パッショナブル☆GOATiaハッピーバレンタイン・デイ
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UDCアース世界、次世代マンション『センチュリーGOATia』には今日も猟兵稼業の息抜きにと訪れる猟兵達の姿がある。
出入口に通じるロビーから「たっだいま~!」とご機嫌な声が聞こえてきて、多目的室、ショップから思わず何だ何だという風に出てくる猟兵達。
声の主はマンションの持ち主であるリダン・ムグルエギ(f03694)だった。両手には大きな紙袋がたくさん。尻尾をたまに振ってバランスを取っている。
「おかえりなさい、リダンさん。荷物を持つのを手伝うわ」
真っ先に出迎えの声を掛けたのは蔵務・夏蓮(f43565)。喫茶の給仕をしている夏蓮はリダンの荷物を半分ほど受け取った。
持てばずっしり。結構重い。
「リダンさん、いっぱい買ったんだね~。何買ったの? 靴? 帽子? 服?」
よかったら見せて見せて、とわくわくした表情で寄ってくる天見・日花(f44122)。
「ううん、買ってきたわけじゃないの。これはね、新年に販売した福袋の売れ残りなのよ! ミンナもらってくれないー?」
持ち帰った福袋をこの場にいる皆に渡していくリダン。
礼を言いながら猟兵達がわくわくと開封していけば、その中身は鮮やかな色や柄、キラキラとした水着の数々――その中で何やら苦し気な息を呑む声が誰かから漏れた。目を向ければそこには水澤・怜(f27330)の姿。取り出したであろう水着の姿は既に袋へ再び仕舞い込まれていた。
「ねーさん、この福袋って、ちなみにどんなテーマだったんです?」
化粧品、雑貨、服というジャンルにおいても冬物、春物、キャンプ物と細やかに分類されていく。皆が持つ煌びやかな水着を眺めながらの、劉・久遠(f44175)の問いは尤もなもの。
「寒中水泳水着よ! ……まあちょっぴり売れ残っちゃったんだけどね」
「ちょっぴり」
パーカーや水中ゴーグル、浮き輪など、水着に合いそうな品も入っている。
寒空の海に似合いそうな、暖めてくれるファーも入っている。
「皆さんばっかり福袋から水着が出てズルーーい! わたしだって! この美しい体を見せつけたーーい!」
そう言ったクロア・ルースフェル(f10865)が手に持っているのは冬らしい雪だるま柄のブルゾン。
「あったかくてカワイイ系で素敵ですけど! ――ほら、キュートなわたし」
いそいそ早速着こなしたクロアにくすくすと笑みを向けながら、リダンは紙袋を差し出した。
「じゃあ二つ目に挑戦してみる?」
「わぁい」
七色に輝く水着を持ち、ほんの少し不規則に目を瞬かせたのは夏蓮。
丁寧に袋口を折り曲げて何やら厳重たる面持ちとなっている怜。怜の福袋に手を出そうとしているクロア。
はしゃぐ友らの姿を見た久遠は思案する。
「これはもう寒中水泳するしか……? でも寒いのは嫌やなぁ」
「どこか暖かいところで遊ぶのがいいいよね」
「パイセン、格好良くお誘いおたのもうしますー」
「コレ着てどっか暖かいトコへ遊びに行こうぜ!」
「おおきにー。なら、温水レジャーパークなどで遊ぶのは如何でしょ?」
久遠と日花の軽やかなやり取りに、楽しそう、と夏蓮も呟いた。
