●献上品
感謝の証になにか物を贈るのは何も人に限ったことだけではない。
動物の世界でも同様に贈り合うことはコミュニケーションとして成立している。
例えば、猫の世界にだってある。
「お猫様~ご飯ですよ~」
にゃあ、と馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)の屋敷に住まう二又尾の猫『玉福』は、あくびとも返事とも取れぬ微妙な境の鳴き声でもって応える。
幽霊である『夏夢』が皿を抱えている。
あれなるは我輩の皿である。
しかと認識している。
「にゃん」
「はい~こちら、カリカリです~」
うむ、ごくろうだにゃ。
『玉福』は一つ頷く。
他者から見れば、それは御礼のお辞儀に見えたかも知れないが、違う。
御礼ではない。
こちらが労をねぎらっているのだ。
度々誤解されるので断っておく。
人が主ではない。
猫が主なのである。
猫とはそういうもんなのである。どんなに人間のほうが体躯が大きく、知恵も働くのだとしても、猫にとっては人は己に膝つく存在なのである。
いや、言い過ぎた。
そこまでではないかもしれないが、しかし、屋敷の中で格付けというものはしっかりと成されている。
少なくとも『玉福』にとって『夏夢』とは正体不明の幽霊ではあるが、しかし己より下の位であるところのことは言うまでもない。
まあ、にゃんだかんだと面倒見のよいやつである、ということは認めるところである。
「にゃあ~」
カリカリが今日もうんめぇのであるにゃあ。
季節は秋を過ぎ去って冬に差し掛かろうとしている。
そろそろ自分の身に纏う毛も冬毛に変わろうとしている。肌寒い朝なんかは、少しばかり動き出すのが億劫に感じるときもあるのだが、季節の移り変わりに文句を言ってもしかたねぇのであるにゃあ。
我輩は、そういうところをしっかりと理解している猫なので。
さて、と。
そろそろ縄張りの確認ついでに腹ごなしの運動がてら散歩に向かおうか。
そう思っていると皿の横にて待機していた『夏夢』がなんだかニンマリしているような気配がする。
表情はわからにゃいが、何となくそう感じるのだ。
にゃんだにゃんだ。
「にゃあ」
なんにゃ。
「お猫様、こちらは今日のおやつにございますよ」
「にゃ?」
なんだか珍しいもんである。
なんか銀色のキラキラした細長いやつ。
なにこれ、と思ったが鼻を引きつかせると、ビン! と己の二又尾が立ち上がる。
「にゃあ!!」
「はい、おやつでございます! それも『にゃんにゃーる』! 以前『クロブチ』のお猫様をお探しになられた時の御礼として飼い主さんが送ってくださったんですよってあわわわわっ!?」
「にゃああ!!」
そんないいにゃ。それをよこすにゃ。いや、早く開けるにゃ!!
まごまごしている『夏夢』にたしたしと肉球を床に叩きつける。それがうんまいものであることはすでにお見通しなのだ。
「は、はいはい、ただいま!」
「にゃあ!」
はいは一回でいいにゃ!
「ど、どうぞ~」
「にゃあ~!」
封を切られた銀色のやつから芳しい匂いが溢れ出す。
これ絶対うまいやつにゃ!
舌を伸ばして舐め取ると、ほらやっぱりうまいにゃん!
こりゃたまらんにゃ!
え~! なにこれ、本当にうまいにゃあ!
魚みたいな、鳥みたいな?
とにかく複雑な味わいのマリアージュ! とにかく香りがいい!
「にゃあにゃなんにゃんなー!」
「いつになくお猫様がハッスルしていらっしゃる……すごい、『にゃんにゃーる』……!」
ごくり、と『夏夢』は『にゃんにゃーる』の素晴らしき味わいに戦慄する。
本来であれば、おやつは上げ過ぎは当然よくない。
けれど、義透たちと話した限りでは『玉福』の運動量ならば、あげても問題ないという判断にいたったのだ。
太り過ぎもよくない。痩せ過ぎもよくない。
ちょうどいい、というのが一番難しいことはわかっている。
「にゃあ~」
素晴らしいにゃ。
そんな主たちの考えとは裏腹に『玉福』は冬にかけて太っていく。
そう、『にゃんにゃーる』だけならば、問題なかったのだ。
けれど、『夏夢』は知らない。
『玉福』、実は猫集会の時にクロブチの猫から毎回、この度はご迷惑をおかけしましたとネズミももらっているのだ。
気にするな、といっているのだけれど、クロブチ猫は譲らない。
「これがケジメってやつっす! っす!!」
そんな具合なので、受け取るほかなくなっているのは言うまでもない。
そんなことだから、おやつまで食べていると確実にカロリーオーバーというやつなのである。
しかしまあ、猫にそんなカロリーだとか運動量だとか、太り気味だとかなんだとかなんて関係ない。
いつだって猫っていうものは自由気ままなものなのだ。
それが正しいとも言えるし。
「にゃあ~ふ」
散歩に出かけようとかと思ったが、まあ、いいか。
『玉福』はホカホカのマットの上であくびを一つして、ごろりと寝転がるのだった――。
成功
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