境界の内外澄み渡って、見えるものもあるだろう
●噂の屋敷
冬の空気は冷たいけれど、空気が澄んでいて好きだ。
大気中の水分が少ないこと、季節風が吹いて残留する塵が少ないことが要因だということを聞いたことはある。
だから、噂の屋敷…… 常々『なにか出る』と言われる屋敷の周りもそうなのだろうと思っていた。
配達の仕事をするようになってから、暫く経つ。
だが、此処はまだ緊張する。
秋から何度か配達に伺っているが、肝が冷えるようなことがそう何度も頻繁に起こるものではないということを漸く学んで、慣れてきた頃合いであった。
大抵は置き配ができるからだ。
「……仕方ないってわかっているんだけれど」
しかし、置き配できない品物だってある。
例えば、品名が生鮮食品であったり、冷凍であったり。
置き配したはいいが、傷んでしまったのでは意味がない。なので、こうした食品関係は置き配できない。
直接対面で受け渡しを完了しなければならないのだ。
意を決して呼び鈴を押す。
『ぷきゅ~』
「変な呼び鈴だよな、相変わらず……」
息を吐き出す。
吸って、吐いて。繰り返して、心拍を安定させる。
ややあって、返事が聞こえる。
よかった、在宅だったんだ、と胸を撫で下ろす。が、安心するにはまだ早い。
「おまたせしました~」
戸口が開いて現れたのは、馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)だった。
よかった、と今度こそ本当に息を吐き出して、品物を手渡す。
お届け物です、と言葉を紡ぐと、その足元に一匹の猫がやってくる。
にゃあ、と見上げる様は人懐っこいというより、『人間、ご苦労であった』くらいの気位の高さを感じさせるものであった。
ちょっとおかしくって笑ってしまう。
「お届け先、お間違いないでしょうか? 品名は、ええと、氷菓となっておりますが」
「氷菓……?」
覚えがなかったのだろうか。
だが、送り主を見て、ああ、と得心が言ったようだった。
「懸賞が当たったんですね~なるほどなるほど」
こちらも納得であった。
こういう懸賞は大抵の場合、当選は発送を持ってお知らせする、という形態が多い。
そのために心当たりが、ぱっと思いつかなかったのだろう。
そう言えば、自分はこの手の懸賞は当たった試しがない。いや、そもそも懸賞ハガキを出す、という習慣すらない。
切手を張る手間だってあるし、何より面倒くさい。アンケートに応えるっていうは、煩雑に思えてならないのだ。
昨今では、ウェブアンケートに切り替わっているので、低い敷居はさらに低くなっているはずだが、やはり読み飛ばしてしまう。
自分には、このような当選は一生縁遠いだろうな。
「へっくしょん!」
「あらあら、大丈夫ですか?」
「ええ、まだまだ最近は冷えますから」
鼻をすする。
「ああ、ではちょっとまっててくださいね~」
え、と戸惑っていると背中が遠のいていく。いや、すぐに配達に戻らないとなんだけど……。
そんな自分の顔を見上げる猫が、またにゃあと鳴く。
まるで、それは『言われた通り、待っとれ。損はない』と言っているようであった。
もしかして、猫の言葉を理解できるようになったのだろうか、自分は。
暫く待ちぼうけしていると、屋敷の主が温かいお茶のペットボトルを持ってきた。
「いや、そんな」
「いいんですよ。いつもお仕事お疲れ様です。これで暖を取ってくださいね」
本来なら、こういうものは断るべきだ。
けれど、己の身を案じてくれた心遣いに報いるには、受け取る以外にない。
「では、ありがたく……ありがとうございます」
「いえいえ。早く暖かくなるといいですね~」
本当に。
そう思いながらホカホカの胸元をさする。
よし、今日も頑張ろう――!
成功
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