ノイズィー・ハロウィン・ナイト
●小国家『レンブラント・ラダー』
平坦な地形。
遮るものは多くなく、どこまでもなだらかな平原。
それが小国家『レンブラント・ラダー』であった。
小国家同士は行き違いを起こし、争乱の種が尽きない。
加えて、遺失技術によって建造されたプラントを巡って日々相争うのだ。
プラント即ち、国力。
あらゆるものを製造するプラントは、どの小国家も喉から手が出るほど欲するものであった。
食料などと言った人が生きる上で必要なインフラの全てをプラントが賄える。
それだけではない。
他国を侵略し、自国を護る要である戦術兵器キャバリアすら生み出す。
多くの小国家が軍隊を有している。
そして、その少国家に属するキャバリア部隊『ゴッドレイ』。
「それがピヨちゃんの部隊ってわけね」
杓原・潤(鮫海の魔法使い・f28476)の言葉にファルコ・アロー(ベィビィバード・f42991)は、ムッとした顔をした。
この世界ではない世界で潤と出会った時から、彼女はファルコのことを『ピヨちゃん』と呼ぶ。
互いに年が近いこともあって、ほぼ同世代と言っていいだろう。
先輩後輩をわずか四年ほどの年の差でどうこういうつもりはない。
けれど、ファルコは自分のことを『ピヨちゃん』と呼ばれるのはどうにも気に食わない。
なんていうか、未熟者扱いサれているようで嫌なのだ。
「杓原ァ! その呼び方はやめろってんですよ! なんか癪に障るんですけど!」
「えー? だってピヨちゃんは、ピヨちゃんじゃない?」
「なんでそうなるんですか! っていうか、ちょっと飛ぶのが上手だったくらいで、子分扱いするの、未だに納得いってねんーんですけどぉ!?」
ファルコの言葉に潤は笑う。
彼女がわずかに年上ということもあって、精神的にもファルコの上に立っているつもりなのだろう。
ファルコが潤と出会ったのは、この世界ではない。
互いに猟兵である。
世界を脅かす事件があれば、猟兵として戦うことは常である。
そんな中で、この空に蓋をされた世界であるクロムキャバリアとは真逆とも言っていい大空の世界……ブルーアルカディアにおいてファルコと潤は出会っていた。
ハッキリ言ってファルコからすれば出会いは最悪であったと言える。
なにせ、彼女は航空戦力が何の意味も持たない世界で奇しくも生まれてしまった航空力を持つレプリカントだったのだ。
飛ぶ事は即ち死を意味する。
それだけではない。
暴走衛生から放たれる砲撃は、一射であっても小国家を滅ぼすに値する威力があるのだ。
実際、オブリビオンマシンを巡る事件においても、わざとオブリビオンマシンが暴走衛生の標的になることで小国家の滅びを誘発しようと目論むような事件さえ起こっていた。
ともあれ、そんな世界でファルコは己の性能を十全に示すことはできない。
それは小国家『レンブラント・ラダー』おいても同じだった。
だが、大空の世界ブルーアルカディアは違う。
雲海に浮かぶ大陸。
空と大地。
それだけの世界において、飛ぶことが前提条件とも言うべき環境にてファルコは漸くにして飛ぶことを経験したのだ。
「誰にだって初めてはありやがるでしょうに」
「でもでもまだ未熟なのは認めるんでしょ?」
「それは、そうですけど」
ブルーアルカディアでの初飛行。
その際に潤は空を飛ぶファルコを見つけ、箒に乗る魔法少女として彼女より早く、何より上手に飛んでみせたのだ。
ファルコにとっては初めての曲芸飛行。
一瞬だけ、潤を尊敬するような気持ちも湧き上がったが、すぐさま潤がマウントムーヴをかましてきたので、そんな尊敬する気持ちは、くるっと逆転してしまっていた。
何があっても、コイツの子分扱いは嫌だ。
ファルコはそう思ってしまったのだ。
「で、なんでついてきてんですか」
「えー? 潤の子分のピヨちゃんが普段お世話になってる人たちでしょ? 当然、潤も挨拶しとかなきゃって思うのが普通じゃない? あ、そういう社会性、ピヨちゃんにはまだ早かった?」
「ナマ言ってんじゃねーですよ! というか、ナチュラルに子分扱いすんなです!」
「だって、ピヨちゃんは潤の子分だからね」
「だからー!」
