オプジット・ミラー・フォージング
●ルーティン
竜騎鍛造師の仕事というのは、多くが積み重ねである。
小さなことをコツコツと。
それがどんなに難しいことなのかをシャナ・コリガン(どこまでも白く・f44820)は知っている。
しかし、その小さなことを積み上げられなければ、なにか大きな事をしようとしてもできるものではない。
例え、できたと思ったとしても、まやかしのようなものであり偶然の産物そのものだ。
鍛造を旨とする者にとって志さねばならぬものは、いつだって地道なものの積み重ね。もしくは研鑽と呼ぶものであった。
だからこそ、シャナはあまり自分のルーティンを変えない。
どんなに驚天動地、天と地がひっくり返るような珍事が眼の前に転がり込んできても、だ。
「たのもう」
だがしかし、今まさに彼女が眼の前にしている事態は珍事と呼ぶに相応しいものであった。
獣騎。
そう、眼の前にいるのは獣騎である。
猟兵と覚醒したからこそ理解できる。もしも、猟兵でなければ、もしかしたら人造竜騎の一騎が目の前に立っているとでも思ったかも知れない。
が、まごうことなく、それは獣騎であった。
人の技術体系とは異なる造形。
そして、それ自体が百獣族そのものであることを示している。
「あ、えっと。何がご入用ですか」
シャナは、こんなこともあるんだなぁ、と逆に感心するようであった。
「この工房にレプリカ作りの妙手が居られると聞いて参った」
礼儀正しい。
百獣族と言えば、オブリビオンに違いない。
互いに猟兵とオブリビオンであるのならば、滅ぼし、滅ぼされる間柄でしかないはずだ。
加えて言うのならば百獣族は人間に滅ぼされ尽くした種族の総称である。
彼らの心には復讐心が渦巻いているはずだ。
だというのに、眼の前の獣騎はそれを抑え込んでいる。
復讐よりも優先されることがあるのかもしれない。
「それは、私のことだと、思う」
「そうか。それは僥倖。我が愛刀を見遣れ」
そう言って掲げられるは、獣騎用の片手剣であった。
見事な刀身である。
「見事な作ですね。手入れも充分なようだ」
「然り。これを二振り振るいたいと思っている。生前より、常々思っていたことであったが、しかし、没するまでに叶わなかった」
「それは、つまり」
「もう一振り、手に馴染むことがなかったのである」
「双剣として扱うのならば当然でしょうね。単純に二振りもてばいい、というわけじゃあないでしょうから」
「故に完璧なるもう一振りを欲する所存」
「ふむ……」
シャナは少し考える。
今、目にした片手剣は相当な名工が打ったものであろう。
だからこそ、それに見合うだけのもう一振りがなかなか手に入らなかった、というのも理解できる。
「可能か。その答えを聞きたい」
「可能ですよ。ですが、少し時間を欲しいのです。観察する時間も頂きたいですし」
「感謝する。では、この愛刀は此処に預けよう」
「いいのですか?」
そう、己が武器を残していく、ということはもしかしたら、獣騎たる百獣族には良からぬ事態を招くことかもしれないのだ。
けれど、獣騎は小さく頷く。
「我が愛刀を預ける間は、人間に対して害を及ぼす行いをせぬと誓おう。人間を脅かすようなこともせぬ。獣騎たる姿も封じ、人の目に触れぬ場所にて瞑想に費やすと確約する」
「何もそこまで……いえ、ですが、ご期待にはお応えしなければなりませんね」
「感謝する」
では、と獣騎は工房より離れて何処かへと歩んでいく。
その背中を見送りシャナは、困った……いや、代わったこともあるものだな、と息を吐き出す。
手元に残された見事な片手剣。
その技術をよくよく観察する。
彼女はレプリカ作りにとおいては妙手と呼ばれるだけの観察眼と技術を有している。
時間さえもらえるのならば、全く瓜二つの片手剣を作り出すこともできるだろう。
「……大変な仕事を引き受けてしまったものです。ですが、この見事な技術を前にしては些細なことですね」
シャナは残されていった片手剣を見上げ、惚れ惚れとしてしまう。
一体どれだけの研鑽と技術と閃きがあれば、このような見事な刀身を生み出すことができるのか。
つぶさに観察し、心ゆくまでシャナは技術を紐解き鍛造に励む。
数日後、あまりにも見事な合せ鏡のような片手剣を眼の前にした獣騎は驚きに目を見張ることだろう。
「こ、これは……」
「組成組織の解析にちょっと手間取りましたが、まごうこと無き複製品ですよ」
「なんと……元から夫婦剣であったかのような出来栄え……」
「そういう意味では確かにそうかもしれませんね」
「謝礼は」
「見事な作を見せてもらえただけで充分ですよ」
そう言って、シャナは笑う。
鍛造されたものは、作り上げたものの歴史そのものだ。
これを写し取ることのできる暇を与えられたことこそがシャナにとっての最大の報酬であると彼女は笑い、獣騎へと新たに備えられた二振りの剣を贈るのだった――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