真の自由には遠く、されど風は往く
●怒りと憎しみ
忘れられないことがある。
どうして己はあんなに憎かったのか。
そのことを考えると鳥羽・弦介(人間のキャバリアパイロット・f43670)は、あれは夢だったのではないかと思う。
いや、夢ではない。
今、彼の体は拘束されている。
厳重な拘束は、四肢のみならず彼の肩や腰、首、さらには頭部すらも固定されていた。
なぜ、こんなことになっているのか。
それは理解している。
叛逆罪に問われているのだ。
彼からすれば夢現の中の一幕でしかないように思えたが、現実であった。
とは言え、戦乱渦巻くクロムキャバリアにおいては、叛逆罪は死罪と同義である。然るべき後に極刑に付されるところであった。
だが、今も彼は生きている。
「……」
何故なら、己がサイキック能力に目覚めているからだ。
このサイキック能力をこの施設……恐らく己が属している小国家のいずれかの研究施設にて解析、もしくは利用しようというのだろう。
とは言え、己がこの能力を十全に引き出せているのかと言われれば、それは否であろう。
いくつのかの実験に弦介は従っていたが、どれもが碌でもないことであった。
中には非人道的な実験もあった。
今も弦介は固定された拘束台の上にて麻酔を打たれている。
死んだように眠っているのはそのためだ。
いや、死んだように眠っているように見えているだけだ。
彼の意識は覚醒している。
だというのに眠っているように見せかけているのは、何故か。
無論……。
「ねぇきこえてる?」
「……」
どこか遠く、意識の外から声が聞こえる。
自分の意識の中ではない。
体の外側から、この体の意識に直接響いている声だ。これを人は念話であるとかテレパシーであるとか呼ぶであろう。
それ己の意識に直接呼びかけているのだ。
幼い声色。
舌足らずな、というのが正しいかもしれないが、念話であってもそうなるのだろうか?
いや、語りかける者のイメージを直接頭に送るわけだから、当人にもこのような声を発しているという自覚があるのかもしれない。
なら、もう少しハッキリと喋ってほしいところだな、と弦介は目をつむりながら考えていた。
「あれ? きこえてない? ねてる? ねぇーおきて! ねーぇーってばー!! もうおきるじかんだよ!! じ、か、ん!!」
けたたましい声。
脳天を後ろからぶん殴られたような声量に弦介は飛び上がろうとして、己が身が拘束具に固定されていることを思い出す。
ギシッ! と拘束具軋む音。
「おきておきておきておきて――!!!」
「うるっせぇ――!!」
「ひゃあー!! アハハハハハー!!!!」
軋む拘束具が次々と弾け飛ぶ。
それは彼の膂力の賜物ではない。彼のサイキックの発露によって、拘束具が悉く粉砕され、破壊されたのだ。
警告音が鳴り響き、室内には警告灯の赤い光が明滅している。
破壊された拘束具はひしゃげ、散々に破壊されていることが見て取れた。
徹底的な破壊ではない。
拘束具の接合部たる部位をピンポイントで力を込めて壊した痕であった。
ゆらりと弦介は拘束台の上に立つ。
口元を覆っていた器具をむしり取り、己の腕に刺さっていた点滴の管を乱暴に引き抜く。針の刺さっていた場所を強引に揉み込みながら、苛立つように頭をかきむしる。
「あー、そんなにもんじゃだめんなんだよー」
「るっせぇな。どでかい声で叫びやがってよ……加減ってものを知らねぇのかよ」
「ごめなさーい! でもなかなかおきてっくれないからー。ちこくはいけないことでしょ? なら、ちこくしないようにしてあげなきゃっておもったの。えらくない?」
「そりゃどうも」
念話で会話している相手のことを弦介は知らない。
顔も見たことはない。
声の調子からして幼い子どものようであるが、この研究施設に輸送されてきてからは、一度も見たことがないのだ。