そんなやり取りをしながら、ファルコはクロムキャバリアの己が属する小国家『レンブラント・ラダー』の部隊『ゴッドレイ』の宿舎へと向かう。
潤も当然のようについてくる。
いや、なんか嫌な予感がするのだ。
このまま潤を宿舎に連れて行ったら、普段からうざ絡みしてくる部隊の隊員たちに、さらに面倒な者が加わって、さらなるうざ絡みをしてくるのではないかと思ったのだ。
それは正しい。
予感的中とも言うべきだろう。
「おう、もどったかファルコ……って、なんだ、その子」
部隊長である『ジャコヴ』がファルコの姿を認め、またその背後にいる潤に眉根を寄せる。
ぷかぷかとタバコの煙が立ち上っている。
「戻ったです。それと、タバコ、いい加減やめるって話してませんでしたかね?」
「いや、それはまあいいじゃねぇの。それより、その後ろのお嬢ちゃんはなんだよ。紹介しろよ」
「そこは部外者だからってつまみ出すところでしょうが!」
「なんだよ、お友達ってやつだろ? 見たところ、親分ってところか」
「なんでナチュラルにボクが子分だと思ってやがるんですか!」
「そうよ、ピヨちゃんは潤の妹分なの!」
「杓原ぁ!」
「ハッハッハ! そうかい、ファルコがお世話になってます」
「いえいえ、そんなそんな。潤の手にかかれば簡単なことよ!」
なんで、当事者である自分を差し置いて潤と『ジャコヴ』は意気投合しているのだろうか?
会って数分も経っていないのに、もう二人はがっしり握手を交わしているではないか。
ファルコは理解できなかった。
いや、そもそも自分がおかしいのか?
普通、潤が猟兵だからっていうのを差し引いても、幼い少女である潤と退役近しいとも言われている年齢の『ジャコヴ』は孫と祖父くらいの年が離れていてもおかしくない。
絵面的におかしくない?
ファルコはそう思った。
だが、彼女の思いとは裏腹に潤と『ジャコヴ』はすでに仲良しであった。
「おい、ファルコ。お嬢ちゃんに宿舎を案内してやれよ!」
「なんで!」
「お友だちだろうが!」
「ピッ!?」
一喝である。
なんか流れで叱られてしまった。
「いいか、ファルコ。こういう時代だ。確かに心が荒むのもわかるぜ? けどよ、部隊の戦友だけが友達ってわけじゃねーんだ。いや、戦友っていうのも大切だ。でもな。戦いとか、そんなものがなくても育まれた友情っていうのも、大切なものなんだよ」
な、と『ジャコヴ』はファルコの肩を叩く。
ファルコは、えぇ……という気持ちになった。
逆に潤は『ジャコヴ』の言葉に関心しているようだった。
「そうよね。お友達って大切なものよ。特別な絆があるから尊いのではないものね。普通のとりとめのないものだって、大切なものなのよ」
「そういうこった」
ばちこん、と『ジャコヴ』がシワと戦いの傷刻まれた顔をクシャッとさせる。
なんだろう、自分が間違っているような雰囲気になってしまってファルコは、げんなりしてしまう。
むしろ、ここで何か言おうものなら、さらに『ジャコヴ』から雷が落ちるかもしれない。
それはきっと理不尽だ。
いやまあ、今でも充分理不尽さをファルコは感じてしまっているが、これ以上何かを言うほどの気力はなかった。
「わかったですよ……杓原ぁ、こっちきやがれですよ」
「はいはーい」
潤は潤で、ファルコがこの部隊でどんな立ち位置にあるのかを理解した。
そう、ファルコは確かに航空戦力を持ち得るレプリカントである。
しかし、この世界ではお荷物もいいところである。
なのに、この部隊『ゴッドレイ』においては、隊員としての身分があるのだ。ならば、どんな立ち位置なのか。
『ジャコヴ』とのやり取りを見てもわかる。
そう、ファルコの立ち位置はマスコットである。
それも悪い意味ではない。
『ジャコヴ』の言葉や、表情などを見てもファルコがマスコットであるという以上の意味でもって大切にされているのがわかる。
「ピヨちゃん、隊長さんいい人みたいじゃない」
「だから、ピヨちゃんってのやめろってんですよ……まあ、それはそうですけど」
「素直に、でしょう! って言うところじゃない?」
素直に言えば、きっと『ジャコヴ』だって喜んでくれるだろうに、と潤は思った。
