1
サーマ・ヴェーダは硝子の音を響かせない

#クロムキャバリア #ノベル #猟兵達のクリスマス2024 #エルネイジェ王国

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#クロムキャバリア
🔒
#ノベル
🔒
#猟兵達のクリスマス2024
#エルネイジェ王国


0



メルヴィナ・エルネイジェ



ルウェイン・グレーデ




●人を愛する人が人に愛される
 なら、その日は多くの愛が夜空に浮かぶ星々よりも煌めくはずだった。
 しかし、窓際に立つメルヴィナ・エルネイジェ(海竜皇女・f40259)が触れた窓硝子の冷たさは、彼女の胸を孤独に切り裂くものであった。
 痛みはない。
 結局、自分は人が持ち得るだろう愛というものを得られなかった。
 今年もまたゴシップ誌は己のことを書き立てているのだろうと思う。
『エルネイジェ王国』の王族批判は、常に彼女の離縁騒動を争点に重きを置いている。
 時間が全てを解決してくれると思っていたが、ぶり返すようにしつこくゴシップ誌は、面白おかしく書き続けている。
 あることないことで言えば、ないことのほうが多いくらいである。
 虚実虚飾。
 そう自分は言い切ることができる。
 けれど、その核心が真実であるのならば、何処まで言っても己の言葉は他者には受け入れられるものではないこともメルヴィナは理解していた。

 息を吐き出す。
 もうとっくに諦めている。
 自分に愛は手に入れられない。
 家族は得られない。
 ため息の代わりに涙は出てこない。
 同時に己の胸を常に苛んでいた痛みもない。
 不思議なことだ。
 例年のようにこの季節――クリスマスの時期は好ましいくない。
 自分が得られなかったものを得ようとして、他者を妬むなど最も醜いことだと思う。
「……今年もやり過ごすのだわ。眠っていれば、朝になるのだわ」
 どうせ、とメルヴィナは捨て鉢だった。

 しかし、階下が騒々しい。
 なんだろう、とメルヴィナは触れた硝子窓を軽く押す。
 思った以上に軽く窓が開いたことにメルヴィナは驚きを隠せなかった。
「メルヴィナ殿下!」
 その声にメルヴィナは、うっ、と思わず顔をしかめていた。
 そうだった。
 そうなのだ。
 今年は、例年と違う点が一つだけあった。

「メルヴィナ殿下! ルウェイン・グレーデ(メルヴィナの騎士・f42374)、参上致しました!」
「ルウェイン……」
 海竜教会の扉を控えめに叩いているようだが、声が控えめではない。
 まったく、とメルヴィナは息を吐き出しながら階下に降りていく。その間にもずっとルウェインの声が響き渡り続けていた。
 騒々しいったらない。
 メルヴィナは肩にストールを羽織って、己の姿を一度、見直す。
 眠って過ごそうと思っていたのだ。
 つまりは、そう。
 寝間着姿である。
 別に恥じる体をしてはいないが、しかし、おいそれ見せていいものではない。肩にストールを羽織っただけの姿。
 姿見に己の姿が写り、目の端に止まったのは幸いであった。

「……これはないのだわ!」
 慌てて自室にもう一度戻る。
 クローゼットを開き、普段通りでなければならないと慌てる。その間にもルウェインの声が響いている――。

●騎士の務め
 ルウェインは、クリスマスというものに対して特別な思いを持っているわけではない。
 正直、無縁のものであった。
 とは言え、クリスマスが聖夜と呼ばれる程度には特別な日だということは『エルネイジェ王国』の市街地の様相を見ればわかる。
 むしろ、ルウェインからすれば第二皇女であるメルヴィナの生誕祭を盛大に祝うべきである。義務である。此処数年はそうした催しがないと言う。
 なんたることであろうか。
 祭典だろうが。
 国を上げてお祝いせねばならんことだろうが。
 ルウェインの思いは強火であった。激強火であった。
 以前は、王族の誕生日は祭日になったりしていたようであるが、近年はあまり大々的に行われることはないようだった。
 あって、王女の生誕祭くらいだろう。
 それに近年は王族の起こした不祥事とも言えなくもない出来事やらで、王族に対する風当たりが強いのだ。
 おいそれ、とはいかない。
「許せん」
 ぎり、とルウェインは歯を鳴らす。
 こめかみは血管が浮き出して、ビキビキ音を立てるようであった。