他人との接触事態が、そもそも制限されている。
「まあ、この施設のことを考えれば、それも当然か。ったく……」
「やくそくまもってね。ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーますっ、っていったもんね?」
「わーってるよ。んじゃ、行くかッ!」
弦介は念話の声に頷き、そのサイキックを迸らせる。
明滅する輝き。
その力は膨れ上がり、彼をを収容していた区画を吹き飛ばす。
拘束など彼には意味をなさない。
そのために彼は点滴で麻酔を打たれていたのだ。だが、今日に限って彼の点滴の中身は麻酔ではなくなっていた。
ただの栄養剤。
「な、なんだ!? 被検体『F43670』の収容区画で爆発を確認! 至急確認を……ごぁっ!?」
警告音に駆けつけた警備兵たちは、爆発した区画に踏み入る前に弦介のサイキックによる一撃で昏倒させられていた。
ぎりぎりと音を立てて、ひしゃげたフロアの支柱を弦介はこじ開けて踏み出す。
「番号で俺を呼ぶんじゃあねぇよ。気に食わねぇな、マジで! よぉ!!」
弦介は、その瞳にサイキックの光を発露させながら一気に脱獄を開始する。
集まってきた警備兵たちが銃を構えるのが粉塵の奥に見えた。
煌めく銃口。
放たれるは恐らくゴム弾であろう。
こちらを殺すつもりはないようだが、殺さない程度には痛めつけて制圧しようとはするだろう。そんな糸が見え隠れする装備であった。
「ハッ! 殺すつもりで来なきゃぁ! 俺を止められるものかってんだよッ!!」
「撃て!」
瞬間、粉塵を貫いて飛来するゴム弾。
その軌跡を弦介は捉えていた。
拘束されていた肉体の調子を取り戻すように彼は、掌を掲げる。広がるサイキックの障壁が、ゴム弾の全てを受け止め、宙に制止させていた。
「なっ……! 馬鹿なッ、麻酔で体の自由は奪っていたはずだ! なぜ、動ける! なぜ、サイキックが使える!?」
驚愕する警備兵を前に弦介は宙で固定されたゴム弾を、まるでグローブのようにサイキックで包み込む。
「なぜって、そりゃあ生きているんだから動けるだろうがよ。それともなにか? 俺が死んでいたとでも思ってんのか?」
「くっ! 次弾装填、急げ!」
「弾が必要だってんならよォ! 返すぞ、オラッッ!!」
サイキックが弦介の意志に反応するように振りかぶられ、受け止めたゴム弾を銃で放つよりも早くぶん投げられる。
それは凄まじい弾速となって警備兵たちの体躯を強かに打ち据える。
「ぐあっ?!」
悲鳴が響き渡り、次々と警備兵たちはその場に蹲るしかなかった。
骨の何本かは覚悟してもらうつもりであったが、思った以上にダメージが大きいようである。
それもそのはずだ。
「ねんどうりきをこめたらそうなっちゃうでしょー」
「しょうがねーだろ。念動力で受け止めてるんだから、それぐらい」
「だめだよーころさないでよー」
「殺しちゃいねぇよ」
不機嫌そのものな表情を作り、弦介は吐き捨てる。
ハッキリ言って、己をこのような研究施設に押し込んだ者たちの生命などどうでもよかった。
けれど、別に殺してやりたいとおもったわけじゃあないのだ。
彼らも小国家に生きる身だ。
我が身を守るために誰かの身を差し出さねばならない時だってあるだろ。それは理解できる。いつだって人は自分の身の丈にあったことしかできない。
それ以上をしようとすれば、必ずその身に破滅が訪れるであろうことは弦介も理解していたことだった。
だから、生命までは取らない。
「そういう約束だからな」
とは言え、多少の痛い目は見てもらう。
「ま、待て……こ、こんなことをして、貴様、無事で済むと……」
警備兵がうめきながら弦介の足へと手を伸ばす。
