小さな町に、冬の日が差している。
春に比べればその光は弱いとはいえ、アスファルトには塀や電柱の影が薄く落ちている。気晴らしに外へ出ようと思う者がいても、おかしくはない程度の陽気だ。
だが、町には誰の姿も無かった。民家はおろか商店やショッピンクモールすら、その扉を閉ざしている。
町は、眠りの中にあった。
覚めないまどろみの中で、人々は幸せな夢を見続けている。その寝顔は、大人から子供に至るまで安らかだ。
住人の一人。穏やかに眠る女性の夢の中で、一人の吸血鬼が微笑んでいた。
「嗚呼……これこそが、慈悲」
吸血鬼の男は片腕に抱いた髑髏を撫で擦り、赤い目を細める。
「この優しい夢の中で死に至った時こそ……貴方がたは生という痛苦から解放されるでしょう」
男の羽織ったマントが膨らみ、その内側で黒い炎が燃え上がった。
「皆さん、お集まり頂きありがとうございます」
神臣・薙人(落花幻夢・f35429)は、グリモアベースに集った猟兵達へそう言って一礼した。
「シルバーレインのとある町の一つが、『覚めない幸福な悪夢』に覆われている事が分かりました」
町の住人はみな眠りに就き、穏やかで何の苦痛も無い、優しい日常の夢に抱かれている。心は安らかだが、このままでは体は緩やかに衰弱し、死へと向かってしまうのは明白だ。
「皆さんにはこの町に赴き、元凶であるオブリビオンを倒して頂きたいのです」
幸福な悪夢を作り出しているオブリビオンを討てば、この現象を終わらせる事が出来る。しかし、元凶たるオブリビオンは、住人の一人の夢の中へ隠れ潜んでいるのだという。
「グリモアの力をもってしても、夢の中への転移は不可能です……ですが、銀誓館学園から、メガリス『ティンカーベル』を借り受ける事が出来ました」
メガリス『ティンカーベル』は、他者の夢の中へ入る事が出来る不思議な砂を生み出す。これを使えば、オブリビオンが潜んでいる夢の中へ行く事も可能だ。
「ティンカーベルの砂を使って入った夢の中では、現実世界と同様に行動が出来ます」
幸福な悪夢に覆われた町へは、このティンカーベルの砂を携えて転移する事になる。
「皆さんが町へ転移すると、小さな子供達が現れます」
勿論、この子供達は普通の人間ではない。町を包む、幸せな悪夢の世界の住人だ。
猟兵達へいたずらを仕掛けつつ逃げ回る彼らを追い掛ける事で、夢の中へオブリビオンを潜ませている一般人の元へたどり着けるのだという。
「幸せな悪夢の効果は、皆さんにも及びます。夢に捕われないために、何らかの対策を行う必要があるでしょう」
穏やかで何の苦痛も存在しない、甘美な日々の夢。それは猟兵達の戦意を削ぎ、現実に抗う気力を奪うには十分だ。
「無事に目的の一般人の元へたどり着いたら、夢の中へ入ってオブリビオンと戦う事になります」
このオブリビオンを撃破すれば、一般人は夢から覚め、町を覆っている悪夢も消え去る。
しかし、戦いの舞台となるのは夢の世界だ。そこに巣食うオブリビオンは、現実の常識が通用しない世界法則を利用して来るという。
「この夢の世界では、何らかの『慈悲深さ』を発揮した者ほど、強い力を振るえるようになっているようです」
この法則をうまく使えば、オブリビオンとの戦闘が有利になるだろう。
「夢の世界で負った傷は、現実世界にも反映されます。戦いの際はご注意下さい」
どうか、お気を付けて。
薙人はそう言って、掌にグリモアを浮かべた。
牧瀬花奈女
こんにちは。牧瀬花奈女です。シルバーレインのシナリオをお届けします。各章、断章追加後からプレイングを受け付けます。
●一章
日常章です。いたずらを仕掛けながら逃げる子供達を追い掛けて、元凶のオブリビオンを夢に住まわせている一般人の元を目指して下さい。
●二章
ボス戦です。この戦いでは、何らかの『慈悲深さ』を発揮した者ほど強い力を振るえるようになります。詳細は断章にて。
●その他
再送が発生した場合、タグ及びマスターページにて対応を告知致します。お気持ちにお変わり無ければ、プレイングが戻って来た際はそのまま告知までお待ち頂けますと幸いです。
第1章 日常
『いたずら大パニック!』
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POW : 一人づつ、丁寧に確保していく。
SPD : 逃げ回って、相手をかく乱する。
WIZ : いたずらにはいたずらを仕掛けて応戦する。
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
メガリス『ティンカーベル』の砂を携えて、猟兵達は町へ降り立った。時折寒風が吹き付ける町は、不自然なまでに静まり返っている。耳をすませば、眠り続ける住人の寝息すら聞こえそうだ。
「あ! 人みっけ!」
邪気の無い声と共に、小石が猟兵の元へ飛んで来る。石は猟兵にぶつかる事無く、足元へ落ちて軽い音を立てた。
石の飛んで来た方向に目をやれば、幼い子供達が数人連れ立っているのが見える。しかし猟兵達は、誰一人として子供の顔をきちんと視認する事が出来なかった。
それは、幸せな悪夢の効果なのか。瞬きをする間に、猟兵達へ眠気が降り掛かる。目を閉じさえすれば、幸せな夢の世界へ行く事が出来そうだった。
「こっちだよーだ!」
ぱたぱたと走り出す子供達は、猟兵達を何処かへ誘おうとしているかのように見える。
まどろみへの誘惑を振り払い、この町を覆う悪夢を消し去るために。
猟兵達はそれぞれの方法で、子供達の後を追う事にした。
凶月・陸井
相棒の時人(f35294)と
「メリスちゃんの力、懐かしいな」
砂を受け取りながら
昔と変わらない小袋の感触に
少し笑みが零れる
「悪夢を祓いに、だな」
相棒と二人で踏み出すよ
転移したらすぐに声が
先の方から「鬼さん此方」と
何処かの子供が呼んでいる
「だな、一緒に追うぞ」
相棒と顔を見合わせてから駆けるけど
一向に追いつく気配がない
それどころか俺達を呼ぶ子供の声に
意識がふわふわとする
「っ…結構、強烈だな」
自ら目を閉じたくなるけど
すぐに「きゅいきゅい」という
聞き馴染みのある声が
安心する心強い声が呼んでくれる
「ありがとうな、ククルカン」
感謝しながら撫でてやると
満足そうでそれにも安心するね
「あぁ、今度こそ追いつこう!」
葛城・時人
相棒の陸井(f35296)と
「ホントだー。あとメリスちゃん優しいよね」
ありがたく使わせて貰おう
小袋を手に相棒と一歩を
弾んだ囃し声と手を叩く音
「なるほど、鬼は俺達か」
陸井と顔を見合わせて
「負けないぞー!」
俺からも大声を
や、大人げなくないよ?依頼だからね!
