1
ご立派キメラ危機一髪

#ブルーアルカディア #ノベル

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#ブルーアルカディア
🔒
#ノベル


0



ルク・フッシー



ルーク・アルカード




 飛空艇はブルーアルカディアの嵐を抜け、一つの空島へと降り立つ。

 岩だらけの浮かぶ山、草木は一本も生えていない。
 その麓には巨大な洞窟が口を開き、勇士達を待ち構えていた。

 周囲には残骸になったいくつもの船。

「魔獣を討伐すべく飛び立った勇士たちは一人も戻らなかった」

 そう語られた物語の結末は、少年漫画の見開きのように眼の前に広がっていた。
 この|魔獣《オブリビオン》は、猟兵でなければ打ち倒せない……そう一瞬で分かる有り様。

「やっぱり、倒さないとだめ」

 飛空艇から人狼のルークが飛び降りながら呟く。
 白銀の毛並が嵐の中で轟く雷鳴に、美しく輝いた。

「そうですね……こ、これは強敵な気がします……!」

 ドラゴニアン、ルクの黄緑の尻尾がぷるりと揺れる。
 緊張と小さな恐怖を隠しきれない。

「だいじょぶ。いつもどおり、ね?」

 顔を覗くルークに、苦笑いを笑顔に変えて頷き返すルク。

「は、はいっ……! いつもどおりです……!」

「うん。――この、先」

「はい……間違いなく巣穴です……。
 アックス&ウィザーズとは微妙に違いますが、この手の場所に巣穴を作る存在は――」

「うん、強い」

 それ以上、言葉なんて要らない。
 目を見れば分かる。
 大きな瞬きをして頷くルークの顔が「大丈夫」と伝えてくれる。

「行きましょう……!」

 岩山に開いた洞窟へと、二人はゆっくりと進んでいった。
 かつり、かつりと小さな音が反響する。

 天井にはコウモリのような小さな何か。
 襲ってくる気配はない。

 岩山の中は思ったよりも暗くない。
 岩自体が仄かに光っているかのように、視界を阻害しない明るさが保たれている。

「注意して行きましょう。
 ここを往復している足跡が大きいです……」

「これ、ねこ……? 大きい。ライオン、かも」

「確かにライオン――」

 その瞬間、洞窟中に反響する咆哮が響く。

「ガゥゥンン……!!」

 その咆哮はまさにライオンだった。
 咄嗟にルークが刀を構え先行して走り出す。

「この先、いる――! ルク、支援お願い」

「は、はいっ、行きましょう……支援します!」

 ルクが筆を構え、その後ろを追う。

 角を曲がれば、広がっていたのは大部屋。
 分かりやすいほどのボスの部屋。
 その中央には、二足歩行する大柄なライオンの魔獣。
 背中にはコウモリの翼。
 いわゆる、キメラの獣人型。

 筋骨隆々で、両腕には鋭い鈎爪。
 獅子の口からは涎が流れ、黄金の瞳は輝いてみる。

 素早く、怪力――接近戦を得意とするパワータイプの魔獣。
 見た目からすぐ分かること。

「うわぁ……」

 ルクが何とも言えない顔で、ため息混じりに呟く。
 見た目からすぐ分かることはもう一つあった。

 キメラの尾は、しばしば蛇になっている。
 目の前のライオンも、その「蛇の尾」を持っている。
 持っているんだけど。

「ねぇ、ルク」

 表情はあまり変わらない。真剣な顔、悩んだ声。

「はい」

「あの蛇って――」

 黄緑色の柔らかい手が、ルークの口をもちゅりと塞ぐ。

「――むぐ」

 ルクが慌てて言葉を重ね。

「太いです……御立派です……。あの蛇は……絶対に避けましょう!」

 ボクも、そう思った……なんて口が裂けても言わないようにしよう。
 だって、アレは――。

『なんであの蛇、尻尾じゃなくて股間から生えてるの?』

 2人はモヤモヤした何かを胸の奥にしまいこんで、正面の魔獣へと駆け込んでいく。

「いくよ」

「合わせます――!」

 ルークが、飛ぶように前へと跳ねる。
 音も無く、鋭く。

 敵のキメラはその速度に反応する。
 巨体の翼を開き、自身を包むように盾にする。

「――硬い」

 ルークが振り下ろした刀が、甲高い音を立てて弾かれた。
 まるで金属の盾を斬りつけたような感触。
 あの翼は、防具として充分に機能している。

「だけど――避けないで防いだ。
 速さには、ついてこれてない」

「あの羽が厄介ですね……! 飛ばれてもまずいです、なら……!」

 後方で構えるルクが大筆をくるり、と回し。
 魔力を水晶玉へと注ぎ混み絵の具を生成する。

「ルークさん、翼を狙います!」

「わかった、ひきつける」

「ガアアア!!!」

 もちろん、キメラも動く。
 盾にしていた翼を開き、両腕の鈎爪を乱暴に振り回す。
 本能に任せた大ぶりの攻撃――理論的ではない、力任せの暴力。

「そんなの……当たらない」

 ルークは敵の懐から離れない。

 薙ぎ払うように振り下ろされた右の鈎爪を、一歩だけ横に動いて避ける。
 無駄のない、最小限の動き。

 暴れるキメラは、左からの薙ぎ払いを続けざまに放つ。
 両足に力を込め、高く跳ね上がり躱しながら。

 宙返りと共に敵を飛び越え、足音もなく相手の後ろへと着地する。

「ガアゥゥ!!」

 キメラは咆哮しながら、ルークの動きを追う。
 振り返り、鈎爪を構え――。

「そこです! 【|束縛塗装《バインド・ペイント》】!!」

 掲げた絵筆に満ちるのは灰色。
 薙ぐ絵筆から放たれる、岩を描く絵の具がキメラの翼へと飛ぶ。

 キメラの翼は浴びた絵の具で塗り替えられる。
 その翼は岩――まるでガーゴイルの羽。もう動かない、と。

「ルク、助かる」

 厄介な盾を封じてくれた。
 なら――!

