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タナハは励起す、アグニの残照

#クロムキャバリア #ノベル #エルネイジェ王国 #ACE戦記外典

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イリス・ホワイトラトリア
ベヒーモス・デストロイヤー・オブ・ガーディアンが発射試験を行うノベルをお願いします。

アレンジその他諸々歓迎です。

●姿
以下のイラストとなります
https://tw6.jp/gallery/?id=204800

●時期
ノベル【タナハは迸発す、ヴェーダの残穢】以降は確実として、最近です。

●場所
エルネイジェから遥か西の無辺の海上です。

●試験の内容
ベヒーモス専用に開発された装備の発射試験を行います。

●試験開始前
発射実験を行う海域に到着したイリスは複雑な心境でした。
「本当にこんな武器が必要なんでしょうか?」
まだ実射した訳ではありませんが、その巨大な砲身と事前に聞かされた説明に不安を抱いていました。
「イリスの不安も至極当然です。一キャバリア乗りの私からしても、このような兵器は邪道なのですから」
新型兵器の開発を推進したソフィアには、言葉とは裏腹に躊躇いはありませんでした。
「ですが、エルネイジェを取り巻く安全保障の情勢が複雑さを深化させている今、人々が安心して眠れる日々を守護るためには、このような矛と盾が必要なのです」
「でも……」
「過ぎたる力は我が身すら滅します。しかしそれも扱う者次第。イリスのように正しく恐れ、理性の元に行使する者なら、戦わずして不要な流血も防げましょう」
イリスは何も言えませんでした。

●発射準備
不安を抱えるイリスを他所に、発射準備は粛々と進められて行きます。

「海域の天候、風速共に問題なし。波高1.8メートル」

「ギガンティックデストロイヤーキャノン、レール誘導コイル冷却システム起動。通電チェック完了。ショックアブソーバー異常なし」

「電磁加速準備中。コイル温度正常範囲内を維持。超伝導状態を確認」

「エネルギー充填開始。コンデンサ充填率70パーセント。目標値到達まであと15秒」

「射撃プログラム起動。ターゲット・ブイをロック。照準誤差は許容値以内」

「軌道計算完了。射線クリア。予想有効半径内に航行障害物なし」

「水素融合榴弾、試験弾頭の装填完了。圧縮水素セルの安定性異常なし」

「ギガンティックガーディアンシールド起動。パルスシールドを最大出力で展開。整波状態安定」

「コンデンサ充填率120パーセント。ギガンティックデストロイヤーキャノン、発射準備完了」

「総員、耐衝撃・閃光防御」

イリスは躊躇いながらも意を決しました。
「ベヒーモス様! ギガンティックデストロイヤーキャノン! 発射してください!」

●稲光
機体が鈍い衝撃で揺れた直後、閃いた稲光にイリスは思わず悲鳴を上げました。
まるで塔のような長く巨大な砲身から弾体が発射された際に、目も眩む強烈な電流が迸ったのです。
電流はバリアによって防がれましたが、引き裂かれた海面が白く激しく泡立ちました。

●砲弾
巨大な砲身から放たれた砲弾もまた巨大です。
殲禍炎剣に撃墜されないため、初速と高度を落として発射した砲弾は、軌道上の海面を抉るように割りながら、ターゲットのブイを目指して真っ直ぐに飛んで行きます。

●水素融合榴弾
「弾着まで3、2、1――」
それはカウントがゼロになった瞬間でした。
水平線の上にまるで太陽が生まれたかと思うほどの眩い光が輝いたのです。
すぐに熱波がベヒーモスのパルスシールドに打ち寄せます。
さらに遅れて轟音と津波がやってきました。
揺れるベヒーモスの中で、イリスの眼は爆心地に釘付けになっていました。

●叡智の炎
「こんなの……使っちゃいけない……!」
イリスは恐怖に青ざめました。
爆心地からは直径数キロには達するであろう巨大な火柱が聳え立っていたからです。
灼熱の炎と水蒸気が混ざり合いながら渦を巻くそれは、やがて形を変えてキノコ状の雲となり、上空へと昇っていきます。
その雲は遥か遠くの場所からもはっきりと見えるほど大きく、高かったのです。

●発射実験成功
「水素融合榴弾の有効半径は兼ね想定通り。放射線も検出されていない。パルスシールドの防御能力も十全に発揮された。設計通りの美しい結果だ」
イザリスは発射実験の結果に満足していました。

「キャノンの方は実力を出しきれてないんだけれどね。殲禍炎剣さえ無ければ徹甲弾でも十分な威力が出せるのに。やっぱり異世界でテストした方がよかったんじゃない?」
水之江は不完全燃焼といった様子です。

「恐ろしいですか?」
ソフィアから掛けられた声に、イリスは肩を震わせました。
「ベヒーモス様が……このような武器は好ましくないと……私もこんな武器……使っちゃいけないし、持ってちゃいけない……」
「この矛と盾はやはり貴女に託されるべきと確信しました。その恐れが己への戒めとなりましょう。イリスが考えているように、本来なら持つべきではなく、使われてもならない武器なのですから」
「じゃあ何故……」
「弱者必滅。強者絶対。この世界のみならず、多くの場所、時間における理。何かを守護らんとする者は、必ずしも強くあらねばならない。猟兵でなければオブリビオンに抗することが叶わないように。それはイリスもよく知っているでしょう?」
より多くの人を助けるためにベヒーモスの巫女となる道を選んだイリスは、ソフィアに返す言葉を持ち合わせていませんでした。
「先にも述べた通り、昨今の我が国を取り巻く安全保障は混迷の一途を辿っています。ベヒーモスと貴女に託した矛と盾は、遍く脅威を退け、民や隣人を守護る大きな力となるはずです。そしてその力は、必ずや正しく抑制的に扱われなければなりません。イリスにならそれが出来ると私は信じています」
ソフィアの微笑みと励ましが、今のイリスにはとてつもなく重く感じられました。
空高く昇ったキノコ雲は、もう中間層にまで届いていました。

だいたいこんな感じでお願いします。


桐嶋・水之江
●扱いについて
発射実験に立ち会います。
脇役でOKです。

●携わった開発内容
惑星ロボ用に開発していたレールガンのデータをイザリスに提供しました。
水素融合榴弾の基礎設計を行った事に加え、燃料となるヘリウム3の供給契約を結んでいます。

以下は執筆時の参考資料程度に扱ってください。

【その他色々・武装編】
●ベヒーモス・デストロイヤー・オブ・ガーディアンについて
ベヒーモスに超大型電磁投射砲と超大型電磁障壁発生装置を搭載した戦略砲撃仕様です。
強固な防御を盾に目標へ接近し、強力な一撃で戦略上の重要目標を破壊する、或いは存在そのものによって戦闘行為自体を抑止する事を目的に開発されました。
また、より破滅的かつ巨大な脅威存在(具体的には幼女総統など)に対して物理的な損害を与える事も目的とされています。

