ティタニウム・マキアの残火
●クリスマス
「というわけで、『メリサ』様」
ステラ・タタリクス(紫苑・f33899)は亜麻色の髪の男『メリサ』の前に、『私がクリスマスケーキ❤』という札を下げて迫っていた。
唐突である。
あまりにも唐突である。
サイバーザナドゥにおいてもクリスマスは存在している。
だが、ストリートや、そういった所謂下層階級の者たちには、クリスマスを祝う余裕はない。
当然だ。
生きるのに誰もが必死だからだ。
この緩やかに滅びゆく世界であっても、生きることはやめられないからだ。
「売れ残っているクリスマスケーキはお安い上に、味は悪くないということで、とってもお買い得です。た・べ・て」
「自分を売れ残りって言うのはどうなの」
「まあ! 自分を卑下するな、とそうおっしゃるのですね! なんとお優しいことでしょうか! さあ、食べてください! 無論、比喩的な意味で!!」
「うわー! ぐいぐい来る!」
「だって、これがないと物足りないでしょう! でしょう!?」
「何も言ってませんけどぉ!?」
「あっ、ダメです、子供たちがみています……!」
「そういう三文芝居やめてくんない!?」
ステラと『メリサ』はガッチリと指を絡ませて組み合っていた。
まるでプロレスである。
互いの力が拮抗しているのだろう。一進一退の様相を見せていた。
「つーか、どうしてここがわかってんだよ!」
「フフフ、私の『メリサ』様センサーを舐めてもらって困ります。このまま既成事実までステラまっしぐらです!」
ステラはいくつかのセキュリティが施されていたビルを当たり前のように探し出し、さらには当然のように突破してきていたのだ。
怖い。
怖すぎる。
そのセンサー、どういう仕組みなのか。本当に不思議なことである。嗅覚だけ? 本当に? と疑いたくなる精度であった。
しかしながら、そんな二人の攻防を見ていたかつての事件で保護された九人のサイコブレイイカーの子供らの一人が、どったんばったんやる物音に気がついたのか、起きてきてしまっていた。
寝ぼけ眼の瞳で二人を見やる。
「うっせーなー……なんだよ……」
彼女は恐らく九人の中でも最年長の少女が目元を擦っていた。
「『アイン』、一人でおトイレに行けないからって、私をいつも起こさないでくださいよ……」
「うっせー、『ツヴァイ』。べ、べべつに、行けるし! ただ今日はなんかこう、変なおっさんが住居侵入してくる日なんだろっ! ま、万が一ってこともあるだろ!」
「サンタの事を言ってます?」
二人の少女の言葉にステラは早着替えでサンタ衣装に身を包んでいた。
とんでもない速度であった。
早着替えっていうレベルではなかった。ユーベルコードかと見紛う速度であった。
「はい、サンタですよ」
「……なんか思ってたんと違う」
『アイン』と呼ばれた少女の言葉にステラは少なからずショックを受けた。
「はいはい、いいから。ほら、トイレだろ。『ツヴァイ』も寝な。『アイン』、俺がついていってやるから」
「ち、ちっげーし!『ツェーン』と『ノイン』はまだ小さいから、私が住居侵入してくる不審者がいねーか……」
「はいはい」
そんな二人のやり取りを見て、ステラは笑む。
どうやら今日のクリスマスに九人の子供たちにプレゼントを持ってきた猟兵もいたようだった。
だからか、と思う。
二人の顔を見ても、その表情に陰りがなかったのは。
そして、辟易したようなフリをしながらも『メリサ』の顔には穏やかさがあるように思えてならなかったのだ。
『アイン』を寝かしつけてから、もどてきた『メリサ』を見てステラは微笑み続けていた。
「なに」
「いえ、微笑ましいと思いまして」
「藪から棒がすぎる」
「だって、あなたにしては珍しい行動でしたよね。サイコブレイイカーの子供らを保護するだなんて。それも直接」
「……何が言いたい」
その言葉にステラは笑みを崩さなかった。
むしろ、益々喜色を強めるようだった。。
「どういう風の吹き回し、などとは思いません。この滅びに向かっていく緩やかな破滅の下り坂にあって、あの子らは幼く弱い。生き抜くために何を教えようとしているのですか?」
その言葉に『メリサ』はまっすぐにステラを見て告げる。
「多くを、だ。より多くを伝えなければならない。多くの幸いを彼が犠牲なくつかめるように、と」
「ですが、この世界は」
「わかっている。生身の人間は、生きてはいけない。呼吸器なんかは格別そうだ。けれど」
ありのままの、と彼は言う。
サイコブレイイカーとしての能力も薬物が抜けきれば、失われていくかもしれない。
「そうしなければ生きていけないなんてことはないんだって、当たり前だってあの子らには、その当然を与えたい」
その言葉にステラはやはり、微笑んだ。
「『メリサ』様って本当にツンデレですよね?」
違わい、と年相応な彼の表情が、全てを物語っているとステラは、いつもよのうに思うのだった――。
成功
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