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霞む花影

#アヤカシエンパイア #歌枕

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#アヤカシエンパイア
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#歌枕


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 優しい夢を見せましょう。美しい幻を見せましょう。それを〝悪〟だと断じるけれど、お前達がやっていることと何が違うの?



 各世界に冬が訪れた頃。グリモア猟兵の神白・みつき(幽寂・f34870)による召集に応じた猟兵達はグリモアベースに集結していた。あらゆる世界へ通じるこの不可思議な場所に季節感と呼べるものは無いが、集まった面々の服装等を見ればやはり今は冬なのだと実感できるだろう。

「お集まりいただき有難う存じます。此度はアヤカシエンパイアにて、とある歌人の方を護衛していただきたく思い皆様へお声掛けいたしました」

 平安結界によって辛うじて平穏を保っているアヤカシエンパイアにおいて、貴族のみならず歌人も重要な役目を担っている。彼らの詠む和歌は平安結界を堅固なものへと強化する。妖の裂け目となり得る綻びがある地へ赴いては歌を詠み、強化された結界は周囲の者の認識を歪め平和な光景を見せる。地味な仕事だが、彼ら無くして現在のアヤカシエンパイアは存在し得ないだろう。

「彼らが歌を詠むために足を運ぶ地を〝歌枕〟と呼ぶそうです。一般的には歌人が歌を詠んだ名所のことを指す言葉ですが、かの世界においては平安結界の要──人類守護の要衝です」

 さて、ここで一人の歌人の名が挙がる。|籐野《とうの》・|賢行《けんぎょう》という男はこれより単身で都を離れ、山深くに存在する歌枕へ向かう。そこは温泉で有名な土地でもあり、湯治宿も存在することから全くの無人になるほど僻地でもないが、それでも一人で赴くには不安がついて回る場所である。

「実際、彼が向かう歌枕に妖の裂け目が生じるという予知を得ました。このままでは彼は妖の群れに襲われ、結界の修復は叶わないでしょう」

 そうなってしまえば一人の優秀な歌人を失うばかりか、妖の裂け目が閉じられることなく放置されることになってしまう。それは猟兵達にとっても看過できない問題だ。

「皆様には籐野様と共に歌枕たる山へ向かっていただき、その先に現れる妖を討伐していただきたいのです。敵の数は多いようですが、一体一体の強さは取るに足らないものでしょう」

 毒や幻覚を用いる攻撃が予想されるが、猟兵であればいくらでも対処ができるものだとみつきは語る。現れる妖の群れを倒しさえすれば、妖の裂け目は難なく塞ぐことができることも分かっていた。

「とはいえ、それだけでは十全とは言えません。籐野様に歌を一首詠んでいただき、結界を張り直してようやく安心できるというもの。そのためにも皆様には現地の温泉宿で過ごしていただき、籐野様へ歌の題材を提案していただきたく思います」

 平穏な光景を見せる結界を張るため日常の空気感、そしてその土地その季節ならではの風流を詠む必要がある。滞りなく結界を展開するためには、そのためのネタを素早く収集することが肝要だ。集めた歌のネタは、歌人たる籐野がまとめてくれることだろう。

「それでは、出発の刻限です。ご武運をお祈り申し上げます」

 みつきが丁寧に頭を下げると同時に、グリモアベースの空気が大きく揺らぐ。数多の世界の風景を不規則に映し出していた空間は一瞬、大きく収縮したかと思うと、紙にインクが滲むようにアヤカシエンパイアの月夜へと変じていった。
 何処か遠くから、梟の鳴く声が聴こえる。妖が現れるとは思えないほどに穏やかな夜だった。


マシロウ
 閲覧ありがとうございます、マシロウと申します。
 今回はアヤカシエンパイアでの事件をお届けいたします。「歌人を歌枕(山中の温泉宿)へ送り届け、平安結界を張り直すこと」が目的となります。参加をご検討いただく際、MSページもご一読ください。

●第一章
 目的地である歌枕、都より離れた山中の温泉を目指します。方向感覚を失いそうなほど深い森の中で迷わないよう、道中お気を付けて。

●第二章
 目的地に辿り着きますが、平安結界の綻びが妖の裂け目となり妖の群れが侵入してきます。結界修復を果たすため、歌人を守りながら敵を一掃してください。

●第三章
 妖を退け、裂け目は一旦塞がれます。その晩、温泉宿で過ごす中で見つけた歌の題材を歌人へ提供し、平安結界を張り直しましょう。日常の大切さ、冬の風景の侘び寂び等、題材は何でも構いませんし、ネタ探しは他の人に任せて温泉でゆっくり過ごしていただくだけでも大丈夫です。

 オープニング公開後、断章を投稿した後にプレイング受付を開始いたします。受付終了のタイミングは、タグやMSページで告知いたします。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。
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第1章 冒険 『八幡の藪知らず』

POW   :    真っ直ぐ突き進む。

SPD   :    目印をつけながら進む。

WIZ   :    魔術的な痕跡を辿り進む。

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。




 周囲は打って変わって静かだった。そこはどうやら山の麓のようで、近くに人里は見当たらない。冷たい冬の風を遮るものは無く、そのおかげで空気は澄み渡っている。夜ではあるが天気は良く、明るい月が地上を仄かに照らしていた。

「もし、そこの旅の方」

 ふいに、猟兵達に声が掛かる。声の主は一人の男だ。年の頃は三十代から四十代ほどだろうか。頭には傘を被り、旅装に身を包んでいた。

「歌人の|籐野《とうの》・|賢行《けんぎょう》と申す。貴殿らを猟兵なる|強者《つわもの》とお見受けした上で頼みがある」

 彼は都で、とある貴い身分の者に平安結界の修復を命じられてここに至ったのだという。まさに、猟兵達がグリモアベースで聞いていた通りの出来事が今、起ころうとしているようだ。

「この先、妖がいつ|何時《なんどき》現れてもおかしくはない。どうか結界の綻びまで同行を願えないだろうか」

 夜の山道を一人で行くというだけでも危険は伴う。猟兵達に断る理由は無かった。彼の頼みを首肯すると、籐野はやや強張っていた顔を安堵したように緩める。

「有難い。では、参ろうか。夜が明けぬ内に結界を修復してしまいたい」

 山道へ入ろうと歩み出す籐野の後を、猟兵達が続く。静かなる山歩きを、ぽっかりと浮かぶ月だけが見守っていた。

.
神臣・薙人
×

平安結界の要であるならば
籐野さんは勿論
歌枕も守り抜かなければなりませんね

まずは籐野さんにご挨拶を
神臣薙人と申します
夜の山道はそれだけで危険ですから
ご一緒させて頂きますね
妖が現れた際はしっかりお守り致します
どうかご安心下さい

道中は少しだけ籐野さんの先を歩き
持参した角灯で道を照らすようにします
光量が足りなければ白燐蟲も呼び出し視界を確保
足元や草の陰等
危険がありそうな箇所を重点的に確認
…妖の脅威が無ければ
素敵な月夜なのですけれど

籐野さんの様子にも注意を払い
疲れた様子が見られれば休憩を提案します
まずは、歌枕へ無事に着く事が大切です
適度な休憩は必要ですよ
体力が回復したら
また周囲を警戒しつつ進みましょう



 アヤカシエンパイアが非常に危うい平和の上で成り立っていることは、猟兵にとって周知の事実だ。その均衡を保つためにも平安結界は──延いてはその要所である歌枕は、是が非でも守らなければならない。神臣・薙人(落花幻夢・f35429)は改めてそれを胸に留めながら籐野へ声を掛けた。

「神臣薙人と申します。夜の山道はそれだけで危険ですから、ご一緒させて頂きますね」
「有難い。私もいくらか戦える身ではあるが、やはり限界はあるのでな」
「妖が現れた際はしっかりお守り致します。どうかご安心下さい」