●ギガンティックデストロイヤーキャノン
戦略兵器に位置付けられた超大型電磁投射砲(レールガン)です。
大きさは主砲のハイパーレールガンの数倍以上で、機関部やショックアブソーバー部分を含めるとベヒーモス本体に迫る全長を持ちます。
大型化によって規格外に巨大な弾体を使用可能になりました。
弾体加速時の莫大な放出電力はベヒーモス本体を含めた周囲に深刻な被害を及ぼします。
また、弾体の着弾時に発生する衝撃波によっても重大な損傷を受けてしまいます。
そのため、発射する際にはギガンティックガーディアンシールドの展開が必要となります。

●開発の経緯
今から百年ほど昔のエルネイジェ最盛期、『PLAN 685DC』の名前で構想だけは存在していました。
しかし天文学的なコストと技術的な問題によって実機が建造される事はありませんでした。
そして現在、水之江から供与された惑星ロボ用(対クェーサービースト用の超巨大機動兵器)のレールガンの技術を元にイザリスが再設計し、実現に漕ぎ着けました。

●本来の射程は発揮できない
ギガンティックデストロイヤーキャノンの理論上での射程は、超長距離から目標を狙うのに十分であるとされています。
しかし殲禍炎剣の撃墜判定に触れてしまうため、実用射程は非常に短くなっています。
ただし、これは意図した政治的な配慮です。
殲禍炎剣という絶対の審判者の存在が、運用に重い規制を課し、濫用を抑止する保障となっています。

●最強の矛と盾の関係
上記の理由により必然的に目標に接近しなければなりません。
ですが、一撃で敵国の経済基盤や国家活動に重大な影響を与えるほどの威力を持った兵器を使用すれば、自身も巻き込まれてしまいます。
その攻撃の規模からベヒーモス本体を防御するために、ギガンティックガーディアンシールドが搭載されました。

●今回使用する砲弾
水素融合榴弾です。
スペースシップワールド産のヘリウム3を燃料とし、荷電粒子ビームで起爆することで、放射線を放出しない核融合を発生させ、高温プラズマと衝撃波で広域を焼き払います。
仕組みも威力も水爆と類似していますが、放射性物質を使用していないので榴弾であると水之江は主張しています。

●ギガンティックガーディアンシールド
対戦略兵器用の超大型電磁障壁発生装置(パルスシールドジェネレーター)です。
大型化によって規格外の高出力・広域化を達成しました。
ギガンティックデストロイヤーキャノン発射時の反動と、砲弾の着弾時に生じる衝撃波から機体と友軍を保護します。
戦略兵器の攻撃を受けた際にはそれを防御し、反撃を行う事も想定されています。
単体での運用も可能です。
ディスクレドーム型の発生装置には、インドラ教の神官であるイリスのエンブレムがペイントされています。
これには宗教的な求心力を高める狙いがあります。

●重過ぎる
全備重量が凄まじく増大したため、活動可能な地域は限定されます。
例えば地下にインフラがある土地なら、歩行するだけで深刻な被害を与えかねません。

●速力
元々低かった速力は致命的なまでに鈍化しました。
最高速度は地上で20キロ程度、水上で16ノット(30キロ)程度しか出せません。
ですがこの鈍さが濫用の抑止の一端を担っています。
因みに20キロはママチャリの速度と同程度です。

●速度問題を克服する裏技
グリモアの転送で目標地点への移動に関する速力の問題は無視出来ます。
この点についてソフィアは「グリモアの転送には様々な制約があるため現実的ではない」としています。

●ベヒーモス自身が思うところ
装備の搭載にあまり乗り気ではありません。
イリス曰く「重たいと仰られています」
好戦的でない気性も相まって、シールドの方は兎も角、キャノンの方には良い感情を抱いていません。


ソフィア・エルネイジェ
●扱いについて
発射実験に立ち会います。
脇役でOKです。

●携わった開発内容
開発計画を立案し主導しました。
主に政治面での関与が大きいです。

以下は執筆時の参考資料程度に扱ってください。

【その他色々・政治関連】

●政治的な建造思想
敵国に対する抑止力と友好国に対する安全保障を、実体と心証の両面で示威することにあります。
エルネイジェの政府と軍部はこれを『ベヒーモスの傘』として政治的な影響力を高める思惑を抱いています。

●脅威への対抗手段
依然健在なバーラントの脅威。
隣国への影響力の低下。
プラナスリーの『ベヘモット』の存在。
アーレス大陸の外から間接的に影響を及ぼす価値観を共有できない統治機構。
帝都櫻大戰で現実のものとなった異世界からの侵略者。
これらの脅威へ対抗し得る確実な実効性を持った兵器の存在を、ソフィアを含めた一部の軍関係者と一部の政府上層部は強く求めました。
更には運用するに当たって自分自身への抑止力を保障している必要もありました。
安全性の担保を前提とし、政治的な視点を含む多角的な検討の結果、ベヒーモスに戦略兵器が搭載される事となりました。

●民間の反応
賛否両論です。
威信が高まる、王国の精神性の象徴、税金の無駄遣い、時代に合わない大艦巨砲主義……意見は十人十色です。
ギガンティックデストロイヤーキャノンの開発は、ギガンティックガーディアンシールドを隠れ蓑にして秘密裏に行われてきました。
しかし情報の漏洩は避けられず、国民の間では公然と拡散されています。

●政府の反応
賛否両論です。
不要な戦闘を未然に防ぐとの声がある一方、外交関係をむしろ悪化に導くとか、費用対効果が悪過ぎるとの声も上がってきます。
非人道的な大量破壊兵器だとの指摘もあります。

●軍部の反応
賛否両論です。
バーラントの主要な軍事要塞を攻略する上で決定的な切り札となると歓迎される一方、殲禍炎剣によって超射程兵器の多くが無価値になっている(たぶん)現代において、時代に逆行する兵器だと非難されています。
これを作る金でもっとキャバリアを回して欲しいとの声もあります。

●友好国・隣国の反応
賛否両論です。
エルネイジェの庇護下にある国では歓迎する一方、隣人への恫喝だと非難する声も少なくありません。

●バーラントの反応
非常に警戒しています。
特にエルネイジェと国境を面しているバーラント西方軍は国境線により多くの戦力を配備するなど警戒を顕にしています。


イザリス・アルセイン
●人数
イリス
ソフィア
イザリス
水之江

以上4名です。

●扱いについて
発射実験に立ち会います。
脇役でOKです。

以下は執筆時の参考程度に扱ってください。

●携わった開発内容
ギガンティックデストロイヤーキャノンとギガンティックガーディアンシールドの設計全般を主導しました。
「|巨神《機械神》の打倒を人生の命題に掲げる私が、巨神のために新たな武器を作り上げる事になろうとはね」

