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【神英戦争】アダム・カドモンの帰還②

#ケルベロスディバイド #黄道神ゾディアック #新型決戦兵器

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 ~物理記号としてのセルダン値(S)、ハリ係数(H)、アシモフ量(A)について
 既存の物理法則は、デウスエクス襲来に続く人類社会への魔術の流入により抜本的な見直しを迫られた。かつて熱力学における不文律とは、永久エネルギーは理論上はほぼ再現不可能であり、それは出来の悪い試験解答の中でのみ再現されるにすぎなかった。
 しかし、亡命者により齎された魔術という新たなる要素が、エネルギー論における新境地を開拓し、既存のエネルギー論にメスを入れたのである。
 必然、魔術と科学を架橋するための定理が開発された。以下、ジョン・フェラーによる深層物理学よりセルダン定理を紹介する。
 とある熱機関Xにおいて、本来のエネルギー生成量をE、術式毎に定義されるエネルギー活性化係数をH、魔力による力場をAとした際、Sは以下の様に現わされる。
 S=H×Aⁿ×E(Aⁿに関しては、nは魔力の性質により規定される)
 K大学出版、新物理学テキスト 21p~

 生あくびを必死に殺しながら、イゾルデ少将は、二重瞼を擦った。
 物理学などには興味のない自分にとって、この真新しいビニール張りの物理学テキストが、今やただ唯一の暇つぶしとなったのは皮肉と言えるだろう。
 イゾルデは薄らとした唇に皮肉げな苦笑を湛えながら物理学テキストの一項を読み終えると直ちに閉じた。
 クッションつきの背もたれが若木の様なイゾルデの背を支えている。丸椅子に大きく身を沈め、クッションの柔らかな感触を背に受けた。
 周囲には殺風景な荒蕪地が広がるだけであり、古代時代に建造されたという古びた長城の名残が申し訳程度に散在しているだけだ。
 空を仰げば、頭上には雲一つない青空が広がっている。氷の様に澄んだ空のもと、銀色の円盤と化した太陽が初夏を彷彿とさせる熱い陽射しを斜に落としていた。
 ピクニックに来たわけでは無いのだと独り言ちながら、イゾルデは、大きく体を伸ばすと、そのまま後方へと首だけを捻った。
 最新鋭の人型決戦兵器『アロンダイト』は、その名にたがわぬ尊大な面差しを青空へと向けたまま、不動のままに佇立していた。 
 額の中央から左右に伸びた二本のアンテナが、陽光を浴びて優艶と輝いている。さながらフルプレートに身を包んだ中世騎士といったところだろうか。この鋼鉄の巨人は、ただ近くに存在するだけで他者に得も言われぬ重圧感を与えてくる。
 全長五メートルにも及ぶ鉄の巨人は、アダム・カドモン長官による新技術と、奇人との呼び声も高いジョン・フェラー博士の知識とが合わさって誕生した新型戦術兵器である。
 周囲は森閑と静まり返っている。
 古ぼけた石畳と石壁とが点在するばかりの長城跡はまさに廃墟だ。ここからはイゾルデ麾下の技術班員らを除いて人の気配は愚か、動物の息遣いさえ感じられなかった。
 故に、この無人の長城跡地は、新型機アロンダイトの性能テストの試験場に選ばれたのだろう。
 イゾルデのやや後方では、鉄の巨人アロンダイトを取り囲むようにして班員達が、まなじりを熱くしている。
 熱望を湛えた視線は、ただ一心にアロンダイトへと注がれているようだった。
 理論上の話に過ぎないが、出力は七千セルダンにも及ぶという。そんな新型機を彼らはついに完成させたのだ。期待が大きいのも納得できる。
 春の陽気が殊更に暑苦しく感じられるのは、彼らの息遣いによるものだろうか。興奮と緊張感とが入り混じったような、一種独特な雰囲気が周囲に充満しているのが分かる。
 本来ならば、彼らを労うためにも今すぐにでも起動テストに取り掛かるべきだろう。だが、主賓の姿がない以上、それは不可能だ。
 イゾルデはテキストを、傍らに置くと、怪訝の眼差しで腕時計を窺った。
 腕時計は既に十三時を刻んでいた。
 既に約束の時間を半刻ほど過ぎているというのに、ジョン・フェラー博士が現れる気配は一向になかった。
 ため息まじりに一息つくと、イゾルデは小さく首を竦め、そうして時計からもアロンダイトからも視線を外して、空を仰望するのだった。
 瞬間、イゾルデは固唾を飲んだ。
 濃紺の空に夾雑するように、白い雲塊が中天を閉ざしていた。まるで繭を思わせるような白雲は、銀色の棘を幾条も伸ばしながらゆったりと空を下って来る。
 果たして、イゾルデは反射的に指揮官席より立ち上がり、声をあげた。
「敵、デウスエクスの奇襲だ。『アロンダイト』は実戦に備えて起動準備を。戦闘員は第一戦闘配備、通信班は直ちにロンドンの司令部に伝達。救援を指示せよ」
 イゾルデは、狙撃銃を手に取ると直ちに戦列を整える。
 技術班に加えて麾下の精鋭たちを従えてきたのは不幸中の幸いと言えるだろう。また、見方を変えれば、実戦はしばしば最良の運用試験となりえる。
 監督官であるジョン・フェラーが到着する気配はないが、緊急事態ともなれば話は別だ。ただ破壊されるに任されるよりは実戦に投入すべきである。 
 狙撃銃のスコープ越しに白雲を覗き込めば、拡大された無数の敵機が映し出されている。
 イゾルデは目を凝らして敵影を観察する。
 黒光りする巨躯から蝙蝠を思わせる二枚羽が伸びている。
 ビア樽状の腹部に、肥大化した四肢と、形状は一見すれば竜のそれに似通っていたが、敵影はいわゆる爬虫類様の顔面は持たず、頭部に該当する部分には、頸部から漏斗状に突き出た銃身の様なものが象嵌されているだけだった。
 イゾルデは直ちに敵の正体を看破する。
「敵、バレルヘッドドラゴン!その数、七百弱。先制攻撃を仕掛ける」
 短くそう告げると、イゾルデは引き金をひく。
 瞬間、黒い銃口からは眩いばかりの閃光が迸る。閃光は中途で幾条もの光条に別れては、淡い光の刷毛を空に描き出し、それら刷毛の一本一本で白雲を掠めていく。
 獣の唸り声にも似た重低音が、耳鳴りを伴う不協和音となって周囲に轟いた。
 イゾルデに続き、銃列が一斉に火を噴いた。
 淡い光の帯が白雲を飲み込み、竜の群れを薙ぎ払う。
 閃光が瞬いたかと思えば、光弾に飲み込まれた竜の巨体がひしゃげ、鉄塊となって砕け散る。鉄の残骸が続々と地上へと横たわっていった。
 それでも尚、イゾルデは苦笑せざるを得ない。
 携帯型狙撃銃ウィンストンの一斉照射をもってしても破壊できた敵機は凡そ、十をわずかに超えるのみだ。
 間断なく射撃を続けても、敵戦力は七割強の戦力を保持したまま大地に降り立つだろう。
 内心で舌打ちしながらもイゾルデは直ちに第二射へと移る。後方で『アロンダイト』が大地を踏みしめるのが分かった。

 煌びやかなスパンコールのボディスーツがエリザベスにとって勇気の源泉とも言うべき魔法のドレスである。
 纏った衣装が、優艶と煌めいている。手を振れば、反射光が銀色の砂となって宙を彩った。
 送り出すものとしての勇気を衣装はエリザベスへと与えてくれる。自然、口元の笑みが濃くなった。
「これが私が目にした予知よ。アダム・カドモンによって齎された技術によって新兵器が完成されたのだけれど…」
 語気を弱めながらエリザベスは続ける。同時に指揮棒を振り上げてゲートを開く。
「どうやら敵はそれを脅威と見なしたみたいなの。結果、アロンダイトは破壊されるでしょう」
 エリザベスは一頷きすると猟兵達へと告げる。
「でもここには皆さんがいるわ。どうかお力を貸して?」
 ここに彼我は一つに繋がれた。


辻・遥華
 平素より大変お世話になっております。MSの辻でございます。
 ケルベロスディバイド世界を舞台にしたシナリオとなっています。タイトルにアダム・カドモンの単語は入っていますが登場はありません。アダム・カドモン帰還後にキャバリア様の新型兵器がDIVIDE直轄英国軍技術部で開発されたといいう経緯が本編前の設定として存在します。
 以下、依頼につきましての補足/説明となります。

●第一章:皆様には、英国へと飛んでいただきます。舞台になるのは、スコットランド地方との境界線にあたるハドリアヌスの長城附近です。新型機破壊のために襲来した敵デウスエクスを破壊していただきます。様々な工夫を凝らして敵が上陸する前に敵集団の数を減らしましょう。

●第二章:集団戦闘となります。第二章断片を参考になさってください。尚、第一章の結果が第二章に影響します。

●第三章:ボス戦となります。第三章断片を参考になさって下さい。第二章の結果が第三章に影響を与えます。


 その他につきましては、MSページ参照お願いします。
 参加人数は4~8人程度を。今回は、戦争前にしっかりと完結を目指します。期限内に人数集まらない場合は、適宜サポートのお力添えを頂く予定です。
 セルダン値というエネルギー出力値を設定させて頂きました。もしもキャバリアをお持ちの方いらしてみたら、皆さまのプレイングのところに記載頂ければと思います。
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第1章 冒険 『決戦都市起動』

POW   :    高層建築から対空砲撃を放つ

SPD   :    デウスエクスを誘導し、射線上に追い込む

WIZ   :    魔術増幅装置を利用し、大規模な魔法を使う

イラスト:del

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 
●本題:二万フィートに輝く雲
 白雲が上空に低く垂れている。
 繭とも積乱雲とも見紛う分厚い雲塊は、その実、無数のデウスエクスが集簇して出来上がった異物に過ぎなかった。
 目を凝らして上空を窺えば、頭部を銃身に置き換えた竜の姿を猟兵達は目の当たりにするはずだ。
 彼我の戦力差は、歴然としている。
 美貌の司令官イゾルデは、用兵家としては卓越した手腕を誇っていたし、彼の部隊が従える新型戦術兵器『アロンダイト』は、DIVIDE直轄英国軍が昨年夏に正式採用した第四世代人型決戦兵器の最大の懸念であったエンジン回りの不具合を調整し、そうして完成した最高傑作である。
 イゾルデが仮に一個軍団規模の兵力を指揮し、そしてアロンダイトを適切に運用すれば、千程度の兵団など造作なく退けてみせただろう。
 だが、ここに残されたのはせいぜいが百人程度の小規模な兵力と、たったい一機の『アロンダイト』である。
 多勢に無勢とはまさにこのことで、イゾルデ率いる小部隊は、鎧袖一触で壊滅の憂き目を味わうだろう。
 デウスエクスによる青天の霹靂とも言うべき奇襲攻撃は、まさにイゾルデらの不備を突いて、完全な形で達成されたのだ。
 デウスエクスにとっての不測とは、それは猟兵達の存在であった。
 上空二万フィートで輝く白雲は、倨傲たる支配者の面差しで、いかにも威圧するように空を浸食していった。
 イゾルデ率いる戦闘部隊が天へと向かい、銃砲を放つ。
 無数の閃光が、空を切り裂き白雲へと殺到していけば、焔の曼殊沙華が花を咲き、白雲が束の間、四散する。
 たなびく破裂音が心地よく響き渡り、柄の間、雲居から太陽が顔を覗かせた。
 しかも陽光が射しこんだ刹那、蠢く無数の黒影は、爆炎によって生じた間隙へと殺到すると直ちに綻びを修繕し、再び上空を白雲で閉ざすのだった。
 デウスエクスの大群を前に、猟兵たちの役割は大きいと言えるだろう。
 魔術を得意とするものは、本格的な地上戦に備えて、大掛かりな仕掛けを準備するべく動いてもいいだろう。
 また、敵の目を惹き、地上部隊の射撃の射線上に敵を誘致、損害を与えるべく行動するのも重要だ。、
 また指揮官としての素養のある者は、演説を打ち、寡兵で大軍に挑むことなった部隊の士気を高揚させるべきかもしれない。
 いずれにせよ決戦までの時間は大くは残されてはいない。
 このわずかな時間を利用して、最善の一手を打つべきだろう。


●閑話
 ~深層物理学;英国出身のジョン・フェラー教授により提唱されたこの新たなる物理学は、デウスエクス襲来の後、亡命者達によって人類社会に齎された魔術を含む科学分野と既存の物理学とを紐づけた。
 深層物理学の導入により、質量保存足、エネルギー保存則といった古典物理によって規定されていた各種物理法則はここに改定を求められたのである。
 ただし、深層物理学における各種物理記号は、ジョン・フェラー教授によって半ば強引に導入されたものであり、学界においては異端視されているのも事実だ。とは言え代替となる理論が存在しない現状において、物理学者や技術者は眉をひそめながらも原理原則としてしばしば、深層物理学を各種現象における計算式として利用している
 K大学出版、新物理学テキスト 13p~


 タールを彷彿とさせる、黒く淀んだ闇が周囲を閉ざしている。
 深い闇の中、周囲には不気味な静寂が立ち込めている。
 この暗闇を照らし出すものといえば、目の前で皓々と揺らめく焚火の炎だけだ。
 無限に広がる広がる暗闇の前では、乏しい炬火はあまりにも心もとなく、その存在自体が無用の長物にすら映った。
 焚火に供された木の枝が赤黒い炎に焙られ、黒く歪んでみえた。
 薪はほの赤く燻ぶり、絶えず金粉を吐き出し続けた。
 どこからともなく風が吹けば、火の粉が一斉に舞い上がる。火の粉は、さながら無数の赤い羽虫が地を這う様に、不気味さに蠢きながら、淀んだ暗がりを歪に照らし出すのだった。
 薄明りのもと、暗闇の中を透かすようにして見つめれば、人影が一つ、二つと浮き彫りとなる。
 目を凝らす。
 やはり、彼ら、彼女らは科学者ジョン・フェラーにとってはよく見知ったものばかりだった。忘れようとも忘れられるはずもない。
 ガラス細工で出来たのだろうか、無数の虚ろな瞳がジョンを睨み据えていた。
 ジョンもまた、自らをまっすぐに見つめる人影に静かに対峙する。憎悪とも諦観ともつかぬ無限の暗闇が彼らの瞳の中で揺蕩っている。
 短髪のオブは、日本から来たエンジン学者だった。
 銀糸の様な長髪を頭の上で丁寧に結った美女はドイツからのオリヴィアだ。ちりちりの黒髪はチェコのアランだったし、灰青色の瞳を伏し目がちに落としているのはポーランドのカロリーナだ。ボランティアとして参加したクレア嬢、掃除係のエドモンの姿もある。
 彼らの存在を忘却できるはずなど無い。
 無機質な視線を一斉に注ぐ亡者達を、ジョンは永劫とも思える間、見つめ続けていた。
 誰一人として動くことは無い。誰一人として、呼吸する事すらない。
 果たして、自らは生者なのか、死者なのか…そんな疑問がジョンの脳裏に去来した時、ふと足元が激しく振動を始めた。
 真っ黒に染まった足場はますますに動揺を強めて行き、まるで砂のように崩落していった。
 妙な浮遊感を全身に感じながら、ジョンの体は自由落下を開始するのだった。
 ふと世界が溶暗し、ついで、不快に満ちた光がジョンを貫いた。不浄な光に包まれながら、ジョンの意識は現実へと引き戻されていく。

 車窓より差し込む陽射しが瞼ごしに網膜を焦がしていた。
 たまらずジョン・フェラーが目を覚まし、次いで後部座席の車窓より外観を見遣れば、そこには平素と変わらぬルート78の渋滞模様がはっきりと映しだされていた。
 対向車線では、まるで牛の大群を思わせる乗用車の列が出来上がっている。
 車は信号機が切り替わるたびに、低い獣の咆哮の様なエンジン音を轟かせては、のろのろと車道を進み、そして忙しなく変化する信号機に従い、すぐに停車するのだった。
 断続的にクラクションの音が鳴り響き、耳障りな不協和音となって響いている。
 ジョンは、窓腰に彼らに肩をすくめてみせると、かつてパクスブリタニカと自らの王国を豪語した国民たちのなれの果てを見送るのだった。
 ジョン・フェラーを載せた黒のセダンは、対向車線に勝るとも劣らぬ牛歩で、のろのろと車線を進んで行く。
 運転手のガウラ青年が憤懣まじりに舌打ちするのが聞かれた。
 大学の講義中、ジョンが他愛無い諧謔を口走る際にしばしば見せる不快感を彼は隠そうともしていなかった。
 物理学の徒として、そして助手の観点から見た時、ガウラ青年はなかなかに優秀だったが、彼の気短な性向は忍耐と寛容を必要とする運転手の適性には欠けるようだった。
 絶え間ないクラクションの嵐を前に、ガウラ青年は絶えずぴくぴくと眉間にしわを寄せながら、苛立ちまじりにアクセルとブレーキを交互に踏み、時折、やや乱暴気にハンドルを切るのだった。
 車体が激しく動揺する。
 昨日の深酒が尾を曳いてから、軽い眩暈すら感じる。
「ガウラ君…、一服いいかな?」
 ジョンは半ばからかう様に後部座席より運転手のガウラ青年へと声を投げかけた。
 フロントミラー越しに、禁煙主義の信奉者たるガウラ青年が苦虫をかみつぶしたように顔をしかめるのが見えた。

「まったく…教授。僕には、なぜ、教授ともあろう高名な物理学者がそのような毒ガスを嗜まれるのか理解に苦しみます。まず第一にタールが齎す――」
「はいはい、分かったよ、ガウラ君――。いいさ、いいさ…。我らマイノリティは、現代の様な危機の時代においては常に虐げられるものだと相場が決まっているのだから」
 喫煙者なんてものは、早晩、絶滅危惧種の筆頭に名前を連ねるのではないかと、そんな風に一人、内心でごちりながらジョン・フェラーは、取り出した葉巻を胸ポケットへと強引にひっこめ、ガウラ青年へと小さく手を振った。
「では…ガウラ君。音楽を流してくれたまえ? 音楽ならば君にも私にも害はないはずだからね」
 再び、からかう様に告げれば、ガウラ青年が妙になれた手つきで、液晶画面を繰る。
 柔和な指先が、液晶画面の上を滑り、7・7・2・3・5の数字を打刻する。瞬間、車内に響いたのはかん高い軽快音だった。
 直ちにガウラ青年が口を開いた。
「教授…またパスワードを変更なさったのですが」
 青年の艶っぽい低音には、僅かな困惑が感じられた。フロントミラーにはガウラ青年の理知的な面差しが映し出されていた。心なしか、眉間に刻まれた浅い横皺がその陰影を濃くして見えた。
「――まぁね。7・7・4・1・2で…」
 ジョンが言い終えるよりも早く、白磁の指先が7・7・4・2・1の番号を弾いた。
 瞬間、車内の音響装置から軽やかな歌声が流れ出す。しっとりした女性の歌声が、豊かな抑揚と共にアップテンポに流れていく。
 発音の端々に米国訛りが目立った。後部座席に深々と身を沈めながら、ジョンは銀糸を引くような柔らかな歌声に聞き入った。
 良い声だ。
 穏やかな振動がジョンの背中越しに全身を揺さぶってくる。
 止まっては進んでを繰り返しながら、ジョンを載せたセダンは、ルート78をひた進み、かつてのハドリアヌスの長城跡を目指す。
 時は十三時を迎えようとしていた。
 177という数字が、米国女が歌う、しっとりとしたジャズに交じってジョンの脳裏で絶えず、反芻されていた。
エリー・マイヤー

かの大戰の後処理も、程々に終息しつつあります。
となれば次は…こちらが恩を返す番、ですかね。

とりあえず|アレクサンドラさん《サイキックキャバリア》に搭乗します。
で、フォースセイバーにサイキックエナジーを一極集中。
【念動スマッシャー】で超長距離から敵群をぶった切ります。
命中重視で、周りを巻き込まないよう慎重に。
敵群の外縁を掠め、外側から圧をかける形で。
敵が散らないようにしつつ、数を減らしていきましょう。
散らばって包囲されても面倒ですからね。
集めた方が、銃砲も当たりやすいでしょうし。

ところで、アナタのセルダン値って…
『万は下りません』
『ですが、貴方が搭乗した時点で、その数値は意味を無くします』



 紫色の指先が虚空をなぞるたび、大気はますますに粟立ち、動揺を増していく。
 周囲では大気の軋みが絹を裂く甲高い悲鳴となって響いている。
 最も、エリー・マイヤー(被造物・f29376)には、余喘をあげる大気を憂慮して、多少の手心を加えるつもりは毛頭ない。
 サイキック・ロードを開くために、世界にも多少は無理を強いる必要があるのだ。
 エリーは、無感動に指先を動かしては、ますますに世界をせっついた。
 そうして指先のサイキックエネルギーを徐々に高めていけば、指先よりは薄紫色の微光が零れだし、空に光の文様が浮かび上がる。
 文様は変革の楔だ。
 空に浮かび上がった楔に対して、ひとたびエリーが思念を伝搬すれば、世界の理はたちどころに意味を変えて、世界と世界を隔てる障壁は霧散する。
 エリーは、顔色一つ変える事無く、白磁の指先を静止させた。
 指先よりはたえず紫色の光がさらさらと零れだしている。
 膨大なサイキックエネルギーが青みがかった光の砂となり、空間を充満していく。
 エリーの周囲は、今や紫色一色に潤色されていた。
 この光こそがエリーの放ったサイキックエネルギーの輝きなのだ。
 エリーは、中空に浮かび上がった文様を一瞥する。
 そうしてわずかに意識を集中させていけば、エリーの思念を反映するように空間を漂う光の泡沫が空間を激しく殴打する。
 大気の動揺はついぞ極限に至った。
 限界まで引き延ばされた大気は歪に褶曲し、湾曲部を中心に巨大な亀裂が穿たれた。
 瞬く間に、数十メートル四方に及ぶ広大な空間が崩落寸前のガラス細工の様にひび割れていく。
 サイキック・ロードを開く準備はここに半ば完了した。
 あとは一押しだ。
 エリーが思念をわずかに込めて、限界寸前まで膨張したエネルギーを解き放てば、目の前の空間はガラガラと音を立てながら崩れ落ち、そうして彼我を繋ぐサイキック・ロードは開通する。
 エリーは、わずかに口角を持ち上げると曖昧に苦笑する。
 無表情な笑顔の下で、今、エリーは敵を殲滅する方策と、『アレクサンドラ』に対する最もらしい弁明を懸命に模索していた。
 サイキック・ロードとは、極言するならば、サイキックキャバリア『アレクサンドラ』を現在地へと呼び出すための公道である。
 本来ならば、エリーと『アレクサンドラ』の両者が精神感応することで互いの意識を共鳴させ、そうして幾つもの煩雑な手続きを経た上でサイキック・ロードはようやくこの世に顕現する。
 生真面目な『アレクサンドラ』はこの手続きを重視する傾向にあり、エリーが従来の方法を無視してサイキック・ロードを強引にこじ開ける際には、決まって不機嫌そうに小言を零す。
 対するエリーと言えば、『アレクサンドラ』の言い分を認めつつも、面倒なプロセスは可能な限り省きたい。
 たかだが世界の理を少しばかり弄り、サイキック・ロードというドアを開くだけのことに、迂遠な手続きを経る必要性をエリーは感じなかったのである。
 別に悪用するわけではないのだから問題ないだろうというのが、エリーの言い分だったが、安全第一主義の『アレクサンドラ』にはそんな物言いは通用しなかった。
 しかし、時は一刻を争う。
 今、上空では無数の敵が地上へと向かって降下を続けているのだ。
 決して、煩雑なプロセスを経る事に億劫さを感じたわけではない。すべては犠牲者を出さずに任務を遂行するためだ。
 …決して面倒だとかエリーが感じたために、形式ばった手続きを省いたわけではないのだ。
 エリーは自らにそう言い聞かせ、そうして即席で『アレクサンドラ』への釈明を設えた。
 そうして軽やかに指を鳴らしてサイキック・ロードを顕現させるべく、世界へと命じる。
 絡みついた指先が擦れあい、乾いた叩打音が周囲へと響いていく。
 瞬間、大気を彩る光の粒は空中で砕け散り、靄となって空間のひび割れへと押し寄せていく。
 靄に洗われて、大気のひび割れがますますに陰影を濃くしていった。
 あと一押しだ。
 思念を籠めれば、たちどころに次元を隔てる壁は、砕け散るだろう。
 愛機『アレクサンドラ』よりの小言を半ば覚悟しつつ、エリーは溜息を一つ、吐き出した。
「アレクサンドラさん……。力を貸して下さいね」
 抑揚のない声が大気を揺らす。
 エリーの怜悧な言の葉が周囲へと響いていけば、さながら、凍った水面が外圧に耐え切れず一挙に崩壊していくように、蜘蛛の巣状にひび割れた大気もまた、パラパラと崩れ落ちてゆき、歪な空洞を生み出すのだった。
 砕け散った大気が水晶の輝きで大気を潤色している。
 真珠色の煌めきに彩られる中、大口を開いた空洞より、銀白の騎士が半身を翻すのが見えた。
 おおよそ、エリーの数倍もの体躯を誇る銀色の騎士の姿がそこにある。
 流線形の姿態を艶やかなる銀鎧で包み、白銀の剣をその手に携えながら、銀の騎士『アレクサンドラ』は悠然とエリーを見下ろしていた。
 血肉を持たぬ体は、鋼鉄で塑像されているにも関わらず、鉄や鋼が元来持つ威圧的な重厚さとは無縁に、むしろ古代彫刻の如き優美さを備えて見えた。
 鋼鉄の面差しのもと、ガラス細工の瞳が意思の光を湛えながら皓々と揺らめいている。叱責するような眼差しが鋭い刃となって、容赦なくエリーを貫いていた。
 愛機の視線を受け流しつつ、エリーは、『アレクサンドラ』を正面に見据えると、彼女の胸部へと向かい手を伸ばした。
 エリーの指先がアレクサンドラの胸部装甲にぴたりと触れた。直ちに、『アレクサンドラ』へと搭乗を企図する脳波信号を送った。
 瞬間、エリーの細身は柔らかな光の膜に包まれ、優雅に宙へと浮上し、『アレクサンドラ』のもとへと引き寄せられていく。
 白磁の指先が、銀の装甲を透過する。
 エリーのしなやかな二の腕が、丸みをおびた肩元が、『アレクサンドラ』の内部へと溶け込んでいく。
 抵抗感は一切なかった。
 まるで水面へと潜り込む様に、エリーの全身は瞬く間に『アレクサンドラ』のコクピットへと吸い込まれていった。
 束の間、視界が暗転した。
 暗がりの中、意識は研ぎ澄まされていく。
 指先から、サイキックエネルギーが、飛沫を上げながら迸っていく。
 無一色の世界が、溢れ出したサイキックエナジーにより紫色に染まっていくのが分かった。
 並みの超能力者では、直ちに絶命する程の膨大なサイキックエネルギーが絶えず、エリーの全身から吸い上げられているのが分かった。
 エリーは鼻を鳴らす。
 おそらく自分のサイキックエナジーが払底する可能性があるとすれば、それは、『アレクサンドラ』を使役する時を置いて他にありえはしないだろう。
 エリーの指先より絶えず放出されるこのエネルギーこそが、『アレクサンドラ』にとっての血流である。
 エリーはいわば、『アレクサンドラ』の心臓だ。
 エリーが絶えず彼女にとっての血液を生み出し、全身へと送り出すことで『アレクサンドラ』は覚醒を果たすのである。
 溶暗した世界に光が射しこんだのはまさにその時だった。
 拍出されたサイキックエネルギーが、『アレクサンドラ』の全身を還流し、駆動系を賦活化させ、電子系統を活性化させたのだろう。
 機械仕掛けの網膜が光を拾いあげ、エリーの網膜に外界の光景を投影させる。
 今やエリーの眼には、『アレクサンドラ』が捉えた荒涼とした大地がそっくりそのまま映し出されていた。
 鋼鉄の四肢が大気を触知する。瞬間、エリーは春のうららかなる大気を鋭敏に感じ取るのだった。
 エリーが指先を微動させれば、『アレクサンドラ』もまた、エリーの挙動に合わせて指先を収斂させる。
 人機はここに一体となった。
 今や、アレクサンドラの目はエリーの瞳であり、アレクサンドラの手足はエリーの手足と化した。二人を隔てる境界は希薄化し、体性感覚は勿論の事、両者の思念すらもエリーとアレクサンドラは共有するに至るのだ。
 今のエリーには、アレクサンドラの思惟が肌感覚で理解できるようだった。
 となれば、戦闘に先駆けてエリーは、アレクサンドラへと弁明しなければならない。
 早口気味にエリーは口を開く。
「突然のお呼び出しごめんなさいね。とはいえ、かの大戰の後処理も、程々に終息しつつあります。となれば次は……こちらが恩を返す番、でしょう?」
 まずは前置きする。
 ついで咳払いとともに矢継ぎ早に言葉を重ねる。
「恩返しのために戦場に赴いてみれば、ほら……あの大量の敵でしょ?時間的猶予が無かった以上、強引な呼び立しも仕方がなかったんです。アレクサンドラ、アナタもそう思うでしょ?」
 言い訳じみた言質を吐く。
 顎をしゃくらせ天を仰ぐ。
 青空に蓋をするように、巨大な繭が上空に横たわっていた。
 つまりは敵の大群だ。
 繭を構成する銀糸の一つ一つが、敵デウスエクスというのだからその数は、少なく見積もっても七百はくだらないだろう。
 圧巻たる光景を目の当たりにすれば、アレクサンドラも怒りを飲み込まざるはずというのがエリーなりの皮算用だった。
 そんな思いからエリーは、アレクサンドラにあえて上空を見せつけたのだが、エリーの都合の良い思惑は直ちに水泡に帰する。
 間髪入れずに、エリーの脳裏にアレクサンドラの肉声が反響する。
 氷の様に冷え冷えとしたものだった。
『卒爾ながら申し上げさせて頂きます。以前も同じような理由で貴女は、強引にサイキックロードを開いたことがあったと記憶しています。あの時の私の返答を覚えているのでしょうか…?』
 譴責するような声だった。
 エリーは軽く肩を竦めて、アレクサンドラの小言を聞き流す。
 空で蠢く敵影を睨み据えつつ、エリーはアレクサンドラの声をかき消すように宣言した。
「まぁ、ちゃっちゃと済ませちゃいましょう? 次から気を付けるので、今回は大目に見てください」
 何度目かになるか分からない空手形を乱発するや、エリーは早速、アレクサンドラに思念を伝えた。
 同時にフォースセイバーを鞘から抜くと、柄を握りしめて念動力を賦活化させる。
「アレクサンドラ…超長距離から敵群をぶった切ります。最大出力の念動スマッシャーでここから敵を薙ぎ払いましょ?」
 アレクサンドラの反論など許さぬと、語気を強めて一気にまくしたてる。
 幸いにもアレクサンドラは無言のままにエリーの言葉に従った。
 アレクサンドラ自身、はっきりと現状は分析できているはずだ。聡明な彼女が、物事の優先順位を間違えるはずがない。
 アレクサンドラが、エリーの挙動をそのまま模倣し、フォースセイバーをその手に構えた。
 エリー同様、アレクサンドラもまた敵の大群を正面に見据える。
 現在、敵とエリーとの間には数キロメートルに及ぶ空間が横たわっている。たしかに、かなりの距離だ。しかし、アレクサンドラに搭乗した今、エリーの念動スマッシャーは数kmにも及ぶ巨大な刀身でもって
問題なく敵軍を薙ぎ払うだろう。
 アレクサンドラの精巧なアイカメラは、これほどの距離を隔ても尚、敵影を子細に捉え、挙動の一挙手一投足をエリーの網膜に映し出している。
 敵の大群は上空二千フィート附近に纏まって、浮遊している。
 敵が地上に近づく前に、機先を制してフォースセイバーの一撃を叩きこむ。
 念動力の刃で集簇する敵を外縁部より掠める様に圧排し、一息のもとに薙ぎ払うのだ。
 今この瞬間を置いて、最早、絶好の機会が訪れる事はありはしないだろう。
 現状において敵は密集隊形を取っている。まさに念動スマッシャーの絶好の的だ。
 さらに高度から鑑みるに、距離としても申し分ない。
 この後、敵が降下を続け、高度千フィート以内に迫った場合、迎撃のために念動スマッシャーを使用すれば、強力な一撃の余波は地上の友軍へと甚大な被害を持たす可能性もある。
 つまりは、今この瞬間こそが好機なのだ。
 エリーは右足を引き、腰を沈めると、手にしたフォースセイバーを下段で構えた。
 アレクサンドラが、エリーの挙止を精緻に再現する。
 鋼鉄の両脚が砂の大地を踏みしめ、鋼鉄の両腕が逆袈裟に剣を構えた。
 エリーは効果を続ける敵の大群を両の眼で伺いながら、フォースセイバーにサイキックエナジーを注ぎ込んでいく。
 絶えず溢れ出すサイキックエネルギーは、全て攻勢のために転用するつもりだ。
 数kmにも及ぶ巨大な刀身でもって、文字通り敵を薙ぎ払う以上、剣を塑像するために大量のサイキックエネルギーを消費する。
 必然、防御に回すエネルギーは底をつくだろう。
 両の指先が熱く発赤するのが分かった。
 指先から零れだした紫色の粒子が剣の柄へと伝播し、そのままま上方へと駆け上っていく。
 刀身を持たぬフォースセイバーに光の刀身が現出した。
 数kmにも及ぶ刀身だ。刀身よりあふれ出したサイキックエネルギーが鮮やかな光の水沫となって周囲へと迸っていく。
 上空の敵影を睨み据えながら、エリーは、溜息まじりにアレクサンドラへと伝える。
「疲れるんですよね、この技…。でも、やるしかありませんか…。いきますよ。アレクサンドラ」
 吐息を吐き出し、同時に左足を踏み出した。
 繭となった敵の大群を狙いすまし、巨大な光の剣を横薙ぎする。
 剣の横閃とともに、銀青色の光芒が一条、瞬いた。
 サイキックエネルギーで塑造された刀身は、蒼白い光の尾を長く曳きながら、空を切り裂き、繭と化したデウスエクスの大群を辺縁部から掠めていく。
 光の刃は、分厚い繭の表面に、眩い刃先をうずめ、強引に引き裂いていく。
 蒼白い閃光が数十を超えるデウスエクスを一口に飲み込み、貪った。
 光の渦の中で、デウスエクスが身を捩らせながら黒く萎んでいき、ついぞ小さな黒ずみとなって灰の様に霧散していくのが見えた。
 エリーは思い切りに剣を振り切った。
 エリーの挙止に従い、アレクサンドラもまた剣を横一閃に薙ぎ払う。
 光の刀身が、空を左から右へと走りぬいていく。閃光の通過に伴い、繭には巨大な裂創が穿たれた。
 数多のデウスエクスが眩い光に飲み込まれて消え果た。
 光が彼方へと過ぎ去り、紫色の残光すらも大気へと溶け込んでいく。
 フォースセイバーからもまた、光は消褪し、刀身が砕け散る。
 ふぅとエリーは一息つく。
 両肩には鉛のような疲労感がずっしりとのしかかっている。呼吸は粗く、心臓が激しく鼓動しているのが分かった。
 膨大な量のサイキックパワーを込めて放たれた一撃だ。さしものエリーも失われたサイキックエネルギーを補充するためには、小休止を必要とする。
 だが、予想通り、敵軍は念動スマッシャーにより甚大な損害を被ることとなった。
 今や敵軍の隊列は乱れに乱れいてる。
 彼らは、予備部隊をもってしても戦列を補填できなほどに消耗しているようで、不格好な陣容なままに降下を続けていた。
 エリーによる先制攻撃により、敵の気勢が大きく削がれただろうことは明白だった。
 そんな破れかぶれの敵を狙いすましたように、剥き出しになった繭の傷口へとレーザー砲が、殺到していくのが見えた。
 地上軍は、攻勢の機会を見逃すことなく追撃に移ったのだろう。
 数多煌めく地上よりの閃光に焼き払われて、敵デウスエクスが残骸と化していくのが窺われた。
 戦場の中、エリーの目を惹いたのは、『アロンダイト』なるディバイド産のキャバリアであった。
 ディバイド産の鋼鉄の騎士は、手にしたレーザー兵器を天へと掲げ、飛来する敵軍へと断続的に射撃を浴びせていた。
 高出力のレーザー砲が続々と敵機を撃ち落としていく。
 信用に足る友軍だと、そんな風に独り言ちながら、エリーはフォースセイバーを鞘に納めると、コクピットの中、背筋を伸ばして息を整える。
 まったくもって、アレクサンドラは、低姿勢な態度や温厚な性格に反し、たいした大食いだ。
 無尽蔵にも近いサイキックエネルギーを有するエリーでも、アレクサンドラを十全に操るのには常に苦労を強いられるし、ひとたび、アレクサンドラに騎乗して大技を放てばサイキックエネルギー回復のためにそれなりの時間を要する。
 ふとエリーは疑問に思う。
 ディバイド世界の英国においては、セルダン値というものが機体の出力を測る指標として使用されているらしい。果たして、アレクサンドラの出力とはどれほどのものなのだろうかと。
「セルダン値でしたっけ。…ところで、アナタのセルダン値ってどんなものなのでしょうね…」
 なんとはなしに尋ねてみる。
 しばしの沈黙。ややあってからアレクサンドラの音信号が怜悧な声音となってエリーの脳裏で反響する。
『単純化するために、一般能力者が搭乗した場合を想定します。その場合、力場であるアシモフ量は1と定義されます。この数値のもとに、公式に各種パラメーターを当てはめていけば、私の出力であるセルダン値は万は下りません。おおよそ五万七千程度と予想されます』
 怜悧な声音は、一息に答えを告げた。
 そうして一緒途切れると、再び紡がれた。
『最も、エリーが搭乗した時点で、その数値は意味を無くします。あなたという未確定要素がどれほどの力場を生み出すのかは私にすら予想できないのですから』
 簡潔にそう締めくくると、アレクサンドラは言葉を切った。
 どこか自慢げなアレクサンドラの声にエリーは小さく口端を釣り上げた。
 未だ、中天では無数の敵が蠢いている。とはいえ、相棒はエリーを未知数と評したのだ。
 期待に応えるなんてのは性に合わないし、おべっかなんかに浮かれるような性分をエリーは持ち合わせてはいない。
 しかし、相棒からの信頼の言葉は、なかなかに心地よいものだった。
 微笑を浮かべながらエリーは次なる攻勢に備えて力を蓄える。ここに戦いは次の曲面へと推移していく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レラ・フロート
多勢に無勢で希望が潰えかける
そんな危機を救うためにケルベロスはいるんです
猟兵となった今も、それは変わらないもの

長官が齎した新技術と、
博士の知識で誕生した新型兵器は護りぬくよ!

大群のデウスエクスを前に勇気を胸に出撃
斬りこんで先制攻撃のなぎ払い!

役割は敵の目を惹き、
地上部隊の射撃の射線上に敵を誘致することを務めたく
大暴れして敵の目をめいっぱい惹きつけるからっ

さぁ、ケルベロスはここだよっ
堂々と宣言し、剣を振るっていくね
長期戦になるだろうから、消耗を抑えつつ
必殺の《雷穿》を派手にお見舞いし、敵部隊を蹴散らすよ

めいっぱい狙ってくださいねっ!
誤射はしないって信じてますけど、ちょっとなら平気
私、頑丈なので!



