秋の色を身に纏う。
焦香色の甚平に合わせた老竹色の衣は、冬を迎えにゆく静かな森の色。けれどもそれに眩しい白と橙色を重ねて金木犀の花を飾り、手に大きな鬼灯のあかりを灯せば。
「わぁ……! すごいね、竜神さま! これがボクの浴衣……」
そうじゃろう、と|翠緑竜の幻影《ウィリディス》が満足げに応える。季節は秋、猟兵たちがこぞって浴衣を仕立てる頃と知って、ウィリディスがリュイの浴衣を用意してくれたのだ。煌めくような秋色が、柔らかな若葉色を持つリュイによく映える。
『色々と秋祭りがある、好きに遊びに行くといい』
「そっか、秋祭りイベントがあるもんね。せっかくだし、行ってみよ~かな」
季節イベントがひっきりなしに行われるゴッドゲームオンラインでは様々な秋の催しが行われている。
でもひとりで行くのもな、と思ってしまうのは、いつだって見守ってくれる老竜が今日はいつにも増して満足げだからだ。用意してくれた新しい衣装が竜神としても気に入りなのだろう。こうなるとなにをしていても微笑ましく見ていてくれるターンに入る。
「……あっ、そうだ」
ふと思い出して、リュイはすいと指を動かしてシステムを呼び出した。半透明の画面をいくつか辿れば、フレンド欄の一覧にいくつかオンラインの印がついているのがわかる。そのなかのひとつに、リュイはメッセージを送った。
●
「あっ、リュイくん!」
夜に描かれた五芒星が、赤い鳥居を空で繋ぐ。その下では提灯と屋台がずらりと灯り、祭囃子が響き出す――和風エリアは今日、秋祭りの最終日を迎えていた。
目印にした金木犀の咲く鳥居の前で、さくら色の少女がリュイに向かって元気よく手を振ってている。そのそばにリュイも笑って駆け寄った。
「サクラちゃんも浴衣着てきたんだね!」
「えへへ、うん。マスターが前に用意してくれてたんよ」
「そうなんだ? ひらひら、さくら色、なんだかちょっと大人っぽいね!」
リュイが誘った相手、以前依頼で会ったサクラは、夜桜を思わせる浴衣姿だ。桜色の兵児帯が浮いた足元と一緒に揺れる。嬉しそうに笑ったサクラは、リュイの浴衣にも目を輝かせた。
「リュイくんの浴衣も綺麗やね。動きやすそうやけどきらきらしとって、秋のかみさまみたい」
「ボクのは竜神さまが用意してくれたんだ! 確か甚平っていうんだよね。秋と木の色がお気に入りかな~」
「うん、すごい似合う! 私ね、きらきらした色も好きなんよ。金木犀の匂いもしてきそうでええなあ。角の飾りも可愛いし……リュイくん、やっぱり髪綺麗やねえ」
はしゃいだ様子のサクラはとめどない感想を口にしかけて、はたとして両手で口を塞ぐと照れくさそうに笑った。
「私ばっかりはしゃいであかんね。あんね、すごい楽しみやったんよ。お祭り、いこ?」
「うん! いこ~」
のんびり笑い返して、ふたりの子供とそれを見守る老竜がは賑やかなお祭りのなかへと入っていく。
「わあ、これがお祭り……どこもぴかぴかしてキレイだね」
さまざま並ぶ屋台に、リュイは金色の瞳をまるく輝かせた。森を出てから幾月、まだまだ知らない世界は広くて、色々なものが興味をそそる。
「サクラちゃんはお祭りって好き?」
「うん! みんな楽しそうで、きらきらしてるん、好き。リュイくんは、お祭りあんまりこん?」
「ボクはねぇ……静かな森で過ごしてきたから。お祭りってこんな風に賑やかなんだなぁって、びっくりしてるところ!」
楽しそうにリュイが笑えば、つられたようにサクラも笑う。
「そっか、じゃあ一番楽しいね。はじめて、楽しいもん」
「ふふ、そうかも~。屋台、いっぱい巡ってみていい?」
「ええよ、私も行きたい! ヨーヨー釣りと、金魚すくいと、くじ引き……」
「いっぱいだ!」
