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誓うのはひとつだけ

#ダークセイヴァー #ノベル

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花菱・真紀



十朱・幸也




 それは買い物に出掛けた帰りのことだった。いつもと違う道で帰ってみようという話になり、それならこっちからにしようと言ったのは十朱・幸也(鏡映し・f13277)だっただろうか。見慣れぬ路地にちょっとした冒険心が擽られたのもあって、花菱・真紀(都市伝説蒐集家・f06119)は手にした買い物袋を軽く揺らして、行きましょうと頷いたのだ。
「青天の霹靂っていうんだっけか、こういうの」
「どう……でしょうね? 予測しなかったっていう点ではそうかもしれないですけど、オブリビオンに襲われかけてたお姉さんを逃がせたのは不幸中の幸いだったと思います」
 何気なしに向かった路地でオブリビオンに襲われている女性を見つけ、助けると共に標的を自分達に向ける為に攻撃をしつつ距離を稼ぐ。咄嗟の判断ではあったが、正解だったと二人は走りながら思う。なるべく人気のない方へと走り、オブリビオンを迎え撃ったのだ。
「不味いな」
 オブリビオンと交戦しつつ、人気のない場所へ向かったのが仇となったか? いや、一般人に被害が及ぶよりはいいと千薙を操りながら幸也が息を吐く。油断していたわけではないが、数が多すぎるのだ。追い詰められている――それは真紀も同じように感じ取っていた。
「真紀、まだ動けるか?」
「……はいっ、まだいけます!」
 千薙を操る幸也を守るように動いていた真紀がそう返事をするが、息が上がっているのは顔が見えなくても分かる。無理をするなと言いたいけれど、この状況ではそれも難しい。
「幸也さんは大丈夫ですか?」
 既に幸也はこの窮地を脱しようとユーベルコードにより吸血鬼化している、それがどんな負担を彼に強いているのかは真紀にはわからないが、長く続いていい状態ではないということだけは判る。
「千薙はこれ以上の戦闘は無理だ、あと一撃でも受けたら修復不可になる」
「なら、俺が!」
 真紀の脳裏にあの時のことがよぎる、姉を失ってしまった、あの時のことが。――嫌だ、と強く唇を嚙む。また大事な人を失うくらいなら、自分が無理するくらいなんてことない。
「だからって、お前だけに体張らせられるか」
 今だって、真紀が受けた傷から流れる血の匂いがしているというのに? とはいえ、想像以上の長期戦に幸也の額に嫌な汗が滲んでいるのも事実だった。
「お前を失くすくらいなら、迷ってられねえっての」
 母の大事な形見でもある千薙から薙刀を受け取って下がらせ、幸也が敵に向かってそれを振るう。真紀が心配するような声を上げたのが聞こえたけれど、今も流れ続ける血と喉への激痛を齎す血への渇欲が強すぎてまともに聞こえない。目眩がしても、喉が爛れても、それでも幸也は薙刀を振るう手を止めることはなかった。
『――幸也、愛しくも半端な我が同胞』
「……ッ」
 クソみたいな幻聴だと、幸也は首を軽く振って息を吐く。
「いよいよヤバいな」
 小さく呟いた声は真紀には聞こえていないのだろう、敵の攻撃が幸也に届かぬようにと身体を張っているのが見える。どうすればいい、どうすれば――。
 思い浮かんだのはクソ親父から受け継ぐクソみたいな血に溺れ、底まで沈んで人間性というものを捨てること。あの日、父親の理性というものが完全に壊れて、大切にしていた筈の母親を死ぬ一歩手前まで喰い散らかした光景。
「ほんとにクソだな……っおふくろが死んだのはクソ親父のせいだってのに……っ」
 そう口にして、すぐに幸也は違うなと皮肉気に唇の端を持ち上げる。
 どんなに言い訳をしたって、あの日――最後の一歩を踏んだのは自分だ。母親が死んだのは、抗い難い甘さを放つ血の香りを拒めなかった自分が、喰らったからだ。
 その記憶故に、幸也はずっと吸血衝動を押し殺し続けてきたのだから。十朱・幸也は、血を啜る事が、怖くて堪らないのだ。
「幸也さん!」
「……ッ!」
 ほんの瞬き程の時間、動きを止めてしまった幸也をオブリビオンが見逃すはずもない。幸也に伸びた攻撃の一手を、真紀が庇うように受け止め、弾く。
「真紀!」
「俺は大丈夫ですから!」
 ああ、甘い匂い。あの時、幸也の鼻孔を擽った甘い香りよりもなお甘く、甘美な――。
「……だからって、今度は間違えられねえわな」
 今ここで、二の足を踏んで真紀を死なせてしまうくらいなら、クソの血だろうがなんだろうが利用するべきだろう? 俺の嫌悪がなんだっていうんだ、それよりも大事なものが目の前にあるっていうのに。幸也の瞳が血のように赤く輝く、それは腹を括った男の目をしていた。
「真紀」
「はい!」
「ちと俺に背中向けてくれるか?」
「……はい? はい」
 敵と距離を取りながら、真紀が幸也を背に庇うように動く。それから、どうかしたのかと真紀が問うよりも早く幸也が口を開く。
