サーマ・ヴェーダは誓約の楔か剣か
メルヴィナ・エルネイジェ
ルウェインがリヴァイアサンから大剣を貰うノベルをお願いします。
アレンジその他諸々歓迎です。
●時期
ノベル【サーマ・ヴェーダは満天の星空に】の暫く後です。
●場所
海竜教会です。
●事の発端
ある日のメルヴィナはリヴァイアサンに呼び止められました。
「なんなのだわ?」
リヴァイアサンの喉の装甲の内、一枚だけ逆さまになっている装甲(逆鱗)が開きました。
そこには大剣が突き刺さっていました。
「いつの間に刺されたのだわ? 抜けばいいのだわ?」
メルヴィナは大剣を抜きました。
「綺麗な刃なのだわ」
その大剣はまるで海面のような美しい刀身を持っていました。
するとリヴァイアサンはその大剣をルウェインに渡すように言ってきました。
「この大剣はなんなのだわ?」
尋ねてもリヴァイアサンは答えません。
不思議に思いつつもメルヴィナはルウェインに大剣を届けに行きました。
●大剣を渡す
メルヴィナから大剣を渡されたルウェインはウッキウキです。
「なんと麗しき業物! 揺れる水面のような刀身は、まるでメルヴィナ殿下の憂う瞳の如し! こんなにも見事な逸品を賜る事が叶うとは! 有り難き幸せ! ンアッー!」
「私からじゃなくてリヴァイアサンからなのだわ」
メルヴィナは気持ち悪いなって思いました。
すると叫びを聞きつけて海竜教会で最年長のシスターがやってきました。
そして大剣を見て驚きました。
「この剣のことを知ってるのだわ?」
メルヴィナが尋ねるとシスターは大剣についての伝承を語り始めました。
● 伴侶の証で呪いの剣
曰く、その大剣はリヴァイアサンが己の巫女の伴侶に相応しいと認めた者に贈る証だったのです。
そして伴侶が巫女に対して不実を働くと、剣から溢れ出す水が伴侶を溺死させてしまう呪いの剣でもあったのです。
●約束の剣
「リヴァイアサン! どういうつもりなのだわ!?」
顔を真っ赤にしたメルヴィナはリヴァイアサンに詰め寄りました。
「ルウェインとはまだそういう関係じゃないのだわ!」
リヴァイアサンはうるさいなぁみたいな反応をするばかりで取り合ってくれません。
「あまりにも恐れ多く身に余る大命!」
ルウェインは平伏していました。
あの大剣は誓いを破る事は許さないというリヴァイアサンからのメッセージだと思ったのです。
一方の海竜教会のシスターや司祭達は、神の御意志である以上従わなければならないといった認識です。
「これはまだ早いのだわ! 返すのだわ!」
しかしリヴァイアサンは取り合いません。
「ダメなのだわ! この剣を持っていて不実を働いたら呪いで死んでしまうのだわ!」
「僭越ながらメルヴィナ殿下! 自分は己が誓いに命を懸けている次第であります! この言葉が嘘偽りでないことを証明するためであるならば! かの大剣を賜りたく!」
そこでメルヴィナはルウェインと交わした約束を思い出しました。
ルウェインが他の女にうつつを抜かしたら、あなたを殺して自分も死ぬと。
「本気なのだわ?」
「依然変わりなく!」
メルヴィナは思いました。
自分は浮気に人一倍敏感な自信があります。
でも自分の目が届かないところで何をしているかなんて分かりません。
口では幾らでも言えますし、自分がそうだったように、人の心は変わるものです。
ルウェインが自分の目を盗んで裏切らない保証などありません。
ともすればあの大剣は自分に代わって監視の目となり、罰を与えてくれるのではと。
そして大剣の呪いにルウェインが溺れなければ、それこそ自分の伴侶に相応しい誠実さを持っている証であると。
「そう……そこまで言うならあなたに預けるのだわ」
「有り難き幸せ!」
ルウェインはメルヴィナの心の内など知る由もなく、誓いの証を授かってウッキウキでした。
●正式な騎士に
後日の海竜教会にて、メルヴィナの手からルウェインへ海竜の大剣が託されました。
海竜教会からは海竜の外套が贈られました。