 薙人の物腰の柔らかさは、歌人である籐野が重んじる雅と通ずるものがあるらしい。歌枕を目指す夜歩きは雑談を交えながら進み、思いのほか穏やかな空気が伴っていた。
 少し木々の影が増えてきた頃、薙人は手持ちの幻焔角灯に光を灯す。温かい光が足下を照らすと、それにつられるようにして白燐蟲の残花が角灯の上に停まった。角灯と白燐蟲、ふたつの光が相まって広い範囲が照らされ、足下を確認できるだけでなく獣除けとしても機能していた。
 山道は光で満ちているが、ふと見上げれば大きな月が夜空に無言で鎮座している。角灯や白燐蟲の光でも及ばない、優しくも絶対的な光がそこに在った。

「……妖の脅威が無ければ素敵な月夜なのですけれど」
「如何にも。ここで一首詠みたいぐらいだが、歌枕に着くまでは我慢か」

 薙人の呟きに同意を示しつつ、籐野が苦笑する。ここで歌を詠んでも害は無いが、そこに込める力は温存した方が良いのだという。

「籐野さん、お疲れではないですか? 休憩が必要な時は遠慮なく仰ってください」
「心遣い、感謝する。体力には自信があるので心配には及ばぬよ」

 それより……と言い淀んで籐野は薙人の懐のあたりをちらりと見る。彼の視線の行く先は薙人が纏う和装の合わせ。そこから少し姿を覗かせた、彼の愛用武器でもある蟲笛だった。

「いや、不躾に失礼した。神臣殿は雅楽を嗜まれるのかと思って」
「……? ああ、この笛ですか? これは白燐蟲に指示を出すためのものなので、普通の楽器とは少しばかり異なるのですが」
「なるほど、音で操る式神とはまた珍しい!」

 厳密に言えば白燐蟲は式神とも異なる存在だが、彼にとって一番馴染みがあるものに変換されたのだろう。致命的な間違いではないので、薙人は籐野の認識を肯定した。
 曰く、和歌の詠み方にも種類があるという。籐野は専ら詩を文字と声で綴る方式を取っているが、歌人の中には雅楽に合わせて舞いながら歌を詠む者もいるのだと話してくれた。そういった職業事情から、薙人の蟲笛が気になったようだ。

「このような状況でなければその音色を拝聴したかった。結界を無事に修復できた暁には是非、私の歌と合わせてほしい」
「はい、喜んで。……でも、私などで良いのでしょうか。初心者も良いところですので」
「なんと、それならば尚のことだ。楽の腕前というものは奏でれば奏でるほど上がっていくのだからな」

 朗らかに接してくれる籐野に微笑みを返しつつ、薙人は周囲への警戒を怠らない。だが、山道は変わらず静かなものだ。時折小さな生き物が通りかかる気配以外に異常は無い。これより向かう歌枕にて、本当に妖の群れが現れるのかと疑いたくなってしまうほどだった。
 これこそ、本来守られるべき静寂なのだ。胸中に自然と落とし込まれた実感をなぞりながら、薙人は暗い山道へ歩を進めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリィ・ローゼ
SPD 連携・アドリブ歓迎

温かい泉というのも、故郷の森にはなかったから気になるけれど……
和歌って、わたしたちシンフォニアの歌とはまた違うのよね
リズムが決まってたり、季節を読み込んだり……
でも、それで世界を護るなんて、とっても素敵なお仕事なのだわ
よろしくね、歌人のおじさま!

連雀レンジャーズの皆に先行してもらって、目的地まで迷わないように目印をつけてもらいましょ
木に印をつけるでも、変わった石を置いておくでも、たどり着けるならどんな形でもいいのだわ

その間に、歌人のおじさまからお話を聞いてみたいのだわ
今まで詠んだ歌やその場所、いちばんの思い出……
こ、これは予習よ! 護衛をサボってるわけじゃないのだわ!



 リリィ・ローゼ(フェアリーのシンフォニア・f04235)にとって、アヤカシエンパイアは見慣れないもので溢れている。今回の歌枕に存在するという温泉も、リリィにとっては初めて訪れる場所となるだろう。

「和歌って、わたしたちシンフォニアの歌とはまた違うのよね。リズムが決まってたり、季節を読み込んだり……」
「その通り。決まった音数の中でどのような情景を織り込むか、そして詠み手がどのように解釈するか。貴殿らが奏でる歌とはまた違った技術を要するのが和歌だ」

 馴染みが無いなりにリリィが解釈を伝えれば、籐野はそれを肯定する。彼は楽器も持っていなければ、森によく響くような歌声を持っているわけでもない。触れたことが無い文化である分、和歌とはリリィにとってなんだか難しいことのように思えた。

「でも、それで世界を護るなんて、とっても素敵なお仕事なのだわ。よろしくね、歌人のおじさま!」

 自身が知るものとは異なれど、歌を愛する者であることには間違いない。リリィはフェアリーならではの薄翅をはためかせ、籐野の周囲をくるくると踊るように飛び回った。すぐに目を回した籐野にとっては、逆にリリィのようなフェアリーの方が珍しいようだ。

「これから山に入るのよね。任せて!」

 大きな月が照らしているとはいえ、それでも山道は暗い。リリィがそれも些事と言わんばかりに高らかに口笛を吹くと、すぐそばに立つ木が小さく揺れた。揺れが徐々に大きくなったかと思うと、最後の一揺れと同時に飛び出してきたのはたくさんのスズメ達だった。

「スズメレンジャー部隊のみんな! 歌人のおじさまが道に迷わないように先導してほしいのだわ!」

 リリィの呼び掛けにスズメ達は「ちゅん!」と元気よく返事をすると、我先にと山道へ飛び立つ。闇雲に飛び回るのではない。目的地までの最適な道を導き出し、危険な生物がいないかを偵察し、目立つ木や岩を見つけては小さな切り傷をつけて目印を残している。彼らは連雀レンジャーズ。森のプロフェッショナルなのだ。

「これは驚いた……彼らは夜目が利くのか?」
「勿論なのだわ。お昼間の方がもっと元気だけど、夜でも大丈夫! だから安心して進みましょう」

 月が見守る山歩きの間、リリィはずっと籐野の傍らを飛んでついて行く。とにかく初めて見るもの、初めて聞く話ばかりが出てくるものだから、リリィは色々尋ねずにはいられなかった。

「おじさま、これまでどんな場所へ旅したの?」
「そうだな……最近は安芸国の神社を訪ねた。海に立派な大鳥居が立っていてな」
「海! 湖より大きいって聞いたことがあるのだわ! そこではどんな歌を詠んだの?」

 矢継ぎ早に質問するリリィに、籐野は先に進む足は止めないままに思い出話を語ってくれた。彼が詠んできた歌をいくつか教えてもらったが、リリィにとって難しい言葉も多く並んでいる。だが、それらの響きがとても美しいということだけはすぐに理解できた。
 籐野が歌の意味まで説明してくれるので、先生に教わっているような心地がリリィは楽しくて仕方が無い。もっと教えてほしい、とせがんだ矢先に連雀レンジャーズの数羽が訝しげな顔で「ちゅん」と横槍を入れてくる。

「こ、これは予習よ! 護衛をサボってるわけじゃないのだわ!」

 スズメ達の指摘にリリィは慌てて弁解する。連雀レンジャーズが「ほんとかなぁ」という空気を醸し出しているのを見て、籐野は思わず破顔大笑していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鹿村・トーゴ
SPD
夜の山道は慣れたモンだけど何しろ知らねー山道だからな

お初に、籐野どの
オレは鹿村(笠をあげ会釈)
都人から見たら山人だけどそのぶん山道には慣れてるからさ
心配召さるな、目的地までご同行するよ
(懐から相棒のユキエが顔を出し)
『月も明るいし平気よ』
あは、こいつはユキエね
『ユキエね』
角のある自分や話す鳥のユキエが誰かの式神と思われても適当に話を合わそ

歌ってオレ
万葉集のを少し聞き覚えたぐらいだなー
オレさ山人だから見た事ない海の歌って想像できなかった
わかのうら かたをなみ…
くろうしのうみ…
すみのえの…

大人になって海見たときはビックリでさー
籐野どの海を見た事は?
歌枕も多いしあちこち見てこられた?