 低く垂れた白雲が陰鬱と空を閉ざしている。
 羊雲を彷彿とさせる丸みのある白雲は、なんとはなしに一瞥すれば、その形状や色調から柔和な印象を視るもに与えるだろうが、しかし、目を凝らし、子細に観察した際には、そこに潜む人工物ならではの不気味な蠢動に自然と目がゆき、むしろ見る者に不快な違和感を齎すだろう。
 少なくともこの場に集った者たちが、天を揺蕩う白雲を、安閑の思いでもって、見過ごす事はありはしないだろう。
 レラ・フロート(守護者見習い・f40937)もまた、大地を踏みしめ、暗く淀んだ空を決死の覚悟で睨み据えていた。
 さながらイナゴの大群だ。
 天を覆いつくす白雲のもと、あまた蠢く敵影を睨み据えながら、レラは内心でそう呟いた。
 吹く風がレラの柔らかなブロンドを乱す。
 乱れた横髪を左手で抑えて、右手で剣を強く握りしめた。
 恐怖がないと言えばうそになる。
 死を恐れているわけではない。自分の力が及ばず、無数の希望が潰えるかもしれない現状にレラは心を暗くしたのだ。
 止まず流れる涼風が、レラの束ねた後ろ髪に吹き付けて来る。風に煽られて、ブロンドに、ひとすじ混じった朱の一房が肩越しにレラの頬をくすぐっていた。
 レラの面差しに生気が甦る。
 頬を撫でる柔らかな感触がジェミの弱気を打ち砕いたのだ。
 レラは力強い一歩を踏みしめ、丘の上に身を乗り出した。
 確かにフロートシリーズの中で、自分は最も非力な末妹に過ぎないのかもしれない。
 それでもな、レラはこれまであまたの戦場を渡り歩き、多くの人々を救って来た。
 想いの力こそがレラの力の源泉であり、身に流れる不屈の闘志こそが姉であるジェミより受け継いだフロートシリーズの末妹としての矜持だった。
 ならば負けるはずがない。想いを遂げられないはずが無い。
 レラは丘の上より眼下を臨み、交戦を続ける友軍を凝視する。
 丘の下の砲撃陣地では、陣を敷いた友軍が、間断ない射撃でもって天を焼き、奮戦を続けていた。
 劣勢にありがらも彼らは戦い続けていた。
 刻々と近づいてくる敵の大軍を前にしても尚、彼らは決して怯むことなく、一心不乱に戦い続けているのだ。
 彼等こそが希望なのだ。
 そんな希望の萌芽を絶やしてなるものか。
 こころを得た今ならばはっきりとわかる。
 人という温かな心を持った命は、暗い宇宙を照らし出す光なのだ。
 そして、彼らの命を守ることこそが、ケルベロスの、猟兵の、いやレラの責務であり、願いなのだ。
 心臓が激しく鼓動しているのが分かった。吐息が熱を帯びていくのが分かった。
 奔騰していく意思の力がレラの足取りを軽くする。
 たまらず、レラは駆け出し。
 丘を駆け降り、そのまま一気にイゾルデ少将率いる迎撃部隊の前に躍り出る。
 イゾルデら友軍の視線を背に受けながら、レラは両手を広げて、友軍を守るようにと立ちはだかった。
 上空一千九百メートル付近を中心に白雲がかかっている。
 白雲はまるで地上のもの達を誰一人として逃がさんというばかりに、淀んだ白い大腕を四方へと伸ばしては、緩慢な動きでもって地上へと迫り来る。
 レラは、眦を釣り上げた。
 丸みのある碧眼を細めて、両手で剣の柄を力強く握りしめ、後方の仲間へと檄を飛ばす。
「今から私が敵に突貫します――。大暴れして敵の目を惹きつけます!」
 力強く友軍へと言い放ちながら、レラは、前屈みに上体を倒す。
「敵を地上部隊の射線上に敵を誘致します。めいっぱい敵を狙ってくださいねっ!誤射はしないって信じてますけど、ちょっとなら平気…。私、頑丈なので!」
 言いながら肩越しに後方へと振り向く。
 振り向きざま、ぺろりと舌を出して、おどけた様に微笑してみせれば、瞬間、緊張で顔を強張らせていたシャドウエルフの少年が、安堵交じりに相好を崩すのが窺われた。
 それまで張りつめていた空気が急速に弛緩していくのが分かった。剣呑とした様子で射撃を続けていた兵士たちの表情がわずかながらも綻んだ。
 たまらずレラも破顔する。
 未だに姉に自分は遠く及ばない。だけれど、今、レラは少しだけだが姉へと近づけたのだ。
 姉は強かった。
 卓越した戦技や個体としての圧倒的な出力、更には類まれなる戦闘センスと、姉ジェミはフロートシリーズとの比較はおろか、他のデウスエクスと比べても抜きん出て高い戦闘力を誇っていた。
 だが姉の強さとは、なにも有形の戦力に限定されるわけでは無い。
 ジェミ姉様の強さの本質とは、無形の部分に、高邁たる精神にあった。
 どんな時であっても、姉は仲間を見捨てなかった。
 絶望下にあってもなお、姉は仲間を激励するために明朗と笑って見せるだろう。諧謔の一つも交えながら、仲間を叱咤して挫けかけた心を奮い立たせるだろう。
 そんな理想とする姉の姿を、レラはそっくりそのままこの場で再現させてみせたのだ。
 しょせんは姉の見様見真似だ。十全とは言えないかもしれない。だけれども、今、確かにイゾルデ少将率いる地上軍は、快活と振る舞うレラの姿を前にして、気勢を取り戻しつつある。
「長官が齎した新技術と、博士の知識で誕生した新型兵器は護りぬきましょう! さぁ、皆さん……私に続いて射撃をっ」
 激励の言葉を投げかけて、レラは勢いそのまま、大地を蹴りぬいた。
 小さな足の一踏みが、地鳴りを起こし、轟音で大気を揺らした。
 レラの靴跡に一致して、大地は大きく抉れて、その余波が大地に無数の亀裂を描き出す。
 レラの両脚が大地を離れるや、レラの小さな体は、鋭い光の矢となって高速で空を舞い上がっていく。
 大気が、不可視の障壁となって急上昇するレラを遮った。重力の鎖が幾重にもなってレラの四肢に絡みつき、地上へと引き寄せてくる。
 レラは直ちに閃翼を展開させた。
 猛禽類の羽を彷彿とさせる光の大翼が、レラの肩甲部の付け根より、雄々しく顕現する。
 光の翼をはためかせれば、粉雪の様な光の粒子が宙を舞った。
 光の粒子は、レラの背後を漂いながら、特殊な力場をそこに形成する。光の粒子がクッションの様になってレラの背を支え、レラの背を押し返してくる。
 レラは閃翼を激しくはためかせる。
 瞬間、手足に絡みついた重力の鎖は引きちぎれ、風圧の壁は霧散した。
 一転、下方よりの揚力がレラを上空へと吹き上げる。一挙に上空へと浮上し、レラは、千九百フィート上空付近へと駆け上ると、群がる敵へと肉薄する。
 敵の大群が、レラの目と鼻の先に迫る。
 遠望した際には、ただの点にしか見えなかった敵が、その輪郭を明らかにしていく。
 バレルヘッドドラゴンた。
 鋼で出来た様な屈強な巨体より、砲身を思わせる頭部が突き出ている。
 彼らは、互いに身を寄せ合ってはひしめきあい、前後左右に戦列を伸ばしては、上下にいくつもの円陣を敷き、悠然と空を滑り落ちて来る。
 重力法則に従わぬ、遅々とした落下軌道をみるに、敵もまた、レラ同様に重力干渉を行っているようだ。
 バレルヘッドドラゴンの大群が、頸部を下方へと垂らし、砲身と化した頭部で地上を狙いすましている。
 黒光りする銃口が、冷酷な光を滲ませながら地上を睨み据えている。
 レラの目前で、銃口の一つが赤黒く輝きだす。鼻腔に微かな火薬の匂いが流れて来る。
「やらせない――!」
 反射的に体が動いていた。
 閃翼より絶えず充溢する光子で特殊な足場を創り出し、右足で不可視の足場を蹴り上げた。
 一蹴りにより、それまで垂直方向へと突き進んでいたレラの体は、水平方向へと急激に軌道を変えた。
 まさに弾丸だ。
 レラの小さな体は、轟々と風をきりながら空を滑走し、一呼吸の間にバレルヘッドドラゴンの前方に躍り出る。
 黒光りする銃口がほんのわずか収斂してみえた。
 レラの接近に気づいてか、下方へと向けられていた銃口が、ゆったりと起こされ、レラへと向かう。
 しかし、敵の反応は遅きに逸した。
 果たして、黒い銃口がレラを捉えるよりも早く、レラは、上体を倒したままに空の足場を疾駆する。
 左右へと身を捩りながら、滑るようにしてバレルヘッドドラゴンの懐に飛び込む。
 レラの視界に、完全に無防備となったバレルヘッドドラゴンの下腹部が飛び込んできた。腹部は分厚い筋肉と鉄甲冑により覆われていたが、そんな備えはあってないようなものだ。
 更に一歩を踏み出して、バレルヘッドドラゴンを剣戟の間合いに捉える。
 大きく息を吸いこみ、肺臓を新鮮な空気で満たす。
 吸い込んだ空気を全身に巡らせ、同時に自らの中に眠る奇跡の力を一気に奔出させる。
 上体を落としたままに腰を捻る、剣を力強く握りしめ、脇を固めて肘を引く。
 濁流の様に溢れ出した奇跡の力は、瞬く間にレラの全身を駆け巡り、指向性を持ちながら、両の足、そして右の上腕へと集積していった。
 この力の本流とはあの日、姉がレラに教えてくれたものに起因する。
 果たして姉に対する憧憬の想いを込めた一撃を、いかなる敵が防ぐことができるだろうか
 指先に心地よい熱感を覚える。
 奇跡の力は、レラの指先を伝搬しながら、剣の柄へ伝わり、そのまま刀身へと這い上がってゆきながら、自慢の剣を光のオーラで包み込んでいく。
 この光の刃を防げる敵など存在するはずが無い。
「ひっさーつ、雷穿!…貫け―っ!!」
 声を荒げながら、蓄えた力を一挙に開放する。
 鞭のように上体をしならせ、光の剣をバレルヘッドドラゴンの腹部目掛け,
横薙ぎする。
 剣戟が、一筋の稲妻となって空を駆けた。
 光の刃先が、バレルヘッドドラゴンの鋼鉄の下腹部に触れれば、鋼鉄の皮膚に鋭い筋目が一条走る。
 上腕にわずかに力を込めて剣を押し出した。
 瞬間、レラの二の腕は一切の抵抗すら感じぬままに前方へと滑り抜けていく。
 なんら手ごたえを感じぬままに剣を振り抜き、前のめりに前方へと駆けてゆく。
 勢いそのままバレルヘッドドラゴンの後方へと走り抜け、そうして踵を返す。
 ふと斬撃を受けたバレルヘッドドラゴンが微動するのが見えた。
 竜の屈強な下腹部に、輪状の切れ目が水平に滲んでみえた。
 バレルヘッドドラゴンの鈍重な上体が、輪状の断面部を境界にして、下腹部の上をするすると滑っていき、そのまま力なく崩れ落ちた。
 物言わぬ亡骸と化したバレルヘッドドラゴンの上体と下体とが完全に分かたれて、そのまま地上へと落ちていく。
 両断されたバレルヘッドドラゴンの亡骸を見送りながら、レラは光の剣を振り上げた。
 流れるように剣を上段へと持ち上げると、レラは残存するバレルヘッドドラゴンの群れを鋭く見やり、威圧する。
「さぁ、ケルベロスはここだよっ…」
 高らかに宣言して、剣を振り下ろす。
 瞬間、レラの剣戟に合わせて、一筋の光の刃が次なるバレルヘッドドラゴンへと襲い掛かった。
 放たれた二の太刀は、目にも留まらぬ速さで空を走り抜け、バレルヘッドドラゴンの群れへと押し寄せると、竜の体躯を袈裟切りに切り裂き、一刀のもとに両断する。
 心窩部を切り裂かれ、数体の竜が間もなく絶命した。胸部に深い裂創を浮き彫りにした竜が、地上へと墜落していくのがレラの碧眼の瞳にはっきりと映った。
 三の太刀を振るうべくレラは剣を正眼に構える。
 それまで微動だにしなかったバレルヘッドドラゴンの群れが一斉に鋭い視線をレラへと投げかけた。
 レラを最大の脅威と認識したのだろう。彼らは砲身たる頭部を振り上げると、最早、地上軍など歯牙にもかけないといった様子で、ただただレラのみを標的に銃口をぎらつかせる。
 作戦通りだと、レラは内心でほくそ笑む。
「私は…ここだよ!」
 言いながらレラは空の足場を再び蹴りあげる。
 上空へと急浮上して、敵の射線から身を反らす。
 数重フィートほど上空へと至ったところで、曲芸師よろしく宙で体を一回転させる。
 反転したままに剣を振り下ろし、上空よりバレルヘッドドラゴンの群れへと光刃による第三撃目を放つ。
 放たれた光刃が、バレルヘッドドラゴンを切り裂いた。数体のバレルヘッドドラゴンが地上へと墜落していく。
 空中戦においてはレラに一日の長がある。
 それもそうだろう。
 片や旧式の重力制御機構しか持たぬバレルヘッドドラゴンらと、最新鋭の閃翼を有したレラとの間には、三次元戦闘の実力差において、数や戦技の質だけでは覆しえない程の懸隔が存在したの。
 レラは、閃翼が放つ粒子を随所に振りまき、空間のありとあらゆる場所に足場を作り出していく。
 そうして出来た足場を次から次に踏み抜いては、無軌道に空を走りまわる。
 敵の大群の上空を左から右へと駆け抜けたかと思えば、次は一転、上空から急降下して、敵の腹の下へと潜航する。
 挑発するように敵軍団の間隙を縫う様に飛翔しては、再び上空へと躍り出る。
 まるで舞踏するように、空を優雅に遊泳して、次々と光刃をバレルヘッドドラゴンへと叩き込む。
 その度、白刃が煌めき、バレルヘッドドラゴンを貫いた。 
 レラは空を縦横無尽に飛び回る蝶だ。不規則な立体機動でもって、バレルヘッドドラゴンの群れを翻弄し、一体また一体と敵を切り裂いていく。
 対するバレルヘッドドラゴンと言えば、その動きはぎこちなく、機動は直線的であり、火砲による攻勢すら精彩を欠くものであった。
 竜の群れは、四肢をばたつかせ、その鈍重な巨躯を必死に揺らしながら、空を這いずり回った。
 彼らは頭部を必死に振り回しては、軽やかに空を舞うレラ目掛けて、遮二無二、銃砲による砲撃を繰り出していく。
 黒光する砲口より、巨大な砲弾が次々と吐き出されていく。
 無数の銃弾が、飛び交い、空を黒々と染め上げた。
 さながら驟雨の様に、無数の銃弾がレラへと押し寄せる。
 さりとて、照準も定まらずに放たれた弾丸など、レラにとっては静止したも同然だった。
 弾道を計算し、銃弾の軌道上からわずかに体を反らす。瞬間、銃弾はレラの側方すれすれを掠めながらも、レラの影すらも捉えられぬままに、虚しくかなたへと飛び去っていく。
 飛翔ながらに、レラは優雅に体を左右させる。
 その度、巨大な黒い尾となった弾幕の嵐が、レラの皮膚の上すれすれを掠めていく。
 素肌に掻痒感を感じる。とはいえ直撃には程遠い。 
 レラは機敏に空を揺曳しながら、銃弾をやり過ごす。
 そうして銃弾を紙一重でいなしては、敵の隙をついて光刃を放っていく。
 ここに勝負の趨勢は決したと言えるだろう。最早、敵の攻撃がレラを捉えることは無かった。
 更にレラの攻勢に呼応するように、無数の光の柱が地上より立ち上った。
 濃密な光の束がバレルヘッドドラゴンを部隊単位で飲み込み、焼灼していく。
 地上よりの狙撃銃『ウィンストン』による一斉照射だ。
 迸る閃光が、続々と敵部隊を薙ぎ払っていく。
 レラが敵の注意を上空へと誘引した結果、地上軍は必然、攻撃のみに意識を集中する事が叶ったのだ。
 放たれたレーザー砲は、正確無比にバレルヘッドドラゴンを撃ち抜いていく。 
 今やバレルヘッドドラゴンの群れは、網に絡めとられた魚群そのものだ。
 頭上からのレラの光刃と、下方よりの狙撃銃による掃射によりバレルヘッドドラゴンの群れはますますにその数を減らしていく。
 間断ない攻撃にさらされて、バレルヘッドドラゴンにより構築された白雲は今や随所でちぎれ、部隊とは部隊とは連携不可能なまでに分断されつつあった。
 レラと地上軍による絶妙な連携によりバレルヘッドドラゴンの大群は甚大な損害を被ることとなった。
 むろん、未だに敵は総勢で六百を超える戦力を有している。
 それでも尚、二割にも及ぶ敵を短時間で殲滅できた意義は大きい。
 雲居より陽光が斜に地上へと差し込んだ。
 真昼の陽射しは、銀白に朱色を帯びながら薔薇色の光で地上を照らし出していた。朱色の微光を背に浴びながらも、レラはバレルヘッドドラゴンと継戦したままに、徐々に地上へと落下していく。
 千九百フィートは遠く頭上に過ぎ、今やレラの肉眼は、眼下の地上軍の姿をはっきりと視認することすらできた。
 地上軍には被害らしい被害は見て取れない。
 レラは安堵まじりに吐息をつく。
 地上は今も尚、陽光の祝福を受けて穏やかに色めきだっている。
 誰一人とて命を奪わせはしない。
 再び自分にそう誓い、レラはバレルヘッドドラゴンの群れへと目掛けて、空を駆けてゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ギュスターヴ・ベルトラン

かつてはピクト人から防ぐための長城は、今やデウスエクスが相手か…
ならば人の手で築かれたかつての境界線に、再び『侵略を拒む壁』としての意味を取り戻させる

【祈り】を捧げUC発動
カラスと感覚・視覚をリンクし、長城全域を調査
霊的流れの集中地点を核に、【魔術知識】と【破魔】を応用した【結界術】で――
この地を祈りの境界…聖域へと展開させる

聖域では敵の動きが鈍り、浄化と断罪の光が侵略者を削る

人の祈りを導くのが、エクソシストの本懐だ

ここは、ただの遺跡じゃない
いつかの祈りが人を守る場所であり、蹂躙する者を赦さぬ聖地だ

――さあ、来い
オレの信仰が折れねぇ限り、負けねぇよ



 ブリテン島はかつて帝国の辺境と位置付けられていた。
 いわばここは文明の鄙であり、あまたの蛮族に対する防波堤として帝国を守り続けてきたのである。
 かつて、まことに巨大な帝国が存在した。
 中部イタリアに勃興したローマ帝国だ。
 ローマ帝国は、地中海の覇権を掌握し、そのまま勢力を東西南北へと伸ばしてゆきながら、西ヨーロッパ地方を中心に北アフリカ、小アジアを含む広範な版図を築いたのである。
 人類史における古代世界とはローマ帝国の勃興に始まり、そして西ローマ帝国の崩壊によって終焉を迎えたと言えるだろう。
 西ローマ帝国の崩壊から既に十七世紀以上もの時間が経過していた。
 かつて、北の辺境で蛮族からローマを守り続けていたブリテン島には、昔日の面影はほとんど残されていない。
 ハドリアヌスの長城と呼ばれた、ブリテン島北部に存在する要塞跡も今や大部分は風化し、在りし日の偉容は絶えて久しい。
 茫洋と広がる緑の大地には、角のすり減った敷石がまばらに点在し、ぼろぼろに崩れ落ちた大理石造りの城壁や、苔むした住宅群の跡が僅かに残るだけだ。
 それでもなお、生命や祈りの痕跡は、大地に根づき、今日にいたるまで、遺跡のありとあらゆる場所に残存し続けている。
 かつて帝国の辺境に生き、動乱の時代を生き抜いた人々の魂は、今も尚この地で生き続けているのだ。
 そしてこの日、ピクト人から防ぐために築かれた長城は、偶然にもデウスエクスとの戦いにおける最前線として機能することとなったのだ。
 ローマ人は、この地で歌い、笑い、そして戦い続けて来た。
 戦士が戦場へと向かい、女たちが彼らを祝福の歌で見送った。司祭は神への祈りをささげて、平和を謳い、そして祈りの言葉はブリテン島を平和の光でもってあまねく照らし出したのである。
 この城塞跡にはかつての記憶が色濃く刻まれている。
 人の祈りを導くのが、エクソシストの本懐であり、ギュスターヴ・ベルトラン(我が信仰、依然揺るぎなく・f44004)にとっての責務である。
 祈りを捧げる対象に生者と死者の区別などは存在しない。
 この地で安らかに眠る者達は、ギュスターヴにとって慰撫すべき死者である。そして同時に未来を守護すべき戦友でもあったのだ。
 彼らの力を借りて、古代時代に人の手で築かれたかつての境界線に、再び『侵略を拒む壁』としての意味を取り戻させる。
 ここは、ただの遺跡ではない。いつかの祈りが人を守る場所であり、蹂躙する者を赦さぬ聖地であるのだ。
 胸元のロザリオに指を絡みつける。黄金のロザリオは仄かに熱を帯びており、柔らかな熱気をギュスターヴの指先に伝えて来る。
 微熱が指先を伝い、ギュスターヴの全身を駆け巡っていく。全身の血がまるで沸騰した様に熱く燃え立った。
 足の指先から頭上に至るまで、全身が神の息吹で満たされたような錯覚を覚える。
 奇跡の力の奔流は、ギュスターヴの中でのたうち回りながら水嵩を増し、瞬く間に極限へと至ったのだった。
 全身に満ち満ちていく奇跡の力をギュスターヴはここに解き放つ。
「――さあ、来い」
 やや、俗っぽい日本語で呟いた。
 ロザリオから手を放し、右手で虚空に十字を描く。
 意識を技の発動に傾注させながら、ギュスターヴは、日本で培ったケンカ用の決まり文句を口ずさみ、祈りの言葉とする。
「オレの信仰が折れねぇ限り、負けねぇよ。オレの目となれ、影業!」
 奇跡の言葉を謳い、そうして右手を振り切った。
 指先が優雅に空を走り、天を指さした。指先の挙止をなぞるように、地上に落ちた指影がまるで自らの意志でも持ったかのように、大地をするりと這いあがっていく。
 指影が徐々に形状を変えていく。
 当初は、ギュスターヴの指先を反映していたに過ぎなかった影は、陰影を刻々と変貌させてゆき、一羽の鴉へと姿を変えた。
 黒鴉の影は、ギュスターヴの指先から離れるとしばらくの間、草の大地を滑走し、ついで、優雅に空へと飛び上がっていく。
 ここに奇跡の御業『Miserere nobis』は顕現したのである。
 ギュスターヴは自らの影の一部に命を与え、一羽の鴉を創造したのである。
 鴉は、輪を描くようにしながら空を駆けあがっていき、勢いそのまま中空を滑走していく。
 ギュスターヴの目は鴉の目であり、鴉が捉えた音はそっくりそのままギュスターヴの内耳へと伝播され音感覚として認識される。鴉の浮遊感を、今やギュスターヴは敏感に感じていた。
 ギュスターヴと鴉とは、互いが五感を共有し、能力すらをも共にする。
 ギュスターヴは瞼を閉じて意識を集中する。
 肉眼が閉ざされてもなお、ギュスターヴの網膜には鴉が捉えた視覚情報が鮮明な像となって投映されていた。
 今、ギュスターヴの視界には上空二千フィートを遊泳する無数のデウスエクスの姿がはっきりと浮かび上がって見えた。
 突如、遠間にて雷鳴が鳴り響いた。
 一瞬、肌が粟立った。幼少時、ギュスターヴは雷の音が怖くて仕方がなかったからだ。
 そんな幼少期の記憶が、鳴り響く雷鳴によって呼び起こされたのである。
 音の発生源へと、鴉の視界を遣れば、眩いばかりの閃光が一条、空を斜に横切っていくのが分かった。
 銀蒼色を湛えた、巨大な光の刃が上空で群がる無数のデウスエクスを巻き込みながら、左から右へと空を走り抜けていく。
 刃は、長い光の尾を曳きながら、あまたのデウスエクスを飲み込み、そのまま霧散していった。
 音が止んだのち、数十を超えるデウスエクスが文字通り塵と化した。光の刃によって彼らは現世より拒絶されたのである。
 この光の刃は、友軍猟兵によるものだろう。
 雷に震えた幼少の頃のギュスターヴの他愛無い恐怖を呼び起こす事など、猟兵が使役するユーベルコードを除いて他、ありえない。
 ギュスターヴは、雷光の刃を見送ると、鴉を巧みに操り、上空より周囲を窺った。
 攻勢はひとまず友軍に任せれば良い。
 頼もしい猟兵が戦場には数多く集っており、短期的に見た場合、彼らの攻勢により敵の侵攻は一過性に挫かれるだろう。
 ならば、自分は長期的な視座から守りを固めるべく、態勢を整えよう。
 イゾルデ少将は敵兵力を七百弱程度と見積もったが、予備軍も含めれば敵軍の総勢力は八百は下らないだろうとギュスターヴは分析する。
 この数の敵が地上へと上陸した場合、いかに猟兵の援護があろうとも、必然的に戦いは長期戦へと移行するだろうし、地上軍の被害は計り知れない。
 またいかに猟兵といえども、無限にユーベルコードを使用できるわけではない。
 これらの欠点を考慮した際、戦場において、ユーベルコード無しでも十二分に敵を圧倒できるよう
、盤石の態勢を築く必要がある。。
 そしておあつらえ向きなことに、この長城跡は友軍を賦活化させて、敵を摩耗させる絶好の場所とも言えた。
 敵の動静を見極めながら、ギュスターヴは鴉を駆り、目的地へと急がせる。
 そう、ギュスターヴは龍穴を目指したのだ。
 霊的流れの集中地点は、長城の東西と北に三地点、存在していた。 
 これら三つの龍穴からは、微弱ながらも霊子が立ち上り、それらは山吹色の水面を湛えた瀬川となって龍脈に沿い長城周辺を還流し、脆弱な霊的結界を形成していた。
 ギュスターヴはこの結界に目を付けたのだ。
 灼滅者のエクソシストとしての通り名は伊達ではない。
 地表面に現れた霊子量は微々たるものであったが、地下には膨大なエネルギーが眠っていることをギュスターヴはいち早く見抜いたのである。
 かつて戦士が守り、彼らの妻が歌い、司祭が平和を謳った地には、彼らの死後もなお決して色褪せぬ想いの力が、膨大なエネルギーとなって残存し続けていたのである。
 この力を解き放ち、ギュスターヴは聖域をここに展開するのだ。
 鴉は高速で空を飛翔していく。
 そうして瞬く間にハドリアヌスの長城北端へと取りつき、龍穴目掛けて急降下していく。
 得も言われぬ浮遊感と疾走感、そして急降下に伴う圧迫感とが、暴流となってギュスターヴへと去来する。鴉が感じた風圧が、鋭い風の刃でもってギュスターヴの肌を刺しつらぬいた。
 ギュスターヴは微笑みながら、これら感覚をやり過ごし、鴉を通じて破魔の刃を龍穴へと突き刺した。十字を模した破魔の刃が、天へと向かいのびやかに身を伸ばす。
 破魔の刃が大地を穿てば、地表がひしひしと振動を開始した。
 地鳴りと共に、龍脈より玉虫色の微光が奔出してゆく。
 微光は複雑に絡み合いながら、巨大な光の列柱を作り、黒く淀んだ空を斜に貫いた。周囲へと清浄たる空気が満たしていくのが分かった。
 ギュスターヴはすぐさまに鴉を飛び上がらせると、次いで東西へと奔走させて、続々と龍穴を解放していった。
 長城の東西でも、巨大な光柱が空へと伸びた。
 ここにこの地に眠る、膨大な霊子は完全に開放されたのである。あとは、この霊子に秩序を与えて巨大な結界を形作ればよい。
 ギュスターヴは瞠目がちに、金色の瞳を見開いた。
 今を生きる者達、そして過去を生きたもの達、すべての命の輝きがギュスターヴの肉眼を通して網膜に浮かび上がってくる。
 過去と現在とを隔てる障壁は希薄化されたのだ。今や、ギュスターヴの眼は、かつてこの地を支えた無数の人々の魂をはっきりと捉えていた。
 鎮魂歌などを歌うつもりは毛頭ない。祈りの言葉を、そして讃美歌を、大地へ、そしてこの地に生きた全てのものへと捧げるのだ。 
 ギュスターヴは調子はずれな、それでいて清冽とした歌声で世界を祝福する。
 紡がれた祝福の言葉は、福音となって廃墟へと響いていく。
 あふれ出した微光が、城壁全域へと伝播していき、柔らかな光で世界を満たしていく。
 侵略者を浄化と断罪の光でもって峻拒する聖域が今、この地に顕現したのだ。
 ローマ帝国時代より連綿と受け継がれてきた人理の光は、今もなお、あまねく世界を包み、そして暴虐たる侵略者を拒絶する障壁となって現世を守護する。
 地上より射しこむ柔らかな光を受けながら、ギュスターヴは小さく微笑した。
 清浄たる光の抱擁が、ギュスターヴの内奥に燻ぶる魔力を賦活化させていくようだった。自らの体内で、魔力が徐々に水嵩をましてゆくのが分かった。
 友軍すべてがギュスターヴ同様に聖域の恩恵を受けるだろう。
 ここは、いつかの祈りが人を守る場所であり、蹂躙する者を赦さぬ聖地だ。
 そしていつかの祈りは、いまここにある全てのひとを祝福の光で包みこんだのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シル・ウィンディア
新型兵装ってときめいちゃうよね。
多分、キャバリアの知識が入っているんだろうと思うけど…。これは気になるところだね。

さて、どうするかなぁ。
ここは、攪乱行動にいくかな?

大きく目を惹くようにっていうのならば。
サイキックキャバリア、レゼール・ブルー・リーゼで出撃だね。

クロムキャバリアではないから自由に飛べるっ!
推力移動で上空へ舞い上がって空中機動。
しつつ、詠唱とチャージを開始。
空中移動をしつつ、アロンダイトより目立つように…。
30秒チャージが終わったら、視認している敵群に向けて青の雷光を撃つっ!
全砲門解放、遠慮せずもってけーーっ!!
貫通攻撃も乗せての一斉発射だよ。

さ、鬼さんこちらっ♪
追っておいでー!



 空に青い閃光が瞬く。
 閃光は、青い光の尾をジグザグに伸ばしながら、まるでデウスエクスの軍団を挑発するかのように、空を自由気ままに駆け巡ぬけていく。
 型式番号、PCV-BW-990-4L。機体名称レゼール・ブルー・リーゼ。
 シル・ウィンディア(青き流星の魔女・f03964)が駆る「リーゼ」シリーズの最新鋭機は、今、ケルベロスディバイド世界を舞台に無重力の翼をはためかせ、高度一千五百メートルの大空で遊泳を開始したのである。
 操縦桿を握りしめた指先が自然と熱を孕む。吐く息が、狭いコクピットの中に靄の様に充満してゆき、メインモニターを束の間、曇らせた。
 音速の世界に身を置いた時、シルが感じたのは得も言われぬ緊迫感とそれを上回る高揚感だった。
 メインモニター上の映像が、目まぐるしく変化していく。一息の間に、機体は物凄い距離を踏破していくわけで、常に周囲の状況は変化したし、必然、移動一つにも多大な緊張を強いられる。
 シルは今、音速の揺りかごに揺られながら、空にあまた居座る無法者相手に命がけの舞踏を披露しているのだ。
 だが怯むつもりなどシルには無い。
 メインモニター上、無数に蠢く黒点に狙いをつけて、シルはフットペダルを力強く踏みし、ますますに機体を加速させていく。
 一瞬前まではメインモニター上の黒点に過ぎなかった敵影が、一呼吸する間に目前に迫る。
 黒点が、一頭の巨大な竜となってコクピット上に浮かび上がった。鈍重な体躯から、砲身の形をした頭部が伸びている。屈強な体躯のもと、背より二翼の大翼が突き出ていた。
 敵デウスエクス、バレルヘッドドラゴンの姿がそこにある。
 シルが駆けつけた空域には、無数のバレルヘッドドラゴンが陣を敷き、ひしめき合っている。彼らは四、五体で寄り集まっては隊伍を組み、小隊単位で三々五々に戦列を敷いていた。
  シルの役割とはこの大量のデウスエクスの目を惹き、彼らの行動をかく乱することにあり、可能であれば、上陸に先駆けて、可能な限り敵を殲滅することにあった。
 任務は重々理解していたし、なにも自分の責務をおざなりにするつもりはシルには無い。
 だが、クロムキャバリアでは決して味わう事が出来ないだろう、空を飛翔する快感に、シルは自分でもやや不謹慎とは思いつつも、胸を高鳴らせていたのも事実だ。
 折しも、ディバイド直轄英国軍で採用されたという新型兵器の存在がシルの興奮をより一層、煽り立てた。
 機体は名前を『アロンダイト』といっただろうか。風説によれば、アダム・カドモン長官がクロムキャバリアより持ち帰った技術を導入することで新造された機体らしい。
 空を舞う高揚感と噂の新型機に対する好奇心とが相まって、シルは今、歓喜の渦の中で身もだえしていた。
 そして歓喜の感情は否応なしに機体制御の些細な挙措に影響を与える。
 形の良い碧眼を空の青さに輝かせながら、シルは、既に目と鼻の先まで迫った敵デウスエクス、バレルヘッドドラゴンの前まで勢いよく機体を疾走させる。
 バレルヘッドドラゴンと衝突すれすれの距離まで機体を走らせ、ついで、フットペダルから右足を離すと、巧みに操縦桿を操り、 補助翼よりスラスターを逆噴射。強引に機体を中空で静止させた。
 メインモニター上に、バレルヘッドドラゴンの異様な顔貌が拡大されて投影された。
 今や両者を隔てるのは、拳数個程度のほんのわずかな距離だ。空中戦においては、接近しすぎた感すらあるほどに、今、両者の距離は狭まっている。
 レゼール・ブルー・リーゼの突然の出現に面を食らったのか、バレルヘッドドラゴンがいかにも慌ただしげに、銃砲と化した頭部を振り回すのが見えた。
 それも致し方ないことだろう。
 レゼール・ブルー・リーゼは超音速で空を駆ける。
 バレルヘッドドラゴンの知覚能力では、飛翔するレゼール・ブルー・リーゼの残像を捉えることすらままならないだろう。
 平素のシルならば、レゼール・ブルー・リーゼに備え付けられた接戦闘武器『エトワール・ブリヨント』を抜刀し、一刀のもとにバレルヘッドドラゴンを切り伏せただろう。
 今、目前の敵は完全に無防備であり、斬撃にて命を絶つのはなんら造作の無いことである。
 だが、今のシルの目的は地上軍の援護、そして『アロンダイト』の防衛にある。
 目標達成のためには、シルが駆るレゼール・ブルー・リーゼに敵軍の目を惹きつける必要があった。敵にはレゼール・ブルー・リーゼを敵として認知可能な標的として認識させなければならない。
 つまりシルは、敵と危険な追尾劇を繰り返しながら、その上で敵を殲滅するという離れ業を披露する必要に迫られていたのだ。
 だからこそシルはあえて機体を止めて、敵の前に姿を現したのだ。
 シルは小さく微笑する。
 ついで、操縦かんを巧みに操ると、レゼール・ブルー・リーゼの右手を伸ばし、目前のバレルヘッドドラゴンの額を軽く小突いてみせた。
「さ、鬼さんこちらっ!」
 コクピット越しにシルは歌う様に囁いた。
 やわらかな声音は、コクピット内を反響しながら、チタンアルミニウム合金製の装甲を透過して外部へと流れていく。
 シルの挑発に気色ばんでか、前方のバレルヘッドドラゴンがずんぐりとした砲身を持ち上げた。鋭い銃口が、冷酷な牙をむき出しにして、レゼール・ブルー・リーゼを睨み据えてくる。
 一匹のバレルヘッドドラゴンの怒りは瞬く間に、周囲へと伝番したようで、周囲で蠢くバレルヘッドドラゴンの群れが、一斉に銃口をレゼール・ブルー・リーゼへと向けた。
 八方より突き付けられた銃口を前に、しかし、シルは笑みをますます深くする。
 今や、敵の注意は完全にシルへと向けられた。
 となれば、あとは彼らを誘導して自分の攻撃の間合いに誘い出せばよい。
 シルは巧みに機体を中空で制御しながら、機体を揺曳させる。
 蝶や蜂が空を舞う様に、レゼール・ブルー・リーゼがなめらかな無限軌道を描きながら、バレルヘッドドラゴンの群れの周りを揺曳する。
 煽情的なレゼール・ブルー・リーゼ動きを前に、まるで歯ぎしりでもするかのように、バレルヘッドドラゴンの黒い銃口が軋みをあげながら振動を始めた。
 大口径の砲口のもとで、赤い焔が煌々と輝いてみえた。狡猾な蛇が、 邪悪な赤黒い舌をちらつかせるように、黒い銃口より焔が一条たなびいた。
 シルは直感的にフットペダルを踏み抜いていた。操縦かんを切り、サイドレバーを全力で手元に倒すと、機体を垂直方法へと飛翔させる。
 シルの挙動は、電気系統を通じて、即座にレゼール・ブルー・リーゼへと伝播された。
 背面の大型スラスター『エール・リュミエール』が獣の様な唸りをあげ、蒼い光子を吐き出した。
 機体が激しく振動を始めた。足元よりの楊力と、上方よりのしかかる重苦しい慣性力とが激しく角逐する中、コクピットが、垂直方向へと急浮上するのが分かった。
 青い粒子が奔騰する中、レゼール・ブルー・リーゼは再び青い閃光となり、音の壁を何層も突き破りながら上空へと突き進んでいく。
 ほぼ直感的にシルは回避行動に移ったのだ。
 そしてそれが功を奏した。
 メインモニター越しに足元を見遣れば、つい先ほどレゼール・ブルー・リーゼが浮遊していた空間を飲み込む様に、巨大な黒影が通り過ぎていく。
 銃弾だ。
 バレルヘッドドラゴンが放った無数の銃弾が、黒い巨大な影となり、足元すれすれを過ぎ去っていったのだ。
 安堵まじりに吐息をつきながら、シルは機体を空で躍らせると、下方に霞んでいくバレルヘッドドラゴンの群れへと再び告げる。
「さぁ、ここまで……追っておいでー!」
 シルの言の葉が届いてか、バレルヘッドドラゴンの群れが一斉に銃砲を上転させた。
 ぎらつく無数の銃口が下方よりレゼール・ブルー・リーゼを見上げている。
 鬼ごっこの始まりだよ、とシルは内心で呟いて、直ちに次の行動に移る。
 詠唱を開始。同時に、敵の攻撃を避けるべく水平軌道へと機体を滑らせる。
 上方へと向けられた銃列が一斉に火を噴いた。
 無数の黒い銃弾がレゼール・ブルー・リーゼ目掛けて上空へと、走り抜けていく。
 シルの眼はしかし、すべての銃弾の軌道を正確に見抜いていたし、シルの指先は既に最善の行動を取るべく動き出していた。
 シルは、コンソールパネルへと手を伸ばすと飛行モジュレーターを巧みに操り、可変翼たる六枚の大翼を微調整。更に背面スラスターの出力を落とすや、垂直方向への揚力を減弱、水平軸への旋回機動へと入る。
 命令信号がレゼール・ブルー・リーゼの体内に張り巡らされた電子回路を駆け回っていく。
 命令に従うままに、レゼール・ブルー・リーゼは緩やかな放物線軌道へ空に描きながら、垂直方向から水平方向へと滑走していく。
 銃弾の嵐が、鋭く空を切り裂きながら、黒い牙をむき出しにしてレゼール・ブルー・リーゼの背に追いすがる。
 しかし、野獣の牙はレゼール・ブルー・リーゼを捉える事あたわず、背部装甲すれすれを掠めながらも虚空へと走り抜けていった。
 直撃には程遠い。無数の銃弾は銀蒼色の装甲に糸すじの様な裂傷を刻みながらも、力なく彼方へと飛び去っていく。
――チャージ完了まで20秒。
 敵の第一射をやり過ごしたシルは内心でそう呟くと、機体を前方に加速させた。
 ふと サブモニターを確認すれば、十三時の方向、三百フィート上空にて物凄い熱量が確認された。直ちに機体を後方へと飛びのかせ、上空より迫り来る無数の銃弾に対処する。
――完了まで10秒。
 機体の前方すれすれを、黒い雨となって銃弾が駆け下りていった。
 去り行く無数の銃砲を見送りながら、シルは再び機体を旋回させた。
 振り返り、周囲を見渡せば、レゼール・ブルー・リーゼを取り囲む様に無数のバレルヘッドドラゴンが四囲に居並んでいた。
 あえて、死中に活を求めて、シルは前方の敵の一団へと飛び込んでいく。
――あと、5秒。
 詠唱ながらにメインモニターを睨み据える。
 メインモニター上、レゼール・ブルー・リーゼの進路を塞ぐようにバレルヘッドドラゴンの分隊が立ちはだかった。
 トリガーに親指を添えて、機銃を斉射する。
 瞬間、頭部ビームバルカン『エリソン・バール改』が激しく火を噴いた。
 無数の銃弾がバレルヘッドドラゴンを続々と撃ち抜いていく。銃弾に撃ち抜かれ、バレルヘッドドラゴンが火球となり地上へと墜落していくのが見えた。
――残り、3秒。
 撃ち落とした敵の間隙を縫うようにして空を飛翔する。
 ジグザグの機動を描きながら敵の大群をやり過ごし、再び推力移動で上空へと躍り出た。
――1秒。
 シルはそのまま上空1500フィートまで機体を加速させた。
 既に上空には敵影は確認されない。
 そうして目的地点まで浮上するや機体をぐるりと反転させ、下方に蠢くデウスエクスの大群をメインカメラに収める。
――…0秒!
 最後のカウントを済ませた。
 詠唱を終え、自らの中に蓄えた魔力を解放する。
 解放されたシルの魔力は、 握りしめた操縦桿を通して、機体の内部を駆け回りオーラジェネレータを賦活化させた。
 オーラジェネレータが激しく駆動する。スラスターを通じて、シルの魔力を帯びた銀蒼色の粒子が空中に迸った。
「魔力充填完了…。全砲門、リミッター解除」
 コンソールパネルを操り、火器管制を書き換える。
 アイカメラを絞り、視野範囲を拡大すれば、メインモニター上には、イナゴの群れの様に蠢く、バレルヘッドドラゴンの大群が浮かび上がった。
 目下の敵影へと狙いをすます。
「全砲門解放――っ!」
 シルの音声に呼応するように、腰部左右に2門ずつ配置されたカルテットキャノンが大口径の砲口で敵の大群を睨みすえた。
 機体のいたるところに装着されたビーム反射機構付きビット『プリューム』が機体の周囲に続々と展開されていく。
 右手で発射用のトリガーを力強く握りしめて、ロングビームライフル『エトワール・フィラント』の照準を絞る。
「ブルー・リーゼ、全力で撃ち抜くよっ!」
 吐き出すと同時に、トリガーを力強く押しぬいた。
「くらえ、ブルーライトニングっ! 遠慮せず全部もってけーーっ!!」
 瞬間、全ての砲門が同時に火を噴いた。
 蒼白い無数の光芒が蒼天に瞬き、まるで流星の様に空を斜に駆け下りていく。
 流星群は、蒼白い光の尾をジグザグに引きながら、縦横無尽に空を走り抜けていく。
 まるで刷毛で掃き出されたように、幾筋もの光の束が、鋭く空を切り裂き、続々とバレルヘッドドラゴンへと殺到していく。光は絡み合っては渦を巻き、時に樹枝状に分裂しながら、バレルヘッドドラゴンを飲み込み、かみ砕いていく。
 あまたの光が、空を交錯し、空域全体が青一色に染まり上がる。
 時折、舞い上がる爆炎の揺らめきが、蒼褪めた世界に歪んだ朱色を添えた。
 舞いあがる炎の下、敵の残骸が黒い砂となって宙を舞う。
 一機、また一機とバレルヘッドドラゴンが大気の黒ずみとなって消失していくのが、メインモニター越しに見えた。
 サブモニター上で点滅していた無数の赤点が急速に光を失っていく。
 そうして空を飛び交う閃光が、やおら勢いを弱め、再び空が元来の青さを取り戻した時、シルの眼下の空域よりバレルヘッドドラゴンの群れは完全に消え失せていた。
 ふぅと一息ついて、シルはアイカメラを東へと向けた。
 敵の先遣部隊の一部は撃退したが、未だに空は敵の支配権にある。
 次なる敵部隊のもとへとシルは機体を走らせた。 
 青い流星が、濃紺の空を駆けていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

幸・鳳琴

敵群に進んで飛び込み
囲まれる前に黄龍三節棍を一閃してなぎ払い、
功夫を生かした拳と蹴りで敵を片付けていきます
これくらいの鉄火場、「ブレイド」での戦場で慣れたものです!

「ブレイド」といえば
私は最後にアダム・カドモンと言葉を交わしたケルベロスでしたね
彼と同じ名を持つ、DIVIDEの長官の存在は本当に不思議な気持ち
気高い指導者であるのは、「らしい」とも言えるかもしれませんね!

戦場で、見知った声が聞こえるかもしれません
――でも、私のただ1人のひととは、違う方
そうです、会うのはきっと平和を勝ち取った後
約束の指輪と永遠の指輪
絆のダブルリングに誓いを新たに
攻防一体のUC〘幸家・亢龍》で敵を倒していきますよ!


日下部・香

今回の新型決戦兵器はデウスエクスが狙うほどの出来なのか。
どんなものか気になる……けど、それは窮地を脱してからだな。

地上部隊の射撃の射線上にデウスエクスを追い込もう。
螺旋弓で【矢弾の雨】を放って【制圧射撃】を行い、敵の進路を限定したい。
弓矢ではあるが、対デウスエクス用の武器だ。威力は銃器に劣らない(【鎧砕き】)
【螺旋弓術・黒雨】の方が手数も威力もあるが、これの射程は150 mくらいだ。使うのはある程度敵が近づいてからだな。

地上部隊の射線がどの辺りになるかは位置関係からある程度分かるだろうが、連絡ができれば確認しておきたい(【情報収集】)
可能であれば、こちらの行動も味方に伝えておこう。



