ティタニウム・マキアの超越者
●理不尽
己が膝上にて眠る少女の寝顔を見る。
はらりと額に落ちた髪が汗を吸って張り付くのを、白い指が拭うようにして払った。
その白い手は、少女の額に当てられ熱を冷ますようだった。
薬物漬けによるサイコブレイカーへの覚醒。
それが巨大企業群『ティタニウム・マキア』が捕らえた少年少女たちに行ったことである。
胸に渦巻くのは理不尽への怒りであった。
薄翅・静漓(水月の巫女・f40688)は、少女の額に触れながら癒やしの言葉を紡ぐ。
「よくがんばったわ。あなたは、きっと大丈夫」
優しい声色。
その言葉がもしも、少女の耳に届いていたのならば、これからの支えになったことだろう。
少女の顔立ちには見覚えがあった。
どこかで見た気がしていたのだが、漸く理解する。
クロムキャバリア――あの戦乱の世界にて少年に恋した少女『ツェーン』の面影があるように思えてならなかったのだ。
あの超高層ビル『サスナー第一ビル』の施設に囚われていた少年少女たちは全員で9人。
そのうちの一人を静漓は保護し、こうして指定されたポイントにて、亜麻色の髪の青年『メリサ』を待っていた。
胸には怒りと共に安堵があった。
他の猟兵達もまた残された少年少女たちを救出してくれていた。
きっと大丈夫だという気持ちが強くなっていく。
「アンタとまた会うことになるとはね」
軽い声色に静漓は振り返る。
そこには生身の『メリサ』がいた。
「兎のきぐるみはどうしたの」
「おいおいおい、あれが俺の一張羅だと思ってたの!?」
「違うの?」
「常にあんな格好してるわけないでしょ」
「そうね。冗談よ」
「真顔で冗談言う人なの、あんた!?」
『メリサ』の言葉に静漓は無言だった。
自分なりのユーモアのつもりだったのだが。
「さて、そいつらを」
「ええ、あなたなら信頼していいのよね」
静漓は、まずそう言った。
単刀直入であった。
その真っ直ぐな言葉に『メリサ』は笑みを張り付かせたままだった。
「あんたが俺を信頼してくれるのはありがたいが、そいつらのこれからは、きっと地獄だ」
「この世界では理不尽さは珍しいことじゃあないと知っているわ。この子達のこれからは過酷な運命と呼ぶに相応しいものになる、ということも」
わかっている。
どんなに願っても、世界のあり方は変わらない。
薬漬けにされて、肉体はボロボロだろう。
よしんば、サイコブレイカーとして覚醒しても、肉体に掛かる負担は相当なものであろう。
「それでも」
「ええ、それでも信じられるの」
「なにをだ」
「それでも彼らの中には、困難を跳ね返す逞しい強さが宿っている。そして、得難き縁を掴むこともできるって」
「根拠はあるのかい、猟兵」
「なぜか、そう信じられる自分がいるの」
静漓は言い切っていた。
確かに待ち受ける運命は、いつだって人の命を試し続けるだろう。
だが、それでも静漓は思う。
誰かを思う心がある。
それを知ったから。紡ぐことのできる言葉がある。
「私は彼らの幸せを願う大勢の一人として、力になれればと思う」
『メリサ』はその言葉に、何か喉に詰まるものを覚えていたのかもしれない。
貼り付けた笑みの奥で何を思っているのかはわからない。
けれど、彼は息を吐き出して頭を振る。
「あんたがそう思うのならば、きっとそいつらの運命ってやつも悪いものじゃあないんだろう。あんたの言う所の強さと縁を掴むことができる力が、そいつらにはある」
なら、と静漓は膝上の少女を抱え、『メリサ』に預ける。
願う。
願いは祈りに昇華する。
昇華して生み出された風はきっと、いつかの彼女たちの頬を優しく撫でるだろう。
幸いありますようにと――。
成功
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