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三人寄れば何とやら

#アスリートアース #ノベル #猟兵達のクリスマス2024

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焼傍ヶ原・ヨネマ



メローア・ゴドレイア



ルーシア・オオワンダー





「こんばんは。あら、私で最後?」
「いらっしゃい。先に始めてるわよ」
「ッス」
 部屋へと足を踏み入れたルーシア・オオワンダーを友人らの声が出迎えた。
 コートを脱いでほっと一息。冬の澄んだ空気は嫌いではないが、肌を突き刺す寒さは別だ。割といつも薄着でいる方ではあるが、別に氷結耐性を備えている訳ではない。寒い日は文明の利器を頼りに屋内で過ごすに限る。
 暖かい空気を存分に吸い込んで――瞬間、特徴的な匂いが鼻を衝いた。

「何食べてるのあなた」
「焼きそばよ」
 ルーシアが問えば、部屋の主、焼傍ヶ原・ヨネマは当然とばかりに応じた。
 いやそれは見れば分かる。そういう意味で訊いたんじゃない。問うているのは、何故今日この日に焼きそばなのか、という事だ。
 今日はグレゴリオ暦でいうところの12月24日の晩、いわゆる聖夜である。別にツリーを飾ってケーキを食べる事のみが正しい過ごし方だとは言わないが、もうちょっとシチュエーションに適した献立があるのではないか。
「クリスマスも焼きそば食べないと死ぬわ!」
「それで死ぬのはヨネマだけよ」
 馬鹿げた主張に呆れつつもう一人へと視線をやると、緑髪の娘、メローア・ゴドレイアはもそもそと焼きそばを啜りながら首を傾げた。長い前髪に隠れてその表情は窺い知れないが、どうやらルーシアと共に非常識と戦う気はなさそうだ。既に順応している。
 何だ? わざわざフライドチキンを買ってきた私の方がおかしいのか?
「特別な日くらい特別なもの食べない?」
「その特別な日に特別な事をする予定がないからここへきたんでしょう」
「ぬぐっ……!」
「ま、まあまあまあまあ……これはこれで美味しいッスよ」

 まあ仕方ない。ソース臭から逃れたいなら他所に集まるべきだった。この失敗は次に活かそう。
 宥められながら席に着く。ともあれ。
「じゃあ改めて」
「「「メリークリスマス!」」」


「で、皆はクリスマス一緒に過ごす相手とかいないの?」
 その言葉に、メローアは思わず固まった。
 海賊漫画が新しい展開に入ったとか、TCGの新作パックで良い感じのドラゴンが出たとか、ソースと塩どっちが好きかとか、そんな他愛ない話題でお茶を濁し続けていたのに。どうして踏み込んでしまったんですかルーシア様。
「……今年はね」
 ヨネマ様が答えた。今後も相手ができる予定なんて皆無なのに、今いないだけですみたいな体で。
 沈黙が広がる。ツッコミはなかった。迂闊に斬り込むと自らにもブーメランが刺さると理解しているから。そう思ってるなら訊かないで下さいよルーシア様。

 ボクは――と言うか三人とも、特段の結婚願望がある訳じゃない。気になっている相手がいる訳でもないし、恋に恋するお年頃なんて訳でもない。ついでに言えば、多様性が声高に叫ばれるようになった昨今、家族や恋人と過ごさなかったからと言って後ろ指を指される事もあんまりない。
 だから、一人が良いのだ、今の環境を満喫しているのだと答えれば良いだけなのだが、それができない理由がボク達にはあった。
 要するにモテたいのだ。
 一人で過ごす事自体に不服はないが、誰からも相手にされなかった結果がクリぼっちなのだとは思われたくない。言い寄られたけど私のお眼鏡に適わなかったから、自ら選んだ結果として一人なのだ、という精神的優位性を保った状態でクリスマスを過ごしたい。そういう戯けた考えがボクらの中にはあって、皆が皆その儘ならない気持ちを持て余した結果、こうして自棄っぱちで集合してグダグダと管を巻いている。

