君がために言の葉は色づく
●五月雨模型店
「ご機嫌いかがですか?」
その言葉に『ツヴァイ』と呼ばれた少女は面を上げる。
今、彼女の手元にあるのは組みかけのプラスチックホビー。
なにかの作業中であることが伺えるだろう。
そんな彼女に声をかけたのは、ステラ・タタリクス(紫苑・f33899)だった。
でたな、紫メイド! と『アイン』と呼ばれた少女がこの場にいたのならば、そう言っただろう。妖怪扱いか?
「こんにちは」
しかし、『ツヴァイ』と呼ばれた少女は特に動じた様子もなく、ぺこりと頭を下げた。礼儀正しい。良家のお嬢様だと言われても違いはないのではないかという所作であった。
「今日は普通なんですね」
「いえ、私と手このテンションでお届けできるのです。タイム・プレイス・オケイション。TPOをわきまえておりますから」
「キャラが違いすぎて一瞬別人かと思いました」
「言わないでくださいませ」
「本日は一体どのようなご要件で? 店長ならあちらです」
あっち、とカウンターを指差す『ツヴァイ』。
ぎゅん! とステラの首が指さされた方角を見たが、彼女は一拍おいて頭を振る。
違う違う。
今日はそっちではないのだ。いや、そっちもあるかもしれないが。
「コイバナをしにきただけです」
「余計に質が悪いです」
それが大人を見る目かとステラは思ったし、ちょっと同様した。
けれど、こちらには最終兵器があるのだ。
それを彼女に差し出す。
そう、クロムキャバリアの『ゼクス・ラーズグリーズ』から預かっていた手紙と押し花にされた花である。
こういう奥ゆかしいところ! とステラは一人でハスハスしていた。
これこれ!
これが青春の香りから得られる栄養素!
たまりません、とステラは、そんな言葉を飲み込んで素知らぬ顔で差し出していた。
『ツヴァイ』の顔がみるみる間に赤くなっていく。
差出人が誰であるのかを伝えていないのに、もう誰からの贈り物であるのかを理解しているようだった。
「こ、これは?」
精一杯取り繕った、上ずった声であった。
ステラはニマニマしたい己の頬の筋肉を総動員して抑え込んでいた。
私はメイド。出来るメイド。完璧なメイド。いつものやべーメイドじゃあないと言い聞かせ続けていた。
「当ててご覧になっては如何でしょう」
「もう! どうしてそんな言い方をするんです」
「いえ、ご冗談です。まったく同じご反応をされておられましたよ」
ステラはクロムキャバリアにて『ゼクス・ラーズグリーズ』も同じような顔をしていたことを思い出す。
うーん、相思相愛。
隔てるのは世界だけ。
ステラから手紙を受けとった『ツヴァイ』は、しばらく封筒と押し花を眺めていた。
『運び屋』として当然のことをしているつもりだ。
なら、ハンコかサインをもらわねばならない。それに、もし何か配送希望があれば伺わねばならない。
なので、ここに立っているのは当然のことであった。権利じゃあない。義務である。
これって出歯亀ってやつじゃあないのかと思わないでもない。
自らの行いはただの自己満足で、この恋路を邪魔しているだけなのかもしれない。
大人が子供の恋愛事情に首を突っ込んでも碌なことにならないことは承知の上である。だが、見てしまった以上、知ってしまった以上、無視はできにのだ。
何故かはわからないけれど。
「ところで、バレンタインのご予定はどんな感じでしょうか?」
「……あちらにはバレンタインなんて、ないでしょう?」
戦乱の世界であることを『ツヴァイ』は知っている。
だからこそ、浮かれたような行事はないと思ったのだ。けれど、ステラは頭を振る。
「ございますよ。いつ戦場になるとも知れぬ地にあっても人は愛し合うことを止められないのですから」
「あいっ」
ぼ、と『ツヴァイ』の頭が音を立てるようだった。。
「いえ、さすがに『それ』をお届けするのはなんか違う気がするのですが」
それ、と指した先にあったのは『ツヴァイ』が組み立てていたプラスチックホビーであった。
流石にね、とステラは思った。
が、『ツヴァイ』は違ったようだった。
「えっ……こ、これは違い、ますか?」
ステラは電流が己の身に走るのを感じただろう。
この『ツヴァイ』お嬢様、まさか……! と。
いくら『プラクト』アスリートとは言えど、それは……! と思ったのだ。
むしろ、ひたむきさすら感じる!
「……ご入用なものがございましたら、調達してきますけれども? 相手の髪とか」
「なんでですか! そ、そんなおまじないなんて……」
「おまじない」
「忘れてください」
ははん?
これは、あれだな。恐らく女の子の間だけで流れている噂話のおまじないのことを言っているな、と出来るメイドは理解する。
「探してまいります」
「や、やめて! やめてください!」
「おまじないが嘘か真か、試す価値はあるとは思いませんか?」
ステラは、そう言って微笑むのだった――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