「愛国心があるってのは良いことだよ。人道に悖るっていう気持ちがあるんなら……いや、それも言うだけ無駄か。あんたたちも生きるのに必死なんだろうからな。同情するよ」
そう、人は強くなければ生きられない。
理不尽に抗うにも力が常に必要なのだ――。
●サイバネティック
それは奇妙な光景であった。
区画の形から言えば、弦介の囚われていた牢……と同じだ。
だが、そこに収められていたのは、全てが鋼鉄だった。
数多のケーブルにチューブ、そして奇妙な駆動音。空調が働いているのか、ファンがまわり続けている断続的な音が響いている。
そんな機械の前に白衣の男が立っていた。
「おう、来たぞ」
弦介の言葉に白衣の男が肩を震わせて振り返る。
その顔の浮かぶ表情は焦燥そのものであった。まあ、そうだろうな、とは思う。
何故なら、今弦介は脱獄の真っ最中だからだ。
あちらこちらで警報が鳴り響いているし、またドタドタと駆ける足音も聞こえている。。
此処に至るまでも弦介は多くの警備兵をなぎ倒してきていた。
何度目だったか、と指折り数えると、頭の向こう側の念話でもって語り変えてくる声が、『ろっかい!』と律儀にカウントしていた数字を元気よく読み上げている。
「……き、来たか鳥羽君!! 麻酔は予定通り切れたようだね!」
白衣の男は、この研究施設の研究員だ。
本来ならば弦介を見咎め、軽微を呼びつけなければならない立場の存在だ。だが、その言葉からも分かる通り、弦介と内通していることが見受けられるだろう。
だが、そうであるのならば、この場にとどまって悠長にしている時間はないはずだった。
なのに彼は機械の前でキーボードを叩き、忙しなく何かの作業を推し進めていた。
「ああっと! ちょっとまっていてくれよ! 今、このソースコードの改ざんが終わる……から! と! よし! これで自壊装置は解除された! すぐにやってくれ!!」
男の言葉に弦介は委細承知とばかりに頷いた。
煌めくサイキック。
膨大なエネルギーの本流と共に機械……即ち、鋼鉄の拘束具が粉砕される。
そう、眼の前のこれはただの機械ではない。
強靭なサイバネティック義体を持つ存在を拘束せしめるための万力の如き装置なのだ。
当然、セキュリティのために無理に破壊しようとすれば、封じている存在を自壊させる機能が備わっていると見て取るべきだろう。
だが、すでにそれは白衣の男によって解除されている。
サイキックの一撃によって破壊された拘束具から、蹌踉めく……というよりは、ぬるりとした動作で現れたのは、鋼鉄の駆体であった。
それを弦介は知っていた。
何故なら、この研究施設にて幾度か手合わせ……というには、あまりにも血なまぐさい戦いをさせられていたからだ。
ここの職員風に言わせるのならば、実験戦闘というやつであった。
互いに生命を取る……寸前まで行った実験は合ったが、どちらも気にした様子がない。さっぱりとした様子であったのは、当人たち同士で解決している事柄であるからだろう。
また正直に言えば、互いにあまり興味がないということの洗っ我であった。
「おう、じじい。置きてるか? 死んでねえよな?」」
あんまりな言葉である。
おおよそ、救出に来た者が被救助者に掛ける言葉ではなかったが、鋼鉄の駆体を持つ男――クロガネ・コウサク(ビハインドニンジャ・f43673)は特に気にかけた風でもなかった。
ぬるりとした動作で動いたのと同じように彼は頷く。
「応、既に死んでおる」
その言葉は冗句か何かかもしれなかったが、言うまでもなくブラックジョークの類であった。だが、この場で笑う者は誰もいなかった。
「あー、じゃ大丈夫だな」
ねじり切るようにして粉砕した拘束具が火花を散らしている。
こうして対峙して見てもよくわかる。
この男は只者ではない。
