落浜・語
秋祭りノベルをお願いしたく、リクエストを送らせていただきました。
ご検討のほどよろしくお願いします。
流れとしては、サムライエンパイアの片喰亭近くで、秋祭りをやっている村があるので向かい、そこで蛍狩りのできる場所があると聞いてそちらに行く感じにしてもらえればと思います。
吉備狐珀さんと一緒に、今年の浴衣です。
せっかく浴衣を新調したし、タイミングもいいからと狐珀と連れ立って秋祭りへ。
出店を見て回ったりしながら、ふと近くの川で蛍狩りができる、というのが聞こえて。
このまま少し足を延ばしてみるのもいいかもな。この際だから、行かないか?
行ってみれば、毎年蛍狩りの場所となっているのか、そのための橋や通路もちゃんと整備されていて。
蛍が飛ぶのを見ながらゆっくりと歩く。
近くにこういう場所があるって知らなかった。
今年は一緒に浴衣を仕立てたけど、やっぱりよく似合ってる。
来年もまた、来れたらいいな。
うだるような暑さも和らいで、溜まった暑さは涼やかな風が吹き流していくような、漸う秋めいたある日。
【寄席・方喰亭】がある町の近くの村で、秋祭りがあるという噂を耳にしたのは、吉備・狐珀(狐像のヤドリガミ・f17210)だった。
村の神社の参道で催される祭りは、五穀豊穣の感謝の祭りだ。収穫物を供えて、この度の大仕事の成功を労うものだから、餅や団子の焼ける甘い香りが立ち込める――出店は盛況で、この時ばかりは村中が大騒ぎして、大変に賑わう。
「というわけなんです、語さん! 秋祭りに行きませんか!」
前のめりの狐珀に誘われて、落浜・語(ヤドリガミの天狗連・f03558)は、彼女の隠すつもりのない愛らしさに笑みを溢した。
秋祭りの話は、狐珀が近所の人から仕入れてきたらしい。
ちょうど急ぎの用事もないから。
思いついたそれらしい理由はそっと腹に納めた。そんな理由は野暮というもの――彼女の喜んでいる姿を見られるというだけで、なによりの理由だった。
「うん、いいな。一緒に行こうか」
喜色満面に狐珀が小さく浮き上がったのも見逃さなかった。
●
穏やかな陽は傾いて、薄雲もかかっていない淡い紺の空に、ひとつふたつ星が瞬き始める頃。
黄浅緑の浴衣は麻の葉模様。深緑色の帯を締めて、黒い羽織をひっかけ――浴衣と揃いの色の鼻緒の下駄をからんと鳴らした。愛用している着物とはまた違った趣のある反物で仕立ててもらったが、着心地は抜群で、残暑の夜もさらりといける。
「やっぱりよく似合ってるな、狐珀」
「語さんも――そのお色も似合ってます」
紺桔梗が大きく誇らしく咲いた裾は華やかに、その青の濃淡は夜を迎えにいく。揺れる袖に飛ぶのは蛍の灯――華奢な金細工の髪飾りが夕闇に光った。ころんと可愛いフォルムの巾着を揺らして、狐珀は語の隣に並んだ。
いつもと変わらない着物姿なのに――その違いが、語の魅力に拍車をかける。
今年はふたりとも浴衣を新調して、今夜はせっかくのお祭りだから早速袖を通したわけだが。
(「語さん、素敵……」)
(「ああ、ああ……そんな可愛く着飾って」)
互いに新たな装いに胸中で照れていることとは露知らず、寄り添って歩く。
祭りの出店は、どこも賑わっていて見ていて飽きることがない。
べっ甲飴を引き伸ばして切って――あっという間に小鳥の形になって、子どもたちの歓声が上がった。まあるいフォルムの猫の飴もあっという間にできてしまって、拍手喝采。
輪投げに挑戦して一喜一憂する若衆も、この時ばかりは童子に返る。団子を頬張って喜ぶおばあも、甘酒片手に微笑むおじいも、みなそれぞれ楽しんでいた。
