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黒き二人、聖夜の告解

#ゴッドゲームオンライン #ノベル #猟兵達のクリスマス2024

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オニキス・ヴァレンタイン




 12月23日――ゴッドゲームオンラインでは、季節限定レイドイベントも期間終了まで僅かとなっていた。
「確か、クリスマス……25日の正午までのイベントですよね」
「ああ」
「始まったのは11月末からだったと記憶してますが」
 雑魚敵を思い切り薙ぎ倒す男の背中に閉じた瞼を向けながら、その黒聖者――オニキス・ヴァレンタイン(八月のヴァレンタイン・f41830)は、のほほんとした口調で首を傾げた。
「たまにいますよね。イベント終了間際に走り始める人」
「……こうも仲間を募れぬ程に少ないとは思わなかったんだ、今回は」
 絞り出す様な声でそう告げたのは、黒聖者同様に漆黒に身を包む騎士然とした男――アルデバラン・タウルス(断罪の黒曜・f41856)であった。
「|現実《リアル》が忙しくてログイン出来ぬ間にレイドボスが三日もせず倒されているとは」
「ええ、それはそれはもう盛況でしたとも」
 敵群を殲滅させたアルデバランが堅牢な兜を外し表情を見せ、肩を竦め溜息をつくのに対し。オニキスは先日の様子を思い返して笑みを浮かべながら癒しの術を施した。大した傷でも無いが、回復役として当然と言う様に。
「始まったと同時に一斉に大勢の|冒険者《ゲームプレイヤー》で溢れかえりましたしねぇ」
「そりゃあ期間限定ともなればな。そう、それこそ……|オニキス《アンタ》が突然現れた時の様に」
 思い起こせば数年前の八月に始まった期間限定イベント――『八月のヴァレンタイン』。そしてイベントと同時に実装されたNPCがこのオニキスなのだ。
「そう言えばそうでした。いやぁあの頃は僕も生まれたてで! 今となると色々お恥ずかしい限りなのです」
 自我が芽生えたのがいつからか、自分でも良く解っていないが当時の記憶だけは鮮明に残っている。初対面のプレイヤー達を時に案内し、時に散々煽ってはヘイトを稼ぎ。当イベントを走ったユーザー達に与えられた通称は『八月のヴァレンタインの黒い方』。
「そのまんま過ぎますよねぇ。ヒドすぎません?」
「……白い方もいただろう」
「ああ、僕の姉ですね。まぁどこかでくたばっているかとは思いますが」
 ヘラヘラと楽しそうに物騒な言葉を吐き出すオニキス。アルデバランにはその言葉が本心なのか冗談なのかも読めない。読める訳が無い。この黒聖者は自我を有すとは言えAIだ。その思考に人間は介在はせぬだから。人の心を真似るだけで人の心は持たぬのだから。
「……話は逸れたが。アンタが同行してくれたお陰で難無く今回のイベントを走る事は出来そうだ」
「アルデバランさんのお役に立てるなら僕も嬉しいですよ」
 ……先述の通り、アルデバランは今回のイベントを大きく出遅れた。出遅れすぎにも程があった。
 レイドボスは倒されたとは言えクエスト攻略も収集アイテムドロップも可能。しかしイベントと言う性質上、限定アイテムの入手を果たせば周回するプレイヤーは自ずと減少していく。ましてや終了間際ともなれば、フリーで組む仲間を募れど応じる者は皆無。
 そんな時であったのだ。途方に暮れるアルデバランにオニキスが声をかけてきたのは。前衛で高い攻撃力と防御力を以て戦うアルデバランにとって、後方支援の遠距離攻撃職や回復職のサポートは不可欠が故。有り難い申し出に甘える事となったのだ。
「それに僕はNPCの性質上、自分が関わらないイベントには縁が薄くてですね。こうして連れて行って頂けるのが楽しいんですよ」
 ルンルンとピクニックにでも来たかの様な無邪気な笑み。生まれながらに成熟した大人の姿を持ちながらもオニキスはまだ生まれて数年も経っていない。存在としての経験値が極めて低い身が故か、様々な事を見聞きし経験する事が何より楽しい様にも見える。
 ましてや、このゴッドゲームオンラインの空間においては彼はプレイヤーではなく|NPC《NON PLAYER CHARACTER》。プレイヤーの為に時に敵とあり味方となり、ユーザーサポートの為に存在する者。自分自身の為に好き勝手に、プレイヤーと同じく動くなど……本来は有り得ない者。
「さて、お客がお見えになりましたねぇ」
 オニキスが気配を感じたのか帽子を上げて閉じた瞼を先に向け、もう片手で聖典の頁を素早く開いた。
「プレイヤーである以上はアルデバランさんが主役ですからね。敵に向かうも退くも、判断するのは貴方です」
「無論、全て倒すさ。最低限のイベント報酬入手の為に、な」
 再び雄牛の兜に表情を隠した黒騎士が敵に向かい駆け出して行くのを黒聖者は楽しそうに眺めながら聖句を口ずさむ。欲望の祝福が敵に向かって黒き光線となりて爆ぜ、吸い上げた生命力は大剣振るう騎士の回復に用いられよう。
 漆黒の大剣と漆黒の光線に薙ぎ払われていくのはサンタ帽を被ったゴブリンやオーガ。それらがHPを完全に失った時、代わりに出現するのはジンジャークッキー。人の形に抜かれたクッキー生地に可愛い顔や模様のアイシングがされた、クリスマスの定番おやつ。
「あはは、良い香りが漂ってきましたね」
「残念ながら俺の身では食べ物の味も匂いも感じられんのだがな……」
 この電脳世界に魂が有る者と、仮初めの肉体の者の差。世界を感じて享受出来るのは本当にこの世界に生きる彼らNPCなのだろう。
 地面に落ちても割れる事も無い焼菓子を拾い上げるオニキスに。残りの敵を掃討するアルデバランは、食うなよと釘を刺す様に告げるのだった。

