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ワン・アンド・オンリーはチョコレート色

#ゴッドゲームオンライン #ノベル #猟兵達のバレンタイン2025 #ゲームプレイヤー

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ジークリット・ヴォルフガング



明和・那樹



ザビーネ・ハインケル



レイチェル・ノースロップ



八洲・百重



カタリナ・ヴィッカース



蒋・飛燕



エリアル・デハヴィランド



黄・威龍



飛・曉虎




●[GOD.GAME//ONLINE]
『学園』と呼ばれる拠点が、ゴッドゲームオンライン上には存在している。
 嘗ては荒れ果て、バグプロトコル跋扈するフィールドであったが、今は一掃され多くのプレイヤーたちが集う拠点になっていた。
 クラン『憂国学徒兵』たちもまた、この拠点を中心にクエストに参加したりガチャを回したりと灰色の現実とも言える統制機構に支配されたリアルから目を背けるように謳歌していた。
 その拠点『学園』の施設の一つ。
 図書館。
 そこはデータライブラリになっており、現実では禁制されているような書物もデータとして閲覧することができるようになっていた。
 大体のプレイヤーたちは、現実とは違う色鮮やかな景色広がるフィールドにクエストにと目が行きがちであるが、こうした現実では禁制の書物を目にする事ができる、という点でも、この図書館には相当な価値があるように思えてならなかった。

 そうした価値を知ってか知らずか、明和・那樹(閃光のシデン・f41777)こと、『閃光のシデン』は図書館の蔵書の一つを手にして、ページをめくっていた。
 データとは言え、こうして実際に手に取った感触があるのがVRの良いところだな、と改めて彼は思ったかも知れない。
「ふむふむ……うーん……でも、なぁ……」
 手にした蔵書の内容を噛み砕いて頭に入れているのだろうが、その表情は明るくない様子だった。
 もしかしたら、不安というものが勝っているのかもしれなかった。
 深くため息を吐き出す。
「やっぱり、やめておこうかな」
「何をやっぱり、やめておくんです?」
「うわぁ!?」
 那樹が諦めたように手にした蔵書を閉じて、書架へと戻そとした瞬間、背後から声を掛けられる。
 思わず方が飛び上がって上ずった声が飛び出してしまった。
 書架に戻そうとした蔵書が床に落ちて硬い音を立てる。

 振り返れば、そこにいたのは、カタリナ・ヴィッカース(新人PL狩り黒教ダンジョンマスター・f42043)であった。
 驚かすつもりであったし、驚いた彼を見て、そんなつもりはなかったんです、みたいな顔をするのもお手の物であった。
 少年のこうした慌てふためく姿を見るのは心の栄養であったし、健康に善いことであるのをカタリナは実感していた。
「な、なんだよ、急に後ろから声をかけないでくれよ!」
「すみません。そんなに驚かれるとは思わかなったものでして……それ、どうしたんですか? あ、わかりました。それってちょっと人には言えないような……」
「違うってば! そういうんじゃないってば!」
「誂っただけですよ」
 那樹の抗議にカタリナは、形ばかりの謝罪をする。
 いや、もしかして、本当にそういう蔵書を見ていたのならば、これは黒教に勧誘するチャンスなのでは? 弱みも握って欲望も開放できて、信徒も増える。一石二鳥どころではないのではないかと思ったが、カタリナは自重した。
 確かに彼女は、表の顔では清楚でお淑やかな組合員である。自称であるが、まあ周囲の反応は、おおよそ間違っていないと言ってもいい。
 しかして、裏の顔は特製クエストや甘言を持って黒教にプレイヤーたちを勧誘する蛇系ドラゴンプロトコルの黒教信徒なのだ。
 まあ、那樹には知られてしまっていることだが、手当たり次第に勧誘を行って黒教や教祖へのイメージダウンに繋がらぬようにと自粛する程度の常識は備えているのだ。