二人で路地裏へ駆け入ろう
確かに夢だね
幾ら追いつめても捕まえられない
右へ左へ目をやり首をもたげると
眩暈と酩酊感からの睡魔が波のように来た
「あ…ヤバ」
見ると陸井もこめかみ揉んでる
と、背から出て来た俺の蟲が
俺の耳をばくっ!
「痛!」
お陰で一発目は覚める
陸井の前で鳴いてもくれて
睡魔を脱せた
得意顔なのねぎらっておやつを約束するよ
これでもう平気!
「さ、行こ!」
●
小袋に入った砂の感触が、ふっと意識を過去へ連れ去る。凶月・陸井(我護る故に我在り・f35296)は、隣に立つ相棒の葛城・時人(光望護花・f35294)へ目線を向けた。
「メリスちゃんの力、懐かしいな」
「ホントだー。あとメリスちゃん優しいよね」
陸井と同じく小袋を手に載せて、時人は砂を生み出してくれたティンカーベルへ気持ちを寄せる。あの小さな妖精像は、銀誓館での大きな戦いが終わった後も、こうしてこの世界の事件を解決する手助けをしてくれているのだ。
小袋越しに伝わる砂の重みは、陸井の記憶にあるそれと寸分の狂いも無い。その事実に、口元が小さく笑みを形作った。
「悪夢を祓いに、だな」
そう言って、相棒と共に一歩を踏み出す。
転移の光に包まれたと思った直後、二人はもう町の中にいた。日は高いにもかかわらず、周囲からはこそりとも物音がしない。
「やぁい」
「鬼さん此方」
その静けさを破ったのは、幼い子供達の声だった。そちらへ顔を向けても、彼らの顔立ちは判然としない。男の子なのか女の子なのか、そもそもどんな格好をしているのかすら、陰ったように曖昧だ。
子供達が手を叩く。囃し立てるような声がそれに重なった。
「なるほど、鬼は俺達か」
納得したように呟く時人に、陸井が軽い頷きを返す。
「だな、一緒に追うぞ」
二人で顔を見合わせて、くるりと踵を返した子供達の後を追う。時人は冷たい空気を、すうと肺腑の奥まで吸い込んだ。
「負けないぞー!」
上げた大声に反応したのは、子供達だけではなく陸井もだ。黒弦の眼鏡の奥から、何か言いたげな眼差しを感じる。じわと腹の底から湧き上がって来た衝動を、ぐいぐいと押さえ付けた。
決して大人げなくなどない。依頼に対して全力を尽くすのは、猟兵にとってごく当たり前の事だ。
表情の変化から心の機微を察したか、陸井は目元を軽く緩めて子供達の背に視線を戻す。
陸井も時人も、能力者としても猟兵としても、歴戦の者だ。だというのに、走る子供達へ追い付く気配が一向に無い。
「やーい」
「こっちだよー」
こちらを呼ぶ声に、陸井の意識がふわふわと揺らぐ。瞼がぎゅうと重くなったのは、それから鼓動が一つ打つだけの時間が過ぎた後だ。
「っ……結構、強烈だな」
自ら目を閉じたくなる思いを、意志の力でねじ伏せる。
確かに夢だね。
路地裏へ駆け入って、時人は胸の内で呟いた。いくら距離を詰めても、逃げる子供達へは手が届かない。その姿を右へ左へと目で追ううちに、眩暈と酩酊めいた感覚が波のように睡魔を呼んだ。
「あ……ヤバ」
隣を見れば、陸井もこめかみを揉んでいる。眠気という名の魔物に襲われているのは、陸井もなのだ。
ゆらりと意識が沈みかけた、まさにその時。
時人の背から飛び出した|白燐蟲《ククルカン》が、黒髪の合間から覗く耳をばくっと噛んだ。
「痛!」
予想だにしなかった痛みに、眠気が一気に飛んで行く。ククルカンは宙を泳ぎ、陸井の前できゅいきゅいと高い声を上げた。まどろみに落ちかけていた漆黒の瞳が、明瞭さを取り戻す。
「ありがとうな、ククルカン」
聞き馴染みのある声が、安心する心強い声が呼んでくれた。陸井が柔和な笑みを浮かべて小さな頭を撫でると、薄赤い目が満足そうに細まる。その様子がまた、安心を連れて来てくれた。
「俺もありがと、ククルカン。後でおやつあげるからね」
きゅい! と高く一声鳴いて、ククルカンは緩やかに二人の周りを飛ぶ。また睡魔に負けそうになった時は、この純白の羽毛と翼を持つ蛇が力を貸してくれる事だろう。
「さ、行こ!」
「あぁ、今度こそ追いつこう!」
子供達はまた手を叩いてこちらを呼んでいる。
二人はアスファルトを蹴って、再び駆け出した。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リグノア・ノイン
親友のシリル様(f35374)と
夢という言葉に心が揺れます
「|Ich möchte es wissen《私は知りたい》.」
一人で向かうには不安な為
シリル様に御同行をお願い致します
「とても心強いです、シリル様」
この不安は強敵へ向かう事だけでなく
夢を理解できなかった時の怖さもあります
だからこそ共に向かう親友のなんと心強い事か
「本当に、ありがとう御座います」
砂を携えて降りると
子供が走っていく姿が見えます
石を投げたり物を崩してきますが
これならすぐ捕まえそうですね
ですが途中シリル様に少し眠気が襲っている様子
機械のこの身に眠りは無いのですから
声をかけながら共に追いかけ続けます
「シリル様、も少しですからね」
シリルーン・アーンスランド
親友のリグノアさま(f09348)と
訪いにすぐ気付きました
この方は新しい望みをお持ちだと
夢を会得なさりたいのですね
「勿論ですわ」
お伝えするとお顔に喜色が
わたくしも笑顔になりました
メリスさまやメガリスのご説明をしつつ
砂を手に参りましょう
とても静かな…
イドバタカイギもなくただ子らの無邪気な声のみ
「怪異ではありますが、戦わず済むは良いですね」
流石に子供には手が鈍りそうになりますゆえ…
ご一緒に進みますが…
わたくしは…気に捕まったようです
結界や技能もあれど…眠気が…
ですが親友は直ぐ気づいて下さいました
的確にお声掛けを下さり都度ハッとして
甘えてばかりはいられませぬ
お礼をお伝えし、しっかり進んで参りましょう
