●冬の到来
悪霊も体調を崩すことがあるのだな、と我がことながら馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)の一柱『疾き者』は歪む視界を見つめてぼんやりと思ってしまっていた。
季節の変わり目。
秋から冬に変わるにつけて、人の体調というものは崩れやすい。
どんなに気をつけていても、気を配っていたのだとしても、自然の猛威というものは人にはどうにもできないものであるのかもしれない。
例え、それが悪霊たる身であっても、だ。
「しかし、困りました」
そう、屋敷の食事事情である。
普段は己が主だって家事をこなしている。
他の三柱はできないわけではないが、しかし、同じ体を構成している者たちである。
当然、三柱のいずれかが家事を行えば、『疾き者』はどうしたって動きたくなってしまう。性分なのだと言われたら、それまでである。
だが、それでは魂身は休まらないだろう。
となれば、三柱も同様に休むしかない。
「いやなに、こういうこともあるのだろうて」
「そうですよー。そんなに気になさらずにー」
「むしろ、我らが動くと余計な騒動になるのが目に見えているのでな」
二柱が特に『侵す者』が、という視線を向けているのを見て、思わず笑ってしまった。
少し不服そうな顔をしているが、『然り』と『侵す者』は腕を組む。
そう、極度の機械音痴である『侵す者』は触っただけで機械の類を壊してしまう。それはもう音痴というよりは呪いかなにかの類ではないのかと思わないでもない。
がしかし、事実でもあるのでこうして大人しくしているしかないのだ。
「あの子達は大丈夫ですかね」
とは言え心配は心配なのだ。
『陰海月』と『夏夢』が家事を代行しているらしいが、なんとも気がかりである。
別に信頼していないわけではない。
ただなんとなく心配なのだ。
本当にそれだけ。
いや、家事を預かる身として、どのようにこなしているのかを監督しなければならないという使命感目痛者が燃え上がっているとか、そんなわけではないのだ。
だから、と言わんばかりに『疾き者』は床から立ち上がる。
しかし、それを三柱が止めるのだ。
「いや待たれよ『疾き者』。そうして何もかも世話役のは、ちと違うのではないか」
「そのとおりですよー。信じているのならば、任せるのも道理でしょう」
「うむ。それにほれ」
部屋の外からは「にゃー」だとか「クエッ!」だとか、そんな鳴き声が聞こえる。
なるほど、『玉福』と『霹靂』が鎮座しているのだろう。
どうあっても台所へは行かせないつもりらしい。
『疾き者』はどうにも身が落ち着かない。
なんでどうしてこんなことになってしまったのか。
悪霊とは風邪とは無縁なのではないのか。
まったくもって我が身というものが度し難いものであることを感じながら、しかし、『疾き者』は耳を澄ませ、台所の音を聞く。
聞こえてくるのは小刻みの良い音。
それとガスの火が付けられる音であった。
ああ、火を使っている。
なんでもないことなのに、いちいち敏感に反応してしまう。
「ぷきゅ」
遠くで『陰海月』が鳴く声が聞こえる。
怪我していないだろうか。ちょっとハラハラしてしまう。だが、それとは裏腹に調理はつつがなく進んでいるようだった。
「ああ、これいいですね。簡単にできますし。体もあったまります」
『夏夢』の言葉に『陰海月』が頷く。
そう、触腕が手にしているのは、鍋の素である。それも液体タイプではなく、キューブに濃縮されたタイプ。
「きゅ!」
そう、どうあっても『疾き者』は心配するだろうから、簡単で手間のいらないものにすれば、安心してくれると思ってのことだった。
それに台所の道具の位置は、お手伝いで把握しているのだ。
「わっ、包丁さばきお上手」
「きゅ!」
触腕を見事に使い分けて、食材を切り分けていく。
もともと、趣味のぬいぐるみ作成であったりで手先は器用なのだ。
綺麗に切り分けられた食材を『夏夢』は鍋に敷き詰めていく。
「後は煮込むだけですね。あ、卵は私が」
「ぷきゅ!」
役割分担で進んでいくお鍋の準備。
なんだかんだで、こうして『疾き者』抜きで食事を作ることは稀なのだ。
いないのは寂しいけれど、これはこれで良い経験になるだろう。
「きゅー!」
「できました! 美味しそうなお鍋ですね!」
ぐつぐつと湯気立つ鍋が音を立てている。
香る出汁。
湯気はそのままに暖かさを教えてくれるようであったし、また簡単でも見栄えがする。
食材の彩りに目を奪われながらも『陰海月』と『夏夢』は互いに顔を見合わせる。
これなら、きっと喜んでくれる。
おじーちゃん、待っててね、と『陰海月』は『夏夢』と共に鍋つかみでもって出来上がった鍋を『疾き者』たちが休んでいる部屋へと運び込み、皆で囲むのだった――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