君がために言の葉は舞う
●グリプ5
季節は巡る。
どんなに戦禍が人の営みを巻き込んでいくのだとしても、季節は絶えず巡り続ける。
冬の風の冷たさは、『ゼクス・ラーズグリーズ』の心を沈ませるものだった。
プラントのおかげで食糧の問題は解決している。
彼の乗騎であるキャバリア『セラフィム・ゼクス』のコクピットは快適とは言えないが、寒さを凌ぐには丁度良かった。
それに、彼が属する小国家『グリプ5』は今、逼迫した状況にあるのだ。
『殲禍炎剣の代行者』を名乗る『憂国学徒兵』が巻き起こしたテロは、『グリプ5』の市街地に甚大な被害をもたらすものだったからだ。
元々、『グリプ5』の保有キャバリアの数はそう多くはない。
何故なら、友好国である『フルーⅦ』との友好条約締結の際に多数のキャバリアを廃棄したからだ。
それ故に今回のようなテロが起こった際に、対処が後手に回ってしまうのだ。
仕方ないことだとわかっている。
「はぁ……」
息を吐き出す。
コクピットの中でも息が白く染まっている。
その白い吐息の向こう側に『ゼクス・ラーズグリーズ』は、誰かを幻視した。
言うまでもない。
あの子のことだ。
「あ……」
会いたいな、と呟こうとした瞬間、モニターがアラートを放ち、コクピットハッチが叩かれる。
「!?」
即応しようとして、動きが止まる。
モニターに映っていたのは、紫の髪だった。
「デリバリーメイドでございます」
「ま、毎度そうしないと来れないんですかね!?」
そう、毎度お馴染み、ステラ・タタリクス(紫苑・f33899)である。
「ふ、青春の香りハスハス……ええ、香しいですね。これは」
ステラは鼻をひくひくさせていた。
彼女の鼻には一体何が嗅ぎ分けられているのだろうか。わからない。わからないが、ステラは満足げな顔をしていた。
『ゼクス・ラーズグリーズ』は若干、このメイドが苦手だった。
いや、好ましい人物だとは思うのだ。
けれど、彼女の、この……なんていうか、此方のウィークポイントの周辺をなぞるようにして指を走らせるような視線が、ちょっと苦手だった。
有り体に言えば、やべーメイドであるから、という点が過分にある。
「誰がやべーメイドですか」
「まだ言ってないです」
「まだ、とは。それに普段よりは普通の自覚がございます」
これで? と思った。
が、ステラは構わなかった。
「ご調子は如何ですか。体調を崩されてはいないかと心配しておりましたが」
「別に、大丈夫ですよ。機体は十全です。ちゃんとメンテナンスもしてもらいましたから」
「いえ、機体ではなく。いえ、そちらも気にかけておりますが」
「で、なんです、今日は」
「おや、随分と慣れっこになってしまわれましたね。このやり取り。擦れた、とも取れますが……もしや、『この事』でお姉様方にこすり倒されましたか?」
『この事』。
そう言ってステラは己が手にした包みを掲げる。
綺麗にラッピングされた包み。
その包みに『ゼクス・ラーズグリーズ』の瞳が期待に煌めくのをステラは見逃さなかった。
「ええ、『ツヴァイ』お嬢様からのお届け物です。ほら、バレンタインですし?」
「……! そういう、意地の悪い言い方」
「これは失礼を。此度は、お届けに上がったのです。さあ、どうぞ」
「存外あっさり渡してくれるんですね」
受け取った『ゼクス・ラーズグリーズ』はステラの態度に、またもや誂われるのかと思ったのだろう。
警戒の色が拭えないようだった。
「いえ、そのようなことを私がするとでも?」
思っていらっしゃる? 思ってる。そういう表情であった。
「な、なんだろう……」
コクピットで彼は包みを開く。
出てきたのはボックスだった。
だが、嫌に軽い。どうみても食料品の類ではないようだった。
首を傾げてボックスを開けると、そこにあったのは梱包材に包まれた人型ロボット……『セラフィム・ゼクス』のモックアップであった。
「これは……」
そう、有り体に言うと模型!
ステラは、それを見やりジェネレーションギャップに打ちひしがれていた。
元々、中身がなんであるのかを聞いてはいなかった。
あえて問わなかったということもあるし、『ツヴァイ』と呼ばれた少女とのやり取りで、彼女が本気とも思わなかったのだ。
さすがのメイドも驚愕である。
だが、思い返せば何もおかしくない。
拠点防御用の『セラフィム・ゼクス』。彼女が造ったとも言えるキャバリアである。
であれば、彼女のからの贈り物は既に彼に届けられていたと言える。
「え、これ、えっ?」
「動揺されても私も困るのですが。ですが、ええ。どの世界でもどの世代でも、愛とはかくも難しく、しかし尊い」
良いものを見せてもらいました、とステラは思う。
そして、本当に尊い物を見逃していた。
それは梱包材に紛れ込ませていた、小さな、小さなハート型のチョコ。
さり気なく、彼だけが気づくことのできた、彼女の好意だった――。
成功
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