●
リグノア・ノイン(感情の渇望者・f09348)の心を揺らしたのは、夢という言葉だった。
「|Ich möchte es wissen《私は知りたい》」
思わず言葉が零れるほどに願いながらも、胸の奥にはゆらりと踊る影がある。そんなリグノアが、親友であるシリルーン・アーンスランド(最強笑顔の護り風・f35374)を頼ったのは、ごく自然な事だろう。
リグノアの訪いに、シリルーンはすぐに理由を察した。この親愛なる友人は、新しい望みを持っているのだと。
夢を会得なさりたいのですね。
優しい悪夢へ覆われた町へ行きたいのだと聞けば、シリルーンがそう理解するのは難しい事では無かった。
「シリル様、御同行をお願いしても宜しいですか?」
「勿論ですわ」
淡い紫の瞳を細めて応じれば、リグノアの面差しに穏やかな日向めいた色が宿る。出会ったばかりの頃には見られなかったであろう表情に、シリルーンもまた笑顔になった。
「とても心強いです、シリル様」
リグノアの胸に兆す影は、強敵へ向かう事だけが理由ではない。
もしも。
もしも、夢を理解できなかったら。
それはリグノアの奥底を、ぎゅうと力強く握り潰すかもしれない。けれど、そこにこの優しい親友がいてくれれば。そう考えるだけで、揺らめく影は息を潜める。
共に向かう親友のなんと心強い事か。
「本当に、ありがとう御座います」
「わたくしも、お声を掛けて頂いて光栄ですわ。では……参りましょう」
ティンカーベルの砂を携えて、二人は眠る町へと転移する。砂を入れた小袋を手に、シリルーンがメリスやメガリスの事をリグノアへ説明していた時。
囃し立てるような声と共に、小石が二人の足元へ飛んで来た。リグノアの目は、走り去る子供の後ろ姿をしっかりと捉える。
石を投げたり道端の物を崩したりはしているが――この程度ならば、すぐに捕まえられそうだ。
静かな町の様子に、シリルーンはほっと息を吐いた。ここにはイドバタカイギもなく、ただ子らの無邪気な声のみが響いている。
「怪異ではありますが、戦わず済むは良いですね」
夢の世界の住人だと分かっていても、それが子供の姿をしていたならば。シリルーンは恐らく、手が鈍りそうになってしまうだろう。
「行きましょう、シリル様」
「ええ。たとえ穏やかなものであれ……悪夢は晴らさねばなりません」
促すリグノアへ頷いて、シリルーンは走る子供達の後を追い始めた。
何度角を曲がっても追い付けない。距離を詰めても手が届かない。そんな鬼ごっこを、どれほど続けただろう。気付けばシリルーンの全身に、眠気が降り掛かっていた。持てる技能を奮い立たせるも、ともすればまどろみの中へ落ちてしまいそうになる。
そんなシリルーンの様子に、リグノアはすぐに気付いた。全身に兵装化改造手術を施されたリグノアは、機械の身である故に眠りを必要としない。夢に覆われた町にあって、リグノアの意識は常に明瞭だった。
「シリル様」
声を掛けられる度、シリルーンの意識がはっと現に戻る。そのお陰で、二人が子供達を見失う事は無かった。
勿論、シリルーンとて甘えてばかりいるつもりは無い。
「シリル様、も少しですからね」
「ありがとう存じます……気を引き締めて参ります」
二人の足音はしっかりと、確実に子供達の後をついて行った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
遠野・路子
これはもう、夢の中?
父や母から話は聞いていたけれど
やはりメガリスの力はすごいね
あの子たちを追いかけよう
待って
追いかけっこも嫌いじゃない
というか、私、まだ9歳
全力でいっても許されるのでは?
ここは母をマジギレさせた|いたずら《トラップ》で
大丈夫大丈夫、見た目は落とし穴とか足を引っかける紐とかで
ゴーストとかに手伝わせるだけだから
罠を適当に作って……よし、追い込むだけ
皆、手伝って(翠銀霊障へ呼びかけ)
ふふふ、捕まえた……さぁ悪い子は蛇に食べられるぞー(無表情がおー)
さぁ、逃げて逃げて……貴方たちの『元』へと連れて行って
生命持たない我らは幸せな夢を見る事はある?
この答えを得ない内に足を止める事は、無いよ
●
町の中へ降り立った刹那、遠野・路子(悪路王の娘・f37031)をふわりと柔らかなものが撫でて行った。
ぱちりと青い瞳を瞬いて、路子は周囲を見回す。これはもう、夢の中なのだろうか。
「……やはりメガリスの力はすごいね」
懐にしまったティンカーベルの砂を服の上から撫で、独り言つ。父や母から話は聞いていたけれど、その力を目の当たりにするとやはり心がざわりと波打つ。
「やぁい」
「ここまでおいでー」
子供の声が耳を打ち、瞬き一度の後に足元へ小石が飛んで来た。そちらへ目を転じれば、数人の子供達の姿が見える。だが、路子の視界に彼らの顔貌は映らない。
たっと走り出した子供達の後を、アスファルトを蹴って追い掛ける。
「待って」
しかし、その走りは、ほんの数歩で止まってしまった。
追いかけっこは、路子も嫌いではない。そして、少し年嵩に見えるとはいえ、路子はまだ九歳だ。
――全力でいっても許されるのでは?
ならばここは、母をマジギレさせた|いたずら《トラップ》の出番だ。
大丈夫大丈夫、見た目は落とし穴とか足を引っ掛ける紐とかで、ゴーストとかに手伝わせるだけだから。
そう考えつつ、しゃがみ込んで罠を作っていると――不意に視界が暗転した。鼓動が二つ打った後に、額へがつんと衝撃が来る。
目を開くと、アスファルトの上に突っ伏している己に気付いた。
「あ……幸せな悪夢……」
町を包む甘美な夢の効果は、猟兵にも及ぶのだ。今は運良く目が覚めたが、次はどうなるか分からない。
それでも。
痛む額を押さえて、路子は立ち上がる。
生命持たない我らは幸せな夢を見る事はある?
