世の中には子どもを預かってくれる施設が幾つかある。様々な種類があるが、一般的に知られているのは幼稚園や保育園だろう。それはUDCアースに限らず、どの世界にもあり、瀬古・戒(瓦灯・f19003)とラファン・クロウフォード(武闘神官・f18585)が住むヒーローズアースのニューヨークにだって存在していた。
ここには様々な地区があり、二人が子どもを預けているのは元ヴィランや引退したヒーロー、その家族や関係者の安全と安心を護る為に設立された地区、死神たちに管理された特区内にあった。更に言えば、その保育園の園長はラファンの育ての親――正確に言えば三番上の兄神である――が営んでおり、安全面では折り紙付きだ。
そんな保育園に通っているのが誰なのかといえば、勿論ラファンと戒の子どもである。結婚してすぐに授かった双子の女の子はそれはもう目に入れたって痛くないくらい可愛く、ラファンの育ての親である兄神からの、要約すると『勿論うちに預けるんだよね、うち以外にないよね? やだやだやだやだお祖父ちゃんのとこに来てくれなきゃやだ!』という圧を受け入園させたのだが、これが大当たり。
園児達の成長に合わせて読み書きの練習、発育の補助に繋がるようなカリキュラムも積極的に取り入れ、更には四季折々のイベント事にも熱心という評判がすこぶるよく、競争率の高い保育園だったのだ。
「いやー、ほんとラファンのじーさんとこ預けて正解だったよな」
「あそこには兄姉神達もいるし、セキュリティ高いからな」
そんな風に話をしながら、ラファンが押すのは深めの乳母車。しかも、南瓜の馬車仕様に改造したラファンの力作だ。
「花見にこどもの日、七夕に夏祭りときて今日はハロウィンだもんなー。家族で楽しめるイベントやってくれんの、マジで助かる」
「クリスマスも凄いらしい」
そっちも楽しみだな、と笑っていると乳母車から双子がひょこりと立ち上がって顔を覗かせる。
「お、ひおとひまも楽しみだなー?」
「あー!」
「あうー」
どちらもラファンに似た顔立ちをしているが、グレーの髪色で紫色の瞳を持つのがヒオリで、銀髪で青紫の瞳を持つのがヒマリ。今日の二人は落花生のお姫様だ。
「さすがうちのお姫様、可愛いがすぎる……ラファンの力作が似合いすぎてる」
「ピーナッツ王国のお姫様だ、落花生の着ぐるみは寒さもガードする優れものだ」
「可愛いかよ」
ラファンの思考、可愛すぎるだろと戒が思わず口にする。
「可愛いのは俺の嫁と子どもだが?」
「安心しろよ! ラファンも可愛いから!!」
「だー!」
「うー!」
思わず叫んだ戒の言葉に同意するように、ヒオリとヒマリも声を上げた。
「つまり全員可愛いってことだな」
なるほど、と頷いたラファンが上機嫌で乳母車を押す横で、戒が鞄の中からハロウィン行事の為に持ってきたお菓子を取り出してラファンに見せる。
「可愛いといえばこれなんだけどさ、見てくんね?」
「どれどれ」
ほら、と見せられたお菓子は猫型の真っ黒いクッキー。ココア味で肉球部分はグミという拘りの一品、定番の香箱座りからヘソ天、アンモニャイトなど、ポーズも多彩なクッキー達だ。
「可愛い、全部可愛い、俺が欲しいくらいだ」
「家にもあるから安心しろ、時間なさ過ぎて市販だけどな!」
育児の合間にお菓子作り? 無理です無理、そんな時間があれば睡眠にあてるべき。
「実は俺も用意してきた、これだ」
ラファンが出したのはシーツオバケの元祖・謎の神メジェドのクッキーだ。
「あ、ラファンのメジェドかわい!」
「邪気を打ち負かしてくれそうだろ? 勿論俺達の分もある」