けれど、ファルコの性格から考えて、素直にそんな言葉を告げるとは思えなかった。天邪鬼っていうか、変にこじらせているんだな、と潤は思ったが、それは彼女が解決することだ。
自分が言う事じゃないな、と年上としての余裕を滲ませて、うんうんと頷く潤にファルコは、またなにか自分にマウントを取っているんだろうな、と思ってげんなりした顔をしてしまう。
けれどまあ、『ジャコヴ』が宿舎を案内せよ、というのならばしようではないか。
ここは潤が思うようなお上品な場所ではないのだ。
荒くれ者たちを集めた不良部隊。
それが『ゴッドレイ』なのだ。
自分だって被ロゴから隊員たちにおもちゃにされている。
セクハラ発言から、普通にセクハラやらなんやらが横行しているのだ。歳近い潤がやってきたらどうなるかなんて日を見るより明らかである。
きっと潤もまた自分と同じようにセクハラされまくって、すぐに嫌になって飛び出してしまうに違いない。
これが『ゴッドレイ』流のおもてなしってやつである。
「余裕ぶっていられるのも今のうちですよ」
「なにが?」
「すぐにわかるってんですよ」
そうこうしていると、ファルコと歳近い男性の隊員が宿舎の中から顔を出す。
「お、ファルコじゃん。おかえり。なんか今日早いな?」
「早く仕事が終わったんですよ。かわりねーですか。ていうか、他の連中は?」
「ニーサン方? なら、奥で」
これ、とサイコロを転がすような仕草を彼がする。
ああ、とファルコは合点がいく。
部隊は今補給中のようであった。なら、補給が完了するまで、彼等は暇を持て余しているのだ。
暇を持てましたものたちがやることと言ったら一つしかない。
そう、賭け事である。
ファルコはあまり参加させてもらったことはないが、給金をかけて碌でもないことであるのは理解していた。
「そっちの子は? 新しい隊員?」
「ちげーですよ。見学です」
「見学?」
「そう、ピヨちゃんのおねーさん分としてね!」
「どこが!」
「ははぁ、なるほどな」
「なるほどな!?」
「友達ってことだろ? なら、ニーサン方呼んでくるよ。紹介してやれよ」
期せずしてナイスパスである。
ファルコはほくそ笑む。
潤も流石にむくつけき荒くれ者を見れば、きっと回れ右したくなるはずだ。
いい流れである。
だが、ファルコに流れは来ない。
最初からきていないとも言えるが、しかし、彼女たちの前にやってきたニーサン方……即ち、先輩隊員たちがゾロゾロと宿舎の奥から出てくる。
だらしがない格好ばかりである。
男所帯だからって言っても、他の部隊ならばもうちょっとちゃんとしている。
「なんだよ、俺達に用ってのは……ん?」
「いいところだったのによ……あ?」
バチっと先輩隊員たちと潤の視線がかち合う。
「あなたたちがピヨちゃんの兄貴分ってこと? なら、私の子分ってやつね!!」
出た! とファルコは笑む。
これで先輩隊員たちは、訝しむだろうし、また舐めた態度を取る潤をシメようとするだろう。
であるのならば、この部隊内でのヒエラルキーは、ファルコが潤の上に立つことができる。
打算!
そう、ファルコは潤の誰に対しても生意気な態度を取ってしまう悪癖を利用して、この部隊内だけでも己の立場を潤より上のものにしようと画策したのだ。
思った以上に事がトントンと進んでいく。
自らの計画性というやつがファルコはちょっと恐ろしくあった。
「あ?」
濁った声。
外野が見れば、なんとも荒々しい雰囲気であるし、剣呑とも言える空気が一瞬流れたように思えただろう。
荒くれ者である部隊員たちは、何よりも序列というものを気にする。
滑られたら拳が出るし、足も出る。
ついでに鼻血も出させる。
それくらい喧嘩っ早いのだ。
ファルコはこれまでも何度も他の部隊とモメに揉めまくる彼等を見てきたのだ。
とにかく、すぐ喧嘩である。
喧嘩が始まれば、直ぐに賭けを相手部隊とどっちが勝つかを賭け始めるぐらいなのだ。
これで潤は……とファルコは事の成り行きを見守ろうとして、信じられないものを見た。
「そりゃそうだな! お嬢ちゃん!」
ガシ、と潤と部隊員たちが握手しているのだ。
「なんでですか! 意味わかんねーんですけど!!」
あまりのことにファルコは声を上げる。
『ジャコヴ』のときもそうであったが、仲良くなるの早くない!?