「水着でお出かけ? 行きます行きます!」
ひらっと挙手をしたクロア、そこからは水着を手にわいわいとお出かけの相談開始。
猟兵である彼らは楽しい世界群を知っている。
そうして選んだ先は――。
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キマイラフューチャーの島を丸ごと都市開発した、レジャーパーク『パーティ☆アソート』。
色んなケーキを集めたみたいに様々な遊び方、季節限定のイベントなど年中賑わっているレジャー施設だ。
パーク内を巡る汽車から降りればそこは温水となっている大海原の景色。白い砂浜は程よい温かさで素足で歩いてみたくなる。
早速6人は更衣室でそれぞれの水着に着替える――のだが、最後に出てきた怜は着替えに時間が掛かった模様。
怜はやや声を震わせながら、クロア、久遠に問う。
「おい……俺が持ってきた水着を、リアル蛇柄水着にすり替えたのは誰だ……ッ!」
――そう、怜が持ってきたのは引き当てた寒中水泳用水着ではなく、普通の水着であった。はずだった。
それが無く、何故か荷物の中にててーん! と鎮座していたリアル蛇柄水着を着て出てきたのだが……。
「あっ、怜ちゃんが水着忘れてたので、入れておいてあげましたよ」
にこにこ朗らかに答えるクロア。
美しい彼は心も美しく。つまり、心の底からの純粋なる親切。
「……っ」
リアル蛇柄水着は見た目もリアルだが感触もリアルだった。寒中水泳用なのに謎の冷感素材。今や白衣も軍服も失われ心許なき身で頼れるのはパーカー1枚だが……。
「ちょっと~、怜ちゃんパーカーなんて無粋では? イイ体してるんですから~♪」
「おい! ちょっ……やめっ……!」
頼れる|パーカー《仲間》もクロアに浚われそうになっている。クロアの水着はクラゲモチーフで、ひらひらの裾はそれぞれが熱帯魚カラーで色鮮やかだ。
「ねえぇぇぇぇぇ!? これ流行ってるのー? 絶対嘘でしょ――私は騙されんぞ」
七色に輝く水着を着た日花が、同じく七色に輝く水着を着用している夏蓮の隣に並んでリダンに言う。
リダンは「えっ」と心底不思議そうにきょとんとした表情。動きやすい水着と浮き輪。さらに防水ゲーミング電飾を仕込んだものだ。光ってる。
「でも今局所的に見たら流行ってない? すごぉぉぉぉく似合ってるわよ!」
「うぐ。……まあでもこういうのはモデルの振る舞い次第だよね。夏蓮ちゃんも同じヤツ平然と着てるし、堂々としてれば案外平気へーき。リダンさんも凄く似合ってるよ」
だ・か・ら、と日花は騒いでいる怜達に向けて言う。
「そこの蛇柄男子も恥ずかしがってないで存分に肢体を晒し給え」
「奪われた……っ」
嘆きの悲鳴(?)らしきものが上がるなか、完全に観戦者ムーブをしているのは久遠である。
サーフパンツに桔梗柄のアロハシャツ。引き当てた蛇柄のマフラーは荷物番。昨夜、子供達が持ち手に蝶々結びをしてくれた。
「ほっそ……」
かわいそう。と久遠を見て憐れむクロアに、
「初めて訪れる世界と、かいらしいお供。それに、嫁さんと子供らに水着姿を褒めてもろてきたんで、今日のボクは無敵です」
細さを憐れまれても許しましょ。と久遠は、ふふんと笑んだ。
●
――バシュッ!