 この拠点『学園』を管理しているノンプレイヤーキャラクターの『エイル』にも、表の顔の通りに認識されている、はずだ。
 まあ、そんなカタリナと懇意にしている姿を那樹は他のプレイヤーから羨ましがられているのだが、本性を知っている身からすれば、厄介極まりない存在であることは言うまでもない。
 今も、お隣のお姉さんムーヴで那樹を困惑させているのだ。
「あら、これは……」
「あっ、やめ……!」
「『手作りチョコの作り方』? ああ、もしかして……」
 にや、とカタリナが笑む。
 那樹と亜麻色の髪の少女であるノンプレイヤーキャラクター『エイル』とは、以前から交流があるようである。
 であるのならば、カタリナは玩具を見つけたように笑って肩を叩いた。
「『エイル』さんに、ですか? でもでも、バレンタインって女の子から男の子にチョコレートを贈る風習ですよ! それとも、こんなのが貰いたいなぁっていうそういうあれですかぁ~?」
 茶化すような言葉に那樹はうんざりしてしまう。
 だが、否定しなければ、肯定と取るのがカタリナである。説明しなければ、説明しないで善いように解釈してさらに玩具にされるだけだった。
 わかっている。

「違うってば」
「ではでは~? え~? 違うんですか~?」
「……母さんに」
 その言葉にカタリナは首を傾げる。
 そう、那樹は己の母親にチョコレートを贈りたいと思っていたのだ。
 だが、統制機構……リアル、現実においては正月休みもなければ、バレンタインの風習などもない。
 ただ平日が繰り返される。
 変わらないこと。
 普遍であることが最上であるとする現実世界において、予定されていないことはイレギュラーとして排除される傾向にある。
 正しく変化のない灰色の世界。
 ゴッドゲームオンラインに人々が夢中になるのも頷けるというものだ。
 事実、那樹もバレンタインという行事、風習があるということは、ゴッドゲームオンライン上で初めて知ったことだった。

「ですが、人生設計図があるのでは?」
「僕の人生設計図には、家族間で贈り物を贈ることは禁止されてない」
 那樹は思う。
 確かに現実は灰色だ。
 両親の仕事も忙しい。めったに家族で食卓を囲むこともないのだ。
 けれど、それでも合間を縫って食事を母親は用意してくれている。たとえ、冷えた作り置きであっても、そこに那樹は感謝の気持ちを抱いていた。
 食事の暖かさだけが愛情ではないのだと彼は思っていた。
 どんなに忙しくても、人生設計図通りなのだとしても、それでも食事を用意してくれる母親に感謝を伝えたい。
 でも、気恥ずかしい。

 そんな時にバレンタインは感謝の気持ちを伝える風習でもあるという記述を見たのだ。
 なら、と一念発起して、禁制の書物がある場所になら、と図書館に足を運んだのだ。勿論、『手作りチョコの作り方』という本は、内容としては簡単なものであった。
 自分でもできなくはないな、と思えるものだった。
 けれど、やはり踏ん切りが付かなかったのだ。
 失敗したらどうしよう。
 そもそも、美味しくできるものなのか?
 菓子作りなんて学校の授業でもやらない。何もかもが初めてなのだ。到底、うまくいくビジョンが見えてこない。

 そんな那樹の気持ちを見透かしたようにカタリナは笑む。
「でしたら」
 もしかしたら、それは彼の弱みというか弄るネタをゲットした、という意味合いもあった笑みかもしれなかったが、しかし、満面の笑顔と共に彼女は提案する。
「え……?」
「善いご提案ができると思うのですが。ええ、本当に。これっぽちも怪しくはありませんよ? シデンさんが、求めるもの。それをご用意できると私、思うんです。言うなれば、智慧をお貸しできるかと」
「それは……」
 本当なのか?
 また自分を誂うだけ誂うのではないかとも思った。
 だが、諦めきれない。
 母親に喜んでほしい。その一心が彼の背中を後押しする。。

「何をやればいいんだよ」
「お話が早くて助かります。それはですね?」
 それはある意味でまんまとカタリナの術中に嵌りにいくようなことであったのかもしれない。
「代えがたい経験を得たいのでしたら、今年のバレンタインイベの高難易度クエストのテスターを指定頂きたいのです」
 けれど、それでもいいのだ。
 失敗を恐れて一歩も踏み出せないのであれば、それはもうどんなことも成功させることはできないのだから――。

