わくせいはかいほう? 拾った場所に戻してきなさい!
地形破壊。
それは、多くの世界で凄まじい力を持つ。
災厄と呼ばれる事すらある危険な力。
だが――猟兵達は強大な敵、オブリビオンを戦っているのだ。
時には、災厄すら使い熟し敵を倒さねばならない。
世界を守る為に、必要な犠牲と彼らは武器を振るう。
m'aider
この世を滅ぼして良い訳ないだろう!!!
芽生えた想いをさっさと終わらせてログアウトするんだ!
ここはゴッドゲームオンライン。
あくまでオンラインゲームの世界。
壁や通過不能のコライダーを外的要因で破壊すれば、バグ――オブリビオンの元になるに決まってるじゃないか!
だが、人はその好奇心に勝つことは難しい。
そもそも、その「好奇心を生み出した」そんなレアアイテムを拾う時点で何か問題がある。
すぐにでもグリモア猟兵に相談して、さっさと予知を見てもらう必要があると気付くべきだ。
そう、猟兵ならね。
猟兵だから、連絡もしないんだけどね……。
メリーナはふと脳裏を通り抜けた思いを試すべく、見知った旅団の仲間に笑顔で伝えた。
「ちょっと海エリアからプール用の水引く穴掘ってきまーす♪」
そう言われちゃうと納得しちゃうものだ。
皆はいつもどおり見送った。
早速、メリーナはファストトラベルで適当な高台に移動する。
遥か遠くまで見えるのは草原エリア。
かつて人に満ち溢れていたそこは、近隣に出来た新エリアの経験値効率を下回る為、閑古鳥に。
ので――物好きな人が居るくらい。
今日は、誰も居ない。
ならば――やっても、良い、はずだ。
「わくせいはかいほう!!!」
ご機嫌にアイテムボックスから取り出したのは、どう聞いてもダメそうなアイテム。
「それでは、発射ですよっと♪」
軽い。
とっても軽いお言葉と共に――なんかこう、雑なデザインの筒みたいなアイテムを構える。
彼女の胸の奥には、この世界の成り立ちに対する思いがある。
統制機構とゲームの世界――この関係は自らの探求と近い。
普段なら、脳の中を巡る事は沢山ある。
ゲームの破壊を考えたことすらある。
その話はまた今度なのだ――。
今はただの欲求でしかない! 撃つぞー!
空気が鳴く。
パリパリと辺りに小さな電撃エフェクトが走る。
銃口、丸い穴に紫と黒のパーティクルが収束し凄まじい輝きを放つ。
メリーナの頭上に青いチャージゲージが出現。
ゲージが半分を越えた頃、武器に激しい放電が発生する。
広場でフザケて大魔法を打ち合っているユーザーのエフェクト全部が重なったかのような激しい光。
メリーナ周囲の草の揺れがなんだか遅延している。
遠くで跳ねていたエネミーが止まって見える。
頭上のゲージがマックスになり、きゅぴん! と可愛い音を立てる。
今なら撃てる――気がする。
「どーーーん!」
メリーナがアイテムを前へと突き出せば、超スローの真っ黒いエネルギー弾が飛んでいく。
「遅い……ですね?」
ふわふわ……とチョウチョのように飛んでいったエネルギー弾は、遠くの草原に時間をかけて着弾。
瞬間。
轟音と地響き、空間に生み出されたブラックホール。
全てを飲み込む破壊の力が地表もオブジェクトもコライダーも何もかもを飲み込み粉砕、消滅させる。
消滅が始まってからは音すらしなかった。
草原で流れるゴキゲンな移動BGMも、破壊音も無い。
ただ無音の世界が、崩れていくだけ。
「ちょっと!? ちょっと何これ!?
何なの!? そんなの実装されてないよね!? はああああん!?
そこの人!!! ええと、メリーナさん、メリーナさんね!?
何やってんの!? やって良いことと悪いこと分かる!? 何かチートとか使った?
外部の何か? これ!! どうなってんの~~ッ!!!」
静かな世界に絶叫が響き渡る。
甲高い女の子、の声。
けれど、ノイズと共にメリーナの眼の前に現れたのは、真っ黒いドラゴン。
どう見てもレイドボスの超強いやつ。
角とか羽とか豪華だし、飾りとかもいっぱいついている。
「えっ、この前拾った『わくせいはかいほう』を撃っただけ、ですよ!」
メリーナは悪びれる事無く、ここまでに起きたことを話す。
本当にこれ、撃っただけなので……。
「えっ!? マジ!? そんな事あるの!? ちょっとー! お金のやりくりとかどうしよう!
