飛空艇はブルーアルカディアの嵐を抜け、一つの空島へと降り立つ。
岩だらけの浮かぶ山、草木は一本も生えていない。
その麓には巨大な洞窟が口を開き、勇士達を待ち構えていた。
周囲には残骸になったいくつもの船。
「魔獣を討伐すべく飛び立った勇士たちは一人も戻らなかった」
そう語られた物語の結末は、少年漫画の見開きのように眼の前に広がっていた。
この|魔獣《オブリビオン》は、猟兵でなければ打ち倒せない……そう一瞬で分かる有り様。
「やっぱり、倒さないとだめ」
飛空艇から人狼のルークが飛び降りながら呟く。
白銀の毛並が嵐の中で轟く雷鳴に、美しく輝いた。
「そうですね……こ、これは強敵な気がします……!」
ドラゴニアン、ルクの黄緑の尻尾がぷるりと揺れる。
緊張と小さな恐怖を隠しきれない。
「だいじょぶ。いつもどおり、ね?」
顔を覗くルークに、苦笑いを笑顔に変えて頷き返すルク。
「は、はいっ……! いつもどおりです……!」
「うん。――この、先」
「はい……間違いなく巣穴です……。
アックス&ウィザーズとは微妙に違いますが、この手の場所に巣穴を作る存在は――」
「うん、強い」
それ以上、言葉なんて要らない。
目を見れば分かる。
大きな瞬きをして頷くルークの顔が「大丈夫」と伝えてくれる。
「行きましょう……!」
岩山に開いた洞窟へと、二人はゆっくりと進んでいった。
かつり、かつりと小さな音が反響する。
天井にはコウモリのような小さな何か。
襲ってくる気配はない。
岩山の中は思ったよりも暗くない。
岩自体が仄かに光っているかのように、視界を阻害しない明るさが保たれている。
「注意して行きましょう。
ここを往復している足跡が大きいです……」
「これ、ねこ……? 大きい。ライオン、かも」
「確かにライオン――」
その瞬間、洞窟中に反響する咆哮が響く。
「ガゥゥンン……!!」
その咆哮はまさにライオンだった。
咄嗟にルークが刀を構え先行して走り出す。
「この先、いる――! ルク、支援お願い」
「は、はいっ、行きましょう……支援します!」
ルクが筆を構え、その後ろを追う。
角を曲がれば、広がっていたのは大部屋。
分かりやすいほどのボスの部屋。
その中央には、二足歩行する大柄なライオンの魔獣。
背中にはコウモリの翼。
いわゆる、キメラの獣人型。
筋骨隆々で、両腕には鋭い鈎爪。
獅子の口からは涎が流れ、黄金の瞳は輝いてみる。
素早く、怪力――接近戦を得意とするパワータイプの魔獣。
見た目からすぐ分かること。
「うわぁ……」
ルクが何とも言えない顔で、ため息混じりに呟く。
見た目からすぐ分かることはもう一つあった。
キメラの尾は、しばしば蛇になっている。
目の前のライオンも、その「蛇の尾」を持っている。
持っているんだけど。
「ねぇ、ルク」
表情はあまり変わらない。真剣な顔、悩んだ声。
「はい」
「あの蛇って――」
黄緑色の柔らかい手が、ルークの口をもちゅりと塞ぐ。
「――むぐ」
ルクが慌てて言葉を重ね。
「太いです……御立派です……。あの蛇は……絶対に避けましょう!」
ボクも、そう思った……なんて口が裂けても言わないようにしよう。
だって、アレは――。
『なんであの蛇、尻尾じゃなくて股間から生えてるの?』
2人はモヤモヤした何かを胸の奥にしまいこんで、正面の魔獣へと駆け込んでいく。
「いくよ」
「合わせます――!」
ルークが、飛ぶように前へと跳ねる。
音も無く、鋭く。
敵のキメラはその速度に反応する。
巨体の翼を開き、自身を包むように盾にする。
「――硬い」
ルークが振り下ろした刀が、甲高い音を立てて弾かれた。
まるで金属の盾を斬りつけたような感触。
あの翼は、防具として充分に機能している。
「だけど――避けないで防いだ。
速さには、ついてこれてない」
「あの羽が厄介ですね……! 飛ばれてもまずいです、なら……!」
後方で構えるルクが大筆をくるり、と回し。
魔力を水晶玉へと注ぎ混み絵の具を生成する。
「ルークさん、翼を狙います!」
「わかった、ひきつける」
「ガアアア!!!」
もちろん、キメラも動く。
盾にしていた翼を開き、両腕の鈎爪を乱暴に振り回す。
本能に任せた大ぶりの攻撃――理論的ではない、力任せの暴力。
「そんなの……当たらない」
ルークは敵の懐から離れない。
薙ぎ払うように振り下ろされた右の鈎爪を、一歩だけ横に動いて避ける。
無駄のない、最小限の動き。
暴れるキメラは、左からの薙ぎ払いを続けざまに放つ。
両足に力を込め、高く跳ね上がり躱しながら。
宙返りと共に敵を飛び越え、足音もなく相手の後ろへと着地する。
「ガアゥゥ!!」
キメラは咆哮しながら、ルークの動きを追う。
振り返り、鈎爪を構え――。
「そこです! 【|束縛塗装《バインド・ペイント》】!!」
掲げた絵筆に満ちるのは灰色。
薙ぐ絵筆から放たれる、岩を描く絵の具がキメラの翼へと飛ぶ。
キメラの翼は浴びた絵の具で塗り替えられる。
その翼は岩――まるでガーゴイルの羽。もう動かない、と。
「ルク、助かる」
厄介な盾を封じてくれた。
なら――!