胸の内に抱いた疑問が頭をもたげる。その答えを得ない内に、足を止める事は出来ない。
ゆらゆらと歩き出した路子の視界に、また眠りの影が差した。
苦戦
🔵🔴🔴
浅間・墨
悪戯対策として周囲と足元に気を払いながら駆けますね。
悪戯の程度によって見切りと野生の勘と残像を使用します。
ダッシュとフェイントを駆使し一人ずつ子供達を捕まえます。
「…つ、捕ま…した…」
相手は子供の姿なので愛刀は使用しません。
怪我をさせるようなことも極力控えようと考えています。
眠気が気になるようになった場合は痛みで解消しましょうか。
方法は目釘抜きを掌に差してその刺激で眠気を飛ばしますね。
●
町へ降り立った浅間・墨(人見知りと引っ込み思案ダンピール・f19200)は、周囲と足元に気を払いながらアスファルトの地面を駆けていた。まっすぐに切り揃えた前髪の奥で、赤茶の瞳は油断無く前を見据えている。
「やぁい」
「こっちだよーだ」
子供の声がしたかと思うと、墨の数歩先に小石が落ちた。投げた子供の姿は視界に入っているが、顔立ちを視認する事は出来ない。ともすれば、体の方も曖昧に陰ってしまいそうだ。
しかし、子供達に自分を積極的に害するつもりが無い事を、墨は察していた。ならばと走る速度を上げる。
踵を返した子供の一人へ、手が届いた。薄い両肩を、両手を使ってぎゅっと掴む。
「……つ、捕ま……した……」
「わー」
軽やかな声を上げ、墨が確かに捕えた筈の子供がするりと手から抜け出した。目を瞬く間に、子供は仲間達と合流を果たす。
「ここまでおいで」
囃すような言葉にむうと唇を曲げ、墨は再び駆けた。背負った刀袋には愛刀が収まっているけれど、子供相手に使うつもりは無い。向こうにこちらを害する気が無いとあれば、怪我をさせるような事も極力控えたかった。
見失わないよう走り続け、幾つか角を曲がったその時。
強烈な眠気が、墨の瞼を重くした。町を覆う幸せな悪夢の影響だと、考えずとも分かる。
墨は懐から目釘抜きを取り出すと、それを左の掌へ突き立てた。突き抜けるような痛みが、睡魔を消し飛ばしてくれる。血こそ出なかったものの、掌に深い窪みが出来た。
「まだ……終わ……ません、から……」
そう。この鬼ごっこは終わらない。
オブリビオンを夢の中へ住まわせている、住人の元へたどり着くまで。
墨は短く息を吸って吐き、走る子供達へと覚醒の色を宿した瞳を向けた。
成功
🔵🔵🔴
桂・真志
この世界に世話になるなら
難は除かねばと思った
一人で何処までやれるかの確認
そして
この世界の人達がどんな戦いをするか
見たいとも思った
砂を貰い門をくぐる
雰囲気は俺の世界と変わらないか
何処かで見たような町の夕暮れ時
「だが良からぬ気配はあるな」
幼い声が俺を誘う
子供の頃その楽しみは確かにあった
「よし」
素直に誘いに乗る事にした
礫を飛ばされてもこの体格だ
問題はない
此方からは加減して…と
突然、立ち眩みのように睡魔が被さり
視界が塞がってゆく
話は聞いていた
「己で対処するならこれだ」
懐の刀子を一本
手の甲に滑らせて
命の外だろうがダンピールだろうが
痛いものは痛い
睡魔は飛んだ
追いかけっこは終わっていない
このまま歩み続けよう
●
桂・真志(新世界に光望む者・f43974)は、界を渡ってこの銀の雨降る世界へやって来た。そうして、このまま彼にとっての異世界であるこの地で暮らすつもりでいる。
故に、思ったのだ。
この世界に世話になるなら、難は除かねば、と。
いつも隣にいる、頼りになる弟分の姿は無い。此度の戦いは、真志が一人で何処までやれるかの確認でもあった。
更にこの世界の人達が、どんな戦いをするのか見られれば――真志の望む事は全て叶えられる。
ティンカーベルの砂を携え、グリモアベースから転移すると、静まり返った町が真志を出迎えた。町の景色や雰囲気は、真志が生まれ育った世界と変わり無い。
「だが良からぬ気配はあるな」
その呟きを聞き付けたかのように、ぱたぱたと忙しい足音が鼓膜を揺すった。瞬き二度の後に姿を見せたのは、顔の見えない子供達だ。
「やぁい」
「ここまでおいで」
囃し立てる幼い声が、記憶の襞へと滑り込む。真志が子供の頃、その楽しみは確かにあったのだ。
「よし」
素直に誘いに乗る事にして、逃げ出す子供達の後を追う。振り返った一人が、小さな石を放り投げて来た。
真志は体格に恵まれている。礫一つならば、当たっても何ら問題とならなかっただろう。しかし石は、真志から三歩ばかり先の位置へ落ちた。
元々、当てるつもりが無い。
そうとしか思えない投石だった。
戯れで投げて来るだけであれば、こちらもそれに倣うべきだろうか。元より、ぶつけられたとしても、加減して応じるつもりだったのだ。真志は落ちた石を拾い上げ、子供達との距離を二歩ほど縮める。
突然、くらりと世界が揺れたのは、その時だった。
睡魔が真志の全身を覆い、視界が塞がってゆく。
グリモア猟兵が言っていた、幸せな悪夢の影響とはこの事だろう。
「己で対処するならこれだ」
ふっと短く息を吐き、真志は懐から刀子を一本取り出す。その刃を迷い無く手の甲へ滑らせた。ぷつぷつと赤い血の玉が刃の軌跡に浮かぶ。
生命の埒外であろうが、ダンピールであろうが、痛いものは痛い。血が滲むほどの自傷は、睡魔の影響を吹き飛ばすには十分だった。
「こっちだよー」
「やぁい」
追いかけっこは終わっていない。
真志は刀子の血を拭うと、再び足を踏み出した。
子供達が導く、オブリビオンを夢に住まわせている住人の元へ向かって。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『慈悲深きものクロード』
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POW : 何故、世界には苦しみや悲しみが存在するのか……
対象への質問と共に、【自身の体内】から【妖獣のアーマードタートルかマグネクワガタ】を召喚する。満足な答えを得るまで、妖獣のアーマードタートルかマグネクワガタは対象を【自身が使い潰されることで得た高い攻撃力】で攻撃する。
SPD : あなた方に、慈悲を与えましょう……死という名の
自身の【体内に蓄えられた地縛霊一体】を代償に、【使い潰される地縛霊の絶望】を籠めた一撃を放つ。自分にとって体内に蓄えられた地縛霊一体を失う代償が大きい程、威力は上昇する。
WIZ : 私は手にしたのです、原初の力を――
【体内のリリスを喰らい大きく回復しつつ黒炎】を込めた武器で対象を貫く。対象が何らかの強化を得ていた場合、追加で【これを解除しマヒ】の状態異常を与える。