●チョコレートゴーレム
 テスター。
 それはどんなイベントにもつきものである。
 いきなりぶっつけ本番でクエストを開始することなんてありえない。
 当然である。
 どこにバグが潜んでいるかわからないということもあるだろうし、バランス調整というものも必要だ。
 つまり、入念な準備が必要だということ。
 そして、そうした準備には人身御供……ではなくて、テスターというものが必要になるのである。
 誰でもいいというものでもない。
 ある程度の技量というものが必要となる。
 かと言って、廃人プレイヤーたちでは駄目だ。あれはあれで、厄介なのだとカタリナは思っていた。
 だから、手頃な、という意味では猟兵たちの存在はありがたい。
「というわけで、皆さんよろしくお願いしますね~」
 カタリナはクエストの外から声を集まった猟兵たちに掛けた。

「わかった。しかし、ユーベルコード禁止、というのはなかなか面白い試みだな」
 それは猟兵たちにとっては多くの制限を伴う条件であった。
 ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・f40843)は提示された条件にむしろ、弱るのではなく心が沸き立つ有り様であった。
「はい。今回のターゲットはチョコレートゴーレム。イベントクエスト限定のモンスターとなっております。ユーベルコード禁止なのは、バグプロトコルに準じたバランス調整にしたいと思っておりまして。その調整に難儀をしておりましたし、来たるべき大いなる戦いにおいては一般のゲームプレイヤーさんたちも巻き込まれるかもしれません」
「なるほど、そういう彼らのための修練、という意味合いもある、というわけか」
「ご明察の通りです。さすがですね」
 狼ゴリラは伊達ではないです、という言葉をカタリナは飲み込んだ。
 いらんことを言う必要はないと思ったからだ。

「剣一つを頼みにする、か。うむ。胸が踊るな。しかしだ、仮に倒せなくてもプレイヤーが倒れてしまったら、クエストは失敗になるのだろう? 時間がかかりすぎても良くないだろうし、かと言ってあっさり倒せても意味がない。なんとも面倒なバランス調整にしようとしたものだな」
 クリアできなければ、ゲームプレイヤーからは非難轟々であろう。
 クソクエストなんてやってられるか、と参加率が低かったら当初の目的を達成できない。
 となればこそ、やはり此処はゲームプレイヤーたちの創意工夫が必要になる、というギミックが必要なのだ。
「ギミックに気がついて、うまく利用できれば倒せる難易度を目指しているんですよね。ですから」
「なるほどな。であれば、戦い甲斐があるというものだ」
 その言葉にやる気を漲らせたジークリットたちの眼の前に出現した巨大なゴーレム。
 チョコレートゴーレムと名称を付けられたモンスターが、クエスト開始の合図と共に重たい音を立てて踏み出す。
「Oh! なんともGreatな! VillainめいたMonsterデスネー! これはTrainingのし甲斐がありまマース!」
 ニンジャヒーローことレイチェル・ノースロップ(ニンジャネーム「スワローテイル」・f16433)は、共にテスターとしてやってきていた猟兵の一人であった。

 彼女にとって、これはやはりトレーニングの一環でしかなかった。
 ユーベルコード禁止というルールの中でも、彼女のカラテやザンテツ・ブレードのワザマエ、その冴えは健在である。
 振り下ろされたチョコレートゴーレムの巨大なチョコの塊のような拳が彼女に振り下ろされるが、これを鮮やかにレイチェルは空中を舞うようにして躱していた。
「速い……! |聖剣士《グラファイトフェンサー》なのか!?」
 那樹が目を見開くほどの速度でレイチェルはチョコレートゴーレムの攻撃を躱して翻弄している。
 超高速の連撃。
「ユーも結構なオテマエ、デース!」
「負けるものか! 閃光の渾名は伊達じゃあないんだ!」
 那樹とレイチェルの高速連撃は、しかしチョコレートゴーレムの表面をわずかに削るばかりであった。

「固い! 防御特化ってことか!?」
「ならば、防御を上回る攻撃を叩き込む!」
 二人の間をかいくぐるようにしてジークリットが踏み込み、手にした剣の一撃でもってチョコレートゴーレムの腕部を両断する。
 確かに固い装甲の表面はダメージを与えづらいだろう。
 ギミックがある、というのならば、その関節のつなぎ目を狙うのは定石であった。
 見事にジークリットの一撃は、チョコレートゴーレムの腕部の関節を寸断し、重たい音を立てて大地に落ちた。
 しかし、ゆっくりとした動作でチョコレートゴーレムは、落ちた腕部を手にして、寸断された部位に接合する。
「……再生?」
「違うな、あれは接合しなおした、というわけだ。であれば、関節部への攻撃は有効でも……」
「No! ダメージが与えられていないということデース! なにかギミックの解除方法があると……」
 見た方がいいだろうと、レイチェルが言葉にするより早くチョコレートゴーレムの一撃が彼女の体を吹き飛ばす。

