こことは違う、毎日クリスマスパーティーが開かれる世界。その世界には、とっても強くてとっても怖い魔王様がおりました。
「ふん、とやっ!てやーっ!」
その魔王様を倒すため、日々訓練を重ねている勇者の卵もおりました。名前はジンジャーブレッドマン。小さな小さな勇者様です。体は小さいけれど、誰よりも勇気を持っていました。
「ふん!魔王なんか今のボクにかかれば一発K.O.だ!絶対絶対倒してやる!」
彼は魔王討伐のため、故郷から旅立ってゆきました。
旅を始めた勇者、ジンジャーブレッドマン。ですが、早速その足が止まってしまいました。
(魔王ってどこにいるんだろう)
今まで田舎の小さな村から出たこともない勇者様。魔王について知っていることと言えば、強くて怖いこと、ただそれだけ。
そんな勇者が目にしたのは、魔物に襲われるお爺さん。
「お前達!何やってる!弱い者をいじめるな!」
ケケケと笑う魔物。勇者様は剣を抜きました。
「お前達はボクが成敗してやる!行くぞ!」
そう叫ぶと、臆することなく敵に突っ込みます。迎撃しようと魔物が鋭い爪を突き出した、その時!
「ボクを舐めるなよ!10年かけて鍛えてきたんだ!」
華麗に爪を避け、勇者様の剣が魔物の腹を貫きます。魔物は断末魔を残して、塵となって消えてしまいました。
他の魔物もやっつけ、お爺さんに駆け寄る勇者様。
「お爺さん、怪我はない?よかったらこの薬を使って」
「ありがとう。怪我はしておらんから薬はいらぬ。しかしお主、魔王を倒すつもりじゃな?」
「な、なんで分かった……」
「お主の姿を見れば分かるじゃろう、わしでなくとも」
勇者様の姿は、まさに勇者だとしか言えません。キャンディーケインの剣に革のベルトみたいなアイシング、何かの紋様のように見えるデコレーション。牛皮のマント。少し美味しそう……いえ、とっても強そうな衣装です。
「もし魔王を倒したいなら、この先じゃ。ケイク台地を抜けて、ターキー山を越え、シル海を渡った先の魔女の街へと行きなさい。魔王はその魔女の街を支配しておる」
「ありがとう!お爺さん!よーし、行くぞぉ!」
勇者様は意気揚々と歩いていきます。でも、それを見守るお爺さんの顔は物憂げです。
(あんな小さな者に大きな魔王が討てるかのう?)
勇者様の姿が見えなくなるまで、お爺さんは遠ざかる小さな背中を見つめていました。
勇者様は一昼夜歩き続け、ついにケイク台地へと到着しました。
「これがケイク台地かぁ……」
目の前には巨大な崖がそびえています。幾つもの層が重なってできた崖は、遠目からはとても美しく、ケイク台地が景勝地として愛される理由の一つとなっています。といっても人々はそれを眺めるだけで、登ろうなどと考える人は殆どいません。熟練の登山家でも登れないという噂も。
「ええい!登ってみる以外に道はない!頑張るぞ!」
勇者様は勇敢に助走をつけ、崖の窪みに手をかけました。幸いにして、崖には沢山の窪みがあります。
「なんとか登りきらなきゃ」
頑張れ、勇者様。
「はぁ、はぁ、疲れた……」
勇者様はまず一番下の層を登り切ることができました。ですが上にはあと2つ層があります。一番上は一番下と同じ。ですが2番目は……
「なんだこれ!べちょべちょひっついてくる、気持ち悪い!」
とっても分厚いクリームの層。このままじゃ手足がとられて登れません。
(もっといいところは……あった!)
