うたう月夜に金木犀、甘香る秋祭り
●めぐり煌めく秋の夜
季節は行楽の秋、お出かけには絶好の、気持ち良い秋晴れの日。
でも今日のお出かけは、日が沈んでからの、秋の夜長の兎月夜が本番。
何せ今宵は『桂花祭』――月と甘い香に酔い痴れる、秋の夜祭りなのだから。
この桂花祭は、サムライエンパイアのある町で毎年開かれているという恒例の祭りで。
「このお祭りにはね、一度だけ来たことがあるんだ」
月守・ユエ(皓月・f05601)は、以前もこの祭りを楽しんだことがある。
だからこそ、今年は。
「ベスティアちゃんと一緒に秋祭り! とっても楽しみにしていたんだよ」
ベスティア・クローヴェル(salida del sol・f05323)と一緒にと、今宵ふたりで足を運んだのである。
この祭りは桂花という名の通り、金木犀と銀木犀が満開に咲く時期限定で行われていて。
この地の豊穣に感謝しながら祭りを沢山楽しめばきっと、この地で崇められている豊穣神さまも幸福を授けてくださると。
そう謂われている、いわゆる、秋の豊穣祭という意味合いもあるようだ。
そして実りの秋の季節を迎えているのは何も、今回訪れたサムライエンパイアの世界だけではないから。
(「この時期はいつもダークセイヴァーで収穫祭の手伝いをしていて忙殺されていたから、純粋に祭り部分だけを楽しむっていうのは初めてかも知れない」)
ベスティアもこの時期は、ダークセイヴァーの収穫祭の手伝いで毎年何かと慌ただしいのだけれど。
でも――今年の秋の祭りは。
(「せっかくユエと遊びに来たのだし、存分に楽しむことにしようか」)
このサムライエンパイアで、ユエと一緒に、存分に満喫するつもり。
そしてそれは当然ながら、ユエだって同じ気持ちだから。
(「今回は、ベスティアちゃんとこれてとっても嬉しい」)
そう笑顔を思わず綻ばせながらも、賑やかな夜祭りの喧騒を彼女とふたり並んで歩くその足取りは軽やかで。
グルメに花見に月見等々……いろいろと沢山、堪能できそうなことはあるようだけれど。
ベスティアとユエが、まず足を向けてみるのは。
「お月見の前に、横丁でお買い物してみる?」
「せっかく来たのだし、買い物していこうか」
ずらりと店が軒を連ねる買い物スポット――『金木犀横丁』。
そんな甘い香がする横丁へと足を踏み入れ、ユエは周囲を見回してきょろり。
「金木犀の練り香水やお香のコスメや、装飾品……食べ物の屋台もやってるみたい」
「こういう場所の雰囲気を楽しむのも祭りの醍醐味だし、ね」
ベスティアも、賑やかだけれど穏やかな月夜を歩いていれば。
ユエはふと、こんな提案を。
「今日は、ベティちゃんと何か遊びにきた想い出に装飾品を買えたらいいなぁって思ってたんだけど……どうかな?」
……金木犀、ベティちゃんにとっても似合うと思うんだよね! って。
そう、横丁に並ぶ店々には、この祭りにぴったりな、金木犀に関するものも沢山並んでいて。
「想い出に装飾品? 勿論いいよ」
ユエの提案に頷いて返せば……どれも綺麗で、良い想い出の品になりそうだし、なんて。
ベスティアも、ふたりで早速入店したアクセサリー屋の店内を見回してみつつ訊ねてみる。
「色々種類があるけれど、ユエは何か気になったものとかある?」
ひとことに金木犀の装飾品と言っても、首飾りに腕輪、指輪や根付……等々。
種類もデザインも、ひとつひとつそれぞれ違っていて。
ベスティアが見つけてふと、手に取ったのは。
「髪飾りとかどうかな、って思うんだけど」
橙色の煌めきが楚々と咲いた、髪飾り。
そしてそれを当てるように翳してみるのは、眼前の艶やかな夜色。
「金木犀って明るい色してるから、ユエの黒髪にとても似合うと思うんだ」
「わ、髪飾り……僕に似合うかな……?」
そんな自分に似合いそうだという言葉に、ユエは思わず瞳をぱちりと瞬かせるも。
すぐに、金木犀の煌めき咲かせた満月瞳を柔く細めて。
「ふふ、ベティちゃんが似合うっていってくれるなら……つけてみようかな!」
ベスティアが思った通り、まるで今宵ふたりで歩く特別な秋の夜の景色のように。
夜の漆黒髪にふわり、鮮やかに映えて咲いた秋の彩り。
そんな己の髪を飾る逸品を見れば、笑顔も満開に咲いて。
「それじゃあ……ベティちゃんにはねぇ……」
改めて金木犀の装飾達を、ユエがくるりと見回せば――しゃらん。
「……あ! この簪とか……どうかな?」
そっと手にしたのは、金木犀の小さな花達が微か鳴って揺れる簪。
「簪、か。ユエが似合うと言ってくれるなら、それにしようかな。髪を纏めるのにも丁度いいしね」
