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魔穿鐵剣外伝 ~悪禍幽籠~

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ヴィルジニア・ルクスリア




「面白いことを思いついたの。力を貸してくれる?」
「ええ、何なりと、注文に乗りましょう。もとより|手前《てまえ》どもは二度に渡って猟兵様方に命を救われ、それからも度々討伐や新たなる地金の開発にお付き合いを戴いている身でございやす。今までも、これからも、請われて断ることなどありやせんとも」
 永海の里、鍛冶場。鎚音飛び交う中、一卓を囲む二者の会話はかそけく、けれども奇妙によく通る。
 かたや、過去に水妖を仕留め果せ、|神水鉄《じんすいてつ》にて作り上げた一刀『|鬼虯《おにみずち》』を里より受け取り、今も三千世界のオブリビオンを殺して回る魔女――ヴィルジニア・ルクスリア(|甘やかな毒《ダークメルヘン》・f36395)。年端もいかぬ少女の面相であったが、彼女が只者でないことを、この里の鍛冶ならば誰でも知っている。
 対するはバサバサの髪を長く伸ばした、垂れ目の男だ。穏やかながらに飄々とした、得体の知れない雰囲気を纏うこの男は、初代妖刀地金|屠霊鉄《とれいてつ》を極めた妖刀匠――屠霊鉄筆頭鍛冶、永海・|寂鐸《じゃくたく》である。
「話が早くて助かるわ。――貴方たちも気づいていると思うけど、私は普通の人間とは違う。あやかしに近い存在なの」
 ヴィルジニアのややショッキングな切り出しに、しかし落ち着き払った調子で、寂鐸は髪をなでつける。
「そりゃあ、そうでしょうな。あの七〇人殺しの大妖怪……|斬雨《きりさめ》を単身討ち取り、なお生きて帰るなど、およそ普通の人間とは思えぬ力でありやしょう。……まぁ、それだけでもなく……猟兵様からはあやかしのそれに似た匂いがしやす。長いこと|霊物《れいぶつ》に触れていた身、流石にその程度は気付くもんでして」
「あら――聡いのね。じゃあ、私の思っている事も予想がつくかしら。――『妖刀地金』というのは、あやかしの血肉を鋳込んで作る金属だと聞いたわ。あやかしに近い存在である私の血と肉なら、その素材になると思うの。いかが?」
「ふうむ」
 寂鐸は目を細めた。ヴィルジニアの背後を見透かす様な目だ。糸のように狭めた瞼の間に何を見たか、身震い一つ。
「前例はないこともありやせん。十代目がそうしたわざを施し、猟兵様と刀の結びつきを強めた、という事例もございやす。……しかし猟兵様の方からそんな提案を戴いたというのは、この寂鐸の知る限り、初めてですな。|如何様《いかよう》にして思い至ったので?」
 問いに、少女は幽玄と笑って、事もなげに返した。
「簡単よ。面白いと思ったの」
「面白い」
「そう。――だって自分自身の血肉を使って、分身みたいな刀を鍛造して貰えるのよ。面白いとは思わない?」
 一体どんな刃が出来るのか。
 どんな風に手に馴染み、或いは反発するのか。
 なるほど、と寂鐸は口元を笑みに歪めた。細めた目をもう一度開けば、そこには意気軒昂と揺れる興味と意欲の光がある。
「それは、確かに。そんな面白そうなことを思いついたら……試さずにはいられやせんでしょうな」
「でしょう」
「|御身《おんみ》の血肉に足るだけの霊物や霊刀の小割れとなると、なかなか壁も高そうではありやすが――壁の高さに尻込みをして、鎚を置くほど手前も老い枯れちゃあございやせん」
 すうと佇まいを直し、寂鐸は髪紐で、ざんばら髪を一つに括る。両拳をついて礼一つ。
「不肖、屠霊鉄筆頭、永海・寂鐸。一鎚献上奉りやす。ようございやすか?」
「ええ。お願いするわ、寂鐸さん」
「御せの|儘《まま》に」