それらはルウェインがメルヴィナの個人的な騎士となった事を公に示す証でもあります。
「ルウェイン……この剣で、私はいつでもあなたを見ているのだわ」
「それはつまり、常にメルヴィナ殿下とご一緒しているという事……! ンアーッ!」
メルヴィナは気持ち悪って思いました。
だいたいこんな感じでお願いします。
ルウェイン・グレーデ
●人数
ルウェイン
メルヴィナ
以上2名です。
●その他
以下は執筆時の参考程度に扱ってください。
●メルヴィナの心境
伴侶の関係は時期尚早過ぎると思っています。
また、夫婦関係に失敗した過去があるので婚姻に抵抗感を抱いています。
しかし海竜の大剣の呪いはルウェインを縛る上で有用との考えに至りました。
「私は人を束縛しなければ気が済まない気持ち悪い女なのだわ……」
●ルウェインの心境
「これは事実上の婚約指輪では?」
嬉しい反面恐れ慄いています。
自分はメルヴィナの伴侶に相応しい立場にいるとは思えません。
「だが立場を理由に退けば、それはメルヴィナ殿下への裏切りではないか? 俺はメルヴィナ殿下へ全ての忠義を捧げると誓ったのだから」
海竜の大剣が持つ呪いについては、己の忠誠心を証明する機会を与えられたのだと思っています。
●リヴァイアサンの思惑
ノベル【サーマ・ヴェーダは満天の星空に】でのメルヴィナとルウェインのやり取りを聞いていました。
リヴァイアサンは不誠実を嫌悪する傾向があります。
そのため、ルウェインが己の巫女に対して立てた誓約の担保として海竜の大剣を託しました。
また、メルヴィナは歴代の巫女の中でも極めて高水準な精神同調率(機体との相性の良さ)を発揮します。
その血を引く者も同様に高い同調率を有する可能性があるため、次期の巫女の候補としてメルヴィナの子供を求めています。
そのためには夫となる者が必要であり、あわよくば更なる同調率の深化を促すべく、メルヴィナの精神の支柱となる人物が望ましいと考えています。
リヴァイアサンにとって本来の力(真の姿状態の力)を取り戻すことはそれ自体が目的であり、メルヴィナは目的を果たす上で不可欠な要素です。
●海竜教会の反応
否定寄りの賛否両論です。
「そもそも誰よあれ?」
「メルヴィナ殿下のストーカー」
「身分が違い過ぎる」
「これって禁断の恋?」
「メルヴィナ殿下の婚約ってまだ有効なんでしょ?」
ですが信仰する機械神がご意思を示されたのなら仕方ないという認識です。
●海竜の大剣について
リヴァイアサンが自分の巫女の伴侶に相応しいと認めた者に託す誓約の証です。
水刃の刀身を持ちます。
力を込めて振るったり、突き出したりすると、水の奔流を迸らせます。
伴侶が巫女に対して不実を働くと、刀身から水が溢れ出して伴侶を溺死させてしまう呪いを帯びています。
●海竜の外套について
海竜教会からリヴァイアサンの巫女の伴侶に贈られるサーコートです。
着ている事自体が誓約の証ともなります。
繊維や装飾にはリヴァイアサンの装甲と同じ材質が含まれており、水による保護機能を有します。
●海竜の大剣
それは、透き通る青水晶の如き刀身を持つ大剣であった。
ただの剣ではない。
その大剣は、『エルネイジェ王国』の機械神が一柱『リヴァイアサン』の喉元……装甲に覆われた内に秘されていたものだった。
他の装甲……鱗状の海竜装甲とは明らかに異なる部位。
竜で言う所の逆鱗とも言うべき箇所が、今まさにメルヴィナ・エルネイジェ(海竜皇女・f40259)の目の前にて展開するように開いているのだ。
「なんなのだわ?」
メルヴィナはある日、海竜教会の地下に在る『リヴァイアサン』専用のドッグに呼び止められて、その巨躯を見上げていた。
これまでも何度か『リヴァイアサン』が持つ意志めいたものに呼びかけられることはあった。
此度は何を、とも思ったのだが、目の前に差し出された喉元に突き刺さる剣に目を瞬かせた。
これが何を意味するのかわからなかったし、『リヴァイアサン』が何を欲しているのかも語らぬからであった。
「いつの間に刺されたのだわ?」
