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#サイキックハーツ #ノベル #猟兵達のハロウィン2024

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#猟兵達のハロウィン2024


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アズロ・ヴォルティチェ




「Trick or Treat!」
 世間は今、ハロウィンである。まぁ、いまだに他の世界とのつながりがなかった当時の”サイキックハーツ”においては、そんなハロウィンを祝う世界の方が少ないなんて、思ってもいなかったが。
「で、こいつがその……例の?」
「へぇ」
 そんな道行く人々が湧きたつなか、裏路地ではそんな『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』なんて冗談じゃすまない連中がうごめいていた。

 裏路地にて話す二人は、どちらも明らかに堅気ではない雰囲気。
 一方の男はいわゆる反社。それも昔ながらのやくざではなく、それでいて半グレよりも悪い存在。この時期に流行りだしたSNSなどで繋がり、ただ利益の為に悪を成す存在。もう数年すれば匿名・流動型犯罪グループ、トクリュウと呼ばれる組織の一員だった。
「おいどういう事だてめぇ」
 とそのトクリュウの男がもう一人の男の胸倉をつかんだ。
「へ、へへへ。な、何のことだよ? オレは何も、何もしてねぇぜ? へへへへ」
 とへらへら笑うのは、その男と長年組んでいる薬物の売人だった。
 
 売人の方が所謂覚せい剤などの違法薬物を卸し、それを男がSNSなどの販路を使って売りさばいてゆく。情報技術の発展とは恐ろしい。かつては、薬物乱用者達は治安の悪い場所で直接売人からこそこそと買い付けていたが、今ではいわゆるフードデリバリーサービスのように、直接家に届けてくれるようになっている。
 そんな、薬のデリバリーサービスという闇のネットワークを作った男と、売人は今まで蜜月を重ねていた筈なのだ。
 それが最近、どうにも崩れてきた。いや、売人は今まで通りにヤクを卸している。そして、男はそれを買い付けている。それは変わらない。
 それどころか、売人はヤクの単価を下げていた。別に末端価格を下げる必要はないので、ヤクの単価を下げてる理由もないのだが、どういう訳か、今までの約4分の3ほどで売ってきたのだ。しかも大量に。
 当初は、男も、一体何があったのかと売人に聞いたが、曰く、半笑いで、
「ちょっとお金が必要になって、薄利多売でもいいから、稼ぎが欲しいんだ」
 との事。男としてもそれでこちらの利益が増えるなら否はない。

 そう言う訳でいきなり値下げして、大量に卸して来た売人の期待に応えるよう販路拡大。最初の内は、それで成功していた。今のご時世、核家族化それどころか|格人間化《・・・・》が進んでいる現代である。仕事もほどほど以下しか出来ず、特に誇れるものもなく、また友人関係も希薄。それでいて何者かになりたくて、SNSでは自分が偉いつもりになって威張り散らすような輩はどこにでもいる。
 男は、SNSを通じてそういう悲しい人々に声をかけるだけで良かった。『辛さを紛らわせる薬がある』『そんな精神科から処方された薬は信用ならない。いや、むしろその薬こそがあなたの能力を制限している。ここに、悟りを開いて、能力を引き上げるための霊薬が存在する』etc......
 そんな風に声をかけてやれば、|現実《今》を生きる事から逃げて、|どこか《ネット》に逃げている連中は簡単に落ちる。
 
 まぁ、別にそういった連中だけでなく、ヤクなんて欲しい奴はこのご時世、どこにだっているのだが。そう言う訳で、男は売人の薬をひたすらに売りさばいていた。
 売人は薄利多売でヤクを売ってくるので、それを左から右に流せばそれで今まで以上に儲かる。男としては濡れての泡の状態だったのだが、

―――その状況が変わったのは、ついここ最近の事だ。

 どういう訳か、薬を売られた側の人間が、次々と昏倒し始めたのだ。男も、最初は薬物乱用による中毒症状によるものだと思っていた。
 正直、面倒だとも。だが、どういう訳か、初めて買った。それこそゲートドラックとして今まで大麻を楽しみ、そこから道を踏み外して落ちるように、|もう少し強い薬《・・・・・・・》に手を出したような奴も、昏睡状態に陥って、男もこれはおかしいぞとなった。

