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悪戯

#ブルーアルカディア #ノベル #猟兵達のクリスマス2024 #天魔

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カタリナ・エスペランサ



カイム・クローバー




 虚空――茫々と謳う空の美しさ、宙のおそろしさについては、今更、描写する必要などない。怒りに触れたのかと、悲しみに狂ったのかと、錯覚して終いそうな有り様だ。只、覗き込むだけでひどい眩暈を齎すのは――この世界の雲の海くらいと考えられよう。いや、成程、雲が膿のようなものを孕んでいるのかもしれないが、よくよくと咀嚼するのなら、養分を摂取するのなら、下よりも上の方が良いに決まっている。たとえば、欲する|未来《もの》。たとえば、胸中の|思い《激情》。まるで舞台に上がったヒロイン、お姫様の如くに、あまり賢くないを演じてやるのもひとつの愛かもしれない。だけど……。見失う事なんて出来ない、赦されない、私の|存在意義《アイデンティティ》……。ああ、上を向き過ぎるのも、天を仰ぎ続けるのも頭の中に宜しくはないか。たとえば……欲する|もの《贈り物》。胸中の|思い《情念》だとか、そういう……。存在しない訳ではない。理解できない訳でもない。それこそ、漠然とした――名状し難いものではないだろうか。ふとした瞬間に、拍子に、躓くまで気付けないほどの、持て余した心情……。きっと、私には、必要なものではないから。でも……。子供のように、赤子のように、何処かの偽りの神が、紛いが羨ましがっていたように。生命とやらの謳歌の為にも……大切でないという事ではなくて。むしろ、大切にしたいからこそ、それに、形の無い事がじれったい時もあって……。囁きが反響している。言の葉が回転している。いつの日にか喰らってしまった、地獄への誘いの続き。「……今年のクリスマス、欲しいモンはあるか?」反射的だった。咄嗟だった。莫迦みたいにポカァンと、はじけてしまった。「二人で星が見たい」。大袈裟だ。
 可愛い彼女の頼みだ。夢だ。同じような夢を見る為に、時間と金と運を惜しまなかった。俺が、便利屋がこういうところでミスをする筈がない。見事に手にしていたのはクリスマス期間限定の貴重なチケット。世界はご覧の通りのブルーアルカディア。空模様、リリーにピッタリだぜ。地獄へと落ちた時のように、天使だ。天使を特殊なルートでお誘いするのも悪魔的で良いだろう。毎年満員御礼予約完売な空の旅。自分の顔の広さと顔の良さが滲み出ていると、我ながら得意になっちまう。きっと今頃、何処かの誰かさんは悔しがっている筈だ。故に、誰かさんの為にもデートを完遂しなければならない。俺から声を掛けたんだ。後悔なんてさせねえよ。煌びやかなドレスでも一着、用意すれば良かったか。いいや、最初から最後まで彼女は煌びやかだ。神よりも神々しく、佛よりも柔らかい。はん、貴族様御用達ってのも頷けるぜ。そこらの客船とは大違いだ。彼女の方へ『手』を伸ばす。オマエの後ろ、豪華絢爛な飛空艇が急かしていた。
 想いの一欠片――ヤケに大きいのだが――の具現化。彼からの極めて『イケメン』な行為、好意に、頭の中が軽くなってしまいそうだ。目に見えるカタチで、耳に届くようなカタチで、五感を支配してくるかのようなカタチで――少し安心してしまう。いつかの舞踏会、記憶に新しいそれを想起しながら、着こなして魅せる。彼はどうやら新しいドレスを用意したかったようだけれど、アタシはこれが好いって笑うとする。礼儀作法は完璧なのだから、今更誰かさんに糺されるようなヘマはしない。そうとも、ヘマはしないのだ。カイムの贈ってくれた時間を、何もかもを、最高のカタチで過ごせるように――彼にとっても、最上のひと時になるように。庭先で食むご馳走のように、運ばれてきたディナーの豊富さは溺愛のようだった。
 上質なものを味わってから空の旅とやらを満喫する予定だった。されど彼等を抱こうとしているのは星ではなく、人、人、人、数多の人……。窓口より外、甲板は戦争時の賑わいを彷彿とさせるほど。押し合い、圧し合い、騒がしさは最高潮。……人の波を抜けて手すりに摑まるのは? 苦手はワケじゃあないだろ? 風のように思えたBlack Jackの言葉。揃ったかのように、笑みがこぼれる。蹴散らす訳にはいかないけれど、一足お先に、と囀るのは悪くない。すり抜けるのは造作もないけれど……何処かにはぐれてしまうかも。肩を竦めてやった。顔の色には心配などなく、只、身体が勝手に彼の掌を求めていく。答えは決まった。決まっていたも同然だ。同然なのだから、彼は給仕に声を掛ける。……アレを貰えるか。給仕が手渡してきたのは水筒。中身は何かと彼女が訊こうとする前に。行こうぜ。くるりと、反対方向へと進んでいく。甲板を無視して辿り着いた場所は――階段の上――KEEPOUT――看板を乗り越えて。螺旋を描いているのか、描いてすらもいないのか。