アドリブ可



 例えば都育ちの者ならば、山道とはそれだけで危険なものだろう。だが、鹿村・トーゴ(鄙の伏鳥・f14519)にとってのそれは馴染み深いものであり、注意すべき点といえば此処が初めて入る山だということぐらいだ。

「お初に、籐野どの。オレは鹿村」

 トーゴは旅装の傘を少し持ち上げると、籐野と視線を合わせて会釈する。籐野も同じく会釈を返すと、トーゴの佇まいを見て感心したような声を上げた。

「随分と旅慣れている様子だ、足捌きが違う」
「まあね。都人から見たら山人だけど、そのぶん山道には慣れてるからさ。心配召さるな、目的地までご同行するよ」

 人懐こい笑みと、言葉を裏付ける佇まいに籐野は安堵したようだ。その流れで、今回辿る道順の話になる。目的地までのおおよその方角は分かっており、基本的には大きく迷わされる道ではない。これまでの湯治客によって残された轍を辿れば問題無いが、万が一にも轍を見失えば夜明けに間に合わないかもしれないと籐野は語った。

『月も明るいし平気よ』

 トーゴの懐からぴょこりと白い鸚鵡が顔を出す。アヤカシエンパイアでは珍しい鳥である上に言葉を喋るとあっては、落ち着いた物腰の籐野もさすがに目を丸くした。

「あは、こいつはユキエね」
『ユキエね』
「なんと……人語を解する鳥とは。貴殿の式神か?」

 確かに、鸚鵡返しだけでなく会話までできるとなれば式神だと思われても仕方ない。それほどユキエは賢いのだとトーゴも久々に実感する。出発前に長話をするのも憚られるので、一旦は式神説を肯定することにした。
 月に照らされているとはいえ山道は薄暗い。それぞれ灯りを手に、足下の轍を見失わないように歩を進めてゆく。極端な大声を出さなければ山の獣を刺激することも無いだろうということで、山歩きの供は専ら互いのこれまでの旅路の話、そして和歌の話となった。

「歌ってオレ、万葉集のを少し聞き覚えたぐらいだなー」
「ほう、素晴らしい。優れた和歌も多い歌集だな。何か印象深いものはあるか?」

 籐野に尋ねられたトーゴは、少し考えた|後《のち》に「やっぱり海の歌かな」と答える。

「オレさ、山人だから見た事ない海の歌って想像できなかった」

 想像できないなりに、想像した。湖よりも広大で、青々と広がる水平線とやらを。だから余計に印象に残っていた。記憶にある和歌の断片を手繰り寄せて口遊む。トーゴが上の句を歌えば、ユキエか籐野が下の句を続ける。不思議なもので、口に出せば徐々に歌の全容を思い出すものだ。

「大人になって海見たときはビックリでさー。籐野どの、海を見た事は?」
「御役目のために何度かは。最近は安芸国へ赴いたな。海に佇む大鳥居は見事なものだった」
「へえ、いいね。海神さんが出てきそうだ」

 冷たい夜風が山を撫でる。風に吹かれた木々が響かせる葉擦れの音は、いつか聴いた漣の音にも近かった。そういえば今夜は随分と月が明るい。あの月はトーゴ達の山歩きを見守りながら、きっと何処かの海も眺めているのだろう。記憶を掠めたいくつもの海の歌は、そんな情緒的な思考を|一時《いっとき》だけトーゴに齎してくれていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『ウツツカサネ』

POW   :    世の中は夢かうつつか
レベルm半径内を【平安結界を模した幻】で覆い、[平安結界を模した幻]に触れた敵から【生命力】を吸収する。
SPD   :    幸ありぬべく
戦場内に「ルール:【平安結界の中と同じように暮らせ】」を宣言し、違反者を【生命力を奪う、中毒性のある幸せな幻覚】に閉じ込める。敵味方に公平なルールなら威力強化。
WIZ   :    春の庭と思へば
レベルm半径内を幻の【貴族の屋敷や庭園】を生み出し内部を【毒霧】で包む。これは遮蔽や攻撃効果を与え、術者より知恵の低い者には破壊されない。

イラスト:日向まくら

👑11
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種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。




 猟兵達が籐野と共に歌枕へ辿り着くと同時に、ちかちかと星が瞬くような光が辺りに注いだ。直後、花が開く。山道よりも拓けた丘陵地を埋め尽くさんばかりの花が、一瞬で猟兵達を取り囲んでいた。

「ひと足遅かったか……!」

 籐野が苦々しげに言って、懐より幾重もの札を取り出す。彼の視線の先で咲き誇る花々はどれも美しいが、その花芯より伸びる柔らかな手は優しくも悍ましい印象を振り撒いていた。

「これより妖の裂け目を塞ぐ! 貴殿らはこの妖の群れを頼む!」

 籐野は猟兵達へそう告げると、呪文のように和歌を唱えては手元の札へ自らの力を集束させる。妖の花々は彼を脅威とみなしたのか、妨害のため一斉に群がろうと動き出した。
 ここで籐野が倒れては結界の修復が先延ばしになってしまう上に、近くにある温泉宿にも危害が及んでしまう。猟兵達は各々の武器を構えると籐野を守る位置を確保し、妖の群れの前に立ちはだかった。

.
神臣・薙人
×

籐野さんを倒れさせる訳には行きません
花を散らすのは複雑ではありますが
妖ならば話は別です
ここで退いて貰いましょう

まず桜花乱舞で毒霧を吹き飛ばします
以後も発生する度に再使用
屋敷の幻には白燐蟲をけしかけ
内側から食い破るように指示します
白燐蟲の手に余るようなら
武器の桜枝を飛ばし少しずつでも破壊を
妖とはいえ花です
壊す事は出来ると信じましょう

籐野さんの様子には気を配り
少しでも疲れや負傷が見られれば
UCを使用して回復します
立ち位置は籐野さんの背を庇える場所を確保
お守りすると約束したのです
違える訳には行きません

妖が怯むような箇所があれば
そこを狙い白燐蟲と桜枝で攻撃
全てを倒し切れずとも
力は削り取らせて頂きます



 丘陵地に咲き乱れる花は八重咲の花弁の奥から手を伸ばす。優しく手招くような仕草を見せながらも、その動きからは明確な害意が滲んでいた。あの手を籐野に触れさせるわけにはいかない。神臣・薙人(落花幻夢・f35429)は籐野と一定以上の距離が離れないよう妖の群れと対峙する。

「花を散らすのは複雑ではありますが……妖ならば話は別です」

 薙人が退かないことを察したのか、妖はその手の指を組み奇妙な印を結ぶ。直後、周囲に大規模な幻覚が展開した。絢爛豪華な屋敷を模したそれは見事な|宝物《ほうもつ》や絶世の美女の姿をちらつかせ、この世の極楽の様相を呈していた。
 だが、薙人が意識を向けるのは目の前の幻覚ではない。香が焚かれているのかと見紛う空気の|煙《けぶり》。それは明らかに生物に害を成すものだと、薙人の体が警鐘を鳴らした。