  黒く塞ぎこんだ空は、今やにわかに晴れ渡り、雲間からは真昼時の眩しい太陽がやおら顔を覗かせている。
 度重なる攻勢を受け、巨大な白雲を形成していたデウスエクスの大群は、最早、万全な陣容を維持すること叶わずに小隊規模で散り散りとなり、いくつもの小さな雲塊となって空を漂うばかりだった。
 天を仰ぎ、雲の行方を追いながら、日下部・香(断裂の番犬・f40865)は、相次ぐ攻撃により敵は勢いを大きく削られたことを実感する。
 おそらく、総兵力の三割強の戦力を敵は上陸前の時点ですでに失っただろうと、空模様より香は推測した。
 となれば、求められる次なる一手とは更なる打撃を加えることにある。
 嘱目の眼差しで空を一望しながら、香は義姉を真似るかのように、戦いの動静を自分なりに占った。
 黒真珠の瞳を大きく見開き、鼻腔を小さく膨らませる。両の眼で戦場を具に洞察し、同時に嗅覚を働かせて戦いの匂いをかぎ分ける。
 そうすれば、自分の五感は義姉のそれと化して、戦場をより鮮明に俯瞰できるような気がしたのだ。
 香はまずは北空を、ついで西空へと視線を這わせた。
 開戦と同時に空を走り抜けた剣の一閃により、北部上空の敵は、ほぼ根こそぎ取り払われていたし、西部周辺の空域よりも、今しがた、大量のバレルヘッドドラゴンが青い閃光に貫かれ消滅した。
 いずれの戦域でも敵は、部隊と呼ぶのが憚られるほどにその数を大きく減じていた。
 北と西とは、問題ない。
 次いで香は東の空を見据えた。。
 東部上空に関しても、地上より間断なく注がれる砲火と上空より降り注ぐ、光の刃に晒されて敵デウス軍団の降下は遅々として進まぬままだ。
 東の戦場にも然したる問題はないように見受けられた。
 ここまで確認したところで、香はゆったりと視線を南の空へと向けた。
 そう、現在、完全に手薄となっている長城南部の空を凝視したのだ。
 他の空域と比べ、南の空には分厚い白雲が、かかっていた。
 デウスエクスの大軍は、南方ではさしたる損害を受ける事無く、着実に侵略の矛先を地上へと伸ばしていた。
 尤も、南部の敵に対する備えがほとんどなされていないことについて、それが地上軍の怠慢であるとして、友軍の戦術思想を糾弾したり、否定する意図は香にはもちろん無い。
 戦術における大原則とは戦力の集中にあるという。
 ゆくゆくは決戦配備等について見識を深めるべく大学の門戸を叩いた香は、入学して間もないながら、軍事方面の智識に触れる機会も多かった。必然的に戦史全般に関する講義も必修科目として受講を開始した。
 まるでそれが金科玉条とでもいうかのように、教本は、戦術における戦力集中の重要性を繰り返し繰り返し力説した。
 おそらく、地上軍の指揮官が思い描いた戦術思想は、戦力の集中という点に重きを置いて決定されたのだろう。
 東、西、北の三方向を押さえた上であえて南を敵に与える。
 そうして南部以外の敵を一掃したところで兵力を南に反転、総兵力でもって一挙に南部の敵を壊滅させるのが指揮官の青絵図なのだろう。
 寡兵で敵の大軍にあたる以上は、戦力の分散の愚を犯すわけにはいかない。
 故に、時間差をつけて各戦域に火力を集中し、各個に敵を撃破していく。なるほど戦術上、合理的な手法でもって指揮官は戦いに挑んだのだと、香の理性は味方指揮官の用兵術を高く評価していた。
 だが、そんな一見合理的に見える分析とは裏腹に、香の嗅覚は手薄になった南部方面に得も言われぬ危機感を抱いていた。
 なぜだろうか。南方の空気はどこか淀んでいるように感じられるのだ。
 ハドリアヌスの長城付近では東西と北の突端とを結んだ領域では、空気が明朗と済んでいるのに対して、南部からは生命の輝きの様なものがまるで感じられないのだ。
 春の盛りを迎え、草木は青く茂り、花々は爛漫と咲き誇っていた。
 長城を囲む山野では緑が鮮やかに萌え、殺風景な廃墟に色彩を添えていた。
 見た目には、北だろうと南だろうと長城の景観に違いらしい違いは無かった。
 だが、南部を望んだ時、香は妙な胸騒ぎを覚えずにはいられなかったのだ。
 理性は、地上軍とともに東の敵に備えろと言っているのに、 本能は南で奮戦しろと香に命じていた。
 そして、本能にこそ香は義姉の気配を濃厚に感じ取っていたのだ。
 理性と本能がせめぎ合う中で、果たして、義姉のオルトロスはどのように動くのかと、香は自らの心に自問自答する。
 刹那の問答は、直ちに終了した。
 やはり香の足は自然と南へと向いていた。
 木々を渡る涼風が、北から南へと流れていく。そこに香はなんとはなしに義姉の姿を見た気がした。
 躊躇うことなく香は南へと駆け出していた。
 駆け足ながらに、香は私用の通信用インカムを起動する。
 自らはワンマン・アーミーとして地上軍の指揮権とは無関係に戦場で戦うが、事前の連絡は必要だろう。それに可能ならば、南部への備えのためにいくばくかの援軍は欲しい。
 右手で装置を操りながら、軍の通信回線と自らの回線を直結させる。
 じじじ、と耳鳴りにも似た音がインカムを通じて流れて来た。
 すかさず、香は告げる。 
「イゾルデ少将ですか。私は、日下部・香――。ケルベロスです。無礼を承知で単刀直入に申し上げます。私は今から手薄な南部で敵の迎撃に向かいます。つきましては兵を南部に割いてもらいたいんです」
 香は語気を強めながら、インカムごしに告げた。
 正規の回線に割り込むようにして流れて来たノイズに驚いてか、イゾルデ少将が一瞬、言葉を詰まらせるのが分かった。
 束の間、音という音が絶えた。
 たまゆらの沈黙は、しかしイゾルデ少将の声音によって直ちに破られる。
「……まずは、レディ。救援に感謝する。だが……なぜ、南部に兵を?ケルベロスに友軍を託すのはやぶさかではないが、こちらは定められた作戦通りに兵を動かしている。仮に、兵を南に向けるとしても、正当性がなければ、承諾は出来ないな。君の見解を聞かせた貰えないだろうかな」
 鼻腔の奥に底ごもって響く、艶っぽい低音がインカムごしに香の鼓膜を撫でた。
 香は固唾を飲む。 
 イゾルデの声は、穏やかなものであったが、どこか有無を許さない調子があった。
 おそらく、彼には、嘘や虚飾といった誤魔化しは一切通用しないだろう。咄嗟に取り繕った理論など彼は容易に論破してくるはずだ。
 だからこそ香は彼に包み隠さずに自らの思いの丈を吐き出した。
「嫌な予感がしたんです。南部の空気が淀んでいる……。うまく言葉にはできないのですけど、南部を放置するのは危険だと思うんです」
 我ながら、呆れてしまうような物言いだった。
 だが、南部を放置するのは危険だという、確信めいた直感が香にはあった。
 ふたたび、静寂が訪れた。
 はたして、イゾルデ少将の声がインカムごしに響いたのはわずか数秒後のことであった。
「予感と……そんな理由で?」
 艶っぽい声音は、好奇の色を湛えながら、わずかに震えて聞かれた。
 香は即答する。
「……はい。ケルベロスの直感がそう告げています」
 語勢を強めて、端的に答える。
「なるほど。私は、ケルベロスの力を有していないからね。その言葉を使われると弱い。とはいえ、東部も敵の迎撃にひっきりなしだ。さて……どうしたものかな」
 まるで試すような声でイゾルデが先を促してくる。
 優等生よろしく香は模範解答を提示した。
「東部と南部の境界線に兵の一部を移動させて貰えれば十分です。そうすれば、移動後も東と南の両方に対処できるでしょう?私が……敵の進路を限定します。南東へと私が、敵を誘導します」
 はっきりと言い切った。
 瞬間、インカムの向こうで、巨大な駆動音が轟いた気がした。同時にイゾルデ少将の快活とした声音が回線を走り抜ける。
「了解だ、ケルベロスのレディ。アロンダイトを直ちに南東部の丘陵地へと急がせる。君は南から敵をけん制し、アロンダイトの上空へと誘導してくれ」
 嬉々とした様子でイゾルデ少将が言い切った。
 敵の破壊目標であるアロンダイトをあえて、敵の目に晒すことを憂慮しないわけではなかったが、しかしイゾルデの事だ。なにかしらの策があってのことだろう。
 了解、と短く返答して通信を終えると香は、そのまま草の大地をひた走り、南の大地に布陣した。
 顔を仰のかせて、天を見据えれば、空を暗く閉ざすデウスエクスの大群が香の視界に飛び込んでくる。
 膨大な数のバレルヘッドドラゴンが隈なく空を埋め尽くしている。
 敵は上空にあり、いまいち距離感が掴みづらかったが、彼我の距離はおおよそ数百メートル程度、離れているだろうか。
 敵は未だ香の弓矢の射程範囲外を漂っている。
 敵の飛行速度から、開戦までの時間をざっと目算し、ついで香は螺旋弓を構えた。
 矢を番え、天を睨み据えながら、香は自らの内奥で燻ぶる奇跡の力を徐々に解放していく。まるで空の水槽を満たすように力があふれていく。
 天上からは、まるで雨滴が滴りおちてくるように大空にぴったりと張り付いていたバレルヘッドドラゴンの群れが降下を始めた。
 降下に伴い、敵の陰影が克明となり、大翼を備えた竜の巨体が香の両の目にくっきりと浮かびあった。
 長い筒状の頭部を地上に向けながら、大量の竜が空を滑り落ちて来る。
 奇跡の力が香の全身を駆け巡り、指先に集積してゆくのが分かった。
 指先に集まった奇跡の力が綿花の様に膨れ上がる。意識を集中させつつ、香は指先の奇跡の力を弦に番えた矢へと伝播させる。
 矢が二回りほど膨張していくのが分かった。物凄い力が、矢じりよりあふれ出している。
 敵の前衛部隊が、更に間近に迫る。
 上空二百メートル付近の空域を、群がる敵の一団が埋め尽くした。
 敵が迫るにつれ、地上の暗がりが広がっていく。
 間もなく、敵は香の射程内に飛び込んでくるだろう。香は息を飲み、指先に意識を集中させつつ、弓射の瞬間を窺った。
 ふと、遠方に人の気配を香は感じた。
 敵の大群へと顔を向けたまま、束の間、視線だけを外し、気配の出どころを見遣る。
 長城の南端に位置する楼閣のてっぺんに、一人の少女が佇んでいる。
 少女は、くっきりとした瞳を瞬かせながら、どこか放心したように空を見上げていた。
 真珠をはらんだような小さな鼻がひくひくと動いている。
 年のほどは、十代なかばくらいだろうか。少女は黒髪をなびかせながら、微動だにすることなく空をにらみ据えている。
 幼さの残る相貌に反して、少女が身にまとう雰囲気は妙に大人びた感があった。
 おそらく、グリモア猟兵の予知を聞きつけ、この場に駆けつけた同業者とみるのが一番妥当だろう。
「射ち、写し、穿つ」
 少女から上空の敵軍へと視線を戻した。刻々と敵は矢の射程範囲内へと近づきつつある。
 少女がなぜ空を見上げていたか、彼女の意図は分からないが、一番槍は自分が引き受けよう。
 香は息を大きく吸い込んで、弓射の構えを取る。
 流れるような挙止でもって、敵に向かい半身を翻すと、すり足で右足を軽く後方へと引いた。
 肩を開き、番えた矢を引き絞る。
 弦が軋りをあげ、大きくしなった。
「天を衝き、地に降る」
 弓射に意識を集中させれば、音という音が香のもとから遠ざかっていく。
 凛然と響き渡る自らの声音だけが、静まり返った大気へと反響し、すぐに消えていった。
 鋭い視線で敵の大群を貫き、矢の発射角を微調整する。
 敵集団の中心と矢じりとを一直線に結び、最終調整を済ませる。
 敵の大群が低空へとずっしりと沈みこんだ。大気が割れんばかりの悲鳴をあげ、敵が弓矢の射程へと身を晒した。
 吐息を吐き出すとともに指先の力をそっと緩めた。
「螺旋弓術・黒雨――。……空を穿ちぬけろ!」
 矢から指を離せば、張りつめた弦は伸長し、矢を勢いよく吐き出した。
 矢尻が鋭く大気をかき分けながら、吸い込まれるようにして上空のデウスエクスのもとへと駆け上がっていく。
 上空へと迫るたびに、矢がその数を増やしていく。
 螺旋の力をはらんだ矢は、陽炎のように輪郭を大気へと滲ませながら、空を駆けるに従い指数関数的に数を増やしていき、千を超えるほどの大量の矢となって空を隙間なく埋め尽くした。
 黒い驟雨を彷彿とさせる無数の矢が、紺碧の空を貫いていく。
 驟雨は、黒い指先で下方から空をなぞり、掬い上げるような格好で南から西へと空を舐めとった。
 必然、矢の雨はデウスエクスの進路を防ぐ。飛び交う矢に貫かれて、地上へと墜落するデウスエクスが続出した。
 当初、安全と思われた南部は、今や無数の矢が飛び交う死地へと激変したのだ。それまで、悠々と空を滑走してきたデウスエクスがぴたりと宙で静止するのが見えた。
 漫然と降下を続けて、無為に命を落とすような愚をバレルヘッドドラゴンは犯すつもりは無いようで、彼らは空中で巧みに戦列を変じながら、潮がひくように南から東へと流れていく。
 南の空より、敵影が遠のいていく。
 デウスエクスの大群が南東の空へと差し掛かる。
 瞬間、空を這いずるバレルヘッドドラゴンの大群を、白銀の光が貫いた。
 南部と東部の境付近の丘より、高密度の閃光が空へと向かい一条、伸びていた。
 光の出どころに目を遣れば、丘上の銀色の騎士へと行き着いた。人の数倍ほどはあろうかという機械仕掛けの騎士が、大口径のレーザー銃を天へと向かい構えている。
 銀色の銃口からは、純白の微光があふれていた。
『アロンダイト』だ。
 白銀の騎士『アロンダイト』によるレーザー砲が、敵デウスエクスを撃ち抜いたのだ。
 分厚い閃光に飲み込まれて、たちどころに数機のバレルヘッドドラゴンが燃え尽き、地上へと崩れ落ちていくのが見て取れた。
 深層物理学の権威であるジョン・フェラー博士はセルダン定理なる理論を帰納的に導いた。
 セルダンの定理に関しては、高校物理学の範囲外にあり、香は詳細を知る由はなかったが、とはいえ、六千セルダンを誇るという『アロンダイト』の出力がどれほど膨大であるかという事は、物理学の門外漢である香にも肌感覚で理解できた。
 なるほど、新型機の名は伊達ではないらしい。
 『アロンダイト』を感嘆の眼差しで見守りながら、香は再び弓に矢を番う。
 誘導という役目は見事に果たしたが、追撃の手を緩める道理はない。なによりも、『アロンダイト』に負けてはいられない。
 微笑がちに地を駆ける。
 弓矢による攻撃で香は、残存する敵へと追い打ちをかける。戦場を駆け回りながら一矢また一矢と矢を放つ。
 矢尻が敵を貫くたびに、デウスエクスの残骸が地上へと続々と墜落してゆき、閉ざされた空に光が戻った 。
 柔らかな日差しを受けながら、香は戦場を駆けていく。ここに南方での戦いは掃討戦へと移行していくのだった。

 青い流星が空を駆け抜けていく。
 海を彷彿とさせる蒼空を背景に、流星は空より眩い青色を湛えながら、意気揚々と空の彼方へと飛翔していく。
 流星の軌道に合わせて、零れだした銀蒼色の粒子が空に光の道しるべを描き出した。
 幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・f44998)は、古ぼけた高楼の上に立ち、空に色濃く残った流星の尾を郷愁の眼差しで眺めていた。
 大気を渡る風が、流星のかけらを鳳琴のもとへと運んでくる。
 ふと懐かしい声音が鳳琴の耳朶を揺らした気がした。
 声音は、かつて鳳琴の傍らにあった想い人のものと酷似していた。
 銀糸をひくような柔らかな声音が、闊達とした調子で大気を揺らし、そうして彼方へと流れていく。
 声音といい声色といい、響いた声は、鳳琴の想い人のそれとぴったりと符合していた。
 自らの心に優しく沈み込み、内奥を穏やかにくすぐるこの柔らかな声は、生態学的には自分の想い人とまったく同一のものである。
 しかし、その実、この声が想い人のそれとは微妙に異なることを、鳳琴は声にわずかに残った気の流れより切実に痛感していた。
 憂愁の思いに胸が締め付けられるようだった。過ぎ去ってしまった過去が、淡いパノラマ写真となって次から次へと脳裏をかすめていくかのようだった。
 だが、鳳琴は過去に打ちひしがれるだけの弱い存在ではない。
 彼女との約束は、例え世界を隔ても鳳琴の中で色褪せる事無く輝き続けている。
 自らを叱責するように鳳琴は流星へと伸ばしかけた手を引くと、左の薬指に絡みつく『約束の指輪』へと右手を這わせた。
 乳白色の指先が薔薇色に燃え立ち、手のひら全体が陽だまりの温もりで満たされていく。
 掌に広がっていく甘やかなる温もりに、たまらず表情が綻んだ。
 去り行く流星を見送りながら、鳳琴は絆のダブルリングに新たに誓う。
 彼女は自分にとってのただ1人のひととは、違う方なのだと。そして、想い人と再会するとしたら、それは平和を勝ち取った後なのだと。 
 決意を新たに、鳳琴は流星から視線を外すと、今度は、一転、自らの上空より迫る敵の大群へと目を遣った。
 上空五百メートル付近の中空で、デウスエクスの大群が蠢いている。
 楼閣の頂上に立ちながら、鳳琴は黒く淀んだ空を仰ぎ、南部空域に進出した敵の動静を再び窺った。
 鳳琴がこの場所へと急行した理由とは、東西、そして北と比べた時、南部を守る気の気配が希薄であったからだ。
 降魔拳士の習性といえるかもしれない。
 兵の多寡や兵器の質よりも、まず第一に気の流れに意識が向いてしまう。
 気の力の有無は、能力の底上げはもちろん、兵の士気にも直結する。
 故に長期戦を見据えた場合には、無形戦力としてなによりも重視すべきということを鳳琴は「ブレイド」世界の戦い、そして降魔拳士の習性より自然と身に着けたのだ。
 故に鳳琴は南部をこそ切所と見て、ここに駆けつけたのだ。
 長城の北端と東西を結ぶように龍脈が大地の起伏にそって走っているのが鳳琴には、すぐに分かった。
 龍穴よりは、金色の微光が絶えず奔出しており、それらは長城の北部一帯を還流しながら、金の帳となって周辺を祝福の光で満たしていた。
 これほどの大規模な結界を並大抵の者が作り出せるとは思えない。
 おそらく、仲間のケルベロスか猟兵が巨大な結界を長城の北部周辺に巡らせたのだろう。
 結界術の力が及ぶ地においてならば、友軍は従来以上の実力を遺憾なく発揮するだろう。
 しかし、結界術の埒外にある南部方面においては、事情は異なる。
 短期的な視座から戦場を俯瞰した時、兵力劣勢側による敵殲滅の最適解とは火力の集中による敵の各個撃破にあるというのは正論だし、現状、戦況はそんな友軍の思惑に沿って理想的に推移していた。
 とはいえ、あくまで現在の戦いは、デウスエクスとの前哨戦に過ぎないのだ。
 鳳琴が危惧したのは、南を敵に抑えられ、そこを橋頭堡に敵軍が続々と南部へと結集し、その後、南部における地上戦を強いられるという最悪の事態であった。
 結界術に守られていない南部においては友軍への祝福は存在しない。ここに 敵が大兵力を集中させ、大攻勢にうって出れば、友軍が苦戦を強いられるのは必定だ。
 鳳琴は拳を握りしめた。
 天を仰ぎ、無数の敵を睨み据える。
 今や敵軍は上空、五百メートル付近を超え、高度三百メートル付近の空域に群がっていた。
 彼らを上陸前にすべて殲滅する。たしかに骨が折れる作業だが、やってのけられないことはないだろう。
 「ブレイド」世界で鍛えぬいてきた戦技は、世界を渡った後も、変わらず健在だ。
 数多の戦場で培ってきた技術、そして鍛え上げてきたグラビティは、やや性質を変えながらユーベルコードという新たなる矛となり今も鳳琴を支えている。
 腰を落として、丹田に意識を集中させる。
 呼吸を深めていきながら、体内を巡る気の流れに秩序を与えていく。
 全身を駆け巡る闘気が、紅玉のオーラとなって鳳琴の全身を包み込んだ。
 四肢へと闘気を集中させる。
 奔出した闘気が両手足に収束し、膨張していくのが分かった。可視化された闘気が、濃密な朱色の絹帯となって鳳琴の手足に絡みつく。
 両足で、石楼閣をしっかりと踏みしめながら、鳳琴は臨戦態勢に入る。
 黄龍三節棍を左手に構え、右拳を固めた。
 世界は変われども「ブレイド」同様、体は機敏に動く。
 想いの力も、戦技のキレもあの頃となんら変わることは無い。
 人類のため、鳳琴は今も戦い続けているのだ。
 相違点と言えば、かつての強敵であったアダム・カドモンの麾下組織に与してで戦っているということくらいだろう。
 かつてケルベロスとして立ちはだかり、拳をまじえ、臨終を看取ったアダム・カドモン。
 彼と同姓同名の人物を旗頭にして、今 、鳳琴は一兵士として戦場に赴いている。
 未だ「ディバイド」世界になれない鳳琴には、アダム・カドモンのために戦うという事に対してやや奇異な印象を覚えないでもなかったが、しかし今思えば、「ブレイド」世界においてもアダム・カドモンは恪勤清廉とした人物であり、起居振る舞いには泰然自若としたところがあった。
 世界が異なれば、事情も立場も異なってくるのだろう。ディバイド世界では、気高い指導者としての名望を集めているというのも、ある意味で彼「らしい」と言えるかもしれない。
 そして、今戦場にはアダム・カドモンの種子ともいうべき人型決戦兵器『アロンダイト』が控えている。
「ブレイド」世界の好敵手は、「ディバイド」世界では人類救済の道を選び、そして彼が連綿と紡いできた智識と彼が人類に示した勇気は地球に住まう人々に受け継がれ、そして今日、『アロンダイト』という兵器を生み出したのだ。
 自然と力が湧いてくる。
 闘気が全身よりとめどなくあふれ出してゆくのが分かった。手足で膨れ上がった闘気が、砕け散り、赤い粒子となって周囲に漂った。
 敵デウスエクスが、高度二百メートル付近まで迫る。頭上間近のバレルヘッドドラゴンの群れが、地上を薄暗がりの中に沈めた。
 バレルヘッドドラゴン、砲頭竜の姿が鳳琴の視野にはっきりと映し出された。
 吐息を整え、まさに攻勢に打って出ようとしたまさにその瞬間、 あまたひしめき合うバレルヘッドドラゴンの群れを飲み込む様に、無数の矢が地上より放たれた。
 巨大な大腕を振り回すように、黒い矢の雨は、南空から西空を斜に流れてゆき、バレルヘッドドラゴンの進出を堰き止めた。
 矢に撃ち抜かれてバレルヘッドドラゴンが一体また一体と地上へと墜落していくのが見えた。
 矢の雨が止む気配はなく、中天はバレルヘッドドラゴンと無数の矢とがせめぎ合う騒乱の場と化した。
 両者は互いに譲るまいとぶつかり合い、そうして互いが互いを押しのけんと絡み合った。無数の矢尻が竜の大翼を貫き、竜の吐き出した火砲が矢を焼き払った。両者の角逐は、勢いを増しながらついぞ極点を超えた。
 続出する友軍の被害に耐え切れず、バレルヘッドドラゴンの群れが一歩を退くことで、戦いは一段落をみせたのだ。
 バレルヘッドドラゴンの群れが南部の空を離れ、東空へと転進していくのが窺えた。
 結果、南部の低空には、矢の嵐をやり過ごし、辛うじて生き延びたバレルヘッドドラゴンが残るのみとなった。
 その数はせいぜい、二十をわずかに上回る程度である。
 鳳琴は内心で喝采をあげた。
 長期戦を考えれば、前哨戦ではなるべく体力は温存しておきたい。反面で、今後、展開されるだろう地上戦を想定した場合、南部の敵は降下前にすべて壊滅させておきたい。
 本来ならば互いに背理する願いを同時に達成する状況がここに訪れたのだ。 
 鳳琴は残存したバレルヘッドドラゴンへと狙いを定める。
 むろん、二十ものデウスエクスを一挙に相手どるのは決して容易い事ではない。
 だが、鳳琴はこれまで「ブレイド」の戦場で数多くの死線をくぐりぬけてきた。それを思えば、この程度の鉄火場など危険の内にも入らない。
 朱色の靴底で大地を蹴り上げた。
 高度三十メートル付近まで敵は降下を済ませている。闘気を纏った鳳琴ならば、大地の一蹴りで彼らのもとへと肉薄することも可能だ。
 右足が大地を離れた。
 瞬間、大気は分厚い不可視の障壁となって、鳳琴の両肩に重苦しく圧し掛かってきた。
 風圧に抗い、重力を振り切りながら、鳳琴の体が上空へと突き進んでいく。
 空気の指先が荒々しく頬を撫でた。烈風に弄ばれて、絹の黒髪がたなびいた。
 心地よい浮遊感と激しい抵抗感がせめぎ合いを続ける中、鳳琴は残存するバレルヘッドドラゴンの群れへと飛び込んだ。
 敵は目と鼻の先にある。
 二、三歩ほど間合いを詰めれば、鳳琴の拳はバレルヘッドドラゴンの顎元を砕き抜くだろう。
 両足から闘気を迸らせ、空に足場を築く。
 闘気で固めた足場の上を踊るように踏み鳴らしながら、鳳琴はバレルヘッドドラゴンに向かい疾駆する。
 一息つく間にバレルヘッドドラゴンの頭部が指呼の間に迫る。
 軽く跳躍しつつ、黄龍三節棍を一閃。敵の側頭部を薙ぎ払った。黄龍三節棍が、バレルヘッドドラゴンの鋼鉄の頭部にめり込んだ。
 砲頭竜が、首をくの字に折りながら、力なく空をよろめくのが見えた。竜は二歩、三歩と千鳥あしで空を彷徨い、そうしてコントールを喪ったままに地上へと崩れ落ちていった。バレルヘッドドラゴンが硬い大地に衝突するのが見えた。竜の巨体が、大地に抱かれ、揉みしだかれながら大地の黒染みと化してゆく。
 黄龍三節棍による一撃は、成功裡に終わった。
 さりとて鳳琴は、攻勢の手を止めるつもりはない。
 未だ、周辺空域のバレルヘッドドラゴンの群れは、鳳琴の接近に露とも気づかぬようで呑気に空を漂っている。
 この機に乗じない手はない。
 ここで一気に大勢を決するのだ。
 眦をつりあげながら、鳳琴は八方の敵へと順繰りに視線を移した。
 忙しなく視線を動かしながら、同時に、闘気で編みこまれた空の足場を思いきり踏みしだき、次なる目標へと肉薄する。
 十間以上の距離を短時間で踏破する。
 無防備なバレルヘッドドラゴンの眼前に躍り出た。
 吐息を吸い込むと同時に、わずかに腰を落とす。下腹部に力を込め、下腿筋群に力をためた。右足で空の足場に力強く踏みとどまり、軽く左ひざを持ち上げ、蹴撃の構えを取る。
 両のまなこでバレルヘッドドラゴンを制し、次いで口をすぼめて、勢いよく息を吐き出した。
「輝け!私のグラビティーーっ!」
 発声と共に、下半身の力を解き放つ。
 鳳琴は、腰を捻りながら左足を一閃する。
 瞬間、龍を彷彿とさせる、輝く紅い闘気を纏った左足が三日月の軌道を描きながらバレルヘッドドラゴンの右下腹部へと突きささる。
 左足先に鉄を打ったような重苦しい抵抗感が圧し掛かる。
 圧迫感に目を瞑り、勢いそのまま左足を振り抜けば、バレルヘッドドラゴンの巨躯が鳳琴の左足に押し出されるような恰好で宙へと蹴り出された。
 バレルヘッドドラゴンの巨体が、幾度も宙で翻り、毬玉のように空を跳ねあがっていく。
 巨躯が視界の果てに霞み、消え去り、彼方の点となる。
 二体目、と内心で呟きながら鳳琴は直ちに次の標的へと目標を変えると、再び空を駆け出した。
 前方を睨み据えれば、左前方に敵影が窺われた。左右に体を振り、動きに虚実を交えつつ、次なる敵へと即座に迫る。
「我が敵を――砕け!」
 大きく一歩を踏み出し、次なる竜の懐へと潜り込む。
 助走をつけつつ、右拳を突き出せば、神速の拳が、バレルヘッドドラゴンの心窩部にめり込んだ。
 竜は、自らの身になにが起こったのか認知すらできぬままに、心の臓を貫かれ、瞬く間に絶命した。びくびくと体を痙攣させながら、竜が一直線に地上へと墜落していく。
 功夫を活かした拳と蹴りの合わせ技により、鳳琴は瞬く間に三体の敵を葬り去ったのだ。
 だが、連撃の乱舞は未だ序章に差し掛かったばかりだ。中盤の盛況と終盤のフィナーレが、未だ控えている。
 額に滲んだ汗を手の甲で拭うと、鳳琴は再び丹田で呼吸し、乱れた吐息を整える。
 拳を握りしめ、再び空を駆けながら、敵へと追いすがり一体、また一体とバレルヘッドドラゴンを神速の拳で撃ち抜いていく。時に功夫の技術を生かし、バレルヘッドドラゴンよりの攻撃を受け流しては、反動を活かして蹴りの一撃で敵に手痛い反撃を仕掛けた。
 鳳琴がしなやかな左足を一閃させるたびに、銀色の光芒が瞬いた。光芒に刺し貫かれて砲頭竜の巨体が空を舞う。
 鳳琴は疾風となって南の空を駆け巡る。疾風の刃が、空を切り裂くたびに竜がその数を減らしていく。
 高速戦闘は直ちに終わりを迎えた。
 神速の拳により、二十三体目の竜が撃ち抜かれた時、もはや南の空には鳳琴を阻むものは何一つとして存在しなかった。
 ほどなく、南方の空にも蒼天が輝いた。
 息も絶え絶えに、鳳琴は地上へと舞い戻る。
 疲れまじりに空を見上げ、まさに一呼吸つこうとしたその瞬間、上空を蒼い閃光が横切っていった。
 鳳琴はただ静かに閃光を見送った。
 左の薬指で誓いの指輪が輝いている。「ブレイド」世界のかけがえのない日々の思い出は、未だ色褪せることなく、鳳琴の胸裏を陽だまりの温もりで満たしていた。
 ダブルリングへと鳳琴は永遠の愛と、異世界の平和を誓う。
 愛するべき人と再会するいつの日かを想い、鳳琴は再び戦場へと足を踏み出すのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハル・エーヴィヒカイト


▼口調
一人称は基本私
頭の中では俺

▼心情
噂の新型兵器か。
この世界での戦いで反撃の要となるかもしれない長官肝入りの力が正しく振るわれる前に破壊されることだけは避けねばなるまい。
ゆくぞ、キャリブルヌス。我らの剣でこの都市を守り抜く。

▼作戦
奇襲をかけようとしている者は、逆に自分たちが襲われようとしていることにはなかなか気づけないものだ。特に成功を確信した瞬間はな。
故に私は長城の[地形の利用]で自身を伏兵として、キャリブルヌスに[騎乗]したまま潜ませておく。
そして敵集団が攻勢に出ようとした瞬間を[見切り]、真の姿、キャリブルヌス・エクセリオンを解放するとともにUCを発動して[空中戦]で一気に蹂躙する。

イゾルデには事前に狙いを伝えておこう。囮になってもらうようなものだし、こちらの奇襲からそのまま挟撃に移れれば御の字だからね。

▼セルダン値
すまないがよくわかっていないので好きに測って欲しい(MSにお任せ)



 突如、中天に夾雑した白雲は、雲居を八方へと伸ばし、地上を薄闇の帳で閉ざした。
 天を覆いつくす人工物の雲海によって、長城付近は、今や暗がりの中へと沈み込み、元来の豊かな色彩を奪われた。
 緑の草原は新緑を灰色に淀ませ、風化しつつある石畳や崩れ落ちた大理石の城壁群は暗澹とした様子で佇んでいた。
 時刻は十三時を回ったばかりだというのに、宵闇を彷彿とさせる暗がりが長城付近に垂れ込んでいた。
 ゲートより身を乗り出すや、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)は、曇天のもと草の大地を疾駆した。
 草の大地を走りぬけ、まばらに敷かれた敷石を一足飛びに蹴り上げる。
 そうして暫く平野を駆け、丘を巡った先、ついにハルは野戦陣地を眼下に望むにいたるのだった。
 長城の一隅に、コンクリート張りの分厚い防護壁が幾つも並んでいる。地表面に対して垂直に切り立った壁面は、頭上で鋭角を描きながら屋根となり、前方と頭上を守っていた。巡らされた銃眼より、無数の銃砲が大空へと首を伸ばしている。防護壁の下で、固唾を飲みながら天を見上げる兵士たちの姿が散見された。
 防護壁の表面には、幾何学文様が浮かび上がっている。文様からは、薄緑色の微光が泡のように絶えず零れだし、壁面全体を、薄い一層の被膜で包んでいる。 
 コンクリート壁を魔術施工することで防壁の防護性を高めたのだろう。 更には、小型の狙撃銃を多数備えることで火力も充実させたのだ。
 この短時間のうちに即席とはいえ、この防御施設が構築されたことには驚かされずにはいられない。
 もとより万一に備えて、火器や各種機材は持ち込んでいたのだろうが、敵襲来からのわずかな時間を利用して万全の迎撃態勢を築いた指揮官の手腕は高く評価できる。
 また、陣地内の兵士の士気も決して低くはない。
 誰も彼もが表情を強張らせながら上空を見上げていたが、地上部隊は混乱や恐慌とは無縁に指揮官であるイゾルデ少将の号令一下、開戦に備えて、粛々と作業を続けていた。
 イゾルデ少将、この褐色の美貌の指揮官を、かつてハルは戦場で遠間に目にしたことがあった。
 色つやの良い褐色肌の青年で、すらりとした長身はモデルかなにかと見まがうばかりだった。
 年の程は、二十代後半から三十代前半といったところだろうか。彼の中には、若者特有の瑞々しさと、年長者ならではの落ち着きとが何ら矛盾することなく同居していた。
 事実、今、野戦陣地で声を張り、続々と指示を下すイゾルデは、当初、ハルが抱いた印象と変わらぬ風雅さを湛えながらも、それでいて武人然とした風格を備えていた。
 ハルは直ちにイゾルデのもとへと駆けつけた。
 警邏と思われるシャドウエルフの少年に制止されそうになったものの、ハルの存在に気づいたイゾルデが少年を制し、そして、ハルを丁重に傍らに招いたのである。
 ハルは一揖すると、イゾルデの隣に並び立つ。彼と肩を並べながら、金色の瞳でもって暗く閉ざされた空を見上げた。
 肩元で、囁くようなイゾルデの声が響いた。
「敵は八百は下らないと俺は見る。君はどう見るかな、ハル・エーヴィヒカイト?」
 鼻腔の奥で甘く反響する、しっとりとした低音がハルの耳朶を揺らしていた。
 果たしてハルは彼との直接の面識はなく何故、自らの名を知りえていたのかという疑問はつきまとったが、そんな些細な疑問など一切、口に出すことなく、空模様を観察した。
 敵デウスエクスの大群は分厚い雲となって天を覆いつくしている。遠間にした時、少なくとも七百程度の数は見込まれた。
 ハルは視線を上空へと向けたまま、隣立つイゾルデへと声だけで告げた。
「数は、あなたの予測通りだろう。少なくとも八百強、多ければ九百を上回る大兵力だ。せめて、視野に収まる敵が敵の総兵力と思いたいものだが」
 首肯すると共に小声で答えた。間髪入れずに、イゾルデが苦笑交じりにハルに答えた。
「やはりか。いや、困ったものだよ。麾下の兵の士気をあげるために七百弱と二百も数字を少なく見積もってしまった……。さて、この二百弱の敵はどうしたものかな」
 試すような口調だった。
 ハルが右手に視線を遣れば、イゾルデが薄い唇をわずかに綻ばせているのが窺えた。ほころんだ口元より、白い歯が零れている。
 ハルは肩を竦めてみせる。
 イゾルデの言わんとしていることが手に取るように予測できたからだ。
「私とキャリブルヌスに任せようという魂胆か、イゾルデ少将?」
 ハルが問えば、イゾルデは、謙遜や言い訳などおくびにも出さずに力強く首を縦に振る。
「はは、物分かりがよくて助かるよ。正直……以前のレヴィアタンとの戦いもそうだったが、君の力を貸したい。正直、この防衛陣地ではじり貧だ。守るだけではすぐに押し込まれる」
 悪びれた様子もなく、臆面なくイゾルデが言い放った。
 なるほど、他の者が口にすれば不快にも感じよう文言も、それが、ひとたび美貌の貴公子から発せられたものとなれば、 まったく異なる意味を持つのだろう。
 ハルは苦笑しながらに、イゾルデの軽口を引き受ける。
「了解した。もとよりそのつもりでここに来たからな。噂の新型兵器……『アロンダイト』といっただろうか。長官肝入りで開発された新兵器が、その力を正しく振るう前に破壊されることだけは避けねばなるまい。この史跡を、あなたたちを、そして『アロンダイト』を不惜身命を賭して守って見せる」
 やや大仰にハルは言いきった。
 史跡を後方に背負い、無数の敵に立ち向かうという状況にハルは、既視感を抱かずにはいられなかったからだ。
 過ぎ去った晩秋の夕暮れ時の光景が脳裏に蘇ってくる。
 あの日、ハルは日ノ本にて絶対強者に立ち向かった英雄となった。
 ハルが彼を演じたのは演目という仮初の世界の中でのことに過ぎなかったはずだ。だが、英雄の残滓は今もハルの中で生き続け、血肉に溶け込み、ハルを構成する細胞の一部となったのだ。
 ハルにはキャリブルヌスという鎧があり、槍がある。
 果たして、日ノ本を震撼させたツワモノは今、英国を舞台に、時代を超えて槍を振るうのだ。
 ハルは一歩を踏み出した。
 そうして、イゾルデ少将の前に立つ。背中越しに彼へと伝える。
「今よりキャリブルヌスへと騎乗する。しかし、申し訳ないな、イゾルデ少将……。やや事情があってね、私が師の教えとは、表裏卑怯の千変万化戦術にある。あなたの期待通りに、以前のように正攻法で攻めることはできないかもしれない」
 後方へと首だけをやり、イゾルデ少将へと揶揄う様に微笑を投げかける。
 イゾルデ少将が愉快気に鼻を鳴らすのが分かった。しっとりとした指先が、透き通った鼻柱を撫でてている。快活に微笑みながら、イゾルデが嬉々とした調子で声を弾ませた。
「むしろ、大歓迎だ。奇襲でこちらを襲った連中とわざわざ面と向かって戦いあう必要はなかろう? むしろ、一役買いたい。俺はどうすればいい?」
 イゾルデの黒真珠の瞳が喜色の光を放つ。
 ハルもまた笑う。かりそめの父を意識し、皮肉げに口端を吊り上げた。
「……では、一つ。頼みたい……。『アロンダイト』を囮に使う」
 ハルははっきりと言い切った。
 ハルの脳裏には、かつての舞台で自らを導いた父の姿が、明瞭な輪郭をとりながら浮かび上がってみえた。
 陰謀家ならではの狡猾さと、しかし父親由来の親近感とを、皺まじりの面長に滲ませながら、やはり、父は不敵に笑っていたのだった。

 コクピット内には静寂が木霊していた。あえてセンサーの類をすべてオフにした コクピット内は、 四囲を囲む鋼鉄の装甲に阻まれ、外界の音から完全に遮断されていた。
 キャリブルヌスを塑像する魔力を帯びた鋼鉄の装甲はいかなる城壁よりも堅固であり、 考えようによってはコクピット内こそが戦場における安全地と言えたかもしれない。
さしずめ、ここは鋼鉄の揺りかごとも形容できるだろうか。
 ハルは、キャリブルヌスのコクピット内に立ち、息を潜めながら目を凝らし、攻撃の瞬間に備えている。
 果たしていかなる原理で外界の視野情報が機体へと伝番され、影像と処理されているのか、それはハルの知るところではなかったが、コクピット内の壁面は全面が透明なガラスの様に澄み、ガラス壁へと全周性に外界の影像をそっくりその投影していた。
 コクピット内に立っているとまるで、宙を彷徨っているような錯覚すら覚えた。
 イゾルデへと作戦を伝えた後、ハルは長城の南東に位置する丘陵地に身を潜ませた。
 ハドリアヌスの長城は、もともとは起伏に乏しい平坦とした大地の上に北への防壁として築かれていたが、デウスエクス襲来後、幾度のも戦いの余波を受けて、南東部付近は現在、せりあがった大地が複雑に絡み合う、小さな丘陵地帯へと姿を変えたのだ。
 ハルは、丘陵の影に機体を隠しながら、敵の大群が餌に食いつくのを待っていた。
 丘の上で、白銀の騎士『アロンダイト』が銃を構えて、上空の敵へと容赦なく射撃を浴びせている。南東の空には、今や南部から流れて来た敵の大群が所在し、空一面を埋め尽くしていた。
 敵の大群を狙いすまして、レーザーの光が空を駆けていく。
 レーザー光が瞬くたびに、光の刃が鋭い刃先を敵デウスエクス、バレルヘッドドラゴンへと突き付ける。光の切っ先は、バレルヘッドドラゴンの分厚い体躯に輪状の切れ目を入れ、容赦なく一直線に貫いた。
 閃光が空を走り抜け、先細りした先端部が大気に霞んでいく。
 光が消え失せれば、やや遅れて 赤い曼殊沙華の花が空に咲き、赤い火花が飛び交う中を、体を貫かれたバレルヘッドドラゴンが地上へと落下していった。
 閃光が走り抜けるたびに、爆炎があがり、爆発地点を中心にして雲に切れ間が生じた。
 太陽の指先が、雲間から地上へと差し込み、地表面に光の綾を描いた。光彩を取り戻した草草の上で、丘状の『アロンダイト』が幽玄の輝きに照らし出されていた。
 今や、空中戦の帰趨は人類側に傾きつつあった。
 防衛軍の粘り強さはもちろんのこと、戦場に駆けつけた六名の猟兵が敵軍に大打撃を与えたからだ。
 キャバリア乗りが二人。彼女らは敵の陣営へと強力な火力を叩きこみ、敵へと大打撃を加え、立て直せないほどの損害を与えた。エクソシストの青年は、この地に巨大な結界を張り巡らせ、長城付近を聖域へと昇華させた。レプリカントの少女は、地上軍との絶妙な連携の下、敵軍を翻弄し続けた。この二人の活躍があったからこそ、防衛軍の士気は挫ける事無く、ますます意気揚々と戦いを続けていると言えるだろう。
 「ディバイド」世界のケルベロスの少女と、「ブレイド」世界のケルベロスの少女のいずれとも、ハルは乏しいながらも面識があった。彼女たちは手薄な南部へと一早く駆けつけて、南部より敵を一掃した。
 結果、南部にて降下を始めた敵デウスエクスは、半数近くが迎撃され、生き残ったものも見事に南東の空へと追い込まれていったのだ。
 今や、デウスエクス側と人類側の状況は、開戦時のそれとは一変した。
 捕食者であるはずのデウスエクスは、なんら戦果を挙げられないままに空を漂うばかりである。
 そんな劣勢下において、偶然にも訪れた南東の丘陵地で彼らは破壊目標である『アロンダイト』と交戦に入ったのである。
 バレルヘッドドラゴンにどの程度の知能があるかは、いまいち判然としないが、彼らは幸運にも目標物を眼下に捉えるのに成功したのだ。
 結果、彼らの注意は完全に『アロンダイト』へと釘付けとなった。
 今、状況はハルとイゾルデの思惑通りに展開していた。
 記憶の奥底に眠る、盤上を鳴らす懐かしい碁石の音が、ハルの鼓膜をくすぐっている。
 隙とみた虚の中にこそ、策謀の毒針は潜む。かりそめの父の言葉は真理をついている。
 今、敵は孤立した『アロンダイト』をこちらの不備とみて、ハルとイゾルデとが巡らせた陥穽に引き寄せられている。
 彼らは、先立つ南部での攻撃になんとか対処し、浮足立っていた部隊を鎮静化させ、ようやく陣列を整えつつあった。
 そして、転身した先で、偶然にも『アロンダイト』を発見するという僥倖に彼らは巡りあったのだ。 丘陵に身を隠すキャリブルヌスの存在になど露とも注意を払っていないのは明白だ。
 上空のバレルヘッドドラゴンの大群がぎこちなげに蠢動するのが見えた。彼らは、空の一点へと集簇し、幅広な黒い帯状の塊となって丘陵上空を取り囲む。
 バレルヘッドドラゴンの群れが一斉に首元を地表へと傾けるのが見えた。黒褐色の光沢を滲ませた銃口が、赤黒い炎の舌をちらつかせている。
発射寸前の重圧に耐えかねてか、大気がぴりぴりと震えだす。
かりそめの父の言葉が胸裏にて反響していた。
 策をめぐらさなければ数で勝る敵には勝てまいて。大海が我らを飲みこもうとするのならば、我らは智でもって荒波を御さねばならぬ。
あの言葉は、なにも演目のみに適応されるわけでは無い。現在、人類が直面している事態にも当てはまる。
かりそめの父の言葉によってハルは背を押されたのだ。
 意識を集中させると同時に、自らの内奥に眠る奇跡の力を一挙に開放する。あふれ出した奇跡の力が、ハルの全身を駆け巡り、足裏を通して機体へと伝播する。
 キャリブルヌスの瞳に生命の輝きが灯り、鉄の巨体が、丘陵の影よりぬるりと身を乗り出し、上空へと羽ばたいた。
 上昇に伴い、足元が動揺し、心地よい振動でハルの全身を揺らした。
 キャリブルヌスの背部では、 八枚翼が互いに折り重なり合うことで 紡錘形の蕾を彷彿とする外套を形作っていた。ハルが機体へと奇跡の力を傾注させるたびに、翼と翼のわずかな隙間から、緑色の粒子が奔出し、淡い光の粉となり周囲へと流れていく。
 ハルは空中で機体を巧みに制御しながら、剣を下段に構える。
 奇襲攻撃の妙帝とは、一の太刀で敵のすべてを葬り去ることにある。そのための技を顕現させるべく、ハルは奇跡の力を更に振り絞る。
「キャリブルヌス、オーバーロード」
 ハルは声を張り上げた。瞬間、コクピット内の計器群もが、機体内を駆け巡る膨大な量の粒子を反映し翡翠色に輝きだす。
 戯れにとイゾルデが手渡した、セルダン測定装置は、測定限界値である三万を指し示している。
 ハルは機体へと思念を送り、背部の八枚翼が展開させる。
 八枚翼は互いに擦れあい、軋みをあげながら、八の字に開放された。開放された外套のもと、七色の光がさながら羽のような形を作り出す。
 勝負は一瞬のうちにつける必要がある。
 キャリブルヌスのオーバーロード時間が続けば、ハルの消耗度もまた指数関数的に増していく。
 残敵の本丸を撃つための力は温残せねばならない。つまりは、接敵から攻撃に至るまでの刹那の間に、最大出力まで奇跡の力を放出させ、一撃のもとに敵を殲滅する必要がある。
 故にハルは直ちに行動に移る。
 奇跡の力を解放、キャリブルヌスの力を解放し、上空へと駆け上がっていく。
 キャリブルヌスは音速の壁を容易に突破し、超音速すらも凌駕し、そして極音速の障壁を強引にこじ開けて、音も無く空を切り裂いていく。
キャリブルヌスが空を突き進むのにはるかに遅れて、飛翔音が鈍く響いた。
コクピット越しに慣性力の大腕がハルを苛んでいた。歯を食いしばり、刹那の間、重圧感を耐え忍べば、キャリブルヌスは間もなく、バレルヘッドドラゴンの群れの前へと躍り出て、敵影がモニター上に明瞭と映し出された。
 ハルは機体を中空で静止させる。
 好都合にも敵軍は空に長い横陣を敷いている。距離、位置取りともにユーベルコードの範囲内にすべての敵が収まっている。
 吐息を零し、僅かに腰を下ろす。鋭い視線でモニター上の敵の大群を制する。
 左の親指で剣の鍔を弾き、剣の鯉口を切る。呼吸を整えつつ、右手で剣の柄を力強く握りしめ、抜刀の態勢に入る。
 体内の奇跡の力を一挙に奔出させれば、たちどころに全ての力がキャリブルヌスへと吸い込まれていく。尊大なる機械の神は、ハルが発した膨大な奇跡の力にせっつかれるようにして、ようやく抜刀の構えを取る。
「絶刀・雪月風花――!」
 これまで数千、数万と繰り返してきた挙措をコクピット内でそっくりそのまま再現する。
 右足を踏み込み、そして腰の回旋と同時に右手を前方へと滑らせた。
 銀色の刀身が滑るようにして、鞘から身をさらけ出す。モニター上の敵影をなぞるように、流線形の軌道を描きながら、剣が左下方から右上方へと走り抜けていく。
 ハルの一挙手一投足をキャリブルヌスはそっくり再現した。
 キャリブルヌスもまた、流れるような挙止でもって剣を逆袈裟に抜刀する。
 大剣が下方から上方へと弧を描くように振り上げられ、ついで、斬撃に一致するように閃光が瞬いた。
 すべてを破壊する消滅の光だ。
 光の斬撃が空を走り抜けていく。
 光の斬撃は、さしずめ空に生み出された光の波濤だ。
 白光の飛沫をあげながら、巨大な津波が蒼空を走り抜け、丘陵上にあまたひしめくバレルヘッドドラゴンの群れを光の渦で飲み込んだ。
 白い閃光の中、バレルヘッドドラゴンの姿態が陽炎の様に霞んでいくのがわかった。紙が炎に焙られて、黒く身を縮ませながら、ついぞ燃えカスとなってさらさらと消えていくように鉄の巨体は、迸る光の渦の中でその存在自体を峻拒されたのだった。
 閃光が通り過ぎた後、丘陵地帯には静寂だけが残った。そこに敵影は無く、灰色の残光が、綿雪のように降りしきるだけだった。
 丘上には『アロンダイト』どこか呆然とした様子で立ちすくんでいる。
 『アロンダイト』の無事を確認して、ハルはようやく胸をなでおろした。
 光が消え失せるのと同時に、コクピット内でけたたましく鳴り響いていた計器群もまた静まりかえり、翡翠の光も消褪していった。セルダン値計測器もまた、現在では八千と表示されるだけである。
 ここに前哨戦は幕引きとなった。残存する敵は当初の半数程度といったところであろう。結果は、人類側の大勝利といえるだろう。
 ハルは、機体をゆっくりと降下させて、大地の上に舞い戻った。
 倨傲な敵の横面に張り手を入れ続ける……かりそめの父との約束はここに果たされた。
 宇内は束の間とはいえ、静寂に包まれている。
 しかしこの静けさは、攻勢を掻い潜り、そうして無事に上陸を果たしたバレルヘッドドラゴンとの次戦により間もなく破られるだろう。
次なる戦いに向けてハルは呼吸を整える。
 ここに、戦いの舞台は大空から地上へと移行する。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『バレルヘッドドラゴン』

POW   :    バレルヘッドキャノン
【バレルヘッド】の【弾丸一斉発射】で、レベルmの直線上に「通常の3倍÷攻撃対象数」ダメージを与える。
SPD   :    ロングレンジ榴弾ブレス
【バレルヘッドから放つ砲撃】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【炸裂榴弾】で攻撃する。
WIZ   :    銃声咆哮
【激しい銃声咆哮】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。