イラスト:あま井
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠石蕗・つなぎ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
逃げる子供達を追い掛けた先で、猟兵達は一軒の民家へたどり着いた。
この家の住人が、オブリビオンを夢に住まわせているのだと、猟兵達は肌で感じ取る。
子供達の姿は、いつの間にか見えなくなっていた。
施錠されていなかった民家の扉を開け、家の中へ入る。廊下を進んですぐに、寝室があった。室内で眠っているのは、一人の女性だ。元凶のオブリビオンは、この女性の夢に住んでいる。
ティンカーベルの砂を使い、夢の中へと入る。
猟兵達を出迎えたのは、ふわふわとした白い雲だった。足元を確かめてから、先へと進む。
「おや、無粋な客人が来たようですね」
男の声に、猟兵達は足を止めた。いつの間にか、一人の男が夢の世界に立っている。身を包む黒いマントの内側で、黒い炎が燃え上がっていた。
猟兵達はその奥に、無数のオブリビオンの姿を見る。
原初の吸血鬼。かつて銀の雨降る世界を駆け抜けた者ならば、男がそう呼ばれる存在であると気付いたろう。
「私はクロード。慈悲深きものクロードです」
吸血鬼は片腕に抱いた髑髏を撫で、軽く目を細めた。
「私はかつて、銀誓館学園の能力者に倒されました……しかし、だからこそ気付いたのです」
死とは生という痛苦からの解放であると。
「優しい夢の中で死に至れば、もう苦しみを感じる事は無い……これ以上の慈悲があるでしょうか」
クロードがマントをぶわりと広げ、内側の黒炎を膨らませる。
「私の邪魔をするのであれば、まず貴方がたから死という慈悲を注ぐ事にしましょう」
この夢の世界は、慈悲深さを示した者こそが強者となる。クロードが語った以上の慈悲を、示す事が出来たなら――勝利の天秤は猟兵達へと大きく傾くだろう。
猟兵達はそれぞれの武器を手に、構えを取った。
浅間・墨
初見でしたが私の友人に雰囲気だけが似てる気がします。
雰囲気だけで他は全く異なっていますけれど…。
私の慈悲は…こうです。抜いた『国綱』を鞘に納めます。
致命傷は見切りや野生の勘で回避し以外の攻撃は全て受けます。
それからオーラ防御で身体を護ることで怪我を最小限にします。
「…えと。全て…受け入…るこ…も慈悲の内…な…では…?」
これで少しでも動揺してくれたなら斬れる機会が得られるかも。
戦闘はクロードの懐に潜り込んで早業の【鍔鳴】で斬ります。
腕の一本でも取られれば…十分です。
吸血鬼のようなので腕一本だけでは戦力減少にはならないでしょうけど。
●
浅間・墨(人見知りと引っ込み思案ダンピール・f19200)は、クロードの姿を見て、一人の友人を思い出していた。眼前の吸血鬼のまとう雰囲気が、友人のそれと似ているように思えたのだ。尤も、雰囲気以外は全く異なっているのだけれど。
「貴方に、私以上の慈悲がありますか?」
問うクロードを、墨はまっすぐに切り揃えた前髪越しに見据える。
「私の慈悲は……こうです」
言うが早いか、抜刀していた大刀を黒く艷やかな鞘に納めた。クロードのマントが翻って、無数の妖獣が夢の世界に溢れ出す。
迫り来る妖獣達の動きを、目をしかと見開いて見切る。ぴりと働いた野生の勘に従って、墨は繰り出される攻撃を避けて行った。
しかし、妖獣達は、数える事すら面倒になるほど呼び出されている。全ての攻撃を避け切るのは、事実上不可能に近い。
墨が防御用のオーラを展開するのと時を同じくして、妖獣の爪が腕へ迫る。回避が間に合わないと判断したその攻撃を――墨はその身で受け止めた。
オーラによる防御が間に合ったとはいえ、浅い傷は残る。それでも墨は、避け切れない攻撃全てを受け止めていた。
「一体、何を考えているのですか?」
クロードが眉を寄せて問う。墨はほんのいっとき動きを止めて、緩やかに首を傾げた。黒髪が、さらさらと白い小袖の背を撫でる。
「……えと。全て……受け入……るこ……も慈悲の内……な……では……?」
切り捨てるのではなく、受け止める。それが墨の示した慈悲だった。
「慈悲のために、自らの身を差し出すと……?」
クロードの声が微かに揺れる。墨はそこに、動揺の色を見て取った。
白木の下駄をぎゅっと鳴らして、クロードとの距離を一気に詰める。抜刀の瞬間を、クロードは果たして認識出来たろうか。閃く刃が黒服に覆われた腕を裂く。
吸血鬼のようなので、腕一本だけでは戦力減少にはならないでしょうけど。
それでも夢の世界には、クロードの流した血が散っていた。
大成功
🔵🔵🔵
シリルーン・アーンスランド
親友のリグノアさま(f09348)と
かの者が、如何なる悪辣なる企みの果てに力を得たか
そうまでして得た力でも能力者の攻勢に即死した事を
相対する前にお伝えを
まみえてもわたくしの顔は凍てつきましょう
「死の後気付いたなどと戯言を」
「これは命在る頃から心根違えておりませぬ」
慈悲を標榜せしは申す己に酔うがゆえ
「偽りの再来なれば新しき考えなど非ず!」
看破した所で我が友が立たれ珍しく気色ばまれて…
でも…いいえ
「嬉しゅうはございますが…わたくしではございませんわ」
真に慈悲深きはいだく舵輪に宿られる皆様
一度の邂逅でお信じ下さり身を賭して庇って下さり
舵輪の形に戻られて尚、お助け下さる優しい方々…
「そう!わたくしの知る慈悲は此処に!」
メガリス・さまよえる舵輪を詠唱致します
顕現されたロボさまにいつも通り一礼を
「あれなるは真正の邪悪にて!」
お知らせだけで動きだされました
恐らく中からご覧あそばされたのでしょう
激烈な攻撃をして下さいました
リグノアさまの攻撃も苛烈を極めます
わたくしも攻撃を
必ずやその妄言と身を滅ぼしますわ
リグノア・ノイン
親友のシリル様(f35374)と
原初の吸血鬼
シリル様からお聞きいたしますが
「|In der Tat《成程》.厄介な敵です」
先程の追いかけっこの中で思ったのです
夢とは、誰しもが必要な物
シリル様の様なお強い方でも誘われ
そしてあの子供達のように
自由で優しい物なのだと
だからあの子達も連れて来てくれたのでしょう
「無粋なのは貴方です」
それに何よりも続けるその言葉が容認できないのです
「|Nein《否定》!死とは解放ではありません」
例え苦痛があろうと生き、そして望む場所に辿り着く事
それが私の得た、生きるという事なのですから!