●心境
「ギガンティックデストロイヤーキャノン。この矛はギガンティックガーディアンシールドという盾と揃って一つの兵器として機能する。二つの矛と盾を同時に装備できる積載量を備え、稼働させるだけの発電力を持ったキャバリアはベヒーモス以外に存在しない。この武器の開発計画そのもが巨神を疎ましく思う私にとっては最高の皮肉であり、最低の嫌がらせだよ」
しかし前代未聞の超大型兵器の開発という誘惑には抗えませんでした。
仕上がりには十分満足しています。
「この巨砲で巨神を撃ち砕いてくれたら溜飲も下がるんだけどね」

●イザリスについて
ブリュンヒルデ社の研究員です。
アルセイン開発室の室長で、シールドファンダーやギガス・ゴライアを始めとする数多くの名機を世に送り出しました。
エルネイジェ王国が保有する機械神のアップデートにも深く携わっています。
巨神(機械神)を打倒する強力なキャバリアを開発することを人生の命題としています。
「技術は常に前に進み続けている。新しいキャバリアが古いキャバリアに劣る事など、私は許せなくてね」
アンサーヒューマン特有の瞬間思考力は兵器の開発に傾倒しています。

●ブリュンヒルデ社
アーレス大陸西部一帯を勢力圏とする軍産複合企業体です。
エルネイジェ王国の防衛産業に欠かせない存在で、ヴェロキラを始めとする主力キャバリアの生産元でもあります。
ベヒーモス・デストロイヤー・オブ・ガーディアンの開発にも大きく寄与しています。



●|星を砕くもの《ブラスター》
 苛烈なる光。
 それは本来の用途とは異なる使い方をされていた。
 元は航路上にある惑星を粉砕するための『道具』でしかなかった。
 地核を一撃で砕く膨大な熱量。
 同じく熱線銃……ブラスターと呼ばれるものとは一線を画す、正しく『星を砕くもの』であった。

 それが『道具』であった以上、それを如何に扱うかが問題なのだ。
 本来の用途のためだけに使われるのであれば、何の問題もない。宇宙船が進む先にある障害を取り除く、という意味であればこれ以上の『道具』もなかっただろう。
『道具』は間違えない。
 間違えるのは『道具』を扱う人間だけだ。
 人間には悪性と善性とが宿っている。
 相反する二つの天秤がどちらかに傾いても、人は容易く『道具』の使い方を誤る。
「だが、残酷なことだ。人は間違え続ける。例え、過去の惨劇を知りながらも、愚かしくも己のみを例外と定めて過ちを重ね続ける」
 その声に『ノイン』と呼ばれる女性は頷く。

「かの|『星を砕くもの』《ブラスター》に匹敵する兵器を再び人は生み出し得たのです」
「それは可能性の証左ではないかね」
「卿の仰られる通りでしょう。どれだけ衰退しても、どれだけ圧倒的な差を見せつけられても、人はそれを埋めることができる。人の歩みが愚直にも止まらぬ限り、目の前の事象全てを詳らかにして進歩していく。その歩みを自らの意思で止められなくなっているのだとしっても」
『ノイン』の言葉に『エルネイジェ王国』の貴族の邸宅……その主は頷く。
 彼は深く同意を示したようだった。
 此度、『ノイン』が邸宅を訪れたということは、火急の用件であるからだ。
 もとより、この邸宅の主と『ノイン』――即ち、小国家『プラナスリー』との関与は疑うべくもない。が、その事実が公になることはまだない。

「『PLAN 685DC』……これによって我が国土たる『ベヘモット』に備わった『天空の螺旋階段』は完成を見ました。が」
「よせ。それを口に発することは許さぬ」
「今更でしょう。『エルネイジェ王国』最盛期……百年前に存在した構想を知る者など」
「その慢心が、今の『プラナスリー』の現状であるとは思わないかね」
 鋭い眼光。
 邸宅の主は、未だその瞳にエルネイジェの気風を宿すようだった。
『ノイン』は肩を竦め、その鋭い眼光を受け流した。
「それはお互い様では?」
「なんだと?」
「『ギアス・ゴライア』。『ロータス・プラント』、全てが卿の思惑通り、とは行かぬのでしょう? だからこそ、此度の王族側の動きを抑え込むことはできなかった。いやはや、ソフィア・エルネイジェ。父親譲りの猪突猛進の武力だけが取り柄かと思っていましたが、なかなかどうして、政治的手腕も持ち得ている」
「過大評価だな」
「そうでしょうか? 他の周辺小国家に対する手段だけではなく、他世界からの脅威にすら対処してみせんとするのは、健気でしょう?」
「獅子身中の虫ごと護る、というのであれば、愚かよ。私ならば獅子身中の虫をあぶり出すことに、あの火を……いや、矛を使うがね」
 その言葉に『ノイン』は席を立つ。
 長居は無用であると思ったのだろうし、また事実、ここにとどまり続けることは危険性をはらんでいた。

 そう、どこに目と鼻があるかはわからない。
 ミラージュテイルの狐は、眼のみにて鼠を捉えるものではないと彼女は知っていたからだ。
「それでは、私はこれで。卿におかれましては、どうかその身の振り方を今一度考えていただきたく」
「無論だ。いや、不要だ、と言うべきか」
「であれば」
『ノイン』の気配が消えていくのを感じ取り、邸宅の主は息を吐き出す。
「|『超越者』《ハイランダー》めが。要らぬ火種を煽らせおって」
 だが、彼にとって、この流れは悪くはない。
 確かに甚大なる被害を被った先の事件……エンシャント・レヰス『イザナミ』の出現に端を発する『ロータス・プラント』の壊滅。
 これによって軍需産業の多くを失うことになったが、その危機感がソフィア・エルネイジェに国防力の増強に踏み切らせたというのならば、全てが悪いことではない。
 むしろ、そうした内需によって邸宅の主は、一見すれば甚大な損害を被ったように見えて、その実、多くの内需を独占するに至ったのだ。
 だが、それは金、というものが多くの人間を魅了するものであったのならば、だ。
 この戦乱渦巻く世界において、金というのは国外では何の意味もないものだ。
 その実態保たぬ金の力を証明するのは国家そのもの。
 そして、国力が低下すれば、金の力を証明することもできなくなる。
 そうなれば、一気に金の価値は下落し、今まさに己が築き上げた財力は地に失する。

 が、それを理解しているのは、『エルネイジェ王国』の上澄みを占める貴族たちの中では稀である。
 故に邸宅の主は危機感と共に、己が手にした財を確かなものとするために密やかに。されど確実さを旨とするのだった――。