それにしては、あまりにも自然だった。
なにか良からぬものを飲み込んで小骨が喉に突き刺さっているのとは訳が違うのだと『リヴァイアサン』の意志が伝わってくるようでもあったが、まあ、そんな気がしていたのだ。
とりあえず、抜けばいいのだな、とメルヴィナは頷いて大剣の柄に手を伸ばす。
掴んだ柄はひんやりしていたが、しかし思えば己の力でこの大剣をどうにかできるものだろうか。少し疑問があったが、なんとかなるだろうと思い直して力を込める。
存外、するりと大剣は抜け落ちた。
それに軽い。
自分でも掲げられるとメルヴィナはあらわになった青水晶の刀身を見上げる。
「綺麗な刃なのだわ」
まるで陽の光に照らされる海面のようだった。
波を絶たせたような煌きが、その刀身にはあった。
見惚れるようにメルヴィナが刀身を眺めていると、リヴァイアサンが語りかける。
「リヴァイアサン、今なんて? え、ルウェインに、これを? どうしてなのだわ?」
メルヴィナの疑問も当然である。
自然と頬が熱くなっているのを彼女は自覚できていなかった。
鏡のような青い刀身に映る自身の顔を見て、漸く自覚できるほどでもあった。むしろ、なぜ、『リヴァイアサン』からルウェインの名が出るのだとさえ思ったのだ。
「答えるのだわ、『リヴァイアサン』。この大剣はなんなのだわ?」
沈黙だけが返ってくる。
「もう、本当に都合が良いときだけだんまりするのは狡いと思うのだわ」
しかし、そう憤慨するメルヴィナにも『リヴァイアサン』はまるで答えない。
メルヴィナを使い走りにして申し訳ないだとかそういう感情すら浮かばせないのだ。
こうなってはどうにもならないとメルヴィナは嘆息しながら大剣を抱える。
「後でちゃんと説明してもらうのだわ!」
その言葉に『リヴァイアサン』が僅かに首肯するようだった。
この時にちゃんとメルヴィナは問いただすべきだたのだ。
どれだけ沈黙が続くのだとしても――。
●海竜教会
ルウェイン・グレーデ(メルヴィナの騎士・f42374)は浮足立っていた。
いや、浮足立たぬ方がおかしいのだ、と彼は己の足取りがふわふわしている事を自覚し、なおさら、それが正しいのだと言い張るように胸を張っていた。
彼の足が向かうのは海竜教会であった。
そこは己が心と剣と魂と、まあ、なんていうか己の全て、全身全霊を持ってお仕えする姫君たるメルヴィナが御わす場所なのだ。
聖竜騎士団の詰め所にて鍛錬に勤しんでいた折、出頭するようにと命ぜられた。
もう、そこからのルウェインは同僚の騎士団員たちから見ても、何がどうしたのだと問うことすらできぬほどの迅速なる行動力でもって海竜教会へと突っ走っていた。
彼の乗騎である『ヴェロキラ・イグゼクター』よりも、速かったかもしれない。いや、それは言い過ぎである。多分。
「ルウェイン・グレーデ、参上致しました!」
ウッキウキのルウェインの顔を見て、メルヴィナは頷く。
まるで犬である。
尻尾があればブンブンと振られているであろうし、舌を出して御主人様の命令を待っているようにさえ思えた。
犬と言っても、小型犬くらいにはメルヴィナには思えてならなかった。
僅かでも、かわいいものだ、と思える程度には絆されていたのかもしれない。
「まずはこれを」
そう言ってメルヴィナはルウェインへと『リヴァイアサン』から得た大剣を示す。
「僭越ながら。これは、一体如何なる……麗しき業物であるところは、不肖の身なれど理解できます。揺れる水面の如き刀身……まるで、まるで」
「まるで?」
「まるでメルヴィナ殿下の憂う瞳のごとし! こんなにも見事な逸品を見ることになろうとは……!」
「そう。これをあなたに、と『リヴァイアサン』が言ったのだわ」
「な、なんと!」
ルウェインは告げられる言葉に電流が身に走ったような思いであった。
背筋を伸ばす。
まさか、あのような見事な大剣を他ならぬ『リヴァイアサン』からの下賜によって授けられるとは思ってもいなかったのだ。
それも、メルヴィナの手から!