 ルークの真紅の瞳が赫を帯びた。
 吐き出す息と共に、気配が薄くなる。
 迸るような殺気が洞窟の中に広がったと同時に、その姿はキメラの前から一瞬で消えた。

 右足で踏み込み、滑るようにキメラの巨体の横をすり抜け。
 土煙すら出さず――敵の背後に。
 血晶刀が血を啜り、脈動する。

「一撃で、決める」

 真っ赤な半月の袈裟斬りが、キメラの背後で花開く。

「ガアアアアア!!!!」

 咆哮はまるで断末魔。
 倒した、とルクは思った。

「やり……ましたか!?」

「ちが――うっ!!」

 声を張ることなんて殆どないルークの大きな声が、洞窟に響く。

「……尻尾も――ある――!!!」

 御立派で太い蛇に視線を奪われすぎていた。
 尻尾は無いものだと思っていた。
 思わされていた。

 細い蛇の尾は――キメラの背中で黄金の瞳を輝かせ、ルークの斬撃に反応。
 斬撃を咥えて牙で押さえ――自らを犠牲にしながら本体を守った。

「届かなかった――!」

 大振りである袈裟斬りは僅かな隙を生む。
 反撃を受けるわけにはいかない。
 素早くルークは距離を取ろうと、両足に力を入れた。

 だが、戦況は更に悪転する。

「ガルルルルゥ!!!」

 獅子の咆哮。
 獅子はルークへ振り返らなかった。
 狙うのは翼を石化させた術師。

 股間のご立派な蛇がシャアアと口を開き、うねりながら真っ直ぐにルクへと突き進む。

「――そっち――! ルク、危ない――!」

 距離を取っている場合じゃない。
 その瞬発力を爆発させ、ルク目掛けて放たれる蛇の横を駆け抜ける。

 僅かに――僅かに届かない!

「く――」

 強く踏み切る。
 跳ねてしまえば、向き直れない。
 隙を晒す。
 でも、体は動く。
 友を守るために。

 跳び、蛇の頭を追い抜く。

 体で思い切りルクを突き飛ばし、蛇の一撃から救う。
 救った、けれど。

「ルークさんっ! うわあっ!」

 そこに、ルークは居なかった。
 蛇の喉は大きく膨らみながら、キメラの元へと返っていく。

「あっ……あああ――! ルークさん、ルークさんっ……!!」

 恐怖と罪悪感がルクの思考を侵す。
 頭がいっぱいで――何をすべきか分からなくなりそうだった。

 けれど。
 「だいじょうぶ」――ルークは、こんな事でやられたりなんてしない。
 そう恐怖を飲み込んで……目を見開く。

 絵筆を振り回し、石化の絵の具の雨でキメラを狙う。

「助けます――! だけど、あの蛇は……狙いません!!」

 中にルークが囚われている。
 石化させるのは危険かもしれない、から。

「うっぷ……すごいにおい……。
 ルク……聞こえてる――だから、だいじょうぶ」

 全身を締め上げてくる肉壁。
 刀を振るには狭すぎる。

「無抵抗でやられたりしない……【|告死・迅雷風烈《モータル・ヴィントシュトース》】」

 息を吐き出す。肺の奥底から全部。
 どうなっても構わないという覚悟を力に変えて。

 視えている相手ならば、射程距離。
 視界の中、全部が肉壁だ。ならば――敵に避ける術はない。

 狭い肉の洞窟の中を、自らの蹴りを武器として稲妻のように走る。
 拡張された魔獣の体内空間を……大いなる力が削り取っていく。

「オアッ……アアッ」

 ルクと対峙していたキメラが、突然悲鳴をあげて膝を着く。

「ルークさん、負けないで……!」

 同時に降り注ぐ石化の雨が、キメラの全身を包みこみ石へと変えた。

「……」

 う、うーん……。
 膝立ちのライオンキメラ石像の股で、太い蛇が動いている……。

「あっ……」

 余計な思考が隙を作る。
 固めたのは体だけ。
 再び蛇はルクへと突き進んできた。

 術師は、その攻撃に反応できなかった。
 巻き付かれ、締め上げられ――。

 その時、ごぷり、と蛇が口からルークを吐き出す。
 蛇の体内への攻撃が効いたのだ。
 痙攣した蛇は、体液と同時にルークを開放した。

「ルーク……さん!」

「……だいじょぶ……! 倒すよ――」

 言葉と同時に、ルークの靴から刃が飛び出す。
 体がくるり、と回った瞬間。疾風が吹き抜ける。
 罪人――ご立派は根本から切り落とされた。

 蛇は地に落ち、びちり、びちりと蠢いている……。
 うーん。
 なんかこう、キュッとする……なぁ……。
 2人は目を見合わせた。

「とどめ、さす」

「勿論です、ルークさん!」

 紅き刀と、筆を構え。
 2人の一撃が重なる前に小さくルークが呟く。

「ね……終わったら……お風呂、行こ?」

 ルクが、くす、と鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ。
 苦笑いを返しながら。

「そ、そうですね……しっかり洗いましょう」

「それじゃ、倒すよ」

「いきましょう!!」

 2人の攻撃が同時に閃く。

 そして、魔獣の像は完全に砕かれたのだった。
 ご立派だった蛇もきっと良い素材になるだろう……なるの?

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年11月20日


挿絵イラスト