デイドリームナイト
●見えるもの
名前をつけられないものがある。
人はそうした感情をなんと呼ぶのだろうか。
ジョゼ・ビノシュ(アイシイ・アンリアル・f06140)は、自室のベッドに転がって思う。
人は生きている。
生きて思う。
なら、振り返ることは時間の無駄だろうか?
そうではないと思う。
例えば、焼きそばに焼きとうもろこし、りんご飴。
紐づけられた表情は、くるりとメリーゴーランド。
紙片から始まった詩篇は、きっと振り返れば些細なことだったのだろう。
けれど、ジョゼは自分の筆跡が震えては何度も書き損じた。
なんでもないお誘いを装うのに、どれだけの苦労が合ったのかを彼は知らないだろう。
――彼。
|呟く名前《さきくん》。
それだけで不思議な気持ちになる。
チラつく思い出は、詩編。
編み込まれていくのは、記憶だけではないのだと知ってしまった。
そう、記憶に鼓動が紐づいて模様を描いていく。
「恥ずかしい」
声に出してしまえば、もっと恥ずかしくなってしまう。
体の奥が跳ねるようだった。
手足を折りたたむようにして丸まる。
「ちゃんとしないと。ちゃんとしないと。ちゃんとしないと」
鼓動が跳ねるのは神経が乱れているからだ。
息を吸う。吸って、吸って。
――あ、だめ。
目に入った写真立ての中の桜色を認めて、匂いなんて染み付いているわけないのに、鼻腔うの奥に香りを再現してしまう。
「いい匂いした、なあ」
もう少し、くっついておけばよかった。
思い出すのは、体温が伝わる距離のこと。
視線を自らの手に落とす。
「あの手、男の人の手」
触れた手の違いにびっくりしたことを、思い出す。
自分の指先を見る度に角張った掌の感触を反芻してしまう。
温かった。
あの熱が、自分の頬にも欲しかったかもしれない。
自然と思い出す熱をたどるように、そうであってほしいと己が頬に触れる。
「きっとそうしてくれたら、嬉しいと思えるのに」
呟いて己の心の中がいっそうめちゃくちゃになるのを思う。
荒れ狂う春の嵐のようだった。
舞い散る桜の花弁があるのなら、きっと彼の姿を幻視するだろう。
「――あ、嬉しいんだわ、私」
吐息のような声に漏れた声は自分でもびっくりするくらに呆気ないものだった。
私は見ている。
空想を見ている。
でも、熱は現実のもので、そこに彼がいる。
記憶と鼓動が編み込まれて織りなす形に名前をつけるのなら、それはきっと――。
成功
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