トランスクリプション・ケルビム
●再訪のメイド来たりて
「『皐月』店長様におかれましてはごきげんるうわしゅう! メイドのご入用はありませんでしょうか!?」
扉が開かれ、開口一番これである。
もはや慣れた、と言ってもいいのかもしれないが、時はハロウィンであり、そしてこれから年末商戦に移り変わっていく繁忙期である。
無論、アスリートアースの商店街の隅に居を構える『五月雨模型店』とて例外ではなかった。
店内にはメーカーから搬送されてきた多くの商品が詰め込まれた段ボールが山積みになっているのだ。その奥でもぞもぞと動く影があった。
そう、ステラ・タタリクス(紫苑・f33899)のメイドノーズが間違えるわけもない。
この『五月雨模型店』の店長、『皐月』である。
彼はなんとも寝ぼけ眼であった。
恐らく、年末商戦に向けての在庫の管理や商品を補充したりやら、ラッピングやらなんやらで忙しくしていたのだろう。
「やあ、こんにちわ。猫の手を借りたいところなので、メイドの手を借りてもいいかな?」
少し、やつれている。
弱々しい笑顔。
なんかこう、ちょっと胸がときめいたかもしれない。
主には健康第一でいて欲しい。
が、こういうやつれた雰囲気の弱々しさもまた、なんていうか、ほら。あるでしょ。母性というか、支えてあげなきゃ感! この人には私がいないとダメなんだわ、という感覚。
それである。
しかしながら、ステラは胸に手を当てて大本命の顔を思い出す。いや、同じ顔だったわ。
「素直!」
メイドとして頼られたのならば、無論のこと。
『皐月』の残していた在庫の補充と管理、そうしたものを出来るメイドは完璧にこなしてしまう。
とんでもない早業であった。
通常のメイドの三倍くらい早く動いていたし、適切な作業によって効率が段違いに上がっていた。
ハッキリ言って、一家に一人この完璧メイドが欲しいところである。
デメリットは、叫びがちょっとうるさいってところである。
「終わりました」
「はやい……」
びっくりした顔をしている『皐月』の眼の前に紅茶がサーブされるおまけ付きである。
本当にやる時はやるのである、このメイド。
いつもふざけているわけではないのだ。
そんなステラを見上げて『皐月』は、ありがとうと礼を告げる。
「いえ、お礼には及びません」
「いや、そんなことはないよ。なにかお礼をさせて欲しい。一気に片付いてしまったし」
「……それでしたら」
ステラは言質獲ったり! と内心ガッツポーズを決めていた。シャオラー!!! みたいな感じである。
そんなことおくびにも出さないでステラは澄ました顔で『皐月』に今日赴いた最大の理由を語るのだ。
「店長様にご依頼を。『プラクト』で使っている『クリムゾンリッパー』以外にも鳥型の|プラスチックホビー《キャバリア》もございまして……ですが、最近人型の乗騎が求められているような気がするのです」
「人型?」
「ええ。私が考えますと、どうにも引っ張られるものがございます。ですので『皐月』店長様にご意見というか。できれば! てずから! 作っていただけたら嬉しいな!!! と思いまして」
情緒。
言葉の端々から情緒が変なことになっているなぁ、と『皐月』は疲れた頭の中でそう思った。
「あ、無論、材料費などはこちらで。技術料もしっかりと。スウィートステラ・『皐月』店長様カスタマイズつくって(はーと)」
「それは構わないけれど……コンセプトとかあったりするのかな?」
「いえ、特には。ただ、やはり近接戦闘が出来ると」
「それなら、ええと……確か、ここに……」
『皐月』が取り出したのは、一つのプラスチックホビーのパッケージであった。
「これなんてどうかな? 近接戦闘が出来るのがいいっていうのなら……『憂国学徒兵』シリーズの『ケルビム』タイプなんてどうかな?」
それはステラにとって不思議な魅力のあるものであった。
「『ケルビム』ですか」
「そう。このタイプはね、シリーズを見ていたらわかると思うんだけど、奉仕者としての側面もあるんだよね」
ほら、とパッケージに収まっていた組み立て説明書に記載されているストーリーにもそのようなことが書いてある。
パイロットはメイド服を着込んだキャラクターらしい。
デジャヴよりジェラシーが湧き上がるかもしれない。
「でいいかな?」
「……はい、むしろ、『皐月』店長様に作って頂けるとなれば、この身の幸運を天に捧げるレベルですので!」
「それは大げさ」
そう言いながら『皐月』はステラのプラスチックホビーを作り上げるだろう。
その名は『ケルーベイム』。
細身のシルエットに下半身にはメイドスカートのような装甲板が花のように広がっている。
この内部に近接装備が内蔵されているようであり、またスラスターにもなっている。
フレキシブルに動くスラスタースカートでの機動は変幻自在。
完全なる駆動には相当な熟達が必要とされている――。
成功
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