 何より、司法の手も伸びてきている。いきなり昏倒して病院に運ばれた使用者から、薬物の使用の形跡を探られ、司法の手が伸びてきた。
 明らかにおかしい。たしかに薬物は体と脳を犯し人生を壊す代物だが、この状況は男も想定していなかった。しかも、昏倒した薬物使用者達は皆同じように『絵』の事に言及していたらしい。そして、何やら『絵』について狂乱してたとも。

 薬中の妄想とはいえ、昏倒した者達が一様に『絵』について語るなんておかしい。となると考えられるのは、今襟を締めあげているこの売人が、何かしたくらいしかない。
「おいてめぇ、売り物にナンカしたのか?」 
 そう男がすごんでも、売人はへらへらと笑うばかり。
「なにって、何も。何もしてねぇ。ただ、へへ。いつも通り、売ってるだけさ」
「じゃあなんで売りさばいたやつらがドンドン昏倒してってるんだよ。そんな量使ってるわけでもない奴らもだぞ?おかしいだろうが」
 別に薬中がどうなろうが卸してる側としてはどうでもいいが、それはそれとしてそんなに容易く昏倒されては、|絞れない《・・・・》のだ。それは困る。
「じゃあテメェにヤク、売ってもいいんだな?」
 そう言うと初めて、へらへらと笑っていた売人は顔を青ざめさせた。

「お、おい。おいおいおい、やめてくれよ……!そんな、俺の売ってる商品の効果に疑問があるなら、アンタの所で人を用意すればいいじゃねぇか」
「あん?てめぇのヤクの品質疑問でもあんのか?」
「そ、そうじゃねぇ……!ただ俺は、薬に手を出したくないだけだ。わ、分かるだろ?アンタだって?」
 薬物中毒の恐ろしさを皮肉にも一番わかっているのは売人なのだ。その点、そういった乱用者の末路を見て薬に手を出さないあたり、実際この売人は理性的で一流と言えた。

「……チッ。じゃあ本当に何もしてねぇんだな?」
「あ……ああ。ちょ、ちょっと。ほら。へへ……包みは、好きなモノに、してるけどな」
「あぁん?」
 と男がすごんだ。
「ひ、ひぃ……!そ、そんな悪い話じゃねぇ!た、ただ。ただ好きな、好きな絵の写真を、包みの紙にプリントしてるだけなんだ……!」
「あぁん?絵」
 歯のところどころが溶けて、鼻ピアスに口ピアス。耳にもしているし顔にはデカいタトゥー。そんな売人が、絵について語るなんて。

「……あれか?いわゆるマンガのイラストか?」
 案外、売人などはそういうものを好むものもいたりする。そう言うのはよくわからない男とが聞くと、売人は怒ったように、
「ち、違う!あれは違う!そ、そんな、そんなもんじゃねぇ!そんな低俗なもんなんかじぇねぇ!」
「だったらなんなんだよ?」
 そうやって男が聞くと、売人は我が意を得たり問わんばかりに、瞳孔の開ききった笑みを浮かべた。
「青だよ」
「あおぉ?」
「そう。そうなんだ!青!青い絵!」
 そうってニヤァとネトついた笑みを浮かべる売人に、男も圧倒された。思わず、胸倉をつかんでいた手を離してしまう。