「桜よ、狂い咲け。|冬暁《ふゆあかつき》を呼ぶために!」

 薙人の桜の精としての力が、何処からともなく激しい桜吹雪を呼び込む。何処までも続いているような長く広い屋敷の廊下に吹き荒れる花弁は、辺りの空気に満ちていた毒霧を浚ってゆく。薙人は毒が薄れた瞬間を狙い、白燐蟲を屋敷の壁へ向けて解き放った。白燐蟲は指示を受けるまでもなく、飛びついた壁へそのまま喰らいつく。まるで肉を咀嚼するように牙を立て、幻覚で組み上げられた屋敷を内側から破壊していった。
 薙人は袂から銀に輝く桜枝を数本取り出し、白燐蟲によって脆くなった箇所へ向けて間髪入れず投擲する。決定的な負荷がかかった箇所から亀裂が走ったかと思うと、その隙間からは先程まで見上げていたあの月の光が漏れ出ていた。
 屋敷の幻覚を打ち払おうとする間も毒霧は絶えず風の流れに従って立ち込める。籐野は妖の裂け目を塞ぐため歌を詠む以外の行動を取れず、そんな彼のそばにも毒霧は漂ってきていた。薙人がそちらへ視線を向けると同時に再び桜吹雪が荒ぶ。桜吹雪が籐野の周囲を二周三周とする頃には、毒霧はあっさりと霧散してしまった。

「すまぬ、神臣殿……!」
「いえ、お気になさらず。お守りすると約束したのです」

 それは猟兵の戦いにおいて、決して違えるわけにはいかない約束だ。毒霧を範囲外にまで押し戻したところで再度、籐野を庇える立ち位置を確保した。
 それまで籐野を集中的に狙っていた妖は、薙人と白燐蟲による妨害が厄介だと認識したのかその動きを変える。花の中心で咲く腕が先程と異なる印を組むと、薙人の視界にまた新たな幻覚が明滅するように現れた。だが、その幻覚が一帯に展開する瞬間、妖の群れに僅かな隙が生じるのを薙人は見逃さなかった。蟲笛に息を吹き込む。通常の楽器とは異なる音、そして空気の流れ。それに合わせて踊るように白燐蟲が光の尾を引き、隙を見せた妖へと喰らいつく。ちょうど大掛かりな幻覚を展開するための中枢を担っている個体だったのか、それが白燐蟲によって体を引き千切られた途端に新たな幻覚の気配は一瞬で消え失せてしまった。

「全てを倒し切れずとも、力は削り取らせていただきます」

 また新たに群がってくる妖を前に、薙人は次なる桜枝を手にし、毅然たる立ち姿を以てそれらと対峙した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリィ・ローゼ
WIZ 連携・アドリブ歓迎

平安結界をマネしたみたいに幻を見せてくるなんて、なんてイヤなお花!
この結界を張っているみんなは、あなたたちみたいに、頑張ってる人を邪魔するような幻なんて見せたりしないのだわ
歌人のおじさまの邪魔は、絶対させないんだから
行くわよ、ダンデ!

UCで召喚したライオン共々、毒霧をなるべく吸わないよう留意
幻の屋敷や庭園の中を一緒に駆け回り、敵を見つけしだい攻撃していく
「花だから見えてません」なんて言わせないのだわ
わたしたちの姿が見えたから、幻を見せてくるんでしょう?
だったら、こっちだって容赦はしないわ
こういうの、「けんてきひっさつ」って言うのよね?



 猟兵と籐野を取り囲んだ妖の花は、揃ってその手で印を組む。不穏な光が周囲に満ちたかと思えばそこは先程まで立っていた丘陵地ではなく、立派な庭園を擁する屋敷だった。だが、どれだけ美しい風景だったとしても端々から滲む不気味な気配は誤魔化せない。恐らくこれは、妖が見せる幻だ。

「平安結界をマネしたみたいに幻を見せてくるなんて、なんてイヤなお花!」

 少なくともリリィ・ローゼ(フェアリーのシンフォニア・f04235)の故郷たる森には、そんな性根の悪い花は生息していなかった。同じく幻を見せる者だとしても、籐野を始めとした平安歌人と同列に扱って良いものでもない。短い旅路で仲良くなった籐野を侮辱されたようにも思えて、リリィは憤慨していた。

「歌人のおじさまの邪魔は、絶対させないんだから! 行くわよ、ダンデ!」

 リリィの呼び掛けに対して、何処からか咆哮が轟く。黄金の光を放ち、いつの間にか庭園に現れていたそのライオンは地を蹴ると、幻覚の各所で揺れる妖の花を蹂躙してゆく。リリィもそれに続き、飛行能力と小回りが利く体躯を活かして敵の合間を縫い、シンフォニックデバイスを用いて歌声を響かせた。人々にとっては癒しにもなるシンフォニアの歌声だが、敵対する者には精神干渉や音の礫として襲い掛かる。
 ふいに、リリィの嗅覚が嫌なにおいを捉える。これは森でも稀に嗅ぐことがあったにおいだ。毒花が放つ、生物にとって有害なもの。それが目に見える霧となって、幻の空間を埋め尽くそうと滲み出てきていた。

「ダンデ、あの霧は危ないのだわ!」

 ダンデも動物の勘が働いたのか、屋敷や庭園を駆け回りながら立ち込める毒霧を回避する。ダンデの咆哮、そしてリリィが奏でる音によって毒霧の散開をある程度は抑えられているが、あまり長い時間を掛けるわけにはいかないだろう。

「りりぃ殿、相手の数は多い! 無理は禁物だ!」
「ありがとう、おじさま! でも大丈夫よ!」

 ほら、と籐野の視線を導くようにリリィが飛んだ先では、ダンデが再度の咆哮を上げている。地を震わせるような声によって生まれた衝撃波はダンデを中心にして広がると、妖の花を次々と薙ぎ倒していった。

「ダンデの姿、「花だから見えてません」なんて言わせないのだわ」

 咆哮を上げるダンデが視界に入った者は須らくその力の前に跪く。妖であっても、そして花の形を得た存在であっても例外は無かった。そもそも相手とて、こちらの姿を認識しているからこそ幻を見せてきている筈なのだから。

「こういうの、「けんてきひっさつ」って言うのよね?」

 激闘の中でもリリィの無邪気さは健在だ。合ってるかしら、と緑柱石の瞳を輝かせながら尋ねるリリィの余裕に、籐野は思わず苦笑した。口にした言葉も合っているような、いないような。そもそもそんな物騒な言葉を教えたのは誰なのか。それを確かめるのは、この場を切り抜けてからでも遅くはないだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ギュスターヴ・ベルトラン(サポート)
|C’est du soutien, ok.《サポートだな、了解》

一人称:オレ
二人称:相手の名前+さん呼び、敵相手の時のみ呼び捨て
口調:粗野で柄が悪い

■行動
信心深いため戦う前に【祈り】を捧げる事を忘れない
敵の主義主張は聞き、それを受けて行動する。行動原理を理解しないまま行動はしない
連携相手がいるならば相手のフォローへ、居ないなら全力で敵をシバきに行く
戦場によっては屋内でも空が飛べるタイプの魔導バイクを乗り回す
「公序良俗に反することはしてねえぞ」と言うし実際にそうするタイプ

■攻撃
主武器:リングスラッシャーと影業、魔導書
近距離攻撃が不得意なので敵とは距離を取って戦う

アドリブ連帯歓迎



 神仏の座す国には美しい花が咲くものだ。それは清らな心を表す象徴であり、このような冒涜的な花が咲き乱れる光景はギュスターヴ・ベルトラン(我が信仰、依然揺るぎなく・f44004)の知る神の国とは似ても似つかない。主が庇護する人々を害する花は、この場から全て除かなければならない。自身を取り囲むそれらをこれより焼き払うこと、その赦しを乞う祈りを終える時、周囲の光景は一変していた。