●矛と盾
 海原は静かであった。
 しかし、イリス・ホワイトラトリア(白き祈りの治癒神官・f42563)の心中は穏やかではなかった。
 彼女は今、『ベヒーモス』の艦橋にてこれより行われる新装備の発射試験に挑みながら、装備された巨大な戦略超大型電磁投射砲――『ギガンティックデストロイヤーキャノン』の存在に大して拭えぬ違和感を覚えていた。
「本当にこんな武器が必要なんでしょうか?」
 違和感は不安を呼び込む。
 イリスは僅かに己の体が震えているのを感じていた。
 未だ試射すらしたことのない武装であるが、もとより巨大キャバリアである『ベヒーモス』の全長よりも超大な砲身である『ギガンティックデストロイヤーキャノン』の威容に恐怖さえ憶え始めていた。

 確かに事前に説明は受けている。
 イザリス・アルセイン(機械神への反逆者・f44962)――アーレス大陸西部一帯を勢力圏とする軍産複合企業体、ブリュンヒルデ社の研究員であり、アルセイン開発室の室長を務める彼女の保つ技術への信頼は厚いと聞いている。
 何せ、名機と呼ばれた『シールドファンダー』や皇王の乗騎『ギガス・ゴライア』の開発を行った女史なのだ。
 そんな彼女が猟兵でもある桐嶋・水之江(機巧の魔女・f15226)と共同で開発したとあれば、間違いはないだろうとイリスは素人ながらにそう思えた。

 が、それは実物を目にした時に消し飛ぶ程度の安心感でしかなかったのだ。
「イリスの不安も至極当然です」
 艦橋に同じく立つのは、ソフィア・エルネイジェ(聖竜皇女・f40112)であった。
 彼女はこの開発計画の主導者である。
「一キャバリア乗りの私からしても、このような兵器は邪道なのですから」
 ソフィアは武人然とした皇女である。
 その彼女の口からも己と同じ感覚があるのだと発せられば、イリスは恐縮するしかなかった。
 しかし、彼女は言葉とは裏腹に躊躇いはないようだった。
 イリスが困惑と恐怖を感じているのにソフィアは、むしろ、この力が必要不可欠であると感じているようだった。
「なら……」
 そう、ならどうして、とイリスの問いかけにソフィアは頷く。
 彼女の不安を行程しながらも、毅然とした態度には理由があるのだ。

「昨今の『エルネイジェ王国』を取り巻く安全保障の情勢が複雑さを深化させています」
「それは、勿論。存じ上げています」
 例えば、直近に存在する『バーラント機械教国連合』の脅威は健在である。
 隣国への影響力の低下は看過できない要因であっただろう。
 さらに神出鬼没なる小国家『プラナスリー』の国土そのものたる『ベヘモット』の存在。
 加えて、アーレス大陸の外から間接的に影響を及ぼす統制機構の共有えきぬ価値観。
 何より、エルネイジェに直接的な被害をもたらした異世界のからの侵略者……帝都櫻大戰によって現実のものとなってしまった『ロータス・プラント』の損壊。
 これらの脅威に対抗し得る確実な実効性を持った兵器は強く求められるものであったことだろう。

「人々が安心して眠れる日々を守護るためには、このような矛と盾が必要なのです」
「なら、『ベヒーモス・デストロイヤー・オブ・ガーディアン』だけではダメなのですか?
 護るため、というのなら盾さえあればいいではないのでしょうか?」
 イリスが示したのは、矛の如き超巨大電磁投射砲の反対側にマウントされた対戦略兵器用超大型電磁障壁発生装置であった。
 彼女の言葉にソフィアは頷く。
 イリスが言わんとしていることはわかる。
「過ぎたる力は我が身すら滅します。しかし、それも扱う者次第」
「その扱う者が……」
 己なのだ。
『ベヒーモス』の巫女であるイリス。
 彼女が、その矛と盾を正しく扱わねばならぬと言外に言われているのだ。
 それは重圧だった。
 責任という名の重圧がイリスの心に重くのしかかっている。
 自ら一人で、この責を追え、というのは、あまりにも酷なことだった。
 だが、ソフィアはイリスだからこそ任せられるのだと、その震える肩に手を置く。

「イリスのように正しく恐れ、理性のもとに行使する者なら、戦わずして不要な流血も防げましょう」
 イリスは何も言えなかった。
 ソフィアが己を信じてくださっている。それは喜ばしいことであるし、名誉であるようにも思えた。
 全幅の信頼を寄せてくれている証明。
 それでも不安が込み上げてくるのだ。
 そして、ソフィアは、その不安こそが己を選んだ理由なのだと言っているのだ。
 それでいいのだろうか。
 疑問ばかりが湧き上がってくる。
 実験開始までの時刻が迫り、イリスは己の胃が海の波間のように穏やかであればいいのに、と思わずにはいられなかった――。

●打倒
「またく、これは私への最高の皮肉であり、最低の嫌がらせだよ」
 イザリスは、目の前の更新され続けるデータを見やりながら眠たげな……それこそ、目元に刻まれたクマをこすりながら息を吐き出す。
 彼女は『巨神』――即ち、機械神の打倒を人生の命題に掲げる研究者である。
 そんな彼女が機械神の装備を作らねばならぬというのは、あまりにも無体が過ぎるというものだった。
 それも王命である。
 逆らえば、どうなるかなんて考えるまでもない。
 だがしかし、嫌なものは嫌なのだと命をとして言えるのもまた人間の特権である。

 しかし、だ。
「ギガンティックデストロイヤーキャノンと、ギガンティックガーディアンシールド。この二つの矛と盾の開発……正しく前代未聞だよ」
「そりゃあね。これだけの重量を支えられるキャバリアなんて、世界広しと言えど『ベヒーモス』クラスじゃあないとね」
「そう考えれば、『プラナスリー』の『ベヘモット』と言ったか……。あれはもうキャバリアというより巨大要塞そのものだね。あれと比べるのはどうかと思うがね」
「聞けば、あの『ベヘモット』にも似たような巨大砲塔が備わっているらしいじゃないの。あれも機械神的な存在なのかしらね?」
 水ノ江の言葉にイザリスは頭を振る。
「嘗ての神話大系に端を発するのならば、という観点でみるのならば、それはない、と言わざるを得ないね」
『エルネイジェ王国』の機械神を始め、巨神の多くは意志のようなものを見せる。
 クロムキャバリアの各地にて散見される事件から見ても、その多くが巨神自身の意志によって乗り手を選ぶことが確認されている。

 だが、あの『べへモット』は巨大過ぎる上に『ベヒーモス』のように乗り手を選んでいないように見える。
 ならば、あれは機械神とは言えないだろう。
 だからこそ、イザリスは『ベヘモット』には、他の機械神のような執着はないようだった。
 逆に水ノ江は商売の匂いを感じていた。
 あれだけ巨大な要塞じみた巨体なのだ。
 メンテナンスフリーなどあり得ない。巨大であればあるほどに駆体を構成する部品などは摩耗していくことだろう。
 であれば、その部品をどのように調達しているのか?
 無論、体躯に納められているであろうプラントによって、であるが、その駆体事態を国土にしている以上、部品だけを生み出すわけにはいかないだろう。