一体如何なる変遷を辿って、この研究施設に囚われたのかはわからぬが、これだけの男を捕らえることができたということは多大な犠牲を払ったであろうことを弦介は理解する。
義体でありながら、細くしなやかな体躯。
不思議な力強さは、弦介にとっては理解しがたいものであった。
一体その体躯の何処にそうした力が宿っているのか、知りたいとも思う。
「約束は、忘れておらんだろうな?」
老人めいた声色。
クロガネは弦介に構うことなく白磁の男性へと視線を向ける。
その声には何処か凄みがあるように思えてならなかった。
「分かっています。貴方のお孫さんも助けましょう。ですが、鳥羽君にもお伝えしたおゆに、くれぐれも殺しはしないでください」
白衣の男の言葉にクロガネは頷いた。
承知した、と取っていいのだろう。
だが、殺すな、というのは、この研究所の内にて行われていた非人道的な実験を思えば、承服しかねることであったはずだ。
正直、弦介もむかっ腹に来ている。
「我々はテロリストではないのですから。殺してしまえば、無差別殺人者と変わらない。その点だけは、どうか」
「……お行儀の良いこって」
弦介はむかっ腹のままに呟く。
生きるためには手段を選んではいられない。そして、手段を選べるほど選択肢が己たちにあるとは思えなかった。
それは言ってしまえば、自縄自縛と同義であったからだ。
命を奪わないこと。
不殺であること。
それ自体は綺麗事だ。
人間は誰だって綺麗事が大好きだ。綺麗なものは美しいとわかっているからだ。けれど、それが人を殺す。人の生命を奪う。
生命は不可逆なのだ。
どうしたって元には戻らない。
奪われてからは遅いのだ。だからこそ、弦介は腹を立てている。
思い出すのは、上司……いや、もう上司ではない男の赤髪が視界の端にちらつくようで、なおさらイライラする。
「ならば良い。猟兵だろうとレジスタンスだろうと、孫を救えるのならばな」
クロガネにとっては、弦介の懊悩や怒りといったものはまるで興味のないことであった。
彼にとって興味があるのは、ただの一点のみ。
そう、己が孫の救出である。
彼がこの研究所に囚われた理由は、孫を守るためであった。しかし、それが叶わず、こうして幽閉めいた拘束を施され、人体実験の末に――死んだのだ。
そう、彼は生きていない。
死して骸――ビハインドとしてこの世にしがみついている。
全ては孫のためだ。
あの子のためだけに彼は存在している。愛情と妄執。入り混じって分かたれることのない執念が彼をこの世に縫い留め続けているのだ。
響き渡る警報。
そして足音。
言うまでもないが警備兵が己たちの所在へと殺到してくるだろう。
「小僧、できるな」
「指図すんじゃあねぇよ」
クロガネの言葉に弦介は吐き出す。
漲るサイキックは、彼のむかっ腹に溜め込んだ怒りを放出するようにサイキックとなって壁を粉砕し、吹き飛ばす。
迫っていた警備兵たちごと吹き飛ばして通路に飛び出す。
「で、行き先は?」
「孫の居場所に検討は付いているのだろうな」
その言葉に白衣の男は何度も頷く。
「も、勿論。ち、地下だ! 地下に貨物エレベーターを利用して向かえば――」
●人を人たらしめるもの
弦介たちは迫る警備兵をサイキックで黙らせながら、地下へと続く貨物エレベーターへと走る。
「なあ! こっちで本当に合っているのかよ。さっきから警備兵と出くわしてばっかりだぞ! あと! なんか俺ばっかり戦っているように思えるのは気のせいか!?」
「気の所為よ。当然、わしらの目的も連中、理解しているのだろうよ。であれば、正しき道を辿っている証左であろう」
弦介の言葉にクロガネが頷く。
白衣の男性が手際よくキーボードを操作してエレベーターを起動させる。
重々しい音が響き、シャフトが駆動していく。
僅かに身が傾ぐような衝撃と共にエレベーターが下降していく。