「随分、手の込んだ幻覚じゃねえか」

 アヤカシエンパイア風の絢爛な屋敷と庭園は見事なものだ。サングラスの奥からでも輝いて見える風景は、きっと只人ならば心を奪われただろう。

「それでも詰めが甘え。毒のにおいを誤魔化すほどの力は無いみてえだな」

 あたりを漂う煙が毒を含んだものであると分かればいくらでも対処は可能だ。ギュスターヴは自身に纏わりつく毒霧を浄化の力で退ける。こちらが毒を吸わなければ、敵は丸裸の状態で立ち尽くしているのと同義だ。ギュスターヴがその視界に収まる花を全て捉えると同時に手の中の魔導書が淡く光を放ち、ひとりでに頁を捲る。

『――欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出す』

 空が割れる。360度を囲む幻覚の中に在っても、強い信仰のもとに主の威光は届くものだ。雲が退いだ間から差す光は、ギュスターヴが視界に捉えた全ての花へ注がれる。

『あなたの罪に罰を』

 ギュスターヴの言葉に応えるようにして、空からの光は強くなり視界を白く埋め尽くす。火とも異なる純粋な光。爆発音のようなものも無く、ただ静かにその場の|邪《よこしま》なる者を罰する光だった。
 徐々に光は治まる。ほんの一瞬のことのようにも、とても長い時間のようにも感じられた。光が潰えて正常な視覚を取り戻した頃、妖の花はその殆どが切り捨てられており、周囲の幻覚は一部に大きな綻びが生じていた。

「完全に解除はできねえか。まあ、数は多いが増援は無いみてえだし、もう一発いっとくか」

 ギュスターヴは口角を上げて余裕の意を示しながら、再び手中で魔導書を開いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

鹿村・トーゴ
花と嫋やかな手
可憐なはずだが…アレは気味悪りィな
ユキエ、籐野どのを頼むぜ
花どもが悪さから【かばう】んだ

手持ちのクナイ、手裏剣と共にUCの鏃を高速高威力で敵全体へ【念動力で投擲し】【串刺し、暗殺】していく

敵UC宣言は平安結界維持の為、歌読む籐野どのは違反じゃないだろ
花どもの言う違反てのはつまり花を荒らす戦闘つー事だよな

【野生の勘】で実害と目の前のコレは幻かな、と思う
死んで欲しくなかった皆がいて
郷もごく普通の農村で
オレもただの飴売り行商で…
ああ
こーゆー世界が欲しかった
そう思うって事はやっぱ幻だよねェ…

手裏剣を握り込み痛みで幻を払いトドメを仕掛ける
幻でも懐かしい顔に会えたのは礼を言うかねェ

アドリブ可



 どれだけ美しい花でも、どれだけ優しい腕でも、手招く先が地獄であるならばそれは敵だ。鹿村・トーゴ(鄙の伏鳥・f14519)は一面に咲き乱れる妖の花から視線を外さないまま、傍らで翼を広げたユキエへ指示を出す。

「ユキエ、籐野どのを頼むぜ。花どもの悪さから庇うんだ」
『お任せよ』

 籐野は詠唱に集中しているせいで身動きを取れないが、じきに結界の裂け目に干渉できるようになる。それまで彼を敵の攻撃から守るぐらいならば、ユキエだけでもこなせるだろう。トーゴはその間に妖の花を一輪でも多く始末することに集中する。
 クナイや手裏剣、そして黒曜石の鏃。あらゆる投擲武器を取り出したトーゴは、それら全てを念動力の支配下に置いた。ひとつひとつが意思を持つように飛び交い、殆ど移動をしない花へ向かって射出される。元より回避行動も取れない植物だ。あらゆる方角から飛来する武器に成す術も無く、妖の花は次々と刺し貫かれていった。

 此は平安結界と時、処を同じくするものなり。

 ふいに耳に届いた音は声とも言い難いものだった。ともすれば風の音だと判じてもおかしくはないものだったが、何故かトーゴの聴覚はそれを〝声と言葉〟として捉えた。
 同時にトーゴの視界が一変する。いつの間にか月に照らされた丘陵地ではなく、陽が射した長閑な山村に立っていた。トーゴはその村が何処であるのかを、よく知っている。

(雰囲気はだいぶ違うけど……郷だ、此処は)

 暮らしている人々の動きを見れば、彼らが忍びなどという因果な仕事とは無関係な日常を過ごしていることがすぐに分かる。見知った顔の中には、今はもう会えない筈の者もいた。あまりにも明瞭で、そして優しすぎる幻。だから余計に現実感が得られなかった。
 ふと、名前を呼ばれた気がした。振り返った先では、大切で仕方無かった少女が手を振っている。

(……ああ)

 こんな世界が、欲しかった。けれどその切望は、トーゴの中ではどこまでも過去のことだ。この幻に縋りつくには、もう時間が経ちすぎている。
 投擲せず手元に残していた手裏剣の刃を握り込む。如何なトーゴとて、その刃が掌に食い込めば鋭い痛みに見舞われる。末端部の痛みが脳へ警鐘の音を届けた。僅かに顔を歪めたトーゴが次の瞬間に見たものは平和な村の光景ではなく、悍ましい花が揺れる夜の丘陵地だった。

「さすがに何度も見せられたらきついし、手早く済ませるか」

 敵が再度動き出す間も与えずトーゴは鏃を空へ投げる。一度に放つ数は多く、鏃はまるで黒い雨のように辺りへ降り注いだ。いくつも咲き乱れる妖の花、そのひとつひとつを余さず貫く。悪質な幻を見せる以外には何もできない花が、断末魔など上げるわけがなかった。掠めただけの個体にも鏃に塗り込められた毒が回り、時を待たず萎れてゆく。

「幻でも、懐かしい顔に会えたのは礼を言うかねェ」

 妖の花の殆どが枯れ果てたところで、トーゴは苦笑しながら呟く。記憶はどうしても薄れるものだから。忘れたくないものを思い出させてくれたことだけは、あの花に感謝しても良いのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リグノア・ノイン
「御助勢致します」
戦闘の真っ最中
しかもどうやら裂け目を塞ぐ所のご様子
道中の護衛には間に合いませんでしたが
危険なタイミングには割り込めました

お送り頂いた神白様に感謝を呟き
即座に戦闘態勢に入ります
「それでは|Generaloffensive《総攻撃です》.」
籐野様の守護には既に猟兵の皆様が居られます
私は敵の前に降り立ち掃射で蹴散らしましょう
尽きぬこの身の弾丸で在れば
夥しいまでの花々であろうと薙ぎ払えます

敵のルールを定める攻撃も
私には強く効く事はないでしょう
私は平安結界の中の文化を知らぬ身
その上中毒とは無縁の機械の身なれば
「ですので、|Mach dir keine Sorgen《ご安心ください》.」



「御助勢致します」

 月を背後に現れたリグノア・ノイン(感情の渇望者・f09348)の静かな声の後、ガトリング砲の連射音が戦場に轟いた。ひと足遅れてアヤカシエンパイアへ転移したリグノアは役目を終えたグリモア猟兵・みつきへ目礼すると、夜の丘陵地で妖しく揺れる花々をその視界に収めた。先程の射撃でいくらか個体数が減りはしたが、今回の作戦で求められているのは〝敵の殲滅〟である。
 既に籐野の周囲は他の猟兵が防備を固めている。となれば今のリグノアに最も適した行動は、最前線にて妖の花の生命反応が消えるまで持ち得る全火力を注ぐことだ。

「それでは|Generaloffensive《総攻撃です》.」

 リグノアの視界に次々と照準が現れ、妖の花を一体ずつ捕捉する。相手が行動を起こすよりも先にトリガーを引けば、轟音と共に無尽蔵の弾丸が矢継ぎ早に射出された。一発とて外れることは無い。着弾した弾丸は花弁を、茎を、葉を貫き、焼き切っていった。
 ふいに、生き残った花がその嫋やかな手指で印を結ぶ。それと同時に、リグノアの計器が周囲の空気の乱れを感知した。