 となれば、どこからか摩耗する部品を仕入れてこなければならないのだ。
「それにあの巨大砲塔……『天空の螺旋階段』も、他世界では電波塔が変じたものらしいって聞いたし、よくわかんないわね」
「あれ事態はギガンティックデストロイヤーキャノンとは用途が違うよ。あれは圧倒的なエネルギーを照射するためのものだ」
「|殲術再生弾《キリングリヴァイヴァー》ね。なんで再生しちゃうのかしらね」
「情報が足りないよ。それより、君。今は試射実験の方に集中してくれるかい。データの撮り忘れなんてことがあっては、事だ」
「それは抜かりなく。でもまあ良い商売だったわ。もともと惑星ロボ用のレールガン技術だったんだけど、再設計がうまく行ったみたいで」
「無論だよ。私を誰だと?」
「心配だったのは、そこじゃあないんだけれどね」
 そう、名前だけ残されていた構想『PLAN 685DC』。
 百年前に構想されていたペーパープラン。
 実現されることがなかったのは、天文学的なコストと技術的な問題によって、である。しかし、水ノ江がもたらした惑星ロボ用の技術とイザリスの再設計によって、百年をまたいで実現したプランである。

「よくもまあ、資金をあれだけ集めることができたものよねぇ」
「敵が多く強大になっている、というのは、政治屋同士の殴り合いの主導権を握るためには至極真っ当な上に簡単な理由なんだよ。自国と友好国に対する安全保障。それを実体と心証から両面で示威するには、『ベヒーモス』はこれ以上ない影響力を示してくれる」
 とは言え、民間、政府、軍部、いずれからも賛否両論であることは言うまでもない。
 むしろ、ここで賛成一辺倒であったのならば、国としての未来はない。
 何事もバランスなのだ。
「ま、威信が高まっていいし、不要な戦闘を未然に防ぐだけの力があるって示せるのはありがたいことかもね。私達にとっては、ちょっと困るけど」
 商売人である水ノ江としては、商機の損失でもある。
 だが、『ギガンティックデストロイヤーキャノン』の開発、建造には途方もないコストがかかっている。
 これだけで失われる商機以上の金額を得る事ができたのだから、水ノ江は特に文句をいう所ではない。

「税金の無駄遣い、というのは民衆の語る所の常套句だね。もう耳に蛸ができるくらい聞いたので、聞き飽きて何も感じないが」
「時代にそぐわない大艦巨砲主義って言われちゃうんじゃない?」
「それもこの後でのことだろう。そもそも『ギガンティックガーディアンシールド』の開発が隠れ蓑だからね。体の良い傘になってくれたよ」
「そもそのゴシップ誌にすっぱ抜かれるって、どう考えても身内にいるでしょ、情報リークしたのが」
 水ノ江は、セキュリティの面についても気を配っていた。
 だが、情報はどこからか漏れ出て、『エルネイジェ王国』では公然と拡散されて話題に上がるようになっていたのだ。
 ソフィアの心労がまた一つ重なることであったが、水ノ江の知ったところではない。
 また、政府の反応もまた同様であった。

 確かに開発に成功すれば『ギガンティックデストロイヤーキャノン』は強大な力の象徴となるだろう。
 だが、外交関係で見ればどうか。
 圧倒的な力は外国への圧力にしかならない。
 となれば、他国とのやり取りは今まで以上に面倒で煩雑なことになるだろう。 
 そもそもこのクロムキャバリアにおいては長距離通信の手段がない。情報はあやふやで不確かであり、また伝わるのが遅い。
 そんな状況で巨大な力を示せば、誤解が生まれ、ねじれていく。
 そうなれば、『ギガンティックデストロイヤーキャノン』を建造するための費用と外交費用との相対的な効果は悪くなる一方であろう。

「ま、ぱっと見たら非人道的な大量破壊兵器だもんねぇ」
「それでも効果は絶大だよ。一撃で敵国の経済基盤や国家活動に重大な被害をもたらすことができるのだから。圧倒的な力の前には倫理も黙るしかないのが現状だからね」
 ソフィアの妹御の言葉を借りるのならば『暴力、何事も暴力で解決ですわ~』というやつであろう。
 軍部からすれば、敵対国の最たる存在である『バーラント機械教国連合』の軍事要塞を攻略するうえで決定的な切り札になり得ることは言うまでもない。
 事実、一部の軍部からは歓迎的な意見もでているということだった。
 しかし、問題点も多い。
 いや、多いというより、唯一の問題点が最大であり致命的である。

 そう、暴走衛生『殲禍炎剣』の存在である。
『ギガンティックデストロイヤーキャノン』から放たれる砲弾は、言うまでもなく高速だ。加えて、『ベヒーモス』の体高を考えれば、その砲身の高さ、また標的などを計算するとどうしても砲弾は『殲禍炎剣』の迎撃高度を超えてしまうのだ。
 そうなっては、無差別砲撃を受けて、此方の被害も甚大なものとなってしまうだろう。
 それ故に、現代クロムキャバリアにおいては、多くの超射程兵器が無用の長物になってしまっているのだ。
「ま、時代に逆行って言われると、それはそう。としか言いようがないわよねぇ。これ作るお金でウチの製品買ってくれたほうがいいんじゃないって思うのも無理ないわね」
 うんうん、と水ノ江は勝手に頷いていた。
 これもまた彼女の語るとおりであったし、軍部の意見も同様であった。
「他国からすれば銃口突きつけられて、恫喝されてもおかしくないと判断してもしようがない状況だ。となれば、そうした反発を抑えるためにキャバリアが要る。当然だね」
 それに、とイザリスは『バーラント機械教国連合』もまた黙っていないだろうと予測する。
 彼女の予測は正しい。
 すでに、此方の実験を嗅ぎつけて国境線により多くの戦力を配備するなどして警戒を強める動きを見せているらしい。

「なら、余計に後は賽を投げられるのを待つしかない、というわけだ」
「まーね。さて、室長さん、準備はよろし?」
「ああ。いつでも行けるよ」
 二人は『ベヒーモス』の艦橋にて緊張に震えるイリスを見やる。
 大丈夫かね、と二人はその背中を見守る……よりも、更新され続けるデータを見ていた――。

●天の雷
 粛々と準備が進んでいっている。
 それを自覚してイリスは益々身を固くしていた。
 ソフィアの言葉を聞いても不安は拭えない。むしろ、より強くなっている。
 引き金を引いたら、もう後には戻れない。
 どうなっても、全ての責任は己の両肩にのしかかってくる。
「海域の天候、風速共に問題なし。波高1.8メートル」
「『ギガンティックデストロイヤーキャノン』、レール誘導コイル冷却システム起動。通電チェック完了」
 ブリッジに響く声。
 水ノ江とイザリスの声だ。
 粛々としている。
 どうしてあの人達は、あんなにも平然としていられるのだろうか。
 イリスにはわからない。
 理解しなければならないのかと思う心もある。だが、どうしてもイリスは受け入れがたかった。
 イザリスも水ノ江も、いずれもが一角の人物である。
 歴史におそらく名を残すであろうし、刻む者たちであることは言うまでもないだろう。
 天才というものが存在しているのならば、彼女たちのような者をいうのだ。
 だが、イリスは自分がそうではないことを知っている。
 凡才、非才、いずれの言葉も己に当てはまるような気がした。それを卑下しすぎだという者もいるかもしれない。