「レイチェル!」
「Ouch! 大丈夫デース! へっちゃらへっちゃらデース!」
 立ち上がるレイチェル。 
 だが、このままでは|Poor poverty《ジリ貧》であることは疑いようもない。
「ムハハハ! ならば、修復されるより早く攻撃を叩き込んで刻んでしまえばよかろうなのだ!」
 3つの影が一気にチョコレートゴーレムに迫る。
 それは、飛・曉虎(大力無双の暴れん坊神将・f36077)と蒋・飛燕(武蔵境駅前商店街ご当地ヒーロー『緋天娘娘』・f43981)、黄・威龍(遊侠江湖・f32683)の三人の猟兵であった。
 このイベントクエストのテスターとして集められた猟兵は那樹を含めて9人。
 いずれもが猟兵として手練であると言えるだろう。
 しかし、そんな彼らをしてチョコレートゴーレムは鉄壁堅牢にして難攻不落であった。
「なんか思っていたのと違うアルヨー!」
 飛燕はイベントクエストに参加しながら、嘆いていた。
 それもそのはずだ。
 バレンタインに近しい日程。
 ともなれば、彼女は勘違いをしていた。
 そう、恋バナができると思っていたのだ。彼女も猟兵として戦う傍ら、ジャン軒と呼ばれう町中華で看板娘をしている少女なのだ。
 恋の一つなどしてみたいと思う恋に恋する少女。
 そんな彼女がバレンタインと聞けば、一にもニにもなく飛びついてしまうのも無理なからぬこと。
 肝心な部分を聞き逃して、しかも勘違いしたままクエストに参加すれば『思っていたのと違う』となるのは、さもありなんというやつだ。

「まあ、いいアルヨ! これもいい経験アル! 変・身!」
 掲げたスレヤーカードと共に飛天娘娘へと変貌した彼女は、その瞳をユーベルコードに輝かせる。
「あ~ユーベルコードは禁止ですよ~」
「うわっと、そうだったアル!」
 カタリナの言葉に、つんのめるように空中で急制動を掛けた飛燕。迫るチョコレートゴーレムの拳。避けられない、と思った瞬間、その巨体が衝撃に弾き飛ばされる。
 見やれば、彼女の窮地を救ったのは威龍の拳の一撃であった。
 さらに蹴撃、龍の尾を駆使しての連撃が叩き込まれる。
「ふっ……流石に固い、か。砕けぬとはな」
 彼は笑っていた。
 例年と違って平和な正月を迎えることのできたのは嬉しい誤算であったが、しかし、体がなまっては意味がない。
 そういう意味で、彼はこのイベントクエストのテスターを承諾したのだ。
 どうなることかと思っていたが、悪くはない。
 むしろ、善い、と彼は思っていただろう。
 なにせ、容易く己の拳で砕けぬ敵なのだ。殴り甲斐があるというもの。
「ムハハハ! 兄者の拳とて容易く砕けぬか! ならば、我輩の爪であればどうか!」
 曉虎の爪がチョコレートゴーレムに走る。
 食い込み、動物的勘によってジークリットが関節部を両断したのを学習し、これをまた寸断してみせたのだ。
 だが、ダメージにはならない。
 チョコレートゴーレムがゆっくりと切断された腕を持ち上げて接合する。

 その様を見やり、曉虎は眉根を寄せる。
「ムム!」
「アイヤー! 本場のカンフーネ!」
 飛燕も己の自慢のカンフー拳法でもって戦いを挑むが、威龍と同じく敵の硬さに辟易してしまう。
「固いヨー! でも、よろめくのはよろめくアルネ?」
「なかなか筋が良い」
「兄者! 我輩は!」
「まだまだだ」
 塩である。そんな三人の動きを、連携として見ていたのは、エリアル・デハヴィランド(半妖精の円卓の騎士・f44842)とザビーネ・ハインケル(Knights of the Road・f44761)であった。
 二人もまたテスターとして参加した猟兵である。