イラスト:傘魚

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●断章:本題
 雲が途切れ、澄み渡る空のもとで歓声が響き渡った。
 指揮所にて、絶えず命令を下していたイゾルデは、奇跡の光景を目頭を熱くしながらも黙って見守っていた。
 うっすらとした唇が、こみあげてくる歓喜に震えて、わずかに収斂しているのが分かった。
 鬨の声をあげて勝利を叫ぶ面々と喜びを分かち合いたいとの想いは、ひとまず、胸の奥に留めて、イゾルデは熱狂が渦巻く陣屋の中で、つとめて冷静に指揮を下す。
「アル……! 敵軍の状況は?」
 声がやや上ずっていると自分でもわかった。
 それでもなお、ある少年よりは幾分も自分は落ち着き払っているようで、アルと呼ばれたシャドウエルフの少年は、変声期前の柔らかな声音を裏返しながら、素っ頓狂な声をあげた。
「あっ、あ……えぇっと」
 色素の薄い白磁の童顔をやおら赤く染めながら、アル少年はそれまで健闘をたたえ合っていた友人から顔を背けると、通信機へと視線を戻した。
 尖った耳先をぴくぴくと震わせながら、アル少年が答える。
「敵、東と西にそれぞれ200と150……! 北には50弱が残存しています」
 アル少年の言葉に、砲台陣地の熱狂が潮を引くようにして冷めていくのが分かった。
 直ちにイゾルデはアルに続く。
「あぁ、上出来だよ。アル少年。みんな聞いた通りだ……。敵の半数は既に鉄屑と化した。それに南部への退路は開かれた。僥倖を見逃す手はない。となれば、あとはやることは一つだろうさ?南部への退路を残したまま、可能ならば敵を殲滅だ。悪くても、じりじりと南部へと後退しつつ現在、北部へと急行している本体と合流する」
 イゾルデは告げた。
 戦場では怯懦と蛮勇とは共に有害となる。
 正しい現状認識の下で、冷静に戦況を見極めて、そして秩序だった勇気をもって戦う事こそが求められる。
「直ちに『アロンダイト』に伝達する。まずは……東部に備えるぞ」
 言いながらイゾルデは床几から立ち上がると即座に狙撃銃部隊へと指示を伝えて、攻勢へと移行する。
 東西の果てで、砂埃が濛々と立ち上った。地鳴りを響かせ、デウスエクス『バレルヘッドドラゴン』の大群が前進を開始したのだ。
 ここに灼熱の地上戦が幕を開ける。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 第一章の奮戦により、敵は上陸前に半分以上の兵力を喪いました。
 長城の東西と北を結ぶようにして張り巡らされた結界により、この領域内で戦う場合には戦闘力に補正が入ります。
 第二章では地上戦に突入しますが、猟兵の皆様はそれぞれ、北、東、西、中央から戦場を選び、それぞれの戦場で敵を迎撃していただきます。
 以下、それぞれの戦場の特徴と傾向について説明します。
◆東部:敵の主力部隊が存在します。敵数は合計200体程度と予想されます。おおよそ3-4人の猟兵で殲滅可能と思われます。この戦場では、戦闘が主体になります。また『アロンダイト』は東部に存在します。
◆西部:敵の主力部隊その2が存在します。合計150体程度の敵が存在します。おおよそ、2-3人程度の猟兵で殲滅可能です。この戦場では戦闘が主体となります。
◆北部:敵の残存部隊がまばらに存在するのみです。おおよそ40体弱の敵と分散しており、現在では部隊としては機能していません。ただし、集中した後には脅威となる可能性がありえますので掃討は必要です。1人の猟兵で、十分に対処可能です。この戦場では戦闘が主体となります。
◆中央:砲撃陣地が所在しています。イゾルデ少将とともに指揮全般や、撃ちもらした敵の迎撃にあたって頂きます。
この戦場では、戦闘はおまけ程度でイゾルデ少将はじめとした部隊員との会話、作戦指揮、友軍の間接的な援護といった内容が主体となります。

●支援について。
東部戦場では、『アロンダイト』の支援を受けることが可能です。その他の戦場では、イゾルデ率いる砲撃部隊による砲撃支援を受けることが可能です。
『アロンダイト』、『イゾルデ部隊』ともにクラッシャー部隊相当の決戦配備効果を得ることが可能です。


●配置人数
エリザベスの日記で、現在の戦場における配置人数を適宜お知らせしますので、プレイング時に向かう戦場の参考になさってください。また、選択した戦場での戦いが終了していた場合は、申し訳ありませんが、別戦場での戦いとしてリプレイ執筆させて頂きますこと、ご承知おきくださいませ。
エリー・マイヤー

◆東部
ドラゴンなのかダモクレスなのか。
微妙に判断に迷う見た目をしていますね。
まぁ、どちらにしてもやることは変わらないのですが。

さて、休憩も程々にして、お仕事の時間です。
【念動シールド】を展開しつつ、サイキックウィングで飛翔。
敵陣にむけて一直線に突撃します。
前方からの砲撃は無効。
敵陣に飛び込んでしまえば、側方・後方からの砲撃もほぼないでしょう。
敵も同士討ちは避けたいでしょうからね。
私にとって最も安全な道は、常に前方にあるということです。
そんなわけで、ひたすら前進。
すれ違いざまに斬りつけて数を減らしつつ、敵の後方まで突き抜けます。
そうして敵の背後を取り、後ろからプレッシャーをかけていく方針で。


レラ・フロート

東部で戦うよ
まだまだ敵は多いけれど、必ず勝つものっ!
『アロンダイト』の支援を受けエネルギー充填からの
斬撃波でバレルヘッドドラゴンを倒していくね

敵は多数、囲まれないよう足を使い止まらずに戦場を駆け
支援や仲間の挟撃を取れる位置を取り剣を振るっていくよ

勇気は燃やすけれど、蛮勇ではない
猟兵の数が殲滅に足りない場合は
剣を振るいながら戦況を確認し、徐々に南に引いていくね

殲滅に足る数があればアロンダイトの支援を受けつつ
パワー全開!積極的に前に出てなぎ払い倒していくね

敵が固まっていれば
《フロート・コンビネーション》の3撃を別々の個体に当て、
3体撃破していく感じで殲滅していくね

他の戦場も、仲間の無事を信じます



●姉と妹
 アレクサンドラのコクピットを一時的に開放し、そうして外の空気に直接触れる。
 大きく息を吸い込めば、心地よい草の匂いが鼻腔いっぱいに立ちこめてくる。
 やわらかな斜陽が射しこんだ草の大地は、朝方の朝露をたっぷりと葉木に含みながら、艶やかに輝いていた。
 エリー・マイヤー(被造物・f29376)は南東部の丘陵地帯にて、解放したコクピットハッチのもと、柄の間、静寂を取り戻した北の大地を一望する。
 丘の付近には高楼か櫓かなにかの遺構と思われるくびれた尖塔が佇んでいる。
 古びた高楼にアレクサンドラを並べると、エリーはシガーケースから煙草を一つまみし、薄紅色の薄い唇で軽くキスする。
 エリーは、密閉空間で煙草を楽しむ気にはどうしてもなれなかった。煙草を嗜むこと自体は現在、酒を断たれているエリーにとって、数少ない楽しみの一つであったが、なにも匂いや味が好きなわけではない。
 コクピット内に煙草の匂いが永遠に残り続けるなんて考えただけでもゾッとする。
 とはいえ、先の戦いで大きく体力を消耗した以上、煙草での休憩はなにを置いても第一に求められた。アレクサンドラの起動にはそもそも多大なエネルギーを消費する。しかも搭乗状態で、超能力を最大出力で放出したとなっては、さしものエリーといえども疲労困憊は免れない。 
両肩には、鉛の様な疲労感が圧し掛かっていたし、体全体ににねっとりとした倦怠感が絡みついている。
そんなエリーのもと、飛び込んできたのは眺望絶佳の丘陵地帯である。これほど喫煙に適した場所が他にあるだろうか。
 汚染物質の塊からしか得られない幸福もある。そして、この汚染物質こそがエリーにとっては、万病に対する処方箋でもあったのだ。
 指先に燈火生み出して、煙草の先端に火をつける。
 粗野な紙フィルターが赤く輝き、ついで炎を中心にして黒ずみが広がっていった。
 エリーはわずかに口をすぼめ、大量の息を吸い込んだ。
 煙草の先端で炎がますますに輝きを増した。焔の揺らめきが増すにつれて、燃えカスとなった紙片がぱらぱらと零れ落ち、周囲へと流れていく。
 吸い込む煙が、苦味と雑味の不快な二重奏を口腔内で奏でていた。
 眉宇に苦悶を滲ませながら、エリーは氷の美貌をわずかに歪めた。
 煙草の煙が口腔内から気管を下り、そのまま、肺臓へと流れて込んでいく。タールとニコチンとの混合気体は、瞬く間に肺を満たし、血流を通してエリーの全身を駆け抜けていった。
 瞬間、それまでの不快感が、得も言われぬ開放感によって書き換えられる。
 煙草を薔薇の唇から離して、白煙を吐き出せば、煙草の煙が白い靄となってエリーの目の前に立ち込めていく。
 ゆったりと煙草をくゆらせるにつれ、体の緊張は静まり、 エリーの中で精神力が満ち満ちていく。
 気付けば、煙草は半分ほど燃え尽きていた。
 指ではじけば、赤い揺らめきが弧を描きながら空を舞う。
 思念を集中させて、軽く指を擦する。
 破壊を伝える信号は、瞬く間に宙を舞う煙草へと伝わった。小さな破裂音と共に煙草は宙で砕け散り、淡い火の粉を撒き散らしながら空気の中へと霧散していった。
 一息つき、そうして、たちこめる白煙のもと、透かすようにして遠景を見遣れば、黒い山のようなものが丘陵附近へ迫ってくるのが分かった。
 小丘地帯と距離にして、数キロメートルほど隔てた先に、巨大な山が屹立していた。
 エリーは目を凝らした。黒山と化した、バレルヘッドドラゴンの群れをエリーは平野の中央に目の当たりにするのだった。
 彼らは頭部の砲身で前方を睨み据えながら、整然と陣容を敷いたまま、緑の大地を踏みにじり、エリーらが所在する丘陵地帯へと一歩、また一歩と距離を詰めて来る。
 彼らが一歩を刻むたびに地鳴りが大気を重苦しく揺さぶり、地響きが僅かな振動となって靴裏に走った。
 ドラゴンの後方で濛々と舞い上がる砂埃は、黄ばんだ巨大な万帳となって後方へと流れていった。
 はたして彼らはドラゴンなのかダモクレスなのだろうかと、エリーは押し寄せる機械竜の群れを前に、その曖昧な姿形を怪しく眺めた。
 もっとも、ダモクレスであろうとドラゴンであろうとそれは少なくとも人類にとっては些細な問題であったし、相手がなんであろうともエリーがやることにさしたる変わりはない。
 たちこめる白煙を指先で払い、エリーは休憩も程々に打ち切ると、早速、敵軍殲滅に移るべく、策を巡らせることとする。
 敵の数は多い。
 一部隊が四十体程度の小隊が計五つ。それらが、前後左右と中央に僅かな間隙を隔てて寄り添うようにして配置していた。彼らは、綺麗なひし形の陣形を維持したまま、一矢乱れぬ足取りのもと、行軍を続けている。
鉄壁の備えと呼ぶに相応しい。殲滅するのには、自分一人ではかなりの時間を要するだろう。
「どうしましょうかね、アレクサンドラさん……、それから、友軍のあなた?」
 言いながら、エリーはコクピットから身を乗り出した体を後方へと翻した。
少し前より人の気配には気づいていた。振り向いた先、蒼天の空を彷彿とさせる、愛らしい碧眼がエリーを見返していた。
「はい――! 敵の数は多いですから、私とお姉さん、そして『アロンダイト』の三機の連携が求められると思います」
 快活とした声が響いた。
 輝く碧眼を大きく見開きながら、少女は緊張半分、喜び半分といった様子でアレクサンドラの隣に進み出た。
 少女は、形の良い濃紺の瞳を一度、二度と瞬かせながら、手にした剣を握りしめた。視線をはるか前方の竜の群れへと向けたまま、少女が言葉を重ねる。
「お互いに支援しあいながら、挟撃を続けて、相手の足を止めましょう。数の上では、私達は劣りますけれど、速さと火力を集中させれば十分に対処できるはずです」
 少女の蕾の様な唇が滑らかに動いていた。
 どうやら、考えていることは、エリーと大きくは変わらないようだ。
 エリーは一頷きして、少女に返答する。
「素晴らしい模範解答をありがとうございます。そうですね……では、私がアレクサンドラでまずは敵陣をかき乱してきます」
 少女から前方の敵陣へと視線を移す。
 前方を見据えたままにエリーは続ける。
「敵陣を突破して一気に後方へと躍り出ますので、敵陣が崩れたらあなたも突撃しちゃってくださいな。前後から挟み込んで、あの不細工な竜の群れをちゃっちゃっと片づけちゃいましょう」
 エリーはやや早口に言い切った。
 どうにも共闘作業というものは苦手だが、それでも最適解を拒むほど非合理的な考え方が出来る性質ではない。
 少女は、蒼い瞳に空の輝きを湛えながら、利発な面差しを綻ばせた。
 どうにも苦手だなと、エリーは独り言ちる。
 おそらく彼女はかなりの実力者だろう。エリーのサイキックパワーは少女の中に眠る膨大なエネルギーを子細に感じとることが出来た。
強力な力を有した上に、人となりは自由闊達で、更に瞳は青いときた。
否応なしに妹の姿を重ねてしまう。
 エリーは平素の無表情を貫いたままにコクピットハッチを閉じた。
 そうして、突撃しますと少女に短く言い放つと、アレクサンドラにサイキックエネルギーを注入し、サイキックウィングを展開、黒山となって迫り来る敵の大群をメインモニターの中央に据えた。
『エリー、平素に比して、やや脈拍および血圧の上昇を触知しましたが、なにか問題おありでしょうか?』
 脳裏にてアレクサンドラの凛然とした声音が響いた。
 エリーは首を左右させて、更なるサイキックエネルギーをアレクサンドラへと注ぎ込む。
「問題ありません、アレクサンドラ。煙草をきめて、少しだけ気分が良いだけです」
 エリーが答えれば、アレクサンドラが矢継ぎ早に答えた。理知の声音が内耳を揺らす。
『ニコチンに伴う血管収縮作用の影響だけとは思えませんが、バイタルサインはどちらにしても許容範囲内ですし、脳波も安定しています。問題ないでしょう』
「えぇ、それにこれから大群を相手に大立ち回りするんですから、ちょっとくらい昂っていた方がいいんですよ」
 エリーは揶揄うように言い放つと、両の眼で敵の大群を見据える。
 思念を送り、BXフォースセイバーを抜刀、アレクサンドラの手に握る。
「いきなり全力でいきますよ、アレクサンドラ」
 言葉短くそう告げると、エリーはサイキックエネルギーを一挙に開放する。
 深い湖水から、大量の水をくみ上げていくようにエリーの内奥より膨大な量のサイキックエネルギーが徐々にと溢れ出す。サイキックエナジーは、エリーの四肢を伝い、コクピット内の足場を青紫色の粒子で満たしてゆく。
 青紫色の粒子はエリーのひざ元までを浸す小池となった。しかし、乾いた大地が、大量の水を吸い上げるように、青紫色の湖面は鋼鉄の足場を透過して、瞬く間に枯渇した。
 サイキックエネルギーは、アレクサンドラにとっての血脈だ。
 今、青紫色の光の粒子は、アレクサンドラ内に張り巡らされた伝達経路を駆け巡りながら瞬く間に全身を還流しているのだ。
 サイキックウィングより、蒼白い光の翼が奔出した。アレクサンドラの手にしたフォースセイバーのもと、蒼白く輝く光の刀身が現出した。
「念動シールド展開」
 エリーはサイキックエネルギーをさらに賦活化させ、アレクサンドラ内のフィールド発生装置を作動させる。
 青い飛沫をあげながら、高密度のエネルギーフィールドが、アレクサンドラの前面を包みこむ一層の分厚い半透明の膜となって顕現した。
「ゆきますよ、アレクサンドラ」
 エリーが言い放つや、脳波信号は明瞭な電気信号となってアレクサンドラに伝番されていく。音信号に従うように、青の鶴翼がはためいた。
 奔出する青い光の中で、アレクサンドラの姿態が宙を舞う。
 さらにもう一度と青の鶴翼で大気をなぞれば、アレクサンドラのしなやかな巨躯は、ありとあらゆる物理法則の楔を超越し、地表面すれすれを物凄い速度で前方へと滑走した。
 アレクサンドラが青い烈風となり、空間を一気に突き進んでいく。
 本来ならば、慣性力を始めとしたありとあらゆる力がコクピット内に作用しただろう。
 だが、エリーに作用するすべての力は今、サイキックエネルギーによって中和され、無に帰した。
 慣性力も風圧も、更には重力に至るまでもがそのすべてから、今のエリーは自由だ。
 故にエリーは、怜悧な美の面差しに皺の一つも作ることなく、超高速のコクピットの中で悠然と振る舞ったのだ。
 一息する間に敵の大群がモニター上に現れた。二呼吸すると同時に、機体を制御する。
 三度目の呼吸と同時に、舞でも舞うように敵の銃列の目と鼻の先に機体を躍らせた。
 オーラセイバーを正眼に構えて、剣戟の態勢に入った。
 突如、姿を現したアレクサンドラに対して敵の対処は予想以上に早かった。
 ひし形状に陣を敷いていたバレルヘッドドラゴンの大群はただちに散開すると、アレクサンドラを包み込むようにして包囲体勢を整える。
 ひしめくバレルヘッドドラゴンの大群が、銃列でもってアレクサンドラを制していた。
 黒光りする銃口が赤い焔の舌をちらつかせた。まろびでた焔上が空を舐めるようにして立ち上り、前方の銃列が一斉に無数の弾丸を吐き出した。
 徹甲弾が轟音をたなびかせながらアレクサンドラへと差し迫る。
 弾丸は一発、一発が巨大な鉄塊だ。それらが十を超えて、横一列に並ぶさまは圧巻だった。
 あまたの銃弾が、アレクサンドリアの肌先スレスレを掠め、前面装甲表面を包み込むサイキック・シールドに鋭い牙をつきたてた。
 一撃どころでは無い。
 銃弾は左右から続々とアレクサンドラの胸部装甲へと押し寄せてくる。
 銃弾に圧排されて、サイキックシールドがわずかにたゆむのが見えた。しかし、障壁は決して崩壊することなく、たゆんだ障壁は、大きく反発するや伸長力を活かして、徹甲弾を強引に弾き飛ばすのだった。
 無数の徹甲弾が蒼い光の大腕に絡めとられ、弾かれ、爆炎と共にばらばらに砕け散った。
「効きませんね」
 エリーは冷たく言い放った。
 サイ・シールドはありとあらゆる物理攻撃を無力化させる無敵の盾だ。
 故事に存在する無敵の矛でもない限り、このフィールドを貫くことなど叶わないだろう。
 爆炎をものともせず、アレクサンドラがバレルヘッドドラゴンの前に躍り出た。
 主砲たるバレルヘッドキャノンを再び装填するのには多少の時間がかかるのだろう。
 居並ぶバレルヘッドドラゴンの群れは、まるで金縛りにでもあったかのように、アレクサンドラの目前に立ちすくんでいた。
 ここに攻守における両者の立場は一変した。
「申し訳ないですけれど……」
 冷たく言い放つと同時に、エリーはフォースセイバーを一閃させた。
 アレクサンドラが滑るようにして、敵陣の中へと雪崩込み、鋭い剣の横なぎでバレルヘッドドラゴンの胴を両断する。
 光の刀身は、まるで粘土細工かなにかを切断するように容易にバレルヘッドドラゴンの下腹部を切り裂いて、一刀のもとに竜の命を絶った。
 膝を折り、バレルヘッドドラゴンが力なく大地へと崩れ落ちていくのが見えた。
 敵の残骸をメインモニターごしに横目にしながら、エリーはますますに機体を加速させた。
 今や、狙いをつける必要もないくらいに四方八方敵だらけというありさまだ。がむしゃらに剣を振ろうとも、なんなく斬撃は敵を捉えるだろう。
 機体を滑走させていきながら、すれ違いざまにバレルヘッドドラゴンを一体また一体と切り伏せていく。
 一の太刀で、前方に仁王立ちするバレルヘッドドラゴンを断ち切り、二の太刀で、バレルヘッドキャノンの発射態勢に入った敵を薙ぎ払った。三の太刀、四の太刀と斬撃を繰り出しながら、前方へと突き進む。
 黒い壁となって立ちはだかるバレルヘッドドラゴンの隊列を一陣、また一陣と突き破っていく。
 同士討ちをさけてか、左右のバレルヘッドドラゴンは右往左往しながらも反撃らしい反撃を出来ないままに、突撃を続けるアレクサンドラを見送るのみだった。
 敵の十三陣目を鋭い斬撃で切り裂き、返す刃で十四陣目を守るバレルヘッドドラゴンの頸部を刎ねた。そうして、敵の最後尾にあたる十五陣目を、上段よりの一撃で突き破る。
一挙にに視界が開けた。最早、目前には敵影は存在しない。
 目の前にはどこまでも続く長閑な草の大地が広がるだけだ。
 ここにエリーは分厚い敵の陣容を縦一直線に貫き、敵陣の後方へと躍り出たのだ。
 鋭い錐の一突きが、分厚い紙の束を容易に貫くように、アレクサンドラはここに敵陣の中央突破を見事に完遂させたのだ。
 軽やかに踵を返して、エリーは再び、敵軍を前方に捕捉する。
 ここに挟撃の態勢は整った。
「さっ、あとは任せましたよ?」
 誰に言うでもなくエリーは声を弾ませた。同時に超能力で信号弾をあげる。
 遥か前方で眩いばかりの光が迸ったのはまさにその瞬間だった。
 几帳面な友軍は、阿吽の呼吸で攻勢に移ったのだろう。
 微笑しながらエリーは再び後方より敵軍へと吶喊する。包囲殲滅の輪はここに完成したのである。
●妹と姉
 別に彼女がジェミ姉様と姿形の面で似通っていたわけではない。
 あの人の湖水のように澄んだ瞳は、姉の太陽の様に揺らめく紅玉の瞳とは色も形も異なっていたし、二人ともに美貌の持ち主であるという点では特徴は一致していたが、姉が陽光のもとで咲き乱れるゼラニウムの花の象徴ならば、彼女の美しさは月明りのもと揺らめくアクアマリンの宝玉を彷彿とさせた。
 それでも、レラ・フロート(守護者見習い・f40937)は、彼女の瞳に浮かんでみえた物憂げな光になぜか、姉の面影を見出していた。
 彼女が銀色の巨人に乗り込み、そして、敵軍へと向かい空を飛翔していくのを目の当たりにした時、レラは思い出の中の姉を求めるように右手を伸ばしかけていた。
 辛うじて右手は静止させたものの、レラはしばしの間、遠間に霞んでいく銀装の騎士の後ろ姿を茫然と眺めていた。
 彼女はジェミ姉様ではないけれど、彼女の横顔がレラに姉の懐かしい面ざしを想起させたのだ。
 あの人にも姉妹はいたのだろうか。なぜだろか、取り留めなくそんな思いが脳裏をかすめた。
 そして郷愁の念は、ジェミ姉の優しい横顔をレラの脳裏へと投影する。なぜか、姉の存在が間近に感じられた気がして、レラは眦を上げた。
 前哨戦における疲労感が手足から遠のいていくのが分かった。小春日和を彷彿とさせる陽だまりの様な感覚が、絹の手触りでレラのこころを優しく包み込んでいる気がした。
 丘陵地帯から眼下の平野を臨めば、銀装の騎士は分厚い敵陣を、一陣、一陣と突破していく姿がはっきりと確認できた。
 レラは剣を力強く握りしめて、敵の動静を窺った。
 ひらけた平原の一角を埋め尽くすように敵軍が蠢動している。未だにその数は多いものの、姉の優しい面ざしを彷彿とさせた彼女の突撃により、陣列には綻びが生まれつつあった。
 レラだって末妹とはいえ、かつてはフロートシリーズに名を連ねたのだ。戦況分析を誤ったりはしない。
 敵陣突撃への短期突入において肝要となるのは、間合いとタイミングだ。
 そして、間合いとタイミングとを見極めた末に、勇気でもって切り込むのだ。
故にレラは、生まれたてのこころに勇気を燃やす。
「『アロンダイト』のパイロットさん...! 今から敵陣に突撃します」
 レラは突撃の態勢を整えた。自慢の剣を後方へと振り上げて、雑草まみれの足場を踏みしめた。
『了解しました、ケルベロスさん。『アロンダイト』一号機パイロット、エミリー・三木・アンスウェル、これより狙撃支援に移行します』
 アイリッシュ訛りのある利発そうな女性の声が『アロンダイト』の外部スピーカーより流れて来た。
 『アロンダイト』が、丘の上に腹ばいに横たわり巨大な狙撃銃を前方へと突き出すのが見えた。
 狙撃体制に入った『アロンダイト』を一瞬、横目に見やり、ついでレラは敵陣容を俯瞰する。
 あの人が駆る銀装の姫騎士が、まるで烈風のように物凄い速度で敵陣の中央をじぐざぐに進みながら、分厚い敵の縦深を駆けあがっていくのが見えた。
 まるで、雷が分厚い雲を貫いて空を走り抜けていくように、銀の騎士は幾重にも巡らされた敵の銃列を全て突き破るとついに敵の後背へと姿を現した。
 今こそが好機だ。ここで前方から自分が仕掛ければ相手は前後からの挟撃に追い込まれる。
 もちろん、数の差は圧倒的だ。
 こちら側の現状の戦力と言えば『アロンダイト』を含めても三機を数えるのみだ。
 個々の力が及ばなければ、挟撃どころでは無い。徒に孤立して、それぞれが各個に撃破されるのは火を見るよりも明らかだ。
 だけれど、あの人が駆るキャバリアは間違いなく一騎当千のツワモノであったし、レラもフロートシリーズの端くれに名を連ねている。そしてここにはディバイド世界が誇る『アロンダイト』も存在する。
「うん、負けない。負けないよ……! 」
 想いの強さでは誰にも負けるつもりは無い。右足を踏み込だして、疾駆の体勢をとる。
 とくんとレラの胸の奥でなにか熱いものが鼓動した。
 想いの力は、ここに奇跡の力へと昇華したのだ。そして生み出された奇跡の力は、レラの中でますますに奔騰し、今や溢れ出さんばかりに膨れ上がっていた。
 こころが生み出した力が全身を駆け巡っていく。
「エミリーさん、お願いします……! 私も突撃します。射撃で援護を!」
 レラは叫ぶと同時に駆けだした。
 体を駆け巡る膨大なエネルギーは踏み出した右足に集中し、レラが大地を蹴り上げると同時に物凄い衝撃を生み出し、大地を激しく揺さぶった。
 巨大な振動音が鳴り響くよりも早く、レラの体が低空を走り抜けた。
 たったの一歩で、物凄い距離を踏破した。
 低空を弾丸の様な軌道で駆け上がりながら、ついで、レラは左足で二歩目を踏み出した。
 今度は左足で大地を踏みぬく。再びレラの体が勢いよく低空を飛翔する。
 全身が燃え尽きてしまうように熱い。
 一歩を踏み出す毎に鳴り響く、鼓膜を破るような足音が、音速を超えて疾駆するレラのもとへと、わずかな時間差を置いて響いた。
 一歩、一歩と踏み出すごとに見る間にバレルヘッドドラゴンが間近に迫る。
 右足で十歩目を踏み出した。十一歩目で、草の大地を踏みしめる。
 十二歩目。左側から大きく回り込むような格好で、左外側に布陣するバレルヘッドドラゴンの陣列へと突撃した。
「……必ず勝つものっ!」
 言いながら、レラは逆袈裟に剣を一閃した。
 斬撃波。
 自らの生体エネルギーを剣の刃先に乗せて放つことで、遠距離より敵へと切り裂く、レラが得意とする剣技の一つだ。。
 銀色の刀身が鋭い弧を描く。瞬間、振り上げられた剣の切っ先に押し出されるようにして、高密度の光刃が中空に走った。
 光の刀身は、するりと地表の上を走り抜け、陣の先頭に立つバレルヘッドドラゴンの左臀部から右上腕部に鋭い切っ先を突き立てた。
 斬撃波は、バレルヘッドドラゴンの巨体を一刀のもとに両断すると、後方に居並ぶ敵を巻き込みながら、そのまま数間ほど空を走り、光となって霧散した。
瞬間、それまで、キャバリアに目を取られていたバレルヘッドドラゴンの群れが一斉に正面を睨み据えた。
 バレルヘッドドラゴンには目という目は無く、鼻というものは存在しない。爬虫類を彷彿とさせる顔面部すら相当しなかった。あえてか異端の竜の顔を定義するなら、頚部からひとつながりに伸びている口吻とも呼ぶべき筒状の銃砲部分がそれに相当するだろうか。
 顔なき竜たちを前方に凝視する。レラは彼らに宣戦布告する。
「あなたたちの相手は私だよっ!」
 レラは、上段に剣を振り上げるや、直ちに側方へと飛び退いた。差し向けた銃列のもとで、赤黒い焔が一斉に立ち上がったからだ。
 レラの体が、滑るようにして空中を左側方へと泳いだ。
 瞬間、無数の銃弾が、寸前までレラが所在していた空間へと殺到していった。
 無数の銃弾は、黒い巨大な敷物となって無人の空間を突き進み、暴虐の指先で乱暴に空気を掻きむしる。空気が悲鳴をあげて、じりじりと震えだす。
 流れ弾が、たなびくレラの外套すれすれをわずかに掠めた。軽傷すらにも程遠い。 
 とはいえ、バレルヘッドドラゴンが放ったバレルヘッドキャノンの一撃は、あたれば致命傷になりかねないほどの威力を秘めているだろうことは明らかだ。
 敵の数を思えば、仮に包囲された状態では、レラの俊敏性をもっても敵の銃弾を避けることは叶わないだろう。そして、一撃でも命中すれば、銃弾はレラを致命傷に追い込むだろう。
 冷たい感触がレラの背筋を走った。冷たい汗が、レラのこめかみを伝い、おとがいより滴り落ちた。
 去り行く銃弾の嵐を横目にしながら、レラは右足で再び大地に着地した。着地すると同時に、直ちに次の行動に移行した。
 幸いなことに、『アロンダイト』の狙撃が開始された今、敵の右翼は『アロンダイト』へと意識を傾注せざるを
得なくなった。
 ひし形に配置された敵のうち、レラは現在、左翼に存在する四十体ほどの敵に集中すればよいというわけだ。
 もちろん少ない数ではないけれど、倒し切れない数ではない。
 大地を踏み抜き、敵の懐に飛び込んだ。
 もちろん、脳裏に描くは理想とする姉ジェミの戦技のそれである。
 果たして、今の自分の技術が、どこまで姉に近づけているのかレラ自身も分からなかった。
 ただ、姉の戦技を誰よりも間近で見つめ続けてきたのは、レラを置いて他にない。そして、姉の一挙手一投足をレラは憧憬と共に深く脳裏に記憶していたのだ。
 自らの中で奇跡の力が高まっていくのが分かった。
 脳裏にて浮かび上がる技を再現すべく、奇跡の力で自らを強化する。
 目前には、バレルヘッドドラゴンが三々五々で居並んでいる。
 先ほど放ったバレルヘッドキャノンの反動か、敵は指の一本すらも動けずに、凍りついようにその場に立ちすくんでいた。
 ――ジェミ姉様……力を貸して。
 内心で呟くと同時に、レラは脳裏にて姉の動きを思い浮かべた。
 一旦姉の姿を思い浮かべれば、体は反射的に最適解を導き出し、流れるような挙止を再現する。
「お姉ちゃん直伝のラッシュで……。あなた達を仕留めるよ!」
 考えるよりも早く、剣を横一文字に薙いでいた。輝きを帯びた刀身が、流れるように空をすべりぬけていけば、視界右端でバレルヘッドドラゴンが頚部より上をすっぱりと払いのけられ 、その場に崩れ落ちた。
 斬撃と同時に、無手の左拳が左視界のバレルヘッドドラゴンの分厚い胸部へと伸びていた。固めた拳がバレルヘッドの分厚い胸元に突き刺さる。 レラが左手を振り抜けば、竜の巨体が宙を舞い、周囲にひしめく竜の群れを巻き込みながら、後方へと遠のいていく。
 斬撃と拳によって二体のバレルヘッドドラゴンをほぼ同時に葬り去った。
 左拳を開き、剣の切っ先で空を睨む。
 立ち姿に至るまで、ジェミ姉様の動きの一挙手一投足を模倣してみせた。
 瞬間、鋭い閃光が拳の先より迸った。
 閃光は赤みがかった光の棘を左右へと伸ばしながら、棒立ちしたままのレルヘッドドラゴンの胸部を一直線に貫いた。
 ほぼ無意識のうちに繰り出されたフロート・コンビネーションは、ほぼ同時に三体の敵を打ち倒したのである。
 たまらず、レラは微笑んでいた。
 今自分は、ジェミ姉様の動きをそっくりそのまま再現していた。
 あの日、姉の協力のもとレラはこころを得た。そして、その後レラはケルベロスとして、そして猟兵として多くの戦場を駆け抜けてきた。
 フロートシリーズの一機に過ぎなかった頃のレラだったならば、ジェミの後ろ姿すらも捉えることが出来なかっただろう。 二人の間に決して埋まらない懸隔が存在していたからだ。姉の背中はあまりにも遠く、いくら手を伸ばしても指先は空を切るばかりだった。
 だが、救って来た命の灯が、レラの背を押し、術技を洗練させたのだ。
 あまたの戦場を駆けぬけて、今日、レラの指先は姉の背をわずかながらも掠めたのだ。
「負けないよ、勝ってみせるから――」
 誰に言うでもなく、レラは呟いていた。
 未だに目の前には大量のバレルヘッドドラゴンが控えている。
 だけれども彼等に今のレラが負ける道理はない。
 技の再現に、奇跡の力だけではない、大量の集中力と体力を消耗した。だけれどレラのこころは、疲弊した体に絶えず息吹を吹き込んでいた。
 自慢の剣を両手に握りしめて、勇気の一歩を踏み出した。
 あの人が駆る銀装の騎士は、更に攻勢の手を強め、敵後方からバレルヘッドドラゴンの群れをじわりじわりと圧迫していた。
 友軍の動きに合わせて、レラもまた、バレルヘッドドラゴンの群れの中に躍りかかるや、剣の舞にて彼らを切り伏せていく。
 他の戦場も含め、すべての仲間の無事を信じながら、レラは剣戟を繰り出していく。
 東部戦線における戦いは、レラ、そしてエリー駆るアレクサンドラによる奮戦により、分水嶺を超えた。戦いの形勢は人類側に大きく傾きつつあった。
 当初、二百を超えたバレルヘッドドラゴンは、今や半数以上が残骸と化し、堆く積み重なって、あまたの黒山を作り出している。
 中天にかかった日輪が、柔らかな光の指先でレラの頬を撫でた。レラの大好きな太陽は、いつもと変わらない笑顔の花を大空に咲かせていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ギュスターヴ・ベルトラン

中央で支援活動をする

ポケットから|今日のお菓子《Friandises》である一口サイズのチョコを取り出して、部隊員の人に配る
景気づけだよ、こういう一口の甘味のあるなしで生き残れたって話はよくあるだろ?
信じるかどうかは任せるぜ

オレの場合は…【祈り】を込めて口にすれば【悪を嗅ぎつける】【第六感】が冴えるからなぁ
生きて帰るための、ある種の儀式だな

…しっかしマジで数が多い!
敵を倒す為の下準備はしっかりやらねえとな
UCを発動し光り輝く薊を複数具現化して、敵へのマーカーとして投げる
――|Sois vu, sois la cible.《見られろ、狙われろ》
目の前に居ないからって舐めて貰っちゃ困るぜ



「景気づけだよ、こういう一口の甘味のあるなしで生き残れたって話はよくあるだろ? まぁ信じるかどうかは任せるぜ」
 サングラスの縁を指先で持ち上げながら、ギュスターヴ・ベルトラン(我が信仰、依然揺るぎなく・f44004)は笑う。
 口調を崩して、荒々しく言い放つのは、日本で並んだ所作故だ。
 ギュスターヴは、あの路地裏で学んだ礼儀作法を挙止や口調の端々に散りばめて戦いに臨んだのだ。
 左目を眇めてみせて、そうして手品師よろしくポケットから取り出した一口大のチョコレートを取り出した。
掌でチョコレート菓子をもったいぶったように転がしていると、目の前の少年が目をぱぁと輝かせながら、|お菓子《Friandises》ごとにギュスターヴの掌をちっちゃな手で握りしめてくる。
 触れた少年のちいさな指先より柔らかな温もりが伝わってくる。
 ギュスターヴは少年の掌にチョコレートをゆっくりと乗せた。そうして少年を伏し目がちに視線を落とした。
 初雪のように白い肌をした少年が上目がちにギュスターヴを見上げていた。
 少年は薔薇の頬を殊更に赤く染め、尖った耳がぴくぴくと動くしていた。
 尖った耳が左右に触れるたびに、 頬から項にかかった柔らかな絹の銀髪が打ち寄せる波のようにさらさらと揺れ動いた。
「ありがとうございますっ、えっと、司祭の……お兄さん?」
 変声期前の柔らかな声だった。
 少年は明朗といった様子で謝意を示し、 ギュスターヴへと一揖する。
 少年は、小柄な体躯には不釣り合いなぶかぶかのケルベロスコートを、羽織るようにして撫で肩に纏っていた。
 くるりとギュスターヴに踵を返すと、少年は、ぶかぶかのマントの裳裾をずるずると引きずりながら大型モニターの前へと駆けていく。
 少年は名前をアルと呼ばれていた。未だ変声期前であることから、年格好は、十代前半から中盤にかけてくらいだろうか。
 アルは濃紺の眼を大きく見開きながら、矯めつ眇めつで大型モニターと格闘を続けていた。
 彼は通信手や観測手としての仕事を一手に担っているようで、レーダーの些細な動きを、鈴を転がすような柔らかな声音で、ある美貌の指揮官であるイゾルデへと逐次、報告していた。
 アルは、一口大のチョコをちっちゃな口に放り込み、美味しそうに頬張っていた。青空を映した碧眼が宝石の様に輝いている。
 思えば、アクセサリーデザイナーのマイケルのツテを活かして、ギュスターヴが武蔵坂学園へと入学したのはちょうど、あのアル少年と同じくらいの年の頃だった。
 武蔵坂学園に入学するや否や、人類存亡をかけた大規模合戦に参戦し、右往左往しながらもしっかりと戦いに貢献したことをギュスターヴはまるで昨日の事のようにはっきりと覚えている。
 ケルベロス・ディバイドは平時と戦時との境界が曖昧な世界だ。
 ひとたび、デウスエクスが街へと襲来すれば、決戦都市は防壁で市内を覆いつくし、ディバイド指揮のもとで、街の住人も武器を手に手に戦場に立つのが常だった。
 アル少年が、果たして新兵としてこの戦場に赴いたのか、はたまたあの年で熟練兵さながらに戦場を渡り歩いてきたのかはいまいち判然としなかったが、自分と微妙に被るところがある。
 ギュスターヴは、そんな思いでしばしアル少年を眺め、そしてすぐに視線を外した。
 今だポケット内は一口大のチョコレートでいっぱいだ。
 これを一人一人に配るのもまたギュスターヴの役目だった。
 一口サイズのチョコを陣地内の面々へと次々に手渡していく。一人一人へと手渡す際には胸の前で十字を切り、彼らに祈りを捧げる。
 狙撃部隊の面々に手渡し、次いで、指揮官のイゾルデへのもとを訪れて、全ての人員にチョコレートを配り終える。
 そうしてポケットの中に残った、最後の一粒を自分の口に放りこむとギュスターヴは、再びアル少年のもとへと戻るのだった。
 大人から子供まで、男女や種族問わずにありとあらゆる兵士がチョコレートを口に頬張った。
 彼等はもぐもぐと口を動かしながら、手慣れた様子で武器を調整し、遠景の敵へと砲火を見舞った。
 銃眼より伸びたあまたの砲台は、絶えず炎の吐息を吐き出していた。
 砲弾が矢となり、雨となり空を飛翔し、そのまま北の孤立した竜を、時に西より集団をなして襲来した敵の分隊を薙ぎ払っていくのが見えた。
果たして、力の残滓は指先大の一口チョコレートにも宿ったのだろうか。
 陣地を防衛する兵士たちの動きは、チョコレートを頬張った後より、精彩を増したように見えた。
 ギュスターヴが捧げる祈りの言葉には、祝福の力が宿る。
 祝福の言葉を聞き及んだものは、第六感を研ぎ澄まし、邪悪な者に対する鋭敏な知覚を身に着ける。
 折しもギュスターヴが張り巡らされた聖域の効果も相まって、この戦場における兵士たちの実力は精鋭レベルまで引き上げられたと言えるだろう。
 更にチョコレートによる些細な祝福が彼らの能力を底上げしたと見るのが妥当だろう。
 ギュスターヴは遠景を見渡した。
 先ほど東部にて戦端が開かれたようで、東部では無数の火の手が上がり、『アロンダイト』の狙撃によるレーザー光が幾条もの光の帯となって山野を走っていった。
 東部の戦いはおそらく人類側有利に推移しているのだろう。友軍は一人と二機にしか過ぎなかったが、敵を東部平原に釘付けにすることに成功していた。
 東部を一瞥し、ついでギュスターヴは西の地平線を見遣った。
 草と古ぼけた石造りの城壁跡が散在する荒蕪地にて、無数の黒点が蠢いていた。
 無数の黒点は、歪に蠢いては草の大地を這いずり回り、墨汁を垂らすようにして、緑の大地を蚕食していった。
 しかし、黒ずみの浸食は平原を半ばまで進んだところでぴたりととん挫した。 
 蒼空を東へと流れていった閃光と、大地を駆ける巨大な鋼鉄騎士が彼らの前に立ちはだかったからだ。
 大きさや速度から鑑みるに、閃光にせよ、あの巨大な騎士にせよキャバリアであることには間違いないだろう。西部戦線も、窮地を脱したと見ていいだろう。
 最後にギュスターヴはゆったりと北へと視線を這わせた。
 ひらかれた緑の大地のもと、北の大地は森閑といった様子で佇んでいた。
 そこには、スコットランドへと続く侘びしげな荒れた草地が茫洋と広がっているだけで、バレルヘッドドラゴンはまばらに点在するだけだった。部隊としての力はほとんど有していないのは一目瞭然であり、彼らのもとへ迎撃用の部隊を差し向けるのは当面の間は不要であるようにギュスターヴには感じられた。
 今、長城付近は聖域と化し、ここで戦うすべての友軍の技術や基礎能力は大いに増幅している。
 とはいえ、更に作戦を推し進めるためにもうひと仕掛けを要する。現在の状況をより盤石なものへと昇華させるためには、ギュスターヴは次なる一手を巡らせたのだ。
 ギュスーヴは視線を、モニター画面と必死ににらみ合いを続けるアル少年へと戻した。
 おあつら向きにも、アル少年の目前には、戦域全てを対象にして、敵の位置座標を委細なく映し出すことが可能な大型モニターが存在する。
 渡りに船とはこの事だろうか。
 全ての敵の位置は、今、アルの青い瞳によって掌握されているのだ。
 ギュスターヴはアル少年の隣へと歩み出る。中腰の姿勢を取り、アルと目線の高さを合わせると、ぽつりと呟いた。
「……しっかしマジで数が多い! モニターのこの赤い点がぜんぶ敵なんだろう? アルだったか? なぁ、俺に力を貸してくれよ」
 ギュスターヴの声音にアル少年が不思議そうに小首を傾げた。
 小さな唇が力無げに震えていた。
「えっと……僕が力になれるでしょうか? 僕はただこの計器とにらめっこする事しか出来なくて、戦ったりは……その。全然得意じゃなくて」
 うわづったような声で、アルが答えた。
 ギュスターヴは直ちに首を左右させる。
「だからこそだ。アルの目が必要なんだよ!それによ、敵に舐められるのも癪に障るだろ? 戦いってのは情報を制した者が勝利をつかむんだ。そのためには敵を倒す為の下準備はしっかりやらねえとな。……俺らで情報戦を制して、それでちっとばかし、敵にお灸をすえてやろうぜ?」
 ギュスターヴは口端を歪めてみせる。
 これも日本の路地裏で覚えた戦いの作法の一つだ。先達として、アル少年に戦いのイロハを教えるという義務感にギュスターヴはなぜか駆られていた。
 アルが不思議そうに目を二度ほど瞬かせた。わずかな時間を置いてから、アル少年が小さな首をゆっくりと前方に傾けた。
 アル少年に目合図し、ついで、ギュスターヴは聖書の一節を口ずさむ。
「――愛が全ての咎を覆う」
 ギュスターヴの声音が厳かに周囲へと反響した。
 語気を強めて、更に嘯いてみせる。
「|茨《いばら》も|薊《あざみ》も、主の愛を証明するものだぜ」
 明滅するモニターを眺めつつ、ギュスターヴは高らかに謳いあげた。
 ギュスターヴの言葉は、神への誓約であり、聖歌の一節でもあった。声音が風に乗り、福音となって周囲へと響き渡れば、神は祝福の息吹でもってギュスターヴを包み込む。
茨の冠を模したリングスラッシャーの棘の一本、一本が金色の輝きを帯びて輝きだす。
 棘の形に一致して、奔出した光が八方へと伸びていく。
 荘厳たる光は、リングスラッシャーを中心に放射状に広がってゆくと、途中で千切れ、そうして百を超える、光の薊と茨へと姿を変えた。
「アル……! 残存する敵で危険な奴らの場所を俺に教えな”」
 ギュスターヴは指先を空へと向けた。
 間髪入れずに、アルの声が続く。
「1時の方角です座標点、21、20、11地点周辺に敵、十二体……!」
 アルの言葉にギュスターヴは北北東へと向きを変えた。
 光の棘を放ち、直ちに目標となる敵を追尾させる。
「次は!」
 ギュスターヴは叫んだ。アルの柔らかな声音が次なる座標を告げる。
「10時の方向です。どうやら、降下中に本体から離れていた部隊が合流して小部隊を作ったみたいです。座標軸、91、90、11へ! 数8です」
 アルの瞳は、忙しなげにモニター上を彷徨っていた。
 彼の指示に従い、ギュスターヴは光の棘を再び放つ。
 ギュスターヴが問えば、アルは矢継ぎ早に敵座標を叫んだ。そのたびにギュスターヴは光の棘を該当する方角へと放ち、視野範囲外の位置座標へと投擲していった。
 例え、敵を視覚に捉えられずとも位置座標さえ判明すれば、ユーベルコード『HYMNE』によって生み出されたマーカーは寸分の狂いなく、敵を捉えるだろう。
 事実、今や戦場のありとあらゆる場所で、敵の居所を示す光の十字が荘厳の光を放っている。
――|Sois vu, sois la cible《見られろ、狙われろ》
 と吐き出した。
 ギュスターヴがばらまいた二百弱にも及ぶ光源により、戦場全体がほの白く輝いているようにすら見えた。
「見てな、アル……。情報戦の恐ろしさってやつをな!」
 視認可能な目標物というのは、ただ存在するだけで射撃手によるの狙撃の精度を各段に向上させる。
 事実、光源が放たれた後より、砲撃陣地から放たれた銃砲や狙撃は、敵影を正確に射抜き、標的を次々に仕留めていった。
 狙撃銃による閃光が平原を駆け抜け、遠景の黒点を貫く。その度に爆炎が上がり、燃え盛る炎の中で、デウスエクスの亡骸が黒ずみとなって崩れ落ちていくのが分かった。
 目の前でアル少年が瞳を見開き、ギュスターヴへと熱い眼差しを投げかけている。
「情報戦の恐ろしさが分かったろ? さっ手ぇ、動かせ、手を」
 とギュスターヴが茶化すように口にしても、アル少年は青い瞳に憧憬の色に輝かせながら、二の句も継げぬと言った様子でギュスターヴを凝視していた。
 たまらずギュスターヴはアル少年から視線を反らして空を見上げた。
 雲一つない空が茫洋と広がっていた。悪くはないと思った。
 あの11月に見上げた空とぴったり同じ青空が、変わらずギュスターヴを見下ろしていたからだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シル・ウィンディア
【西戦場】
主力部隊まだこんなにいるんだね。
向こうは大丈夫そうだから、こっちをやりますか。

引き続き、サイキックキャバリアのレゼール・ブルー・リーゼに搭乗。
推力移動で空中へ飛んでいくよ。
空中に行ったら、スラスターとロングビームライフルの推力器、腰部キャノンの推力器も全開で一気に接近して敵陣を攪乱!