(各所感覚器に微弱な異常。広範囲に及ぶ〝幻覚〟と推定)

 リグノアの視界で、恐らくアヤカシエンパイアの日常なのであろう映像が明滅する。だが、それはノイズが多く、いつまで経っても明確な像を成すことは無い。不完全で頼りない映像として眼前に流れ続けた。

(人によっては、この幻覚に自身の平和な生活を見出すのでしょうか)

 リグノアにとっては意味の無いものだ。アヤカシエンパイアの、果ては平安結界内の文化や生活を詳しく知らないリグノアには、かの花が魅せる幻は不完全なものでしかない。〝永遠に此処に在れ〟と誘う空気にすら何も思うところは無かった。いくらかの生体を残すサイボーグであっても、殆どを無機物に置き換えた体に──そして記憶回路に、訴えかけるものは無いのだ。

「ですので、|Mach dir keine Sorgen《ご安心ください》.」

 作戦行動は滞りなく、完璧に。リグノアは顔色ひとつ変えず、不完全な幻の向こう側で揺れる花に向けてガトリング砲の連射を開始する。まるで|的《まと》にしてくれと言わんばかりに横一列に並んだ花を一輪ずつ、確実に排除してゆく。妖の花は叫び声を上げるでもなく、ただその花芯から伸びる腕で何かに縋るような仕草だけを見せ、そして朽ち果てていった。

 一定のタイミングでリグノアの視界で照準が生まれるのが止まる。あらゆるセンサーが標的の存在を感知できなくなったことで、ようやく殲滅が概ね完了したのだと判断できた。
 センサーの範囲を広げ、周辺に一切の敵影が無いことを確認したところで、リグノアはガトリング砲の砲口を下ろす。妖の裂け目が塞がる気配を察知したのは、それとほぼ同時のことだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




 籐野が詠唱を終えたと同時に、妖の裂け目が塞がってゆくのを猟兵達は確かに見届けた。これで妖もこれ以上は侵入できない。戦いの舞台となった丘陵地に、ようやく静けさが戻ってきた。
 肌を刺すような、冷たい冬の風が通り抜けてゆく。今はその冷たさが、何よりも生きているという実感を確かなものにしてくれていた。

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第3章 日常 『秘境にたたずむ湯治宿』

POW   :    じっくり湯につかる

SPD   :    周囲を散策してみる

WIZ   :    お宿で気ままに寛ぐ

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。




 妖を退けた猟兵達は、少し離れたところで温泉の湯気が立ち昇っているのを見つける。あれが事前に存在を知らされていた温泉だろう。籐野を伴って|徒歩《かち》で向かえば、やがて小さな温泉宿へと辿り着く。今夜は他の湯治客はいないようで、図らずも貸し切り状態となったようだ。

「今夜はここで休もう。妖の裂け目こそ封じたが、そもそもの私の役目は平安結界をより強化すること。堅固な結界となるよう、夜の間に歌を練っておきたい」

 籐野の提案は猟兵達にとっても有益なものだ。断る理由も無い。了承すれば、籐野は改めて深々と頭を下げて謝意を示した。

「貴殿らには本当に助けられた。もしも、歌に込めたい心情や情景があれば遠慮なく言ってほしい」

 勿論、ただゆっくり過ごすだけでも構わないのでどうか疲れを癒してほしい。そう付け加えた籐野はまず、宿の中より臨む月を見上げながら歌の制作に取り掛かり始めた。

.
神臣・薙人
×

無事に裂け目を塞ぐ事が出来て良かったです
籐野さんにもゆっくり休んで頂きたいところですが
結界を張り直す事は
歌人である籐野さんのお役目でもあるのですよね
せめて歌を練るお手伝いが出来ないか
辺りを見回ってみる事にしましょう

妖がいなくなれば
本当に素敵な月夜ですね
他に歌の題材になりそうなものは無いでしょうか

歩いていたら花を見付けました
着想元になるかもしれません
観察してみましょう
言葉に出来るくらい特徴を捉えられたら
籐野さんの所へ行きます

月夜を散歩していたら
花を見付けました
白くて小さい
それでもしっかり根を張った花です
歌の題材としてはいかがでしょうか
私に歌の才は無いので
題材を探す事でお手伝い出来たら嬉しいです



 温泉宿は心地良い静寂に包まれている。温泉の方角からは、今まさに湯に浸かっているのであろう他の猟兵達の声も聴こえてくるが、それも程良い距離があるおかげで騒々しくはなかった。神臣・薙人(落花幻夢・f35429)は宿の外──簡易的に設けられた遊歩道をゆっくり歩きながら、ぽっかりと浮かぶ月を見上げている。

(籐野さんにもゆっくり休んで頂きたいところですが……)

 だが、彼の本来の役目は未だ終わっていない。塞いだ妖の裂け目が再び現れることがないように、平安結界をより強固なものにすることこそ今回の旅の目的だ。それを思えば、早速歌の制作を始めた籐野に余計な声掛けをするのは憚られた。
 せめて、歌に描くものを探すことで彼の手伝いになれば。薙人が温かい宿を出て、寒風吹き抜ける外へ出たのはそういった理由もあった。

「妖がいなくなれば、本当に素敵な月夜ですね」

 地上に降り注ぐ月光には音も形も無い。だが、それを受けることで地上に在るあらゆるものが輝いて見えるから不思議なものだ。日光ともまた違うその光には魔力が宿る、と言われるのも分かる気がした。
 ふと、視界の端で咲く白い小花が目に留まった。背が低く、そばの低木の陰でひっそりと咲いているので、月が明るくなければ見落としそうな花だった。薙人は興味を惹かれ花のそばまで歩み寄ると、屈んでその色や形をよく観察した。

(花弁が五枚。少しだけ俯きがちに咲いてますね……葉は細長くて、花よりも大きいものもある)

 花ほどその季節を表すものも、そうそう無い。後世に残される名歌の中でも、美しい花の在り様を歌ったものは数多く存在する。もしかしたら、これも歌の題材として提案できるかもしれない。何より、他の植物に隠されそうになりながらも小花をたくさん咲かせている姿に、生きる意欲を強く感じられたのもあったからだ。
 花の姿をよく記憶した薙人は、その足で宿へと戻る。籐野は座敷を一室借り、温かい茶を飲みながら歌の草案をいくつか書き出しているようだった。

「おお、神臣殿。よく休めているか?」
「はい、おかげ様で。月夜を散歩していたら花を見付けました。歌の題材にでもなればと思って、お伝えに」

 その言葉に興味を惹かれたのか、籐野は一度筆を止めて薙人に席を勧める。タイミング良く宿の者が追加の茶を運んできたので、薙人はそれで体を温めながら先程の花の特徴を籐野へ聞かせた。籐野はその特徴ひとつひとつに頷き、時折質問を交え、薙人の話がひと段落ついたところで顔を綻ばせた。

「その花はおそらく〝初雪起し〟だな」
「初雪起し、ですか」

 薙人は後から知ることだが、クリスマスローズという別名を持つ花だ。世界によっては近代に海外から渡ってきた花らしいのだが、アヤカシエンパイアでは事情が異なるのかもしれない。

「今のような寒い時期に咲く花だが……そうか、この辺りでも咲いているのだな」
「ええ。低木に隠れがちではありましたが、小さくも立派な花を咲かせていました」
「あの戦いの中に在って尚、散らずに耐えてくれたと思うと感慨深い」

 薙人も籐野も、激戦に巻き込まれて散る花が多いことを知っている。それを思えば、薙人があの小花に感じた生命力も気のせいではないのだろう。いずれ平安結界の外にも、あの花が咲き乱れたら。今は難しくとも、そんな希望を抱かせてくれる光景だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリィ・ローゼ
POW 連携・アドリブ歓迎