「実用性もあるとは、さすがラファン……あとで一緒に食お?」
行く前から家に帰る楽しみが出来たなと笑っていると、あっという間に保育園が見えてきた。
「保育園もハロウィン仕様だ、保育士さん達も気合入った仮装してんな」
ジャックオーランタンの置物やお化け達の飾りがあちこちに見え、ハロウィンカラーのリボンが綺麗に飾り付けられている。保育士さん達は魔女で統一していて、魔女帽子で個性を出しているようだった。
「てか、保育士さんって神だよな……離乳食を食わしてくれるし、お昼寝させてくれるし、夕方まで預かってくれるし」
抱っこで寝かしつけても布団に背中をつけた途端に起きる、背中スイッチ強すぎなヒマリの昼寝。嫌いな味だと無表情でプップと吐き出してくる、クールビューティーヒオリへの食育。
「有難すぎる……いや、ひまもひおもめっちゃカワイイんよ? けどさ、吹いた離乳食を顔面に食らおーが、夜泣で何度起こされよーが心穏やか……て、仏の修行? て思う自分はいる」
「わかる、仏説もありだと俺は思ってる。正直、一対一でお世話してても可愛いと危ないで目が離せず大変なのに、一人で何人もの他人の子供のお世話をするのだから、千の目と千の手をもつ菩薩の化身ではなかろうか」
「……千の手がある仏いたな……せんじゅなんとか。全国の保育士さんすごいね、ホント」
「保育士さんもすごい、でもお母さんもすごいと俺は思う」
そう言いながら、ラファンがおもむろに戒の前に跪いて拝みだす。
「日々育児に奮闘ありがとうございます」
「や、俺は拝まんでいい。ってかラファンだってやってるだろ、育児!」
「戒に比べたら微々たるもの……ありがシスター」
跪いたまま、頭の先から足先まで視線を何十往復とさせる。保育園に到着するまでにもしてた。
「それは今日の俺の仮装! ってか、ひまひおが姫なら俺は召使いの仮装しよって思ってたのにラファンが俺用の衣装を試着して力説すっから!」
「あぁ、ホント、体をはった甲斐がありました。白馬、感動で涙出ちゃう」
ちなみに白馬の仮装はお姫様達を乗せる南瓜の乳母車に合わせたもの、完璧だなとラファンが頷きつつも視線は往復中だ。
「コラあんまジロジロ見るな、不良シスター、足滑って踏むぞ???」
「戒のスカートから伸びる足で踏まれるとかご褒美ではげふんげふん」
「コノヤロウ」
スカートとかとんでもない、と思ってはいたけれど、既に二人産んでるし、無敵みたいなもの。スカートすーすーするなとか考えてない、フカクカンガエテハイケナイと、戒は思考を振り切るように手にしたお菓子を神様仏様保育士様に押し付けるべく園内に入った。
園へと入るとすぐに保育士さん達が出迎えてくれて、戒は黒猫の仮装をしたスイとレンにお手伝ってもらいつつお菓子を配り歩く。しっかりとお手伝いをしたのち、スイとレンはヒオリとヒマリの遊び相手をしてくれていて、戒はさすが年上だな心強いとスイとレンに向かって微笑んだ。
双子を任せ、戒がお菓子を配り歩いていると双子よりも年上の走る子やお喋りが上手な子達に行きあって、お菓子を渡しつつ、ついこんな風に大きくなるのだろうかとまだ見ぬ未来に思いを馳せる。一通り回って戻ってくると、乳母車の前に列ができていて何事かと戒が目を瞬いた。
「こら! 兄姉神たち、おさわり禁止だ!」
ラファンの声に、更に近付いていくと並んでいるのは動物の骨を使った仮装をしている子ども達――ラファンの兄姉神達がハロウィンの日だからと子どもになっていた――であった。
「ラファンの兄姉達も可愛くなっちゃって……」
彼らは口々に、可愛いねぇ、大きくなったらお嫁に来ない? 大事にするから、などと言っている。