つかうUCはエレメンタル・ファランクス。
多重詠唱で魔力溜めも同時に行使して…。
いつもより全力で撃っちゃうよっ!!

UCの詠唱が終わるまでは、装備されている射撃武装で牽制・撃破を狙うね。

詠唱が終わったら…。
放射状にUCを展開させて拡散して撃ち放つよ。
ただでは返さないから。遠慮せずもってけーーっ!!


ハル・エーヴィヒカイト

▼戦場
西部を優先
次点で北部
イゾルデの指示に従い戦場を駆ける

▼口調
一人称は基本私
頭の中では俺

▼心情
まずはこちらが先手を取った。奴らに数の優位はもうない
厳密にいえばまだ相手の方が多いが、真っ当な戦いで覆すことが出来る差まで引きずりおろすことには成功している
我が身は剣、ここからはイゾルデの指揮下に入り彼が望むとおりに振るわれる刃となろう

▼戦闘
キャリブルヌスに[騎乗]
外套を閉じ一度基本形態に戻す
ここは他の猟兵との[集団戦闘]で確実に敵集団を殲滅する
このあとにも戦いが待っているので消耗を避ける戦いをしよう

「境界形成――状況を継続。速やかに敵集団を殲滅する」
UCを発動
キャリブルヌスによって増幅された[結界術]によって自身の領域を戦場に広げる
敵が一斉に放った弾丸のひとつひとつを[心眼]によって[見切り]、[念動力]で触れ、全てを己の武器とする
そして自身が内包する刀剣の[乱れ撃ち]と合わせて、敵集団を蹂躙する[範囲攻撃]を繰り出す
「悪いがこの後の予定が詰まっていてね。自らの力に溺れ落ちてゆくがいい」



●西部戦線異常なし
 
 四方に海とも見紛う青空が広がっている。
 頭上を見遣れば、中天に輝く太陽が、無数の銀の棘を権高そのものそびやかし、銀光を青空に滲ませては、眩い光でモニターを灼いてくる。
 今や太陽が身近に感じられ、鋼鉄の装甲を隔ててもなお、太陽が齎した暑気がコクピット内にくすぶっていくような感覚を覚えた。
 銀色の円盤が掌の中にでも収まりそうな気がした。
 そうだ、あの銀色の円盤を目指して、レゼール・ブルー・リーゼは空を駆けるのだ。
 シルウィンディア(青き流星の魔女・f03964)は、青空の瞳を瞠目させるや、太陽へと目合図を送り、愛機を加速させる。
 青の微光を振り撒きながら、レゼール・ブルー・リーゼが西空を空高く駆け昇っていった。
 草の大地は遥か下方に霞み、今やメインモニターは、周囲を覆いつくした空により、青一色に満遍なく塗りつぶされていた。
 高度計によれば、レゼール・ブルー・リーゼは現在、高度七千メートル付近を通過したらしい。
 機体制御に意識を集中させつつも、シルは高度計に表示された数値にたまらず、目を瞬かせた。
 高高度の飛翔とは厄介なもので、容易にこちらの位置感覚を錯覚させてくる。
 代わり映えしない蒼空の中、漫然と飛翔を続けていれば、すぐさま空の迷子と化すのは必定だ。
  空には目印として利用できる特徴的な地形は勿論のこと、標識なんてものも存在しない。だからこそ、飛行機乗りは絶えず計器群とにらみ合いを続けるのだろう。
 平素はクロム・キャバリア世界でのキャバリア戦闘を主体とするシルにとっては、空中戦とは新鮮であると同時に常に緊張を強いてくる、迫真の戦闘の場でもあった。
 もちろんシルが空中戦を嫌う理由はない。
 とはいえ人より動体視力に優れ、かつ直感型のパイロットとしてめきめきと頭角を現すシルにとっては、計器群とにらみ合いながら飛翔を行うというのはやや億劫に感じられたのだ。
 もちろん、クロム・キャバリア世界においても、低空における飛行自体は可能である。
 シルはこれまで低空軌道における空中戦を幾度も経験してきたし、低空における高速機動はシルの十八番とも言えた。
とはいえ、何千フィートという高高度を飛行するともなれば話は別である。
 高度計によれば、今、レゼール・ブルー・リーゼは既に高度七千フィートから、八千フィートへと突入したということらしいが、この高度での機動戦の経験は記憶をたどってみても思い出せない。
 もちろん計器群とのにらみ合いは退屈だったが、空を高速で揺曳する感覚は嫌いでは無かった。
ただ文句をつけるなら、より速力をシルは求めた。
故にシルは、計器群があげる警告の声に逆らい、一人微笑がちにフットペダルに更なる力を込めた。
そしてシルの願いは当然の事として成就する。
 フットペダルの一押しに呼応するように、機体が背負った巨大スラスターが青白い光の吐息を放った。
 機体は揚力の増加により更に速度を増して、青い光が奔出する中を上空へと向かって真っ直線に急浮上した。青い光の衣を纏いながら、レゼール・ブルー・リーゼが蒼天を駆けのぼっていく。
 急上昇に伴い、コクピット内の動揺が激しさを増した。
 シルの華奢な肩元がぎしりと軋みをあげる。上腹部にわずかながらも圧迫感を覚えた。
 本来ならば『グラビティ・ガード』によって大幅に減衰されているはずの慣性の力が、遂に顔を覗かせ、粘っこい指先でシルの小柄な体躯をパイロットスーツごしに圧迫してきたのだ。
 熱い吐息を吐き出しながら、シルは心地よい圧迫感に抗った。メインモニターと計器群との間で素早く視線を行き来させつつ、機体の姿勢制御に意識を傾注させた。
 高度計は現在、九千フィートを指し示している。 更に驚くべきことに、速度計は真っ赤に明滅しながら極音速にも迫る速度を液晶画面上に表示している。
 今やレゼール・ブルー・リーゼは、超音速の壁を突破し、極超音速の世界の住人と化したのだ。
 ちろりと舌を出しながら、シルは悪戯好きな微笑を浮かべた。
 全身に圧し掛かる圧迫感も疾走感も嫌いではない。
 ロングビームライフル、腰部キャノンといった火器群全般のエネルギー容量さえもすべて移動用の推量へと転換し、高度一万フィートを目指したが故に味わうことになった感覚とも言えるだろう。
 もちろん、なにもシルは物見遊山で高度一万フィートを目指しているわけでは無い。
レゼール・ブルー・リーゼの特性を考えた際に、取るべき最適な戦術指針に従い、シルは高高度への上昇を決定したのだ。
 先の迎撃戦に続き、敵は長城の東西と北の三地点に上陸を果たした。
  敵の約半数近くは上陸前に戦場の露と消えたが、それでも総勢で四百をわずかに超えるバレルヘッドドラゴンの群れは無事地上に辿り着き、彼らは東西より包囲するような形で長城中央付近に陣取る地上軍への攻勢に打って出た。
  戦場はおおきく分けて三つの区画に区分できるだろう。
 一つは、敵の主力が陣する東部戦線である。丘陵地帯から連なる広大な草原地帯がここに該当し、敵の主力部隊が陣を構えていた。
 既に友軍が東戦線へと向かったのはシルの知るところであり、必然、防衛に関する優先順位を繰り下げたが、東部戦線が戦場における要衝であることは間違いないといえた。
 次いで重要な戦場が、ちょうど、シルの下方に広がる西部平野である。ここにもまた、二百近い敵が存在しており、彼らは重厚な陣を敷き、まるで無人の荒野を進むかのように、イゾルデ率いる本陣にむかい行軍を続けていた。
 西に抑えは無く、故にシルは、レゼール・ブルー・リーゼを西へと走らせ、敵の迎撃にあたったのだ。
 シルが狙った戦法は、地上の敵軍に対する高高度からの奇襲攻撃だった。
 レゼール・ブルー・リーゼの専売特許と言えば、その高い機動力と、高火力にある。
 猛禽類が、目前の獲物の目をやり過ごしつつ中天に急浮上し、その後、高速の滑空によって獲物の喉元へと鋭い爪を突き立てるように、シルもまた猛禽類の狩りの手法に倣ったのだ。
 敵の索敵範囲にひとまず身を置き、その後、敵の意識の埒外から高火力による攻撃を浴びせる。そのためにシルは高高度を目指したのだ。
 レゼール・ブルー・リーゼの弱みを挙げるげるのならば、それは一重に機体の脆弱性にあった。まさに高機動性と高火力の宿痾というしかない。
 レゼール・ブルー・リーゼはチタン・アルミニウム・複合樹脂の合成素材で装甲部を塑形され、更にはシルの精霊魔術による『グラビティ・ガード』の恩恵を受け、その防護性を強化していたが、やはり、正面切って敵と戦うのにはやや不安が残った。
 敵は、密集陣形を取っている。
 敵の火砲のすさまじさは既に証明済みで、密集陣形のもと放たれるだろう銃弾の嵐は、装甲の薄いレゼール・ブルー・リーゼには脅威となりえた。
 レゼール・ブルー・リーゼの速力をもってすれば、もちろん、敵の銃弾を掻い潜り、懐に迫り、鋭い刃を突き付けることも叶うだろう。
 しかし、万一、敵への接近前に機体を捕捉された場合はかなりの苦戦を強いられる可能性もありえた。
 だからこそ、シルは今、超高速で空へと舞い上がり、空を利用した三次元機動による強襲を企図したのだ。
 機体が高度九千八百フィートを過ぎたのが分かった。
 今や、コクピット内の横揺れは極まり、計器群すらきしりを上げていた。極超音速のコクピットのもとで、飛翔音の残響が、耳鳴りとなってシルの鼓膜を激しく揺さぶっていた。
 操縦桿を通じてシルの指先に機体の振動が伝番する。震える指先からは、精霊魔力の残滓が青い粉となって零れだし、コクピット内をほの青く潤色した。
 シルは小さく鼻を鳴らした。
 もちろん、機体の速度を落とすつもりなどシルには毛頭無い。
 シルは、怯むどころかむしろ、大空からの挑戦を真正面から受け止める。
 操縦桿を力強く握りしめて、更なる魔力を機体へと注ぎこむ。
 オーラジェネレータの出力を更に賦活させ、そして、背面部スラスターを完全開放。同時に、奔出した無数の粒子でもってレゼール・ブルー・リーゼの表面に張り巡らされた不可視の外殻『グラビティ・ガード』を補強する。
 結果、垂直方向への揚力と、『グラビティ・ガード』による防護壁とによる角逐はここに極まった。片や、見えない巨大な掌でもってレゼール・ブルー・リーゼごとシルを握りつぶさんとし、片や、重厚な不可視な鎧でもって掌の圧迫から機体を防護する。
 しばしの間、両者の激しいせめぎあいは続いたが、軍配は結局のところシルが駆るレゼール・ブルー・リーゼに上がった。
 そう、レゼール・ブルー・リーゼが高度一万フィートに到達したからだ。
 ここにシルは二つの条件を同時に満たした。
 一つは友軍から十分な距離を隔てた上で、敵群を真下に捉えたことであり、もう一つは、ほぼ魔力を全開に残したままに敵への攻撃態勢を整えた事である。
 シルはフットペダルから足を離し、スラスターの噴出を止めると、魔力場と補助スラスターによる姿勢制御に切り替えた。
 新たに生み出された力場によって、レゼール・ブルー・リーゼの姿態が、中空を優雅に揺蕩った。
 流れるような挙止でもって、カメラモードを光学カメラへと切り替える。そうして、敵軍をモニター中心に据えた。
 敵の大群は、一矢乱れぬ陣形のもと、這いずるようにして地上を蠢いている。敵軍を光学カメラ越しに下方に見やりながら、ついで、シルは、左の第二指で、内蔵型無線のスイッチを弾いた。
 じぃじぃと、ノイズの様な音がコクピット内に反響していた。
 無線の波長を徐々に変えていくに従い、濁音は清明となり、無機質な音信号は質感のある声へと変わった。
 それは、聞きなれた男性の声だった。
「……こちら。特務機関DIVIDE所属のケルベロス、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)だ。愛機、キャリブルヌスより通信を受信した。そちら、所属と名前を頼む」
 艶っぽい低音がシルの耳朶を揺らした。やや形式ばってはいるものの、いかにも彼らしい実直な解答だ。
 こほんと一度咳払い。ついで、シルは鼻歌まじりに揶揄う様に声を弾ませる。
「こちら、シル・ウィンディア。ユーコピー?」
 自然と声音が和らいでいた。
 仰天したようなハルの声が矢継ぎ早、無線越しに飛んでくる。
「シル……君も同じ戦場に?」
 ハルの声は僅かにうわづっていた。なんとはなしに、生真面目なハルの困惑する表情が思い浮かばれて、たまらずシルは相好を崩した。
「うん。私もキャバリアで戦場に。今は西空の上空一万フィートに待機中!」
 シルは闊達そのもの言葉を紡いだ。
 やや時間を置いてから、やわらかな口調でハルが続いた。
「ふっ、君らしいな。いつも君は私の想定外のところにいる……。さて、愚問かもしれないが、尋ねさせてもらうよ。これから君はどうするつもりだい?」
 どこか冗談めいた口調だった。まるで、答えを見透かしているかの様なハルの問いに、シルは即答する。
「もっちろん、やることはただ一つだよ。空から敵の大群に吶喊を仕掛けるつもり......! 良案でしょ、ハルさん?」
 シルが豪語してみせれば、ハルの微笑が続く。
「了解した。では、君に続き私は地上から敵に突撃しよう。レディファーストというのはいささか不作法だとは思うけれど、水先案内役、君に任せたよ?」
 ハルの声からは、大人特有の余裕のようなものが滲みだしていた。
 心強いと思うと同時に、否応なしにシルの負けん気の強さが言葉となって口をつく。
「水先案内人の役目は任せてね?でもね……ハルさん?」
 言いながら、シルは巧みに操縦桿を操ると中空でぐるりと百八十度機体を反転させ、自らの頭上に大地を固定させた。重力により、シルの柔らかな青髪がするりと垂れた。
 指先でコンソールパネルのスイッチを一つ、また一つと操る。ついで、背部スラスターを展開させ、右足をフットペダルにかけると、愉快そのもの声を弾ませる。
「でもね、ハルさん――? あなたの到着が遅れてしまってフィナーレに間に合わなくても責任は取れないからね! さぁ、行くよ、レゼール・ブルー・リーゼ!」 
 語気を強めて言い放つ。同時に、右足で思い切りフットペダルを踏み抜いた。
 瞬間、迸ったのは迸った蒼い閃光だった。
 背面スラスターより奔出した青い光の粒子が、世界を青一色に染め上げる。
 青い光の粒子を全身に纏いながら、レゼール・ブルー・リーゼはまさしく、青い流星となって大空を滑り落ちていった。
 心地よい浮遊感がシルを包み込んだ。まるで、全身の血液が頭部へと流れ込んでくるかの様な感覚にたまらずシルは高揚感を覚えた。
 得も言われぬ高揚感のもと、ふとシルは自分の時間間隔が無限に引き延ばされていくことに気付いた。
 頭上に群がる敵の大群がぴたりと動きを止めたように見えた。世界から急速に色が失われ、時間が奪われていくような錯覚を覚えた。
 凍り付いた世界の中をシルとレゼール・ブルー・リーゼだけが悠然と突き進んでいく。
 頭部を地表面に向けたまま、群れる敵の大群目指して、空をさかさまに滑り落ちていく。
 高度計は、八千を切り、五千に迫った。バレルヘッドドラゴンの頭部砲身がモニター上にくっきりと浮かびあがるのを合図に、シルは呪文の詠唱を開始した。
「闇夜を照らす炎よ――」
 歌うように詠唱する。
 声音が大気を揺らすたび、背部スラスターより奔騰する青い光がますますに膨れ上がっていく。
「命育む水よ、悠久を舞う風よ――」
 多重に言葉を紡ぐ。
 文言と文言には意味がある。それらは有機的に作用し、オーラジェネレータへと蓄えられた魔力を倍増させていく。
「母なる大地よ――」
 詠唱を続けながらも、シルは巧みにコンソールパネルを操った。 光学カメラを通常カメラへと切り替えて、直接に敵を見遣る。次いで火器管制を砲撃用にと切り替える。
 敵との距離とは既に二千フィートを切った。
 今や、敵は緑の大海に浮かぶ曖昧な黒点などではない。メインモニターには、歪な頭部を生やした無数の竜の姿がはっきりと映し出されていた。
 砲頭竜バレルヘッドドラゴンの頭部が緩慢な挙措でもって上空を睨むのが見えた。
 どうやら敵の索敵網は、至近に迫ったレゼール・ブルー・リーゼをようやく捉えたようだ。
 だが、バレルヘッドドラゴンの射撃がレゼール・ブルー・リーゼを捉えることなど不可能だ。
 限りなく凝縮されたシルの時間間隔の前には、高速で飛翔する銃弾すらも静止物質に等しいのだから。
 シルは操縦桿を左右に切り、滑空ながらにレゼール・ブルー・リーゼの体を左右に振った。
 レゼール・ブルー・リーゼが左方へと空を泳げば、凍り付いた世界の中、バレルヘッドドラゴンが放った砲弾が鈍い軌道を描きながらレゼール・ブルー・リーゼの傍らの空間を過ぎ去っていく。
 ついで、レゼール・ブルー・リーゼが右方へと踊り出れば、放たれた第二の砲弾は、スローモーション影像そのもの緩慢な動きでもって虚空を掠めた。
 回避ざま、シルはロングビームライフルを一閃。ついで、腰部の高出力キャノンを二度ほど放つ。
 放たれた光弾は、真っ直線に空を駆け下りて行き、今まさに射撃体勢に入らんとしたバレルヘッドドラゴンの胸部を的確に撃ち抜いた。
 光弾に胸部を貫かれ、爆炎が上がる。束の間、地上には、血煙と焔で造形された赤い曼殊沙華の花が咲き誇った。
 撃ちぬいた者を除けば、敵の大多数はレゼール・ブルー・リーゼの影すら捉えられずにいる。
 シルはここに詠唱の最後の一節を紡ぐ。
「我が手に集いて、全てを撃ち抜きし光となれっ!!」
 シルの声に従うようにして、突如、機体背後の虚空に幾何学模様を描く魔法陣が出現した。
 魔法陣は、四色からなる光の尾でもって空をなぞり、色鮮やかな光彩でもって中空を潤色した。
「エレメンタル・ファランクス!」 
 シルの叫びが大気を揺らす。
 言の葉が響き渡れば、魔法陣より滲み出た光の尾は互いに絡みつき合いながら膨張していき、荒ぶる光の渦を生み出した。
「ただでは返さないから。遠慮せずにもってけーーっ!!」
 密集型砲撃魔法『エレメンタル・ファランクス』の完成だ。
 光の渦を中心にして、魔力の波動が生み出された。
 波動はさながら光の波濤だ。激しくのたうち回りながら大気を揺さぶり、放射状に空へと広がっていく。
 光の飛沫を上げながら、魔術の大波が地上の敵を飲み込んだ。
 迸る四色の光の中で、バレルヘッドドラゴンの陰影が黒ずんでいき、縮退していくのが見えた。屈強な竜の体躯が、先細り、塵芥となり崩れていく。
 光の津波は、まるで自らの飢餓を満たすように、あまたのバレルヘッドドラゴンを貪りながら草の大地を洗い流していった。
 光が消失したのはしばらく経って後の事であった。
 白の残光が砕け散る緑の草原には、息も絶え絶えに立ちすくむバレルヘッドドラゴンの群れがわずかに残るだけだった。
 既に彼らは、エレメンタル・ファランクスにより 半数程度まで数を減らしていた。
 放射状に走り抜けていった光の軌跡に沿うようにして、敵陣容は、歪に抉られている。
 バレルヘッドドラゴンは、数こそ百程度残りこそすれ、エレメンタル・ファランクスにより部隊間の連携を断たれ、軍団としての戦闘力を大いに削り取られたのである。
 シルは機体を降下させると、曲芸師よろしく再び機体を反転させ、地表面すれすれを飛翔していく。
 メインモニターに映し出された巨大な人影の隣を駆け抜けていく。
「ふふふ、フィナーレには間に合ったみたいね。あとは任せたよー、ハルさん――!」
 すれ違いざま、コクピット越しに声を投げかける。
 果たして、声は届いたのか。銀色の巨人は巨大な一歩を踏み出したのだった。

 前方で濁流のようになって溢れかえった光の渦は今や消褪し、ついで、純白の残光に照らし出されるようにして、既に当初の半数ほどまで数を減らした敵の残存部隊が満身創痍の巨体を草原にさらけ出す。
 キャリブルヌスの側方すれすれを、青い流星が走り抜けていった。
 流星は蒼白い光の尾を空中に長く曳きながら、瞬きする間にキャリブルヌスの後方へと遠ざかっていった。
「やれやれ。我らが姫は、じゃじゃ馬が過ぎるな」
 愉快そのもの軽口をたたく。
 ハルは背中越しに、レゼール・ブルー・リーゼを見送るや、敵陣へと向かい、一歩を踏み出した。
 やはり、彼女とその愛機は青い流星と形容するのが的を得ていると思った。
 彼女は風のように地上へと登場するや、たったの一撃で戦況を変えてみせ、そして音も無く消え去っていったのだ。
 鮮やかな手際といい、流線形の機影が齎す優美さと言い、その姿は人が天を仰ぎ、そして願いを託す流星を彷彿とさせるものだった。
ハルは直ちにメインモニター越しに敵の惨状ぶりを観察する。そして直ちに結論に至る。
 戦術論の立場より、現状を分析するのならば、最早敵に勝機はあるまいとハルは確信する。
 というのも、まず、敵はシルの先制により我らの後塵を拝する事となった。まず、敵は主導権をこちらに握られたという事で、大きく勝利から遠ざかった。
 次いで敵は、奇襲を受けるという事態に直面し、未だ混乱から立ち直れずにいた。
 敵の陣容には、幾条にも巨大な亀裂が入っており、 彼らは未だに陣形を立て直せずにいる。指揮系統も最早、十全に機能していないだろうことは一目瞭然だ。
 彼我の戦力は今やここに入れ替わったのだ。
 確かに、単純な数で比べるなら、敵はこちらを遥かに凌駕する。
 だが、戦力とは数と質とを両輪にして算出されるべきであり、量のみによって規定される戦力値など信頼を欠く。
 質を考慮した上で両者の戦力を測るならば、ハルらは今、敵の風上に立っている。
 メインモニター越しにハルは、順繰りに砲頭竜バレルヘッドドラゴンを見やった。
 敵軍は、奇襲攻撃によって数を大いに減らしていた。更に好都合なことに敵の部隊と部隊の間には、今や連携不可能なほどに巨大な間隙が生じていた。
 敵集団を一個の戦闘単位として見た時、その戦力は、実際に生じた損害以上に大きく減じられているだろうことが敵の配置から推しはかられた。
 ハルは吐息をつくや、腰元の剣を抜刀した。
 まさに、以心伝心でキャリブルヌスもまた、大太刀を手にし、煌めく刀身を鞘から滑らせた。
 ハルはイゾルデより厳命は受けていた。
 彼は西部の敵を殲滅せよとハルに命じたのだ。ハルは彼の直属の部下ではなかったが、特務機関DIVIDEに共に名を連ねているという点において、彼は同志足りえた。
 かりそめの上官とみれば、イゾルデはなるほど理想的とすら言えるだろう。
 ならば、彼の命ずるままに、ハルは今より、一振りの剣となろう。そして、西部戦線から全ての敵を薙ぎ払ってみせよう。
 ハルはキャリブルヌスを通常形態へと切り替えるべく脳波を送る。
 発せられたハルの脳波は、意味のある命令信号へと変換されるや、光速で機体の回路内を駆け巡り、キャリブルヌスの末梢神経へと伝導されたのだ。
 キャリブルヌスの後背より突き出た八枚翼が、ゆったりと羽を折り、互いに折り重なりあいながら、鋼鉄の外套を形作る。
 八枚翼の間隙からあふれ出した光は消褪し、かわって機体内に膨大なエネルギーが逆流してきた。
 幸運にもユーベルコード一撃分を発現させるに足るエネルギーが機体内に蘇った。
 渡りに船とはまさにこのことだろうか。
 今後、更なる敵の援軍が予想される以上、なるべく消耗を避けて、残存する敵を殲滅する必要に迫られた。
 そんな状況下において、ハルは懐手しながらにユーベルコード発現に必要な奇跡の力を機体より得たのだ。
 となれば、この僥倖を活かさない手はない。
 ハルは剣を構えた。
「境界形成――状況を継続する」
 吐息まじりに呟けば、奇跡の力は翡翠の波紋を大気に描き出す。キャリブルヌスを中心にして八方へと光の筋が駆け巡っていった。
 ハルは、周囲を注意深く見まわした。
 敵部隊は、今や三々五々で無秩序に隊列を組んでいる。烏合の衆とはまさにこの事だろう。
 当初、ハルが危惧したのは密集陣形による敵よりの弾幕の嵐だった。
 数の暴力の前にはハルの練り上げる『閃花の境界・殲』は十全に機能しない可能性がありえた。
 『閃花の境界・殲』は、広範囲に戦場を包み込むことが可能であったし、領域下においてハルの認知が及ぶかぎり、それが敵の放った弾丸であれ、剣のかけらであれ、すべての無機物がハルの支配下に置かれる。
 問題は、仮に敵よりの銃撃がハルの死角より放たれた場合だ。
 『閃花の境界・殲』は、あくまでハルの認識下においてのみ効力を発揮する。
 故に相手が当初の陣形を維持しつつ包囲戦術なりでハルに相対した場合には、術技は不発に終わる可能すらありえた。
 とはいえ、現状においてはこの仮定は杞憂に過ぎるだろう。
 この惨状から鑑みるに、もはや、敵は部隊間の意思疎通を行う事すら不可能だろう。畢竟、秩序だった行動のもと包囲戦術を筆頭にした高度な戦術を展開することなどできようはずもない。
「ゆくぞ、キャリブルヌス……。これより速やかに敵集団を殲滅する」
 宣言と共にハルは勢いよく鋼鉄張りの足場を踏み抜いた。 やにわにキャリブルヌスが大地を蹴り上げ、鉄の巨体が宙を舞う。
 物凄い距離を滑り抜き、キャリブルヌスが再び大地に着地する。
 着地と同時に第二歩目を踏み出して、勢いそのまま大地を踏み抜いた。
 狙うは、左前方の敵集団だった。
 未だにまとまった数を残したこの集団こそが、現状、ハルにとって最大の脅威であった。
 一歩をハルが踏み抜くたびにキャリブルヌスの巨体が、地面すれすれを疾駆する。
 機体はハルの姿勢は勿論のこと、指先のわずかな仕草、左右の足の些細な挙動すらも正確に再現してみせた。
 ハルの挙動そのままに、キャリブルヌスが左右に身を振りながら低空を疾駆する。
 鋼鉄の一歩が大地を踏みしめるたびに、大地は大きく沈みこみ、砂埃が濛々と立ち上がった。
 地鳴りの音を重苦しく響かせながら、キャリブルヌスは、敵との間に横たわる空隙を一瞬の間に踏破して、敵前へと躍り出た。
 メインモニター上、敵バレルヘッドドラゴンの群れがくっきりと映し出された。
 敵集団は、前方に向かうに従い厚みを増していく、いわば逆楔型に隊列を敷いている。
 最前列のバレルヘッドドラゴンは、五体。肩と肩がぶつかり程度のほんの僅かな間隔を置いて、ほぼ五体が横並びにハルに対峙していた。
 銃砲と化したバレルヘッドドラゴンの頭部が、僅かに収斂するのが見えた。銃列が、一斉に火の粉を撒き散らす。 黒ずんだ砲口より、わずかな時間差を置いて、次から次へと銃弾が吐き出されていく。
 無数の銃弾が、ハルとバレルヘッドドラゴンとを隔てる空間を埋め尽くした。
 銃弾はまるで驟雨のように横殴りに空間を走り抜けるや、キャリブルヌスの眉間すれすれまで迫る。
 とはいえ、全ての弾丸はハルの心眼により軌道からその速度まで把握されている。
 そしてハルが張り巡らせた結界術は、 薄緑色の帷帳でもって戦場全域を包み、物理法則を強引に歪め、全ての無機物の支配権をハルのもとへと従属させた。
 むろん、目前に迫った銃弾とて例外ではない。
 ハルが銃弾をひと睨みすれば、銃弾はやにわに動きを止める。
 ついでハルが思念を送れば、今まさにキャリブルヌスを撃ち抜かんとした、おびただしい数の銃弾は、まるで見えない障壁かなにかに弾かれるかのようにして四散し、銃弾の発射主であるバレルヘッドドラゴン目掛けて逆行性に空を突き進んでいく。
 数多の銃弾は、なんら憚ることなくここに反逆の牙をむき出しにした。
 鋭い銃弾は無慈悲な螺旋回転を続けながら、砲頭竜のもとへと押しよせるや、分厚い皮膚を食い破り、隆々とした筋群を断ち、血脈を貫き、竜を内部から攪拌していった。
 銃弾の嵐は、互いにひしめきあっては黒い尾となって、最前列のバレルヘッドドラゴンの群れを薙ぎ払い、敵の第一陣を瞬く間に崩壊させるのだった。
 崩れ落ちていく、バレルヘッドドラゴンを飛び越えて、キャリブルヌスは敵の第二陣へと迫る。
 三体のバレルヘッドドラゴンが横並びに、立ちはだかった。
 とはいえ、彼らは脅威にはなりえないだろう。前列を飛び越え、突如、姿を現したキャリブルヌスを前にして、彼らはなんら反応できぬまま、立ちすくむばかりだった。
 ハルは正面の砲頭竜の懐へとキャリブルヌスを潜り込ませるや、剣閃一閃、敵を断つ。
 一の太刀で正面の敵を切り伏せ、次いで、左側の砲頭竜をすれ違いざまの二の太刀で無力化した。
 敵の後方へと踊り出て、右側方の砲頭竜の心窩部目掛けて、刺突による第三の太刀を見舞った。
 剣戟は、それぞれが鋭い銀色の軌跡を空に描きながら、寸分たがわずに砲頭竜の急所を貫いていく。
 銀の閃光が瞬くや、一体また一体とバレルヘッドドラゴンが大地へと崩れ落ちていく。
 竜が倒れ伏し、地鳴りが生じた。
 ぐらつく足場など歯牙にもかけずに、キャリブルヌスは、最後尾に残存する砲頭竜のもとへ、一息の間になだれ込む。流れるように剣を振るい、神速の斬撃でもって砲身と化した頭部を刎ねた。
 計九体の砲頭竜をハルはたちどころに葬り去った。
 剣を返し、上段で構えた。そうしてメインモニター越しに、敵軍の動静を窺った。
 敵の一角を切り崩したことで、ここに敵軍団における部隊らしい部隊は消滅したと言えるだろう。
 残った敵は、二、三体で寄り集まっただけの部隊とも呼べない集団を幾つも形成していたが、それらは、まとまりなく点在するばかりで戦力と呼ぶにはあまりにも心もとないものだった。
 そんな状態で反撃に打って出ようとも、ハルとキャリブルヌスには通用しない。
  彼らの個の力などたかが知れている。
 戦場はキャリブルヌスの独壇場と化した。
 有象無象の敵よりの攻撃が始まったが、最早、すべての攻撃はキャリブルヌスをついぞ捉えることは無かったのだ。 
 放たれた敵の砲弾を紙一重で避け、回避ざま、結界術により内包された剣を発射、砲弾発射の反動で硬直した敵を一刀のもとに切り伏せた。
 敵が比較的まとまって射撃を行う場合は、『閃花の境界・殲』の力を発現させ、敵自らが放った銃弾を反転さ、命を絶つ。敵が白兵戦を望むのならば、あえて勝負に乗る。流れるような剣戟でもって敵を切り払っていく。
 一体また一体と砲頭竜が戦場の露となり消えていく。竜の巨体が大地に横たわるたびに、地響きが寂寥の調となって山野に響いた。
 ほぼ全ての敵を撃破し終えたところで、なにか黒い影がモニター上を横切った。
 影をおい、側方へと目を遣ればメインモニターの視野の端で、数体の砲頭竜の群れが、キャリブルヌスをよそに鋭い頭部の銃身を、空高く掲げているのが見て取れた。
 ぎらつく銃口は、陽光を反射させながら、陰険そのもの黒い光沢を滲ませていた。
 彼らの砲口の位置から砲弾の着弾点を割り出せば、自然とイゾルデらが所在する本陣へとたどり着く。
 最後の悪あがきにとでも思ったのだろう。
 どうやら敵は玉砕覚悟で、本陣への攻撃を試みたようだ。
 見ようによっては、彼らの行動は、任務遂行のための最適解と正当化することもできるのかもしれない。
 最も彼らの行動は自分の美学には相いれないものであったし、なによりハルは、彼らの行動を座視して見逃すつもりなど毛頭ない。
「悪いがこの後の予定が詰まっていてね。戦いは長引かせることが出来ないんだ……」
 剣をハルが振り上げれば、キャリブルヌスの後方の空間が歪に湾曲した。ついで、ひび割れが生じ、無数の刀剣が虚空より姿を現出させた。
「それにだ、我らの大将首は早々には落とさせる訳にはいかないのでな」 
 モニター越しに、敵の生き残りを睨み据え、ハルは彼らの喉元めがけて剣を振り下ろした。
 瞬間、剣の舞が空を彩った。
 銀色の刀身を優艶と揺らめかせながら、数多の剣が 、猛烈な勢いで空をじぐざぐに駆け抜けてゆき、最後の生き残りたる砲頭竜の群れを八方から貫いた。
 竜の体から、赤い飛沫があがり、血煙が周囲に充満した。竜の両腕が攣縮気味に下垂して、両の足が棒となった。
 天を睨んだ砲口が、最早、二度と砲弾を放つことはないだろう。
 彼等は、天を仰いだままにこと切れて、物言わぬ屍と化したからだ。
 陽光降り注ぐ草の大地の中、砲頭竜の無数の死骸が多数の黒山を築いていた。
 ハルは戦場に背を向けて、ついで本陣へと帰投する。
 ここに西部戦線における戦いは終結を迎えた。敵の西方よりの牙はすべてが砕かれたのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

日下部・香

◆東部
まだ敵の数は少なくない。『アロンダイト』を守るためにも倒し切らないと。

敵は群で動いている以上、統率を乱せば多少は混乱するはずだ。特に、敵の攻撃は直線上にダメージを与えるもの。全体の動きが揃わなければ攻撃できないか、あるいは同士討ちも狙えるだろう。
最小威力で【グラビティ・フェノメノン】を放ち、それぞれの敵にバラバラの意思を伝えたい。『後ろから奇襲する』とか『上から急襲する』とか、異なる情報を伝えれば混乱させるられるかもしれない。

敵の動きを乱せたら、その隙に畳みかけたい。弓矢で攻撃するつもりだけど(【スナイパー】【鎧砕き】)、もっと手数と火力が欲しい。『アロンダイト』の支援をお願いします。



●東方の風
 丘陵地帯の窪地から半ば身を乗り出すようにして眼下を一望すれば、爆炎に燃える草の大地が視界に飛び込んでくる。
 東部戦線での戦端は既に開かれており、日下部・香(断裂の番犬・f40865)が見るところによれば、傍らの『アロンダイト』を別にして、戦場には、東端で剣を振るう金髪のレプリカントの少女、そして敵の陣列の後方に突き進んだ銀装のキャバリアなど友軍の姿が確認できた。
 対する敵と言えば未だに百を超えていたが、香に先立って敵陣へと切り込んだレプリカントの少女、銀装のキャバリアによる八面六臂の活躍により敵軍は大いにその勢いを削がれていた。
包囲という言葉を使うのが果たして適切なのかは分からないが、今、百を超える敵軍は、友軍が作り出した包囲網に絡めとられ、包囲殲滅の憂き目に追い込まれつつあった。
 戦場の至る所で炎が立ち上がっていた。あまた揺らめく焔の中で、バレルヘッドドラゴン、砲身状の頭部を有した巨竜が力なく大地に横たわるのが見えた。
 たなびく白煙が薄靄の帳を戦場に下ろした。
 戦場が白く霞んで見えたのも束の間、香の傍らより照射された光弾が、たちこめた靄を強引にひきちぎり、薄靄の中に身を潜ませたバレルヘッドドラゴンを焼き払っていく。
 レーザー光の発射元へと視線を遣れば、銀装の騎士『アロンダイト』へと行き着いた。
 『アロンダイト』は丘の上に腹ばいに蹲りながら狙撃の態勢を取っていた。丘陵地には、好都合なことに窪地がいくつか存在し、そのうちの一つに陣取ることで『アロンダイト』は敵の目から姿を隠して、射撃を繰り返したのだ。
『アロンダイト』は、負傷らしい負傷もないままに、現状、射撃にのみ意識を傾注させている。
 現在、香もまた、同じ窪地に身を隠し、攻勢の機会を伺っていた。とはいえ、『アロンダイト』の偉容にはディバイド世界出身者の宿痾ともいうべきか、やはり『アロンダイト』には自然と目が行ってしまう。
 香は螺旋弓の弦を調整しつつ、狙撃体制に入った『アロンダイト』を横目に眺める。
 『アロンダイト』の鋼鉄の指先が、レーザー型狙撃銃ウィンストンの引き金に絡みついた。第二関節がゆったりと屈曲し、固い指先がゆっくりと、引き金を押し込んだ。
 狼の口を彷彿とさせる鋭利な銀の銃口より青い光の舌がまろびでた。
 青い舌は中空を舐めまわすようにして銃口を離れ、ついで綿花のように膨れ上がった。そうして限界まで膨張していくとついぞ破裂し、高密度の光の束となり、荒々しく空中をのたうち回りながら空を走り抜けていく。
高密度の光の帯は、一息のもとに丘陵地を超え、そうしてバレルヘッドドラゴンへと殺到するや、光の帯でがんじがらめに縛り上げ、灼熱の抱擁でもって包み込んだ。瞬く間に、三体の竜が火だるまとなって燃え尽きた。
 友軍の奮戦ぶりにあてられてか、心が粟立った。
 今すぐにでも『アロンダイト』に加勢したいという本能的な衝動が、香の内奥でふつふつと湧きあがってくる。
 しかし香は内心で激しく首を左右させながら、こみあげてくる欲求に必死に蓋をした。
 踏み出しかけた右足を必死に静止させて、今まさに構えようとした弓を振り下ろした。
 呼吸を整えて、過呼吸気味の肺臓を落ち着かせる。けたたましく鳴り響く心の臓を優しく撫でつけた。
 香の直感が、自らの短慮を叱責していた。
 未だ、好機は訪れていないと、無意識下の声が叫んだいたのだ。
 生じた興奮は、潮が退くように香の中から霧散していくのが分かった。かわって研ぎ澄まされた五感が香の感覚をより一層、鋭敏化させてゆく。
 研ぎ澄まされた感覚のもと、漆黒の瞳が捉えた戦場は、先ほどまでの熱気がまるで嘘かのように、いかにも整然と静まり返って見えた。
 直感と知識とを照応させて、戦場を冷静に分析しなければならない。
 自分が実戦で培ってきた経験を、またある時は義姉より訓練の際に学んだ教訓を、さらには机上で学んできた座学とをそれぞれ総動員させて現在の戦況を自分なりに子細に分析する。
 香は嘱目の眼差しで、赤黒く燃える平原を見下ろした。
 敵の群れは、いわば網にかかった獲物同然だった。
 丘陵地帯を一つの頂点として、レプリカントの少女、銀色のキャバリアがそれぞれ平原の別の二点を抑えることで、敵の大群は正三角形の包囲の輪によって包まれたのだ。
 銀色のキャバリアは敵陣後方から、レプリカントの少女は右側方から敵陣へと圧力を加えている。
 そして香と、『アロンダイト』とが、敵の群れに面した左側方の丘陵地帯に陣取り、射撃牽制を加えることで敵の前進を妨害していた。
 包囲は完成し、敵の被害はますますに増え続けている。
 にも関わらず、未だ敵は群れとしての統一性を維持したまま、秩序だった反撃を続けているのだ。
 バレルヘッドドラゴンの主砲は、鋭い軌道を描きながら空中を飛び交い、草の大地に着弾しては、爆炎を上げ、緑を焼き払い、大地をくり抜いた。
 レプリカントの少女と銀色のキャバリアは、敵の攻撃を見事にいなしていたし、『アロンダイト』と香にいたっては丘陵地という要害に守られ、被弾らしい被弾を被ることは無かったが、それでもなお敵の主力砲台は決して鳴り止むことなく戦場を激震させ続けた。
 そして、時間経過とともに奇襲攻撃によって齎された敵軍の混乱は徐々に終息しつつあるようで、敵軍は、動きに精彩を取り戻しつつあった。
 敵部隊は、トカゲが自らの尻尾を切り捨てて生存を図るように、壊滅した部隊や、孤立した部隊を切り捨てながら、時に彼らの残骸を盾として部隊を再編成していった。
 結果、敵の陣容は、当初と比べれば一回りも二回りも小さな菱形へと委んではいたものの、部隊として抗戦するだけの力を残したのだ。
 現在敵軍は、全兵力の内、約半数の人員を抜き出し、鉤型に陣取らせることで、後方と右方向よりの攻撃に対する備えとした。
 彼ら別動隊はいわば死兵と言えるだろう。
 彼等に期待されたのは、命を賭してレプリカントの少女、銀色のキャバリアの前進を阻むことにあるだろう。
 この別動隊によって、二点よりの攻撃を支えている間、本隊でもって丘陵地帯への強襲に敵は打って出たの出る。
 おおよそ六十のバレルヘッドドラゴンからなる敵の本隊が、後続の部隊を離れて、丘陵地帯目指して平原を前進する。
 敵の本隊が緑の大地で不気味に蠢いた。敵が平野を這い進むことで、緑の大地が淀ん黒色に塗りつぶされた。
 中天より降り注ぐ陽光が、尖塔のようにせり立つ砲身を銀褐色に照らし出している。冷酷な銀の光が、大気へと滲んでいった。 
 ぞくりと香の背中をなにか冷たいものが滑り落ちていった。
 見開かれた黒真珠の瞳は、むすうの銃列が丘陵地帯へと向けられたのを捉えていた、
 バレルヘッドドラゴンの群れが足を止めるのが見えた。
 直感的に香は敵よりの攻撃を理解した。
 敵はこちらの正確な位置を視認できていない。それに、現在、香と『アロンダイト』は丘陵地帯の窪地に身を潜めており、周囲の岩肌が防壁となって二人のことを守っている。
 相手は、いわば目隠し状態で射撃に臨んだわけで、攻撃が精度を欠いたものになるのは間違いない。敵の射撃が威力偵察の域を出ることは無いはずだ。
 とはいえ、敵の射線は丘陵地帯へと向けられている。
 明らかに危険が、香や『アロンダイト』に迫っている。
「『アロンダイト』のパイロットさん……敵の射撃がっ――」
 轟音が香の声をかき消した。
 横一列に並んだ銃列が一斉に火を噴き、二十を超える、徹甲弾が遮二無二空を突き進んだ。
 徹甲弾はその大部分が、虚空を掠めて彼方へと飛び去って行ったが、幾つかは丘陵地帯の岩肌を捉え、巨大な爆炎と共に、丘の斜面を大きく陥没させた。
 白褐色の岩壁は砕け散り、礫片がさながら豪雨のように空中に充満した。
 粗い砂の感触が、 香の肌をざらざらとなぜている。
 幸いなことに、直撃は免れた。
 しかし、窪地周辺にせり立っていた岩の断崖は、火砲によって完全に砕かれ、香と『アロンダイト』とを守る自然の障害は完全に崩れ落ちたのである。
 ふきざらしの丘のもと、今や、香も『アロンダイト』も敵の銃口前に身をさらけ出すこととなったのだ。
 白い靄となって燻ぶる礫片を払いのけながら、香はそれでもなお、敵の前進を見守った。
 策はある。
 しかし実行する時が、未だ訪れてはいないのだ。
 バレルヘッドドラゴンは軍団としての挙止が不気味なほどに洗練されている。この点に香はなにかしこりの様なものを感じずにはいられなかった。
 咄嗟の判断から戦術機動からに至るまで 、敵の行動は精緻を極めており、香は敵群の強さの背後に敵指揮官の影を見たのだ。
 香には切り札である『グラビティ・フェノメノン』がある。
 既に『グラビティ・フェノメノン』発動に必要な魔力は香の中で充填済みで、目標が定まれば技自体はいつでも発動できた。
 この技を使用し、自らの思念を偽情報として敵にばらまくことで敵陣に混乱をもたらすのが香の策だった。
 問題は、果たしてどの敵へと思念を伝番させるかということにあった。技の威力を落とし、思念だけを敵に伝えるというのならば、手数はかなり数を増やすことは出来るだろう。
 とはいえ、仮に指揮官以外の敵にやみくもに偽情報を送り続けた場合には、信号自体が無視される可能性はもちろんのこと、思念が偽情報という事を敵指揮官に見破られる可能性すらありえた。
 挙動の一つ一つから敵指揮官は、明晰であることが推察されている。
 つまり香は、あえて指揮官のみに的を絞り、彼を陥穽に嵌めることで戦場を支配しようとしたのだ。敵指揮官に偽情報を送り出して、そして敵の頭脳を迷わせることで、敵部隊全体を混乱の渦に落とすことを狙ったのだ。
しかし、敵個体は姿かたちの上では然したる違いは見受けられなかった。まったく同一に見える個体の中から、指揮官に該当する砲頭竜を見つけ出し、思念を送る必要がある。
 砲撃による硬直は今や過去のものとなり、敵の本隊が再び、行軍を開始した。
 彼らは、巨大な二本の足で草の大地を踏みならしながら、丘陵地帯へと、じわじわとにじり寄ってくる。
 吹き曝しになった視界のもと、砲頭竜バレルヘッドドラゴンの歪な頭部が、緩慢とした動きでもって香を『アロンダイト』を睨み据えた。
 冷たい汗が一筋、額を伝い、眼球の上を滑り落ちていった。
 しかし香の瞳は瞬き一つせず、迫り来る敵の本隊を隈なく観察しつづけた。
 鋭い視線でもってバレルヘッドドラゴンを睨み据えたまま、香は敵が攻勢に移るぎりぎりの瞬間まで、敵の指揮官の所在を探し続けたのだ。
 ふと香は、敵中に異質な動きを見た。
 六陣に及ぶ敵陣容の中、二列目の左端に位置する砲頭竜の挙止や位置取りに他の竜との若干の差異が認められたのだ。
 他の竜たちが一斉に足を踏み出し、同時に前進するのに対して、あの一対だけがやや遅れがちに歩を踏み出すのだ。
 竜たちは、出遅れた竜が歩を刻み終えるまでは直立で静止し、整列が済んでから、ようやく次なる一歩を踏み出すのである。
 香はあたりをつけた。
 声を荒げ、『アロンダイト』のパイロットに告げる。
「威嚇射撃をお願いします! 敵陣二列目、左端の砲頭竜を狙ってください」
 香の言葉に、『アロンダイト』が即座に威嚇射撃で応える。
 蒼白いレーザー砲が目標地点付近へと差し迫れば、やにわに、左端の砲頭竜だけがわずかに後方へと後ずさり、かわって、周囲の竜たちが、彼を取り囲むようにわずかに隊列を変えた。
 香は内心で喝采をあげた。
 目星はついた。あとは、ユーベルコードにより、彼に、互いに異なる情報を思念として送り出せばよい。
 敵は聡明だ。しかし同時にやや慎重に過ぎる。仮に敵が、互いに背反する情報を受け取った場合は、彼は、それぞれの情報を照合させ、情報の信ぴょう性を精査するだろう。
 精査の間、敵は動きを止めざるを得ない。仮に指揮官が動かなければ、麾下の兵たちも同様に動きを止めるはずだ。
その僅かな時間を利用して、香は手を変え品を変え、常に敵を翻弄し続けていけばよい。
 上手く敵を罠にかけることが出来れば、よければ敵の同士討ちを、悪くても混乱状態に敵軍を陥れることが叶うだろう。
 目を凝らせば、竜の頭頂部付近に、うすぼんやりとした十字の光がまとわりついているのが分かった。もしやすれば、あれは友軍がつけた目標かなにかなのかもしれない。
 光の十字周辺にはなにか特殊な力場が形成されているように感じられた。
 となれば、あの光を道標にして技を放てば。
「食い破れ……、グラビティ・フェノメノン!」
 言い放つや、香は窪地から身を翻し、丘の突端に躍り出た。
 両手を前方へと伸ばし、重力の鎖たるグラビティ・チェインを放つ。
 香の体内を駆け巡る魔力は、指先に集い、そうして、不可視の鎖となってするりと伸びた。
 十本にも及ぶ不可視の鎖がここに顕現した。香の魔力で編み込まれた不可視の鎖は、大きくたわんだのち、一気に伸長すると、音も無く空間を突き進み、の指揮官竜の全身へと絡みついた。
 顔面部が存在しない以上、指揮官竜の表情は読み取れないものの、グラビティ・フェノメノンはぎりぎりまで威力を落としてはなった。おそらく敵は痛みはおろか、痛痒感すら感じていないだろう。 香はさっそく、不可視の鎖を介して、複数の意思を竜へと伝播する。
 『後方からの奇襲が勢いを増す』とか『上空より新たなる敵が近接する』『丘陵地帯のアロンダイトは影武者である』『更に側方より敵の援軍がある』『レプリカントの少女が猛追撃を開始した』などなど、香は、根も葉もない流言を思念とし敵へと送り込んだのである。
 指揮官竜を筆頭に、バレルヘッドドラゴンの群れがぴたりと足を止めた。
 どうやら、香の狙いは正しかったようで、グラビティ・チェインは敵指揮官を見事に捉え、偽情報でもって敵を混乱させ、彼の行動を縛ったのだ。
 不可視の鎖は、文字通り、指揮官の思考はもちろんのこと、軍団全体の動きを縛り上げたのだ。
「『アロンダイト』のパイロットさん!」
 言いながら、香は弓を手に取った。
『あっ、はいっ、私……、エミリー・三木・アンスウェルです』
 調子はずれな返答が、『アロンダイト』の外部音響装置から流れてくる。
 予想だにしていなかったパイロットからの自己紹介など聞き流し、香は丘陵を駆け下りながら、彼女へと続ける。
「弓で敵を射抜きます。今、敵は私の技で動きを封じました。とはいえ、どれくらい敵を封じられているかは分からない……。もっと手数と火力が欲しい。『アロンダイト』の支援をお願いします」
 草の斜面を滑り下りながら、香は弦に矢を番い、鏑矢を放った。
 今や敵は静止した的そのものだ。
 香が放った、矢じりは放物線軌道を描きながら、『上空より敵へと接近』し、バレルヘッドドラゴンの一体を頭上から射抜いたのだった
 指揮官竜が、上空を仰いだ。
 表情亡き、砲身状の頭部に明らかな困惑の色が浮かび上がっていた。
 丘の斜面を走り抜け、そうして平地へと至るや香は敵の大本隊を正面に見据えたまま、 左側方へと疾走した。
 疾駆ざまに、二の矢、三の矢と間断なく矢を放ちながら、香は、あたかも『側方より敵の援軍がある』かのように装う。
 結果、香の目論見通り、指揮官のバレルヘッドドラゴンはどこか胡乱げな様子で砲身状の頭部を今度は側方へとしゃくらせた。
 指揮官竜が動揺しているのは明らかだった。彼の視線は、側方と上空との間で激しく彷徨っていた。
 そして指揮官の動揺は、瞬く間に彼の麾下たるバレルヘッドドラゴンの群れへと波及していった。
 それまで、泰然と振る舞っていたバレルヘッドドラゴン達はぴたりと動きを止めた。竜たちは、もはや、指揮官など頼れないと考え始めたのだろうか。はたまた、指揮官から伝わる偽情報を全て真実としてうのみにしのだろうか。
彼等は、おのがじし、銃砲をあらぬ方向へと伸ばしては、照準も定まらぬままに、手当たり次第に射撃を開始したのだ。
 もはや、バレルヘッドドラゴンの射撃が丘陵地に向かう事はなかった。
 彼らは偽情報に翻弄され、戦場のどこかに潜むという本物の『アロンダイト』探しに躍起となっているのだ。
 結果、竜たちより放たれた散弾は無秩序に戦場を飛び回りながら、友軍のバレルヘッドドラゴンを続々と撃ち抜いていった。
 混乱は恐慌へと姿を変え、協調は不和へと変じ、戦場の至る所で同士討ちが発生した。
 敵の混乱に乗じて、香は攻勢の手ををますますに強め、『アロンダイト』もまた絶え間ないレーザー狙撃銃の照射により続々と敵を薙ぎ払っていった。
 香は息も絶え絶えに戦場を駆け回りながら弓射撃を続けた。
 十矢目を放ち、敵を射抜いたところで、香は遠景に友軍の姿を見るのだった。
 バレルヘッドドラゴンの後背部隊、そして左翼部隊は、レプリカントの少女、そして銀色のキャバリアの攻勢を支えきれずに、瓦解したのだ。
 送り出した偽情報の中、『レプリカントの少女が猛追撃を開始した』『後方からの奇襲が勢いを増す』といった二つの情報は現実のものとなった。
 香はゆっくりと弓を敵指揮官へと向けた。
 今や、指揮官であるバレルヘッドドラゴンは供回りも持たずに完全に孤立していた。
 一撃で仕留める、と自らに言い聞かせながら、香は矢を弦に番えると、弓を引き絞った。
 矢尻と竜の左前胸部を直線上に結んだ。大きく息を吸い込み、ついでゆったりと吐息を零すと同時に矢より指を離した。
 矢は、香の指を離れると、香と竜とを結ぶ軌道上を、音も無く駆けあがってゆく。
 矢は生糸かなにかのように空をたなびきながら、バレルヘッドドラゴンの胸元へと吸い込まれていった。そうして、竜の分厚い胸板を突き破ると、そのまま体を貫通し、音も無く空を駆け抜け行くのだった。
 竜が大地に崩れ落ち、戦場の黒ずみと化した。
 涼風が北北東より、吹き抜けていった。
 風の出どころへと目を遣れば、鷹揚と広がる緑の平野が香の視界に飛び込んでくる。
 そこには、最早、バレルヘッドドラゴンの姿はほとんど見て取れなかった。
 包囲の輪に閉じ込められたバレルヘッドドラゴンは、そのほぼ全てが息絶えたようだ。
 今や敵部隊は、戦場にまばらに点在するだけで、もはや彼らは大した脅威ともいえなかった。
 敵の全滅も間もなくのことだろう。
 ひと息ついてから、香は弦を背負い、草の大地に腰を下ろした。
 遠景の丘陵地にて、無邪気に手を振る『アロンダイト』の姿が確認された。銀色の姿態が天よりの微光をあびて優艶と輝いていた。
 苦笑ながらに『アロンダイト』へと香は手を振りかえす。
 ここに東部戦線の戦いは、バレルヘッドドラゴンの全滅という形で幕を下ろした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雪白・咲