「まったくチンタラ叩いたり斬ったりなんざ、時間が掛かって仕方がないんじゃあねぇか?
 ならよぉ!」
 ザビーネの爆熱魔法が炸裂する。
 だが、その炎はまったく効果を発していなかった。
 迂闊だ、とエリアルは呟いた。無論、チョコレートであるから熱に弱い、というのは想定された攻略法の一つだっただろう。
「しかし、効果がない、とういうのは妙だな」
「妙だなんだっつっても、な!」
「んだべ! なんかおかしいべ?」
 八洲・百重(唸れ、ぽんぽこ殺法!・f39688)も同じ考えであった。

 モンスターの名前はチョコレートゴーレム。
 であれば、何の意味もなくチョコレートと名に冠するだろうか? そんな無意味なことをカタリナがするわけがなかった。
 であれば、名前もまたギミックのうちの一つだと捉えるのが当然であるとも言えただろう。
「バフにデバフにしたって。おいおい、やっぱり焼け石に水じゃあねーか!」
 迫る攻撃は鈍重であれど、周囲に範囲攻撃として効果を発揮するようだった。
 思った以上に厄介な敵。
 切断などはできても、すぐに接合される。しかし、ダメージが通っているようには見えない。
「おい、どうするよ!」
「……なにか、仕掛けがあるとするのが当然だが……」
 ユーベルコード禁止。
 これも理由があるはずだ、とエリアルは考えていた。
 なら、これは一般ゲームプレイヤーの立場、心得というものが意味をなすのではないか。
 彼らならどう立ち向かうか。
 ゲーム内のスキルか?
 それとも。

「アイヤー! これ! フィールドがキッチンになってるアルヨ!」
 飛燕が仕切り直そうとして飛翔して、フィールドが巨大なキッチンになっていることに気がついたのだ。
 空から俯瞰して見なければ、気付かないほどのフィールドテクスチャー。
 なるほど、とエリアルは頷く。
「蒋殿、他にはなにか気が付かれたことは!」
「気がついたこと……? キッチンだから、当然コンロはあるヨ。それに、えーとボウル? わかるアルか? あと鍋!」
「であれば」
「わーってるよ! おい、嬢ちゃん、そのコンロっつーのはどこらだ!」
「えーと、そこからだと四時の方角ネ!」
 その言葉にザビーネは、指示された方角へと爆熱魔法を放つ。
 瞬間、彼女の魔法の威力を増幅したような火柱が立ち上る。

「おおおっ、すんごいべー!」
「銀のボウルをお二人は移動を!」
「OK!」
 レイチェルと百重は頷く。
 二人で銀巨大ボウルと鍋を火柱立ち上るコンロへと運ぶ。
「んんっ? あれ、もしかしてつなぎ目ってやつじゃねーべか?」
 ボウルを運んでいる最中に、百重が気がつく。
 そう、チョコレートゴーレムの装甲につなぎ目めいた線が薄っすらと……それこそ点線のように刻まれているのだ。
 彼女が休日の度に模型趣味に興じているからこそ気がつくことのできた事柄だった。
「んだ! やっぱりそーだ! あれ、つなぎ目だべ! 狙うならあそこだべさ!」
「わかった!」
 那樹とジークリットが走り、鍋と銀ボウルを運ぼうとしているレイチェルと百重に襲いかからんとするチョコレートゴーレムの腕部を寸断する。
 滑らかに切り裂かれる腕。
 それはこれまでの渾身の一撃ではなく、連撃であっても効果を発揮するものであり、つなぎ目にさえ命中すれば、細かく寸断できることが理解できた。

「思った以上に細かく刻める……やっぱりこれって!」
「ああ、これはフィールドがキッチンになっている、と考えていいだろう。やはり、無意味ではないのだ。あのゴーレムを倒すためのギミック……次は、鍋に水を」
「ったく、人使いが荒いぜ」
「そう言ってくれるな。これも領主として他者を導くために必要なことだ」
「そうかい!」
 エリアルは、円卓の騎士に列する視覚と力を持った騎士だ。
 ザビーネを領主としてこれからもり立てて行くのであれば、当然、このような事態はこれからも起こり得るだろおう。
 だからこそ、良い機会だと思ったのだ。
 これもまた一つの教育。