勇者様が見つけたのは、大きな大きなイチゴの岩。ここなら足をとられず登れます。
足を引っ掛けている窪みから大きく……ジャンプ!見事イチゴにしがみつけました。
「よし!まだまだ登るぞ!」
「つ、ついた…頂上〜!」
登った先には一面クリームの地面。クリームの層が薄いためか、あんまり足をとられません。勇者様は辺りを見回しました。
「赤くてでっかい木に、なんだあれ?オブジェか?」
見たことがない景色に勇者様は大興奮。イチゴもクリームも甘く勇者様を包み込みます。
「おわ!?なんだあれ!」
目の前に突如現れたのは大きな板。そこには、「merry christmas!」の文字。毎日がクリスマスのこの世界では、見慣れた光景です。
「こんなに大きな板チョコは初めて見たなぁ〜」
とっても楽しそうですが、目的を忘れちゃいけません。魔王を倒すまで寄り道はちょっと我慢。ケイク台地での冒険は、穏やかに過ぎ去っていきました。
ケイク台地を過ぎると、だんだん近づいてくる山があります。その名もターキー山。幾つものターキーが積み重なった、食べ盛りさんに嬉しい山です。
勇者様はというと、休憩中。
「はあ〜、崖登りの後の休息は染みるぜ〜」
アイシングを描き直し、キャンディケインを腰に差します。
「崖登りの次は山登り!大変だけど、これも魔王討伐のため!」
石からぴょんと立ち上がると、勇者様は再び出発しました。
勇者様はターキー山の中腹まで、なんとかよじ登ってきました。油でぬめぬめした地面は滑って転びやすく、勇者様の体はもう油でべとべとです。
「あー、気持ち悪い。またアイシングを描き直さなきゃ……」
ポケットからアイシングを取り出したその時。
「うわっ!!」
空から魔物がアイシングを奪ってしまいました。これは一大事。アイシングがなければ彼のモチベーションが上がりません。
「返せ返せ!」
キャンディケインを振り回しますが、魔物には届かず。
「カエシテホシクバテッペンマデコイ!」
魔物はそれだけ言うと、飛び去っていきました。
(どうしよう……)
アイシングがなくても旅は続けられますが、やっぱりないと落ち着きません。
(取り返そう!そうと決まれば登山の続きだ!)
再び気合を入れる勇者様。アイシングを取り返すために頂上まで登っていきます。
「おい!さっきの魔物!頂上まで来てやったぞ!さあアイシングを返してもらおう!」
呼びかけても魔物は出てきません。隠れてしまったのでしょうか。アイシングも見当たりません。でも魔物は間違いなくここへと飛んでいったはず。
「お、あれは?」
勇者様が見つけたのは洞窟。きっと、あの魔物の巣穴でしょう。彼は小さいので、楽々入れます。
巣穴の中には、もちろん――
「ココマデヨクキタナ!ダガココガオマエノハカバダ!」
あの魔物がおりました。大事な大事なアイシングのため、負けられません。
勇者様はキャンディケインを手に、開戦の宣言。
「さあ、行くぞ!」
相手の懐に飛び込む勇者様。ですが、相手の羽に勢いよく弾き飛ばされてしまいました。強く壁に打ち付けられ、咳き込んでしまっています。
「ショセンハクッキー。オレヨリヨワクテトウゼンダ」
爪がキラリと光ります。トドメを刺そうと魔物が近づいてきました。
「サヨウナラ」
振り下ろされた爪が突き刺さったのは、なんと藁の束!身代わりにしていたのです。
「ナセダ……サッキマデクッキーダッタハズ……!」
「お前、鳥から派生した魔物だろ。鳥は夜目が利かないんだ」
「マサカ……ワザトオレニハジカレタノカ!ソシテクラガリヘオビキヨセタ……」
「ボクはただのクッキーじゃない。クッキーの勇者だ!お前はボクを甘く見すぎたんだ!」
「ソンナコトナドアリエン!オレハオマエヨリ――」
キャンディケインが魔物の首を切り裂き、魔物は斃されました。塵となって消える魔物。その跡には袋が落ちていました。
「アイシングだ!」
お目当ての物を手に入れて、勇者様は喜色満面。改めて、アイシングを描き直したのでした。
野を越え山を越え、勇者様が辿り着いたのは大きな海。この海の向こうで、魔王が待っています。勇者様の旅もあと少し。でもこの海を渡ることができなければ話になりません。
(どうやって魔女の街まで行こうか?泳ぐのは無理だし、船を見つけなきゃ)
とはいってもこの辺りは故郷に負けず劣らずの田舎。船を貸してくれそうな人もいません。でもそこで諦めないのが勇者様。
「廃材ならある。自分で筏を作ろう!」
魔王まであと少しのところ。ここまで来たらもう突き進むのみです。
筏の材料を探し、固定するための紐を見つけ、船の櫂になりそうな廃材を漁り……勇者様は忙しなくあちらからこちらへ駆け回っています。自分の体よりも大きな廃材を背負って。
材料を見つけたら、それを組んで、留めて、組んで、留めて……最後に波打ち際に押し運べば、
「できた!これがボクの筏!ブレッシング号!」
あとは乗るだけ。その手に櫂を持って、ぴょんとジャンプ!
