●戦いの後先
激しい戦いだった。
デウスエクスとの戦いが常にそうなのだと言われたら、偽るところはないだろう。
いつだって人類は後手に回らざるを得ない。
極小の|小剣《グラディウス》によって宇宙より飛来する侵略者、デウスエクス。
予知がグリモア猟兵によって齎されることによって、これまでの襲撃よりも対処はしやすくなっているとは言える。
だからといって、迫るデウスエクスが弱体化することはない。
加えて言うのならば、人類の科学、魔術における技術はデウスエクスに及ぶものではない。
そう言った意味でも戦いの激しさは以前と何ら変わらないのだ。
「よし、メディカルチェックはおしまいだ。まあ、軽い脳震盪だと思ってくれればいいかな」
そう告げたのは亜麻色の髪の女性『エイル』博士だった。
彼女はこの湾岸の決戦都市の責任者でもあり、科学者でもある。
デウスエクスとの激戦にて負傷した猟兵やケルベロス、そして人々の具合を見て回っているのだろう。
そんな彼女が今まさにチェックを終えたのは一匹のヒポグリフであった。
馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)の共をする『霹靂』と呼ばれるヒポグリフは、一つ鳴いて礼を言うようだった。
「クエッ」
「とは言え、しばらくは静養したまえよ」
『外に見える損傷は少なくとも内側の損傷がある可能性があります。様子を見ることをおすすめいたします』
サポートAI『第九号』の言葉にまた一つ『霹靂』は頷く。
頑丈なのが取り柄だとでも言いたいのだろう。
軽い打ち身程度のものではあるが、しかしそれでもあの激しい戦いの後だ。
どんな後遺症が残るかわかったものではない。
「クエックエ」
伊達にいろんなものに頭突きをしていないと言いたげである。
「まあ、頑丈なのは認めるがね。名誉の負傷、なんていうのは気休めでしかない。いい機会だと思ってお休みするんだね」
そう告げられて、そういうものかな、と『霹靂』は首を傾げる。
でも、案じてくれているというのがわかるので、素直に従って置こうとも思ったのだ。
そうこうしてると、向こう側から聞き慣れた鳴き声が聞こえる。
「ぷきゅ~」
巨大なクラゲが此方にふよふよと飛んでくる。
『陰海月』だ。
友達の心配をしたのだろう。
大丈夫かな、と『霹靂』のまわりを浮かんでいる。
気が気でなかったのだろう。
「大丈夫だよ。君の友達は頑丈なようだ」
「きゅ!」
でしょ、とでもいうかのように触腕が、こぶを作る。
「ああ、では私はこれで。お大事にね……っと、なんだい?」
立ち去ろうとする『エイル』博士の白衣の裾を『霹靂』が咥え、『陰海月』の触腕が掴む。
引き止められた彼女は振り返って首を傾げる。
「君達の保護者の猟兵も待っているみたいだけれど」
「きゅっ!」
これ、と『陰海月』が差し出すのはラッピングされた袋だった。
黒い瞳に写るそれを『エイル』博士は受け取って見つめる。
「これは、私にかい?」
「きゅ」
「ふむ……お、これは」
『セラフィムですね。バージョンは直近のものではなく、以前のものでしょうか』
『第九号』の言葉に『エイル』博士も頷く。
「これはぬいぐるみかな。もしかして、君が作ったのかい?」
「きゅっ!」
「なるほど。器用だ。それにデフォルメされているが非常に特徴を捉えているね。ふふ、このゆるふわっとした感じは君の作品の特色なのかな?」
そう! と『陰海月』はもじもじしている。
あまり大きくないサイズなのは、机の端に飾っていても邪魔にならないようにと考えてのことだった。
今になって渡したのも、これまで多くの試作品や型紙を一から起こしたりとで時間がかかったからだ。
でも、『セラフィム』の特徴はしっかりと印象付けることができるぬいぐるみになったように思えるのだ。
それに最もこだわったのは。
「ふかふかしているね。枕にしてしまいそうだ」
『博士、枕ではなくぬいぐるみです』
「冗談だよ。本気にしすぎないでくれたまえよ。でも、これを私がもらっていいのかい?」
もちろん! と『陰海月』は頷く。
いつもお世話になっているから、と彼は言うのだろう。
その言葉と態度に『エイル』博士は笑む。
「いいや、むしろ私の方が御礼を言いたいくらいだ。君達がいなければ、私達はデウスエクスにとっくに敗北していたことだろう。君達がいたから、私達は今日も生きているし、戦い抜くことができた」
だから、と彼女は『陰海月』と『霹靂』の頭に手を添えて撫でてから、『セラフィム』ぬいぐるみを抱えて頷く。
「ありがとう。大事にさせてもらうよ……おや、もしかしてこれは白衣のポケットに入るのではないかな?」
そう言って彼女はぬいぐるみをポケットに言いれる。
ちょうど首から上が覗くような形になって、白衣が非常にファンシーな雰囲気になるだろう。
それを見て、他の人々も笑顔になる。
広がっていく笑顔の環に二匹も加わるのだ――。
成功
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