「つまりあれだ。コイツを料理しろってことなんだろ!」
「気がついたようだな」
「ええと……ということは、銀ボウルと鍋は湯煎……ってこと?」
 那樹は、己が読んでいた蔵書のことを思い出す。
『手作りチョコレート』の作り方。
 そう、まずは。
「チョコレートを細かく刻む!」
「我輩に任せよ! ムハハハ!!」
 走る曉虎の爪の乱舞。
 それによって繋ぎ目に命中した一撃が細かくチョコレートゴーレムの体躯を刻み込んでいくのだ。
 刻まれたチョコレート色の体躯を威龍が蹴飛ばし、銀ボウルへと叩き込む。

「ムハハハ! 寸断されたら接合しようとして動くのは、もう何度も見たのである! そして、そのときの動きが鈍くなり、他に対処しきれなくなることもなぁ!!」
「……お前にしちゃ上出来だ」
「もっと褒めてもいいのではないか!? 兄者!?」
 すぐに調子に乗る、と威龍はため息を混じらせながら、いつも通りの連携を見せていく。
 空より、その様子を見ていた飛燕は笑って、さらに指示を飛ばす。
「誘導できるアルか? ゴーレムの動き、やっぱり自分の体を接合しようとして動いているアル!」
「ふむ、よくわからないが」
 ジークリットは一つ頷いた。
 銀ボウルにチョコレートゴーレムが誘導されている。だが、ザビーネの爆熱魔法でも解けないはずなのに、明らかにチョコレートゴーレムはコンロ方角へと移動するのをためらっているようでもあった。

「押し込めば良いのだろう?」
 狼ゴリラの本領発揮である。
 脳筋とも言える。
 彼女は有り余る膂力でもってチョコレートゴーレムへと体当たりを敢行する。
 だが、彼女の一人では足りない。
「力なら任せるべー!」
「あ、ちょ……! まだ刻めば負担は軽くなるでしょ!?」
 那樹の言葉なんて、ジークリットも百重も聞いていない。
 あーもー! と那樹は頭を掻きむしりながら、しかし笑った。
 こういう工夫とギミックの解明。
 心が踊る。
 得難い経験。かけがえのない経験。
 どれもができるのがゴッドゲームオンラインだ。なら、と那樹は踏み出す。
「|聖剣士《グラファイトフェンサー》の本領! 見せてやるよ! 閃光のシデンは!」
 踏み込む。
 放たれる剣戟のは、二刀流と相まって凄まじい速度でうっすらと見えるつなぎ目をなぞり、両断する。
 細かく刻む。
 そうした方が、舌触りが滑らかになるから。

「押し込めッ!」
 小さくなったチョコレートゴーレムが一気に押し込まれる。
 湯煎されたボウルはまるで溶鉱炉。
 溶けていくチョコレートゴーレムの腕部がサムズアップの形に変わり、これが正しいギミックの解明であったのだと示すように溶けて消えていくのだ。
 とぷんと、沈んだチョコレートゴーレム。
 瞬間、空に響くのはファンファーレ。
「Quest Clearデース!」
 レイチェルの完成と共に猟兵達は、高難易度のユーベルコード禁止クエストを見事にクリアしたのだった――。

●そして、日常は続く。現実も続く。
 結局、カタリナに乗せられただけだったな、と那樹は思った。
 確かに、あのクエストのお陰で手作りチョコレートの予行練習になったことは認めよう。
 けれど、実際にやるのとでは勝手が違う、というものであった。
 ゴッドゲームオンラインでは、スキルがある。
 スキルが発動させすれば、効果は正しく発揮されるだろう。

 けれど、現実ではそうもいかない。
 ゲームでできたことも、現実ではうまくいかないことなんて、往々にしてあるものだ。
「まったくもう、本当にコリゴリだ」
 そう言って彼は走らせていたペンを置いた。
 母への感謝。
 それを綴った紙を二つ折りにして、テーブルの上に置く。
 その横には不格好なチョコレートがあった。
 お世辞にもうまくできた、とは言えない。
 けれど、失敗とも言えない。
「さ、学校に行こう」
 帰ってきた母は、これを見て喜んでくれるだろうか。
 そうだといい。
 きっと、とは確信は持てない。
 それでも、踏み出したのだ。
 一歩を。
 それが那樹にとっての、何ものにも代えがたい経験となったのだから――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年03月24日


挿絵イラスト