斯くして|人形劇《メリア》の幕は上がる
ヴァンパイアが消えたらしい。訪れた報せに大人達はざわめいていた。
子供を外に追い出して、大人達は会議を始める。物資を、遺品を回収しに行こう。聞き耳を立てる子供達の耳にそんな話が聞こえてくる。危険だ、いつ戻ってくるのかわからない。でも、今しかない。泣きそうな声の大人もいた。意見は割れて静まり、次いで聞き覚えのある声が響いた。
「いや、行こう。あそこには…ジードの両親の遺品もあるんだ」
養父の言葉に、ジードの心臓が強く打った。物心がつく前に殺されてしまった両親。記憶にはない本当の両親のその遺品。養母が度々口にする「高貴な血筋」のその証。実感のない生まれに、色が差した気がした。
「ぼくも、行きたい」
──養母は反対し、養父は賛成してくれた。村の皆と連だって馬車へ乗り込む時にも、養母は唇を噛み締めて、出来たてのパンを手渡してくれた。
「必ず帰ってくるのよ」
いつもは少し厳しい養母の瞳に涙が滲んでいるのを見れば、胸には苦いものが込み上がる。それでも、ジードは馬車へ乗り込んだ──。
「ジード、着いたよ」
「うぅん…」
いつの間に眠っていたのか。養父に起こされ眠い眼を擦れば、待っているかと問われるもジードは首を振って立ち上がった。
荷台から下りれば、目の前に在るのは大きな屋敷。見覚えのない集落は連れ立って来た人々以外の気配がない。大人達は手分けして使える物資や遺品を回収するべく散開し、養父とジードは屋敷の敷地へ足を踏み入れる。
ここが故郷の、生まれた家。
呆気に取られるジードを尻目に、養父は迷い無く進んでゆく。かつてジードの両親に付き従っていた養父にとって、ここは見知った場所だ。物珍しさに足を止めている時間はなく、ジードは慌てて養父の背中を追いかける。
全てはとても回収しきれないと、運び出すものを選別しながら、程無く辿り着くのは保管庫だ。鍵の壊れた扉を開けば分厚い埃が重なる品々が顔を見せる。
手付かずの姿に養父は胸を撫で下ろし、ジードと共にいくつかの小箱と、豪奢な箱を運び出す。小さな箱には宝石や貴金属。遺産の一部だ。豪奢な箱を開けば、金糸で彩られた純白の正装が一式入っていた。
「これは、ジードが大人になった時の為に残していた服なんだよ」
子供の目にも高貴な衣装を手に取れば羽織れる気がしない重さを感じて、ジードは渋い顔を浮かべる。自分のものと聞けば着てみたくも、この重い衣装を纏える自信はまだない。養父はそっとジードの頭を撫でて、再び埃の中へ入ってゆく。ジードはその背中を少しワクワクしながら追った。残されている欠片に何の実感はなくとも、煌びやかな品々がどこか誇らしい気がした。
養父は程なく棺桶のように大きな箱の前に立ち止まり誰かの名前を呟いた。
「メリ、ア?」
「ジードのお母様が使っておられた…人形だよ」
そうして箱を開いて現れたメリアの姿に、ジードは息をのんだ。
整った目鼻立ちに艷やかな金糸の髪。眠りに瞳は閉じているが、小さな唇は微笑を浮かべている。人と見違える程美しい少女の人形。
ジードの心臓は高鳴って、頬を赤く染め上げる。目を逸らしたい、けれどずっと彼女だけを見ていたい。相反する二つの気持ちと感じた事のない感情。ジードを包むのは足元が浮ぶような不思議な気持ちだった。
手を借りてメリアも運び出し、物資と限られた遺品を積んだ馬車は帰路を急ぐ。揺れる荷台の中で、ジードは閉じられた箱を静かに見つめていた。
あの人形は大きくて、ジードにはとても動かせない。迷ったジードは一緒に運んだ箱の一つを開けて小さな人形を手に取った。糸を手繰れば、小さな人形は辿々しくジードに応えてくれた──。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