ふわふわかんこんはねつき大会
それは穏やかなお正月のこと。ふわりふよふよ、おおきなミズクラゲの陰海月は、馬県・義透の自宅の庭でこれからはじまる戦いに気合を入れていた。
といっても、毎年どこかしらの世界でひと月続く大戦争のことではない。
だいすきな家族と一緒に、かんこんかんこん羽根突き大会を楽しむのである――!
「ぷきゅ?」
「そうそう、上手ですよ」
触腕で器用に羽子板を掴む陰海月に、義透は軽く遊び方をレクチャーしている。サムライエンパイアで購入してきた羽子板は、今年の干支である蛇を愛らしく描いたもの。衝羽根は彼の手作りで、ちょっとやそっとじゃ壊れない仕様になっている。
「ふふ、相手が誰であれ初心者であれ、負けるつもりはありませんよ」
ぶんぶんと素振りをかます幽霊の夏夢は、生前のことをまったく覚えていない。けれど不思議と羽子板の使い方は身体が覚えていたようで、陰海月の対戦相手として立ちはだかる。
「ということで、見ていてくださいねお猫様!」
「にゃあ?」
そんな夏夢からうっとりとした眼差しで見つめられているのは、気位の高い猫又の玉福。幽霊からの視線はどうでもよさそうで、ふにゃあと眠たそうにあくびをひとつ。
「クエーッ」
一方、がんばれーと応援をしているように鳴いたヒポグリフの霹靂は、陰海月と同じく穏やかなお正月を満喫中。彼の羽根を使ったのだから、衝羽根が異様に丈夫なのも頷ける。
準備も支度もあらかた済んだなら、いよいよ陰海月と夏夢による羽根突きが始まった。
「きゅ!」
「はっ!」
えいっと宙に軽く放った衝羽根が、陰海月によってひゅうんと夏夢へと向かっていく。それをすかさず飛ばし返して、かんこんかんこん、良い音を立ててラリーが続く。
「いい勝負ですねー」
かわいい孫のような存在達の活躍を写真に収めるため、義透は撮影を怠らない。デジタルカメラは動画も撮れて、写真と映像の両方が残るだろう。
しばらくして、夏夢の強烈な一打が陰海月へと飛んでくる。急いで宙を泳ぐも間に合わず、ぽてりと衝羽根が地面に落ちた。
「ぷきゅー!」
「まずは一勝!」
羽子板で勝ち負けが決まれば、お約束の罰ゲーム。たっぷり墨をつけた筆を手に取り、夏夢は陰海月のおおきく綺麗なかさに猫のらくがきをひとつ。
「きゅー!」
わーん、かさが墨で黒くなったぁ! そんな嘆きに、おじいちゃんはよしよしと触腕のひとつを撫でてやる。
「次はどちらが勝ちますかね」
「もちろん私です」
ふふんとどこか得意げな夏夢と、次は負けない! とやる気十分な陰海月。クェッと双方への応援を欠かさない霹靂も元気にひと鳴きし、二回戦が始まる。
先ほどよりも随分慣れた手つきの陰海月が、自慢の触腕で一気に勝負を叩き込む。
「甘い、これくらいじゃ私には勝てませんからね!」
よっと。夏夢が素早く衝羽根を返そうとした時のこと、きらんと玉福の目が光る。此度はのんびり見学におさまるつもりであったはずのお猫様、しかしふわふわの羽根がついているそれが獲物に見えた!
「なぁん!!」
「おっお猫様ー!?」
しゅばば。そのふくふくな見た目とは裏腹に、敏捷な動きによって玉福は空を舞う。お猫様をうっかり叩いてしまわぬよう、夏夢の動きが止まってしまえば、衝羽根は地面へぽとり。
「あ……っ」
「ぷっきゅ!」
はじめての大勝利。うれしくてふよふよと泳ぎ舞う孫の姿に、おじいちゃんもにこにこと拍手を送る。それでは先ほどのお返しに、と、今度は夏夢の顔に不思議な模様が描かれた。
「うぅ、墨でまっくろ……次は負けませんから!」
「きゅー!」
夏夢の言葉に、それはこちらの台詞、と言わんばかりに鳴き返した陰海月。ふたりの戦いはまだまだ続くようで、義透もうれしそうにその光景を見守っている。
ひとしきり遊び終わったら、全身を綺麗に洗っておやつの時間が待っているのだろう。
のんびり楽しいお正月は、もうしばらく続くのだから。
成功
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