみだね!」
徐々にブラッドの脚は街を離れ、進むのは森と反対方向。
欲見れば整えられた坂道を登り、更に真新しい石段を登ること幾十段。ほうっと白い息を伸ばし、ブラッドが最後の石段を上る。
「さ、ついた。此処のことだろうな、眺めが良いと言っていた展望公園というのは」
「わぁっ……! すごい、すごく綺麗! 飛んでた時より近くて、キラキラがよく分かるね!」
先程まで抱えていたサンをベンチへ下ろし丘の上より共に眺めるのは、街の全貌だ。
“せっかくなら、このイルミネーションが最も美しく見える場所を”と買い物の最中に聞いて歩けば、人々が口にしたのは森と対角に位置する小高い丘が切り開かれできた、展望公園のこと。彼ら曰く、このクリスマスマーケットは勿論、街の祭りを一望できる観光スポットとして最近作られた場所だという。
幸い、街のカフェやレストラン、出店を楽しむ人々が多いのか展望公園にはサンとブラッドの二人きり。見下ろす街の光が瞬く度に、まるで宝石箱を眺めているような気分になる——とブラッドが言おうとした時、どんと襲った小さな衝撃。ぎゅう、とブラッドを抱きしめる白い細腕。
「——あのねっ」
「サン?」
ぎゅっとブラッドへ抱き着いたサンが、その胸に顔をうずめながらぽつりと呟く。
「もう、さみしくない……?」
おずおずと見上げる|蜜色《サン》の眸は澄み、じっと幼気な彩を湛えてブラッドを見れば、思わずブラッドが面食らってしまう。隠していたはずの心を見透かすようなサンの眼に、ほんの僅かに“神”を見たからだ。
「(……俺もまた、|彼ら《同族》と何ら変わりないところもある、ということか)」
ブラッドが溜息を一つ。
びくりと震えたサンを|強く強く《離さないよう》抱きしめたブラッドの口から出たのは、か細い声だった。
「サン、すま——」
「もうっ! 僕はそういうのじゃないんだけど……」
不満げな声を上げるサンをみれば、頬を膨らませながらブラッドの纏う甲冑の飾り紐に指を絡め、“ねぇこういう時は?”と促すような言葉と瞳に愛を湛えて見上げている。
そわそわと、照れたような落ち着かなさで。
「——言っただろう、“お楽しみ”と」
「へ、ひゃ!」
“すまない”が封じられるのはブラッドも織り込み済み。だからこそ、可愛らしく怒ったフリをする愛する人が、さも不満気に突き出した桜色の唇へ口付ければ、白頬を寒さ以上に赤く染め照れたサンは目を白黒させて、再び抱え直されたことへ返せたのは驚いた声のみ。
こうして今度はブラッドがサンを見上げれば、“うー!”と唸ったサンがブラッドへ凭れかかっていた。
「どうしたんだ、寒くなってしまったか?」
「……なんだかズルい!」
“もー!”とまた膨らませた頬は、眦と揃いで桜色に染めたサンは、ブラットからしてみればどこから見たって愛らしいだけ。つい小さく笑みを溢すブラッドへ、もうサンは怒ったフリをしない。愛しい人が笑ってくれた——ただそれだけで、安心できたから。
細い指先がブラッドの眼孔の淵をなぞり、頬を滑ってゆく。眼孔に燈る紫焔の光でブラッドがサンを見つめれば、もうその蜜瞳に不安はない。あったのは、ブラッドだけを映し蕩けるような愛おしさだけで満たした洸だけ。
「ブラッド、大好き。僕のブラッド——、」
「——俺もだ、サン。愛しているぞ」
“宇宙で一番愛しているよ”の言葉は重ねた唇で隠して、二人だけのものにする。
白い息を絡めて、もう瞳に映すのは愛する人の姿のみでいい。心震わせるのは互いの為だけに。
一人ぼっちだった怪物は、もうこの森にも街にも存在しないのだから。
“|鳥とは、帰る場所あるからこそ飛ぶものだ。その|止まり木《愛する人》を、決して見失ってはいけないよ。《Birds fly only if they have a place to return to. They must never lose sight of their perch, their loved one.》”
成功
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