一瞬だったけど!?
ファルコの考えることがわかったのか、潤はノンノンと指を横にふる。その仕草がさらにファルコを苛立たせる。
己の目論見がご破算になってしまったのがわかってしまった。
にやり、と潤と先輩隊員たちは笑む。
そう、互いに即座に理解したのだ。ファルコというマスコットがこの部隊でどんな扱いなのか、そして、潤にとってのファルコがどういう存在なのか。
そう、弄りやすいおもちゃ。
その共通認識を持つ者同士、意思疎通は早かった。
とんでもないことである。
ファルコは、ピエッ、と悲鳴を上げる。
「い、いやー!! な、なんなんですか! こんにゃろー!!」
「世はハロウィンなのよ、ピヨちゃん」
「だからってなんでこんな!」
「部隊の慰安って大切なことなんだぜ、ファルコ」
部隊員たちは、深々と頷いていた。
何をさせられるのかって、言うまでもない。
嘗て、バレンタインデーの時のように、着慣れぬ衣装に着替えさせられようとしているのだ。
そう、潤と部隊員たちは即座に結託していた。
時期はハロウィン。
であるのならば、仮装である。
猟兵たちが毎年、水着、浴衣と並んで常ならざる装いに身を包むように、ハロウィンには仮装をする。
これは最早常識である。
南瓜行列として有名でもあるのだ。
ファルコとしても、仮装自体は、百歩譲っても頷くところである。
バレンタインデーにメイド服を着たこともある。
「これ本当に仮装なんです!?」
そう、ファルコが今強引に仮装させられようとしているのは、ミイラの仮装である。
ミイラ。
それは包帯ぐるぐる巻きの遺体である。
定番と言えば定番。
されど、ファルコのトランジスタグラマーな体型に包帯一つというのは、大変に刺激的な格好であるところは語るまでもないだろう。
むしろ、体のラインがいつも以上に出ている。
加えて、肌色も多い!
包帯では抑えきれないはち切れんばかりのボディの主張が激しいのである。
「ミイラの仮装だよ、ピヨちゃん!」
「トリック・アンド・トリートって言うんだぞ?」
「それ、どっちもってことじゃねーですか! 普通、トリック・オア・トリートでしょーが!」
「そうとも言うよな。だが、大切なところは、そういうことじゃねーんだぜ、ファルコ」
何が! とファルコは涙目になりながら包帯でミイラ娘にされて体を手で庇うようにして覆う。
「ファルコ。俺達は命がけで戦ってる。命がけってことは、それだけ大変なことなんだよ。偶には馬鹿騒ぎをして、心のストレスを発散しなけりゃならねーんだ。そう、慰安ってやつだよ」
そう、慰安とは心を慰めることである。
戦場は極度の精神的負荷を得るに至る。
心が砕ければ、最早戦うこともできないだろう。心的外傷というのは、いつだって正しい人の営みを阻害するもの。
だからこそ、慰安とは食糧事情と並んで大切な軍務とも言えるのだ。
その一翼をファルコが担うのだ。
「そ、そりゃ……そーですけど……っていうか、なら、杓原ぁ! てめーもしやがれって……え?」
ファルコはこうなれば潤もまた巻き込んでやろうと思って振り返れば、そこにいたのはビキニキョンシー姿の潤。
そう、すでに潤もまたビキニキョンシー姿に着替えていたのだ。
道士服、その胸元がビキニなっているセクシーなキョンシー仮装。
「似合う? ま、とーぜん、潤位になれば似合って当然だけど!」
ファルコは目が点になっていた。
いや、似合う似合わない以前にノリノリではないか。
というか、なんで二人共、屍の怪物モチーフなのか。
「テーマを共通化したほうがコンセプトが伝わりやすいから?」
「そういう問題なんですかね、これは!?」
「まあ、いいじゃねーの。二人共似合ってるぜ!」
「ああ、他の部隊の連中が見たら、羨ましがって卒倒するぜ!」
やんややんやと部隊員たちが二人を囃し立てる。
潤はまんざらでもないように、ありがとー! と部隊員たちとスキンシップをとってサービスをしている。
ていうか、なんでそんなに平気なのだろうか?