「|Sondern《ですが》.私には慈悲は解りません」
私一人ではこの戦いには勝てなかったでしょう
敵のそれを否定しても
私自身がその感情を持つには至らないのですから
「だけど、私の親友は慈悲を知っています」
大事なシリル様が持っている事を
私はいつも感じるのです
ロボ様の動きに合わせ砲塔を展開
移動はできなくなりますが
手数を増やし、共に敵を討ち抜きます
「|Ist das klar《お覚悟を》.」
●
ふわふわとした雲は、見た目に反してしっかりと足元を支えてくれる。その中を進みながら、シリルーン・アーンスランド(最強笑顔の護り風・f35374)は隣のリグノア・ノイン(感情の渇望者・f09348)へ、そっと言葉を寄せた。
「かの者は、悪辣なる企みの果てに力を得ました」
そこで無辜の民がいかに犠牲となったかを。そうまでして力を得ておきながら、能力者の攻勢によって即死した事を。簡潔ながらも分かりやすい言葉で、シリルーンはリグノアに告げる。
「|In der Tat《成程》.厄介な敵です」
リグノアは赤い目を僅かに細め、少しばかり硬さを帯びた声で呟いた。
それと共に、先程の追いかけっこの事を思い出す。
夢とは、誰しもが必要な物なのだ。シリルーンのように強い者でも、誘われてしまうほどに。そして同時に、あの子供達のように自由で優しい物でもある。
だからあの子達も連れて来てくれたのでしょう。
シリルーンが歩みを止めたのを察し、リグノアは目線を正面へ向けた。今しがた、親友が教えてくれた原初の吸血鬼――クロードの姿がそこにある。
「まったく、無粋なお客人ですね」
「無粋なのは貴方です」
凛としたリグノアの声に、クロードはおやと唇の端を持ち上げた。
「私は、命を落としたが故に気付いた、死という名の慈悲を人々へ与えようとしているだけです」
笑みすら孕んだ言葉が、シリルーンの顔を凍て付かせる。
「死の後気付いたなどと戯言を」
普段は柔らかな光を湛えている紫の瞳が、クロードを射抜かんばかりに鋭く輝いた。
「これは命在る頃から心根違えておりませぬ」
そう。シリルーンは知っていた。この原初の吸血鬼は、銀誓館の能力者に討たれる前から、死を慈悲と言っていた事を。
慈悲を標榜するのは、己に酔っているからに過ぎない。
「偽りの再来なれば新しき考えなど非ず!」
シリルーンに看破されてなお、クロードは笑みを崩さなかった。
「私の思惑が何であれ……死が解放である事に変わりはないでしょう」
「|Nein《否定》! 死とは解放ではありません」
リグノアの声が鋭さを帯びてクロードに突き刺さる。
例え苦痛があろうと生き、そして望む場所に辿り着く事。それがリグノアの得た、生きるという事だ。クロードの言葉を容認出来よう筈が無い。
「|Sondern《ですが》.私には慈悲は解りません」
小さく息を零した時、大きく波打っていたリグノアの心は平らかさを取り戻していた。
リグノア一人では、この戦いには勝てなかっただろう。敵の慈悲を否定しても、リグノア自身はまだ、その感情をしかと捕まえている確信が持てないのだ。
「だけど、私の親友は慈悲を知っています」
大事なシリルーンがそれを持っている事。リグノアはいつもそれを感じている。
リグノアの声音が落ち着きを取り戻すと共に、シリルーンの内面でもまた、荒れた波が鎮まって行った。
リグノアがまっすぐに信を寄せてくれている。その事実は、シリルーンの心を暖かくした。
けれど。
「嬉しゅうはございますが……わたくしではございませんわ」
ふわりと笑みを浮かべながら、シリルーンは緩やかにかぶりを振る。
真に慈悲深きはいだく舵輪に宿られる皆様。
腕の中にあるさまよえる舵輪を、シリルーンは強く抱き締める。
一度の邂逅でこちらを信じ、身を挺して庇ってくれた。そして舵輪の形に戻って尚、幾度となくシリルーンを助けてくれている。
「そう! わたくしの知る慈悲は此処に!」
腕を解いた刹那、さまよえる舵輪が空中に浮かび上がった。瞬き一度の後、舵輪は自我持つメガリスロボットへと変化する。
顕現したメガリスロボットへ、シリルーンはいつものように一礼した。淡い紫の眼差しが、クロードを貫く。
「あれなるは真正の邪悪にて!」
一言そう告げるだけで、メガリスロボットは生体電流のチャージを開始した。鼓動が一つ打った後、苛烈なまでのホーミングレーザーがクロードを襲う。
舵輪の中から、優しい彼らは見ていたのだろう。クロードの欺瞞を。その身勝手さを。慈悲抱く彼らの心は、かの吸血鬼の体を深く抉る。
メガリスロボットの動きに合わせて、リグノアは全身に埋め込まれた兵装を強引に一つに纏めた。出来上がったのは砲塔だ。移動力を犠牲にした分、手数を大幅に増やしたそれが、夢の世界を揺らさんばかりに砲撃を開始する。
「何故、世界には苦しみや悲しみが存在するのか……考えた事はありますか?」
「それにはもう、答えています」
問い掛けたクロードを、リグノアは呼び出された妖獣ごと砲弾で撃ち抜いた。次いでクロードは体内からリリスを引きずり出して食らうが、癒やした分以上の攻撃がその身を削る。黒炎をまとった攻撃も、メガリスロボットに阻まれシリルーンには届かない。
シリルーンは魔法の触媒となる宝石を握り締め、光弾をクロードに放つ。
「必ずやその妄言と身を滅ぼしますわ」
「|Ist das klar《お覚悟を》」
ホーミングレーザーと無数の砲弾が、同時にクロードの腹を貫いた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桂・真志
慈悲か…
俺にあるとは思えない
行き場のない子供に飯を食わせた位しか
思い当たる節はない
そもそもそんなもの慈悲とは言わんだろう
俺には向かない戦いかも知れない
だが背を向けるのは癪だ
突っ立ったままの俺には攻撃して来ない
この瞬間に俺は解を得ねばならない
気付いた事がある
「お前は蘇りの産物」
偽りではあるがそれは事実
「そのお前が…何故一度しか死ねない人間を殺す」
蘇りもオブリビオン化も無い普通の命はただ儚い
たったの一度きりだ
このまま死ねば気付く事すら出来ないものを
圧倒的強者で幾度でもやり直せるこの男が慈悲と言い放つ
激烈な傲慢
俺に恐らく慈悲なぞない…が、こいつにもそんな物は最初から無い
そしてこの外道を殺せるのが猟兵だ!