「ショックアブソーバー異常検知システム、正常に作動中」
「電磁加速準備中。コイル温度正常範囲内を維持。超伝導状態を確認」
「エネルギー充填開始。コンデンサ充填率70%を推移。目標値到達まで後15秒」
 進んでいく。
 後戻りできない。
 足がすくむ。
 自分が何かをしなくても、周囲の状況がイリスの背中を推していくのだ。拒むこともできない。自分にできるのは恐れることだけだ。
 そして、恐れるだけでは何も起こらない。
 ただただ、状況という名の濁流に押し込められていくだけなのだ。
 故にイリスは慄く。

「あ、あの……!」
「射撃プログラム起動。ターゲット・ブイをロック。照準誤差は許容値以内」
 かき消される。
 あまりにもか細い声だったからだ。
 恐怖に震える声では、何も止めることはできないのだ。それをイリスは嫌と言うほど思い知ることになった。
「軌道計算完了。射線クリア。予測有効半径内に航行障害物なし」
「水素融合榴弾、試験弾頭の装填完了。圧縮水素背セルの安定性異常なし」
 続いていくアナウンス。
 止めようがない。
 どんなに声を張り上げようとも、己の恐怖を振り払ってくれるものは、ここにはないことをイリスは知っただろう。
 躊躇いは、最後まで払拭できなかった。

『ベヒーモス』の巨体が揺らぐようにして巨大な脚部を地面に固定する。
 アンカーが打ち込まれ、駆体が揺れる。
「『ギガンティックガーディアンシールド』起動。パルスシールドを最大出力で展開。整波状態安定」
 巨体を覆う電磁障壁。
 光が傘のように『ベヒーモス』を覆う。
 その光は心強さよりも、やはり恐ろしさを増幅させるものだった。
 ここには恐怖しかない。
 恐ろしいものしかないのだ。
 嘗ては、『エルネイジェ王国』の民を守る揺り篭、方舟のような役割を果たしたとされる『ベヒーモス』。
 その中にあってなお、イリスは言いようのない恐怖が喉に込み上げてきた。
 頬は青ざめ、何をするでもないのに脂汗が額に浮かぶ。
 喉がカラカラに乾いている。
 なのに、水を欲することもできない。

「コンデンサ充填率120パーセント。『ギガンティックデストロイヤーキャノン』、発射準備完了」
 その言葉にイリスは粘つく唾を飲み込む。
 もう何度も思ったことだ。 
 後戻りはできない。
 引き金を引くのは、他ならぬ己なのだ。誰にも任せられないし、誰も代わりになってはくれない。

「総員、耐衝撃・閃光防御」
『ベヒーモス』の艦橋を覆う窓が閉鎖され、強固な装甲で覆われる。
 意を決するしかない。
 前に進むのが恐怖を切り裂くための剣であるというのならば、イリスは己の覚悟を持って勇気を生み出すしかなかったのだ。
 ひりつき、乾いた喉から声を発する。
「『ベヒーモス』様!『ギガンティックデストロイヤーキャノン』! 発射してください――!」

●稲光
 それは正しく天を切り裂く蚊のような雷光であった。
 超大な砲身に称えられたエネルギーは、電磁加速によって砲弾を打ち出す。
 瞬間、『ベヒーモス』の巨体が大地に沈み込んだ。
 あまりの衝撃に、四つ足の基部が火花をちらした。それほどまでの負荷だったのだ。アブソーバーに寄る衝撃を吸収してなお、『ベヒーモス』の艦橋を凄まじい衝撃が襲う。
「きゃあああああっ!?」
 イリスの悲鳴が上がる。
 あまりにも凄まじい衝撃。
 これが万全を期しての試験射撃なのだとしても、これほどまでの衝撃が『ベヒーモス』の巨体を襲うとは想像もしなかったのだ。

 大地が砕け、脚部が地面に沈み込むばかりか、電車道の如き跡が大地に刻み込まれる。そう、『ベヒーモス』が後退してしまっているのだ。
 まるで塔そのものとも言うべき巨大な砲身は電磁加速によって赤熱している。
 それほどまでの一撃。
 放たれた瞬間は、目も眩むほどの光を発していた。
 そして、イリスはモニターが砂嵐に変わる前に見てしまっていた。

 放たれた砲弾は海面を引き裂き、両断するようであった。
 さらに泡立つように湯気を立てるのは、電磁加速された榴弾が空気との摩擦によって熱を海面に伝え、蒸発させたからであろう。
 それだけの威力。
 なのに『ベヒーモス』の巨体は、『ギガンティックガーディアンシールド』による電磁障壁によって守られているのだ。
 それでも巨体が揺れるほどの衝撃であったことは、驚愕する他ない。
 そして、そんなイリスの言葉にならぬ驚愕を他所に水ノ江とイリスは冷静に更新されていくデータをモニターで見つめていた。
「着弾まで」
「3、2、1――」
 カントがゼロになった瞬間、回復した外カメラのモニターが、再び砂嵐とともに暗転する。
 何も見えない。
 いや、違う。
 イリスは理解しただろう。

 水平線の上にまるで太陽が生まれたかと思うほどのまばゆい光の瞬き。
 それによってモニターが焼き切れたのだ。
 即座に艦橋の窓を覆っていた装甲が解除され、目視に寄る観測に切り替わる。
「……あ、ああ、あああああ……」
 声ならぬ声が響く。
 誰が?
 イリスは、無意識に己が声を発していたのだと理解する。
 それはあまりにも熾烈な光景であった。
 襲い来る熱波にさらに巨体が揺れる。
 電磁障壁に守られているとは言え、巨体の揺れまではどうしようもなかった。さらに轟音が打ち寄せる。
 割れた海面が元に戻ろうとして、押しやられた海水が戻ろうとして『ベヒーモス』へと襲い来る。
 大波に、さらなる衝撃が走る。
 あまりも凄まじい威力。