この世界のカドモン長官には先の櫻大戰において御助力をいただいたとのこと。
ならば、ここでその恩を少しでもお返しすることといたしましょう。

仙眼で戦場を見通し……北の残敵がまだのようですね。
このままバラバラに動かれては却って面倒です。
縦列でも横列でも構いませんので集団で行動してもらいましょう。

敵の目をこちらに向けてもらうための砲撃等をイゾルデさんにお願いします。
不安を感じられるようでしたら、地面を断つなど、|断界《技》を少しお見せしましょう。

敵集団が迫ってきたなら、断界で横薙ぎ。
斬り漏らしがいたなら、瞬速で駆けて接近し、縮地で敵の射線から外れながら、斬り払っていきます。



●春に降る雪
 スコットランド地方にかかった空は、くすんだ青を湛えている。
 空に境界線などは存在しないのに、スコットランドとイングラントとではわずかにだが空模様に差異が生じるのだ。
 この両者を隔てるようにして北の地には長大な防壁の遺構が横たわっている。
 ハドリアヌスの長城は、遥か太古にローマ文明と蛮族との領域とを境界するために建設され、北の防波堤とし、数世紀にわたり、異民族の侵入を阻止してきたという。
 やや誇張気味ではあるものの、人類をかつての大帝国の末裔と見なし、侵略者である異端の神を蛮族として定義するのならば、両者が雌雄を決する場としてこれほどに相応しい戦場は他に無いだろう。
 雪白・咲(飛花仙・f42310)は、草深い廃墟と化した長城跡を背にし、北の地を望む。
 青みがかった空の下、殺風景な緑の大地が遥か彼方へと伸びている。
 北風が吹くたびに、新緑の絨毯は一斉に葉を反し、小気味よい葉擦れ音を鳴らした。
 風は、囁くような音を上げながら咲のもとへと吹き付ける。冷気を孕んだひんやりとした指先が咲の頬を朱色に染めあげ、やわらかな黒髪を弄んだ。
 白磁の指で乱れ髪を繰り、小首を傾け、東を一望する。意識を集中させれば、天眼を開けば、緩やかに起伏する灰白色の丘陵が咲の視界に鮮明な景観となって浮かび上がった。
 武技を磨いた末に、今や咲の技は、人の及ぶところを超えて、仙術の域に達したのだ。
 咲は肌に浮かび上がる、薄紅色の桜模様をそっと撫でた。
 この文様こそが、咲が武芸者としての研鑽を積み、ついぞ、その身に仙術を宿した証左である。
 そして仙術を獲得した故に、咲の瞳は千里を映す天眼となり、その耳は僅かな息遣いすらも拾い上げる天耳となった。
 咲の網膜には、東の丘陵地帯にて安閑とした様子で手を振る銀装の騎士の姿が映し出されていた。
 人に数倍する銀装の騎士は、名を|あろんだいと《アロンダイト》、といっただろうか。
 耳に馴染みの薄い珍妙な異国名を冠するカラクリ武者は、櫻大戦の際に、異世界より駆けつけたカドモン長官率いる|でぃばいど《ディバイド》組織とこの世界における科学者の智識によってようやく完成にこぎつけたという事らしい。
 櫻大戦において、世界が滅亡を免れたのは一重に異世界からの救済者たちの助力があったからこそだ。
 カドモン長官は、救済者の一人であり、彼の優れた武勇は万の厄災を打ち払い、その高潔なる精神は無辜の民を鼓舞し、絶望に打ちひしがれる人々の心に希望の燈火を点した。
 そして、この世界における人類にとっての希望とは、カドモン長官の意思を受け継ぐ、あの機械仕掛けのカラクリ武者なのだろう。
 咲の天眼は、熱を帯びぬ鋼鉄の肌の下で熱っぽく脈動する、カラクリ武者の魂とも言うべき膨大な熱量に崇高たるカドモン長官の意志の光を見た。
 恩人たるカドモン長官のために、この世界の希望の燈火を守り抜く。
 それが、恩義あるカドモン長官に対する咲なりのささやかな謝意である。
 カラクリ武者から視線を外し、ついで、咲は北の大地を鵜の目、鷹の目で注視する。
 のびやかに揺蕩う草の絨毯の上に皮膚病の様な、黒い斑点がいくつも夾雑していた。斑点の一つ、一つを注視すれば、咲はそこに頭部を砲身へと置き換えた異形の竜を見る。
 |砲頭竜《バレルヘッドドラゴン》、この地を強襲した敵の残党は、散り散りになりながら、わずかな勢力でもって北の地を貪食していた。
 その数、四十二体。
 当初、八百にも迫る竜の大群は、今や大幅にその数を減じたのだ。
 咲は腰元に下げた霊刀『打刀』へと手を添えた。
 右手で刀の柄を握り、左の拇指で鍔を弾いて、鯉口を切る。腰を落として呼吸を整え、脇を締め、左肘を後方へと引き、抜刀の構えを整えた。
 黒の草履で草の大地を踏みしめれば、袴の裾が優雅に舞を踊る。
 咲は、天眼でもって敵の位置関係を確認する。敵は群れとしての有機性を失うほどにまばらになっている。彼等を一体、一体と倒していくのはやや億劫である。
 故に咲は、背後より迫る男達へと打診する。
「そこな軍人様? 敵を一所に集めたくございます。よろしければお力添えいただけませんか?」
 振り向かずとも気配でわかった。咲は、数人からなる人の気配を後方に感じたからだ。
 野太い男性の声がすぐさまに返ってきた。
「て、敵を一か所にですか……? しかし、そのようなことをすれば却って敵を勢いづかせてしまうのでは……」
 口調は丁重であったが、男の声には反感と困惑の色が僅かに滲んで聞かれた。
 咲は姿勢を前方に向けたまま、首だけを後方へと捻ると、肩越しに男へと微笑みかけた。黒い丸みのある瞳が咲を見つめていた。男の丸顔がほの赤く染まるのが分かった。
「お任せください。私の技は、むしろ多人数を相手どる時にこそ、真の威力を発揮しますので」 
 桃色の吐息を吐き出して、絹の声音で強面の巨漢へと告げる。
 巨漢の男は、岩のように角ばった、浅黒い丸顔を困惑気味にしかめながら、唸りを上げた。
「あなたはその様におっしゃりますが、若い身空の女性をただ一人、敵に向かわせたとあっては、イゾルデ少将より第二戦闘部隊の指揮を預かった身として面目が立ちません」
 男は頑なに首を左右させた。
 がっしりとした大顔のもと、どんぐりの様な円らな瞳が、善良そのもの輝いている。
 それにしても、咲のことを若いとは。男のうぶな物言いに好感を覚えつつも、あまりにも見当違いな言葉に
たまらず咲の悪戯心が刺激された。従容と微笑みながら、咲は再び男に答える。
「有事とあらば戦うのが私の宿命にあります。それに、こう見えて――」
 歌うように言の葉を重ねつつ、咲は男達へと踵を返す。
 舞を舞うように、軽やかな足取りで大地を踏み、半ば抜刀を済ませた刀剣を鞘から滑らせた。
 剣を抜刀して一閃、銀の刃先でもって空気をなぞる。剣の切っ先が、咲の白い二の腕の動きに合わせて上段から下段へと向きを変えた。
 咲は微笑みを崩さぬままに、後ろ足を軽く引くと、刃を反し、直ちに刃を半身ほど鞘に納めた。
 剣を抜き、振り下ろす。見る者によっては、咲は単純極まる斬撃の型を男たちに披露したとすら見えるかもしれない。
 しかし、今や仙術の域へと達した咲が振るう刃は、空間を断つ刃へと昇華したのだ。
 剣戟の軌道に一致して残光が走った。
 ついで、光は穏やかに地表面を撫でながら、鋭い軌跡でもって大地に鋭利な切れめを入れる。
 大地がぱっくりと裂かれ、大口を開けた。剥き出しになった大地のもと、平滑な断層が顔を覗かせている。
「卒爾ながら、ご無礼を承知の上で披露させて頂きました。とはいえ、女ながらに武芸の世界に身を置く者として、実力を示す事こそ肝要と存じ上げております。信頼頂けましたでしょうか、私の剣技は?」
 やわらかな笑みは崩さぬままに、巨躯の男へと尋ねた。
 男は、禿頭に汗を滲ませながら、苦笑気味に眉根を寄せた。
 男は居住まいを正しながら、分厚いかさかさの唇をきつく結ぶと、ついで咲へと敬礼する。
「なるほど……。いや、私こそ若い身空などと無礼が過ぎました。軍隊社会っていうやつは、力で他者を判断するきらいがあります。そして、私自身、長い軍隊暮らしでそんな性質が染みついています」
 男はそこまで言うと、彼が従える兵らを横に並べた。
 十を超える兵士が、火砲を一斉に空へと向ける。
「では、ご命令通りに……射撃にて我らがもとへと誘い出しましょう。迫り来る敵は、あなたにお任せしました」
 男が言った。
 咲は、首肯でもって男への返答とすると、再び北へと振りかえり、居合の態勢に入った。
 平野で爆炎が上がったのは間もなくのことだった。てんでばらばら戦場に分散する敵部隊を無数の砲弾が襲ったのだ。
 砲撃は、敵全軍を咲の前方へと誘致するように大仰と行われた。無数の砲弾が空を鮮やかな黒色に染め、弾幕が雨となって緑の大地に降り注いだ。
 砲兵隊は、陣を巡らせるわけでも無ければ防壁を築くでも無く、平原に無防備な姿をさらけ出しながら遮二無二火砲を見舞ったのである。
 この砲撃に対して、敵部隊がとった行動とは生存本能故に生じたものであり、奇しくもそれは合理的な戦術行動にぴったりと符合したものであった。
 敵は、砲撃を避けるようにして戦場における安全地帯へと押し寄せる。
 結果、戦場に点在していた敵部隊がひとところに集まり、密集陣形を形成した。そう、|砲頭竜《バレルヘッドドラゴン》が遺憾なく火力を発揮する陣容がここに出来上がったのである。
 今や敵は、ひと塊となって、咲の後方地に控える無防備な砲撃陣地目指して大地を突き進んでくる。
 しかし、まさに、この状況こそ、咲が待ち望んだものだった。
「皆さん、敵の誘導は無事になされました。それでは、散開なさってください。万一の流れ玉もありえます故」
 咲は、背中越しに兵たちに告げた。
 ご武運を、とどっしりとした声援が咲の背に響いた。 ついで声の主たちの気配が八方へと遠のいていった。
 咲は友軍に背を向けたままに、前方から迫る敵へと意識を傾注させた。
 天眼が捉えるところによれば、敵との距離は半里を切った。
 敵は砲身と化した頭部を前方へと固定し、鋭い銃口でもって後退する兵士たちを狙いすましている。
 畢竟、咲がとるべき行動は一つに絞られた。
 敵が銃火を放つよりも疾く、縮地で一呼吸のもとに敵軍団に接近し、断界で空間ごとに敵を切り払う。咲が最も得意とする剣技でもって敵を葬り去ればよい。
 口をすぼめて、ゆっくりと空気を吸い込んだ。
 大気に染み出す霊気を糧とし、心気を絞り上げ、感覚を研ぎ澄まし、身体を強化する。仙桜紋が赤く白光し、熱を増す。
 熱い感触が肌を焦がし、脈管を焼き、臓腑を火照らせてゆく。
 桜色の吐息をつき、身を灼く膨大な霊気を吐き出した。
 ついで、草履で大地を踏み抜けば、咲の体は羽のように宙を舞いながら、半里の間合いを一挙に詰めた。
 吐き出された吐息が、遥か後方の靄となって霞んで見えた。
 既に友軍の気配も遥か彼方にあり、かわって咲の目と鼻の先に、あまたの|砲頭竜《バレルヘッドドラゴン》が姿を現した。
 縮地とよばれる、たった一歩の跳躍でもって、咲は敵軍の目前に飛び出たのだ。
 風に煽られて、袴の裾が、ゆるやかな波のように空中ではためいた。裾から伸びた白く艶やかな咲の右足が大地をふみしめた。
 敵の大群は未だに咲の接近を感知すら出来ていない。彼らは、速度を緩めることも無く無防備なままに、咲の剣戟の間合いに身を晒したのだった。
 右足にやや遅れて、左の足が大地を踏んだ。両の足で大地を踏みならし、咲は直ちに抜刀の態勢へと入る。
 腰を落とし、剣の柄で敵を睨み据える。呼吸を深め、全身の筋群を緊張させた。
 竜の群れが咲へと一歩を詰めた。
 彼らは目の前に躍り出た黒影が、自らの敵とようやく悟ったようで、砲身と化した頭部を咲へと一斉に突き出してくる。
 とはいえ、彼らの反応は呼吸一つ分ほど、咲に出遅れた。
 この刹那の間が、彼らの運命を決定づけたのだ。
 咲は肺にわずかに残った霊気を吐き出すと、全身の緊張を一気に解きほぐし、ついで、流れるような挙止でもって鞘から剣を払った。
 上体から下腿に至るまでの筋群が、一体となって、鞭のようにしなやかに伸長する。咲のすべての力をのせた『打刀』は滑るようにして空気を一閃し、銀の閃光をそこに生み出した。
 閃光が横一文字に空を走れば、空間は鋭い光に裂かれて、真っ二つに分かたれた。
 空間の裂け目はそのまま群がる敵の集団を巻き込みながら左右へと広がっていった。断裂した空間の切断面に一致して、押し寄せる|砲頭竜《バレルヘッドドラゴン》の群れもまた、その身に輪状の裂創を刻む。
 咲は『打刀』を振りきると、剣の刃先で輪を描き、流れるような挙止でもって刀を鞘に納めた。
 鍔と鞘とぶつかりあい、乾いた音が鳴り響いた。
 金属がぶつかり合う、心地よい叩打音に従うように、空間に走った巨大な裂創はゆるやかに傷口を狭めてゆく。そうして、ついぞ残響すらも霧散する頃には、空間に穿たれた裂け目は継ぎ目すら残さずに縫合され、断界により生じた裂創は跡形も無く消え去った。
 凛然と澄んだ大気が戻ってきた。緑の大地には、両断された|砲頭竜《バレルヘッドドラゴン》の残骸だけが残った。。
 ここに長城を強襲した全ての|砲頭竜《バレルヘッドドラゴン》は駆逐され、北の大地には静謐が戻った。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『巨神ギガントマキア』

POW   :    マグマフィスト
【燃え盛る炎を纏った溶岩の巨拳】が命中した敵を一定確率で即死させる。即死率は、負傷や射程等で自身が不利な状況にある程上昇する。
SPD   :    マントルコンボ
【腕から発射される溶岩の拳】で装甲を破り、【溶岩の脚による踏みつけ】でダウンさせ、【全身から溢れだす溶岩流】でとどめを刺す連続攻撃を行う。
WIZ   :    ボルケーノカウンター
【巨大な溶岩を纏った両腕】を構える。発動中は攻撃できないが、正面からの全攻撃を【分厚い溶岩部分】で必ず防御し、【弾け飛ぶ火山弾】で反撃できる。

イラスト:滄。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はノヴァンタ・マルゲリータです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●断章:天才エミリー
 エミリー・三木・アンスウェルは冷たいコクピットの中で、一人、喜色の悲鳴を上げていた。
 外部用の音響装置は既に遮断したはずで、きっと自らの声は外には漏れていないだろう。となれば、誰かれに憚かることなく、声を上げることくらい、自由主義国家に生きるエミリーには許されるはずだ。
 もっとも、粘着質気味なストーカーがコクピット内を盗聴していたとしても、もはや、限界まで膨れ上がった感情の声を留めることなどエミリーには不可能だった。
 歓喜の声は今や、喉元を駆け上がり、わずかに収斂する薔薇の唇から一気にあふれ出したのだ。
「やっぱり……私って天才……! 顔も良し。頭も良し。パイロットしても優秀。もしかして、戦いが終わったら、正規パイロットとして抜擢されたり……うんうん、それどころかカドモン長官からすっごい勲章とか頂いちゃったりして」
 東部戦場には、今や敵の残骸が小高い山となって積み重なっていた。
 独立ケルベロスと思われる友軍の助けがあったからこそ、敵軍を難なく蹴散らすことが出来た事実を認めた上で、エミリーは一人、コクピット内で敵の撃墜スコアを数えながら、あまりある才能を天から授かった自らの事を自画自賛した。
 栗色の巻き毛を指先で繰りながら、コクピット席に深々と身を沈める。そうしてエミリーは、内部シートを開き、機体内にこっそりと持ちこんだ、マキアート入りの魔法瓶に手を伸ばし、一口すすった。
 口の中に広がっていく仄かと甘みと苦味の混淆にエミリーが口元を綻ばせるも束の間、内蔵型無線より、がなり立てるような低音が響きだす。
『なぁにが天才だ! エミリー、とっとと次の仕事に移れぃ』
 びくんと背筋が伸びた。
 口に含んでいた、マキアートが喉へと一気に流れ込み、食道を。
 けほけほとせき込みながら、エミリーは声の主へと返答する。
「り、了解しました、中尉!」
 はっとしながら、音響装置へと目を遣れば、機器群は、緑色の光を湛えながら、いかにも意地悪そうに明滅を続けた。
……しまった、音響装置を切り忘れた。
 エミリーは自分の短慮を悔いながらも、内部シートを慌ただしく開き、魔法瓶を突っ込んだ。
「…あれ?」
 前屈みの姿勢故に偶然にもサブモニターに目が行った。
 それまで、無機質な緑色を湛えた液晶画面に、計三つ、巨大な赤い斑点が浮かび上がったのはまさにその時だった。
「二万セルダン……?」
 エミリーは目を疑った。斑点の面積から逆算するに、赤点は一つにつき、二万セルダン相当の熱量を発している。
 強力な敵デウスエクスがが戦場に現れた。
 とはいえ、エミリーは危機感を抱きながらも、絶望感に打ちひしがれるようなことは無かった。
 戦場は穏やかな光によって抱擁されている。そんな錯覚をエミリーは覚えていたからだ。この目に見えぬ透明な光が絶えずエミリーの精神に働きかけ、奮い立たせてくるのだ。
 赤点は戦場南部に点在していた。
 エミリーはその一点へと目をやり、『アロンダイン』を走らせる。
 未だ戦場には、強力な仲間が存在する。
 彼らの存在を肌で感じながら、エミリーは戦場を駆け抜けていく。
――――――――――――――――――――――――――――――――
全長4-5mの『巨神ギガントマキア』と戦闘していただきます。
第一章、第二章は猟兵側の完全勝利で幕引きとなりました。そのため、戦場には、既に敵の雑兵は無く、戦闘においては『巨神ギガントマキア』に専念してください。

敵は、3体ほど出現します。耐久は🔵6-8に相当します。
長城南部にそれぞれ分散して敵は点在しています。南部は草の大地が広がるだけのひらけた戦場で、身を隠すような障害物はほとんど存在しません。
敵1体につき、2-3名様の連携を前提にリプレイ作成しますので、もしも、特定の方との連携希望ある方は、プレイング冒頭部にその旨を記載いただければと...!

プレイングボーナスは
①防衛部隊の助力を得ること。
②先制で発動する敵UCに対処する事です。
のふたつです。

防衛部隊は、以下の四名がメインとなります。
1.アロンダイト:アダム・カドモン長官の帰還により遂に完成した人型決戦兵器です。中世の騎士を彷彿とさせる出で立ちで、狙撃銃ウィンストンを携帯しています。パイロットは、エミリー・三木。アンスウェル。日系アイルランド人で、エアライフルの女子オリンピック銀メダリストです。決戦ポジションCr相当の効果を発揮します。

2.イゾルデ:部隊指揮官です。憂いを帯びた美貌の指揮官。優れた用兵術と、卓越した戦略眼を有した希代の用兵家です。階級は少将位を拝命しており、平素は英国第三軍における副司令官として辣腕を振るっています。決戦ポジションCr相当の効果を発揮します。

3.アル少年:シャドウエルフの少年兵です。年齢は十四歳で、まだあどけなさが抜けきっていません。この戦場が初陣となりましたが、無難に戦場に適応して観測手および通信係としての仕事を一手にこなしています。少し天然気質であり、周囲の大人に感化されがちです。決戦ポジションJm相当の効果を発揮します。
ギュスターヴ・ベルトラン

ダビデとゴリアテの逸話の再現…って言うには自己評価が高すぎるか
知恵と信仰で巨人を倒せないまでも、結構な痛手は負わせてやらぁ

アルに助力を乞い、巨人の死角となりそうな場所を教えてもらう
【祈り】を捧げ、正面から攻撃してカウンターを誘う
…攻撃できずとも無敵、と油断と慢心を植え付けるための行動だ
致命打だけ【第六感】で回避し、他はダメージとして受ける

タイミングを計らってUC発動
|Regarde là-haut.《上を見な》
矢が見えるか?あんたの慢心、撃ち抜かせてもらう
【魔力制御】と【ホーミング】で星の矢を死角から当てにいく

この星は高みへ昇る星なんだ――その防御の裏から額を撃ち抜いてやるよ、巨人さん



●空の星
 重苦しい地響きが、兵士たちの鬨の声をかき消し、草の大地を不気味な静寂で満たしていく。足場の激しい動揺に兵士たちは唖然としたままに口を噤み、南の空を眺める事しか出来なかった。
 美貌のイゾルデは、眉宇に苦悶の色を濃く滲ませながら顔をしかめ、彼の取り巻き達は顔色一つ変えることも出来ずに表情を凍り付かせていた。
 本陣では、ただ二人を除いて誰もが突然のデウスエクスの奇襲に立ちすくむよりほか無かったのだ。
「敵反応です。セルダン値二万をわずかに超えています――。おそらく敵は、二等級以上の異端神と考えられます。……『巨神ギガントマキア』、その数、三体――」
 静まり返った拠点内で、綿をもみしだくような可憐な声が響いた。
 瞬間、イゾルデの冷たい美貌に皮肉げな微笑が戻った。立ちすくむばかりった兵士たちが我に返ったように視線を声の主へと集めた。
 衆目の視線の中、ギュスターヴ・ベルトラン(我が信仰、依然揺るぎなく・f44004)は一足早く、声の主へと歩を進めていた。
 肩もとで綺麗に切りそろえられた、やわらかな銀髪がさらさらと風になびいていた。頬のラインにそって走る横髪が、優美な曲線を描く少年の鼻元をくすぐっている。
 銀髪は吹く風にあおられて、少年の碧眼すらも時に隠したが、少年は乱れた髪先など気にせずに、モニター画面を注視し続けた。
 大人たちの混乱などどこ吹く風で、アル少年は、自らの役目に専念したのだ。
 白磁の相貌が、陽光を浴びて仄かな朱色を孕んでいる。
 夢見るような青い瞳は、絶望や焦燥は勿論のこと、楽観とも無縁に無垢の色を湛えて輝いていた。少年の中性的な小顔は理知の輝きを湛えながら、まっすぐにモニター画面へと向けられていた。
 大型モニターとにらみ合うアル少年の隣席はいつも空席だったから、そこはもちろんのこと、ギュスターヴの特等席となる。
 ギュスターヴはアル少年の隣に歩を進めると、膝の上に両肘をのせて、彼の隣に中腰で腰を下ろした。
 傍らのギュスターヴに気づき、アル少年が碧眼を輝かせた。青空を映した瞳は、やわらかな光を放ち。信頼の眼差しでもってギュスターヴを見つめていた。
 ギュスターヴはほんのわずかに口元を綻ばせて少年に微笑を投げかけた。
 ここが戦場でなければ、アル少年の働きを称えて、ミルクと砂糖たっぷりのコーヒでも振る舞いながら甘味の一つでも振る舞いたいくらいだ。そういえば、昨年の秋口に足を運んだU市のパンケーキは絶品だった。今すぐにでも彼を連れ立って街に繰り出して、あのパンケーキを頬張りたいという衝動が無いわけではない。
 だが、未だにここは戦場だ。
 戦場には戦場の作法があるということをギュスターヴは重々承知していたからこそ、あえてギュスターヴはアルへのご褒美を後回しにした。
 路地裏の学び舎での日々へ思いを馳せる。縄張り争いの勝利の際に、兄貴分が弟分を褒め称える方法は甘いパンケーキとコーヒーでは無かった。
 ならばギュスターヴは彼らの手法をそっくりそのまま真似てみせよう。
 ギュスターヴは口端を豪快に吊り上げながら哄笑し、手のひらでくしゃくしゃと少年の頭を撫でる。よくやったな、とアルを抱擁するでもなく、短く言って戦場の流儀で彼を褒め称えた。
 瞬間、アル少年の小顔が宝石の様に輝いた。
 どうやらアル少年もだいぶ、戦場の流儀に慣れて来たらしい。彼は、ギュスターヴへと顔を向けるとまるで小動物かなにかのように愛らしく笑った。
 二人して顔を合わせてしばし笑い合う。言葉の一つも交わさなかったが、アル少年の表情からは緊張感は最早、完全に霧散していた。ひとしきり笑い終えたところでギュスターヴは正面へと顔を向けた。そうして、頼れる弟分であるアル少年と共にモニター画面に視線を這わせるのだった。
 巨大な液晶画面には、長城付近の地形データを正確に反映した地形図が投影されていた 。地形図にて赤点が三つ、青点が複数個、煌めいている。
 赤点は、南部の平原に点在しており、ちょうど地鳴りの震源地と符合している。ギュスターヴは赤の三点を交互に指さしながらアルへと尋ねた。
「なぁ、アル。この赤い点が敵ってことでいいんだよなぁ」
 ギュスターヴの問いに、アルの甲高い声が直ちに続く。
「そうですっ……じゃなくて! そうだぜ、ギュスターヴの兄貴。こいつらが今から俺たちがぶっ倒す、敵だよ」
 ギュスターヴを真似てか、アル少年が荒々しく言い放った。
 及第点といったところだろうか。なかなかに悪くはない。ギュスターヴの教えをアル少年はしっかりと履修したようだ。出来の良い生徒を内心で称賛しつつ、ギュスターヴは赤点の一つを指さした。
「アル、敵のたっぱはどんなもんだぁ?」 
 ギュスターヴの言葉にアル少年が小首を傾げた。愛らしい瞳が、dこか不思議そうに見開かれ、上目遣いにギュスターヴを見つめた。
「たっぱ……?」
 アル少年の言の葉には疑問符が浮かんでいる。
 ギュスターヴはくつくつと笑う。
「敵のデカさだよ。そのモニターから、なんとなくわからねえか?」
 やにわにアル少年の頬が真っ赤に染まるのが見えた。少年は、たっぱ、たっぱと自分に言い聞かせる様に何度も呟きながら、モニター上の赤点を指で弾いた。
 瞬間、モニター横の小型の液晶画面が白く輝き、岩石で塑像された巨人の姿を投影させた。
「大きさ、四メートル程度ってところかな……結構、大きいかな」
 アル少年は蕾の唇に指を添えて、小型のモニターの巨人を一瞥するとぽつりと零した。そうして、肩越しに南部を見遣る。
 ふとモニター上で、赤点の一つが激しく明滅を繰り返していた。赤点が、点滅しながらモニター画面上方へと向かい、位置を変えていく。
 管制手や通信士でないギュスターヴでも理解できる。赤点、つまりはあの大型の巨人が防衛陣地へと接近を開始したのだ。
 ギュスターヴは立ち上がるとアル少年と同様に南方へと振り返る。そうして目をすぼめて、南方を睨み据えれば、黒い砂塵が空に淀んだ帯となってたなびいているのが目に入った。
 遠方より、なにかの黒い塊が、さながら弾丸のような軌道で低空すれすれを飛翔しているのが分かった。
 弾丸の通り過ぎた後、草草は刈り取られ、大地には轍を思わせる一筋の線がくっきりと刻まれた。弾丸の後方で砂塵が立ち込めた砂塵は空へと這い上がり、薄汚れた雲となり空へと蓋をした。
 ギュスターヴは金色の瞳を見開き、黒い塊を凝視する。
 大きく盛り上がった黒褐色のいかり肩が最初に目についた。屈強な肩元からは、岩石で塑形された武骨な頭部が伸びている。岩石をくり抜き、乱雑に作り上げた様な顔貌だった。大きく窪んだ眼窩には、紫色に揺らめく瞳が、くっぽりとはめ込まれ、不気味な輝いている。
 間違いない。あれが巨神ギカントマキアだ。
 黒い弾丸、巨神ギガントマキアは猛烈な勢いでこちらに飛翔している。いかなる力場が生じているのかは定かではないが、やつは巨体ながらに高速で空を飛翔している。無為無策でただただ敵の接近を眺めていれば、此方の本陣は間もなく敵の奇襲を受けるだろう。
 ギュスターヴは内心で舌打ちしながらアルに告げる。巨人を相手どる現実を前にした時、むしろギュスターヴは聖書におけるある一節を思い出し、わずかながらも気分を高揚させていた。
「なぁ、アル――。巨人退治と行こうぜ。ダビデには俺一人じゃあ、ちっとばかし役不足だけどよ、お前の知恵と俺の信仰でゴリアテに挑む羊飼いになってやろうじゃねか」
 語気を輝かせながら言い放ち、ついで、ギュスターヴは通信用インカムをアルへと手渡した。
 同時にサングラスの縁を指先で数度弾く。【Solaires:Cyber Xanadu】、遮光眼鏡型制御端末を起動して、ギュスターヴの視野と大型モニターとをリンクさせたのである。
「じゃあ、ちっとばかり行ってくるな、アル。敵の影像はこれでもっと鮮明に伝わるはずだ……。俺が戦う。敵の急所、教えてくれよ?」
 自らの胸の前で十字を切り、アルへ、そして自らへと祝福の祈りを捧げた。
 そうして、即席の祈りを済ませると、ギュスターヴは、一路南へと進路を取り、飛翔する巨人を目指して疾駆する。
 司祭服に身を包んだギュスターヴは、さながら黒い獣だ。
 草の大地を蹴りあげるたびに、 黒い影が草の上を一瞬、横切り、ギュスターヴのしなやかな体躯が低空を滑るように走り抜けた。
 疾走とともに、一挙にギュスターヴと巨人の距離とは縮まった。
 当初、辛うじて輪郭を捉えられていたに過ぎない巨神ギガントマキアの巨体がギュスターヴの視界にくっきりと浮かび上がる。
 ギュスターヴが南に疾駆し、巨神ギガントマキアは北へと低空飛行を続けたのだ。無論のこと、彼我の距離は瞬く間に狭まった。
 互いの距離が更に迫る。巨人の飛翔音が、鈍い低音から耳をつんざく様な金切り音へと変わり、大気の震えが鋭い刃となってギュスターヴの肌を突き刺した。
 まさに一触即発。ギュスターヴと巨神ギガントマキアの影がまさに交錯しようとした。
 ギュスターヴが攻撃の構えを取り、僅かに腰元の剣に手を伸ばした瞬間、しかし、巨人はいち早く攻勢に移った。
 それまで前傾飛行を続けていた巨体が、急に姿勢を変えたのだ。巨神は傾いた上体をゆっくりと持ち上げて、空中で直立姿勢を取った。一瞬、巨人の体が宙に静止した様に見えた。
 ギュスターヴは、踏み出しかけた右足をぴたりと止めると軽く後方へと飛び退いた。ギュスターヴの脳裏で、第六感が、けたたましい警鐘となって鳴り響いていた。
 ぴたりと宙で静止していた巨人が大股で一歩を踏み出し、その指先が大地を踏みしめた。
 瞬間、轟いたのは、爆撃音を彷彿とさせる重低音だった。
 巨人の一歩により、大地はまるでスポンジ生地のように抉られて、地表面に月のクレーターを彷彿とさせる巨大な陥没が穿たれた。
 無残に踏みにじられた緑がぱらぱらと宙を舞い、巻き起こった砂埃がぼけた黄色の帷帳となってギュスターヴの周囲を閉ざした。
 巨人の着陸地点から飛び退くことでギュスターヴは辛うじて衝撃波を免れた。ギュスターヴが動揺する大地へと舞い戻るや、飛び散った砂礫が、雨のように降り注ぐ。
 両の足で大地を踏みしめ、右手で礫を払いのけると、ギュスターヴは目前の黄ばんだ空間を凝視した。
 巨大な大腕が砂塵の幔幕から伸び、武骨な指先が虚空を掴んだ。大口を開けた陥没地から、巨大な一歩が振り降ろされて、大地を踏みにじった。激しい地鳴りが大地を揺らす。
 ゆったりと砂埃は流されていき、ついに舞い戻った青空のもと、クレーター跡から身を乗り出した、巨神ギガントマキアはギュスターヴの前に、悠然とその偉容を現したのである。
 ギュスターヴは、口元を歪めて、自らに数倍する巨神を睥睨する。
 ダビデとゴリアテの再現とは、まさにこの事だろう。
 今、ギュスターヴは山を見上げている。
 ダビデに並ぶ知恵と彼を超える信仰の力が無ければ、この巨人と相対することなど決してできはしないだろう。
 口端を歪め、ついで、苦々しく十字を切る。
 とはいえ、ギュスターヴは一歩も引くつもりはない。
 目の前で黒山となって聳える巨神が、紫色の瞳でもってギュスターヴを見下ろしている。
 ギュスターヴは、路地裏の先達の挙止そのままに、中指を二度、三度と折って、巨神の前に立ちはだかった。
 巨神が紫色の瞳をむき出しにして、黒光りする岩石で塑造された大腕を前胸部の前で交差させるのがわかった。
 はっ、挑発には乗らねえってかよ――。
 内心で毒づきながら、ギュスターヴは僅かに上体を落とす。【Maiden's Lament】、ギュスターヴ専用の日本刀に右手を添えて抜刀の構えを取る。
 敵は目前にあるとは言え、ギュスターヴと巨人の間にはおおよそ七間ほどの間隙が横たわっていた。
 斬撃でもって、直接一太刀を入れるには両者の距離はあまりにも隔たれていた。
 最も、ギュスターヴはまるで気にはしなかった。エクソシストの自分は剣の達人ではないが、術には長けている。
 剣に破魔と魔力の力を込めて、一歩を踏み出した。
 鞘を払い、剣を一閃させれば、鋭い剣の切っ先が弧を描きながら横一直線に空を走った。瞬間、剣の軌道に合わせて、銀白の波動が生まれた。
 波動は激しく波打ちながら、両者を隔てる七間の間合いを一瞬の内に突き進み、光の刃へと姿を変じ、巨人へと殺到した。
 蛇の牙を彷彿とさせる刃状の白光が、上下左右から挟み込むような格好で、巨神の分厚い皮膚へと鋭い刃を突き立てた。
「アルっ……、敵の反応の確認を頼むぞ!」
 ギュスターヴは叫んだ。
 あくまで自分の攻撃は牽制に過ぎない。
 相手が不動のままに直立し、ただただ防御に徹する姿にギュスターヴは違和感を覚えた。
 故にギュスターヴは敵の真意を探るべく、罠の中へとあえて身を晒したのだ。
 白刃は巨人の皮膚へと鋭い刃先をうずめんと必死にもがいていたが、全てが徒労に終わる。黒い皮膚は強固な障壁となり白刃の侵入を決して許さなかった。超高度の皮膚に弾かれて、光の刃がひび割れ、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
 自らの攻撃が不発に終わった事に妙な納得感を覚えながらも、ギュスターヴは直感的に左方へと飛び退いていた。空中を揺蕩いながらも、ギュスターヴは反射的に体を丸め、回避行動を取っていた。
 ギュスターヴの右下肢に鈍い痛みが走った。流し目に足元へと目を遣れば、先ほどまでギュスターヴがいた空間は焔を纏った礫で埋め尽くされている。礫の一つがギュスターヴの右足を掠めたのだろう。
 致命傷には程遠い。
 痺れるような痛みに顔をしかめながらも、ギュスターヴは前屈みに空を滑り抜け、勢いそのまま草の大地に手をついた。
 右手で大地を叩き、即座に立ち上がる。
 右下肢へと目を遣れば、黒の喪服は膝下部分で焼きただれ、白肌が薄らと赤みがかっていた。
 路地裏特有の作法である舌打ちで巨人への挨拶として、ギュスターヴは、傷口から視線を外すと巨人ゴリアテを正面に睨み据えた。
 まさしく、ゴリアテの前に立つダビデの心境だ。
 見下ろしてくる巨人の不遜な態度一つとっても敵はゴリアテであり、苦境に立つギュスーヴはダビデその人だ。
 しかし、慢心と油断から勝利を確信したが故にこそ、巨人ゴリアテは敗北を喫したのだ。今の様子から鑑みるに、巨神ギガントマキアも副轍を踏む公算は高いだろう。
 ギュスターヴの戦法は至って単純だ。間断なく攻撃を続けて、相手の油断と慢心を誘う。
 時間が経過する間にアルは間違いなく、敵の弱点を見つけ出すだろう。その時が来るまで、持久戦を続けるのだ。
 ギュスターヴは斬撃に破魔の力を込めて再び放つと、インカムに耳を澄ました。
 未だ声はないがしかし、アルが敵の弱点を見つけるだろうという確信にも似た直感がギュスターヴにはあった。
 放たれた斬撃の刃は砕け散り、再び焔を帯びた礫が空を埋め尽くす。
 礫片はまさしく散弾だ。飛び交う散弾のわずかな切れ間を見つけ出して、ギュスターヴはその間を縫うように走り抜けた。
 半身を翻し、大型の礫を避け、時に回避進路上、回避できない場合は剣で礫を切り裂いた。
 致命傷となりうる大型の礫はすべてやり過ごした。だが、もちろん、すべての攻撃を回避することなどできようはずもない。
 小型の礫片が、幾度も肌先を掠めて、ギュスターヴに裂創を齎した。
 数度の攻防の後に、黒の喪服はところどころが引き裂かれ、赤い染みでぐっしょりと濡れていた。
 十字を切り、自らへと祝福の祈りを捧げると、傷口を祝福の光で癒す。
 負傷は目立ったが、だがしかし、決して、攻勢の手は緩めない。
 アルはかつての自分だ。
 武蔵坂に入学し、ただただ希望に縋って生きてきた自分と、青い瞳のアルとがぴったりと重なっていた。
 父を操った別の何か。そんな存在をギュスターヴは探し求めていた。それは歪んだ希望だったかもしれない。だが、ギュスターヴは、暗い希望をこそ戦う糧としたのだ。だから戦いに身を置くことが出来たし、あの頃の自分は戦士として優秀だった。
 紙一重の攻防を繰り返した。傷は増えて血は流れていく。そうしてまさにギュスターヴが十三度目の斬撃へと入ろうとしたその矢先、鼓膜を鳴らすように柔らかな少年の声が響いた。
 たまらずギュスターヴは微笑んだ。剣を鞘に収めて拳を握りしめる。
「ギュスターヴさん――、相手の弱点が分かりました……!」
 インカムの声からは焦慮と喜色が滲みだしていた。すかさず、ギュスターヴは返答する。
「はは、遅いぜ、アル――。まぁ、だがちょうどいいか。俺の体も出来上がったところだ……!」
 ギュスターヴが返答すれば、アル少年の声音が直ちに続く。
「ごめんなさい......じゃなくて、わりぃ兄貴。遅れた分、精度は完璧なはずだ」
 潤んだ少年の声が耳朶を揺らした。緊張まじりに吐き出された声音は、あぁ、やはり、昔の自分と、うり二つだ。
「敵の弱点は、頭頂部だ。攻撃の瞬間、コンマ七秒だけ口を開く。やれるかい、ギュスターヴの兄貴?」
 答えは決まっている――。
「当然だ、アル。一気にとどめを刺す……!」
 言いながら、ギュスターヴは右手で剣の柄を握りしめた。
 同時に左手に奇跡の力を集中させて、破魔の弾丸を無数に作る。
――シオンは物見ら歌うのを聞き、とでも呼ぼうか。この技は、慢心した巨人を撃ち貫くだろう。
 ギュスターヴは再び斬撃による魔術を放つ。
 一歩を踏み出すと同時に、剣による牽制の一撃を放てば、破魔の刃は、当然のように巨神の両腕に弾かれて砕け散った。
 巨神の大腕が赤黒く燃えるのが分かった。
 大腕の隙間から覗かれた紫色の瞳は、愉悦の情念を滾らせている。巨人は今、勝利を確認したのだろう。
――あんたの慢心、撃ち抜かせてもらう。
 あえて死地へと足を踏み入れた。
 一歩を踏み出すと同時に掌に生まれた光弾を親指ではじく。
 ここにシオンの星は空へと放たれたのだ。弾かれた光弾は数百にも及ぶ鋭い矢となって空を駆けあがり、巨人の鼻先まで迫る。
 まさに矢先が前面より巨人を飲み込もうとしたその瞬間、矢は一斉に水平方向から垂直方向へと突如、進路を変えたのだ。矢じりが中天を睨み、無数の矢が巨人の肌先すれすれを掠めながら天へ昇っていく。
 柄の間、真昼の晴天に、宝石の様な星明りが瞬いた。数百に及ぶ星々が空に顕現したのだ。
「この星は高みへ昇る星なんだ――その防御の裏から額を撃ち抜いてやるよ、巨人さん」
 巨人へと宣言する。巨人の両腕は赤黒く燃えさかっていた。あふれ出した炎と共に礫岩が砕け、炎が巨大な深紅の帯となって空に荒れ狂った。礫片がギュスターヴ目掛けて押し寄せて来る。だが……巨人の一撃はギュスターヴの想定を超えるものでは無かった。
 慢心した巨人は聖書の一節同様に、小さき者に敗れたのだ。
 「|Regarde là-haut《上を見な》......!」
 コンマ七秒の刹那、巨人の頭頂部を守る庇は姿を消した。暗紫色の光源が、開放された頭蓋部にて赤く揺らめいている。
 流星は白い長い尾を曳きながら空を滑り落ち、巨人の頭部へと鋭い矢尻で突き立てた。
 白い流星の尾は、巨人を、そして飛び交う礫や岩石を撃ち貫きながら、世界を純白の輝きで塗りつぶした。
 流星群が降り注ぐ中、ギュスターヴは巨人が足を大地に跪き、前屈みに巨体をうずくまらせる姿をその目に焼き付けたのだった。焔は浄化の光で払われ、礫片はそのすべてが撃ち抜かれた。
 シオンの光は、灼熱の光条でもって巨人を焼き払ったのだ。
 倒れる巨人を目の当たりにしながら、ギュスターヴは戦線を離脱する。致命傷を避けるように攻撃を避け続けたとは言え、負傷は馬鹿にならなかった。すぐに治療が必要だったし、手薄になった本陣は守備兵を必要としているだろう。
 それにだ――。功績者のアイツにはチョコレート菓子の一つでもくれてやらなければならない。そんな思いから、ギュスターヴは一旦、戦線を離れたのである。
 引き際、ギュスターヴは空を見上げた。
 四月の空は、青く輝いていた。花々が芽吹き、命が生誕する季節に相応しい青く澄んだ空がそこには広がっていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ハル・エーヴィヒカイト

▼口調
一人称は私
思考のみ俺

▼心情
巨神か。
大きさもキャバリアと同等だがクロムキャバリア世界のそれと関りはあるのか否か。
まぁいい、敵である以上全力で断ち斬るまでだ。

▼ポジション
Cr

▼戦闘
再び外套を展開しキャリブルヌス・エクセリオンに[騎乗]しての[空中戦]を展開。
イゾルデの指揮のもと、アロンダイトや他の猟兵と連携し、[集団戦術]で敵を叩く。
[気配感知]と[心眼]で奴の巨拳の動きを[見切り]、しっかりと回避する。
あれに触れるのはよくない。アロンダイトには遠距離からの射撃による援護を頼もう。
すれ違いざまに[念動力]で刀剣を射出し、その拳に傷をつけていく。

「目印は刻んだ。天才ならやってみせるといい」

拳に付けた傷にアロンダイトの強力な狙撃を撃ちこんでもらい、さらにこちらも同時に攻撃を叩き込むことで[部位破壊]を行う。
拳を砕いたらそのままUCを発動。俺の全ての剣を刹那の瞬間に叩き込み粉砕する。
「さよならだ」


シル・ウィンディア
キャバリア並みの全長の敵かぁ。
パワー系な感じもするし、厄介な相手には違いないね。
よし、行くよ、リーゼっ!