だって、ユエも思うから。
「ベティちゃんの綺麗な髪にも似合うと思うんだ」
くるっとお団子にした髪型に挿せば……満月に揺れる金木犀みたいになるかな? ……なんて、って。
夜の月の如き彼女の彩りに咲かせれば、きっと綺麗に違いないと。
そして今度はそんなユエの言葉に、ベスティアが瞳を瞬かせる番。
それから、笑って。
「流石に「満月に揺れる金木犀」は言葉を盛り過ぎだと思うけど」
そう返しつつも、おすすめされた簪を手にとって。
互いに選びっこした金木犀をふたり、今日の思い出に、お買い上げ。
そんな金木犀を早速お揃いで、飾って、挿してみてから。
月が浮かぶ秋の夜を、無数の星のように咲く花が彩る中。
嬉しさに少し火照った顔にひやりと心地良い、甘い香り纏う秋風を感じながらも。
美味しそうで可愛い兎団子の匂いだったり、可愛かったり綺麗だったりする季節の品物だとか、楽しそうな遊びの屋台であったり……楽しく誘われては、ちょっぴり覗いたりもしてみつつ。 でも、金木犀咲く夜に浮かぶお月様を愛でるその前に、少しだけ寄り道。
次に向かう店は、もう決まっている。
「お月見のために桂花陳酒と金木犀餡の月餅を買うんだ♪」
だって、月見や花見には団子がつきものだから。
でも……酒や菓子が売っている茶屋へと向かう途中に。
この祭りならではな、今の季節限定の美味さも、何気にやっぱりベスティアは心惹かれるから。
「金木犀の花ジャムが少し気になってね。どんな味かは想像できないけど、定番っていうくらいだからきっと美味しいと思うんだ」
「ふふ、金木犀のジャムも、おいしいよ」
ふたりでまた、ちょっとだけ寄り道を。
ユエのお墨付きでもあるならば余計に外せない、金木犀のジャムを買うために。
「ほんわりと甘い香り……クッキーとか添えてもおいしいと思うから。お持ち帰りにもいいかもしれないね」
「ついでってわけじゃないけど、お土産に買っておこうかな」
金木犀の花が咲いている期間は、数日間だけと短いのだけれど。
「ヨーグルトやチーズケーキ、炭酸水とも相性抜群なんだね……見た目もきっと綺麗だろうし、それも美味しそう……」
「帰ってから試してみようか」
お土産を買って帰れば、いつだってふわりと思い出せるから。
今、目の前で咲き綻んでいる秋の彩りや香り、そして楽しくて嬉しいこのひとときのことを。
でも、秋の夜長とは言うものの。
「さて、目的の桂花陳酒と月餅を買いに行こうか」
お土産を確りと購入した後、次こそ目的の茶屋へ。
だって、まんまるお月様も確りばっちりと堪能しなきゃ、勿体無いから。
●桂花咲く月下にうたう
いつだって、何なら昨晩も目にしたというのに。
それでも――人は心を惹かれるまま、何度だって天を仰いでしまうのだ。
「わぁっ……絶景だね……」
「ほんと、とてもいい景色だ」
美しく弧を描き、柔い月光が降る下……夜空に浮かぶ月を愛でるために。
けれど、幾度だって眺めてしまうのも、無理はない。
「お月さまがこんなに近くに見える丘があるなんて……!」
眼前の今宵の月は、昨日のものとも、どの日のものともまた、違うのだから。
ふたりがやって来たのは、階段をあがった先の丘の上。
金木犀と銀木犀が綺麗に咲いた、とっておきだと言われているお月見スポット。
「そこにあるのが当たり前だから意識したことはなかったけど、こんなにも綺麗に見えるんだね」
常夜の世界にだって月は出るから、普段はベスティアも余り気に留めることはないのだけれど。
改めて、近くでこうやって月を見てみれば納得する。
……これだけ綺麗な月が見れるなら、お祭りが賑わうのも頷ける、って。
そんなベスティアの言葉には、ユエも勿論同意であるし。
「……ふふ、こんなに近くにお月さまが見られると神さまともずっと近くで一緒に過ごせそうだよね。お祭りが賑わうのも、分かる気がするなって」
この祭りを見守り、楽しんでいるだろう実りの神さまだって、きっとそう。
だからユエは、そう月を見上げながらも、そっと捧げる。
月の巫女として習慣化している月への祈りを。
いや、月守の歌は自らが信仰する月神へ捧げる為のもの、なのだけれど。
(「短い歌ではあるけれど、今宵は……この地に恩恵を齎す豊穣神さまへ」)
穏やかな月の輝きのように柔らかに優しい聲の音を……あの月に向けて。
ユエは歌い、そして伝える――今日も人は、あなたの恵みで健やかに生きてます。と
この地の神さまにこうやって会う、久方ぶりの月夜に。