「このままだと、ユーベルコードの維持がキツい。だから、頼む――お前の血を俺にくれ」
 真紀の唇がはくり、と音もなく動く。返事を、返事をしなければと思うよりも早く、背後に立った幸也が真紀の身体を武器を持たぬ腕で抱き締めた。それから、首元に熱い吐息が触れたと同時に真紀の首筋に幸也の牙が突き立てられたのである。
「……ぁっ!」
 肌より溢れ出た甘い香りは幸也が思っていたよりもずっと芳しく、舌を伝い咥内に流れてくる鮮血は何よりも甘美で、幸也はただの一滴も零さぬように喉を鳴らして啜り飲む。
「幸也さ、幸也さん……っ」
 痛い、嬉しい、悔しい、■■■■■――!
 ぐるぐるとした感情が真紀の全身を駆け巡る。幸也が自分の血を吸っている、その事実が信じられないのだ。
 幸也が吸血という行為をどんなに嫌がっているのか、真紀は知っている。それなのに、吸血という行為に及んだ幸也の気持ちと覚悟を思うと、自分の不甲斐なさに涙が出そうになる。ゆっくりと幸也の牙が真紀の肌を離れ、僅かに浮いた血をその舌が舐め取って。
 血の渇欲が満たされ、喉の痛みが引いていけば、恐ろしい程の力が湧いてくるのを感じる。ああ、これでまだ守れる、戦えると幸也は薙刀を構え、真紀の前へと出た。
「真紀、残敵は俺が仕留める! お前は自分の身を優先しつつ、援護頼む!」
 それでも、あなたが戦うというのなら――幸也の背を見つめつつ、真紀が頷く。
「援護は任せてください……!」
 俺は俺の出来ることをするまでだと、幸也が敵の群れに飛び込んでいくのを援護するべく自動拳銃を手にし引鉄を引いた。
「真紀、お疲れさん」
 戦闘が終わり、全ての敵を圧倒的な力で殲滅した幸也が真紀のもとへ戻ってくる。
「はい、お疲れ様です」
 そう言いながら、真紀は泣いていた。
「お前、何で泣いて……悪かった、泣くくらい嫌だったか?」
「ちが、そうじゃなくて、ごめんなさい……」
 姉の時のように庇われて、今度は幸也もなくしてしまうんじゃないか――そんな恐怖がずっと付き纏っていた。それだけではなく、幸也が嫌っていたヴァンパイアの力まで使わせて、自分は何をやっているのだろうか。そんな自己嫌悪が真紀を苛んでいた。
 決して、幸也が怖かったわけではない。それだけはわかって欲しいと、真紀が幸也の服の裾を掴む。溢れる涙を拭うこともせず、真紀はただ幸也のことだけを思って唇を震わせる。
「ごめんなさい……ありがとうございます。嫌だった、ですよね」
 誰かの、俺の血を吸って戦うなんて。
「どうして、お前が謝るんだよ……ったく」
 ガシガシと頭を掻いて、困ったように幸也が笑う。
「嫌なことしたのは俺だろ」
「嫌だなんて」
 そんなことはなかった、けれど幸也の血に濡れた唇を見てしまうと、嫌なことをさせたのは自分だと思ってしまうから。咄嗟に幸也の口元に手を添えると、それと同時に温かい腕が真紀を抱き締めた。
「怖い、とは思ったさ。お前に恨まれるのも、怖がられるのも……それに、また、大切な奴を喰い殺すかもしれねえとかは思った」
「幸也、さ」
「それでも、俺はお前を生かす為に喰らった。ヴァンパイアの力も、俺がそうしたいからやった。前にお前が傷付けられるくらいなら
クソみてえな血に溺れてやる、って言ったの忘れたか?」
 その言葉に、真紀が首を横に振る。
「忘れてなんか……でも、ありがとう、ございます。俺も、もっと強くならなきゃ……」
 頭上から溜息が聞こえてきて、真紀が身体を固くすると額にデコピンが飛んできて思わず真紀が顔を上げる。
「幸也さ、ンッ」
 掠めるような口付けに、真紀が目を丸くする。驚きのあまり、涙が止まるほどだ。
「この世の終わりみてえな面してるぞー? 頑張らないとって気持ちは大事だけどな、一人で抱え込むの癖になってるだろ。人の事を言えねえけど、適度に吐き出せって」
 その言葉にぐっと言葉を詰まらせ、頑張って口にしようと真紀が言葉を紡ぐ。
「だ、だって俺……幸也さんまでなくしたらって。姉ちゃんの時みたいに俺を守ってなんて絶対嫌で……!」
 背をぽんぽん、と優しく撫で叩かれるのに促されるように、真紀は自分の気持ちを幸也へと吐露していく。
「紡を調伏して調子に乗ってたのかなって……俺、幸也さんのこと大好きだから絶対なくしたくなくて、そんな事になったら俺また……ううん……今度こそ本当に壊れちゃうから……」
「俺はそんなに頼りねえか?」
「これは、俺の問題で幸也さんが頼りないとかじゃなくて……俺が……怖がりなだけです」
「……別の意味で怖い思いさせちまって、悪い」
 腕の中で首を横に振る真紀を、幸也がぎゅっと抱き締める。
「なくしたくねえって言うなら、傍にいろ。お前がいるから、俺は『俺』でありたいって思えるんだからな」
「……! はい、絶対、離れません……!」
 だから、何があっても離さないでくださいと、真紀は幸也の腕の中で呟いた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年12月21日


挿絵イラスト