一瞬だけ身に浮遊感が伝わって弦介は周囲を見回した。
「……俺やジジイと比べても、大分物々しいな?」
重たい音を立てて、エレベーターが停止した先を見やる。
それは見上げるような巨大な機械群であった。
これまでのように何かを、それこそ、人体に似た構造を持つものを拘束する、というような作りではなかった。
寧ろ、何かの装置である、という説明のほうがしっくり来る。
「で、これが目的の代物だっていうのか?」
「……この施設の中でもトップシークレットの案件です」
「一体なんなんだよ」
「私も、詳しくは。何せアクセス権がありません……ただ、特殊な施術を行ったらしい、と」
それしかわからないのだと白衣の男は言う。
こんな非人道的な実験施設である。
どうせ碌なことではないのだと弦介は察していた。
「ジジイ、覚悟はしといた方がいいぜ、これ」
あえて言うことではない。
が、言わずにはいられなかった。
何事にも身構える時間というものは必要だからだ。如何なる衝撃であっても、来るとわかっていたのならば受け止めることだってできるからだ。
謂わば、心構えの話であったし、それがクロガネの身を、心を散々に打ち据えるものであると思えてならなかったからだ。
「……生きている。それだけは確かなのだろう。そうなのだろう?」
クロガネは弦介を見やる。
鋼鉄の顔には表情がない。
だが、その目から伝わる微妙な感情のゆらぎは、実験戦闘では感じたことのない色合いをしているように思えてならなかった。
「本人はそう言っていたぜ」
弦介はごまかさない。
これまで幾度となく己と念話による対話を行っていた存在が、この眼の前の鋼鉄の機械群の中に在るのだということは確信していた。
「俺とあいつは会話をした。嘘は言ってねぇが、そんだけだ」
そう、それだけなのだ。
だから、クロガネが望むような……それこそ希望が持てるようなことは何一つ言えなかった。
「解除した。ここから先、また下降しますよ」
白衣の男の言葉に頷く。
展開していく機械群。
さらに奥に、隔壁があり、それもまた解除されたように拓かれていく。
その先に合ったのは、円筒型の硝子めいた容器であった。
浮かんでいるのは脳髄。
弦介は思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
それは人の尊厳を傷つける光景であったからだ。
「おじいちゃん、雰囲気カワリマシタネ。げんき、してた?」
その声は弦介が念話で聞いたものと同一であった。
どこか幼い。どこか舌足らず。けれど、その声はクロガネを、コウサクを気遣うもののように思えてならなかったし、そうであってほしいとも思った。
コウサクが、唯一人の人間に戻れた瞬間でもあるように思えたのだ。
「……ああ……」
漏れ出る吐息。
そこにどれだけの感情が込められているのかを、弦介は知らない。知れるはずがないし、知っていると言えるわけもなかった。
「コマ、本当に、お前、なのかい……?」
萎んでいく。
そう、弦介は見て取る事ができた。視線で白衣の男に目配せし、作業を開始する。
壁面に敷き詰められた機械。
そこから脳髄の浮かぶカプセルを取り出すための作業をしなければならないのだ。
決して、今まさに再びの邂逅を果たした二人の時間を作り出すため、じゃあない。そう、それはただの感傷でしかないからだ。
「で、この後はどうすんだ?」
「予定では我々の仲間が襲撃を仕掛けている頃合いです。その混乱に乗じて我々は逃走ルートを通って施設を脱出、そして合流します」
白衣の男性の言葉に弦介は頷けど、そう簡単にことが運ぶものであろうかと懐疑的であった。
「そのお仲間ってのが早々に制圧されないことを祈るぜ……おおい二人共!」