 その一撃が生み出した光景……爆心地の有り様にイリスの瞳は見開かれたまま、視線を外すことはできなかった。
 いや、外してはならないと思ったのだ。
 この光景から目を背け、忘れてしまっては、己の中にあった恐怖が許されない。
「ふむ。計算通りだね。やはり『ギガンティックデストロイヤーキャノン』という矛は、『ギガンティックガーディアンシールド』という盾と揃って一つの兵器として機能する。私の設計にミスはなかった」
 イザリスは更新されていくデータをつぶさに観察していた。
 アンサーヒューマンたる瞬間思考の全てが、データの数値を即座に計算し、己の予想範囲との間に横たわる誤差が問題のないものであることを理解していたのだ。
「スペースシップワールドのヘリウム3を燃料にしたのがよかったわね。もとより、機械神……『インドラ』と『ヴリトラ』が擁するジェノサイドバスターの技術が転用できたのが肝だったわね」
 水ノ江は、目の前の光景を見て恐れを抱くどころか、満足げだった。
 イリスからすれば、何がどうして、という感情しかもちえない。
 しかし、水ノ江はむしろ、この程度であるのか、とさえ思えたのだ。

「こ、こんなの……使っちゃいけません……! こんな、こんな、光景を生み出すものなんて!」
 込み上げてきた恐怖は言葉として発せられる。
 胃の中がぐるりとひっくり返るようだった。
「あんなの……人のやっていいことじゃあないです!」
 イリスが指差すのは、爆心地。
 上空数キロに達するであろう巨大な火柱。
 ここが海上であったからこそ、まだあの程度で済んだのだと理解できる。圧倒的な熱量をはトルする火柱は、やがて熱せられた水蒸気と共に混ざり合いながら渦を巻いていく。
 さらに姿を変えて、茸のような形状の雲となって膨れ上がっていくのだ。

「仮定した通りの状況だよ。問題はないはずだ」
「そうね。水素融合榴弾の有効半径も想定通りだし。懸念されていた放射線も検出されてない」
「パルスシールドの効果も確認できた。十全な防御能力が発揮されている。設計通りの討つうしい結果だ」
 イザリスと水ノ江の言葉にイリスは目を見開く。
 設計通り?
 これが?
 あの光景を生み出すことが、彼女たちにとっては当然の結果だと受け入れられているどころか、想定を越えていないというのだ。
 自分は恐怖しか抱いていないというのに、彼女たちは満足げですらあったのだ。

「ま、キャノンの方は実力を出し切れていないんだけどね」
「それは仕方ないだろう。状況が状況だ」
「あの暴走衛生さえなければ、徹甲弾でも十分な威力が出せるのにね。やっぱり異世界でテストしたほうがよかったんじゃない?」
 水ノ江は不完全燃焼と言わんばかりであった。
 彼女にとっては、これはまだ序の口でしかないのだ。
 イリスは想像する。
 あの巨大な火柱が、もしも己達に向けられていたのなら、と想像してしまう。

 そして、あの叡智の炎は、神ならぬ人間によって生み出されたのだ。
 であるのならば。
 他国もまた『あれ』を生み出すことができるのではないか?
 そして、その砲口を己に向けることも容易く想像できる。
 あの日のように、あらゆるものを蹂躙していくだけではない。一瞬で全てを奪い去っていく炎の引き金を己が引いたのあという実感がイリスの全身から汗を噴出させる。
 身が冷えていく。
 汗が滝のように頬を流れていくのに、体がどうしようもなく冷えて、身震いが止まらない。

 その震える肩を抱くのはソフィアだった。
「恐ろしいですか?」
「はい……『ベヒーモス』様も、仰っています……このような武器は好ましくない……と。私もこんな武器……使っちゃいけないし、持ってちゃいけない……」
 イリスはソフィアを見た。
 その瞳にもしも、水ノ江やイザリスのような意志が宿っているのならば、己はどうするべきなのかと答えを出しあぐねていた。
 だから、願ったのだ。
 どうか、自分と同じ側にソフィアが立っていて欲しい、と。

 だが、彼女の願い通りの立ち位置にソフィアはいなかった。
「この矛と盾はやはり貴女に託されるべきと確信しました」
「えっ……」
 ソフィアは水ノ江達側でもなければ、イリス側にも立っていなかった。
 彼女が立っていたのは、裁定者としての中立。
 両者を秤とするのならば、彼女は支点。
 目の前の事象を見定め、石を持って決定する者。それが国家の頂点に立つ者の責務であったからだ。
「あなたの恐れは正しいものです。恐れとは正しく扱わねばなりません。あなたの恐怖がもしも、他者への排斥へと走らせるものであったのならば、私は貴女に『ベヒーモス』を任せるつもりはありませんでした。例え、それが『ベヒーモス』の意志に背くものであったのあとしても」
 ソフィアはそう言ってイリスの抱いた肩を擦る。

「ですが、貴女の恐れは正しい。あの炎を見て、敵を焼くことではなく、己達を焼くことを考えた。それは敵を打ち倒すよりも、余程大変なことでしょう。故に、その恐れが己への戒めとなりましょう」
「でも、なら、なおさら……!」
 あんなものはあってはならない。
 誰の目にも触れさせてはならない。
 ただひたすらに恐怖を撒き散らすだけの炎など、人の営みを進めさせてきた叡智の炎ですらない。

 あれは、ただの|『怪物』《プロメテウス》の炎そのものだ。
 だから、イリスは言いようのない己の恐怖に震えていたのだ。
「イリスが考えているように、本来なら保つべきではなく、使われてもならない武器なのですから」
「じゃあ!」
「弱者必滅。強者絶対。この世界のみならず、多くの場所、時間における理。何かを守護らんとする者は、必ず強くあらねばならない」
「そんな……そんなの、悲しすぎます。強くなればなるほどの堂々巡りじゃあないですか!」
「ええ、そのとおりです。猟兵でなければオブリビオンに抗することが叶わないように。それはイリスもよく知っているでしょう?」
 その言葉にイリスは言葉に詰まる。
 オブリビオン。
 オブリビオンマシン。
 戦禍の火種を撒き散らす存在。
 ただひたすらに、この世界から平和というものを遠ざける一因。

 ソフィアの言葉は正しい。
 徹頭徹尾正しい。
 より多くの人々を助けるために『ベヒーモス』の巫女となったイリスには、己の道こそがソフィアの語る言葉でもって整えられている事を識る。
 ソフィアはそうやって誰かの道を、己が手を汚して整えているのだ。
 理想的ではない。
 現実的だ。
 だが、それで守られる多くがあることをイリスは知っている。
 
 現実はいつだって厳しく険しい道のりの連続だ。
 誰だってそうだ。
 けれど、ソフィアはそうした誰かの道を、できるだけ平坦なものにするために尽力せんとしている。
 他者からの誹りも、非難も、全てその一身で受け止める覚悟と勇気とを持った女傑なのだ。
 己また守られている。
 ソフィアの言葉と意志に。

「先にも述べた通り、昨今の我が国を取り巻く安全保障は混迷の一途を辿っています」
「はい……」
「『ベヒーモス』と貴女に託した矛と盾は、あまねく脅威を退け、民や隣人を守護る大きな力となるはずです」
 イリスはソフィアを見つめる。
 その言葉は、彼女の心にのしかかる。
 あまりにも大きな責任だった。誰かに支えてほしい。けれど、ソフィアにそれを求めることはできない。
 彼女もまた大いなる責任を、その双肩に乗せているのだ。
 それも己以上の重責を、だ。