 盗賊だ。施錠されていた扉に埒外性とやらを吹っかけている。吹っ掛けてからの数秒間、白紙のように破られたのならば往く他にない。作業員以外立ち入り禁止? そりゃあ、問題ないね。俺も、リリーも|作業員《猟兵》だからな。甲板よりも高い場所、デート・スポットとしては確かに穴場だろう。でも、それでも――御行儀の良い抜け道ね。嘆息せざるを得ない。人気がないのはまったくその通りだけれど。いや、誰にも迷惑を掛けないなら、こういうのもアリなのかもしれない。ああ、毒された。毒されてしまった。毒されて毒されて、遂に此処まで来てしまった。なんだリリー。|依頼《オーダー》は『二人で』って注文だったんでね。期待に応えて魅せるのがイイ男の条件だと思うんだが……どうだい、感想の程は。
 天を仰げば満ち満ちる宝石、知っているにしても、知らないにしても、この光は永遠に頭の中を巡るだろうか。最早、鴉のような騒々しさも彼方、無縁の儘で、惚けていられる。感想……? そうね。こうして忍び込んだだけの事はあるかしら。恋人関係は共犯関係でもあるのだと、黒い風を泳がせる。楽しそうな彼にどうして水を差せるのか。それに、差してしまったら、自分にも刺しているような気がして、仕方がない。さて、瞬いたのは星であったか黒い風であったか。何方にしても、この季節なのだから冷たく思えるのも納得だろう。水筒の中身はアップルティー。ふわりと香った煙から、ぬくもりとやらのお裾分けだ。甘酸っぱさが今の気分に丁度良く、実に、身体の芯に悦ばしく思えた。
 茶葉も林檎のフレーバーも、何方とも『アタシ』の好みに合っていた。何だか面映ゆくて、擽ったい。顔が若干に林檎になってしまいそうだ。だから、ひとつ、言葉にしてみる。星の話……。勘弁してくれ。俺も好きでよく見るんだが、解説してくれって依頼は困るからな……。じゃあ、アタシが教えてあげようか。紅茶の分くらいなら聞かせてあげる。簡単な講釈が幕開けた。たとえば、あの星、如何様な坐に就いているのか、云々……。
 Jack Pot――拉げるかのように、広がるかのように、下方、甲板のひと騒ぎが大きくなった。おっと。今日は|Lucky Day《幸運の日》だったか。聖なる哉、聖なる哉、祈りの言葉は『俺』には随分と、似合いそうにないものではあるが、この『星』については別枠となってくる。懐より取り出したStellaの大狼は満天の光よりも尚、輝かしい。其処にぶわりと、ゆらりと、出現したのは――接近してきたのは――満天を隠すほどの巨躯。星空を吸い込み、吐き出すふたつの影とやらは水飛沫よりも幻想的に違いない。鯨だ。巨大な巨大な、鯨の親子だ。親子の楽しそうな、嬉しそうな悠々さに『アタシ』は引き寄せられてしまいそうになった。ふわりと身体が浮くような気がして。嗚呼、実際に、ちょこんとだけは中空にあった。なあ、滅多に見られやしない光景なんだぜ。そりゃあ、連中の騒ぎも耳に残るってモンだ。残っているのなら、滓れてしまっているのなら、埋め合わせをしなければならない。クリスマスだし、別に良いよな。サンタクロースも、俺みたいな悪い子には、靴下のひとつもくれやしねぇぜ。プレゼントは『俺』だ。そうやって、口にするのは控えてみせたが――代わりに、彼女の顎へと『指』をやる。かかりそうな吐息、罹りそうな状況、ふたり一緒に眩暈の底へと、底無しの魔障へと。私は……俺は……。
 ――ガチャリ。
 未曾有に涌いていた怪物どもの方が、UDCどもの方が、幾らかお優しかった。林檎の甘さを再度確認しようと試みたところでのお邪魔なのだ。ああ、これからって時に、こんなにもタイミング悪く――作業員の休憩時間になるなんて――頭を抱えたくなる失態だ。ちらりと、便利屋の視線が天使に戻る。微笑みだ。微笑みは欠片として靡かない。いや、ほんのりと、靡いたかもしれないが……その黒さについては、最早、知る由もない。
 見つかった時は自己責任と言わなかったかしら? ドキドキして、咄嗟に二人分の迷彩を被せる余裕がなかった、訳では、ないけれど。お説教で済むなら――悪さの、或いは、ヘマの――ツケは払ってもらうとしましょう。長い長い時間の中での怒声、くどいくらいの無様と謂うやつに、大目玉を喰らって……。
 ……リリーは|先程《●●》解放された。けれども、そう。俺は二度目だ。二度目なのだから、せめて、佛の顔くらいはゆるやかにやってほしかったが、無情な立ち入り禁止の文字列。けど、まぁ、|あいつ《リリー》のあんな顔が見れたし。今年も忘れられないクリスマスに……。あの、聞いてませんよね。
 作業員以外――扉より少し離れた廊下。ざわめきより逃れられた君。遠く甲板の歌を耳にしながら。窓の外を知る。少し狭い星空だけれども、十分に、変わらず綺麗に煌めく宝箱。来年は最後までスマートに決めてもらわないと、なんて……。ぎゅっと握り締めたぬくもり、林檎色の水面に、明日の香り……。
 薔薇と黄金がチクタク。
 彼と彼女の、ふたりだけの……。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年01月07日


挿絵イラスト