身を隠すところがないのなら、推力移動全開での空中戦かな。
空中機動で飛び回って残像を生み出しつつ機動戦だね。

敵の拳は残像で攪乱を行いつつ回避を中心に動いて、当たりそうな時は、左手のビームセイバーで防御を。
セイバーは弾かれてもそのままにして、多重詠唱を開始。
魔力溜めも行って、威力を高めるように…。

その間は…。
エミリーさん支援攻撃をよろしくっ!
当ててもらってもいいけど、まずは敵の動きを遮るように攻撃をお願いっ!!

詠唱が終わったら全砲門解放!
青の奔流を撃つよっ!

さぁ、青に飲まれてふっ飛べーーっ!!



●銀と青
 透明な繭に包まれながら、空を降りてゆく。
 時折、自分が巨神と化したような没入感を覚えるのは、キャリブルヌスとハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)の五感が完全に同化しつつあることの証左なのだろうか。
 透けた足場の下に広がる大地や、ぬけるような青空を目の当たりにするにつけて、巨神の瞳が自らのものであるかのように錯覚する。
 キャリブルヌスのコクピットは、分厚い鋼鉄製の装甲により鎧われ、本来ならば外界を映すことなど叶わないはずだ。
 にもかかわらず、コクピット壁は、ガラス板のように透き通っている。
 全周性に巡らされた装甲板は鏡面のように煌めき、外界の光景を、肉眼で見るかのような鮮明さで映し出していた。
 空を飛ぶ、心地よい浮遊感をハルは全身に味わっていた。吹き付ける風の感触が柔らかな羽毛の感触で足裏を擽っていた。機体と風とが擦れあうことで生じたジェット音が、甲高い金切り音となって直接、内耳に響いている。
 指をたためば、ハルの動きをそっくりそのまま再現するようにキャリブルヌスが鋼鉄の指先を折り畳んだ。
 体性感覚はもちろんのこと、運動感覚までもを、ハルとキャリブルヌスとは共有している。
 ハルが顎を引き、眼球を下方へと向ければ、自然とキャリブルヌスも眼下を覗き込む。
 ふるぼけた遺構が点在する緑の大地に、歪んだ黒山が目に入った。巨神ギガントマキア。巨神の名にし負う、異形の神の姿がそこにある。
 ギガントマキアは、全身に巌を纏い、黒い岩石の両脚で大地を踏みしめていた。
 全長は四、五メートルといったところでキャバリアとほぼ同サイズであったが、硬い岩々で塑造された体は隆々と盛り上がり、得も言われぬ厳粛さを湛えている。
 ギガントマキアは巨体をそびやかしながら、眼窩と思しき窪みに嵌め込まれた、暗紫色の球体をむき出しにし、西空を見据えていた。
 おそらく、ハルが駆るキャリブルヌスの存在に気づいたのだろう。
 巨人よりの鋭い視線が機体へと突き刺さる。
 最もハルは、巨人の視線などどこ吹く風。悠然と鼻を鳴らすと、むしろ、巨人を睨み返す。
 キャリブルヌスの瞳は、遠景の視覚情報はもちろんのこと、視認すら難しい微細な魔力すらも子細に拾い上げて来る。
 故にハルは、ギガントマキアの皮膚に重なるように張り巡らされた、魚類の鱗を彷彿とさせる赤い外殻の存在に第一に目がいった。
 おそらく魔術障壁の一種だろう。しかもかなり高密度のものだ。
 あの障壁を突破しない限り、敵に有効打を与えるのは難しいと一目でわかる。
――ならば、その強度とやらを直接、剣で確かめてみようではない。
 ハルはキャリブルヌスの高度を更に下げた。滑空ながらに大太刀を抜刀し、上段で構える。
 一気に敵との距離が詰まった。
 むろん距離にすれば、未だにキャリブルヌスと巨人の間には広大な間隙が横たわっている。
 しかし、空中戦という高機動戦闘においては、地上戦における距離感覚はもはや意味をなさない。広大な間合いはその実、一息の飛翔によって踏破されるだろう。
 デウスエクスより発せられた、刺すような視線が機体の四肢へと絡みついてくるのが分かった。
 一触即発の空気を前に、キャリブルヌスとギガントマキアとを隔てる無人の空間が急激に密度を増してゆくかの様だった。
 わずかに高度を落としただけで、まるで深海へと足を踏み入れるような物凄い重圧が掛かってくるようだった。
 空の青さが、深海の濃紺に重なり、風圧が暴虐の障壁となってキャリブルヌスの下方に立ちはだかる。
 粟立っていく空気のもと、しかしハルは、キャリブルヌスに鞭を打つ。重圧感などどこ吹く風、ハルは、ギガントマキアの元へと一息の間に駆け下りた。
――巨神か。
 と独り言ちる間に、まもなく、キャリブルヌスの眼と鼻の先にギガントマキアが迫る。
 大きさ、威圧感と言い、敵はキャリブルヌスに負けず劣らずの偉容を誇っている。クロムキャバリアやバハムートキャバリアとなんらかの関係を有している可能性はありえたが、そんな分析は現状においては然したる重要性を持たない。
 ハルがやるべきことはただ一つ。敵を全力で断ち斬ることだけだ。
 風圧の壁を更に一層突き破り、低空へと滑りこみ、剣戟の間合いに敵をおさめる。
 キャリブルヌスとギガントマキアの影がぴったりと重なりあう。キャリブルヌスは上空より前のめりにギガントマキアに剣を振り下ろし、対するギガントマキアは、巨腕を下方よりキャリブルヌス目掛けて振り上げる。
 鈍重そうな外形に反して、拳の一撃はさながら速射砲だ。
 ずんぐりとした巌の拳が燃え盛る炎を八方へと尾のはためかせながら、轟音とともにキャリブルヌスの下腹部目掛けて一挙に迫る。
 ちりちりと下腹部がわずかに熱を帯びるのが分かった。黒い拳より迸る焔が、灼熱の舌でもってキャリブルヌスの銀装甲を舐めとっている。
 まさに赤黒い拳がキャリブルヌスの腹部を撃ち抜かんとしたその刹那、ハルは機体を空中で側方へと捻った。
 瞬間、キャリブルヌスが、進行方向軸に対して左方へと体を翻した。
 黒い巨大な塊が、激しい轟音を上げつつ、キャリブルヌスの左下腹部を掠めるようにして上空へと駆け上っていく。ギガントマキアの拳だ。 斜に傾いたコクピットのもと、ハルは左下方の鏡面モニター越しに空を切ったギガントマキアの拳を横目にする。
 ――バレルロール。戦闘機における空中戦技をキャバリアへと応用して、ハルは、機体の体勢をわずかに捻り、ギガントマキアの攻撃を紙一重でいなしたのだった。
 必殺の一撃が不発に終わり、束の間、ギガントマキアに硬直が生まれた。たじろいたように巨人が暗紫色の瞳を、瞬かせている。
 この隙を活かさないほどにハルはお人好しでもまぬけても無い。
 相手の懐に飛び込んで駆け下りざまに剣を上方から一閃させた。
 ついで、地表すれすれまで機体を滑空させると今度は、一転、上方へと姿勢を変えて機体を急上昇させる。
 勢いそのまま機体を前方へと滑らせ、巨人とすれ違いざま、逆袈裟に剣を一閃し、ギガントマキアの胴へと二の太刀を食らわせる。
 ほぼ間を置かずに、白光の斬撃が上下からギガントマキアの腹部を切り裂いた。
 最も手応えらしいものは一切感じられない。掌には鉄を打ったような掻痒感が走るだけだった。剣戟はそのいずれもが、ギガントマキアの赤黒い魔力の外殻に弾かれ、不発に終わったのだ。
 ハルは機体をそのまま暫く前方へと飛翔させて、敵の攻撃射程外へと躍り出る。
 そうして敵の射程圏外で、キャリブルヌスを中空で静止させる。再びギガントマキアを正面モニターに望む。
 やはりギガントマキアは無傷なままに草の大地に佇んでいた。
 悪辣極まりないとはこのことで、ギガントマキアはまるでハルを挑発するように、腹部をぽりぽりと掻きむしりながら、巨体をがたがたと震わせるのだった。
 巨人の姿を苦々しく見やりながら、ハルは一旦、剣を鞘に収める。
 牽制攻撃の手ごたえを考慮して、敵の外層表面に張られた魔術障壁の性状を分析する。
 キャリブルヌスの機械仕掛けのまなこが、ギガントマキアの魔術障壁の強度、巨人自体の耐久力、拳の有する破壊力といったありとあらゆる数値を、一切の感情を排斥した上でハルへと突き付けてくる。
 ハルは苦笑せざるを得なかった。
 魔術障壁の強度は、キャリブルヌス・エクセリオンによる最大出力の攻撃でようやく破壊できるほどに強固であり、仮に障壁を破っても、特殊な鉱物で塑造された巌の鎧ごとにギガントマキアを破壊するためには、やはりユーベルコード級の技が求められた。
 つまりは、敵の巨神を灰燼に帰すには、最低でもキャリブルヌス・エクセリオンと同等レベルの火力を持つ猟兵の加勢を必要ということだ。
 いかに『アロンダイト』の狙撃銃ウィンストンといえども、魔術障壁にせよ、敵の装甲を撃ち抜くほどの出力を持ち合わせてはいないだろう。
 なるほど、敵もまた巨神の名を名乗るだけあって、その実力は伊達では無いようだ。
 むろん、破れかぶれで敵へと攻勢を仕掛けるつもりなど毛頭無い。だがただ漫然とキャリブルヌスを空中に浮遊させるのは悪手だ。
 今、こうして浮遊するだけでもキャリブルヌスはハルから大量の魔力を奪っている。
 無為に時間を浪費したところで事態は好転どころか、悪化の一途を辿るのは明らかだった。はたして、策を講じるハルの元もとに福音が届く。
 コクピット内の内部音響が、ジィンジィンと鳴り響いている。
 ハルは一旦、音響装置ごしに響く声音へと耳を澄ます。果たして、ノイズは徐々に柔らかな音質へと変わっていく。
『こちら、シル・ウィンディア(青き流星の魔女・f03964)。レゼール・ブルー・リーゼと援軍に駆けつけたよ――。ハルさん、二人で一緒に戦いましょう?』
 やわらかな声音がコクピット内に反響した。
 たまらずハルは、氷の美貌を綻ばせた。モニター越しに、青い流星が空を流れるのが見えたからだ。 戦場へと光明が舞い降りたのだ。
●青の奔流
 青空はシルにとっての舞踏場だ。
 無限に広がる青空を足場にしてシルと、レゼール・ブルー・リーゼは優雅に足を踏み鳴らしてはステップを刻み、熱い抱擁で迫って来る風圧の大腕をやり過ごすのだ。
 音速の揺りかごは、常に激しく動揺を続けながら空を飛翔する。
 計器群はがたがたときしりを上げているし、薄いコクピット壁も常に慌ただしげに振動を続けている。
 チタン・アミニウム・複合樹脂製の装甲とシルの魔力の外殻で機体は包まれていながらも、やはり軽量機の宿命とも言うべきだろうか、規格外の速力と加速度で飛翔するレゼール・ブルー・リーゼには、微弱ながらも慣性力という名の不可視の指先が執念深く、絡みついてくる。
  粘っこい指先が青い流線形の姿態をなぞり、強引に地上へと引きずりよせる。
 もっとも、シルは粗野なダンスパートナーのなすがままにされるほどに、塩らしい女などでは無い。
 右足でフットペダルを小刻みに踏み込み、荒々しい暴風をいなし、巧みに操縦桿を操っては、重力の鎖に抗ったてみせる。
 重力と風圧、そして慣性力とった、厄介極まりない貴公子たちを、時に荒々しく、時に優雅にかわしながら、空を優雅に駆け上がっていけば、必然、大空の舞踏場は、女王たるレゼール・ブルー・リーゼへと屈するのだった。
 流線形を描く機影は、海を彷彿とさせる空へと飲み込まれ、青空に滲みだした一筋の涙となってジグザグに空を飛翔する。
 瞬く間にシルは戦場空域へと到達するのだった。
 戦闘空域付近で、サブモニターのレーダ装置上で赤点と青点が明滅している。
 ゆるやかにレゼール・ブルー・リーゼの速度を落としつつ、シルはレーダー装置上の二点とメインモニターとを照応させた。
 まずシルは、わずか先の空間に友軍の姿を目にした。
 銀色の分厚い鎧を纏った重騎士が空を揺蕩っている。キャリブルヌス、友人であるハルが駆る巨神は、剣を背負ったままに空中に静止して地上を俯瞰していた。
 キャリブルヌスの視線を追い地上へとメインカメラを向けていけば、すぐに赤点の主へと行きついた。
 緑の大地にて、さながら山のように聳える、異質な巨影をシルは見る。
 人というには作りはあまりにも粗っぽいが、巨影は四肢を持ち、屈強な体幹を備え、頭部らしきものを有していた。
 とは言え、巨影は、子供が即席で作った不出来な泥人形のような粗い造りをしており、辛うじて人として定義できる程度のものだった。
 巌を杜撰に組み上げて作られただけの巨体は、関節構造や体幹構造といった人体特有の構造を持たず、顔面に至っては目鼻口こそあれ、それらの形状は人のそれを抽象化しただけの単純な造りになっていた。
 一見したところ、出来損ないの機械人形にしか見えない。
 だが、シルは、この機械人形、巨神ギガントマキアの内奥で迸る、膨大な魔力を決して見逃さなかった。
 機体の速度を緩めつつ、友軍であるハルの傍らに躍り出る。ついで機体を空中に静止させて、ギガントマキアを見下ろした。
 両の眼で眼下のギガントマキアを制しながら、シルはコンソールパネルに手を伸ばす。音響装置の突起ボタンを指先で軽やかに弾いて、直ちに外部通信を開通させた。
「こちら、シル・ウィンディア。レゼール・ブルー・リーゼと援軍に駆けつけたよ――。ハルさん、二人で一緒に戦いましょう?」 
 あえて快活と言い放つ。
 笑顔は絶やさない。心に暗雲が立ち込めるときや強敵を前にした時こそ、軽やかに笑ってみせる、それがシルの心情だ。
 この笑顔は今は亡き母との約束の形であり、ウィンディア家の長女として妹たちを励ましてきた、魔術とは別のシルの無形の武器でもある。
 音響装置ごしに、艶っぽい低音が響いた。
「シル――か。再びの援護感謝する。どうやら随分と厄介な敵みたいでね……。正直、撃つ手を欠いていた。だが、君がいれば如何様にでもなるだろう」
 ハルの苦笑交じりの声音からは、喜色の感情がはっきりと滲みだしていた。
 シルは、コンソールパネルを操り、アイカメラを光学仕様に変更すると、まじまじとギガントマキアを眺めた。 観察ながらにハルへと返答する。
「キャバリア並みの全長の敵かぁ。パワー系な感じもするし、厄介な相手には違いないね。ハルさん……相手の詳細教えてくれる?」
 黒い岩々で形作られた偉容とは別に、巌の鎧の上に、さながら鱗のように魔術障壁が張り付いている。
 ギガントマキアは、攻撃力は勿論のこと、堅牢性も兼ねそろえているだろう事が魔力障壁の存在から推察できる。
 切り崩すのは容易では無いと、判断する。
「君には釈迦に説法となりかねないが、少し解説させて貰おうかな。相手の岩の鎧の上に、魔力障壁が張り巡らされているのが分かるだろう?」
 ハルが言った。
 シルは一頷きして、直ちにハルに返答する。
「……みたいだね。相手が強力な魔力を秘めているのも分かる。攻めるのも守るのも苦労しちゃいそうよね」
 シルは、空色の瞳でもって、敵の細部に至るまでを隈なく観察する。
 一見しただけでは、敵の魔力障壁に欠損や綻びは見て取れない。
「あぁ、その通りだ――。だが、私とシルが二人で掛かれば話は別だ。私の剣でもって敵の障壁を強引にこじ開ける。君は、魔術障壁破壊後、最大火力を敵に叩き込んでもらいたい」
 理知の声音が、音響装置ごしにコクピット内に木霊する。
 間髪入れずにシルは答える。
「オッケーだよ、ハルさん。でも、大技を仕掛けるんでしょう? 私は勿論だけどハルさんも時間が必要だと思うの。時間はどれくらい必要……?」
 言いながら、シルはコンソールパネルを操る。
 白樺の様な指先が、液晶画面上を滑り、火器管制を近接戦闘用に書き換えた。
 シルの挙止は命令信号となり、レゼール・ブルー・リーゼの全身に張り巡らされた神経回路を駆け巡る。
 レゼール・ブルー・リーゼが腰元のビームセイバー『エトワール・ブリヨント』を右手に握りしめる。光の刀身が、魔力を帯びた粒子を振り撒いた。青い粉となった魔力の残滓が、レゼール・ブルー・リーゼの指先にまとわりつく。
「すまないな。シル。技を練り上げるまでに五分ほど時間を要する。その間の足止めを君に任せたい。君には敵の囮、そして主砲をと苦労をかけるが……」
 シルは一人、肩を竦めてみせる。
 ふふと微笑が零れた。
 高揚感にも似た熱い感情が胸の奥にこみあげてくる。
「じゃあ、特製プディングで手を打とうかな。カラメルソースの、甘くて美味しいやつね」
 とシルが軽口を叩けば。
「プリンなどと言わずに、店のスイーツ丸ごと振る舞おう」
 なごとハルが阿吽の呼吸で大盤振る舞いを約束した。
「約束よ、ハルさん――。……よしそれじゃあ――」
 シルは声を弾ませた。自然と微笑の陰影が濃くなった。
 操縦桿を握りしめた指先が熱を帯びた。自らの中で膨大な魔力が奔騰していくのが分かる。
 フットペダルへと右足を添えて、左足でもって硬いコクピット床を踏みしめる。
 そうして、高まってゆく感情と魔力を吐き出すように、シルはフットペダルを全力で踏み抜いた。
 目標は、巨神ギガントマキア。まずは、大地にて傲然と身をそびやかす巨神ギガントマキアの横面に強烈な一撃を叩きこむのだ。
「よしっ、行くよ……」
 レゼール・ブルー・リーゼの大型スラスターが大型獣の様な鳴き声を上げた。
 吐き出された大量の粒子が、レゼール・ブルー・リーゼの背を押しだし、華奢な姿態を激しく揺さぶった。
「行くよ……リーゼっ!」
 青い浄衣を全身に纏い、レゼール・ブルー・リーゼが空を駆け下りていく。青空は瞬く間に後方へと遠ざかり、モニター上、緑の大地が間近に迫った。
 青い流星レゼール・ブルー・リーゼは、一息の間にギガントマキアの上空へと躍り出た。
 レゼール・ブルー・リーゼの接近にわずかに遅れて、ギガントマキアの暗紫色の瞳がゆったりと上転するのが分かった。
 果たして視界がレゼール・ブルー・リーゼを視認するよりも速く、シルは軽業師さながら、中空で機体を優雅に一回転。空転ながらに巨人のこめかみへとレゼール・ブルー・リーゼの右足を突き出した。
「ごめんねっ、私もリーゼのこともただの淑女だなんて思わないでね?」
 揶揄うように吐き捨てる。
 チタン・アルミニウム・複合樹脂製の右足が鋭い半月の軌道を描きつつ、巨人の側頭部を勢いよく蹴り上げた。
 蹴撃により巨人の頭部がわずかに左右に動揺する。
 もっとも魔術障壁により巨人が被害らしい被害を受けていないのは明らかだ。巨人は束の間、仰天したように目を瞬かていたが、すぐに事態を飲み込んだようで直ちに打って出た。
 巨人が、いかにも気色ばんだように両腕を荒々しく振り回し、上空のレゼール・ブルー・リーゼ目掛けて突き出してきた。
 シルは咄嗟に操縦桿を左右に切り、フットペダルを踏み込んだ。瞬間、機体が左右へと輪を描きながら垂直方向へと浮上する。
 巨人の武骨な指先は、レゼール・ブルー・リーゼの足底をわずかに擦りながらも、目標物を捉えること叶わずに虚空を掴む。
 回避行動から、シルは直ちに攻勢へと転じた。滑空と急上昇、更には左右の移動を組み合わせて、巨人を中心にして無限の軌道を描くように機体を飛翔させた。
 メインモニターで巨人が迫っては、遠のいていく。レゼール・ブルー・リーゼはビームセイバーを振り下ろして牽制の一撃を繰り返しつつも、巧みな軌道でもって、追いすがる巨人の指先から逃れるように、軽やかに体を左右させた。
 鋭い剣戟はその悉くが、巨人の表面に張り巡らされた魔術障壁に弾かれて、不発に終わる。攻撃が有効打となりえないことなど、シル自体が誰よりも理解している。
 蹴撃から、剣戟に至るまでの一連の攻勢は、あくまで敵の目をハルから反らすために行われたものだ。
 今、傲慢たる巨人は、物言わぬ暗紫色の瞳に憤怒の色を滾らせながら、ハルが駆るキャリブルヌスには目もくれずに、レゼール・ブルー・リーゼのみを睨み据えている。
 まさに敵はシルの術中にはまったのだ。
 シルは、敵の攻撃のすべてをいなしつつ、最大火力を放つための魔力を充填すればよい。自らに期待される攻防一体の危険な綱渡りを前にシルは笑みを深くする。
 面白い、と内心で嘯いて、シルは早速の次の行動に移る。
 シルは機体の速度を落とすと、機体を地表面すれすれで浮遊させた。
 操縦桿のウェポントリガーに指先を絡みつけ、手首を左方へと捻れば、アームセンサーがシルの指から前腕の微細な動きを電気信号としてレゼール・ブルー・リーゼへと伝番する。
 レゼール・ブルー・リーゼが、シルの命令そのままに、愉快そのものビームセイバーを上下させ、剣の切っ先でもって空中に光の輪を描いたのだ。
 まるで挑発するかのようなレゼール・ブルー・ リーゼの仕草に、ギガントマキアの隆々と盛り上がった肩元が苛立たしげに震えだす。
 大岩の両腕が怒りの矛先をレゼール・ブルー・リーゼへと向けた。
 濁流となって押し寄せる殺意の波動を前に、シルは半ば直感的にフットペダルを踏み抜いた。
 急浮上するレゼール・ブルー・リーゼの足元を、巨人の両腕より放たれた無数の礫が走りぬいていく。
「エミリーさん支援攻撃をよろしくっ!」
 通信機器をいじりながら、遠方に待機するアロンダイトへと伝えた。返答に変わって、帯の様な光芒が立て続けに瞬いた。放たれた礫の弾幕が光条に払われて、火の玉となって燃え尽きる。
「ハルさん……あと三分間、敵の目を惹きつけるよ。強力な一撃を叩きこんで。とどめは、リーゼでゆくねっ」
 二人の返答を待つことなく、シルは上空へとレゼール・ブルー・リーゼを飛翔させるや、そのまま曲芸飛行へと移行。ギガントマキアを翻弄する。
 ギガントマキアの周辺を急浮上と急降下を繰り返しながら、前後左右へと無軌道に飛び回る。
 下方からは数多の礫片が放たれ、空間を黒々と空を埋め尽くした。
 ニター上、礫片で真っ黒になった視界の元、礫と礫との隙間を見つけて、縫うように機体を飛翔させた。踊るように空中で立体機動を続けながら、時に身を翻し、時にビームセイバーで小型の礫片を切り払っていく。
 絶え間のない弾幕をレゼール・ブルー・リーゼは、蝶のようにひらひらとかわしていく。
 シルはこの神業とでも言うべき回避運動を、多重詠唱の傍らで行ったのだ。
 モニター上に映し出される影像と、計器群の数値を羅針盤にして、シルは自らの直感を信じて、紙一重の綱渡りを続けたのである。
 紙一重でレゼール・ブルー・リーゼは礫の嵐をやり過ごす。そうして回避を続けていけば、ギガントマキアの動きが鈍り出した。
 当初、正確に放たれた礫がレゼール・ブルー・リーゼの飛翔ルートから大きく外れて空を切った。
 不規則な立体機動と、レゼール・ブルー・リーゼより吐き出された光の粒子によって、ギガントマキアはさながらそこに無数の残像を見たのだ。
 レゼール・ブルー・リーゼが左から右へと機体を振るたびに、放出とされた青い粒子がさながらレゼール・ブルー・リーゼの虚像を空に生み出した。
 放たれた礫片は、陽炎のように揺らめくレゼール・ブルー・リーゼの残像のみを撃ち抜いていく。無数の残像が礫によって砕かれて、光の飛沫が飛び散った。。
奔出する青い光の中を、無傷のレゼール・ブルー・リーゼが悠然と走り抜けていく。
 もはや、戦場はシルの独壇場と化した。
 礫はもはや、レゼール・ブルー・リーゼの事を捉えること叶わずに、ただただ空を黒く染め上げるだけだった。
 そして、ここに五分の時が経過した。
 シルはぴたりと詠唱を止めると、機体を上空へと急浮上させ、ギガントマキアの射程外へと躍り出た。
「魔力充填完了...!」
 眼下にギガントマキアを捉えながら、自らの中に溢れかえった魔力を機体へと注ぎ込む。
「ターゲットロック…。リミッター解除…」
 シルはコンソールパネルを操り火器管制を書き換える。レゼール・ブルー・リーゼが掌を反して、ビームセイバーを鞘に収める。かわってロングビームライフル『エトワール・フィラント』と共に、全てのビーム兵装が展開された。
 眼下のギガントマキアを照準に捉えながら、シルは声を張り上げた。
「さぁ、ハルさん―――行って!!」
 シルの叫びが響けば、間髪入れずに、地表面すれすれを銀色の閃光が走り抜けていく。
 銀光は、ギガントマキアを穿ち抜いて、そのまま彼方へと走り抜けてゆく。
 閃光が過ぎ去り、残光が銀の綿毛となって地表面に燻ぶった。
 煌めく銀世界の中、シルはそこに、魔力障壁を失ったばかりか、両の腕すら喪失した、満身創痍の巨人の姿を見る。
「ブルー・リーゼ、全力砲撃で行くよっ!」
 トリガーを押し込んで、シルは限界まで高まった魔力を一挙に放出する。
「さぁ、青に飲まれてふっ飛べーーっ!!」
 瞬間、全ての砲口より青の光が瞬いた。
 光は互いに絡みつき合いながら巨大な渦となり、ギガントマキアを飲み込んだ。
 ここに世界は青一色に包まれたのである。
●我は巨神なり
 『さぁ、ハルさん―――行って!!』
 機体内に反響する声にハルは瞼をゆったりと開いた。
 射しこんだ陽射しが羽毛の様な感触でハルの網膜を擽ってくる。
 妙な掻痒感を感じながらも、ハルはやおら細めた瞳をゆっくりと瞠目させ、光で満たされた青空を正面に見据えた。
 シルは見事にやり切ったのだ。
 巨人ギガントマキアの注目を一身に惹きつけた上で、彼女は最大火力を今まさにギガントマキアへと叩き込むべく大空へと舞い上がったのである。
 中天にて銀の太陽とは別に、青く輝く星がある。
 そうだ、彼女は見事にハルとの約束を果たしたのだ。ならば、次はハルが剣でもって彼女へと答える番だろう。
「今から、敵に吶喊する。まずはシルはよくやってくれた」
 友へと謝意を述べ、ついで、通信回線をアロンダイトのパイロットへと繋げる。
「そして、アロンダイトのパイロット。君は天才なのだろう? 今から敵に目印を刻む。そこを狙い撃て」
 揶揄うように言い放てば、素っ頓狂な声が回線越しに響いた。
『へぇっ。聞かれていたのです...。うぅ、なんで。もぉ、あぁ、もぉ。……えぇ、えぇ! 了解しましたよ。天才エミリー、見事に目標を狙撃してみせます』
 やけっぱちとでも言わんばかりの甲高い声音が、間延びしてコクピット内に反響する。
 ハルは微笑でもって、天才エミリーへの返事とし、剣を前方に構えた。
 すでにキャリブルヌス・エクセリオン開放の力は満ちている。
  自らの中で限界まで練り上げた奇跡の力を放出して一気にキャリブルヌスへと注ぎ込む。
「我が内なる刃よ集え――」
 言葉を紡げば、得も言われぬ脱力感がハルを襲った。
 暴食のキャリブルヌスは、ただの一口でハルが練り上げた大量の魔力を吸い上げたのである。ハルは、歯を食いしばり両の足に力を込め、コクピット床に踏みとどまった。
「無明を断ち切る刹那の閃き――」
 言葉を重ねれば、キャリブルヌスの背部を包んでいた外套が収斂した。
 さながら、春に芽吹く花々が、一片また一片と花弁をめくりあげるように、固く閉じた外套が蕾を開く。
 銀の蓮が開花し、燈明が宇内に満ちるとき、巨神は真の力を顕現させる。
 ここにキャリブルヌスは真の姿を解き放ったのである。
「ゆくぞ、キャリブルヌス...!」
 咆哮をあげて、ついぞ、ハルはコクピット床を踏み抜いた。
 キャリブルヌスは、絶えず注がれる奇跡の力を糧として、無限の力を算出する。
 力の一部は背のスラスターへと至り、突き出た翼を膨張させた。
 ハルが思念を送れば、光の翼が空を撫でた。ふと、キャリブルヌス・エクセリオンの巨体が白光に包まれ、宙を舞う。
 巨体が宙に浮かび上がると同時に、空間には波紋が走っていった。
 ぐずりと目の前の空間が歪むのをハルは確かに目にした。
 キャリブルヌスとギガントマキアを隔てる空間が縮まり、吸い寄せられるようにしてキャリブルヌスがギガントマキアの目前に躍り出たのだ。
 それは飛翔では無かった。
 移動という概念を無視して、キャリブルヌスは空間を跳躍したのである。
 飛翔音は無く、ただ、現象としてキャリブルヌスがギガントマキア目前の位置座標へと現出した。
 時間に取り残されたギガントマキアは、ただ、唖然と空を見上げているだけだった。
 暗紫色の瞳が収斂し、恐る恐るといった様子で視線を落としたのは、キャリブルヌスが剣を振り下ろし、ついでハルが呼吸一つを吐き出した後の事であった。
「絶望を切り裂く終の剣――永劫刹那――」
 ハルは剣を振り下ろした。
 剣の一閃が、空間を断ち切り、無数の剣を強引に空間へと引きずり出した。剣は扇状にギガントマキアを取り囲み、ハルの視線誘導に呼応して、ギガントマキアへと殺到する。
 銀色の雨滴が降り注ぐように、無数の剣が、ギガントマキアの分厚い魔術障壁へと続々と鋭い切っ先を突き立てていく。
 巨人の皮膚上を覆う外殻状の魔術障壁は、剣の応酬に必死に抵抗する。
 固い外殻に弾かれて、剣が水晶の輝きで砕け散り、銀砂を空に振り撒いた。
 剣も魔術障壁も互いに一歩も譲ることなく、片や鋭い切っ先で、片や堅牢な外殻でもって激しい攻防を繰り返した。
 剣の切っ先が、鋭い牙となり赤の鱗に食らいつけば、鱗は鱗で身激しく身を振り回して剣を払いのける。
 両者のせめぎ合いは角逐を極めながらも、瞬く間に極限を超えて、急速に終わりを迎えた。
 剣の一突きが、ギガントマキアの前胸部前方の障壁に綻びを齎したのだ。
 穿たれた綻びは、錐の一突きを思わせる小孔に過ぎなかったが、この一撃により均衡は一気に崩れたのである。
 無数の剣は、生じた綻びを目指して一斉に押しよせるや、綻びを強引にこじ開けた。
 薄氷に生じた綻びが瞬く間に氷上全体へと波及していくように、前胸部に生じた綻びは亀裂となって魔術障壁全体へと直ちに広がってゆき、鱗のごとき外殻を粉々に破砕するのだった。
 魔術障壁は完全に砕け散り、魔力の残滓が赤い靄となり周囲に充満した。
 ここに魔術障壁は完全に霧散したのだ。
 ハルは掌を返して剣の腹をを横に倒す。
 既にキャリブルヌスによって体力や魔力は底をついている。
 わずかに残った気力を振り絞りながら、ハルは剣を横なぎして、ギガントマキアの左腕を切り伏せた。
「これで……」
 斬撃により、巌で塑像された大腕が巨人の肩元を離れて地上へと落ちた。
 肩で激しく息をしながら、ハルは機体を前方へと滑らせた。
 左右の手に剣を握りしめた。そうして、今度は流れるような挙止でもって、ギガントマキアの右拳へと斬り込んだ。
 駆け抜けざま、剣を振り下ろす。
 ギガントマキアとキャリブルヌスの影が交錯し、ついで、銀色の刀身と、黒々とした拳がぶつかり合う。
 しばしの間、静寂が世界を包む。
 凍り付いた時間の中をキャリブルヌスが前方へと滑り出した。
 瞬間、乾いた破砕音が周囲へと鳴り響いた。
 束の間の静けさは、直ちに破られたのだった。
 銀剣は巨大な岩石の拳に浅い十字傷を刻みながらも、破壊する事叶わずに、ばらばらに砕け散ったのだ。
 だが、これで良い。自分は障壁を破壊し、敵の片腕は切り落とし、そして、ちょうど良い目印を刻印したのだ。
 自分の役目は果たしたのだ。
 あとは彼女たちが、ギガントマキアへと引導を渡すだろう。
「これでさようならだ…!」
 キャリブルヌスはギガントマキアの傍らを滑り抜けた。
 瞬間、白い閃光が空に走った。閃光は、寸分たがわずに十字を刻まれたギガントマキアの右拳を捉えて、一撃のもとに粉砕した。
 ハルは一人、噂の天才へと喝采を送りつつも、ますますに機体を加速させていく。
 なにせ、ギガントマキアから可能限り距離をとる必要があったからだ。もう一人の天才が今まさに最大火力を放ったことは、魔力に疎いハルにもはっきりと感知できている。
 背後モニター越しに青い光が地上へと降り注ぐのが見えた。青い光の濁流がギガントマキアの巨体を飲み込み、焼灼した。
 迸る青い光の中で、ギガントマキアの巨体が黒く先細りし、歪に萎みながら、細切れの黒ずみとなって霧散していくのが肩越しに伺われた。
 ハルはもう一人の天才へと微笑を投げかけた。
 巨神との戦いの前哨戦は、ここにハルとシルとの勝利で幕を下ろしたのである。 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エリー・マイヤー

ドラゴン退治で疲れたところに、大ボスのお出ましですか。
これはしんどいですね。
ねぇ、アレクサンドラ。
いつもながら、エナジー吸い過ぎじゃありません?