「顔は悪くないと思うんだけどねー」
「……あー、まあ、そうッスね?」
 話を振られたのでメローアは曖昧に受け流す。
 世間の主流派の美醜感覚で言えば、まあ悪くない側に位置する顔立ちだと内心思ってはいる。いるのだが、そこに同意するのは即ち顔以外に致命的な原因があると認めるのと同義である。だからこの話もう止めましょうよ。
「はー、このまま正月もバレンタインもぼっちで過ごすのか……」
 駄目だった。ボクの心の叫びが伝わる事はなく、ルーシア様の口から言葉の刃がとめどなく溢れ続ける。その瞳はだいぶ危ない色を帯びていた。ヤバい。承認欲求を暴走させている時の目の据わり方だ。
 流れを変えなければ。しかし何の話題に? メローアは考え、ふと気付いた。手札を一枚持ってきていた事に。


 トリコロールで彩られた街並みに、どこからか聞こえてくる定番の楽曲。もう結構な時間であるにも拘らず、道行く人々はどこか楽し気だ。浮かれ気分のコスプレ女が混じっていても気にされない程度には。
 メローア手製のミニスカサンタ服を身に纏い、ヨネマは小さく溜息を吐いた。白い息が広がって消える。
 サンタ衣装で盛り上がって嫌な空気を吹き飛ばして万事解決の流れだったのに、いつの間にやらそれを着てナンパに繰り出す事になってしまった。どうしてこうなった。
 いや、分かっている。非モテ会を開いて傷を舐め合っても何も問題は解決しない。未来の事を考えるなら行動は早ければ早いほど良い。同じように人恋しくなっている異性を捕まえるには今この瞬間こそが最適なのだ。
 が。
「そんなに嫌なのかしら、焼きそばの匂い」
 ヨネマのアプローチは悉く失敗に終わった。当然だ。そう簡単に事が上手く運ぶなら今非モテになっていない。
 焼きそバトラーは天を仰ぐ。うーん、香水でも使うべきなのか? しかし焼きそばソースを悪臭扱いされるのは焼きそバトルの第一人者としては認め難いところがある。やはり市井の認識の方を変えるべき。
 まあ追々考えよう。思考を打ち切り、仲間の戦果を確認しようと視線を巡らせると、ルーシアが何やらゴソゴソと変な動きをしているのが見えた。

 あれは何だ? スカートの裾と胸元を弄っている? 意図が読めず暫く見守っていると、ルーシアはどこからともなく鋏を取り出した。なるほど、ようやく分かった。サンタ服の丈を短くしたいらしい。
 ……正気か?
「ちょっと、何してるのあなた!?」
「ギリギリを攻めた方がアンケが取れるのよ……!」
 それは漫画の中だけの話であって、現実の往来でやっても事案になるだけなのよ。
 踏み止まらせようと羽交い絞めにするも、承認欲求モンスターは止まらない。どこにそんなパワーを隠していたのよあなた。これは一人では無理だわ。増援が要る。メローアはどこだ?
「フ、フヒ……ドラゴン……堪らん……」
 視線を走らせると、目当ての人物は何やらごにょごにょ呟きながら子供の背を追っていた。恐らくドラゴングッズでも持っていたのだと思う。でもそれは子供に手を出して良い理由にはならないのよメローア。あなたも警察の世話になりたいのか……!
 ルーシアを抑え込みながら、ヨネマは再び天を仰いだ。果たして無事に明日を迎えられるだろうか。焼きそばは何も答えてはくれない。


 斯くして今回の試みは散々な結果で終わったが、不思議と皆の気分は晴れやかだった。内容はどうあれ人との交流は心身に良いらしい。
 ちなみに通報はされずに済んだ。助かった。

 帰り道、三人はふと夜空を見上げた。
 どこまでも広がる星々の海。その下には、同じように星の数ほどの人々が生きている。なら、自分のような者にも出会いがないとも限らないのではないか。
 三人はそれぞれ心に誓った。来年こそはチャンスを掴み、人並みにモテてみせるのだ、と。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年01月12日


挿絵イラスト