そしてその時と同じ場所、同じ季節、ではあるのだけれど。
(「そして今夜は……僕の大切なお友達と遊びにきたんだ。幸せなひと時をまた過ごしているの」)
今日は、自分の祈りを、歌を、少し後ろから見守っているベスティアと一緒。
そんな金木犀が甘香る秋祭りの夜は楽しくて、何よりも、幸せがいっぱい咲き誇っているから。
綺麗なユエの歌声に耳を澄ましていれば、ベスティアも思うのだった。
(「神様への感謝の気持ちが伝わるような気がする」)
……神様にはあまりいい思い出がないけれど、でも。
(「……こんな綺麗な歌声が聴けるなら多少は感謝してもいい、かな」)
まるで小さな星が降るかのように、橙の蝶々とくるり舞いながら。
月光に照らされ、美しい歌が響く夜に躍る、甘やかな秋の彩りたちを眺めれば。
今宵くらいは神様と一緒に月に酔い痴れても、悪くない、って。
そして、そんなただ少しの祈りが終われば――さて! と。
振りかえったユエの耳に、刹那届くのは。
「とても綺麗で、素敵な歌だった」
歌い終わった自分への、拍手と賛辞。
ベスティアは彼女の見事な歌声に惜しみない拍手を送って。
ユエは、ふふっとほんのり照れ笑いを零しちゃう……彼女から拍手をいただけた、って。
そして、そんな拍手や褒めてくれる言葉も、嬉しくなるし。
「前に喫茶店で話した時、歌を聴かせてくれるって言ってくれたもの、ね」
「うんっ。素敵な月夜にベティちゃんに歌を聴いてもらえる約束もしっかり叶えられて嬉しいなって!」
交わした約束をちゃんと果たせたことも、とても嬉しく思うのだ。
それから、ふたりで顔を見合わせて。
「それじゃあメインの桂花陳酒と金木犀の月餅をいただこうか?」
「あんまりにも綺麗な歌声だったから、すっかりメインは終わった気になっていたよ。これからがお月見の本番だったね」
もう一度そうふたり、笑い合った後。
「これもとっても絶品なんだ」
ユエは金の彩り湛える桂花陳酒をグラスに注ぎ、そっとベスティアへと差し出して。
お揃いの彩りを注いだ自分のグラスを捧げれば、笑いかける――「乾杯♪」って。
そしてベスティアもグラスを受け取って、微笑み返す――「乾杯」と。
ゆうらりと金木犀のいろをお揃いで揺らしながら、同じようにグラスを捧げて。
いや、揺れているのは何も、掲げた桂花陳酒の金色だけではなくて。
グラスをそっと両手で持ちながらもひとくち、それを口に運んだ瞬間。
自然と左右にふりふり、もふっと揺れるのは、ベスティアの大きな尻尾。
ふわり秋の夜長に揺蕩う金木犀の香りを楽しめる、そんな甘やかなお酒に満足げに。
ユエもその味わいをゆっくり、ベスティアと一緒に存分に楽しみながらも。
「おいしいねぇ」
そうほっこり和んでから、尻尾を引き続き揺らしている彼女へとすすめる。
「月餅もどーぞ?」
桂花陳酒を味わう彼女を待ってから、金木犀のかたちをした月餅を。
そして、そんなほっと一息ついたタイミングで渡されたそんな月餅を。
「ありがとう」
口へとはむりと運んだベスティアは、再びほっこり。
食んだと同時に鼻に抜けるような甘やかな香りと、その優しくて美味しい金木犀餡の甘さに。
それから改めて、思うのだった。
(「美味しいお酒に美味しいお菓子、そしてそれを分かち合える友人」)
……これほど楽しくて、幸せなな時間は中々無い、と。
そして、ユエも。
(「好きな月夜に、友達とのゆったりとした時間」)
……幸せで心あたたまるひと時が大好き。
そうほわほわと酔い痴れる心地で、改めて余すことなく噛みしめてから。
見上げるお月さまにもう一度、乾杯するかのように杯を掲げる。
「お月さまも楽しんでくれてるかな?」
そんなユエの声に、ベスティアもそっと杯を天へと揺らし掲げてみて。
「きっと、この光景を見ながら月も楽しんでるよ」
お月さまとも、金木犀咲く秋の夜に、改めて乾杯を。
だって、お祭りは賑やかで、自分たちにとってもこんなに楽しい時間。
「一緒に楽しい心地になってると、いいなぁって」
「皆が楽しんでる姿を見ていると、こっちも楽しくなってくるものだから、ね」
ふたりでそう顔を見合わせ、笑み綻ばせ合えば。
それに応えるかのように刹那、ふわりと吹き抜けるは秋の夜風。
美しく輝く大きな月の光が降る中、小さな星の如き花たちをひらりと数多舞わせて。
今だけ特別な、優しい甘やかさを纏いながら――まだもう少しだけ続く、秋の夜長の楽しいひとときに。
成功
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