「いや、ボクは絶対そんなことしねーですからね!?」
「ピヨちゃん、それはダメだよ。仮装したら、トリック・オア・トリートしないと!」
「ピヨちゃん言うなってんですよ!」
「むしろ、いい機会だと思わない?」
「何がですか!」
「普段、ピヨちゃんが部隊でどんなあつかいなのか、潤わかっちゃったんだ。いつもからかわれてるでしょ? けど、今日は違うよ?」
どういうことだとファルコは首を傾げた。
潤の言っていることの意味がわからなかった。意図がわからなかったのだ。
「察しが悪いね、ピヨちゃん。いい? 今日はハロウィン。そしてピヨちゃんは仮装してるよね?」
「仮装ですかね、これ。包帯だけなんですけど」
「それはそれ」
いいのか、とファルコは半眼になった。
「肝心なことはトリック・オア・トリート。お菓子か悪戯か。これは仮装している人が、仮想していない人に言える特権だよ? つまり」
「つまり?」
「ピヨちゃん、今なら普段からかわれている先輩たちを、驚かせて一泡吹かせてあげられるんだよ?」
「……!」
ファルコは漸く合点がいったようである。
そう、ハロウィンとは、起源たる催しが形骸化した馬鹿騒ぎと成り果てても、しかし子供らにとっては、お菓子をもらえなければいたずらしても咎められない日でもあるのだ。
つまり、普段ならば部隊のおもちゃにされているファルコが、部隊をおもちゃに公然とできる日でもあるのだ。
故にファルコは目を輝かせた。
「……なら!」
「そういうこと! 行こう、トリック・アンド・トリートだよ!」
トリック・オア・トリートでしょうが、とファルコは再び思ったが、潤の言葉に光明を見たのだ。
いつもの立場が逆転できる。
今こそ、己の恐ろしさというものを部隊員たちに叩き込み、普段の立ち位置から脱却する時なのだ。
ファルコは包帯だけのマミー姿という仮装であったことも忘れて潤と共に宿舎を往く。
その背中を見送って潤と部隊員は拳を合わせる。
上手く行ったと言わんばかりである。
ファルコは、こうやって上手く乗せてやれば、上手に踊ってくれる子なのである。
「さて、それじゃあ……」
「ああ、早速ファルコをかわいがってやろーぜ!」
碌でもない同盟が此処に結成されている事も知らずにファルコは宿舎内を意気揚々と進んでいく。
誰から驚かせてやろうか。
どんな悪戯を仕掛けてやろうか。
そんなことばかりを考えていたのだ。
そうこうしていると、さらに宿舎の奥から寝ぼけ眼の隊員がお腹をポリポリしながらやってくるではないか。
これは好都合!
ここらで一発決めておいてやろうではないかとファルコは、ミイラ姿のまま隊員の前に躍り出る。
「トリック・オア・トリート、ですよ! いたずらされたくなきゃ、お菓子を出しやがれです!」
わ! と両腕を広げて飛び出したミイラ娘。
たゆんと揺れる包帯に包まれたナイスバディー。
隊員は突然現れたファルコに一瞬目を丸くする。
「何してんだ、ファルコ。寒くね?」
「さ、寒くねーですよ!」
「まあ、いいや。なんだっけ? トリック、何?」
「トリック・オア・トリートです!」
「ああ、ええと……どこやったっけ。ああ、あった。ほれ」
「え」
さらっと隊員はファルコにキャンディを手渡してくる。
なんで!?
なんでこんなものを持っているのか!