到底大きく軽いビーチボールとは思えない着弾の音と砂埃が舞い上がり、アタックを繰り出した日花は着地と共にふふーん♪ と軽やかな声。
「わっ、1点獲得! 天見さん凄いわね!」
得点板を捲り、リダンが歓声をあげる。
「毎年臨海学校で生徒達とやり合ってるからね、慣れておりますとも」
銀誓館学園の生徒達は相も変わらずタフなので、運命の糸症候群が起こるまでは歯痒い思いもしていたであろう日花。
「いつもは真っ先に脱落してたけど、若返った今は違う! いっぱい飛び跳ねても息が切れない!」
凄いぞ全盛期の私! とポニーテールにした髪を弾ませて日花は喜びのジャンプ。
「うんうん。じゃあ、本番いきましょ。ミンナ~、ビーチバレーのルールはなんとなく把握したかしら? ここからは無礼講よ!」
リダンの合図で再び適当にペアを決め、吹笛が鳴り響く。
いつの間にか肌を覆う黒い水着に着替えていた夏蓮に羨ましげな視線を送りつつ、共にコートに立ったのは怜。彼は決めあぐねていた。
敵チームである|リダン《SPD773》、|久遠《SPD907》は力強い尻尾スマッシュとネット際に踏み台を作っての高度あるアタックなど。優れた連携を披露してくる。
打たれたボールを受け止めながら|怜《SPD519》は呟く。
「出来るならば動きを鈍らせたい所だが――」
……果たして、神経毒の塗られたメスなんてものを水着姿という無防備な相手に放ってもいいものだろうか。そんなおにちくの所業、自分にはとてもトテモ……。仮にも軍医だ、仲間を傷つける行為は如何なものか……っ……などとシリアスに迷っている間に、アシストとしてシロがボールにタックル。
ぽよよんと軽いボールを弾ませて、わふんと愛嬌を振り撒いた。
「あーっ、3対2になっちゃったわよ!」
「可愛いに対抗できるんはセクシーやろか――クロアさん、よろしゅう」
久遠がGOサインを放てば、クロアが『星』を発動しセクシーポーズ。
「ふっ。この! 美しいわたしに! お任せあれ!」
ひらり舞いがてら得点を加算すればシロもまたセクシーポーズ。
「ふぅ、また美しい行為をしてしまった……美形はココロこそ美しい……」
クロアが髪をふぁさぁとさせれば、シロもふぁさふぁさと尻尾を振った。
弾みアウトコースを描くボールを追った久遠は、ロイター板を作りだしてのジャンピングレシーブ。技巧を尽くした見事な試合を魅せる。
そんな中「ところで」と挙手&手首を捻ってボールを受ける夏蓮。
「リダンさんと久遠さんの動きを鈍らせる――それが水澤さんのご注文?」
パーラーメイドよろしく|夏蓮《SPD742》の問いに怜は頷いた。
「水澤さんのご注文とあらば。任せてちょうだい」
刹那、幻に包まれた夏蓮。瞬き程の一瞬で身に纏ったのは七色に輝く水着。
「リダンさん、この水着、解析させてもらったわ。フィット感、ひらみ、これは水着としてデザインされた、リゾートスーツ」
「つ、つまり……!?」
「ところにより突風、|雨《砲撃》が降るでしょう」
リゾートスーツの性能と夏蓮のユーベルコードを使えば、天候操作(100)が可能となる――|夏蓮《SPD742+100》が放った突風に見舞われたリダンは、久遠からの支援品・木の盾を構えながら「砲撃はズルくなぁい?!」と吹き飛んでいった。
(「でもカレンさんが水着、着てくれて楽しんでくれてよかったぁ!」)
水着着てくれてありがとうの意の感謝の五体投地で浜に沈むリダン。
一方、規矩術にて木製トーチカを作り出した久遠は砲撃の雨に耐えている。審判の日花と目が合い、アイコンタクトを試みるが日花はきょとんとした表情。
「パイセン……パイセン、今、パイセンの頭の中に語り掛けています」
「えっ? なに? 聞こえない。弾幕足りない???」
日花の言葉に「追加注文ね」と呟いた夏蓮の更なる追撃により、木製トーチカは砕かれた。