ふぅ……あったかい泉って、こんなに心地いいのね
ここで病気を治していく人がいるのも、わかる気がするのだわ

外がどんなに厳しくても、この場所があれば安心できる……
平安結界も、そういうものかもしれないわ
そうだ! この泉の温かさと、結界が守っている日々の安らぎを、重ねて詠んでいただくのはどうかしら?
お役に立つかはわからないけど、あとでおじさまにお話してみましょ

……それから、おじさまの頑張りは、わたしが歌にして持っていきましょう
この世界ではおおっぴらに語れなくても、他の世界や猟兵のみんなに伝えるなら、きっと怒られないのだわ



 温かい泉は確かに存在した。湯治宿に隣接する形で設けられた露天風呂は男湯と女湯でしっかりと区切られており、それでも思いのほか広々とした造りになっていた。温かな湯気を絶えず昇らせている湯を檜の桶に汲み、それを更に露天風呂の|水面《みなも》へ浮かべる。それだけで、リリィ・ローゼ(フェアリーのシンフォニア・f04235)の体格にちょうどいい温泉の出来上がりだ。このために持参したサイズぴったりのバスタオルを体に巻いて湯に浸かれば、知らず知らずのうちに冬の風で強張っていた体がじんわりと解れてゆくのを感じられた。

「ふぅ……あったかい泉って、こんなに心地良いのね。ここで病気を治していく人がいるのも、わかる気がするのだわ」

 天然の温かいお風呂、というのはリリィにとって新しい文化だ。こんなに心地良いものなら皆に愛され、こうして宿という形にまで整えられるのも理解できた。
 湯に浸かったまま空を見上げると、柔らかく輝く月が変わらず浮かんでいる。環境が違うせいだろうか、故郷の森で見上げたものとはまた違った雰囲気が感じられた。特に今は妖との激戦を終えた後というのもあって、格別に優しい光を放っているようにも見える。

(外がどんなに厳しくても、この場所があれば安心できる……平安結界も、そういうものかもしれないわ)

 平安結界が見せる幻とは人々の命は勿論のこと、心を守るためにあるのだろう。荒廃した世界を目の当たりした人々が絶望してしまわないように、|禍津妖大戦《まがつあやかしのおおいくさ》より前には当然のようにあった平和を変わらず享受できるように。そんな願いから生まれたものなのかもしれない、とリリィはぼんやりと考えていた。

「──そうだ!」

 思いつきと同時に声を上げると、ぱしゃりと湯が跳ねる。平安結界を強化するため籐野がこれから詠むという歌についてずっと頭の隅で考えていたのだが、この温泉の温かさはそれに組み込めるのではないか。そんなアイデアがリリィの脳裏で閃いた。温かい温泉とは即ち、平安結界が守る世の平和。それを上手く重ねて詠むことができれば、きっと結界はより強いものとなるだろう。

「こういうの、かけことばっていうのよね! お役に立つかはわからないけど、あとでおじさまにお話してみましょ」

 和歌について知り始めたばかりのリリィだが、案をひとつ提供できそうなのは素直に嬉しい。もう少し温泉を堪能したら、籐野が作業をしている部屋を訪ねてみよう。そう心に決め、上機嫌で再度、肩まで湯に浸かった。

「……それから、おじさまの頑張りは、わたしが歌にして持っていきましょう」

 アヤカシエンパイアの民の殆どが、貴族達のことを毎日遊び惚けている放蕩者だと思っている。おそらく、この世界の真実を知り、歌を詠んで暮らしている平安歌人に対しても同様の目線が向けられていることは想像に難くない。民に真実を告げるわけにはいかない彼らは、その誤解を甘んじて受けている。事情を理解している分、リリィもそれを否定するつもりは無い。だが、それはそれで籐野らの働きが報われていないように感じるのも事実だった。
 だから、彼らの活躍をリリィが歌にする。この世界で公にすることが許されないのなら、せめて別の世界で彼らの物語を語り継ぐ。それぐらいなら、きっと許されるだろう。

「歌で世界を守るおじさまを、遠くから守ってくれる。そんな歌にするのだわ」

 静かな温泉にリリィの鼻歌が響く。まだ完全な形を成していない筈のそれは、どこか耳にした者の心を励起する。人知れず戦う者を讃える、妖精からの頌歌だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リグノア・ノイン
温泉宿の庭で
草木や花と共に月を見上げ
「|Gut《良かった》.」
間に合って、そして力になれてと呟きます

誰にも相談せず、誰かの力になると
一人で飛び出したのは初めての事で
少し高揚感が胸を占めています

「そして歌、ですか」
庭を歩いているのですが
とても歌というものが難しく
そして悩むのもすこし楽しい私が居ます

思考を巡らせていると
足元の小さな芽に気付きます
雪はないとはいえ寒風吹くこの時期に
力強く上を目指すそれは
「|In der Tat《成程》.待雪草ですか」
春ではなく雪を待つ名の
その先の春の始まりを伝える花

この胸に宿る温かさと同じ
春という先を思う草木の情景
これは如何でしょうかと
籐野様へお伝えしに向かいましょう



 妖の花が全て潰えて以降、湯治宿の周辺は心地よい静寂に包まれている。リグノア・ノイン(感情の渇望者・f09348)は宿の庭に出て、柔らかな光を放つ月を見上げながら過ごしていた。傍らには木々や花が言葉無く寄り添っている。その様子に、先程の妖の花のような禍々しさは一切無かった。

「──|Gut《良かった》.」

 激戦の記録を振り返り、自然と言葉が零れた。身近な誰かに相談も報告もせず、求められるままに単身で出撃したのは初めてのことだった。力にならなければ、と思った。それは、ともすれば感情と呼べるものが僅かに発露した瞬間だったかもしれない。結果的にリグノアは戦果にも大きく貢献し、後は平安結界の強化を残すのみとなった。

「そして歌、ですか」

 結界を補強するにあたって籐野が準備している歌は、楽器の音色や決まった旋律に乗せて歌うものとは異なる。一般的に和歌と呼ばれるものには最低限守るべき法則があり、経験の無いリグノアにその全てを作るのは難しい。手伝うにしても、歌に込める情景や意味等を提供するに留まるだろう。果たせるかどうかも分からない。けれど……。

(──悩むのもすこし楽しい私が居ます)

 今は、分からないこと自体に少しだけ胸が躍った。楽しいという気持ちを感覚的に理解できそうに思いながら、リグノアは庭を散策する。等間隔に配置された飛び石と細かな砂利が敷かれた庭だが、緑も多く残されている。最近、宿の誰かが手入れをしたのだろう。綺麗に剪定された低木が並び、椿の蕾と思しきものがいくらか付いていた。寒い季節でも、強い生命力を見せてくれる植物は多いものだ。
 飛び石の道から少し外れ、植木をそばで眺めていたリグノアの足下で小さな芽が揺れる。踏まないよう足を退けてよく観察するため屈むと、水仙によく似た──けれどもそれと比べれば小さい茎と葉がそこに在った。

「|In der Tat《成程》.待雪草ですか」

 スノードロップとも呼ばれるその花は、やがて降るのであろう雪を待っている。そう言われるのも納得できるような、白くて小さな花を咲かせるものだ。リグノアが見つけたものはまだ伸び始めた芽のようだが、生育状態が良いのできっとすぐに可憐な花を咲かせるだろう。
 花が咲き、雪が降る。その先には暖かな春がある。そんな当たり前の摂理は命の循環でもある。小さくも〝次〟へ進もうとする命を前に、リグノアはなんとなくその場を離れ難く思った。