ファルコは己の計画が初っ端から瓦解したのを知る。
こういう男所帯である。嗜好品である甘いものなんて、大抵すぐに消費されるか、賭けの賞品にされるのが良いところなのだ。
すぐに彼等の手元からなくなってしまうものだったはずだ。
なのに、しれっとファルコの前に差し出されるキャンディ。
「なんで持ってるのかって面してんなー。ファルコ。考えろよ、今の時期はハロウィンだろ? そんでもってオレらの部隊で、こういう時、そういう格好させられるのは?」
士気高揚。
そのためにファルコは度々メイド服だったりレースクイーンだったりの格好をさせられていたのだ。
なら、ハロウィンとなれば、彼女がそういう服装をさせられることなんてことは想像出来て然るべきである。
当然、備える。
「てわけで、ほれ」
ずぼ、とファルコの胸元に突っ込まれるキャンディ。
「セクハラですけど!?」
「いーじゃねーか。減るもんじゃなし」
「そ~言う問題じゃねーんですけど!?」
減るどころか、増えるじゃん、と隊員は笑って手をひらひらさせている。
そこからはもうファルコは隊員たちに日頃の意趣返しをしようとして、返り討ちにされっぱなしであった。
胸元には溢れんばかりの甘味と札がねじ込まれていた。
包帯姿であったので、あちこちにねじ込むところがあったのも幸いした。いや、幸いしたか?
とにかく、今のファルコは身を包む包帯のあちこちにキャンディやらのお菓子とお札がねじ込まれた、なんとも賑やかな衣装になっているのだ。
じゃあ、潤はというと、そんなファルコの様子を隊員たちと見守りつつ笑いをこらえていた。
「見て、ピヨちゃん。すっごいことになってる!」
「だな。いやぁ、我らがマスコットはすげぇな!」
「まあ、お嬢ちゃんもすんごいことになってるけどな!」
そう、潤もファルコのあとについて回って、トリック・オア・トリートと隊員たちに迫っていたのだ。
ファルコに負けず劣らず潤もまた衣装のあちこちにお菓子とお札がねじ込まれている。
彼女はファルコほど怒ることはなかったが、これもまた一つの可愛がられ方であろう。潤は愛想よく笑ってサービス精神旺盛。
逆にファルコは、いちいち反応がいいので誂いついでにセクハラされまくっていた。
衣装が衣装なだけに仕方のないことである。
そうこうしていると、宿舎の隅から隅まで期せずして慰安が終わってしまい、遅れて『ジャコヴ』がやってくる。
「お、ファルコ、良い格好になったじゃねぇか」
「よくねーですよ! なんで皆して用意周到なんですか! やってらんねーですよ! 悪戯したかったのに!」
「なんだ、ファルコ。悪戯したかったのか?」
「普段の仕返しってやつですよ……ん?」
ファルコは気がついた。
今、眼の前に『ジャコヴ』がいる。加えているのはタバコ。
彼は、言っていた。
そろそろ禁煙しなきゃなぁ、と。
でも、口寂しいから飴玉とかで代わりにするしかねぇか、とも。
そして今、その禁煙は実を結んでいない。
であるのならば、お菓子は持っていない!
「あ、ピヨちゃん気がついちゃったみたい」
「あ?」
『ジャコヴ』は首を傾げる。
趣旨を理解していないようである。
ファルコの瞳が煌めく。
最後の最後で大物が来た。絶好の好機!
「トリック・オア・トリート、です!」
「ふむ……」
確かに彼は現役ではない。
このような状況は想定していないだろう。
だが、『ジャコヴ』は荒くれ者だらけの部隊をまとめ上げる老練なる者。
とっさの機転というものがきく男でもあったのだ。
「なら、悪戯といこうか」
「え」
ファルコはたじろぐ。
「してもらおうか、ファルコ。悪戯を」
「いや、えーと、その、悪戯っていってもですね?」
ジリジリとよってくる『ジャコヴ』。
その体躯の影がファルコを覆う。
流石に自信家である彼女であっても、迫る『ジャコヴ』の威圧感に、竦み上がってしまう。
「限度って、あるじゃねーですか?」
「まあ、悪いようにはしねーよ?」
「ピェェェッ!」
「やろーども! ありったけの衣装もってこい! ファルコのファッションショーだ!」
えぇぇ!? とファルコは声を上げ、すぐさまに潤が衣装をキラキラした目で持って取り出す。
そこからはもうハロウィンナイトとは名前ばかりの馬鹿騒ぎが宿舎にて行われ、ファルコの悲鳴が響き渡るのだった――。
成功
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