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十三夜、秋の夜長の月の縁

#アヤカシエンパイア #ノベル #猟兵達の秋祭り2024 #十三夜

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八坂・詩織




 アヤカシエンパイアで月の宴が開かれている今日は、十三夜。
 この世界にも滅びの危機が迫った帝都櫻大戰も、無事に勝利して。
 その労いもかねて、ある貴族の計らいで催されているのが、今回の宴である。
 そしてそんな月の宴に、是非猟兵の皆もと招かれ、赴いた八坂・詩織(銀誓館学園中学理科教師・f37720)であったが。
 ふと知った顔を見つけて、声を掛けてみる。
「今晩は、辰乃丞さんもいらしてたんですね」
「これは詩織殿、楽しんでおられますでしょうか」
 事件の案件を任せる立場と請け負う立場で、同じ猟兵として顔を合わせたことはあったが……今宵はどちらも宴に招かれた者同士。
 いつもは従者として行動している冷泉・辰乃丞(青の鎮魂歌・f42891)も、今日は主の代理でひとり出向いているとのこと。
 なのでふたりで暫し、月と会話を楽しみ合う。
「アヤカシエンパイアでのお月見、してみたいとずっと思ってたんですよね。私の住むシルバーレイン世界でも、平安時代には十三夜のお月見をした記録があるそうで……今日は平安式のお月見を楽しめればと」
「詩織殿は、銀の雨降る世界の方なのですね。この世界の危機の際は、猟兵の皆様は勿論、眞由璃殿や廉貞殿のお力もお借りしました」
 そう改めて丁寧に、皆様に感謝しております、と頭を下げた後。
 辰乃丞はふと月を見上げ、続ける。
「十三夜には、秋の収穫に感謝し月を愛でる風習があります。むしろ、十五夜と十三夜のどちらかの月だけを見ることは、片月見……災いが起こると言われておりますので」
「片月見、ですか。たしか平安時代のお月見は池に映る月や杯に映る月を愛でていたとか」
 池を望む釣殿から月を眺めながらも、そう詩織が口にすれば。
「月の宴は、酒や音楽を楽しみつつ月を愛でる宴です。よろしければ、月見酒でも共にいかがでしょうか」
「せっかくなので私もお酒をいただいて、杯に浮かぶ月を鑑賞してみたいと思っていたので、喜んで」
 慣れたように手際良く手配した辰乃丞から杯を受け取って。
 酒を注いでもらえば、満ちた水面にゆうらり揺れる月。
 そんな手元の月を見つめれば、思わず漏れる感嘆の溜息。
「杯に浮かぶ月を飲むみたいで、これは風流ですね……」
「水面の月は手に取れないところも含め、美しさがあるのかもしれません」
「鏡花水月という言葉もありますしね。池に浮かぶ月が水面に立つさざ波で揺らめくさまもどこか神秘的で、つい空にある月と見比べたくなります」
「平安の世では、船に乗って水面に写った揺れる月を眺め、歌を詠み愉しむ舟遊びや、客人を招き庭の池や杯に映る月を眺め愉しむなど、直接月を見るのは無粋という風潮もありますが。私は正直、余りそのような風情がわからぬ|性質《たち》ですので……空に浮かぶ月も美しいと思います」
 月を眺めるという同じ行為でも、時代や世界によって違いがあることが面白いと思うし。
 見上げる空の世界は、いつだって詩織の心を掴んで離さない。
 理科教師を志したのも、学生時代から天文部の部長を務め、趣味の天体観察から高じたものでもあり。
 だからこそ、月の宴に参加して平安式の月見を楽しんでみたいと、詩織は思ったのだ。
 そして平安式に則り、杯に揺れる月を口にし、その風流さにふわり酔い痴れながらも。
 辰乃丞と会話する最中、ふと詩織は取り出す。
「そうそう、お月見といえば月見団子ですから私も色々持ってきたんです」
「団子、ですか」
 クールな印象の辰乃丞だが、一瞬だけそわりとした気配を感じて。