倒れた久遠に駆け寄る軍医――久遠の弱々しい言伝を預かった怜は、沈痛な表情で日花へと告げた。
「ゲームセットの一声が欲しかったそうだ……」
へろへろとコート近くに戻ってきたリダンは、次の試合に移ったっぽい試合風景を見て、「3対3になってる……」と呟いた。
「ふっふっふ。『|転写《デカルコマニー》』でもう一人の日花ちゃんが参上だよ! コートの端にも行き届く手! くらえっ、分身の術!」
本体の日花がしゃがみ、右手でアタックを打つは分身の日花。相変わらず砲弾の如く着弾したビーチボールは明後日の方向へバウンドし、シロが追いかけていく。
「どっちが勝ってるの?」
「怜さん夏蓮さんチームやねぇ。なんというか……火力が強くて……」
技巧とかそういう問題ではない。火力(物理)である。リダンと久遠のやり取りをしている間に、サーブの順番がクロアへと回ってきたようだ。
「さぁ、いきますよ! ビューティー!」
「「ビューティー!」」
クロアの掛け声に同調するW日花の声。
パンッと小気味良い音をたてて空をゆくボール。
パーラーメイドの心得はまだ生きており、再び七色の水着を纏う夏蓮。
天候の援護を受けて放つ砲撃について彼女の弁はこうである。
「ご安心を。|峰撃ち《水鉄砲》です」
「トーチカが耐えられんレベルやったけど……」
ぽそりと呟く久遠。
ふふり、と華やかな笑みを浮かべ、受けて立つはクロア。
「此処に神の怒りが再来しましょう。其は破滅もたらす神鳴り、16番『塔』」
極大威力の雷撃が放たれ、夏蓮の水鉄砲が相殺されていく。
耳を劈く雷鳴と豪雨が空中で暴れるなか、吹き飛ばされてきたボールをキャッチする怜。
「無事だったか……ボール……」
よくぞ破裂せず生き残っているものだと感心してしまう。
一方、
「ああ、美人薄命……」
力の代償により、どしゃりと美しく倒れるクロア。
ぽよんと放った怜のサーブがクロアが見上げる空を舞っていく。青い空、歪まない球。曲線が美しい。
リダン・久遠チームvs日花・クロアチームによる最下位決定戦。
しかしクロアはサスペンス被害者並に横たわったまま――日花が庇うように前へ出て、仇を取るかのようにリダン達を見た。
「魔力切れで使い物にならないクロアくんは、私が守る!」
「パ、パイセン……美しい……」
やったのは夏蓮であるが。ほぼ一人無双だった気もするが。
ともあれ最下位決定戦は開始された。
初手、サーブを打ったリダン。
「あ゛っ、やば!」
ボールは綺麗に高飛びし、明後日の方向へ。
見ちゃ駄目とばかりに彼女の水着がゲーミング発光を放ち、敵味方関係なく皆の目を潰していく。
「て、敵を欺くにはまず味方から、すなわち! 敵を討つにはまず味方から! そこの惚気を許すなー! 日頃の恨みを晴らすわよ!」
リダンのユーベルコード日輪山羊の調略詐術が真っ先に炸裂し、ボールを拾ってきた日花の投擲が久遠へと放たれた。
「おっスマッシュできる大乱闘? やるやる~!」
「惚気を許すな? よろしおす、ならば戦争や!」
受けて立つ久遠は笑みを凄ませて、皆の足元に木製ローラースライダーを作り出した。
砂を噴き上げ連なっていくローラーの先は――海!
足を取られて一瞬悲鳴は上がるものの、流れるように滑っていく。
「なんか懐かしい~! たのしいー!」
日花の嬉しそうな楽しそうな声。何かに乗せられ風を切るのは何となく、疲労に包まれ始めた体が癒されるような。
「おい……これ明らかにルールがおかしいだろ!」
ルールブックを片手に真面目に審判する心算であった怜は慌てた声。これは大乱闘である。
「水澤さん、私達も行くわよ」
黒の手で怜を掴んで果敢に戦場へと飛び込んでいく夏蓮。
「キマイラフューチャの試合は大乱闘で締めくくられる事もあると学んだわ。大丈夫、これは様式美」
ローラースライダーで滑りだせば爽快そのもの。