 強火故である。許されたし。
 ではない。
「聖夜、確かに喜ばしい。結構なことだ。だが、刺客というものは、こういう時を虎視眈々と狙っているものだ」
 そう、王族は国内外にて外交の問題もあって多くが狙われる立場である。
 しかも、第二皇女であるメルヴィナは『エルネイジェ王国』にあって僻地とも言うべき海辺に居を構えている。
 警備体制に不備がないとは言えない。
 ならば、メルヴィナの騎士である己がすべきことはただ一つ。
 己が携えた『海竜の大剣』に誓ってメルヴィナを守護しなければならない。
 今日という日が特別な日であるというのならば、尚更のことである。
「どうお過ごしになられるのかは存じ上げないが、今日という日を穏やかにお過ごしいただくために、お出かけになられるのならば是が非でも護衛としてご一緒せねば!」
 下心は一切ない。
 むしろ、誠心誠意というやつである。
 純粋にルウェインは護衛としてメルヴィナに帯同するつもりなのだ。
 故にこうして己は海竜教会の戸を叩いている。

「メルヴィナ殿下!」
「聞こえているのだわ。そんな大声を出さずとも」
 戸が開いた先にいたのはメルヴィナであった。
 後光が指すようであった。
 なんたる美しさであろうか。
 思わず、膝をつき頭を垂れる。拝謁に感じ入るばかりである。

「なんの用なのだわ?」
「ハッ! お出かけの際の護衛のためにお迎えに上がりました!」
「……は?」
 メルヴィナはルウェインの言うことがわからなかった。
 ルウェインはルウェインでそんなメルヴィナの態度に気が付かない。互いに思惑が行き違っているようだった――。

●クリスマス
 メルヴィナは思った。
 確かにルウェインの態度は騎士としては正しいのだろう。
 だが、今のメルヴィナからすればマイナスである。減点方式でなくて助かったな、というところである。
 他に言うことがあるだろうと思った。
 だから、つっけんどんに言い放つ。
「そういう気分じゃないのだわ」
 もとより出かけるつもりはなかったのだが、目の前のルウェインがどこまでも朴念仁なのが気に入らない。

「おでかけなさらないのですか!?」
 面を上げたルウェインの表情がみるみる間に青ざめていく。
 何もそこまで、とメルヴィナは思わずにはいられなかった。まるでこの世の終わりだと言うような顔であった。
 そんなに自分と出かけたかったのか?
 いや、いやいや。
 そんなことで絆される自分ではない。
 まず言うことがあるだろうと思った。それまでは諸々お預けである。待て、というやつである。
 しかし、ルウェインは何も言わない。
「あ、え……その、え……お出かけなさらない……?」
「そうなのだわ」
「し、しかし……そのお召し物は、どこかおでかけになられるから、ではないのですか?」
「……」
 ぐ、とメルヴィナは痛い所を突かれた。
 そう、ルウェインの前に寝間着ではダメだと思い、しかし適当な服装ではいけないと思ってあれこれ悩んだ末の服装であった。
「き、気がついていたのだったら……」
 早く言えばよいのだ。もっと気の利いたことも。
 だがしかし、そこはルウェインである。期待していない。