殺戮・極で俺は今あらゆる死から遠ざかった
どれ程の痛打を
どれ程のUCを喰らおうとも
「俺は不死者だ」
この男には俺の不死の理由は分らない
わざわざ教えてやる義理はない
「どうだ?お前は死ねるが俺は何をされても死ぬ事はないぞ」
全力で攻撃を
死なない者に倒される恐怖をしかと味わえ
死は慈悲だというなら良いだろう?
●
ふわりとした白い雲の地面を踏み締めて、桂・真志(新世界に光望む者・f43974)はクロードに相対した。金の瞳が、クロードの赤い瞳をじっと見据える。
慈悲。
クロードが口にした言葉に、真志は記憶の中を探った。二呼吸ほどの時間を置いた後、軽く目を伏せる。
それが自分の内にあるという確信を、抱く事が出来なかった。行き場の無い子供に、食事を取らせた事はある。けれど、真志にとってそれは慈悲と呼べるものではない。
俺には向かない戦いかも知れない。
胸の奥に兆した気持ちを、真志は振り払えなかった。だが、背を向けるのは癪だという思いもある。
何も言わず、ただ立ち尽くしているだけの真志に、クロードはまだ攻撃を仕掛けては来ない。この瞬間に、解を得ねばならない。
それから更に、長い呼吸を三度するだけの時間が過ぎた後。真志はふとある事に気付いた。
「お前は蘇りの産物」
クロードの存在は偽りではあるが、それは事実だ。
「そのお前が……何故一度しか死ねない人間を殺す」
蘇りもオブリビオン化も無い普通の命はただ儚い。たったの一度きりだ。
真志の視線を受け止めて、クロードは薄く笑みを浮かべた。先に戦った猟兵達による傷はあるが、その痛みを感じているようには見えない。
「一度しか死ねないからこそ、その生を優しい夢の中で終わらせる事に意味があるのです。これ以上の慈悲は無いでしょう」
真志の腹の中で、ごとりと動くものがあった。
町の住人は、このまま死ねば自らの死に気付く事すら出来ない。それを、この男は慈悲と言い放つのだ。圧倒的強者であり、幾度でもやり直せる、オブリビオンの吸血鬼が。
激烈な傲慢に、口の中が苦くなる。
己に恐らく慈悲は無いと、やはり真志は思う。だが、クロードにもそんな物は最初から無いのだ。
そしてこの外道を殺せるのが猟兵だ!
棟に呪文が刻まれた巨大な刀の柄を、きつく握り締める。折れぬ刀身を持つ武器と真志自身とが、強い力で繋がれた。
クロードがその力に反応し、左手を真志に向ける。地縛霊の絶望をまとった一撃が、肩を掠めた。痛みが走る。しかし、真志は何事も無かったかのように足を踏み出し、クロードとの距離を詰めた。
「俺は不死者だ」
重く厚い声で宣言し、刀をクロードの腕へ振り下ろす。後ろへ飛び退ったクロードの、マントに覆われた上腕を、巨大な刃は深く裂いた。
対象を殺すか、刀を手放すか。どちらかの条件を満たさない限り、今の真志は死ぬ事が無い。クロードにしてみれば、真志が突如として不死を得た理由など考えも付かないだろう。
だが、わざわざ教えてやる義理はない。
「どうだ? お前は死ねるが俺は何をされても死ぬ事はないぞ」
地縛霊の絶望を載せた一撃を幾度受けても、真志は姿勢を揺らがせもしなかった。クロードの表情が徐々に引き攣り始める。
死なない者に倒される恐怖をしかと味わえ。
大ぶりの刀が斬撃を飛ばす。
――死は慈悲だというなら良いだろう?
クロードの衣服に、大きく血の染みが浮かんだ。
大成功
🔵🔵🔵
葛城・時人
相棒の陸井(f35296)と
起動し真の姿で相対
「こいつのケース、能力者は皆生きて帰ったけど…」
あの時の原初を見ると平静ではいられない
男の顔をそれでも努めて冷静に真っ直ぐ見る
『ゲーム』で犠牲者の血を浴び喜んで原初になって
いそいそ型落ち駆逐艦に乗ってた貴様が
自分が死んだら死は慈悲で解放とか言うんだな
「そういえばオクタンスも同じような事言ってたけど」
俺は問いたい
「じゃあ何で戻ってきた?」
必要ないだろ?
結局おためごかしだ
死から逃げ偽りの生にしがみつく
しかもあの時と同じ
誰かの思惑に踊らされて
「だから」
しかと見据えて言う
「俺が貴様を殺すのは最上の慈悲だよ?」
傍らには最高の相棒
あの頃から生き続け今も尚戦う俺達が
「死を手向けてやる!」
あの頃と同じアビで倒したいと思ったけど
こいつも昔のままじゃない
ならば
「陸井!着弾注意!」
既に言葉無くても完全に連携していた相棒に一声
終焉光を詠唱!