 やがて頃合いだと街に戻り。イベントクエストの報酬を受け取れば目的は完了。
「それだけで良いんですか?」
「……ああ」
 ジンジャークッキー数千枚と引き換えにアルデバランが受け取ったのは装備強化用の宝玉。イベント時しか手に入らないそれは充分レアアイテムなのだが、別にクリスマスイベントに限った物では無い。
「聖者の鎧とか剣とか……イベントらしい装備は受け取らないのですね」
「別に俺には不要だしな。オニキスが欲しいのならば交換可能だが、貰っておくか?」
 交換所となっている教会にはクリスマス装飾がなされ、受付である祭壇近くには様々な交換アイテムのサンプルが並べられている。赤白緑を基調とした武器防具は、まるでツリーの装飾をモチーフにしたかの様な派手さ。特殊効果は軒並み聖属性なのはイベントにちなんでか。
「いやぁ僕には似合わないでしょう。それにほら、僕は黒教の聖者な訳で。他宗の装備を身に着けるのも、ねぇ?」
「まぁ確かに。にしても、白教でなければ寛容なんだな、アンタ」
 残りは全てトリリオン通貨へと変換を申込みつつ、ふと湧いた疑問をオニキスに投げかけるアルデバラン。オニキスは『白教』のワードに一瞬表情を険しくさせるものの、直ぐにいつもの笑みにて肯定の頷きを返した。
「クリスマスとは、かつて『外の世界』の歴史に存在した宗教の祭りだと聞きます。禁じられた祭りがこの世界で再現され、こうして教会まで建ったのは楽しい事を欲する皆様の望みが有っての事、でしょう?」
 元々の宗教の教義や本来の祭りの意味まで、彼は識らない。だが自由な思考と愛情を求め、自由な信仰を求める人々の想いは欲望以外の何物でもない、とオニキスは感じるのだと。
「抑圧から解放されし欲望より生み出された物は全て愛おしく、限定品を欲する人々の限りなき望みは美しい」
 なのに、とオニキスは首を傾げて問うた。
「欲が無いんですね、アルデバランさんは」
「欲も余計なモノも俺には不要だ。限定の言葉に心惑わされる様ではな」
 多くの者は限定の言葉に踊らされ、実用性抜きに交換して倉庫の肥やしにするが。こう要らぬと言うのは珍しい。己が実装されたイベントでも多くの者が限定の二文字に翻弄される様子を見てきたオニキスにとって、それはとても不思議に思えた。
「皆様が欲望を剥き出しにイベントに殺到する様子を見ているだけで面白いんですけどねぇ僕は」
 黒教は『欲望による進化』を教義に掲げる。なればこそ、この黒聖者が人々の欲望を掻き立て煽る事は至極当然。限定イベントは物欲そのものだ――彼の在り方はそこに由来している様にも映り。故に。
「――オニキス。アンタ自身は何か欲望はあるのか?」
「僕の欲望、ですか?」
 不意に投げかけられた質問。オニキスはキョトンとした表情を浮かべ。
「そんなの決まっているでしょう。黒教を多くの人々に広める事です」
「それは、|何の為に《・・・・》?」
 更にアルデバランは問う。布教とはあくまで手段だ。その目的は二つ考えられる。一つは教義通りの『進化の促し』。だがオニキスの普段の言動からアルデバランが予測していた答えはもう一つの方。
「――他の皆様の欲望を見るのが好きなんですよ僕は」
 的中。『他者の欲望を暴き見る事』――人間と言う生き物の進化の衝動、原動力――その根源である欲望をこの無機質より生まれた魂は求める。それがたとえ黒く淀んであろうとも彼には生命の如く眩しく映る。
「だから。もう一度お聞かせ願えますか」
「…………え?」
 通りすがった告解室。オニキスは突如その信徒側にアルデバランを押し込み、有無を言わさぬ内に聖職者の座す側にその身を滑らせた。カタリ、と早速開く小窓の向こうに見えるのは幾多もの瞳が描かれし黒き聖衣。
「欲が無い人間なんておりませんよ。無欲なのはあくまで|演技《ロール》なのではないですか?」
「なっ……?」
 見透かす様な声が聞こえる。向けられるオニキス自身の目は閉じたままなのに、邪視除けの祭服に浮かぶ瞳がモニタ越しに見つめてくる。
「見せてください、貴方のその心の奥底に秘めた、本当のッ! 欲望をッ!!」