「甘い物、お好きですか? こちらが関東風の丸い団子、こっちは関西風でしずく型の団子に餡を巻いたもの。うさぎ型の団子もありますよ。それに十三夜の月は栗名月とも呼ばれますから栗きんとんも。たしか団子をお供えするようになったのは江戸時代かららしいですが、アヤカシエンパイアではどうなんでしょう?」
「平安の世でも、団子を供える習慣はあります。ただ、詩織殿がお持ちになられているような甘味の類ではなく米の粉で作った一口大の団子で、月の力を分けて貰うよう、月に見立てて供えるといったものです。あとは、芋類や豆などでしょうか」
「なるほど、そうなのですね。あ、お好きな物を食べてくださいね」
 そう持参した団子を勧めれば、では有難くいただきます、とひとつ摘まんで。
 口にすれば、何という美味……と瞳を輝かせる辰乃丞。どうやら彼は甘党のようだ。
 そんな姿に和みつつ、詩織はふと気が付く。
 耳をすませば聞こえる、虫の声に。
「あの声はコオロギ……と、そういえば平安時代、コオロギはきりぎりすと呼ばれていたんでしたっけ。コオロギは鳴く虫の総称……ややこしいですね、鈴虫と松虫も逆だったとか」
「きりぎりすなら存じておりますが……鈴虫や松虫は逆、なのですか」
「とはいえ忙しないシルバーレインの世界ではこうして秋の夜長、のんびり月を眺めたり虫の声に耳を澄ませたりする時間もなかなかとれないものですから……こういう時間の過ごし方は贅沢に思います」
「虫の声を楽しむのでしたら、竹細工の籠に入った鈴虫などを売りに来る「虫売り」もおりますね。虫が翅をこすり合わせ音を出す様を眺めるのが、幼少の頃は好きでした」
 本人も先程ちらりと言っていたが、辰乃丞は平安貴族でありながらも、風流なものよりも虫の生態やそういったものの方が興味がありそうで。
 理科教師である詩織は、そんな彼へとこんなお誘いを。
「ところで……目で眺めているだけでは分からない月の本当の姿、見てみたくないですか?」
 月明かりが照らす、萩の花が咲き乱れる庭に降りて――少し待っててくださいね、と。
 素早く組み立てるのは、持参した望遠鏡。
 そして月に照準を合わせれば、首を傾けている彼を促して。
「ここからそーっと覗いてみてください」
「こう、でしょうか……、っ!?」
「これが拡大した月の姿です。どうですか、あまりの明るさに驚きました? 現代日本の世界に暮らす人でさえ望遠鏡越しの月の明るさにはびっくりする人多いですから」
 面妖な、なんて呟きに笑みながらも、詩織は続ける。
「うさぎと言われる模様は月の内部から吹き出した玄武岩の溶岩が固まってできたものなんですよ。月の自転周期は公転周期と一致しているので月は常に同じ面を地球に向けてるんです」
「成程、月の模様は凹凸によるものなのですね」
「そうなんです。今日は十三夜で月はわずかに欠けてますよね、欠け際を見ると何やらゴツゴツ、ボコボコしてませんか? それが月のクレーターです。月に隕石がぶつかってできた跡だと言われています。月の海やクレーターにつけられた名前だとか、月って毎年地球から少しずつ離れていて……」
 月に関する話は尽きることなく、楽しく語っていた詩織だが。
 ハッとして、自分の話を聞いている辰乃丞へと目を向けるも。
「すみません、喋りすぎですね私。天体の話しだすと止まらなくて……」
「いえ、興味深い話ばかりです」
 言葉通り、好奇心を擽られ楽しんでくれているように見えるから。
 秋の夜は長いというし……詩織はこう続けるのだった。
「『天にます月詠壮士賄ひはせむ今夜の長さ五百夜継ぎこそ』の歌ではありませんが、ご迷惑でなければ今しばらくお月見に付き合ってもらってもいいですか?」
 ……まだまだ月について語り足りないし、月はいつまで見てても飽きませんから、と。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年11月07日


挿絵イラスト