「そこ! きれいに一列に並んでも、姫たちは嫁にやらん! メジェドクッキー様、邪気を払いたまえ」
えー! と、ブーイングが起きるもラファンの配るクッキーを貰い、仕方ないなと写真撮影会が始まっていた。
「姫たちが産まれたくらいに、女の子だからラファンが面倒な父親になりそうて言ったら、ならないって言ってたんに……」
あの様子じゃ完全に娘達に彼氏が出来たら号泣コースじゃないか? いや、もしかしたら俺を倒せない男には嫁にはやらん! とか言いそう、と戒がこっそりと笑う。
「まーまー、ラファン」
「まーまーじゃない、姫たちの将来がかかってるんだ」
「そりゃそうだけど。あ、そだ最近二人はバイバイ覚えたんだ。ほら、やってみ?」
バイバーイ、と戒が双子にやってみせると、掴まり立ちをしていたヒオリとヒマリが片手を離して兄姉神達にバイバイをしてみせる。
「ぐぅかわ」
「語彙死んでんぞ、ラファン」
しかし語彙が死んだのはラファンだけでなく、兄姉神達もであった。バイバイする双子にめろめろになりながら、保育園周辺のパトロールへと出掛けて行く。それと入れ替わりでやってきたのは園長でもあるラファンの兄神だ。
「あ、ラファンのじーさん」
「いらっしゃい、よく来たね。アップルパイとプリンは食べるかい? ひまとひおの写真と引き換えでどうかな」
「じーさんも写真いるのかよ。まぁいいか、やるからアップルパイとプリンは残しといて。後で一緒に食べようぜ」
「いつもお世話になってます、うちからもお菓子どうぞ」
優しい人だと知ってはいるが、嫁の立場からするとちょっと緊張してしまうのはご愛敬。お菓子を無事に渡し終えると、いってらっしゃいと送り出された。
ハロウィンといえば、ご近所を練り歩いて『トリックオアトリート!』とお菓子を貰うもの。保育園だけではなく、この特区の自治会を巻き込んでの楽しい一大イベントだったりするのだ。
普段は自然に囲まれた長閑な住宅街なのだが、ハロウィンとなると南瓜のランタンが溢れんばかりに積み上げられ、温かなオレンジ色の灯りに包まれる。保育園では制限時間内に住宅を巡り、たくさんのお菓子を集めた人を優勝とし記念品が贈られる。保育園の子ども達だけではなく、近所の子ども達も参加するのでとても賑やかで楽しいハロウィンなのである。
「すげー、まじで凝ってるな」
「ひおとひまも楽しそうだ。玄関にジャックオーランタンを釣るしていて灯りが点いている住宅はお菓子をくれるそうだぞ、戒」
「いってみようぜ!」
よく見てみれば、ほとんどの住宅はジャックオーランタンを釣るしている。灯りが点いていないのは、恐らくお菓子がソールドアウトしたのだろう。灯りが点いた家の前で立ち止まり、ラファンがチャイムを鳴らすと中から人の良さそうなご婦人が出てきて笑顔を浮かべている。
「トリックオアトリート!」
そうラファンが言うと、お菓子をあげるから悪戯は勘弁してちょうだいな、と婦人が楽し気に笑う。
「では、魂のケーキか、ご馳走か?」
なんて、雰囲気たっぷりに問い掛ければ、ソウルケーキは幾つ御入用? とバスケットを開けて見せてくれた。
「菓子は四つ。ひおとひまとスイとレン。大家族なんです」
照れたように言うと、持って行ってちょうだいなと四つ渡されて、ラファンと戒がありがとう! と言うとヒオリとヒマリも手を振って、婦人にバイバイをして次の家へと向かった。
そんな風に沢山の家を回ってお菓子を貰っては乳母車へと入れていると、ヒオリとヒマリがお菓子に埋もれるくらいになっていた。
