命を失い動かなくなったイザナの頭を掴んだ男は、イザナの首に手を当てて脈を取る。
「心臓が止まっているな」
告げる男の周囲、人々は唇を歪めて笑む。
「随分としぶとかったが、死ぬときはあっけないな」
地面を転がるイザナはボロボロで、とても見るに堪えない有様だ。
しかし、村の人々はそんなイザナに同情はしない。それどころか彼らはサディスティックな笑みを浮かべ、動かなくなったイザナの身体を軽く蹴り、踏みにじるのだ。
「それで、コレはどうします?」
「こいつはもうゴミだ。何処かにでも捨てておけ」
「へいへい」
イザナの身体の上でそんな会話がなされ、イザナは村の片隅に投げ捨てられた。
がらくたの山の上に、ドサッと放られたイザナ。山から転がり落ちかけたところを蹴りつけられてもイザナは動かず、光のない瞳を虚空に向けていた。
「そうだ、コイツが持ってたアレも捨てとくか」
言って、男の一人が取り出したのはクジョウの槍。
槍もガラクタ山に投げつけられ、イザナの身体の上に重なる――男たちはそれを見届けることもなく踵を返し、動かなくなったイザナに背を向ける。
「……」
本来なら、ここでイザナは朽ち果てる。
だが、クジョウの槍はひとりでに浮き上がると、イザナの心臓に突き立てられた。
「……――」
止まったイザナの心臓深くに、槍が食い込む。
クジョウの槍が秘めるエネルギーはイザナの心臓へ流れ込む――鼓動が生まれ、イザナはビクリと身体をのたくらせる。
「――」
冷えた身体に熱が灯る。
槍から与えられるエネルギーのままに跳ねた身体が、やがてイザナ自身の意思を取り戻す。
燃え上がるような熱を帯びた心臓が自ら動きだす――見開かれたままの双眸に光を宿して、イザナは命を取り戻した。
「っ……」
呟くほどに復活したイザナの手には、クジョウの槍が握られている。
イザナ蘇生の用を果たし、クジョウの槍はエネルギーの放射を止めていた。イザナは槍を握る手に力を入れて、自分の身体が元の力を取り戻したことを確認する。
「ごふっ――ん、もう大丈夫……」
散々な目に遭わされて口に溜まった血を吐き出し、イザナはゆっくりと起き上がる。
がらくた山から飛び降りて、軽い調子で着地すれば、ピンク色の髪が遅れて揺れる。
一度は命を失ったイザナだが、それはもう過去の話。今のイザナは全身に気力が漲り、さらに言うと怒りすらも宿している。
「あいつら……ふざけたことしてくれたわね……また『消費』しちゃったじゃない……」
苛立ち混じりの恨み言を呟きつつ、イザナはこの|世界《ダークセイヴァー》に降り立った本来の目的を果たすべく、ゆっくりと歩きだす。
クジョウの一族は、自分と武器の両方に魂を込めている。
命脈を保つ目的はただひとつ――いざという時、『体』で相手の攻撃を覚え、次に備えるために。
「もう覚えた」
呟くイザナは、死ぬ前のことを思い起こす。
領主の抱える配下たちは全員イザナの格下。クジョウの魔槍を振るっていれば難なく勝てる相手だが……と考えながら、イザナは領主の館へ向かう。
「毒矢には気を付けないとね」
イザナを死へ追いやったのは過酷すぎる奴隷労働だが、奴隷の身に落ちたそもそもの原因は、配下の誰かが打った毒矢だ。
毒矢を喰らいさえしなければ勝つことはできる。
「ふん、でももう覚えたからね……これからぶっ潰しに行ってやるわ」
言って、イザナは領主の館を仰ぎ見る。
手にしたクジョウの魔槍を手に、イザナは館に乗り込んだ。
●
館の天窓をブチ破って、イザナは彼らの前に姿を見せる。
「――!?」
天井、割れたガラス片のきらめきを伴ってイザナはクジョウの魔槍を振りかぶる――配下たちが身構えるより早く槍を一閃、イザナは敵を薙ぎながら着地すると、深く身を屈める。
「そこから矢が来るんでしょ? 知ってるよ」
告げるイザナの頭上スレスレを毒矢が飛んで、館の壁に突き立てられる。
「こいつ……!!」
毒矢で仕留め損なったことに怒りの声を上げた配下たちは殺到するが、イザナは槍の刺突で彼らを屠る。
「毒しか使えないの? 本当にザコだよね♪」
煽り散らし、頭に血が上った配下たちの攻撃が単調になったところを狙い撃ちにして、配下たちは次々倒れていく。
「く、くそっ!!」
「このクソガキがぁ……!!」
配下たちも負けじと応戦。
毒矢はあちこちから飛び交うも、イザナは軽くそれらを回避。
「来るって分かってれば、当たるわけないでしょ?」
余裕たっぷりに言うものの、あちこちから飛んでくる毒矢の全てを避けることは容易ではない。
「っ――」
避けきれなかった毒矢を肩に受けて、イザナの動きはわずかに鈍る。
「いまだ、総攻撃だっ!!」
領主は上ずった声で配下たちに命令し、イザナに殺到。
だが、イザナは肩に痺れを覚えながらも槍を振り上げ、彼らを一撃で蹴散らす。
「ッな、なぜ……!?」
配下を失い、自身も深手を負った領主の狼狽えた叫びに、イザナは領主の首筋に槍を突きつける。
「この毒は、もう覚えたよ」
毒の痛みや痺れは確かにイザナを苛む――しかし、すでに経験したものなのだから、ダメージを受けた程度で遅れを取ることはない。
対する領主たちは、奴隷として引き渡したはずのイザナが突如現れたせいで動揺が隠せない。本来の力も発揮できず、戸惑いながら戦う彼らは、イザナに毒矢の一撃を加えたというのに終始押されっぱなし。
「この……っ!」
悔しそうに歯噛みする領主に、しかし反撃の力は残されていない。
「私の勝ちだね♪」
堂々たる勝利宣言を下し、イザナは最後の一撃を領主に加える。
――静まり返った館の中、立っているのはイザナだけだった。
●
こうして快勝を収め、イザナは上機嫌。
「ふふん、余裕すぎ。全員ザコだったんじゃない?」
クジョウの魔槍を手に、イザナは倒れた領主と配下を見下ろして自慢げに胸を張る。
一度は敗北し、惨めな死を迎えたことなどすっかり記憶の彼方に飛んでいった。余裕の笑みを浮かべてイザナは彼らの元を去り、また次の戦いへと向かう。
――何度死んでも、最後に勝つことがイザナの自信になる。
やっかいな慢心癖は、決して治ることはなさそうだ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