「面目次第もござません! しかし、昨今の情勢を鑑みるのならば護衛は必要かと思い……差し出がましいとは思いながらも馳せ参じた次第です!」
 まあ、確かに。
 彼からすれば、聖夜のおでかけというのはメルヴィナにとっても大切なことだあろうと思ったのだだろう。
 ここ数日、海竜教会からでていない。
 気晴らしにはちょうどよいはずだ、と此方を慮ったのだろう。
 事実、ルウェインは市街地の雰囲気もあって、きっと良い気分転換になるはずなのに、と思っているようだった。
 しゅん、と尻尾が垂れるのが幻視出来る。
 そんな様子がメルヴィナには散歩をねだる犬のように思えてしまった。
 可哀想に思えてきたのだ。
 息を吐き出す。
 仕方ない、と思う。不問に付す。その言葉は心の内で弾むようだった。
「……どこに行きたいのだわ?」
「メルヴィナ殿下のお望みのままに!」
 明るくなる表情。
 先程までのこの世の終わりのような表情は何処に行ったのだろううか。仕方のない騎士である。
「わかったのだわ。では、共を」
「恐悦至極ッ!!!」
「うるさいのだわ」
「申し訳ありませんっ!!!」
「だから……もういいのだわ――」

●市街地は、光満ちて
 そこかしこにクリスマスという特別な一日のために多くの電飾で飾られていた。
 戦乱ばかりの世界、クロムキャバリアだからこそなのかもしれない。
 明日を知れぬ情勢。 
 であればこそ、今という一瞬を楽しもうと思うのだろう。
 そんな市街地の様子を見ながらメルヴィナは、そこかしこに多く連れ添う男女や家族を見て、瞳を細めた。
 己には手に入れられなかったものだった。
 妬ましいと思わないとは、言えない。
 けれど、以前からすれば軽いものだった。軽口で妬ましい、というくらいの、そんな軽やかな気持ちだった。

「ルウェインは家族と過ごさなくてよかったのだわ?」
 すれ違う家族たちの姿を認め、メルヴィナは思う。
 ルウェインにも当然家族がいるだろうし、騎士と言えど休暇というものはあるはずだった。そういう休暇にこそ家族で過ごすのではないかと思ったのだ。
 こうして己の護衛についているのは、もしかしたらルウェインを拘束していることになるのではないかと思ったのだ。
 隣をピタリと離れずに歩むルウェインはメルヴィナを見下ろして一つ頷く。
「はっ! 問題ありません! 家族は既におりませぬので!」
 その言葉にメルヴィナは、ハッとする。
 この戦乱の世界である。
 当然、誰も彼もが家族の欠けたることを経験していない、なんてことはない。
 大なり小なりに、そうした家族を喪う経験をしていることだろう。
 ルウェインも例外ではないことを思い出したのだ。

「そう……悪いことを聞いたのだわ」
「お気遣い痛み入ります! ですがどうかお構いなく! 父は名誉の戦死を遂げました!」
 弱者必滅。強者隆盛たる世界においては、そのような考え方もできるだろう。
 きっぱりとルウェインは父を喪ったことを乗り越えているようだった。
 強いのだ、と思ったかもしれない。
 しかし、次なるルウェインの言葉にメルヴィナは自分で思う以上に心が固まるのを感じただろう。
「母はお恥ずかしいことながら、蒸発してしまいましたが……」
 蒸発。
 言葉通りの意味だろう。
 不意に消えるように母親がいなくなった、ということだ。
「自分がまだ幼い頃、ある日突然いなくなってしまいまして」
「どうして……」
 踏み込むべきことではないと思った。
 それはルウェインの中でも、もっとも柔らかい場所だと思ったからだ。
 家族を喪ったことのない自分には、喪ったものの心など理解できないだろう。何せ得ることもできなかった女なのだ。
 理解できるなどとは口が裂けても言える訳が無い。
 だから、尋ねる言葉しか吐き出せなかったのだ。

「父より魅力的な男を見つけたのかもしれません。或いは、母はそれなりの良家の生まれだったそうですので、貧乏貴族の暮らしには堪えかねたのでしょう」
 いずれもが、彼の想像の領域を過ぎない。
 幼い頃に消えた母親。
 恐らく、実情というものを父親に問いただす、という考えも思いつかなかったのかもしれない。
 しかし、その言葉はメルヴィナにとっては衝撃的なことだった。

