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ショコラ色のエフォート

#シルバーレイン #ノベル #猟兵達のクリスマス2024

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#猟兵達のクリスマス2024


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ミルナ・シャイン



ジゼル・サンドル




●きみと計画を
「久しぶりですわ」
「ミルナは卒業依頼になるか」
 ミルナが足を──鰭を?──踏み入れたのは銀誓館学園の家庭科室。卒業からもう九か月も経った事実が、今更胸に沁み入る。
 現役生であるジゼルとしても家庭科室は頻繁に訪れる場所でもない。少しばかりのもの珍しさで|柑子《こうじ》色の双眸をきょろきょろ。
「で、ケーキ作りってなにから始めればいいだろうか……」
 そうして本題を切り出したジゼルの表情はほんのちょっぴり不安気だ。これまでの日々の中、菓子作りなんて贅沢は体験したことがない。けれど逆にスイーツ作りが趣味な人魚は普段通りの柔らかな笑顔でスケッチブックとレシピ本を鞄から取り出した。
「まずは作りたいケーキの完成図を描いてみると良いと思いますわ。写真を見るのも参考になるかと」
「完成図……? ああ、なるほど。デコレーションは失敗できないからな」
 生真面目な応答でジゼルは本を覗き込む。つやつや輝くオペラ、ドレスのフリルみたいにクリームをあしらった苺のドームケーキ、甘酸っぱそうなラズベリーの……。どれもこれも美味しそうで胸が躍るけれど。
──わたしが作りたいのは、ええと……。
「ブッシュドノエルってどんな感じだっただろうか……」
「こちら?」
「おおそうだ、これこれ! こんな感じ!」
 クリスマスのケーキと言えば、ジゼルの中ではこれだった。切り株のようなチョコレートロールケーキ。
 想像どおりの写真を見つけて喜ぶ彼女の傍で、うぅんとミルナは小首を傾げた。
「でも生地から作るとなると、けっこう難しいですわよ。市販のものにデコレーションするだけでも楽しいかと思いますけど……」
「う……」
 なにせジゼルは全くの初心者。意地悪のつもりなんてない。初めてだからこそ、楽しく成功させてあげたい。
 ミルナの正論に、自信の無さも自覚するジゼルは眉を下げた。──けれど!
「たしかに難しそうだが……でも、一から作ってみたいんだ」
 だって今回の目的は、『お互いのためにクリスマスケーキを作って一緒に食べる』こと。
 これは──大親友であるミルナのためのケーキなのだ!
 きゅっと唇を引き結ぶジゼルの胸の裡をすべて理解するわけではないけれど、熱意はミルナにも伝わった。
「大変な時はいつでも声をかけてくださいね」
 貴女はわたくしのお姫様。騎士たる者、いつでも支えることを契るから。

●粉かぶり姫と歴戦の騎士
 スケッチブックにイメージを描き上げて、必要な材料を揃えて。
「さぁ、早速始めましょうか」
 ワンピースの上にフリルのエプロンを着たミルナが言えば、
「ああ、始めよう!」
 馴染みある古ぼけたエプロンドレスにグレーの三角巾のジゼルは腕を捲った。視線を落とすのはレシピ本。
「えーと、薄力粉とココアを合わせてふるっておく、か」
「材料の分量をきっちり量るのがスイーツ作りのコツですわ。大丈夫そうですか?」
「ああ、分量を量るくらいなら全然、……ッ?!」
 ぼふっっ!
 問題ないと視線を上げた途端、逆さにしていた袋からボウルに落ちた白い粉が舞い上がって、まるで魔法みたいに彼女を包み込んだ。
「ケホッケホッ……!」
「あらあら、」
 濡れた布巾で親友の顔を拭ってやるミルナへ「すまない、初っ端からこんな調子で……」ジゼルはしょんぼりと肩を落とす。もちろん、初めての挑戦をミルナが嗤うことなどあり得ない。
「お手伝いしますわ、お互いココア生地のようですし」
「うぅ……やっぱりその方がよさそうだな……」
 親友の提案に純粋な助力の必要性を知ったジゼルも、素直にそれを受け容れた。

「これくらいでいいだろうか?」
「まだまだ、しっかり泡立てませんと」
「けっこうお菓子作りも重労働だな……」
「ああ、力まかせに混ぜちゃだめですわ! 膨らまなくなってしまいます、空気を含ませるように、こうやって……」
「そ、そうなのか……うーん、難しい……」
 丁寧な指導を受けながら卵と砂糖を混ぜていく。たったこれだけでも、経験と知識の差を痛感する。これは──かなり無謀な挑戦をしてしまったのではないだろうか。そんな想いがほんの少し、ジゼルの胸に過った。
「うん、いい感じですわ。では薄力粉とココアを入れて、切るように混ぜてくださいませ」
「え?」
 なにせ、ミルナの言葉はひとつひとつがまじないのようで。
「混ぜるのに切るって、どういう……ハサミでも使うのか?」
 キッチンバサミを手に、ジゼルはボウルの中身を覗き込む。そんな彼女に「もうジゼルったら」ふ、と微笑んで、ミルナはふわと親友の背後に回り、キッチンバサミの代わりにゴムベラを渡してそっと手を添えた。
「こういうことですわ」
「おお……!」
 確かにこれは切るように混ぜる、と表現するしかないなと粉と混ざっていくボウルの中を輝く瞳で見つめる。その横顔に、ミルナも小さく口許を綻ばせた。わたくしも、初めてお菓子作りしたときこんな顔をしていたのでしょうか?
 型に流し込んだ生地を、温めておいたオーブンに入れて。
 漂い始めた甘い香りにわくわくとふたりで覗き込んで。膨らんでいく生地を見るのは心が躍った。