「さあ、皆で……水も滴るビューティーに……!」
頑張って立ち上がったクロアがアラベスクのポーズで流れていったのを先頭に『ざぱぱーん!』と次々と水飛沫があがっていく。
砂浜から温水の海へ。
弾けるような笑い声やはしゃぐ声がしばし響き渡る。
●
「たくさん遊んだな。まだこの後はラフティングもあるからな……皆、水分補給は怠るなよ」
遊びに遊んで休憩に入った皆の様子をチェックしていく怜。
自作の特製経口補水液を取り出せば、「あ、スポドリ飲もうっと~」「麦茶を持ってきたの。如何?」とさりげなく動く日花と夏蓮。
ちら、と怜が視線をずらせば久遠と目が合った。
「ボクはええです」
遠慮するの意で告げる久遠。
「へばっていては楽しめないぞ? 遠慮するな」
「地獄水は絶対飲まん。やるならそこで倒れてる――」
久遠は真顔で告げ、クロアに盥を回そうとしたが彼はしゃきっと起き上がる。
「魔力も戻ってきました~~(棒)。はー、本日もわたしは美しい……」
マイ鏡で顔色、ツヤとチェックしていくクロア。久遠はついっと視線を更にずらした。
「そこの、転がってるねーさんとか」
「さ、リダン。水分補給だ」
ひっと息を呑んだリダンが起き上がろうとする。
「あっ、やめて。水澤さん地獄水やめて。ドクターストップぅ!」
「そうだな。そうならないためにも、飲もう」
何とも噛み合わない会話が繰り広げられた。
『それでは、島の精鋭たる皆様にはクーベルチュールチョコレートを下流の市場まで運ぶ仕事をお願い致します。道中、チョコを狙った襲撃もあるかもしれません。どうぞお気をつけて』
お菓子で象られた山を下っていくラフティングで選んだ難易度は高め。島ギルドのスタッフが慣れた物言いで皆を送り出す――。
「リダンさん、大丈夫?」
「え~ん……お世話になりますゥ。後で働きますゥ」
疲労でぐったりグロッキー状態のリダンはボートに乗るや、横並びの夏蓮に膝枕をしてもらい休憩へ。
「ミンナ体力あるのね~」
「知ったはりますか、子育てって意外と体力いるんですよ」
リダンが向けたスマートフォン越しへ、涼やかな、面白がっている笑みで応えるのは久遠。
「私もまだ屍ってるから休憩ー。ホント、チョコの川なのが凄いなぁ。マジかー」
日花もスマートフォンで動画撮影を始めている。
夏蓮も最初は興味深げにボートを、今はチョコレートの川をじっと見つめている。
帆船であれば慣れたものだが、今回のようなボートには初めてなのか、時折縁を掴んではバランスを取っているようだ。体幹を意識し、背筋を伸ばしている。すぐにコツを掴むだろう。
「天見さん、上、抹茶チョコの葉にゼリーの実があるわよ」
「ひゃー。お菓子の家ならぬお菓子の山だ」
女子陣の会話を聞きながら、手を伸ばした怜が抹茶チョコを採る。頭部の桜の枝が育ち始めた。
フルーツの詰まった樽が障害物となったり、水門にボートを止められたり。
「ん、そこコンコンコンしたら何か出そう」
リダンの言葉に夏蓮が櫂を掲げコンコンッと叩けば、大量の空箱が出てきた。
「お菓子を詰めて持ち帰れるようにかしら?」
慣れた様子のリダン。
水門の水流に押され進み始めたボートが風を切る。
空箱に詰められていくスイーツやフルーツ。
違う川から合流した今度の樽には刀や槍が突き刺さっており、不思議に思った怜が引き抜けば、
「き、きんつば……!?」
樽のパーツ自体がきんつばであった。つまり、その刀は菓子切り。
ある場所では空から雨ならぬ飴が降ってきて地味な痛さにはしゃぐ。
フォンデュできる滝もあって、しばし留まり甘味と景観を楽しんだ。
「異世界初心者だもんで見るもの全て新鮮でさ、いやはや落ち着く暇がないね」
日花の言葉にうんうんと頷く久遠。
「テンション上がり過ぎて動画がブレブレだわ。リダンさんのはちゃんと撮れてる? あとでそっちのデータ貰ってもいいかな」