「うん、いっぱい!」
どこから行こうか。はしゃぐまま、ふたりは屋台を巡っていく。ゲームのなかのお祭りは、他の世界とは違う趣きもあれば、だからこそゲーム性が増してより楽しめる要素も多い。少なくとも森のなかにはなかったものが、ひとがあふれている。外の世界を故郷とするサクラもまだまだ目新しいものばかりで、ふたりしてはじめての楽しさに目を輝かせた。
「そういえばリュイくん、森におったって言うてたけど……いっぱい賑やかやと、帰りたいな、とか思ったりする?」
「う~ん、どうだろ? サクラちゃんはする?」
「えへへ、うん。たまにね、大勢のまんなかでさびしいなあって思ったりする」
変やんな、とサクラは自分でも不思議そうに首を傾げ、眉を下げて笑ってから「でもね」と言葉を次いだ。
「このお祭りもね、ほんまはひとりで来るつもりでおったんよ。そしたらきっとまた、変なさびしいがあったかもしれんけど……今日はリュイくんと一緒やったから、楽しいばっかり!」
ありがとう、とぱっと笑みを浮かべたサクラに、リュイもそっか~、とゆるゆる笑う。せっかくのお祭りだからと誘ったのは正解だったようだ。初めて声をかけた空飛ぶ汽車でも嬉しげだったのはそのせいだったのかな、と考えたところで、屋台の並びが食べ物に移り変わっていく。
「おいしそうな食べ物がいっぱいだね~」
「ね。そういえばリュイくんははじめての食べ物、決まった?」
「そうそう、はじめての食べ物リサーチはまだ継続中なんだ~」
リュイの話をサクラも覚えていたらしい。やったらいっぱいリサーチできるね、とサクラが屋台へ視線を向けて、
「あっ」
ぱあっとその表情が華やいだ。リュイもその視線を追うと、キラリと光る紅いまんまるが視界に入る。
「あれって……」
「りんご飴!」
「りんご飴っていうんだ? キラキラしてるね~」
「あんねあんね、今日一番欲しかったん。あとで買ってええ?」
「ふふ、いいよ~」
嬉しそうにふわふわする桜色に笑って頷いて、ついリュイもりんご飴をじっと見つめた。
「りんご、おいしい?」
「うん、大好き!」
「ふふ、そういえばサクラちゃんがはじめて食べたのがりんごだって言ってたね」
うん、とサクラは頷いて、無邪気に首を傾げた。
「リュイくんも、はじめてにする?」
「う~ん、ボクもそうしてみようかな!」
「ええの?」
「うん、ずっと迷っているだけじゃ、もったいないもんね」
そう言って、リュイは屋台に駆け寄る。
「おじさーん、りんごあめ……ふたつちょうだい!」
NPCからリュイの手にふたつのりんご飴が渡される。礼を言って受け取ると、リュイはサクラのところに戻って、ひとつを差し出した。
「はい、一個はサクラちゃんにあげるね」
「わあ……! ありがとう!」
差し出された大好物に、サクラはもちろん、傍の仔竜も嬉しそうに声をあげる。ぴかぴかの紅色をきらきらした目で見つめたサクラはりんご飴を一口かじり満面の笑みを浮かべた。そのままの顔をリュイにも向ける。
「すっごく美味しい! リュイくんも食べてみて?」
「じゃあ……いただきます!」
食べるってどんな風だろう。どんな感触で、どんな感覚で。たくさんあった好奇心と疑問は、ほんの一口で解決される。
――きらきら、ぱりぱり、しゃくしゃく。口のなかに広がる甘さと、少しの酸っぱさ。
知らないことが一気に押し寄せて、すぐになくなっていく。
思わず目を丸くしてサクラを見ると、わかる、とでも言いたげにこくこくと頷いていて。
「これがりんご飴の味なんだ~。ふふ、はじめての味、おいしーね」
はじめての味は、ぴかぴかの紅。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