 メルヴィナ自身は婚約者に裏切られた。
 身が、心がちぎれるほどに辛かったのだ。悲しかったし苦しかったのだ。
 愛などもはや得られるものではないと思い詰めるほどの苦々しさだったのだ、痛みだったのだ。
 蒸発。
 ルウェインは、実の母親に裏切られたと言ってもいいだろう。
 どれほどの辛さだっただろうか。
 隣に立つルウェインに手を伸ばそうとして、メルヴィナは己が手首を掴んで抑えた。
 触れたからなんだというのだ。
 涙を流しているわけでもなんでもない。
 とっくにルウェインは、乗り越えているのだ。
 自分より辛いはずの、痛みを超えているのだ。安易な慰めは、彼の強さを辱めることだと理解したのだ。

「辛くはないのだわ?」
 なのに、問うことは止められなかった。
「幼い頃は、そう感じていました。今も思う所がないわけでもありません。ですが、もう昔のことです」
「私なら、そんなふうに割り切れないのだわ……」
 嫉妬狂いの皇女。
 愛を束縛せずにはいられない。
 そんな己とはルウェインは違う。
 傷つけられても、痛みに耐えることのできる強さを持ち得ている。

「それはメルヴィナ殿下の愛の深さの証左でありましょう」
「そんなんじゃないのだわ。私はただ……」
「いえ! 事実、メルヴィナ殿下の愛は海よりも深いものでありましょう!」
 どうしてそこまで、と思う。
 彼の携えた『海竜の大剣』が視界に入る。
 思えば、今まで呪いは一度とて発動していない。
 つまり、ルウェインは不実を一度も冒していないのだ。約束を守っているのだ。
「……裏切られる辛さを知っているからなのだわ?」
「どうかなされましたか?」
 メルヴィナの様子にルウェインは尋ね返す。
 しかし、メルヴィナは何も言えなかった。言えるわけがなかった。言葉に詰まっている。胸に支える想いがあるなど、言えるわけがない――。

●終わりに
 イルミネーション彩る市街地での散策は、恙無く終わっていた。
 今はもう海竜教会が、そこに見える場所までやってきている。
 扉が目の前にある。
 この扉を開けば、おでかけは終わりだ。別れなければならない。
「それでは、メルヴィナ殿下。ごゆっくりお休みください」
 そういったルウェインをメルヴィナは振り返った。

「ルウェイン」
 呟くような呼びかけ。
 名前を呼ぶ声に呼気が白く染まる。
「いかがなされましいたか?」
 犬のように何の疑いもなく己を見上げてくるルウェイン。
「楽しかったのだわ?」
「はっ! とっても!」
 即答だった。
 こういうところだ。こういうところが、本当に。
「そう」
 まったくもって。
「メルヴィナ殿下は如何でしいたか? もしや至らぬ点がありましたでしょうか!?」
 諸々あった。
 のっけからあった。 
 が、それはもう不問に付すとしたのだ。何度もほじくり返すほど器量が狭いわけではない。
「別に……でも、その、まぁまぁだったのだわ」
 それだけ絞り出した。
 そうとしか言えなかった。口を開けば、ボロがでそうだった。

「光栄であります!」
「じゃあ、おやすみなさいなのだわ」
「はっ! 失礼させていただきます!」
 最敬礼でもってルウェインは海竜教会の扉の奥に消えるメルヴィナを見送る。
 扉が閉じる音が響く。
 階段を上がっていく己の足音がよく聞こえる。
 それほどまでに静まり返っているのだ。
 普段なら、なんとも思わない。
 けれど、どうしてだろうか。
「……寂しいのだわ」
 その吐いて出た言葉にメルヴィナは、振り切るようにベッドに飛び込むのだった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年01月20日


挿絵イラスト