「行くぞ、待ってろ魔王!」
この旅の終わりへと、魔女の島へと漕ぎ出してゆきました。
魔女の島。魔王の拠点としてその名を知らぬ者はいない島。ですがその禍々しい二つ名に似合わず、島はすっかりと晴れ渡っており、鳥の囀りすらも聞こえてきます。
(ここが魔女の島……?そうは思えないような穏やかさだな)
モンスターの一匹もおらず、森の中は駆けずり回る小動物と飛び回る蝶々しかおりません。一方、周囲の木々は果てしなく高く、幹が太く育っています。小さな動物たちと大きな木々。対照的なそれらは、不思議な世界に迷い込んでしまったかのように錯覚させます。
(今自分がどこを歩いているか分からない……真っ直ぐ歩いてきているのは、今まで付けてきた足跡から分かるけど)
ずっと森を歩いていると、遠くの方に道ができていました。目聡く見つけた勇者様は、早速その道に沿って歩いていきます。
その先に待ち受けていたのはヘクセンハウスの街並み。でも様子が変です。
(家の大きさ、バラバラすぎないか!?)
ある家は天を衝くほど高いのにも関わらず、ある家は勇者の背丈の半分ほどしかありません。またまた不思議なことに、雲の一つもないにも関わらず、空から上白糖の雪が降ってきます。
(これは魔王の魔法なのか!?)
勇者様が索敵を始めた、その瞬間。勇者様の体はふわりと持ち上がり、近くにあった|倒木《ブッシュ・ド・ノエル》に落とされてしまいました。
何が起きたと思考する暇もなく、|倒木《ブッシュ・ド・ノエル》は超高速で吹っ飛んでいきます。
飛んでいった先には――
「あら、かわいい勇者様ね」
巨大な魔王、ミーガン・クイン(規格外の魔女・f36759)が露出の多いサンタの格好で舌なめずりして、待ち受けておりました。その側にはやはり露出の多いサンタ衣装を纏った彼女の護衛、ミュールフォンがついています。2人ともこの世の理を越えたような大きさ。
「さ、どうやって|遊戯《あそ》んであげましょうか♡」
手始めに、ミーガンは勇者様の体のラインをその白い指でゆっくりとなぞり――
「もう、可愛いんだからぁ」
そのまま抓んで彼女のとっても大きな胸にグイグイと押し付けてしまいました。
「うわあぁぁ!」
彼にとってはある種の拷問。初めて触れる女性の柔らかな肌は、あまりにも刺激が大きすぎたのか、手足をバタバタさせて逃げ出そうとしています。
「そんなに逃げたいの?仕方ないわねぇ……じゃあ、私と鬼ごっこしましょう♪」
彼女は勇者様を抓んで地面に下ろすと、数え始めました。
「5…4…3…2…1……スタート♡」
勇者様の頭上に魔王様の御足が迫ってきます。何とか逃げようとするも、彼女の足がとっても大きい所為で、逃げ切るより先に足が落ちてきます。
キャンディケインを突き上げて攻撃しようとする勇者様ですが、魔王様は「いったーい」とだけ言ってキャンディケインをあっさり踏み潰してしまいました。
もう抵抗しようのない勇者様。そこに魔王様はお指をゆっくりゆっくり近づけて……
「私の勝ちね♪それじゃあ……」
彼をつまんだその指が、艶めく唇に近づき――
「いただきまぁす」
ちゅっとキスをした後、勇者様を口の中に放り込み、美味しく頂いてしまうのでした。
バリ、バリ、ザクザク。ミーガンはその手にあったジンジャーブレッドを咀嚼した。
「このお話はこれでお終い。どう?ミュールフォン。このクリスマスパーティーにピッタリのお話でしょう?」
その隣にいる護衛の天使、ミュールフォンはというと主に目もくれずただただ目の前の料理を満喫している。
「……ねえ、私の話聞いてた?」
ミュールフォンがミーガンを一瞥した。
「……何の話でしょう?」
それだけ言うと、彼女はまた料理に集中してしまった。
「――ちょっとは反応してくれたっていいじゃない」
折角のお話なのに、と残念に思うミーガンなのであった。
成功
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