「何を言って?」
「あ!ああ!そうなんだ!あんなに青い絵、初めて見た!あれはそうだなぁ……そうだ!海だ!海なんだよ!海の青。母なる海っていうじゃぁないか!つまりあの青は母の愛で、ああ。あああ!!ごめんよ!母ちゃんごめんよぉ!俺、俺!!!せっかく母ちゃんが1人で育ててくれて大学まで行ったのに、そこで遊んじまって退学になって……それから合わせる顔もなくて、結局こんな事やっちまってる!それでも母ちゃんがどうしてるか調べたら、もう死んじまってた!自殺!自殺だってさぁ!ああ、そうだよなぁ。そうだよなぁ!ガキの為に生きてたんだもんなぁ。糸切れちまうよなぁ!ああ……ああ!!ああ!!あへ!あへへへへ!!!」
 男が胸倉から手を離すとまるで懺悔するような、かと思えが歓喜するような叫び声をあげて裏路地をぐるぐつと回り始めた売人に、男はいよいよ恐怖を感じ始めた。
「お、オマ、オマエ。本当にヤクやっちまってるだろ!」 
 すると、グリン!と同じところをぐるぐる回っていた売人が、男の方を非生物的な動きで振り向いた。
「ぃい!?」
「ヤクなんかよぉ。やってたらよぉ。頭はっきりしねぇだろうがよぉ……」

 そう言って、売人が男に近寄って縋り付くようにしてその瞳を見つめてきた。
「いいかぁ?青だぞぉ?えへへへ」
「ッ!」
 バキッ!もうこいつと意思疎通なんて出来はしない。男はそう判断して、売人の頬を殴り飛ばしてやった。
「青……アオ……あおい……へへ。へっ。へへぇ……」
 吹き飛ばされたごみ箱の上で、売人はなおもそう呟いて笑っていたが。そんな売人を置いて、男は足早に裏路地から去っていった。


―――売人がこん睡状態に陥ったと聞いたのは、その後すぐの事だった―――

「くそっ!」
 そして今日も、男は調子が悪い。最近、そう。売人から離れてから、やけに青が気になるのだ。視線の端を何青いものがちらつく。広告、テレビ、動画やらを見ていても、やけに青いものを目で追ってしまう。それでいて、いざその青色を視界に収めると、どういう訳か男の心の中は、『この青は違う』と落乱に襲われるのだ。
「んだよぉ!なんなんだよぉ!」
 いら立っていら立ってしょうがない。このイラつきは、一体何なんだ。男が経営するコンカフェの営業が終わって売り上げを確認してる際もそれが気に合ってしょうがなかった。
 そのせいだろうか、どうしても実際の売り上げの方が、帳簿より1万円少ない。万札を数え忘れた馬鹿がいるのか、それとも自分が馬鹿なのか。男にはもはやわからなかった。

「あー畜生!!!っつぅ!?」
 思わず怒りのあまり傍らで飲んでいた酒の瓶とコップを振り払ってしまった男は、その衝撃で割れたガラスのコップで、右手のひらを切ってしまった。割とざっくりいってしまったらしく、血が流れる。
 すると。
「……あれ?」
(……これ、青だ)
「はっ!?」
 その瞬間、男は自分で自分の顔を殴った。

「なわけあるかよぉ!なんなんだよぉ!!!」
 振り払った酒のボトルを叩き割って、男はめちゃくちゃに自分の店で暴れた。暴れて暴れてそして、落ちついた時にふと思ったのが、
「……癒しが欲しい」
 そう、きっと自分は疲れているんだ。あの昏睡しやがったヤクキメた|馬鹿《売人》のせいで、疲れているだけ。そりゃそうだよな。だっていきなりあんなカチ狂った真似してきやがるんだぜ?こっちだっておかしくなりそうだったわ。
 あー。もうやだ。あおのときから何かがおかしいんだ。あおのばあいにんからはなしをきたとあおきから。何かがあおかしい。ずっとあおいらあおいらするし、なにかあを探さないといけない気もする。
……何を探せばあおいいあおいんだ? 
 わからなわおい。わからなあおい。でも、あおいやしが欲しあおいんだから、そうだ。
「絵を見に行こう。絵は癒しになる。青い絵だ。だって青は深い色で、癒しの色だから、きっと癒される。ああ、そう、こんな、こんなここに掛かってる青い絵みたいなのを、見に行こう」
 男は、|鏡に映った自分の姿《・・・・・・・・・》をじっと見つめながら、そう言った。