「どうぞどうぞ~。って、あっ、風船が飛んでるわね!」
バレンタインらしいハートの風船がそれぞれの色で虹を作っていく。
その時。
空に気を取られていたら突如ボートが急流に呑み込まれた。
「たーーのしーー!」
ストーンチョコに櫂を当て、方向転換させるクロア。キャッキャしている。
「大冒険の予感がしますね!」
オーロラのような紗のトンネルを突き抜けた先には船の墓場――。
そこには唯一姿を保っている海賊船の姿。ガラの悪そうなキマイラ達が乗っていた。
『おっ新たな獲物だ! 鹵獲してしまえ!』
『俺たちゃスイーツ団!』
『へっへっへ。イイクーベルチュールチョコ持ってんだろぉ? 俺たちに渡しなァ!』
|行きずり《お客様》のボートを襲撃してくるキマイラ達。
複数の大砲から軌道の読めない大きなゼリービーンズが打ち出され、チョコの川に着水すれば6人の乗ったボートが激しく揺れる。
「おっと。迎撃は任せますわ。そのかわりボートは任しとき」
道術で波打つ川面を読みながら同乗者達に告げる久遠。海賊船の横を素早く抜ける水流を見定めようとする。
「アタシもクオンさんを手伝うわね! ヘイ、カモン! オール!」
と、リダンが虚空に手を差し出せば、パスっと夏蓮の櫂が渡された。
「ありがとう、カレンさん!」
「こちらこそ、お願いね。――面白くなってきたわね。撃っても構わないのなら撃つわ」
ラムルに触れた夏蓮が、次の瞬間にはロートルを手にしている。砲撃手狙って光線を撃ち出した。
「私は動画撮影~。いやぁブレッブレだねぇ。――って、前、そんな怪人いたのを思い出したよ」
日花がのんびりと言えば激しいボートの揺れも何だか揺り籠の様相。
撃ち出されたチョコボールを夏蓮が仕留めれば、中からカラーなチョコスプレーが周囲に降り注ぐ。
「え……おい……」
怜が低めの声で反応した。
甘味を|弾込め《無駄使い》するスイーツ団は不貞の輩でしかない。
先程の菓子切りの刀を握る怜。
「甘味を粗末に――するなぁぁぁあ!!」
「怜ちゃん、いっちゃいますか!? それなら助力を――」
クロアが『女帝』の力を放てば怜の飛び出した先――チョコの川が凍りつき足場を作る。
「行ってください、バロン!」
そして黒い大猫も凍り始めたチョコの川を駆ければ、そこには猫の足跡。
足場が確保できたなら海賊船の駆逐も早まる。
無事追い払い、金貨チョコやゼリービーンズ、様々なトッピング材料をせしめた面々はほくほくと再び川を下っていくのだった。
市場ももうすぐだろうか? という位置で突如ストーン系の大チョコが乱立し、急流を下っていたボートが座礁――する間もなく跳ねて加速し始めた。
「うえっ……!」
「ちょー!? シートベルト必須ぅぅぅ!」
ぐてんとくつろいでいたリダン&日花が飛ぶ――「危ない……!」と怜の木花咲弥が発動し、島の風が二人を少し誘導するように柔らかく吹く。虚空でスマートフォンを死守する姿が一瞬見えた――着水する二人を「憐れや……」と久遠が眺め呟く。
「こういう時、スローモーションで見えてしまうんが不思議やねぇ」
櫂を大きなストーンチョコで支えて、緩流の位置で上手くボートを停める。
スマホを持った腕を掲げながらストーンチョコに掴まった二人は楽しそうに笑っていた。
「すっごい撮れ高! みんな、こっちにおいでよー!」
「この岩チョコ、金のパフ入りだわ!? 美味しいわよ!」
沼に落ちたモノの如く、スワンプウーマンみたいになった二人がボートの皆を呼ぶ。
「それも貴重な経験ね」
こくりと頷いた夏蓮も、トッピングの数々を持ってどばちゃっとチョコの川にダイブ。
チョコの岩々を砕いてボンボン系、ごつごつしたところからはくす玉のようにラムネや金平糖が入ったチョコボール。
きゃっきゃと採取しまくったスワンプウーマン達がボートへと寄ってくる。
「ちょっと男子ー?」