弦介は、装置を取り外す目処がたったのを確認してコウサクと容器――クロガネ・デバイス(頭脳戦車猟兵・f43671)へと呼びかける。
「つもり話は後だ!! そろそろ出るぞ!!」
「うん! 了解シマシタ。おにいちゃん!」
デバイスの声にコウサクは深く頷いた。一度、二度、と。
そう。
こんな姿になっても彼女は生きている。
生きて言えると彼は言い切ることができる。これが己の生きる理由なのだ。それ以外は必要ない。
今ここに己が存在している理由が全てなのだ。
「やれるかよ、ジジイ」
「当然だ。あの子が、コマが生きている。ならば、俺のやる事は決まっている」
その瞳に顕然たる意志が宿っているのを弦介は感じ取っただろう。
先程までとは違う。
そして、実験で戦った時とも違う。
一度は萎んだであろう気配も、漲るようにして周囲に溢れている。
「へっ、そうかい。なら行こうぜ――」
●地上へ
そこにあったのは、阿鼻叫喚の戦場だった。
珍しいことではない。
クロムキャバリアにおいて戦乱とは常なるものであったし、そこかしこに存在するものだった。
一見平和に見えたとしても、その裏側では戦禍の火種が燻っている。
そういうもなのだ。
だからこそ、当然こうなることも予見できていたのだ。
「おいおい」
「そ、想定内ですっ。さあ、こっちに!」
弦介たちは状況が如何なるものかを察する。
白衣の男性は理解できていないようだ。
そう、このクロムキャバリアにおいて戦場の主役はキャバリアである。キャバリアしか戦場には存在できないと言ってもいい。
歩兵など役に立つことはない。
だからこそ、弦介たち猟兵に覚醒していた三人は理解していたのだ。正確に言うなら、一人と一体と一基であるが。
「これってさ」
「ああ、どうやらそのようだな」
「ああっ、もうマジで気に食わねぇなぁ!! こんなところでもオブリビオンマシンってやつかよ!!」
そう、戦場にあったのはキャバリアであるが、しかしてその実態は猟兵にしか感知できぬオブリビオンマシンであった。
搭乗者を狂気で冒す過去の化身。
戦禍の火種を撒き散らす存在。
白衣の男性が語るところであった反抗勢力のキャバリアも、施設を防衛するキャバリアも、いずれもが全てオブリビオンマシンにすり替わっていたのだ。
その戦い方は破滅的だった。
互いに損害など考えない強行めいた戦い。
ミサイルが目標を失って付近に着弾する。凄まじい爆発が巻き起こり、三人はデバイスの容器を守りながら走るしかなかった。
いや、逃げるしかなかった。
何故なら、キャバリアに敵うのはキャバリアであったからだ。
「これは何かの間違いですよ! そうですよ、きっと!」
倒れ伏す警備の機体。
その機体に馬乗りになって抵抗勢力の機体がキャバリアソードをコクピットに突き刺さう。
爆炎が巻き起こり、衝撃が三人の体躯を揺らす。
白衣の男性が叫びたくなるのも理解できるところだった。
「どうも汚染されてるみたいだな。こりゃ、アンタの仕業か?」
「バカを言うでない。こんな他を巻き込むような戦い方、する理由がないわ」
「敵機、捕捉サレテイマス。にげてー!!」
「逃げろって何処へだよ!」
弦介とコウサクは走る。
デバイスを抱え、また白衣の男性もサイキックで掴み上げてひた走るのだ。
このまま外を突っ切るのはマズイ。そう判断して、貨物エレベーターへと一端逃げ込もうとするが、ミサイルがエレベーターへと飛び込み、爆炎を立ち上らせた。
破壊された貨物エレベーターの残骸と破片ばかりが散乱している。
進むも地獄、逃げ込む先も業火。
進退窮まる。
「味方に伝えられぬのか!?」
「む、無理です!! 内通を悟られないように、その手の証拠は意味がない!! 事前に決めた符丁でなくては……!」
コウサクと白衣の男性のやりとりに弦介は舌打ちする。
このままではどうしようもない。
迫るオブリビオンマシン。