きなこがまぶされた焼餅の香ばしい匂いと、醤油の焦げる匂いが食欲を刺激する。
「いいにおいですね」
「狐珀も団子、食べる?」
「食べます!」
みたらしの甘辛い香りが、狐珀の口をすっかりその気にさせてしまった。串団子を二本、お買い上げ。こしあんの団子も追加で買って、そちらは食べながらゆったりと散策を再開させれば、今度は喉が渇く。氷菓の屋台はご多分に漏れず大人気で、二人が注文するまでに子どもの歓声が何度も爆発していた。
無邪気にはしゃぐ様子を傍目に、ああ蕎麦も出ているな――なんて行列の中から屋台を観察する。
吊るされた燈火が、いよいよ落ちた陽に代わって参道を照らして、だんだんと酒の回った賑やかしい声も増え始めたようだった。
「はーい、おまちどー」
「ありがとうございます」
木椀をふたつ受け取って、用意されていた長椅子に腰かける。空けてくれていたスペースに狐珀はちょこんと座って。
「やあ、待った待った……ようやくだな」
「お待ちかねですね、ではいただきます!」
|氷菓《かきごおり》の甘さと冷たさが口の中いっぱいに広がって、体に溜まった熱気がするりと引いていく。
甘い涼に酔いしれていると、語の耳に届いたのは、母娘の会話だった。
「お千代がね、向こうの川で蛍を見たって! 行こうよ、母さん!」
「うんうん、一緒に行こうね。待つんだよ、走らないで、もう暗いからね」
「はぁい」
彼女の|弟妹《きょうだい》が宿っているのだろう大きな腹を抱えて、幼子に手を引かれ、人の流れに乗って行ってしまった。
その微笑ましさもさることながら、彼女らの会話の内容に惹かれた。
「狐珀、聞いたか?」
「……え、なにをですか?」
すっかり氷菓に心を奪われていた狐珀がはっとして語を見た。
「――、美味しいかい?」
「はい! とても!」
屈託なく笑む狐珀につられて語の頬を緩んでしまう。
「蛍、きれいだったねえ」
先程の母娘とは反対方向に歩きながら、はしゃぐ姦しい子たち。
「蛍?」
二人で顔を見合わせて、首を傾げた狐珀に、氷水屋の旦那が「そうそう、蛍ですよ」と話しかけてきた――手は忙しく働くままに、莞爾としながら、
「神社の裏にある河原に、蛍が群生していましてね。ちょうどこの時期、それはもう……キラキラフワフワ、可愛らしいったらありゃしない――お、うまかったかい? またよろしくねえ」
客から空の椀を受け取った旦那は、目の前の新しい客の相手に忙しくなった。
「せっかくだし、行ってみようか?」
「行きましょう!」
ふたつ返事で快諾した狐珀だった。
語と一緒ならどこへでも。それは語も似たようなもので、狐珀が喜ぶならどこへでも、との思いは強い。取り合った手は、何があっても離さないように、強く握り合って――とも。
何気ないひと時さえ愛おしくて、足を伸ばして神社の向こうの河原とやらへ。
屋台の並ぶ参道を抜けて、小さな轍を辿っていく――下草は踏み倒されて、歩きやすくなっているとはいえ、下駄で歩くには良くない塩梅だ。
とはいえ、狐珀の足元は新調したショートブーツ。彼女が難なく歩けるなら問題はない。
すれ違う人もいて、みな一様に小声で話しているから、目的の蛍は近いのだろう。
「蛍が驚かないように、かな」
「逃げてしまったら残念ですし」
「そうだな。おっ、――気をつけて、ここ段になってる」
転ばないようにバランスをとって、高い段差を先に降り、狐珀に手を差し出した。掌にのせられた指をしっかり握って――握られて、その力強さに頬が緩む。夜闇に隠れられて良かった。頬に差した朱を隠せた。触れ合った指先が、夏の面影を蘇らせてしまう。必要以上の言葉はなくても、伝わる熱は雄弁で。