まぁいいです。
ちょっと無茶をしましょう。
敵の拳や足の動きを念動力で妨害しつつ、光翼で飛び回って回避。
そのまま【念動フラッド】からの【念動オーバーフィル】。
ユーベルコードでエナジーを無理やり引き出して、過剰供給です。
翼と剣の出力を増し、一度上空へ離脱。
敵の攻撃をいなしつつ、急降下して斬りかかります。
で、一度斬ったらUターンして再び上空へ。
ヒットアンドアウェイを繰り返し、敵の注意を上に引きつけます。
そうして、アロンダイトが一撃ぶちかます隙を作ります。


日下部・香

引き続きアロンダイトに協力要請。

敵が防御姿勢を取る前に仕掛けるのは難しそうだ。アロンダイトのパイロットには、敵が両腕を構えている間は絶対に正面から攻撃しないよう【情報伝達】しよう。
私がアロンダイトと違う方向から攻撃すれば、少なくとも一方からは攻撃できる。

ただ、敵が向きを変える可能性はある。敵の反撃を考えれば、アロンダイトの方を向かせたくはない。
【螺旋弓術・黒雨】で、なるべくアロンダイトの居ない方向から攻撃したい。
私は反撃されても、火山弾がくるとわかっていれば【ダッシュ】で避けられる……はずだ。最悪でも直撃は避けられるだろう。
危険だけど、最優先はアロンダイトの破壊阻止だからな(【覚悟】)



●遠き山に日は落ちて
 気分転換にとコクピットハッチを開いて、外界の空気に直接触れる。
 瞬間、陽光が穏やかな光の指先で頬を撫で、草原を渡る風が濃い緑の匂いを鼻腔へと運んでくる。
 暗雲は取り払われ、空は晴れやかに青く澄んでいた。一面を覆いつくす緑の大地が、銀の陽射しに洗われて葉木を艶っぽく輝かせていた。
 景観といい、大気といい、心を和ませてくれる。
 エリー・マイヤー(被造物・f29376)は鷹揚と背を伸ばしながら、ささやかな悪癖に興じることを即断した。
 するりと伸びた喜色交じりの指先が、シガーケースを軽やかに開く。こねるようにしてシガーケースの中をまさぐった時、しかしエリーはたまらず戦慄を覚えた。
 白漆喰の指先は、煙草の雑っぽい紙包みを掴むことは無く、虚空を掴むばかりであった。
 たまらず、口元より困憊まじりの吐息が零れた。
 そうだ。少し前の一服で、予備の煙草すら払底したのだ。
 煙草が切れた事への不満感が、鉛のように重くのしかかる疲労の翳をより一層際立たせた。
 眉根を寄せて、ついで形の良い濃紺の瞳を怒気まじりに細めた。
 そうして、腹いせとばかりに、アレクサンドラへと悪態を吐く。
「ねぇ、アレクサンドラ。いつもながら、アナタ、エナジー吸い過ぎじゃありません?しかも煙草まで切れているなんて……私、不運が過ぎるというものですよ」
 りぃんと、自らの声音がコクピット壁を反響した。
 そして間もなく、氷のようにするどい反論の言葉が返ってきた。
『想定外のエネルギーを送られ、絶えず処理する私の身にもなってもらいたいもにのですよ、エリー。それに煙草に関しましては、各種悪性腫瘍の発症率を増大させるばかりか、COPDを始めとした各種肺疾患の危険因子となりなません。喫煙をおすすめします』
 叱責の言葉が、感情の抑揚とは無縁に響く。
 ぐぅの根も出ないとはまさにこのことで、エリーは、声の主たるアレクサンドラとの舌戦を早々に打ち切るや、重い体をゆったりと持ち上げて、てコクピット席から、前方の草原へと視線を映した。
 そう、厳粛たる教師の意見に無視を決め込んだのである。
 このままじゃ喫煙者は絶滅に瀕するだろう。世界は勿論のことアレクサンドラすら哀れな絶滅危惧種に救いの手を差し伸べようとはしないのだ。
 エリーは、口を結び、前方に広々と横たわる緑の大地を一望する。
 あるものといえば、足元の雑草や芝生と、せいぜいが風化した古びた遺構程度である。
 よく言えば名工風靡な、悪く言えば、粗野な自然と風化した旧跡で彩られた単調な長城南部平野に、エリーは、二つの異質な夾雑物が、さながら小山のように聳え立っているのに気づく。
 詳細を期するならば、つい先ほどまで小山は三つ、それぞれ南部平野の東西と中央に存在していた。だが、西側の小山は魔術で砕かれ、消滅した。
 エリーは溜息をますます深めながら、残存する二つの黒山を交互に見やった。
 黒山は、あえて形容するならば、黒褐色を歪に重ね合わせた、人体の様な形をしていた。
 先鋭アートといえば、聞こえは良いが、不出来な木偶人形かなにかにしかエリーには見えなかった。
 果たして、山なのか人なのかは判然としなかったが、しかし巨大な異物は、岩石の大足をひきずりながら牛歩で大地の上を這いずっていた。
 この不出来な木偶人形、デウスエクス『ギガントマキア』こそが、これよりエリーが討伐する対象というわけだ。
 砲頭竜を倒した矢先、今度は大ボスのお出ましというわけだ。
 そして、いざ、大ボス退治のために、せめてもとやる気を補充しようとすれば、煙草は底をついたときたものだ。
 更に都合が悪いことに敵の大ボスは、不出来な外見に似合わずに膨大な量のエネルギーを有しているらしい。
 エリーの超能力は、明敏な感知器となり、敵から放たれる膨大な魔力の波動を感知していた。
 個としての能力が、砲頭竜の比では無い事は明らかでその脅威を知らせるように、耳鳴りの様な警戒音がさながら不快な捻髪音となって鼓膜を引っ掻いている。
「これはしんどいですね……。とはいえ、一人で残業というのも私の性に合いません。一緒に砲頭竜を倒した縁という奴です。ちょっと無茶をしましょう」
 エリーは顎を引いて、足元の少女へと視線を落とした。
 黒真珠の瞳が、仰望がちにエリーを見返して来た。明朗とした声音が少女の菫色の唇から直ちに零れた。
「えぇ、もちろんです。荒事にはなれてますから。私も付き合わせてもらいますね」
 少女が首を縦に振れば、黒のポニーテールがゆったりと、いかにも気持ちよさげに空を揺蕩った。
 エリーは無表情なままに、わずかに口端を持ち上げた。
「それから……アロンダイトのパイロットの天才さん? あなたにも手伝ってもらいますからね?」
 エリーは揶揄うように超能力でもって思念を送る。
 はたして、エリーの思念は特定の波長をもつ信号波となって、アロンダイトのパイロットのもとへと届いたようだ。
 遠景の丘陵地帯の上で、腹ばいに蹲っていたアロンダイトがエリーのもとへとわずかに首を傾けるのが見えた。アレクサンドリアへと直ちに通信が返ってくる。
『て……天才はやめてくださいっ』
 困惑したような声音に、たまらずエリーは苦笑を深めた。再びパイロットへと水を向ける。
「天才じゃなければ出来ないことをこれからやってもらうんですからね。まぁ、頑張って下さいね。天才さん?えっと……それとそこのアナタ?お名前は...?」
 噂の天才との会話を打ち切り、黒髪の少女へと次いで尋ねる。
「日下部です。日下部・香(断裂の番犬・f40865)……ケルベロスです」
 語気を強めながら黒髪の少女、香が答えた。
「わかりました。香さんですね?それから、アロンダイトのパイロットさん。アナタ、お名前は確か……」
「エミリーです。エミリー・三木・アンスウェル。DIVIDE直轄英国第三軍所属、アロンダイトのテストパイロットで……」
 通信機ごしに、噂の天才エミリーの声が響いた。彼女が、まくしたてるように冗長な文言を吐こうとするので、エミリーは直ちに割り込んだ。
「了解です。では、天才エミリーさん、今から私と香さんとで敵デウスエクスに攻勢を仕掛けます。あなたはここぞという時に重たい一撃を敵に叩き込んでくださいね?」
 天才エミリーへと言い終えると、ついでエリーは、香へと再び水を向けた。
「で、構いませんよね、香さん?」
「うん、問題ないと思います……。相手を倒すのならこちらから打って出るのが最善だと思いますからね。……
ただ相手は、たぶんこちらが仕掛ける前に防御態勢を整えると思うんです。そうすると相手の特製上、アロンダイトからの正面攻撃は避けた方が無難でしょうか。アロンダイトには常に背後か側面から敵を狙撃してもらう必要があると思います」
 香は、なにかを思索するように俯きがちに言った。
 エリーは、香の言葉を念動力でもって直ちに、天才エミリーへと伝えた。
 コクピット越しに、まかせて、という天才エミリーの自信ありげな声が返ってきた。
 エリーは、香へ、そして天才エミリーへと告げる。
「あとは相手の弱点ですけれどね、特に脆いのは頭部みたいです。攻撃に伴い少しの間だけ、外殻が開くみたいなので、そこを狙い撃つのが無難でしょうか」
 おそらく、頭部の外殻が開放されるのは攻撃に続く、一秒以下の僅かな間だけだろう。
 まぁ、天才ならば問題なく撃ち抜くはずだ。
「それでは三人そろって、ちょっとだけ無茶をするとしましょうか?」
 一笑いして、エリーは疲れ切った自らを鼓舞すると、コクピットハッチを念動力で閉じた。
 エリーは早速、意識を集中させて、アレクサンドラへと大量のサイキックエネルギーを注ぎ込む。
 思念はたちどころにエネルギーへと変換されて、青みがかった粒子とって指先から迸った。青みがかった光沫が、白磁の指先を伝い、石清水のようにコクピット床へと流れ落ちていく。
 零れ落ちた光の水沫は、コクピット床を透過してアレクサンドラの体内を還流していった。
 それまで光一つ射しこまなかったモニターに青空が浮かびあがり、ついで、激しい駆動音がエリーの耳朶を揺らした。
 そうして機体がサイキックエネルギーで満たされたのを確認したところでエリーは再びアレクサンドラへと飛翔の思念を伝えた。
 瞬間、アレクサンドラの肩甲部より突き出した光の翼が、勢いよく空を撫でつけた。
 翼が大きくはためけば、アレクサンドラはその質量を完全に無視して、物凄い勢いで空高く舞い上がった。
 エリーは急激に切り替わるメインモニターを絶えず注視して、常にギガントマキアを視界の中央に据えた。そうして、上空へと至るや、息つく間もなくギガントマキアへと向かい、高高度から機体を滑走させた。
 さながら弾丸のように、アレクサンドラが鋭い落下軌道でもって空を滑り落ちていく。
 念動力により形成された力場が、エリーに抗う全ての力を相殺した。今や重力はエリーに頭を垂れて、風圧は恐れおののきながらエリーに道を譲ったのだ。
 空を舞い上がる浮遊感も、空を急降下する疾走感すら感じられない飛翔というものに物足りなさを感じないでも無かったが、アレクサンドラは、物理法則を完全に無視した滑らかな軌道で空を滑り落ちると、黒山として聳えるギガントマキアの頭上に躍り出た。
 エリーは思念を送り、アレクサンドラにフォースセイバーを抜刀させる。
 剣は、アレクサンドラの掌に収まるや、直ちに蒼白い光の刀身を塑形した。
 アレクサンドラと巨人の距離がさらに縮まった。
 ふと、地上へとアレクサンドラの影が落ち、ついで巨人がぴくりと肩を震わせた。
 巨人が、暗紫色の瞳を重たげに持ち上げるのが見えた。
 ついで、巨人が、上空へのアレクサンドラへと焔を纏った拳を振り上げる。ほぼ反射的に振り上げられただろう拳は狙いは正確であり、鋭い軌道を描きながらアレクサンドラの胸部へと迫り来る。
 エリーはふんと軽く鼻を鳴らした。
 ついで、意識を巨人の拳へと集中させる。
 イメージするのは不可視の大腕だ。この大腕でもって巨人の手を払いのけるのだ。
 はたしてエリーの脳裏に描かれたイメージはそのまま現実のものへと昇華する。
 当初、真っ直線に振り上げられた巨人の拳は、見えない力に押しやられるようにして、上空に向かうに従い、ゆったりと左方へと曲線を描き、アレクサンドラの胸部すれすれを掠めながらも空を切ったのだった。
 そう、エリーのサイキックエネルギーが拳の軌道を強引に捻じ曲げたのだ。
 目の前を通り過ぎていく拳を尻目にしながら、エリはー、敵の脳天目掛けて剣を振り下ろした。
 蒼白い光の刀身は、鋭い三日月の軌道を描きながら、巨神の頭部を打ち付け、そして弾かれた。
 チッと舌打ちしながら、エリーは剣ごとに後方へと弾かれた機体を制御する。
 即座に念動力で姿勢を整えて空中で受け身を取った。
 アレクサンドラは数間程、後方へと退きながらも、空の足場を踏みしめて直ちに剣戟の構えを取った。
「うっとしいですね、あなたの魔力の鎧――」
 苦々しく吐き出して、ついでエリーは更なるサイキックエネルギーを解き放つ。
 無限の水嵩を持つサイキックエネルギーの湖から、大量のエネルギーを掬い上げるようにとエリーはイメージを固めた。
 瞬間、イメージと現実の垣根は取り払われて、膨大なサイキックエネルギーがエリーのもとよりあふれ出した。
 それまで瀬川のように指先からひたひたと零れ落ちていた光の水沫は水勢を一挙に増して、濁流のごとき勢いに変わる。
 たちどころにコクピット内が青い光の泡沫で満たされた。
 【念動フラッド】により、エリーはアレクサンドラに大量の輸血を行ったのだ。
 サイキックエネルギーという名の血流を、体幹部はもちろんのこと、アレクサンドラの四肢の末梢にすらしみ込ませて、エリーはアレクサンドラを強引に一つ上の段階へと引き上げる。
「今こそ限界を超える時です。覚悟は良いですね、アレクサンドラ?」
 口端をひくひくと痙攣させて、冗談交じりに言い放つ。
 そんなエリーの愛らしい微笑みに対して、アレクサンドラは諦念じみた怨嗟の声で答えた。
『無茶振りやめてください……。それにどうせ止めたって、あなたはやるのでしょ、エリー』
 正解、と言葉短く呟いて、エリーはあふれ出したエネルギーを一挙に放出した。
 放出されたエネルギー体は光の翼を通常に倍する拡翼へと膨張させて、青く輝くフォースセイバーの刀身を強固たるものとする。
 小難しい理屈など不要な、ただただ力を放出するだけのこの技はエリーの十八番の一つである。
【念動オーバーフィル】。無限にも近いサイキックエネルギーを放出することで、武器の類を可能な限りまで強化したのだ。
 ここからやるべきことはただ一つだった。
 フォースセイバーの乱舞でもって、敵の注意を惹くこと。
 そして、敵の装甲表面を覆う、なにやら奇妙な魔術障壁を撃ち抜くことである。
 緩慢な挙止でもって巨人が一歩を踏みこむのがモニター越しに見えた。
 巨人が腰を捻り上げて、前のめりに拳を突き出してくる。
 黒い砲弾の様な拳が、空中を滑りだす。
 巨体に似合わぬ高速で打ち出された拳を、しかし、エリーは念動力とアレクサンドラの機動力を用いて阻止してみせる。 
 念動力で不可視の障壁を、幾重にも張り巡らせた。
 拳は一枚、一枚と障壁を撃ち抜きながら、徐々に速度を落としていく。
 減速した拳を余裕の表情で見据えながら、エリーはアレクサンドラの大翼をはためかせた。
 大翼が空をかき分けて、アレクサンドラの体が光の矢となり、上空へと急浮上する。
 大空へと飛翔したアレクサンドラにひと息遅れて、巨人の拳が虚空を掠めた。
 ここにエリーと巨人による攻防一体のワルツは幕を下ろした。
 上空に至るや、エリーは直ちに機体を下方へと向けて、回避行動から一転、攻勢へと打って出る。
 再び光の翼をはためかせるや、アレクサンドラがすさまじい速度で地上へと急降下した。
 地上に近づくや、フォースセイバーで上空より巨人へと鋭い一撃を繰り出した。
 さながら猛禽類が鋭い爪先で獲物を強襲するように、アレクサンドラのフォースセイバーが巨人へと匕首をつきつけた。
 光の剣戟は、しかし巨人の表面に張られた赤黒い鱗の様な外殻によって、弾かれた。
 二の太刀も、初撃と同じように不発に終わった。
 ふんと、苦笑交じりに舌を鳴らして、再び突き出された巨人の拳を、エリーは軽やかなる舞踏でもってやり過ごす。回避と同時に羽ばたき、再び上空へと躍り出た。
 巨人には魔術障壁という無敵の盾がある。
 サイキックで破壊しようにも、巨人の外殻は、強固にサイキックエネルギーに抵抗して、微動にしない。
 となれば、手数でせめて破壊するより他にない。 
 エリーはため息まじりに肩を竦めると、再び急降下による斬撃でもって巨人へと攻勢をしかけるのだった。
 アレクサンドラが大空より駆け下りて、そうして鋭い矛先を煌めかせた。
 ぎらつく光芒が瞬き、ついで、巨人の外殻に弾かれる。
 アレクサンドラの攻撃が終われば、今度は巨人が攻撃に転じる。巨人は黒々としたやみくもに振り回し、アレクサンドラを殴りつけた。
 むろん当たってやる道理はエリーには無い。
 念動力を用いて拳を器用に回避しては、上空へと急浮上する。その後、急降下を行い剣を巨人へと幾度も叩き込んだ。
 攻防を続けていくうちに、巨人の注意が徐々に徐々にエリーへと注がれてゆく。
 十を超えるやり取りを経れば、巨人は最早、丘陵地帯に身を潜ませるアロンダイトの存在など歯牙にもかけず、妄執の視線と拳の乱打でもってアレクサンドラを追いすがった。
 そして、巨人は攻撃を繰り返すたびに、拳の一撃、一撃は精彩さを増していった。
 当初は空振りするだけの拳が、アレクサンドラの装甲すれすれを掠めるようになった。
 はたとエリーは気づく。
 気づけば、コクピット内を満たす青い粒子は消褪しるつあり、今や周囲は濃紺から淡青色へと色彩を変えつつあった。
 無限に存在するサイキックエネルギーといえども、一度に放出する量には限度があるのだ。
 なるほど、敵がエリーの攻撃に適応しつつあるのではない。アレクサンドラの動きが鈍りつつあるのだ。
 肩で息しながら、エリーは現状を分析する。
 それでも尚、氷の微笑は崩さない。
 現状、一見、追い込まれているかのように見えて実際に窮地に立たされているのは、アレクサンドラでは無く、巨人だからだ。
 すでに、敵の外壁たる魔術障壁はところどころに亀裂が入り、壊れかけのガラス細工のようにひび割れている。
 辛うじて障壁は巨人の表面にはりついているが、その実、崩壊寸前間際という様相を呈していた。
 エリーは意識を集中させる。
 剣にありったけの力を注ぎ込むと、再び滑空による斬撃へと打って出る。
 見る間に機体内のサイキックエネルギーが減退していくのが分かった。
 当初は、無風状態のコクピットがわずかながらも動揺を始めた。背より突き出た大翼は大きく萎み、大鷲のそれから、鳶のそれへと変質した。
 だが、どうにもあの巨人の横面をひっぱってやらないことにはおさまりがつかない。
 エリーは眼下にて、悠然と身をそびやかす巨人を睨み据えながら、敵の頭頂部へと向かい刺突の一撃を試みる。
 アレクサンドラと巨人との距離が瞬く間に迫っていく。
 巨人が腰を落として、滑空するアレクサンドラ目掛けて拳を振り上げた。
 拳から零れだした焔が赤い舌でもって上空に蓋をして、アレクサンドラのモニターを赤い万幕で遮った。
 赤く燃える視界の果てで、まるで勝利でも確信したかのように、巨人が暗紫色の瞳をにやつかせるのがおぼろげながら伺われた。
――気にいらないですね。
 呟くと同時に、エリーはサイキックエネルギーを振り絞る。
 焔をかき分けて黒々とした拳が、アレクサンドラへと迫る。
 猛烈な勢いで迫ってきた拳は、しかし、アレクサンドラの胸部装甲を拳一つの距離まで捉えるも、しかし、目に見えない巨大な掌かなにかに圧迫されたかのように、押しつぶされるようにして、ずしんと地上へと沈み込んだ。
 サイキックエネルギーは無尽蔵だ。
 エリーはやや自分に無理をさせて、この無尽蔵の中からさらに一掬いして、再び巨人へとぶつけたのだ。
 とはいえ、さしものエリーもさすがに限界寸前だった。
「天才さん、私が作る絶好の機会しっかりとものにしてくださいね?」
 独り言ちながら、エリーは巨人の眉間目掛けて剣をまっすぐと伸ばした。
 はたして、フォースセイバーは、まるで吸い込まれるように、巨人の眉間に青白い光の切っ先を伸ばし、すでに崩壊寸前の外殻を粉々に打ち砕くのだった。
 赤黒い魔術障壁の外殻が砕け散り、ついで蒼白いフォースセイバーの刀身もまた砕け散った。
 最強の剣と、最強の盾の応酬はここに一つの決着を迎えたのである。
 赤と青の微光が互いに絡みつき、空間を紫色に潤色していた。
 たちこめる紫色の帳を切り裂くように一条の光芒が、アレクサンドラの側方を過ぎ去っていった。
「まぁ、及第点です、天才エミリー」
 青い光は、アレクサンドラを追い越し、そうして巨人の左側頭部を飲み込むと、巌で出来た巨人の左前額部から左頬部を光の刃でもってそぎ落とし、完全に破砕した。
 コンマ七の時間制限の中、噂の天才エミリーは見事に巨人の頭部を撃ち抜いたのだった。
 今やエリーの攻勢により巨人は無敵の盾を喪った。そして、アロンダイトの一撃により、頭部の半分を失うに至る。
 巨人が膝を折り、大地に蹲るのを横目にしながら、エリーは内心でほくそ笑む。
 今まさに第二の矢が放たれようとしていた。
 エリーは彼女に止めを託すとともに、戦域外へと身を翻す。
●新世界より
「……すごいな、天才の名前は伊達じゃないみたいだ」
 胸を熱くしながら、日下部・香は大地を蹴り上げる。
 歩を踏みしめるたびに、心の奥底で熱いものが迸っていくのが分かった。
 それもそうだろう。
 人類が作り上げた叡智の結晶が、今、その強力な刃でもって、過去においては絶対的な捕食者たるデウスエクスを薙ぎ払ったのだから。
 父の寂し気な横顔を想うにつけて、香はますますに胸を高揚感で高鳴らせたのだった。
 さしずめ、蟻と象の戦いだと、いつか父がぼやいたのを香ははっきりと子供ながらに記憶していた。
 父は螺旋忍軍より定命化を果たして、人間社会へと順応した。そんな父だからこそ、デウスエクス側の戦力は嫌というほどに知悉していたのだろう。
 父は、家族団らんの折、テレビジョンで報道される悲惨な戦いの傷跡を目の当たりにするたびに表情を曇らせて。いつもぽつりと人間側の劣勢を嘆いたのだ。
 侵略当時の情勢を思えば、蟻と象という形容は正確を得ていると言えるだろう。
 だが二十七年の月日を経て、蟻は象へと強力な一撃を見舞ったのだ。
 香の目の前では、かつては人類にとっては絶対的な恐怖の象徴であったデウスエクスが、片膝をつき、こうべを垂らしている。
 峻険な黒山のように聳え立っていた巨人の厳粛とした姿はもはや、そこには無かった。
 青いポニーテルの綺麗な女性と、エミリー・三木・アンスウェルが駆るアロンダイトによる連撃によって、巨人ギガントマキアはついに大地に跪いたのである。
 今や巨人は、硬い大地へとひれ伏して、隻眼となった暗紫色の瞳でもって、いかにも歯がゆげに地面を睨み据えている。
 もちろん、巨人はまだ健在である。
 姿かたちの上では、あくまで顔の半分を失っただけであり、体には傷らしい傷は無い。
 だが見た目に反して、巨人の内奥から留まることを知らずにあふれ出していた膨大な魔力の奔出は、今はまるで感じられなかった。
 おそらく見た目以上に、巨人の負傷大きいと香は見る。
 魔力の損失により、傲岸不遜の絶対主は、主上の座を追われて地上へと堕したのだ。
 人類の研鑽が、ついに異形の神に追いすがり、彼らを同じ地平線へと引きずり込んだのだ。
 香は、目頭を熱くしながらただ地を駆ける。
 高揚感に飲み込まれていることを否定するつもりはないが、しかし、頭は妙に冴えわたっている。
 香は、これからの一挙手一投足を脳裏に描く。同時に、耳元のインカムへと手を伸ばすと、アロンダイトへと通信回線を開いた。
「エミリーさん。これから、私も仕掛けます...! 私が敵を翻弄しますので、エミリーさんはくれぐれも射線には注意してください。私と同じ方向からは決して銃弾を放たないように。間違っても、敵の攻撃をあなたやアロンダイトには向かわせたくはないので」
 疾駆ながらに吐息を荒げて、香は慌ただしく言い切った。
 直ちにエミリーの返信が返ってくる。
『了解、香ちゃん。これから、エミリー・三木・アンスウェルだよ。ごめんなさい。あなたには危険な役割を任せてしまうけれど――』
 通信機ごしに響いた声音は、やや早口で、どこかくぐもって聞こえた。
 まるで香を憂慮するような、そんなエミリーの心の声が滲み出ているようだった。
 既に十八を迎えて成人を済ませたというのに子供扱いされることに対するささやかな反感と、親切心から出たであろう言葉に対する謝意の念がが複雑に混淆し、こそばゆさとなって香の胸裏を横切った。
 ぽりぽりと鼻を掻きながらも、香は通信を終えた。
 エミリーの気遣いはありがたかったが、優先すべきはアロンダイトを守ることである。
 となれば自分はあえて危険の中に身を置こう。
 自らにそう言いながらと、更に巨人へと距離を詰める。
 香は、一陣の風となって、大地を駆け上がる。
 紅いマフラーが、さながら獣のたてがみのように雄々しくたなびいた。吐息が、白い靄となり、後方へと流れていく。
 一歩を踏み出す毎に巨人の陰影がますますに明瞭となっていく。ぴりぴりとした殺気が重圧となって全身を苛んでくるようだった。
 走りながらに、背に担いだ弓を抜き左手で構えた。ついで、矢筒から矢を一本取り出すと弓に番えて、螺旋の魔力を込める。
 なるべく死角へと回りこんだ上で射撃を試みたかったが、開かれた戦場では、身を隠蔽させるのは一筋縄ではいかなかった。
 弓矢の射程間際にまでギガントマキアへの接近を終えた香であったが、あと数歩が届かなかった。
 急接近する香に気づいてか、巨人がようやく大地に立ち上がったのである。
 巨人の一歩が地を揺らし、地響きが草原の草草を揺さぶった。
 動揺する足場の中で、香は、巨人がゆったりと香へと向かい体勢を向けて、両の腕を振り上げる巨人の姿を見た。
 巨人の素早い反応を歯がゆく見やりながら、香は直ぐに思考を切り替えた。
 防御姿勢を取る前に仕掛けるのは難しいとは分かり切っていたことだ。奇襲攻撃の成功を前提にして作戦を練り上げるほどに香は夢想家では無い。
 むしろ、敵が態勢を整えるまでの間に、螺旋弓を放つのに足るほどの魔力を蓄えられたことを僥倖とみるべきだろう。
 ユーベルコードを使役可能な魔力は既に香の中に蓄積されている。
 あとはこの力を解放して敵へと放てば良い。
 死地に飛び込み、矢を放ち、そこからは敵との我慢比べだ。
 そう覚悟を決めて、香は更に一歩を踏み込んだ。
――ここに、弓射の間合いに敵を収めた。
「射ち、写し、穿つ」
 言の葉が口元から零れれば、あふれ出した螺旋の魔力が香の指先に集簇する。
 普段ならば、静止したままに射撃に入る。
 だが敵の特性を思えば、一工夫を加える必要があった。
 香は左右に軽やかにステップを踏む。
 右側方へと軽く飛び退くと同時に、弦に番えた矢を引き絞る。ついで、左方へと切り返して、鋭い矢尻でもって巨人の心臓部を狙いすました。
 姉であり師であるオルトロスは、戦いの際には敵には的を絞らせるなと言った。
 接近機動ひとつとっても、例えば動きに虚実を交えることで相手にこちらの動きを誤認させるのが戦いの常道だと義姉は語ったのだ。
 大腕のガード越しに巨人の視線が左右した。
 香は、そのまま左方へと飛び退き射撃の態勢に入る。
「天を衝き、地に降る――。無数の矢尻よ、黒雨となりて敵を穿ちぬけ」
 矢にかけた指をゆっくりと離す。
 瞬間、弦の緊張は解き放たれて、激しいきしりと共に、矢が吐き出された。
 放たれた鏑矢は風切り音をあげながら、巨人目掛けて、空を突き進んでいく。
 陽炎のような揺らめきの中で、矢が指数関数的にその数を増やしていくのが分かった。
 当初、一本であった鏑矢は瞬く間にその数を増やして、ついぞ、千を超える矢へとなって、香と巨人とに横たわる間隙を埋め尽くした。 
 生み出された矢は、それぞれがまるで個々の意思を持ったかのように自由気ままに空を飛び回りながらも、気づけば数十本単位で纏まって群れの様なものを複数個作った。
 さながら、あまたの黒い敷物が空に生み出されたのだ。
 黒い敷物の一つが、巨人の死角より覆いかぶさる様な格好で、巨人の背へと鋭い矢を突き付ける。
 まさに、矢じりが巨人の背を食い破らんとした瞬間、巨人の鈍重な体躯が妙に滑らかな動きで後方へと翻り、大岩の両腕が押し寄せる矢じりの前に立ちはだかった。
 一挙に、大気が熱を帯びて、がたがたと震えだす。
 殺気まじりの空気に威圧されて、ほぼ反射的に香は大地を蹴りぬいていた。
 膝を折り、上体を反って、緑の上を滑り抜ける。
 最初に感じたのは巨人の両腕を中心にして迸った赤黒い光だった。ついで、巌に弾かれて、矢の嵐が力なく地上へと叩きつけられるのが見えた。
 つんざく様な激しい轟音が鼓膜を殴りつけた。ついで、空気が激しく震動し、炎を纏った礫が雨あられと香の肌先すれすれを掠めながら、彼方へと遠ざかっていった。
 爆ぜた火の粉が、額に打ち付けた。
 熱感を額に感じつつも、香は無傷なままに火山弾をやり過ごしたのだ。
 前方へと滑りながら、火山弾を尻目に、香は即座に草の大地の上に立ち上がった。
 ここに、香と巨人とは神経戦へと同時に突入したのだ。
 集簇して飛翔する矢は未だ、空中を埋め尽くして、鋭い矢尻でもって四方八方から巨人を睨み据えている。
 対して、巨人もまた、次に自らへと襲い掛かる矢の嵐に備えて、意識を集中させていた。
 まるで絹帯がたなびくように、矢の雨が左後方より、巨人へと襲い掛かった。
 即座に巨人が身を翻して、大腕でもって雨を弾いた。
 香は大地を踏み抜いて、火山弾を紙一重で回避した。
 もちろんこれで両者の応酬が終わったわけではない。
 矢は続々と巨人のもとへと雨のように降り注ぎ、攻勢に呼応するように巨人が大腕で障壁を巡らした。
 そのたびに矢は力なく地上へと落下して、代わって火山弾が香を襲った。
 目の前が赤黒く染まるたびに香は左右へと飛び退いて、焔を纏った弾丸を回避する。
 螺旋弓を放ち、弾丸を打ち落として、時にはあえて被弾を覚悟する。
 弾け飛んだ礫の一つが、赤い火の粉を爆ぜながら香の華奢な肩元を撃ち抜いた。肩に走る強烈な疼痛と激しい衝撃に煽られて、たまらず、両の足が大地を離れて、体が宙を舞う。
 真っ赤になるまで唇をかみしめて、香は、痛みに耐えた。
 空中で体を翻すと、華麗に受け身を取り、地上へと着地。そのまま側方へと飛び退いて、未だ無数に押し寄せて来る礫の直撃を回避する。
 そうして、礫から身をかわすや、香はケルベロスコートから包帯を取り出して、ずきずきと痛み右肩に巻き、応急処置を済ませた。
 巨人と香との戦いは熾烈を極めた。
 空には千を超える矢が未だに揺蕩っている。そして、これらの矢は、たえず巨人へと襲い掛かり、黒い大腕の抱擁でもって巨人を包み込んだ。
 むろん、正面からの矢はすべてが無力化されて、矢の応酬というばかりに火山弾が雨やあられと香へと発射された。
 とはいえ、巨人が防御することが出来るのは大腕で守られた正面だけであり、側方や攻撃には対処する術はない。
 側方や背後から襲い掛かった矢は、時に分厚い岩の皮膚に弾かれながらも、時に大岩の鎧に亀裂を穿ち、時には巌を砕いた。
 また、アロンダイトの射撃も香を助けた。
 常に死角から放たれるレーザーライフルの一撃、一撃は頭部こそ撃ち抜かなかったものの、巨人の左大腿部の一点をほぼ正確に捉えて、分厚い巌を徐々にと削り取っていったのだった。
 香は息も絶え絶えになりながら、大地を走り回り、火山弾をやり過ごした。対する巨人も決して怯むことなく、香へと応戦を続けた。
 まさに互角の死闘が繰り広げられたが、両者の間に張り巡らされていた均衡はついにアロンダイトという第三者の介入によって崩れたのである。
 火山弾を香が回避する傍らで鋭い青い閃光が空に一条走った。
 閃光は、巨人の左足へと鋭い切っ先を突き立てるや、表面に生まれた綻びを抉るようにして強引にこじ開けた。
 蒼い閃光に灼かれて、巌の皮膚上に生じた無数の綻びを中心にして巨人の大腿部に亀裂が広がっていく。亀裂はついに大腿部を構成する巌の全体へと波及した。
 青い閃光が弾け飛び、ややおくれて大岩の大腿部が無数の岩の残骸となって吹き飛んだ。
 大腿部が砕け、無数の礫片が周囲へと舞い散った。粗い砂礫や粉塵が、靄となって広がっていく。
 片足を失った巨人が、ぐらつくのが見えた。
 巨人は右足でもって必死に大地に踏みとどまろうともがいていたが、奮戦叶わずに体勢を崩して、その巨体を仰向けに大地に横たえた。
 だらりと下垂した巨人の両腕とともに、防御は解かれて、分厚い岩盤の胸元が顔を覗かせた。
 転倒ざまに巨人が見たのは果たしてなんだったのだろうか。
 ふと脳裏を横切った疑問は、青空を背景にして容赦なく降り注ぐ、黒い驟雨によってかき消された。
 雨滴の一粒、一粒は、黒い光沢をねっとりと滲ませながら、空を斜に滑り落ち、巨人へと殺到する。
 するどい矢尻が、無防備になった巨人の胸部を砕き、体幹部を穿ち、そして辛うじて残された右頭部すらも撃ち抜いた。
 削岩音が、さながら悲壮に満ちた断末魔となって聞かれた。
 無数の矢に穿たれてついに巨人は、単なる石くれへと化したのだった。
 香はここに完全に力尽きた巨人の残骸を見ると、感嘆交じりに吐息を吐き出して、へたりと草の大地に腰を打ち付けた。
 視界の果て、東の丘陵地が浮かび上がった。
 中天に座す太陽が、柔らかな光の縞でもって、丘陵地帯を照らし出している。
 射しこむ光がなにかに触れて、散乱した。
 丘陵地帯にて、銀色の光が揺らめいてみえた。
 ――そうだ。あの光はアロンダイトがもたらしたものに違いない。
 後光を彷彿とさせる光の帯をたなびかせながら、丘陵に佇む人影はどこか誇らしげに狙撃銃ウィンストンを振り上げていた。
 間違いない。あの機体は人類が塗炭の苦しみに耐えながら、ついぞ鍛え上げた一振りの剣なのだ。
 人類にとっての希望の光がそこに輝いている。
 今、人類は次なる時代へと足を踏み出したのだ。
 アダム・カドモン長官が異世界から持ち帰った技術により完成した、人型決戦兵器アロンダイトは夜明けを告げる曙光そのものだった。
 洟をすすりながら、香はアロンダイトに忽然と魅入っていた。
 地上にも太陽が輝いてみえた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

雪白・咲
断界は極言すればただ真っ直ぐ飛ぶだけの斬撃
不意打ちならばまだしも、蜻蛉のように空を舞うあの敵に当たりはしない
先程のように一閃で終わるようなことはないと見るべき

いえ、それこそが望むべきことなのかもしれない
此度のような予知が必ずしもあるとは限らない
ならばここで敵の力を詳らかにし、その全てを学ぶことが次に繋がる

お守り程度のものながら、《霊珠》をあろんだいとの周りに配置
敵の力はあろんだいとを超えているかもしれない
しかし、優秀な観測者に指揮者、そして操縦者
性能の違いが戦力の決定的差ではないのでしょう?

打刀を持ち、敵に向かって駆ける
天眼をもって動きを見切り、敵がもたらす味方への破壊や死を先回りして斬り裂く



●地の星
「――お見事にございます……」
 桃色の吐息が口元から零れていた。
 吐き出された声音は、感嘆の音色を奏でる銀の鈴だ。空気を優しく震わせながら、柔らかな調となって周囲へと響いていく。
 北部の敵を全て切り捨てた雪白・咲(飛花仙・f42310)が中央陣地へと踵を返したのは、今後、中央こそが最も手薄となると睨んだからだ。
 最悪の未来予想はなにも、咲の杞憂や妄想ゆえに生まれたものではなかった。
 戦場に赴いた当初、咲の天眼が捉えたのは、すべての命が失われた、荒涼とした大地だった。
 天眼とは、いわば一足先に未来を覗く千里眼である。
 この瞳は、時間軸、空間軸を前後左右上下へと伸ばしながら、森羅万象を見通す。
 仙力をかなり消耗するがゆえに、楽な技ではない。
 だが、最悪の状況を想定して咲は、天眼を開眼させたのである。
 天眼が見せた未来視において、巨神『ギガントマキア』による火山弾により、草の大地は枯れ果て、兵士らは死に絶えた。あろんだいともまた、荒野と化した大地に無残な残骸を横たえ、さながら、長城跡は四の大地と化した。
 だが、絶望的な未来が現実となることはなかったのだ。
 網膜に浮かび上がった悪夢の光景は、友軍の八面六臂の活躍により、まったく別のものへと様変わりしたのである。
 今、かつての長城には太陽が射しこみ、緑の絨毯は艶やかに色めき、古びた石畳は往年の輝きを取り戻した。
 猟兵達の介入が、咲の天眼に浮かび上がる未来を狂わせたのである。
 いや、未来が変わったのは、なにも猟兵達の奮闘によってのみなされたわけではない。
 指揮官による卓越した指揮が部隊を支え、優秀な観測者が鷹の目で敵の動静を筒抜けにしたのだ。そして、あろんだいという剣は、優れた頭脳と視力に支えられて巨神へと鋭い刃を突き立てたのである。
 咲は、丘陵地へと小首を傾けた。
 あろんだいとなる奇妙な名を冠する、カラクリ武者が、泰然とした様子で狙撃銃を天へと向けて振り上げていた。
 鋭い銃口から滲みだした銀色の反射光が、降り注ぐ日の光と混淆して光の衣となって揺らめいている。
 そこに咲は、勝利に打ち震える、人々の叫びのようなものを見た気がした。
 すべての歯車が完全な調和のもとに噛み合い、そして、無血の勝利が今まさに、もたらされようとしている。
 同時に咲は肌感覚で、和の力の絶大さを知り、同時に個の限界を突き付けられたのだ。
 仙術の修業の末、個としての高みへと至った自分とは明らかに異質な力を、あろんだいとと、それを支える軍隊は備えていた。
 索敵班が目となり、指揮官が脳となる。そして、火砲部隊が手足となり、あろんだいともまた、剣となって戦う。
 彼らは人体における臓器のごとく、それぞれが有機的に協調しあう事で、あたかも一つの人体として機能しているかのようだった。
 個々の力は遠くデウスエクスに及ばずとも、それぞれが複雑に作用しあうことで、彼らはデウスエクスに匹敵する力を発揮したのだ。
 個を高めてきた自分がついぞ、必要としなかった、和の力というものを咲はまじまじと見せつけられ、たまらず胸を熱くしたのだ。
 天啓を得るとはまさにこの事だ。
 天の時は、地の利に如かず、地の利は人の和に如かず。
 修業中、しばしば諳んじてきた言葉が咲の脳裏に永遠と木霊していた。
 咲は、南部平原にて大の字で身を横たえる巨人へと視線を移した。
 天眼は今もなお、数秒ほど先の未来を咲の網膜に映し出している。
 間もなく、半死の巨人は立ち上がり、東の丘陵地のあろんだいとに標的を絞り、捨て身の攻撃に打って出るだろう。
 巨人は頭部を撃ち抜かれることで、魔力回路に重大な機能不全を起こしているようだ。彼の最大の強みである魔術障壁は霧散し、最早、巨人を守るものは巌で出来た鎧のみである。
 巨人自身、自らが窮地に立たされているのを理解しているはずだ。
 そして、戦いが長引くにつれて、彼を取り巻く状況は悪化の一途を辿るのは明白だ。
 となれば、新たなる未来視が示すとおりに、敵が取りうる行動はただ一つだ。
 乾坤一擲の覚悟でもって、破壊目標である、あろんだいとへと彼は攻撃を仕掛けるだろう。
 両の眼と天眼でもって、巨人の一挙手一投足をつぶさに観察する。
 巨人が、東の丘陵地帯へと向きを変えて、ゆっくりと前傾姿勢をとり、身を丸めた。
 大岩の巨躯がまるで奇術にでもかけられたように宙に浮かびあがり、まるで弾丸のように丘陵地帯に向けて滑走を始めたのだ。
 咲は反射的に霊珠を放つと、丘陵地帯へと結界を張り巡らされた。
 八つの霊珠はあろんだいんを中心にして、等間隔で丘陵地帯を囲んだ。霊珠と霊珠との間には光条が渡され、それらが、しめ縄のように丘陵地帯を包みこむ。
 霊珠による障壁がここに築かれたのである。この結界ならば巨人の攻撃を数度程度ならば跳ねのけるだろう。
 とはいえ、これは、あくまで、咲が巨人を撃ちもらした際の保険にすぎない。
 曖昧に眼を細める。
 あろんだいとを破壊させるつもりも、巨人に自由に動かせるつもりも、咲には無い。
 咲は、白く透明な掌を打刀の柄に添えて、剣の鯉口を切った。わずかに覗かれた刀身は、咲の素肌と同じ、真珠のごとき純白の光沢を湛えていた。
 咲はすり足で大地を踏みしめた。
 黒の草履が滑るようにして草地を踏み抜けば、瞬転、咲の小柄な体躯は風となって、低空を走る。
 縮地――。
 咲が得意とする仙術により、咲はただの大地の一踏みで、広大な距離を飛び越えて、丘陵地帯の前方へと躍り出る。
 両眼で巨人を睨み据える。
 巨人に立ちはだかるような格好で、抜刀の構えを取った。
 巨体ながらに鋭く空を突き進む巨人の姿は、まさに蜻蛉だ。
 一直線に丘陵へと突き進むと見えて、体幹に微妙な捻りを加えることで、巨人は飛翔ながらに上下左右へと体を振りまわして、あろんだいとの射撃に対応したのだ。
 先ほどの砲頭竜と比べて、機動一つとっても精緻である。
 果たして、咲は巨人の迎撃策について逡巡せざるを得なかった。 
 断界は極言すればただ真っ直ぐ飛ぶだけの斬撃。
 となれば、がむしゃらに断界を放ったとて、斬撃は巨人を捉えること叶わず空を切るだろう。
 咲が一息を吐き出すたびに、焦慮まじりの吐息が白い靄となって燻ぶった。
 遠景の小点に過ぎなかった巨人が見る間に近傍へと迫っている。
 飛翔体を正面に見据えながらも、咲は自らの弱気に渇を入れる。
「いえ、それこそが望むべきことなのかもしれませんね」
 薄紅色の唇が震えていた。
 半ば自らに言い聞かせる様に咲は言い放った。
 今日、自分は人の強さを知った。
 人は、知を醸成させ、技を洗練させることで、神に打ち勝つ刃を手にしたのだ。
 ならば、咲も彼らに倣い、知を深めるべきだろう。
 異形の神の一挙手一投足を伺い、敵の力を詳らかにし、その全てを学ぶことで次に繋げるための知をここに得るのだ。更なる高みに上るため、そして無辜の人々を救うために。
 咲は愁眉を開いた。
 巨人の飛翔音は、既に荒々しい轟音から、絹を裂くような高音へと変じていた。
 本来ならば、知覚できぬほどの速さで飛ぶ敵影を、しかし天眼だけがその軌道をはっきりと捉えていた。
 咲の脳裏に浮かび上がったのは黒々とした巨人の影絵だった。
 巨人を模した影絵が、まるで切り絵を切り貼りするように、妙に緩慢とした挙止でもって空を進み、咲のもとへと近づいてくる。
 この移動する影絵の軌跡こそが、数秒間における巨人の飛翔経路を示している。天眼はまさに、巨人の未来を筒抜けにし、咲の脳裏にて一連の巨人の行動を映像として投影したのである。
 両の眼は、高速で飛翔する巨人の姿を網膜に映し出し、天眼は、数秒先の未来の光景を脳裏へと投影していた。
 相異なる映像を照応させつつ、咲は狙いを定める。
 息を大きく吸い込んで、肺に溜め込んだ。
 一呼吸の間に、高速飛翔する巨人が更に咲へと迫る。
 葉擦れを彷彿とさせる耳障りな音が鼓膜を不作法に掻きむしり、凝縮した空気が鎌の様な鋭い刃で素肌を突きさしてくる。
 黒影がついぞ、咲を指呼の間に捉えた。
巨人に圧排されて、空気は歯ぎしりの様な悲鳴をあげ、その身を大きくたわませた。
 ついに巨人は咲の剣戟の間合いへとその身をさらけ出したのだ。
咲は死地へと一歩を踏みだした。力強く草の大地を踏みしめて、同時に、肘を引き、剣の柄で飛翔する巨人を制する。
 咲の目と鼻の先、巨人の陰影がはっきりと浮かび上がった。
 未来視による視野と、現実の視野とがここにぴたりと一致した。
「――断終」
 震える唇が言の葉を紡いだ。
 呼気と共に、ためた力を一気に解き放つ。
 右足を軸にして滑るようにして腰を捻れば、やわらかな咲の体が鞭のようにしなり、ついですらりとした二の腕が前方へと滑っていく。
 打刀が、鞘から銀の刀身をさらけ出した。
 斬撃は、その軌道すら視認させぬままにまるで水が流れるように空を走り、突き出た巨人の頭部へと吸い込まれていく。
 銀白の刃と、巨人の黒々とした巌とが、たまゆら一つに重なりあう。
 一瞬、手のひらにじんとした感触がした。
 咲は、口を横一文字に結びつつ、無心のままに剣を振り抜く。
 剣は、まるで紙細工かなにかを切り裂くように巌を断ち、銀色の閃光をたなびかせながら、鋭い切っ先を天へと向ける。
 ここに両者の邂逅はまさに一瞬のうちに終わりを迎えたのだった。
 前のめりに一歩を踏み出した咲の傍らを、黒い影が横切っていくのが分かった。
 深く吐息を吐き出して、咲は掌を返して打刀を鞘へと納める。
 鍔と鞘とが擦れあい、甲高い声音を上げた。
 もはや、咲は後方をふり向くことは無かった。
 咲は一瞥する必要性すら感じなかった。
 天眼は、打刀により冠状に巨体を一刀両断され、飛翔ながらに石くれへと変じていく巨人の姿を咲の脳裏へと克明に焼き付けていたからだ。
 後方で、何かが破砕する音が聞かれた。
 激しい削岩音に続き、ついで鬨の声が上がった。
 もはや、天眼を用いずとも、笑みを浮かべる人々の顔を咲は容易に想像できた。
 ●断章および終章:夜明けの鐘が鳴り響く時
 市内の渋滞が解消されることはなく、結局ジョン・フェラーは助手のガウラ青年に命じて、車をメインストリートから脇道に走らせると、細い裏路地で停車させて、車外にて葉巻にありついた。
 既に腕時計は十四時を刻んでいた。
 アロンダイトの動作試験の時間はとうに過ぎていた。
 ジョン・フェラーは薄汚いビル壁に背を預けながら、ゆったりと葉巻をくゆらせていた。
 言い訳の算段は整えたつもりだが、果たして、あの美貌の副官殿にどの程度通用するかは判然としない。
 急ぐべきだとは思いつつも、五十絡みの老体は、長距離移動で酷使された体を癒すために、ささやかな憩いの時を求めたのだ。
 紫色の煙が、狭い裏路地に立ち込めていく。
 気づけば、空には薄い雲がかかり、市街全域を覆いつくしていた。
 曇天のもと、天の涙が一粒、ジョンのうっすらとした額に零れ落ちた。
 四月の空は移ろいやすく、その表情をころころと変える。
 つい先ほどまで晴れやかに微笑んでいたというのに、今や、怪訝に表情を曇らせて涙を流す始末だ。 
 思えば1998年のあの日も、ジョンは暗く淀んだ空を見上げていた。
 地上へと押し寄せるデウスエクスの群れをジョンはまるで天使でも見つめるように恍惚と眺めていた。
 かつて三十まじりのジョン・フェラーは、あの日、自らの半身を失ったのだ。
 そんなジョンの喪失感を埋め合わせるかのように、襲来した異形の神たちは人類を刈り取っていったのだ。
 77412という数字がジョンの脳裏を横切った。
 77412人、姉を一人目として、これまでジョンが見送ってきた人々の数だ。
 停滞した世界に変革を望み、異形の神の到来に半ば陶酔を、半ば憎悪を抱いたジョン・フェラーの罪は77412という数値に集約されていると言えるあろう。
 鐘楼より、悲鳴とも歓喜ともつかぬ乾いた鐘の音が流れて来る。
 鐘の音は、あの日、1998年とまったく同じ荘厳とした音色でもってエディンバラ市街を包み込んでゆく。
 時代は変わろうとしているというのに、この街は何も変わりはしない。
ジョンは皮肉な眼差しで黒褐色の街並みを睥睨した。
 アロンダイトの完成により、英国軍内における至上権は、それを有する第三軍によって掌握されるだろう。
 今後も軍部において英国は火種を残すだろうが、最早、旧弊が新勢力を覆す事は叶うまい。
 アロンダイトはジョンにとっての贖罪の形であった。
 しかし、ジョンには、自らの半身たる姉を嘲笑と侮蔑の中で殺害した旧人類のために自らがあれを作ったとは思えなかった。
 気づけば、エディンバラ市にかかった雲は厚みを増し、雨は勢いを増していく。
 黒い涙となって、雨の雫が一滴、また一滴と降り落ちて来る。雨粒は、大きく後退したジョンの前髪をしとどに濡らし、幅広の額を滑り落ち、目を洗いながら、頬を伝って大地へと滴り落ちていく。
「あぁ、くそったれな雨だ」
 ジョンは、屈託なく笑い、一人吐き出した。
 北のスコットランド地方は勿論、南のロンドンにかかる空は青々と輝いているというのに、ここだけが雲に覆われているのだ。
 まるでエディンバラ市だけが世界から取り残されたように、陰鬱と佇んでいる。
 1998年に世界は根本から有様を変えた。
 デウスエクスという災禍により、人類は強制的に宇宙文明の末端に名を連ねる事となったのだ。
 にも関わらず、自分を含めた旧人類は未だに変われずにいる。
 仮に歴史の審判者が存在するというのならば、自分は時代遅れの路傍の科学者との烙印を押されるだろう。
 時代はアダム・カドモン長官という本流と彼のもとに控えるケルベロスという新人類のもとで今後は
、紡がれていくに違いない。
 自らは、憎むべき旧人類と共に風化していくのだろう。
 そうだ、アロンダイトとは復讐の刃だ。
 デウスエクスと、そして旧人類両者へと突きつけた、ジョン・フェラーによる怨嗟と贖罪とによって鍛え上げられた剣なのだ。
 だが、この刃はおおよそ、ジョン・フェラーの思惑通りに振り下ろされることはないだろう。
 アダム・カドモン、そしてケルベロス達は旧人類さえも含めたすべての人類を救ってみせるのだろう。。
 四月は終わり、間もなく神英戦争は終結を迎えるだろう。今後、アロンダイトが量産体制に入れば、異形の神々はやすやすとこの地へと侵略の矛先を向けるという軽挙妄動を犯しはしないだろう。
 姉であるサツキへと想いを馳せると共にジョンは東の空を眺めて、未来を占う。
 空を閉ざす暗雲のもと、雲間より射しこむ光に、ジョン・フェラーはなぜか希望を見た気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2025年05月10日


挿絵イラスト