「あお……アオ……蒼。青い、碧い、青い絵」
 その絵がどこにあるか、男はすでに知っていた。ぶつぶつと呟きながら、男とは|書面上《・・・》全く関係のない、男所有のふ頭で借りた倉庫へ、やってきた。
 震える手で倉庫のカギを開けて、中へと入る。そこには段ボールが沢山あった。ここは、集積地点だ。売人が仕入れたヤクを、袋に入れ替える場所。
 その中の段ボールの内の一つを、男は乱暴に開けた。中には、まるで粉薬のように分けられて小さな袋に詰められたヤクが大量に入っている。
 その中の一つを乱暴に開けた。当然、ヤクの恐ろしさを知っている男の目当てとしたものは、ヤクそのものではない。そこに入っている包みである。
「こ……これが……」
 ゴクリ。男は生唾を飲み込んだ。包みを、ダンボールを机にして手のひらで抑えて見えない状態にする。それで、生唾を飲み込んだ。わずかにちらっと見えたその色だけで興奮したのに、一体それを見てしまば、どうなるのだろう?

 その時、十代前半から社会の薄暗い所で生きてきて、今まで恐れなんて数えるほどしか感じなかった男が、心のそこから恐れた。自分が、もしこの青を直接見てしまったら、一体どうなってしまうのだろう?
「……へへへ♪」
 だが、そんな恐怖よりも、男はそれを見たい衝動の方が勝ってしまった。もとより犯罪傾向が強くて半グレをしているような男だ。我慢が効かない。だから、その包みを抑えている手をどかして、直接青を、見て見ると……

「お”ッ」
 その瞬間、男は悟りに至った。精神的な絶頂とも言っていい。その、青を見た瞬間、今ままで男を悩ませていたすべてが、どうでもよくなった。それどころか、全ての悩みを解決する手段を、男は瞬時に思いつくことが出来た。
 脳が、脳漿が、神経が、シナプスが、その|他人から見れば《・・・・・・・》|真っ黒な絵《・・・・・》に、引き寄せられていく。

 そこには、全てがあった。そう、文字通りのすべてだ。例えば男の父親が酒浸りで母親は家を空けてどこかに消えていった。10代前半の頃まで暴力を受けて過ごしていたがある日その暴力にやり返したら父親があらゆる言う事を聞くようになった。
 だからそこから暴力の道に走って、そしてここまでやってこれた。ああ、だけれどそう。
「かあちゃん……」
 男は呟いた。男の人生には母が、母性がなかった。だから常にそれを求めていて、その青い絵の中に、母親がいる気がしたのだ。
 いや違う。そこに母がいる。いるのだ。
「母ちゃん!」
 男は、絵の中に入ろうとその顔にくっつけた。だが絵の中には入れない。おかしい。だってもう目の前に母ちゃんが居るのに。どうして、どうして!?

「ふーっ!ふーっ!ふぐーっ!!!!」
 叫びをあげながら、必死に男が紙に顔を押し付けて、『絵』の中に入ろうとする。そして当然、そんな事をすれば、

―――ビリィ!―――
 単なる絵の描かれた紙は、破けるに決まっている。
「あ…ああ!」
 だが、単にそれだけの事であるはずなのに、男はまるで、世界が終わったかのような絶望的な声を出した。いや、実際終わったのだ。男の中では、世界が。それと同時に、精神が引き裂かれたような感触がする。

「あああああああ!!!!」
 絶望。先ほどの悟りがなくなり、母もこの世にいなくなったという確信が男の中を満たした。それまでは、暴力の世界で生きながら、父に耐えかねて逃げた母親がどこかで生きていると思っていたのだ。だが、今、その紙を、青い絵を破いた瞬間、母が居なくなったと男は確信してしまった。
「お、おわ……終わり。終わりだぁ」
 |世界《母》が、終わった。もう嫌だ。何も見たくない。地面に力なく膝立ちになった男は、そのまま意識を闇に落としていった。





―――まぁ、別に、だれがどうなってもいいんだけれど―――
 絵の具の中。絵の具に隠された絵の中で、誰かが嘯く。
―――一応言っておこうかな?|トリックオアトリート《ハッピーハロウィン》―――

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年12月15日


挿絵イラスト