ビリビリと体に電流が走りっぱなしであった。
「有難き幸せ! ンアッー!!」
「私からじゃなくて、『リヴァイアサン』からなのだわ」
ビクビクしているルウェインにメルヴィナは気持ち悪いな、と思った。いちいち、こういうところがなければ、とも思ったのかも知れない。
「いいえ! 私にとって重要なのはメルヴィナ殿下から賜るという事実! 結果ではなく、過程! プロセス! どんな業物であろうと、メルヴィナ殿下以外から賜るものに価値はなく! むしろ、メルヴィナ殿下から賜るのであれば、どんな塵芥とて我が宝! それ以上の価値すらあるのです! そうだというのに、こんな……正しくメルヴィナ殿下御本人の如き大剣を賜るとは!! このルウェイン・グレーデ、今日が至上なる日となったことは、今でもございません!! ンアッー!!」
ビリビリと海竜教会を揺るがさんばかりの声量であった。メルヴィナは、うるさいし気持ち悪いと思った。
「な、何事ですか、メルヴィナ殿下! 一体何が……、そ、それは!」
ルウェインの気持ち悪い絶叫に海竜教会のシスターたちが集まってくる。
そして、彼女たちはルウェインが抱える大剣を認め、目を見開く。
メルヴィナはその様子に彼女たちが大剣が如何なるものであるのかを知っていると察する。どれだけ己が『リヴァイアサン』に尋ねても返答がなかったのだ。
知りたいと思うのは自然なことであった。
「この剣の事を知っているのだわ?」
「は、はい。その大剣……『海竜の大剣』は、その……」
「歯切れが悪のだわ。一体どうしてなのだわ?」
「ええ、ええ、と……その大剣は、『リヴァイアサン』様が御身の半身たる巫女……その伴侶に相応しいと認めた者に贈る証、なのです」
メルヴィナはシスターたちの語る所を耳にし、咀嚼し、飲み込んだ。
事実が胃からせり上がるようにして脳に伝達される頃には、彼女の顔色が急変する。
それはいうなれば。
伴侶の証であり、呪いの剣でもあったのだ。
「そ、そして、その伴侶が巫女に対して不実を働くと、剣から溢れ出す水が伴侶を溺死させてしまうという呪いが、あるの、です、が……」
シスターは怖かった。
この噺をしてメルヴィナが如何なる反応を示すのか、そしてまた、後ろにいる変態ことルウェインもまた如何なる奇行を起こすのか、戦々恐々であったし、前門の虎、後門の狼みたいな状況に己たちが今陥っていることに、やっぱり今更気がついたからだ。
「『リヴァイアサン』! どういうつもりなのだわ!?」
みるみる間に真赤に紅潮したメルヴィナは『リヴァイアサン』に振り返る。
詰め寄るように彼女は駆け出し、その装甲板を叩いた。
乾いた音が響き、しかし、それが何の意味もない抗議であることを知らしめるには充分だった。
そう、神は黙して語らず。
神は託宣を持って人に己が意を知らしめる。
そういうものなのだ。
問いかけに応える義理はない。
「ルウェインとはまだそういう関係じゃないのだわ!」
まだ?
シスターたちは、え、と思ったかも知れない。
ルウェインはシスター達からすれば、そこら辺の路傍の石である。むしろ、男爵程度の階級のものが、この場にいる事自体が間違いなのだ。
ハッキリ言って、『エルネイジェ王国』の気風を受けたシスターたちからすれば、ルウェインなど論外。
箸にも棒にもかからない程度の男なのだ。
とは言え、度々ルウェインは、この海竜教会でやらかしている。
そもそも誰? という者もいれば、メルヴィナのストーカーであると語る者もいる。
だが、一貫していることは一つ。
『身分が違いすぎる』のだ。
例え、それは『リヴァイアサン』がメルヴィナとルウェインを歓迎しているのだとしても、だ。
真っ先に立つのは、人間の中に在る慣習なのだ。
それに、とシスターたちは知っている。
メルヴィナは確かに一度他国の貴族の下へと嫁いだが、逃げるように国元へと『リヴァイアサン』と共に帰還した、所謂、出戻り皇女なのだ。
未だ婚約が解消されているわけではない。
だが、他ならぬ機械神『リヴァイアサン』がそうだと認めている、意思を示したとあれば、諸々のことは飲み込まねばならぬ。
視線が、口に登る言葉が、全てメルヴィナへと向けられる。
それはゴシップを刷る者たちと変わらぬものであったし、不躾なものであった。
だが。
「あまりにも恐れ多く身に余る大命!」
そんな姦しい奇異なるさえずりを一喝の如くルウェインは断ち切った。
平服し、手にした大剣をメルヴィナの前に諸手を持って捧げたのだ。
その佇まいにシスターたちは押し黙るしかなかっただろう。
あまりにも堂々たる振る舞い。
身分違い?