日花の声色に笑うリダン。
「ミンナもセルフ・マイ・フォンデュするといいわよ!」
「気兼ねなくこっちおいでよ。久遠くんはお子さんへの土産話に面白エピソード一個増やそうぜ!」
ぐいぐい、ぐいぐいとボートを右へ左へと揺さぶったり綺麗な姿の男子陣の腕を引っ張る二人のスワンプウーマン達。
「きゃーせっくはらー☆」
手を振り払うでもなく操船者の久遠が傾けば、ひぇっとクロアが身を強張らせた。
「お、落ちれば……チョコが!? わたしのこの!? 美しい顔に!?!? イヤ~~~!!」
クロアの拒否に夏蓮はトッピングをふりふり、そうっと囁く。
「スイーツの星、銀の雫、彩り豊かな煌めきををふんだんに纏う」
「カレンちゃんがわたしを揺さぶる……! |堕《・》ちませんからね!?」
「ふーん? じゃあボートに乗るね」
スンッとした表情になる日花。そして女子陣が動き始め、クロアはチョコの飛沫が掛からないようにと顔をガードした。
しかし――。
片側から乗り込もうとするチョコ塗れのスワイプウーマン達の体重……アッ……【チョコを多く含んだ総重量】は、いともたやすくボートを転覆させるのだった。
「怜ちゃんありがとうございます!」
クロアが一方的に礼を述べながら、怜を土台に顔を安全圏に置く。桜花弁がひらひらと周囲を舞っている。
「……解せぬ」
刹那にチョコの川の花筏。半ば沈みながら怜は呟くのだった。
●
ラフティングのゲームイベントを無事(?)にこなし、辿り着いたバレンタイン市場。
カカオの香りに満ちたそこはチョコレートやカカオを使ったお菓子でいっぱい。
チョコレート板のような地面に、可愛らしい屋台。
「待って待って、あっちにトッピングコーナーってあって! トッピングマシマシにしたら絶対楽しいですよ!」
声はすっかりご機嫌に。
クロアが見つけたのはフルーツやクリーム、一口サイズのケーキも自由に盛れるトッピングロード。
「わたしマスカルポーネとベリー♪」
「アタシはこのホワイトチョコをトッピングしようかしら? 黒のチョコに散らしたら銀河みたいじゃない?」
「リダンさん、星雲のようなトッピングを見つけたわ」
夏蓮が幾つかの輪状に金箔をコーティングしたトッピングをリダンに差し出す。
「カレンさんよく見つけたわね」
ありがとう! と嬉しそうにリダンがお礼を言う。
「ほほーう、色々あるねえ。――オレンジ風味に、イチゴ入り、そっちは蜂蜜?」
日花は盆にクッキー生地でできた食べられる器を幾つか並べ、気になるチョコやショコラを乗せていく。
「目移りしちゃうね。甘い物なら何でも好きだからなー、こんなに選択肢あると逆に悩ましい」
「イベントに、ビュッフェ形式でそういう食べられる器にしてみるのも良いかも」
面白いわね。と夏蓮が自身で選び作ったのは、ココアタルトの器に盛り付けたチョコミント系スイーツ。
器の底にはブルーベリーにマルベリー、砕いたメレンゲ菓子、新鮮なカットフルーツ、覆うようにほわりとしたホイップクリーム。そこへきらり輝くチョコレートクリームが掛かったフルーツパフェ。
(「ここは……天国か……ッ!?」)
思わず賛辞を述べそうになり、怜は慌てて咳払い。
――見よ。
硝子の器に自身で盛り付けた神々しき層となったこのパフェーを。
見て見てしたい気持ちが湧き上がり、怜は掲げるように両手で器を持った。
――バレンタイン市場に到着してわずかに目を見開いた夏蓮の、嬉しそうな雰囲気にほんわか和んでいた久遠が怜を見たのは、丁度この神々しい風に掲げた瞬間であった。
スンッと思わずチベスナ顔になる久遠に気付く怜。
「体を動かした後は栄養補給が欠かせないからな……」
えぇ……という表情で見てくる久遠の視線は怜の頭部に。桜の枝、伸びっぱなしである。
そんな反応の久遠は辛党なので、甘さ控えめアイスカフェモカを片手に、ビター系チョコレートを食べていた。
