カウントダウンは甘さ二倍で
年の瀬も迫る冬の日、榛名・真秀はまた占いの館『Nursery Rhymes』を訪れた。店の前には大きなクリスマスツリーが飾られ、店内にもプレゼント用の雑貨やポストカードが並ぶ。どれも可愛いなと目移りしながらも、真秀が一番の興味を向けるのはやっぱり大好きなスイーツのことだ。
「カフェにもクリスマス限定メニューがあるんですね!」
「はい、頑張って考えました」
今日もぜひ寄っていらしてくださいねと、店主のイヴ・エルフィンストーンは嬉しそうだ。真秀は看板に掲示されたメニュー表を見て、華やかなブッシュドノエルの写真に飴色の瞳を輝かせる。丸太を模したケーキが雪のような粉砂糖で彩られ、星をイメージしたというアラザンと鮮やかな苺が飾られている。マジパンのサンタがナノナノの姿なのもイヴのこだわりらしかった。
「冬の森のイメージなんです」
「可愛い~! 伝説のナノナノさま、懐かしいですね」
武蔵坂学園のクリスマスにはナノナノさま探しという一大イベントがあったのだ。学生時代を懐かしみつつ、クリスマスといえばこのケーキですよねと真秀はうんうん頷く。
「それからシュトーレンも有名ですよね! クリスマスが来るまでに少しずつ食べるのが、カウントダウンっぽくてわくわくするんです」
「わかります! ドイツ生まれの皆さんはすごくこだわりますよね」
「そうそう、もうちょっと食べたい気持ちを抑えて毎日少しずつ……あれがいいんです!」
真秀は力説する。イヴはいつもちょっと食べすぎてしまうらしく、真秀さんは我慢強いですねと感心したようだ。
「そんなイヴ先輩にぴったりなものが実はあるんです!」
真秀はクッキー型のバッグを開くと、クリスマス柄でラッピングされた袋を取りだし、イヴに渡した。リボンをほどいて中を見れば、そこには個包装のシュトーレンが沢山。様々な洋菓子店を巡り歩いて買ってきたもののようだ。
「最近はシュトーレンを一切れずつ売ってたりして、食べ比べも出来るんです。今日はその種類が違う一切れずつをたくさん持ってきたので、一緒に食べ比べしませんか?」
「いいんですか!? なんて贅沢なんでしょうか、では私室のほうにご案内しますねっ」
プライベートな空間にも英国風のティーテーブルが置いてあるようだ。あたたかな午後の日ざしが差す部屋の中に、菓子と紅茶の香りがふんわりと漂う。
「今日はシュトーレンに合うアッサムのミルクティーにしてみました!」
「ありがとうございます! じゃあ早速いただいちゃいましょう♪」
真秀は大好きなナッツがたっぷり入ったマンデルシュトーレンを真っ先に開け、口に運ぶ。しっとりとした生地にアーモンドやくるみの風味が加わり、食感の変化も楽しめるこの系統の味が特に好きなのだ。イヴはかなりの甘党のようで、生地にチョコレートを練りこんだ茶色いショコラシュトーレンから食べに行っている。
「クリスマスですしゼロカロリーですよね……!」
「全部食べ尽くしちゃいましょうね。イヴ先輩はクリスマスのスイーツって何が好きですか?」
「思い出に残っているのはクリスマスプディングでしょうか。毎年クリスマスになると母が作ってくれたんです」
「お家で手作りですか! 美味しそうだなぁ~」
カフェでも自家製レシピを再現したものを出していますので帰りにどうぞ、と勧められる。真秀のスイーツに対する食欲は無限大なので、もちろんブッシュドノエルと一緒に食べるつもりだ。話題は小さい頃の思い出話や最近の近況報告に移りながらも、お喋りもお菓子を食べる手も止まらない。
「小さい頃といえば、アドベントカレンダーってあるじゃないですか」
「ありましたよね! あれもわくわくしますよね」
「わたしは今でもやってます! 自分で食べたいスイーツを入れて、クリスマスの間まで楽しんじゃうんです」
「わあ、とっても素敵です! シュトーレンと一緒にお菓子のカウントダウンですね」
真秀さんのスイーツ愛は皆さんをハッピーにしてくれますよねと褒められ、真秀はちょっと照れる。けれど、年頃の女の子としては実は悩ましく思っている事もあって。
「ま、まあ今年もクリスマス当日に一緒に過ごすのは女の子のお友達ですけど!」
「大丈夫ですよ、絶対素敵な出会いがありますし、クリスマス女子会もいいじゃないですか」
「それがさっぱり……イヴ先輩に恋愛運占ってもらおうかな~」
そう溜息をつきながらもスイーツを食べる手は休めないので、イヴは本当に可愛いなあとにこにこするのだった。やっぱりお相手もスイーツ男子がいいのだろうか。橘さんの事はどう思っているんだろう、と聞いてみたい気もする。
「ふふっ。では、シュトーレンのお礼に占いもぜひ!」
いつか真秀に恋人や子供ができたら、一緒にアドベントカレンダーを開け、シュトーレンを食べるんだろうなとイヴは想像する。毎日が今のように楽しく、温かいひとときに違いないと思った。
成功
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