「りぐのあ殿、そのような所で屈んでどうした?」

 ふと、覚えのある声がリグノアの名を呼ぶ。休憩のために部屋を出てきたのであろう籐野が、湯気を上げる醴酒──甘酒を手に立っていた。

「失礼しました。散策中に待雪草の芽を見つけたので、その観察を」
「ほう、待雪草か。確かにそろそろ育つ頃だな」

 籐野は興味深そうにリグノアの足下を覗き込む。未だ花をつけないが、茎も葉も色が濃く瑞々しい。そう経たず、美しい花で雪を呼ぶことだろう。

「籐野様。平安結界の強化についてですが……」
「うむ。何か気になることでも?」

 平安結界、という単語を出したことで心なしか籐野の表情に緊張感が宿る。何か異変を感じた、等と受け取られたのかもしれない。リグノアは誤解が深まるよりも前に、待雪草へ視線を落としながら話を続けた。

「……春という先を思う草木の情景、を詠んでは如何かと」

 まさか歌の案が提示されるとは思わなかったのか籐野は一瞬、きょとんとした顔を見せる。時間にして二、三秒のことだ。やがて意味を理解したのか表情を和らげ、そして呵呵大笑して頷いた。

「ああ、とても良い。貴殿の思い浮かべた情景が、きっと結界に更なる力を与えてくれるだろう」

大成功 🔵​🔵​🔵​

鹿村・トーゴ
寒い時期に温泉なんて贅沢な気がするねェ
相棒のユキエの頭を撫でると『ユキエもお湯、はいるー』と乗り気
桶か入れもの借りてぬるま湯にしとこうなー
籐野どのは少し休んでから、とゆーワケにはいかないのかい?
よければ温泉で秋の紅葉盛りの山と月を楽しむ
旅は難儀だけど女流の歌人も活躍してんのかな?
オレら農民やこーゆー風景を守ってる貴族や歌人方の苦労と功はホントにすごいと思う
そのー、ありきたりだけど、頑張って欲しい。
ご一緒無理でも明るい月と、負けじとさんざめく冬の星々を楽しむ(星が好き
冬はすばる…てね
ユキエは桶のぬるま湯で湯浴び遊び
湯から出たらすぐに羽根を拭いてやって月や星にちなんだ万葉集の歌遊びの続き

アドリブ可



 湯治宿の一室に荷物を置き、鹿村・トーゴ(鄙の伏鳥・f14519)は上機嫌で入浴の支度をする。とはいっても、自前で用意するのは着替え一式と手拭い程度。桶などは温泉の方で用意があるとのことだった。

「寒い時期に温泉なんて贅沢な気がするねェ」

 部屋を出て温泉へ向かいながら、トーゴは腕にとまった相棒のユキエの頭を人差し指で撫でた。

『ユキエもお湯、はいるー』
「羽が重たくなるんじゃないか……?」

 ユキエ本人は乗り気のようだが暫く飛べなくなりそうなのは勿論のこと、温度の心配もある。桶を借りてぬるま湯を張ることでユキエには納得してもらうしかない。そもそも、鳥の入浴ならば転がり回れるぐらい浅い方が好ましいだろう。

「鹿村殿、これから入浴か?」

 通路の向かいから歩いてきたのは籐野だった。歌作りの休憩中なのだろう、甘酒を手に部屋へ戻ろうとしているようだ。

「まーね。籐野どのは少し休んでから、とゆーワケにはいかないのかい?」
「ん? そうだな……一応、候補となり得る歌はいくつか出来たが」

 他の猟兵達によっていくつか案が持ち寄られたのもあり、歌の制作自体は難航せずに済んだらしい。後は候補を絞って、表現の見直し等の推敲を行うだけ。とはいえ、その作業が一番の要でもあるのだが。

「じゃあ余計に根詰めない方が良いんじゃないか? 湯でも浴びた方が、頭がすっきりして捗るかもよ」

 トーゴの意見に、籐野も苦笑して「一理ある」と頷く。実際、山道を登ってからの戦闘を経て、休み無しで働いている彼の体力や集中力もそろそろ限界だ。もう少し休憩すると決めた籐野は甘酒を飲み干すと、トーゴと共に温泉へと足を運んだ。
 温泉は露天風呂形式になっており、男湯と女湯もしっかり区切られている。山歩きを見守ってくれていた月が今も静々と夜天で輝いており、冬の冴えた空気がその光を際立てていた。トーゴはまず檜の桶をひとつ手に取ると、露天風呂の湯を少し汲み上げる。温度は適温。これなら、ユキエがすぐに入っても問題無さそうだ。

「ほら、ユキエはこっちな」
『わーい』

 ユキエはトーゴの腕を離れ、桶の湯に飛び込む。まさに行水といった様子でばしゃばしゃと転がり回り飛沫を散らせているが、他の客がいないので良しとした。
 籐野と共に湯に浸かると、知らず知らずのうちに強張っていた筋肉がじんわりと弛緩してゆくのを感じた。長旅に慣れた身ではあるが、やはりこうした休養は有難い。熱すぎずぬるすぎない湯の中で手足を伸ばしながら、トーゴは再び籐野へ旅の話題を振った。

「旅は難儀だろうけど、女流の歌人も活躍してんのかな?」
「ああ、勿論。彼女らの感性も素晴らしいものだ」

 確かにトーゴの言う通り、旅歩くことに関しては男性歌人より苦労は多い。だが、彼女らにしか詠えない和歌もあり、その実力を重宝する貴族もまた多いと籐野は話してくれた。勿論、男女問わずそれぞれに苦労は多かろう。それでも彼らは歌うことを辞めない。この世界の真実を知る数少ない人間として、貴族らと共に平穏な風景と生活を守っている。

「そのー、ありきたりだけど、頑張って欲しい」
「ご厚情、有難く。鹿村殿にもまたご助力いただけると幸いだ」

 暫し会話を交わしたところで籐野は先に湯から上がり、制作の仕上げに入るため部屋へと戻って行った。トーゴはもう少し星月夜を見上げていたくて、その背を見送る。ユキエ用の桶の中が冷めてきたので温かい湯を追加してやりながら、寒空でちかちかと瞬く星を観賞した。

「冬はすばる……てね」
『ひこぼし、ゆふづつ、よばひ星ー』

 温泉で旅の疲れをじっくり癒しながら星を楽しむ。しかし、温かい湯に浸かっているとはいえ冬の山だ。ある程度楽しんだところで肩まで温め、先にユキエの羽を拭いてやる。細かな羽毛は少し水気が残ってしまうが、翼だけは念入りに乾燥させた。
 なんだか、今日は歌遊びをしたい気分だった。体を拭いて温かい服に身を包んだトーゴは、部屋に戻りながらユキエと上の句と下の句を詠い合う。歌に込める情景が大切なのは勿論のこと、いつか訪れる平和な世でこうして誰かが歌を口遊む──それこそが、籐野ら歌人の目指すものなのかもしれない。



 夜明け前、湯治宿の外に集まった猟兵達は籐野による平安結界の強化を見届ける。彼が練り上げた歌は、朗々とした声に霊力を乗せて辺りへ響き渡った。空や木々、細かな草花が揺れる。水の波紋のような揺らぎはいくつも広がり、互いに干渉しあっては消えてゆく。それら全てが収まる頃、猟兵達の目の前の景色には僅かな変化が表れていた。
 未だ薄暗い空に、よく見れば灰色の厚い雲が出ている。そこからはらはらと音も無く散る雪は、これより更に深まる冬と、その先で待つ春を思わせた。寒さの中でこそ育つ花が伸び、空から舞い降りる雪を迎え入れる。寒さの中に在っても、その光景には不思議と寂しさは感じられなかった。

 当たり前にある季節の営み。その中で変わらず在る命の循環。猟兵達が守るのは、そうして世界を巡るもの全て、なのかもしれない。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2024年12月27日


挿絵イラスト