「いっそ怜くんに倣って全部制覇するか私も。……いやしかし、怜くんがそんなに甘味好きだったとは意外だわ。――撮っとこ」
「パイセンのスイーツ、えらいことになっとりますねぇ」
「気になるもの足していったらこうなっちゃってぇ」
てへ☆ と久遠に笑む日花。彼女が持っていた盆の上には自由気ままに好きな様に盛り付けたスイーツ群。
「それはさて置き。知ってる? 旧世代のカースブレイドは呪剣で捕食しないと栄養を摂れないって話。――つ・ま・り! どれだけ食べても私は全く太らないという事!」
勝ち誇った笑みを浮かべた日花は、さあ食べるぞー♪ と元気に宣言。
「えー、天見さんの甘味さん、ズルくない? 食べても太らないなんて。アタシも対抗して山盛りに……」
と言ったリダンは見てしまった。
先程のパフェを完食した怜が、2杯目となる硝子の器を持ち、マウンテンパフェに挑戦し始めた姿を。
牛乳プリン、頭頂部近くにはチョコレート味のプリン。怜と愉快なスイーツ達は一石十鳥が如く、新たな仲間を得ていく。
「……見ただけで胸焼けって出来るんだ」
リダンがぽそりと呟いた。
本日、チベットスナギツネも局地的に発生しているようだ。
「素敵ね。こんなに色々なものがあるなんて……」
怜の作ったパフェの層を見て夏蓮は感心して頷いた。追うように周囲へ目を向けて、バレンタイン市場の品々を丁寧に見ていく。
見ても楽しめるデザインの数々。
食べれば勿論――、
「……おいしい。とても」
働いている喫茶の参考になるものはないかという観察の視点でも夏蓮は市場を楽しんでいるようだ。
「そうだ。カレンさんが色んな見た目の種類を探せるように、次は作ったスイーツを交換してみない?」
どんなものがプレゼントされるかは、出来上がってのお楽しみ!
「おっ、楽しそう~。センスが問われるね?」
にやりと笑んだ日花も参加して、嬉しい気持ちや楽しみを共有していく。
「は~~、疲れた体にしみるぅ~♪」
「久遠が何かを頑なに避けている気がするのは気になるが……、……旨いな」
呟きつつちらっと久遠を見るも、クロアの言葉には同意と頷く怜。
しれ~っとすら~っと怜を視界の端に入れては、周囲を見ていく久遠。
「そろそろしょっぱいの欲しいなぁ」
「あ、いいですね。しょっぱい系、わたしも食べます!」
香ばしいものがあちらにありそうですね。と今度もバレンタイン市場の先を優雅に指し示すクロア。
「チョコソースか、ええね。お、このクレープうまそう」
久遠が見つけたのはローストチキンのチョコソースがけ。スパイス仕込みのトルティーヤで挟んで食べても美味しい。
「隣のポテチチョコもいけるなぁ、箸休め代わりに皆も食べへん?」
「キャラメル、ホワイト、ポテチにも様々なチョコ味がありますね」
クロアも紙袋に入れて貰ってより食べ歩きしやすく。
「んー、美味しいです」
ほう、と息を零したクロアは、はい、と隣の怜のパフェに甘味ある塩気をおすそ分け。
「クロア、礼を言う。ありがとな。
――今日は慣れぬことばかりだったが楽しかったな。たまにはこうやって皆で騒ぐのも……悪くない」
「んふふふ、本日もビューティフルデイでございましたね」
怜の言葉に、クロアが微笑みを浮かべ、そして追ってきたリダン、日花、夏蓮へと目を向けた。
彼女達もスイーツから徐々にしょっぱいもの系へ移行しつつある。甘味と塩気。両手に花状態だ。
久遠は皆の『楽し美味し』な顔を眺めて優しげに目を細めた。
(「感謝の気持ちで企画したんやけど、逆に楽しませてもろたなぁ……おおきに」)
「GOATia」の冬の|水《チョコ》遊び。
初めての遊び場に、いつもの賑やかさで。
Happy Valentine's!
成功
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