君がために言の葉は咲く
●グリプ5
どんなに平穏に見えても、戦乱の火種は燻り続けている。
その一つ一つを全て消し去ることは本当に可能なのかと、『ゼクス・ラーズグリーズ』は思う。途方もないことのように思えてならなかったのだ。
それほどまでに戦乱の火種はそこかしこにある。
しかも、目に見えるものばかりではない。
小国家と小国家との間に横たわる溝は未だに深い。
同盟国である『フルーⅦ』との間にすら浅からぬ溝がある。
それは距離であったり、時として行き違いであったりするだろう。
「みんながみんな、笑いたいって思っているわけじゃあないのかな」
少年と言っていい年頃の『ゼクス・ラーズグリーズ』は息を吐き出す。
コクピット。
キャバリア『セラフィム・ゼクス』の中で彼はモニターを見つめている。
拠点防衛用のキャバリア。
攻め込むのではなく、攻め込まれた時に真価を発揮する機体である。
だから、というわけじゃあないけれど、自分に出来るのは備えることばかりであった。
「はぁ」
「お邪魔いたします」
「うぇっ!?」
コンコンとコクピットハッチが叩かれる音と共に開かれた、そこに立っていたのは紫の髪をなびかせるメイドであった。
そう、ステラ・タタリクス(紫苑・f33899)であった。
「なんで!? えっ、ここコクピットだけど!?」
「メイドである私にとってはこの程度の高さなど造作もございません」
「メイドってそんなものだっけ!?」
「そういうものでございます」
ハッキリ言って不審者と名乗った方がまだマシなのではないかと『ゼクス・ラーズグリーズ』は思った。
「そもそも、見た瞬間に不審者扱いはどうかと思うのですが」
「だ、誰だってそう思うよ!」
そう、いきなり体高5m級の戦術兵器のコクピットに取り付ける生身の人間がいれば驚くし、不審に思うのが当然である。
なまじ、キャバリアでの警戒活動中なのだ。余計にそう思ってしまう。
「これでも美人の部類に入ると思うのですが!」
ステラは|主人様《『エイル』》が絡まなければ、有能メイドである。絡むとちょっとアレであるが。『ゼクス・ラーズグリーズ』はアレな方のメイドしかしらないので無理もない扱いである。
「それよりも『セラフィム・ゼクス』の調子は如何ですか」
「見ての通りだよ」
「『鉄壁』……の名を継ぐ程にまで高みへいけそうですか?」
「わかんないよ。そんなの。今だって必死なだけなんだから」
その言葉にステラは頷く。
彼のこういうひたむきなところに『ツヴァイ』と呼ばれた少女は惹かれたのかも知れないなと思ったのだ。
「そうですか。『あの世界の』『ツヴァイ』様に見てもらいたいとか」
チラ、と彼の顔をメイドは見下ろして見やる。
視線をそらすように、彼は頬をわずかに歪ませていた。
思春期。
色恋については人一倍敏感であった。
そして、身内というのは得てしてこういうことに首を突っ込みたがる。
加えて言うなら、彼の兄弟……『ナンバー・ラーズグリーズ』は、今は姉と妹ばかりであるし、母しかいない。
言うなれば、肩身が非常に狭い状態なのだ。
そんな状態で『ツヴァイ・ラーズグリーズ』から情報が齎されればどうなるかなんて言うまでもない。
だからこその、歪んだ顔であった。
「フフ、それこそ思春期の反応でございますね」
「あんたも反抗期だなんだってからかうのかよ」
「いいえ、とんでもございません。さて。ここに『お手紙』があります。読みたいですか?」
「何言ってるんだ?」
「や、お察しが悪い。いけませんよ。戦場においては……」
「まさか!」
「読みたいですか?」
ステラは、手にした手紙をまだ渡さない。
彼と彼女とを応援したいという気持ちは無論ある。
けれど、人の心とはままならぬもの。
もしかしたら、と思わないでもない。そこに記されているものは彼の望むものではないかもしれないのだ。
それでも。
人の気持は解らない。理解しきれない。だから、言葉で、文字とで尽くして知りたいと思うからこそ、相互理解に近づいていくのだ。
「では、交換条件に。あなた様にとって僅かな邂逅でしかなかった『ツヴァイ』お嬢様を見初めたのは、何に惹かれたからなのでしょう?」
一目惚れか? 魂の繋がりか? それとも……運命か。
「わからないよ。そんなの。好きになる理由なんてのは、後から追いついてくるもんだろ!」
彼にとってはそれが全てだった。
己の心の内を言葉にするのは難しい。形も色もわからない。
「けど、世界が明るくなったような気がしたんだよ。それだけだ。あの時だってそうだ。好きだから守りたい、死なせたくないって思うのは普通のことだろ!」
そこに必然性も運命も魂も関係ない。
あったのは、少年と少女のみ。
ステラは観念したように手紙を彼に手渡す。
「またいつか……はきっと叶うのでしょう」
彼の横顔を見ればわかる。
言の葉を紡いだ彼女と同じ横顔をしていたから――。
成功
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