にゃあと鳴くなり玉三郎
●元・ボス猫
玉三郎は猫である。
それもいっとう上等な猫であった。
であった、と語るのは自身が老いたからでもあっただろうし、またボス猫の座を譲ったからでもあった。
とは言え、それで日々の暮らしが変わるわけでもない。
少しは気持ちが落ち着きを持った、とも言えただろうし、己の猫生というやつを振り返ってみても、そんなに悪くないものであったな、と思える様になったものでもあった。
新たなボス猫となった『玉福』。
その背後揺らめく影を見た時、玉三郎は眉根を寄せた。
ゆらゆらと揺れる影のようなもの。
それは他の猫からすれば、奇妙で珍妙な存在であったがために警戒して近づくどころか逃げる始末であったが、玉三郎にとってはなんだか記憶の端に引っかかるようなものでもあったのだ。
「うにゃ……? にゃんだか、見覚えがあるような」
そう、見覚えがある。
おぼろげに見えるもの。
それは馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)の屋敷に住まう幽霊『夏夢』であった。
元の名前も、性別も、それまでの来歴もわからない、判別しない存在。
だが、玉三郎には、それに見覚えがあったのだ。
そう、在りし日のことである。
この周辺を取り仕切るボス猫であった玉三郎は、近所の一人暮らしの大学生と懇意にしていた。
猫でありながら、そうしたことに理解があったのは、その大学生が猫である己に一人暮らしの寂しさを語って聞かせていたからだ。
飼い主がある身としては、他人のそうした身の上話というものを聞くのは、わりかしどうでもいいことであったはずだが、しかし玉三郎は大学生の語る言葉に耳を傾けていた。
同情心とか、そういうものではない。
おやつをくれるからだ。
現金なものだ、と言うかも知れないが、それは人間の都合だ。
猫である己にとっては、美味しい餌をくれる人間というのは、他のただ撫でるだけであったり、近づいてきて息荒くしているよりは、ずっと上等な存在であった。
「お猫様は、今日もかわいいですね~」
「おやつありますよ~」
「今日のおやつはですね~なんと! ダブルマグロカツオです!」
とかなんとか。
そんなことを言いながら己の頭をうりうりと撫でていたものである。
どうやら、己の飼い主に大学生は許可を得ておやつをくれていたようだ。それを知ったのは、大学生を見なくなってからのことであったが、それも仕方ないことだ。
世の中、生きていれば出会いもあるし、別れもある。
そういうもんだと思っていたのだ。
そんなうりうりと撫でる仕草を、目の前の揺らめく存在『夏夢』もするのだ。
「にゃあ……」
他人の空似なのか?
けれど、『夏夢』は従者のように『玉福』に従っている。
まあ、わからんでもない。
「そうですよね! あの風格! たまりません!」
「にゃあ」
こちらは猫の言葉で喋っているが、『夏夢』はどうも理解しているようだった。
あの大学生も似たようなところがあった。
通じているわけもないのに、どうしてか此方の意志を読んでいる節があったのだ。
そんなところまで『夏夢』と大学生は似通っていた。
けれど、それが事実だとは思わない。
あの大学生はいつの間にか来なくなったし、暮らしていた部屋も別の入居者が入っていた。
そういうもんだ、と思う。
「そう言えば、私、かるたをやっていたみたいなんですよね~」
『夏夢』は『陰海月』と『霹靂』たちとこの間、競技かるたをやったのだということを玉三郎に言って聞かせた。
競技かるたとはなんぞや。
猫にはわからない。
けれど、『夏夢』の揺らぐ体がどこか楽しげにしているのを見て、まあ、聞くのも無粋かと同意するように曖昧に――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