そのアイセンサーには味方も敵もない。ましてや、生身の人間も関係がいないのだ。
「警告。敵機射撃体勢ニハイリイマシタ。くるよー!?」
「チィッッ!!」
渾身の念動力を持って瓦礫を迫るオブリビオンマシンの頭部へと叩きつける。
のけぞるように駆体が蹌踉めくが、しかし、その手にしたキャバリアライフルの銃口は傾ぐことはなかった。
銃口に湛えられる光。
収束されたビームの光が三人を捉え、今まさに放たれんとした瞬間、その間に割って入ったのは白と黒の色を持つキャバリアだった。
そのキャバリアが放たれんとしていたビームの一撃を受け止めたのだ。
「……!!」
光条が周囲に飛び散る。
だが、散ったビームは三人の周囲に落ちるばかりで彼らを害することはなかった。
そして、一騎の白黒のキャバリアがオブリビオンマシンのひしゃげた頭部を切り裂き、そして四肢を分断する。
砕けるようにして倒れ伏すキャバリアに飛び出したケーブルが突き刺さり、その内部のエネルギーを急速に奪うのだ。
沈黙した機体を投げ捨て、白黒のキャバリアが三人に振り返る。
「あの動き……ッ! てめぇ!!」
弦介は思わず叫んでいた。
機体は己の知るそれではなかったし、確証もなかったはずだ。
だが、確信していた。
本能的に理解してしまっていた。
あの機体は、敵を殺さなかった。壊したのは、機体だけ。コクピットには一撃も入れていない。
そんな戦い方をするのは、弦介が知る限りただ一人だあった。
「……もしやとは思ったが、鳥羽、お前か?」
「……ッ!」
弦介は歯噛みした。
できれば会いたくない相手であった。
なぜならば、それは己が、この研究施設に入るきっかけであったからだ。
そう、それはトラスト・レッドライダー(レプリカントのデスブリンガー・f43307)。彼の元上司であり、そして、己が殺そうとした相手だった――。
●だからと言って
「あれから行方がしれなかったが、此処にいたのか」
三人と一基を守るように白黒のキャバリアはたちながら、弦介へと声を投げかけていた。
その声色はどこか喜ばしいと思っているような気配があった。
それが余計に弦介には癇に障った。
「……俺を覚えてんのかい、トラスト隊長。大方、反抗組織を鎮圧しに来たってところか?」
「鳥羽」
「そうさ、俺ぁ今じゃモルモット扱いだ。脱走するつもりだったんだが、俺もよくよく運がねぇ……よりにもよってアンタが来るなんてなぁ」
その言葉にトラストは沈黙する。
彼にとってそれは意外な事実ではなかったからだ。
むしろ、予想が付いていたとも言える。いや、そうであったという確証を得てしまったことに落胆さえ覚えているようでもあった。
「……やはり、この国は……」
「あん?」
「手短に行こう」
トラストは外部スピーカーから三人に呼びかけた。
「俺はもう軍属じゃあない。向こうの反抗勢力とも違う。抗する、という意味では同じだが、派閥としては異なるものだ。そして、今は」
「率いているってわけか」
「そうだ」
弦介の言葉にトラストは頷いた。
「そして、そちらの者達も含めて、色々と聞きたいことがある」
「それはわしらのことか?」
「ああ。まずは、この窮地を脱してから、だが」
「渡りに船、ということだな。承知した」
「おい、ジジイ! 勝手に話を……!」
弦介はコウサクの肩に掴みかかろうとしたが、ぬるりとかわされてしまう。
「おにいちゃん、いいんじゃないかな?」
デバイスの念話が弦介の頭に直接響く。
事情を彼女は理解していないだろう。なのに、筒抜けのようだった。これもまたサイキックの干渉とも言えるのか。
わからないが、弦介はまた苦虫を潰すように歯を鳴らすしかなかったのだ。
「……――、ああ、クソッ! 気に食わねぇが!!」
「決まったか。では、トラスト・レッドライダー……道を切り拓く!」