「ラファンことお馬さん、張り切ってんなー。もりもりじゃん」
「あーあー!」
「う、うー!」
ご機嫌な顔をした二人の傍で、スイとレンは自分が貰ったお菓子を食べている。
「スイとレンはすぐに食べちゃうのか。おいしいか?」
「いっぱい食べろよー。ひおとひまはまだ食べられないものが大半だけど、いつか食べられるようになるんだよな」
子どもの成長なんてあっという間だ、この間までハイハイをしていたと思っていたら、もう掴まり立ちができるのだから。
「高速ハイハイも可愛かったけどなー」
「気が付いたら隣の部屋にいるからあれはビビる」
慌ててベビーサークルを買ったのも今となってはいい思い出、そのうち高速よちよち歩きが始まるのだ、ハーネス付きリュックを導入するべきか悩むのもすぐである。
「おお、待て! ソレはまだ消毒してねぇ!!」
絶賛おしゃぶり代わりにお菓子の入った袋を齧り出した二人から慌てて取り上げると、念の為に消毒してから再び戒が渡す。それを受け取って、再びはむはむする姿は控え目に言っても――そう、凄く可愛かった。
「お菓子に埋もれてる双子姫、可愛すぎじゃ?? 写真撮らなきゃ……」
「俺はもう撮った」
「いつの間に……!」
いつの間に、と言われれば戒がお菓子の袋を消毒している間である。そんな事をしつつ、しっかりと周辺の家を回って保育園に戻ってくると、子ども達が楽しそうにお菓子の量を競い合っていた。
「俺達は除外だな、写真の続きでも撮るか」
「だな、子どもが自力で集めてこないとだし。うちはお馬さんが頑張ったからなー」
そう言いながら、戒がスマホを構えて写真を撮る。
「産まれてから写真フォルダが赤ちゃんで埋まる埋まる」
「連写だからな」
「ハイチーズ、で止まんねえから。お、ラファンもスイ、レンも一緒に撮ろ?」
「いいな、家族写真だ」
乳母車を真ん中にし、二人が寄り添うようにすると自撮りの要領でスマホを構えて戒がシャッターを切る。
「おい、シャッター早いって、ワザとだろ!」
「イヤイヤ、ベストショットの為だって」
「心霊写真が撮れても知らないぞ?」
「ヒョエッ」
心霊写真、と言われて戒が動きを止める。
「え、心霊写真……? やめろよそーゆーの……ほらあのあれ、教育に良くない、教育に」
決して自分が怖いだけではない、と戒が訴えるように言った瞬間に、保育園の南瓜の灯りが全て消える。
「ちょまっ! ぇ!?」
それどころか、周辺住宅の南瓜の灯りも消えていると戒がラファンの腕に抱き付いた。
「灯り、消、ッ!? おば、おばけ!?」
「大丈夫だ、落ち着いて戒。冗談、冗談……ダヨ?」
「なんで自信なさげなんだよ!」
「まあまあまあ、今年も無事にハロウィンが終わった、ってことだ」
「わかんねぇ~~~」
南瓜ランタンの灯りが消えるのは、ニューヨークをさ迷っていた魂達が南瓜に宿り、神々の導きで還る場所を思い出して旅立ったから。知らなければそれでいいのだと、ラファンは抱き寄せた戒の蒼い炎に心地よさを感じて笑みを浮かべる。
「脅かすの、心臓によくないんだからな!?」
「うんうん、今日はハロウィンだからな」
「聞いてねぇ~~~」
ぷんすこ! とする戒だけれど、不意に抱き付いてしまった腕を離せないのもいつものこと。そんな彼女ににこにこしながら、ラファンは戒の隣こそが自分の帰る場所だと、ずっと一緒に歩いていきたいと抱き締めた。
今宵はハロウィン、旅立ったさ迷う者たちの旅路にも、どうか多くの祝福があらんことを――。
成功
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