「ミルナのおかげで無事に焼けたな」
「ふふ、良かったですわ。でも、」
 湯気を立てる生地を冷ます間にもやることはたくさんある。
「まずは生クリームの泡立てから!」
「また混ぜ混ぜだな、頑張る!」
「こちらも泡立て過ぎないでくださいね? 生地に塗る分は七分立てくらいで良いかと」
 再び張り切ったジゼルに降りかかるまじないの言葉。「七分立て……?」困惑する親友へ、ミルナは手早くガナッシュを加えた自らのボウルを見せた。
「もったりしてるけどツノは立たないくらい、……これくらいですわね」
「生クリームにも色々あるのだな」
 お菓子もチョコレートも大好き。けれどこんな繊細な工夫が散りばめられているなんて、作ってみるまで考えたこともなかった。ジゼルの素直な感嘆にミルナも肯く。
「泡立ったらこれを少しずつ加えてくださいね」
 彼女が選んだのはココアの生地にチョコミントクリームのブッシュドノエル。
 ミルナが差し出すのはペパーミントエッセンスと食用色素の小瓶だ。作り方は色々あるが、今回は叡智に頼ることにした。
「おお、すごい、クリームが緑色になった!」
 ちょっと味見を、とボウルの縁の分を舌に運んだジゼルは「……うーん」きゅ、と眉を寄せた。
「少し多かったかな、スースーする……」
「そうですか? わたくしこれくらいミントが効いてる方が好みですわ!」
 けれど親友がそう笑顔を咲かせるから、
「そうか? ……それならよかった」
 ジゼルも安堵に胸を撫で下ろした。

 完成したならココア色の生地に塗って、チョコチップをアクセントに散らす。
「あっ、しまった!」
 クリームもメインのロールケーキだ。たっぷり盛った生地を巻く過程で、生地に走った亀裂は大きく見えて。
「あー……やっぱり難しいな……」
 やはり親友の言うように簡単なものから挑戦しておけば良かっただろうか。破れた生地を失意と共に見下ろすジゼルへ、ミルナは肩を竦めた。
「大丈夫、ちょっとくらい、デコレーションで隠せますわ」
「そうなのか……? ……、しかしミルナはさすが、手際いいなぁ……」
 やや小さ目の上下に分けた円形の生地は、回転台の上でパレットナイフによって均一にクリームを纏い、まるで元からそうだったみたいに艶めいている。ずっと見ていたくなる。
 ジゼルの視線に「慣れればこれくらいは」謙遜したミルナだったが、ごてごてと波打つ親友の生地の上のクリームがこそ、彼女には嬉しかった。
「でもスイーツ作りは技術よりも愛情が大事だと思いますの」
「そういうものだろうか……?」

 しっかり冷やしてクリームと生地を馴染ませたなら、次はいよいよデコレーションだ。
「えっと、一部分を切って切り株にするのだよな……」
「これくらいを斜めに切って、上に乗せるといいんじゃないかしら」
「なるほど、こういう感じか」
 指導を受け置いてみればココア色の生地は確かにほんのり切り株に見えた。クリームを全体に塗ってフォークで模様をつければ完成だ。が。
「……あれ、足りないかも……?」
 たっぷり巻き込んだお蔭で、全体を覆うほどにはクリームが残っていない。
 ジゼルは自らの血の気が引く音を聴いた気がした。
「どうしよう……」
「こんなこともあろうかと。よかったらお使いくださいな」
 差し出されたのは既にチョコレートと混ざってホイップされた市販のクリーム。「さすがミルナ!」ジゼルは目をまんまるにした。
 市販のそれにミントは含まれていないし色も薄い気がする。フォークで描いた模様も樹の皮と言うには太いかもしれない。四苦八苦して描いた完成図とは違ってしまったけれど、出来上がったのは紛うことなきブッシュドノエルだ。
「不格好になってしまったが……食べてくれるか?」
「もちろんですわ! わたくしのショートケーキもどうぞ」
「わぁ……!」
 傍に置かれた美麗なイメージ画よりもきらきらした、チョコレートケーキ。歌姫たる親友に似合いのチョコレートでできた音符プレートを飾り付け、ほんのちょびっとの金粉も。
 それは売り物みたいで、食べるのがもったいないほどで。
 色んな角度から、あるいはエプロン姿のまま一緒に頬を寄せて写真を撮ったなら、早速取り分けて──折角だから、紅茶も淹れて。
 いただきます、と。ぱふっとひと口!
「……美味しい!」
「うーん、このミント感がたまらない……美味しいですわ、ジゼル!」
 ぴょこりと身体を跳ねさせたジゼルに、ミルナは頬に手を添えて相好を崩す。目的は達成、大成功だ。
「喜んでもらえてよかった、……」
 ジゼルは切り分けられた切り株へ視線を遣る。不格好、かもしれないけれど。

──初めてにしては上出来、かな?

 そう胸に秘めて、親友との時間が詰まったケーキを頬張るのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年03月13日


挿絵イラスト