その言葉と共にトラストの駆るキャバリアが戦場を疾駆する。
その戦い方は、弦介やコウサクをして無駄の多い戦い方だった。
一撃で仕留められる間合いであっても、その悉くが武装や頭部を撃ち抜くものであり、また奪うのは生命ではなく、エネルギーインゴットから供給されるエネルギーばかりであったのだ。
そう、トラストは狂気に人を冒すオブリビオンマシンを駆る者たちの命を奪わずに、その機体の戦う能力だけを確実に奪っていったのだ。
並大抵の技量で出来ることではない。
だが、それをやってのけたうえで不殺を貫いているのだ。
「甘い、が……それをやってのける技量は確かというわけだな」
あまり関わり合いになりたいとは思わないタイプだとコウサクは呟く。
弦介もそうだった。
元上司とは言え、そりが合わないのは今に始まった話ではない。
イライラする。
あの戦い方は、いつだって余裕を見せつけられているようでたまらなくなってしまうのだ。
「へっ、どの道、俺等に選択肢はねぇよ」
こんな世の中だしな、と弦介は吐き捨てて戦場に赤い轍が刻まれる後を進むのだった――。
●そうして
少しのときが過ぎた。
デバイスはワイズマンユニットそのものである。
猟兵として覚醒していたために、その幼い体躯は実験によって改造されてしまった。
頭脳戦車とも言うべき存在だ。
弦介と同じくサイキック能力を生きてい限り供給することのできる。そのために反物質エンジンに利用されたと言ってもいい。
人としての尊厳の悉くを踏み躙られた少女だった。
だが、彼女は特別になにかを思うことはなかった。
円筒の如き体躯に浮かぶ脳。
「鳥羽機、提言シマス。おにいちゃん、もっとそくどおとしてー! はやーい!」
「あ? 付いてこれねぇのが悪い」
弦介の言葉にデバイスは抗議するようにアラートを鳴らす。
そのけたたましい音に弦介は耳を抑えた。
「わーったよ。ったく、こういうやり口、どこで覚えてきやがるんだ」
「トラストさんから!」
「クソがッ」
弦介は吐き捨てる。
あの施設から脱出した後、彼らは揃ってトラストと同じく反抗勢力、レジスタンスとして所属することになった。
とは言え、一応、という形でしかない。
正直に言えば、もう一度トラストの元で、というのはあまりにも収まりが悪い。
申し訳無さも在ると言えば、ある。
「もうお前の部下なんざやってられるか」
「そうか。だが」
「……けどよ、あくまで対等な関係でなら、協力してやらんこともねぇ」
その言葉にトラストは苦笑していた。
なんだよ、と言えば彼はまた黙って笑うばかりだった。
「ならば、協力してくれ鳥羽。お前の力が必要だ」
「いっしょにがんばろー! おにいちゃん!」
「孫がこういっているのだが?」
そんな風に詰められてはどうしようもなかったのだ。
断れるわけもない。
屈託のないデバイスの言葉に、コウサクの有無を言わさぬ雰囲気。
どれをとってもどうしよもない状況だったのだ。
とは言え、だ。
悪くはないと思えてしまう。
己が正しい側に立っている、という自覚がある。それがどうにも弦介を落ち着かない気持ちにさせたが、それも受け入れるべきなのだろうか。
「まだはやーい!」
「わーっとるわ!」
弦介は思う。
キャバリアのコクピットから世界を見る。
もう二度とあんな閉塞感のある施設なんざ、ごめんである。
息を吸う。吸って、吐いて。吐いて。吐いて。
自分の激情渦巻くむかっ腹の中身を全部吐き出して、弦介は空を見上げる。
「あー今日も風が気持ち良いなぁ、畜生!!」
それでも悪くはないのだ。
生きるということは常に戦うこと。
なら、風は今日も吹いている――。
成功
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