道ならぬならば、それこそが我が道
●出自という名の呪い
生まれ出る生命あるのならば、そこには二つの要因が重なる。
一つ一つは異なるものなれど、合わさることによって結晶のように尊き生命が生まれるのが神秘であるというのならば、産声は祝福と共に果たされるべきものであったことだろう。
いや、どんな生命にも祝福は訪れる。
多くに愛されますように。
そう願わぬ者はいないだろう。
だが、時として、その願いこそが呪いとなるのならば、生命に課せられた試練というものは、斯様に苛烈な運命であるのもまた頷けるところである。
それは呪い。
多くに愛されるということは、ただ一つを奪いあう人の性を暴き立てる要因にしかなり得ない。
それを得るためならば、如何なる悪逆も厭わぬ。
かつてバハムートキャバリアにおいて人類が犯した大罪。
何故、聖なる決闘に人のみが加わることを許されなかったのか。
ひとえに、それは人間の持つ凶暴性故であろう。
「ごめんね」
謝罪の言葉も理解はできなかっただろう。
雨に濡れる己の頬を撫でる掌は暖かったが、しかし暖かさを知るからこそ雨の冷たさが骨身、その魂の奥底にまで刻まれるようであった。
それは母の声だったか、それとも父の声であったのか。
いずれも解らぬことであったが、ザビーネ・ハインケル(Knights of the Road・f44761)は祝福ではなく、贖罪の言葉の中にて己が生まれたことを魂の根底に沈めるしかないのだった――。
●経緯という道程は
いつだって祝福は、そこかしこにあるのだ。
与えられなかったものなどいない。
もしも、己が生まれるがゆえに失うものがあったのだとしても、与えラなかったものは別の誰かから与えられるものであった。
妖精族と人間の混血――『忌み子』として捨てられたザビーネは、己が出自を理解していた。
街道沿いにて捨てられていたのは、まだ己が親と呼ぶべき存在に良心があったからなのかもしれない。
街道筋の追い剥ぎ……詰まる所は、ハイウェイマンと呼ばれる一団に小間使として拾われたのは幸運だったのかもしれない。
さらに幸運だったのは。
「おい、ザビーネ。こっちに火をくれよ」
「あいよ」
己に魔法の才があったことだ。
今は小間使いのように便利に使われているだけであるが、これがあるのとないのとでは雲泥の差であることはもう理解していた。
魔法の火。
緑の炎は、集められたガラクタに火を灯し、寒空の元、暖を取る事ができる。
生きることは非常に大変なことであったが、それは常なることだ。
別に今更言うことではない。
それにもうザビーネはハイウェイマンの一員なのだ。
状況に流されるままではあるが、しかし、生きるためには時として流れに身を任せることも必要なことだった。
「あんたの剣は良いものだろう? なら、それを賭けてもらおうか」
「我が剣に目をつけるとは。その肥えた目は褒めてやろう。だがしかし、剣は騎士の誉そのもの。賭けることは生命を賭けることと同義と心得よ!」
「あっそ」
ザビーネにとって、騎士の口上というものは理解できるが、一蹴してよいものであった。
なぜなら、追い剥ぎとは言え、正面から挑み、望むものを手に入れるために万全を期すことこそが、勇敢さであると知るからだ。
ただ真正面から激突するだけでは己は敗北するだろう。
だが、勝つために己が持てうる力のすべてを持って挑むことは称賛されることである。
勝てば称賛も望むものも思いのままだ。
なぜなら、眼の前の騎士もまた悪徳なる領主に従うことを強いられているからだ。
彼等の生命は金になる。
そして、悪徳たる領主より解放することもできる。
全部が思い通りだ。
これ以上の喜びなんてない。
だが、ザビーネは今一度知ることになる。
得たものは、失われるということを――。
●果ては見えない。
雨が降っていた。
「ちくしょう」
忌々しげに己が頬を伝う雨を拭ってザビーネは傷を抑えながら歩んでいた。
悪徳領主をターゲットにしていたハイウェイマンたちの一団は同じ穴の狢たる盗賊騎士たちによって壊滅させられていた。
己以外の全てが屍を野にさらしていた。
仕方のないことだ。
得たのなら、失う。
これまでの人生でザビーネは理解していた。
だが、同時に毒づく。
彼女がもしも、盗賊騎士以外の生き方を知っていたのならば、それを受け入れただろう。
知ることと受け入れることは同義ではない。
ザビーネは抗う。
得たのならば失うという理に抗う。
奪われたのならば、奪い返さねばならない。
それがケジメというものであることを彼女は盗賊騎士という生き方から学んでいたのだ。
「これからは、オレが奪う側だ」
『街道の騎士団』。
立ち上げた彼女は、己と境遇を同じくするものたちを集め、己がハイウェイマンの一団を壊滅させた悪徳領主の領地を瞬く間に奪った。
『国盗り』とも揶揄されるザビーネ・ハインケルの誕生の瞬間であった。
「これより、この地はオレのものだ!」
掲げた旗。
しかし、その旗の元に財宝は何一つ残っていなかった。
そう、国盗りは相成っても、復讐の相手である悪徳領主は財宝という財宝を持ち逃げしていたのだ。
残っているのは悪政によって困窮した領内の人々と、実効支配という名の罪状のみ。
ザビーネは現状を見下ろして思う。
またしても、得て失ったのか、と。
「いや、違う」
そう、違うのだ。
端から見れば雲行きは怪しい。
好スタートどころか周回遅れの上に未だスタートすらしていないように思えてならない。
だが、ザビーネは笑う。
不敵に笑う。
己を笑う者がいるのならば、そいつからまず奪おう。
「オレにはお前たちがいる」
己と同じ忌み子たち。
そして、悪政によって虐げられた人々。
例え、財宝なくとも、眼の前の者たちこそが己のモノである。のならば、ザビーネは笑む。
「まずは金だ。何をおいても金だ。金がなければなにも始まりゃしねぇ……」
「でも、どうすれば」
「簡単なことだ。ここは街道の中継点だ。あの悪徳領主がどうやって財宝を溜め込んだとおもってやがる」
ザビーネは人々の不安を吹き飛ばすように関所を指差す。
そう、此処は交通の要所。
そして、己たちのような盗賊騎士も珍しくはない。
なら、自分たちはどうするか。
これまでの道から反転するのではない。
更に横道にそれてやればいいだけのはなし。
「オレたち忌み子にはお似合いだ。もはや王道を歩むことなど望むまでもない。正道に立ち返るには多くを失い続けた。だが、悪道に落ちることは許されない。だったら」
外道を往くのみ。
「オレたち『街道の騎士団』は、道中の安全を保証する。その代わり、通行税をちょいともらえばいい。それに、今まさにオレには懸賞金をあのクソッタレ領主がかけている頃合いだろう。となれば、欲に目がくらんだ騎士がわんさかだ」
「まさか、え、まさか?」
「そうだ。そういう連中もぶっ飛ばす。無論、殺さねぇ。そうしないと身代金を要求できねぇからな。今までオレたちは搾取されてきた」
だったら!
今度は自らが搾り取る側に回れば良い。
奪われたままにしておけるわけがない。
奪い返せないのなら、贖ってもらう。
「さあ、忙しくなるぜ! 俯いてる暇なんてねぇぞ」
転んでもタダでは起きない。それが『街道の騎士団』だと知らしめるように、風に翻る旗が雄弁に語るようだった――。
成功
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