「そして、その力は、必ずや正しく抑制的に扱わなければなりません。イリスになら、それができると私は信じています」
 ソフィアの微笑みは眩しいものだった。
 きっと心から己を信頼してくれているのだろう。
 己ならばできると、確信んしているのだろう。
 ソフィアは誰かを信じられる者なのだ。だが、自分はどうだろうか。ソフィアが信じてくれている自分を信じられるだろうか。
 
「……はい」
 弱々しく頷くことしかできない。
 とてつもなく重い。
 誰か。
 誰か、と心に支えを求めてしまう。
 自分に家族は居ない。ソフィアは家族がいる。それも肉体的にも精神的にも強靭な家族が。
 けれど、自分にはいないのだ。
 あの日、全て失ってしまった。
 父も、母も、姉も……兄も。
 誰にも頼れない。
 誰にも心を打ち明けられない。
 ただの小娘でしかない自分には、あの矛と盾は重すぎた。

 心が軋む音がして、イリスは遠く立ち上る巨大な雲を見やる。
 あの破壊的な痕は、まだ消えそうもない。
 けれど、それでもイリスの心に雲は暗い影を落とし続けた――。

●過去
「大きすぎる力を持つことへの忌避は当然のことだ」
 なぜなら、それは責任を伴うことだからだ。
 誰もが自由でありたいと思う。
 重責など放り捨てたいと思うであろうし、自らがなにかの奴隷になることなど考えたくもないことであろう。
 だが、誰もがそうであるように、人はみな、何かの奴隷なのだ。
 それはともすれば、己の中に支えというものを必要とするからだ。

「それでも我らは我らの国民を守らねばなりません」
 雷光のように疾走る竜機。
 白き巨竜『ヴリトラ』の放つ雷の最中を、青いキャバリアが間隙を縫うようにして疾駆する。
 振るわれるプラズマブレイドの一閃と『ヴリトラ』の放った爪の一撃が激突して、力の奔流を生み出す。吹き荒れる風、疾走る衝撃。
 互いに肉薄しては、弾かれるのを繰り返しながら、青いキャバリア『熾盛』は周囲のキャバリアを巻き込むように破壊していく。
 敵地に単騎で現れ、軍団そのものを霧散霧消させるかのように撃破する異常なる力を見せていた。

 それは遡ること百年前の記録であった。
『悪魔』めいた力で、争いを続ける地帯に介入して平定していく『救世主』。
 それが『熾盛』と呼ばれる青いキャバリアを駆る『憂国学徒兵』の一人、『フュンフ・エイル』だった。
 その絶対的な『エース』を前にして『ヴリトラ』を駆る百年前の皇女は一歩も退かなかった。
 あの青いキャバリアに傷一つ付けられずとも、しかし『ヴリトラ』もまた傷を追うことはなかった。
 人機一体を成す互いにおいて、機体の性能と技量というものは、もはや勝敗を決する要因にはなり得なかったのだ。

 ほとばしる雷光を躱し、『熾盛』は『エルネイジェ王国』のキャバリアのみならず、『バーラント』のキャバリアをも無差別に破壊している。
 それは互いの間に割って入った無謀を、そのままにしないような一騎当千。
「それが他者を傷つけることになってもか。戦い続けることに意味などない。君はこの戦いの果に『平和』を見ているのか」
「貴方の言う『平和』とは、いたずらに戦いを呼び起こすための火種でしかないのです。弱者と強者とに必ず人は分かたれてしまう」
「その弱者と強者を生み出さぬのが『平和』だ」
「いいえ、『平和』になれば、強者は富める者に。弱者は貧する者に成り代わるだけです。貴方の言う『平和』の中であっても、貧富の差、格差という名の軋轢が生み出される。その軋轢はきっと、人々の心を荒ませ、新たなる争いを呼び覚ますのです」
 雷爪の一閃が『熾盛』の駆体を吹き飛ばす。
 空中で光の翼が噴出し、『熾盛』は体勢を整えながらも、視認するまでもなく背後より迫るキャバリアをプラズマブレイドで一閃し、さらに迫りくる『バーラント』の機械神より放たれた砲撃を切り払う。

「『平和』なら、誰しもの心は穏やかなはずだ。貧富の差なんて……穏やかな心があれば! 誰かを思う、それだけがあれば、きっと!」
「何も見えていないのですね。貴方は、貴方が思う『平和』しか見ていない。だから、人を見ていないのです」
『ヴリトラ』を駆る皇女は言う。
『フュンフ・エイル』が求める『平和』は、あまりにも脆弱で瓦解することが必定なる火種でしかないのだと。
 人は争いを求める。
 他者なくば、己という個を認識することのできない獣であるがゆえ、だ。

 自分という個を他者という存在でしか、輪郭を描くことのできない人間。
 そんな生命が他者より優れていないことを証明してどうなる。
 誰かより優れていなければならない。
 他を排斥してでも、己の優位性を示さなければならない。
 生存競争という中にあって、他者の排斥は己の優位性を示すただ一つの方策だ。故に、争い続ける。
 己が、己こそがと、示し続けなければ、己という存在を未来に残すことができない。
 そんな生命に『平和』という劇薬は、あまりにも早すぎたのだ。
「断言しましょう。百年後も、この世界は争乱に満ちていると。何も変わりません。何一つ闘いは終わっていないでしょう。それは何も、あの天に座す『殲禍炎剣』だけが原因ではないのです」
「何が、言いたい」
「貴方のような存在が必要とされる限り、争いは終わらないのです。争いを抑止するためには力が必要であり、力あるが上に争いが起こるという矛盾を、人は恐怖と理性とで抑止せねばならないのです」
 衝撃が大地を揺るがす。
『ヴリトラ』のはなった雷光の一撃が大地を穿ち、凄まじい衝撃で持って『熾盛』を退けたのだ。

「去りなさい、異界の迷い子よ。貴方にどれだけの力があるのだとしても、この世界にとどまる限り、貴方がもたらしたいと願うものは、誰の手にも齎されない。貴方一人の力で『平和』をもたらせると思う傲慢を正さぬ限り、貴方はいずれの世界においても、敗北を許さず、『勝利』以外のなにものも得られぬでしょう」
『ヴリトラ』の巫女たる皇女は、後退していく青いキャバリアを見つめる。
「あれが『憂国学徒兵』……」
『エルネイジェ王国』と『バーラント』が相争うアーレス大陸の外にて、一大勢力を誇った『サスナー第一帝国』の繁栄に終止符を打った、たった9人の|『超越者』《ハイランダー》たち。
 そのあり方は、破滅的であったし、皇女には未来を予見させるものであった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年12月31日


挿絵イラスト