安心して、身を預け、無事に一段を降りた。
蛍狩りのために訪れる人がいるのだろう、先程の段差さえ超えてしまえばその先の通路と呼べるほどに整地されていた。もう足元に不安はない。けれど――せっかく繋いだ手を離すのは切なくて惜しいと感じてしまうから、どちらともなく繋いだままでいた。
語と狐珀の間を、すっと光が横切ったのは、そんなときだった。
淡く光って、軌跡を描いて消えて、もう一度やわく灯る――蛍だ。
たった一匹であっても、その輝きに心は踊った。
「わ……いましたね」
逸る気持ちはそのまま高揚させておく。さらさらと清流のそよぎは、今はふたりの期待を掻き立てる。進めば進むほどに、蛍の煌きは多くなっていく。
もちろん蛍を見るのは、今夜が初めてではない。幾度も蛍の灯を見たことはある。それでも――だったしても――この感動はなにものにも代えがたい。
だんだんと、辺りは明るくなるように感じられた。
瀞水の流れは時のようで、ただただ静かで穏やかな息吹が流れている。
ふわりと浮かんで、すいっと奔って、ただ明滅を繰り返すだけではなくて、夜が呼吸しているみたいで――その絶景に息を呑んだ。やわくゆるやかな明滅は、休むことなく続けられている。
命の燈火だ。その光すべてが、まさに生きている。|仄光《ほのあかり》だというのに、全身で愛を叫んでいるのだ。
その儚さは、何度見ても、逞しくとも幻想的だった。
「わぁ……きれい……」
漏れた心は吐息にのって、川へ落ちていく。あまりの雄大さに、吐息が零れる。
「橋も整備されているのか……へえ……川の上から……」
「橋を渡ってみましょう、語さん」
橋の向こうにもまだ遊歩道は続いていて、その先の上流へと伸びていた。
簡素ながら欄干まである木橋に足をかけて乗れば、下駄の音は大きく響く。隣を歩く狐珀の靴音も戛然と心地よくて。
橋に近寄ったり、遠巻きに眺めるように飛んでみたりと蛍も蛍で忙しい。その奔放さは、ふたりに一層の幻想的な時間を齎した。
淡い光がふわふわと揺らめく空間に、一緒に漂うようにゆっくりと歩いていく。こつこつと、木橋は小気味よくふたりを支えていた。
「近くに、こういう場所があるって知らなかった」
「そうですね……穴場を知ってしまいましたね」
いよいよ月明りも眩しく、河原に月光が注がれる。青白い光に浮かぶ語は、いつもよりもずっと大人びて見えて、纏う色が変わってしまうだけでこんなにも雰囲気が変わってしまうものかと、胸が高鳴る。
着物姿なんて見慣れたものだと思っていたけれど、優しく微笑む上機嫌な彼の眼差しに、つい嬉しくなってしまう。
「ここなら、近いから。また来年も気軽に来れるな」
「来年も、……!」
「……もちろん、狐珀が嫌でなければだけど」
「嫌なんてそんな! 来年も一緒に見に来ましょうね」
しっかりと握った手に、さらに力が入る。絶対に語の手を離さまいとするように。彼の声が心地よく胸に響いて、それだけで喜びに震えた。
ふたりでこうして、来れたなら。
また来年も一緒に。
数える幸せがまたひとつ増えた。
決して、近くない未来の約束が出来る幸せを握り締めて、これからもずっと、より長く、続きますように。
今年のこの気持ちと同じままで、否、それよりももっとずっと、深く愛しているように。
繋いだ手よ、どうか離れないでいて。
「ああ、来年もまた」
微笑む狐珀を見つめ返して、語もそっと約束を重ねた。
成功
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