この辺りの管轄アタシなんだよ!? ねぇ、ちょ……。
おほん」
ドラゴンは甲高い声でまくし立てた後、咳払い1つ。
「我はこの地の守護者――破壊の使徒を放置することは出来ぬ! 今ここで滅させて貰う……!」
急に芝居がかった低い声で言葉を続ける。
顔は苦笑い。あせあせエモートまで誤爆している。
感情を隠せないタイプのドラプロさんだ。
「あー、あのー」
「我の仕事! これちゃんとやんないとだから!」
レジェンドドラゴン・アースディフェンダー・リシア――と長々しい名前が竜の頭上に表示され。
ライフバーが展開される。
「なるほど、わかりました! 役者さんを無為にするのは、やっぱり嫌ですし。
ボスのお仕事お願いしますっ♪」
この流れは付き合わざるを得ない。
彼女は必死にボスという役割を演じてくれている。
彼女に喜んでもらうことを考えれば、自ずと答えは決まる。
しっかり戦ってあげなきゃ。
空間は吹っ飛んでいるし、辺り一面酷い有様。
まるで宇宙で戦うラスボスステージのようだ。
間髪入れずにリシアと名を持つ竜は飛び込んでくる。
「――参ります!」
メリーナは、彼女に空気を合わせる。
双剣を両手に竜へと飛び込み。
空中をステップで走りながら、一気に肉薄する。
尾を振り回し、突進をし。
岩を飛ばしながら暴れまわる竜の周囲を走りながら、細やかに斬撃を刻んでいく。
クリティカルの文字が何重にも重なり――竜の体力を一気に減らす。
双剣使いの耐久は低い。
しかも相手は特殊ボスクラス。
被弾は許されない。
「うりゃああ!」
けれど、声を出して楽しげに戦う。
大振りな攻撃には悲鳴をあげて避ける。
ちゃぁんとドタバタして戦うのだ。
充分に満足してもらったはず。
そろそろ撒こう、そう思ったときだった。
「――やりたくないなあ。
めんどうくさい。いいよ壊れてて。壊そう。
直してても仕方ないし。バカバカしいし。
ああ――」
竜の全身にノイズが走る。
壊れた空間がマントのように巻き付き――みるみる禍々しい姿に変わっていく。
「……ちょっ……と!?
バグってたんですか?」
バグに倒されると人権消滅……だから猟兵はこの世界で戦いバグ……オブリビオンを倒している。
彼女はこの世界の存在ではない。統制機構に体は無い。
もし、ここで倒されれば人権ではなく――本当の死が訪れる。
そう察した。
顔つきが一瞬で変わる。
真剣な眼差しが竜を射抜く。
ドタバタごっこはおしまいだ。
「――オブリビオンは倒します」
再び双剣を構え飛び込んだ、が。
竜の動きは今までと全く異なっていた。
眼の前には何故か移動できない空間。
透明な壁に遮られて進めない。
ライフバーへの何者かのアクセス。
管理者権限のような侵蝕――体力ゲージがスリップし始める。
攻撃はすべて避けている、何も被弾していない。
けれど壊した空間が纏わりついて体力を削り取ってくるような。
「ちゃんと避けてるハズなんですけどーっ! ズルじゃないですかーっ!」
竜の尾は壁を抜けて自分へと届く。
くるり、と後ろの宙返りしながら攻撃を避ける。
避けた筈だった。
メリーナの右肩にしなる尾の先が叩き込まれ、空中で吹き飛ばされ地面へ転がる。
即死は免れた。
だが、ライフバーは真っ赤に点滅している。
「おかしいですね……今の一撃、間違いなく避けたはずです。
何か――答えは――」
攻撃を避けながら、必死に観察。
ゆっくりと減り続ける体力ゲージは冷静さを侵す毒となる。
それでも冷静に考えるんだ――。
魔法行使を悩んだ時、彼女は気付く。
それは敵の影。
敵の影の位置、地表の影の位置。
透明な壁……全ての情報が「ズレている」
「――地形壊したから、位置情報もぶっ壊れたって事ですかっ!?
なら、情報ごとぶっ壊せば倒せる気がします!
リセット! おかしい状態はリセットしましょうっ!
わくせい――はかいほう!!!」
チャージの時間がある。
その間に一撃でも喰らえば、消滅かもしれない。
だからこそ、彼女の集中力は一気に跳ね上がる。
役者は、本番に強いんだ。
降りかかる攻撃全てを軽やかに避け。
チャージを終えた砲身を敵に向ける。
「一旦、全部消してやり直しましょう!
いっけーっ!!!」
ゆっくりと飛ぶブラックホール弾はリシアと名乗ったドラゴンの真横に着弾し。
爆風で空間ごと削り取っていった。
メリーナは止まらない。
素早く武器を双剣に持ち替え、背後へと隠す。
「――|見切り《フルアドリブ》」
敵はオブリビオン。
はかいほうだけでは倒せないと分かっている。
だから――最後は大いなる力で。
舞台は拍手が終わった後も――続いているものだから。
壊れた世界の残骸から、小さな黒い球体が突っ込んでくるのが見えた。
あれが、本体。
彼女への攻撃は決して届かない。
自動反撃が敵を真っ二つに切り裂き、消滅させた。
「ふぅ~! 一時はどうなるかと思いましたよっ!」
飄々と笑う彼女の体力ゲージは、もう見えるか見えないかの赤い線だったのだけれど。
それから数分後。
彼女は旅団へと何事も無かったかのようにゴキゲンに帰宅した。
「たっだいまー、でーすよっ♪」
真っ赤な体力ゲージで現れたメリーナは、いつもどおりの笑顔でこう言うのだった。
「まぁ、今日も良い一日でした!」
皆の何があったの!? という視線には、もう一度微笑みを。
――とはいえ、実験結果は結局うやむやですが……。
わくせいはかいほう、おそるべし。
成功
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