一体それが何の問題になるだと、その背中が言っているようだった。
そう、そもそもだ。
この『エルネイジェ王国』の気風を考えれば、貴族階級など、武功の前には些事。
現女王たるメルヴィナの母、そしてその伴侶となった父もまた武功によって階級なくとも、その座を勝ち取ったエルネイジェ・ドリームの権化。
それを彷彿とさせるかのようなルウェインの振る舞いに、そして、『リヴァイアサン』の示した意にシスターたちもまた膝を折って祈りを捧げる。
その光景にメルヴィナは未だ耳まで真赤にした顔で頭を振る。
「まだ早いのだわ! これは返すのだわ!『リヴァイアサン』! その首を下ろすのだわ!!」
だが、まるで取り合う様子がない。
「ダメなのだわ! この剣を持っていて不実を働いたら呪いで死んでしまうのだわ!」
「僭越ながら!」
ルウェインの真摯なる瞳にメルヴィナはたじろいだ。
まっすぐに見ている。
あの瞳が、熱を持って己を見ている。
その事実にメルヴィナは、己の体の奥が跳ねるのを感じたかも知れない。
こんなときばかりに狡いと思ったのだ。
先程までの子犬はもう何処にも居ない。いたのは、狩猟犬。
「メルヴィナ殿下! 自分は己が近いに命を懸けている次第であります! この言葉が嘘偽りではないことを証明するためならば! かの大剣を賜りたく!」
響く言葉は宣誓そのもの。
そして、それはあの日の、あの海の、あの言葉、あの約束をメルヴィナに思い出させるものであった。
あの場かぎりの、取り繕う言葉でいいとさえ思っていたのに。
なのに、このルウェインは、そうではないと言い切るように此方を見ている。
『もしも裏切ったら……あなたを殺して私も死ぬのだわ』
それは、絶対なる契り。
故にルウェインの眼に偽りはなかった。
「本気、なのだわ?」
「依然変わりなく!」
その瞳を信じたいと思った。
嘘は嫌いだ。
嘘を真に信じ込ませる行いも嫌だ。
ほしいのは本当だけ。なら、とメルヴィナはルウェインを見つめる。視界が滲む。頬が熱い。決壊させてはダメだと本能が言っている。
だから、これは呪いの剣。楔にも似た契約の証。
口ではいくらでも愛をささやけるだろう。
そして、自分がそうであったように心変わりだって起こり得る。
もしも、と想像する。
ルウェインが己以外の女と会話していたのならば。それも楽しげに談笑していたのならば。
メルヴィナは己の胸の奥で昏く冷たい炎が燃え上がるのを感じたかも知れない。
渡したくない。
誰かのものになるくらいなら、水底に沈めて全て己のものにしてしまいたい。
炎にだって骸を焼かせてなるものかと思う。
だから、これは。
「そう……そこまで言うならあなたに預けるのだわ」
証なのだ。
あの大剣の呪いを受けてなお、ルウェインが溺れないのならば。
言葉でも証明できない、態度でも示すことのできない、真の証明。誠実さの証そのものなのだ。
「有難き幸せ!」
ルウェインの真摯なる瞳にメルヴィナは顔を背けた。
こんな考えの女なのだ。
どうしようもないほどに夫となるものを束縛したい。そうしなければ気がすまない。例え、死しても骸を一片たりとて誰のものにもさせたくない。
「……気持ち悪い女なのだわ……」
小さく呟いた言葉に『リヴァイアサン』のアイセンサーが煌めく。
神に思惑がないのかと問われれば、否と応えるだろう。
そう、これは『リヴァイアサン』にとっても望ましい結果だった。
『リヴァイアサン』が求めるのは、同調率の高い巫女である。
歴代でもメルヴィナは高い洞調律を持っている。だが、彼女はいずれ死すであろう。ならば、次代が必要なのだ。
だが、『リヴァイアサン』もまた不誠実を嫌う。
誰でもと子を成せばいいとは思わない。
であれば、あの男――ルウェインはメルヴィナの精神的支柱に相応しい。
すでにメルヴィナの心はルウェインを映している。
メルヴィナは未だ己の心に抗っているようだが、その体事態はすでにルウェインを認めている。
何も問題はない。
人の営みは人が。神の営みは神が。
ただそれだけなのだ――。
●騎士
そして、ルウェインは正式にメルヴィナより海竜の大剣を託されることになる。
大剣携え、翻るは海竜の外套である。
それは彼がメルヴィナの正式な……そして、専属かつ個人的な騎士となったことを内外に証明するものであった。
ルウェインは、己が忠誠心を証明する機会を得たことに心より歓びを示す。
だが、ちょっと思ったのだ。
「これは事実上の婚約指輪では?」
そんな浮かれた気持ちに釘を差すようにメルヴィナは言う。
「ルウェイン……この剣で、私はいつでもあなたを見ているのだわ」
背筋が凍る、なんてことはない。
むしろ。
「それはつまり、常にメルヴィナ殿下とご一緒しているということ……! なんたる幸せかっ! ンアーッ!!」
気持ち悪い声が、一瞬でもルウェインを認める空気をぶち壊した――。
成功
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