「強化なんかする気もないさ」
俺を仮に貫いたとしても
俺の光は貴様の全てを死に誘う
「さあ…遠慮なく!痛苦無き死の瞑りへ戻るがいい!」
凶月・陸井
相棒の時人(f35294)と
時人と共に起動して真の姿で
原初の吸血鬼の事は
自分も戦いに出たから良く覚えている
どれだけの強敵だったか
そしてどれだけの人々が犠牲になったかも
「あぁ、きっと、能力者以外の犠牲が出ていた」
あの時は戦争で俺達が勝ち取った
だけどまたこうして
今度も人々に害を与えんとするこいつに
全身から怒りが溢れそうになる
「そうしてやるのが、また人々の命を奪う事か」
慈悲という言葉に
怒りのまま飛び出しそうになるけど
相棒の敵への問いかけで思考が落ち着いていく
今の俺が、俺達がすべき事が見える
「そうだな…こいつに、今度こそ終わりを与える」
もう二度と戻ってくる事が無いように
今持てる力の一撃で屠る
「俺達は能力者として、猟兵として」
慈悲が力になるのなら
怒りをぶつけるのでなく
一撃で終わらせる事
これが俺の慈悲だ
「大丈夫だ!」
相棒の言葉に応えつつ
敵を足元から文字で縛り上げ
両手から水の手裏剣を放つ
もし俺の手裏剣に対応したとしても
文字を振りほどいて相棒の光に対応する時間は
絶対に与えないよ
「悪いが、これで終わりだ」
●
これまでの猟兵達との戦いで、クロードは既に深手を負っていた。しかしその姿勢は、未だ揺らいではいない。
クロードの前に並んで立った刹那、葛城・時人(光望護花・f35294)と凶月・陸井(我護る故に我在り・f35296)は即座に起動した。それと共に解放された真の姿が、二人の能力者としての全盛期の力を引き出す。
原初の吸血鬼。その存在は二人の記憶に深く刻まれている。
「こいつのケース、能力者は皆生きて帰ったけど……」
ざわりと胸の内で幾つも波紋が生まれるのを感じつつ、時人はそれでもクロードの顔を努めて冷静に、真っ直ぐに見た。
「あぁ、きっと、能力者以外の犠牲が出ていた」
応じる陸井の胸中も、決して穏やかではない。原初の吸血鬼がどれだけの強敵であったか。そして、どれだけの人々が犠牲になったか。陸井は良く覚えている。
クロードは『ゲーム』で犠牲となった人々の血を浴び、喜んで原初の吸血鬼となった。そうして、いそいそと型落ちの駆逐艦に乗っていた者が、いざ自分が死んだとなれば、死は慈悲であり解放であるなどと宣うのだ。
時人が右手で握り締めた錫杖が、雲の地面に柄を立てているにもかかわらず、ちりちりと銀鎖を鳴らした。
かつて吸血鬼艦隊と銀誓館学園が刃を交えた時。勝利したのは銀誓館の方だった。クロードはその戦いで討ち取られていながら、それでもまたこうして人々に害を与えんとしている。陸井の腹の中が、熱く滾るもので満たされた。
「そうしてやるのが、また人々の命を奪う事か」
ともすれば指先からも溢れそうになる熱を抑えつつ、陸井は強い光を宿した目でクロードを射抜く。
「幸せな眠りの中で死に至らしめ、骸の海へと解放する……それこそが最上の慈悲でしょう」
慈悲。
体内の熱が一気に燃え上がり、陸井はその衝動のまま前へ飛び出しそうになった。
「そういえばオクタンスも同じような事言ってたけど」
相棒の一言が、陸井の足を止めてくれる。
問いたいと、青の眼差しがクロードを突き刺していた。
「じゃあ何で戻ってきた?」
そう。骸の海をたゆたう事こそが至上の喜びだというのなら、オブリビオンとして蘇る必要など無い。ずっと過去に浸っていれば良いのだ。
結局おためごかしだ――瞳を僅かに細めて時人はそう断ずる。死から逃げ、偽りの生にしがみつくための。
「私は人々に慈悲を分け与えるため、オブリビオンとなったのです。どうやら、貴方がたには理解出来ないようですが」
僅かに眉を寄せるクロードを見て、あの時と同じだと時人は奥歯を噛み締めた。この原初の吸血鬼は、今も誰かの思惑に踊らされている。
「だから」
吐き出した呼気が熱の震えを帯びている事を自覚しつつ、時人はクロードをしかと見据えた。
「俺が貴様を殺すのは最上の慈悲だよ?」
相棒の問い掛けに、陸井は波立った思考が凪へと近付くのを感じる。今の自分が――自分達が、すべき事が見えて来た。
「そうだな……こいつに、今度こそ終わりを与える」
もう二度と戻ってくる事が無いように、今持てる力の一撃で屠る。
陸井は『護』の一字を刻んだガンナイフの撃鉄を、音を立てて起こした。
「俺達は能力者として、猟兵として」
ガンナイフの銃口が、クロードを真っ直ぐに指す。
傍らに最高の相棒の存在を感じながら、時人は錫杖の銀鎖を鳴らした。
あの頃から生き続け今も尚戦う俺達が。
「死を手向けてやる!」
雲の地面を蹴って、時人がクロードとの距離を詰める。その姿を見ながら、陸井は戦文字を記し始めた。
慈悲が力になるのなら。
怒りをぶつけるのではなく、一撃で終わらせる。それが陸井の慈悲だった。
時人の接近に反応して、クロードが握り締めた花の中から短剣を取り出す。
叶うなら、あの頃と同じアビリティで倒したい。その思いは、確かに時人の中に存在している。けれど、己もクロードも、昔のままではないのだという事を、同時に理解もしていた。
ならば。
「陸井! 着弾注意!」
言葉無くとも既に連携を開始していた相棒へ、声を一つ届ける。錫杖の先端が、目を灼くほどの強い光を宿した。
「大丈夫だ!」
応じた陸井は、既に戦文字をクロードの足へ絡み付かせている。吸血鬼の目が一度瞬く間に、両手から水の手裏剣を放った。
クロードが左手を開き、そこから地縛霊の絶望を載せた一撃を飛ばす。避け切れず二の腕に痛みを感じながらも、陸井の手が止まる事は無かった。
二人には、二人なりの慈悲がある。それが持てる力を更なる高みへ押し上げていた。
錫杖から激烈な創世の光が放たれたのは、それから瞬き一度の後だ。強過ぎる光はクロードごと悪夢の雲を削り、散らして行く。発動したそれはもう、時人の制御から離れていた。
「何と、乱暴な……」
クロードが黒炎の中からリリスを一体引きずり出して喰らう。穿たれた体はいっとき元の形を取り戻したが、創世の光は未だ止んでいない。腕を、胴を抉られながら、クロードは黒炎を宿した短剣で時人の腹を貫いた。
「強化なんかする気もないさ」
錫杖の一撃を受けた手が、光に呑まれて消え失せる。まだ辛うじて残っていたみぞおちに、陸井の手裏剣が突き立った。水が爆ぜ、透明な鎖がクロードと陸井を繋ぐ。
「悪いが、これで終わりだ」
ぐいと水の鎖を引くと、安定を欠いていたクロードの体勢が大きく揺らいだ。創世光は、まっすぐにクロードの体へと飛んで来る。
「さあ……遠慮なく! 痛苦無き死の瞑りへ戻るがいい!」
最後の創世光が、音も無くクロードを消し飛ばす。
夢の世界がしんと静まり返る。その中で、深い呼吸を、二度、三度と繰り返した後。
ふわと、雲の地面がその色を変えるのを、二人は目にした。優しい悪夢の力が、消えて行こうとしているのだ。
もうすぐこの町は目覚めるだろう。
二人はその確信を抱いて、夢から出るための一歩を踏み出した。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