 それは、欲望のみに限局的な|視線の悪魔《ステータスオープン》……!

 射抜く声に、瞳に。アルデバランは狭い室内の椅子に手を着き、体勢を立て直して体重預ける様に身を凭れた。
「俺の、欲望か……はは、よぉ煽ってくれるわ」
 嘘はつけぬ。そんな気がした。思わず言葉のアクセントも素が出た。ならば告解と洒落込もう。どうせ相手はAIだ。そう、これはきっと自分の独り言なのだ。
「頼れる男になりたい。人を救いたい。その為の力が欲しい。全ての悪を壊せるだけの」
「それは、何故?」
 オニキスは問う。目的には何かしらの理由がある筈だ。先程己に問うた彼に回答拒絶は許されぬ。
「――|現実《リアル》じゃ俺の心はちっとも満たされへん。努力も出来んし、|他人《ヒト》を救う事も出来ん」
 抑圧された日々。決められた事しか出来ず、抵抗も反発も出来ず、悶々とした怒りと悲しみだけが胸に残る。
「俺は、無力な自分が、大嫌いだから」
 |アルデバラン《この姿》とは俺の理想を投影した欲望。こうありたいと描く願望の虚像。
「この世界なら俺は理想とする己になれる。けど、実際は演じとるだけの……ただの格好付けや」
「いいえ、いいえ……! 格好良いと思いますよ僕は!!」
 ガタン、と椅子より立ち上がる音が壁の向こうで聞こえ、そちらを見やると。
 瞳の数は増えていた。オニキスの見開いた瞼の奥に。
 幾重にも重なる瞳孔が見開き、告解する男を見つめていた。
「オニキス……?」
「……っと!? 失敬……!」
 慌ててオニキスは帽子を目深に被って瞳を隠し。軽く咳払いをしてから言葉を続ける。
「アルデバラン・タウルスとしてこの世界にある貴方は実際輝いていらっしゃる。僕にはそう思えます」
 オニキスは会話の内に確信した。男の演じているその性格は、現実世界で発揮出来ない内面であり本性なのだろうと。
「欲望を曝け出したその姿こそ……真なる姿なのかも知れません、ね」
「そっちも人の事言えんと……言えないだろう。とんだ邪視野郎が」
 珍しく口汚く言ってくるアルデバランは立ち上がると、やっと告解室の外に踏み出し。オニキスも慌てて追いかける様に外に出た。
「その、さっき見てしまったものは黙ってて頂けます? 黒教のイメージ下がってしまうのは不本意ですので僕」
「お互い様ってかアンタこそ他言無用だ。その……俺の素の喋りについても」
「ええ、告解は秘密厳守……そうでしょう?」
 振り返らず行く男の背を見送りながら、オニキスは手元に残ったジンジャークッキーを口に運ぶ。サクッと軽く砕け溶ける食感。
「ああ、美味しいですねこれ」
 口の中で甘辛い味と共にほのかなシナモンが薫る。嗚呼、まるで人間達の複雑な心の様に。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年03月23日


挿絵イラスト