ルークの真紅の瞳が赫を帯びた。
吐き出す息と共に、気配が薄くなる。
迸るような殺気が洞窟の中に広がったと同時に、その姿はキメラの前から一瞬で消えた。
右足で踏み込み、滑るようにキメラの巨体の横をすり抜け。
土煙すら出さず――敵の背後に。
血晶刀が血を啜り、脈動する。
「一撃で、決める」
真っ赤な半月の袈裟斬りが、キメラの背後で花開く。
「ガアアアアア!!!!」
咆哮はまるで断末魔。
倒した、とルクは思った。
「やり……ましたか!?」
「ちが――うっ!!」
声を張ることなんて殆どないルークの大きな声が、洞窟に響く。
「……尻尾も――ある――!!!」
御立派で太い蛇に視線を奪われすぎていた。
尻尾は無いものだと思っていた。
思わされていた。
細い蛇の尾は――キメラの背中で黄金の瞳を輝かせ、ルークの斬撃に反応。
斬撃を咥えて牙で押さえ――自らを犠牲にしながら本体を守った。
「届かなかった――!」
大振りである袈裟斬りは僅かな隙を生む。
反撃を受けるわけにはいかない。
素早くルークは距離を取ろうと、両足に力を入れた。
だが、戦況は更に悪転する。
「ガルルルルゥ!!!」
獅子の咆哮。
獅子はルークへ振り返らなかった。
狙うのは翼を石化させた術師。
股間のご立派な蛇がシャアアと口を開き、うねりながら真っ直ぐにルクへと突き進む。
「――そっち――! ルク、危ない――!」
距離を取っている場合じゃない。
その瞬発力を爆発させ、ルク目掛けて放たれる蛇の横を駆け抜ける。
僅かに――僅かに届かない!
「く――」
強く踏み切る。
跳ねてしまえば、向き直れない。
隙を晒す。
でも、体は動く。
友を守るために。
跳び、蛇の頭を追い抜く。
体で思い切りルクを突き飛ばし、蛇の一撃から救う。
救った、けれど。
「ルークさんっ! うわあっ!」
そこに、ルークは居なかった。
蛇の喉は大きく膨らみながら、キメラの元へと返っていく。
「あっ……あああ――! ルークさん、ルークさんっ……!!」
恐怖と罪悪感がルクの思考を侵す。
頭がいっぱいで――何をすべきか分からなくなりそうだった。
けれど。
「だいじょうぶ」――ルークは、こんな事でやられたりなんてしない。
そう恐怖を飲み込んで……目を見開く。
絵筆を振り回し、石化の絵の具の雨でキメラを狙う。
「助けます――! だけど、あの蛇は……狙いません!!」
中にルークが囚われている。
石化させるのは危険かもしれない、から。
「うっぷ……すごいにおい……。
ルク……聞こえてる――だから、だいじょうぶ」
全身を締め上げてくる肉壁。
刀を振るには狭すぎる。
「無抵抗でやられたりしない……【|告死・迅雷風烈《モータル・ヴィントシュトース》】」
息を吐き出す。肺の奥底から全部。
どうなっても構わないという覚悟を力に変えて。
視えている相手ならば、射程距離。
視界の中、全部が肉壁だ。ならば――敵に避ける術はない。
狭い肉の洞窟の中を、自らの蹴りを武器として稲妻のように走る。
拡張された魔獣の体内空間を……大いなる力が削り取っていく。
「オアッ……アアッ」
ルクと対峙していたキメラが、突然悲鳴をあげて膝を着く。
「ルークさん、負けないで……!」
同時に降り注ぐ石化の雨が、キメラの全身を包みこみ石へと変えた。
「……」
う、うーん……。
膝立ちのライオンキメラ石像の股で、太い蛇が動いている……。
「あっ……」
余計な思考が隙を作る。
固めたのは体だけ。
再び蛇はルクへと突き進んできた。
術師は、その攻撃に反応できなかった。
巻き付かれ、締め上げられ――。
その時、ごぷり、と蛇が口からルークを吐き出す。
蛇の体内への攻撃が効いたのだ。
痙攣した蛇は、体液と同時にルークを開放した。
「ルーク……さん!」
「……だいじょぶ……! 倒すよ――」
言葉と同時に、ルークの靴から刃が飛び出す。
体がくるり、と回った瞬間。疾風が吹き抜ける。
罪人――ご立派は根本から切り落とされた。
蛇は地に落ち、びちり、びちりと蠢いている……。
うーん。
なんかこう、キュッとする……なぁ……。
2人は目を見合わせた。
「とどめ、さす」
「勿論です、ルークさん!」
紅き刀と、筆を構え。
2人の一撃が重なる前に小さくルークが呟く。
「ね……終わったら……お風呂、行こ?」
ルクが、くす、と鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ。
苦笑いを返しながら。
「そ、そうですね……しっかり洗いましょう」
「それじゃ、倒すよ」
「いきましょう!!」
2人の攻撃が同時に閃く。
そして、魔獣の像は完全に砕かれたのだった。
ご立派だった蛇もきっと良い素材になるだろう……なるの?
成功
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