 そうして伏せた顔を上げた寂鐸の顔は、いつになく楽しげに輝いて見えたのだと。
 二人の様子を遠くからちらり垣間見た、永海・|鉍稀《ひつき》は後にそう語るのだった。




◆永海・寂鐸作 屠霊鉄 純打
   刃渡二尺二寸 打刀 |悪禍幽籠《あっかゆうろう》『|闇綴《やみつづり》』◆
 平巻柄に血めいて朱い下げ緒。黒漆塗りの鞘の下には、尚も黒く光る黒曜石めいた色合いをした、黒い刀身が潜んでいる。
 抜けば息を抜くほどに優美なフォルムの打刀。身幅はやや厚めで、ヴィルジニアの怪力にも充分に耐える造りと見えた。
 ヴィルジニアの膂力ならばもっと長かろうが関係なく振り回せるであろうに、あえて彼女の身長にぴたりと合わせた長さ、拵えとなっている。これは屠霊鉄の本来の用途、実体を持たぬものを最短、最速で断ち切るために、もっともヴィルジニアが扱いやすいと思われる刀身長を考え抜いてこの長さに合わせ打たれたものとのこと。
 ――悪霊にして魔女、そして精気を貪る夜闇の魔。死と頽廃、妄執と狂気の産物、ヴィルジニア・ルクスリア。
 彼女は猟兵にして、ヒトならざる何かでもある。彼女が裡に秘めたものの一端を、その血から引きずり出し、寂鐸は鎚を以て、霊刀の小割れと聖山の玉鋼に叩き込み、神木の炭にて焼き封じた。そうして生まれた最上級の屠霊鉄にて仕立て上げられたその刃は、もう|一刃《ひとり》の彼女と言ってもよい。吸い付くように手に馴染む反面、恐らく己が身に向けたならば、それこそ彼女の魂にさえ届く威力を秘める。
 黒く美しく、しかし妖しく危険。清浄たる煌めきを帯びることが多いはずの屠霊鉄において、異例の黒曜の輝き。――彼女の身の裡に渦巻く悪禍、そして業を、|幽《ゆう》する為の|全《まった》き籠。
 |字《あざな》して、悪禍幽籠『闇綴』。




 ――永海の里の西の妖山は、災厄吹き溜まり、次々にあやかしが生まれ、それらの|物怪《もののけ》同士が殺し合う修羅の地である。ヴィルジニアはそれを知っている。
 かつても彼女はここに訪れ、一匹の水妖を屠った。その時の経験から知っている。この山は常に揺らぐように形を変えており、まるで時空が歪んでいるかのように、有り得ぬ地形が連なっているのだと。
 その中でも特に陰の気の強い、燃える山道で、ヴィルジニアはひたり、と足を止めた。あたりはまるで地獄のようだ。妖異の骸が折り重なり、屍山血河の様相。そのど真ん中で、黒く蟠るガスめいた人影が、尽きるともなく呪詛を吐く。
『ああぁあああぁぁぁ……ちくしょう……畜生、畜生、畜生の糞ッ垂れ……俺様を……この俺様を、クソ人間共如きが……一匹一匹じゃあ何も出来やしねえ、ウジ虫共の分際でぇ……!!』
 黒く蟠った童ほどのその影は、三対の複腕に刀を六本ぶら下げた――恐らくは名のある鬼の影法師と見えた。ヴィルジニアはその影が、かつて何と呼ばれたのか伝聞で知っている。永海の里を襲った未曾有の危機、一刀散磊刀狩を引き起こしたその首魁。八刀流の剣鬼。
 足を止めたヴィルジニアの気配に気付いたように、ぐりん、と影鬼がヴィルジニアを睨んだ。
 ずん、と空気が重くなる。尋常ではない威圧感。
『|手前《テメ》ェ……匂う……匂うぞ、過去殺しだなァ、手前ェ……!! ここで、会ったが、百年目ェ!!!』
 ぶおッ、と音を立て、影鬼は腕を振るった。童子に、朱く煌めいた刀の一本が虚空を裂き――その軌道が|延びる《・・・》。八刀流、空絶閃!! ヴィルジニアは斬撃が己が身に至る前に飛葉の如く横にステップ、軌道上から身を躱す。ヴィルジニアの背後遠く、死体の山が二つに裂ける。
「死んでも死にきれなかったというところかしら」
 オブリビオンとはそれそのものが、三千世界より零れ落ちた星の黒点。悪縁を結んだ者が殺さぬ限り、何度でも生まれ変わると伝え聞く。あのオブリビオンも今まさに|生まれ直す《・・・・・》その過程にあるのやも知れなかった。永海の里に、そして猟兵に抱いた黒い怒りもそのままに、この妖山で|徒《いたずら》に殺意を撒き散らし続けていたのだろう。

 ――何と無為で、何と浅はかなことか。

「……それならもう一度葬るまで。何度あなたがここに来ようと――永海に、あなたの刃は届かない」
「洒落|臭《くせ》ェッてんだよぉぉおおぉおお!!」
 空絶閃、連発! しかしてヴィルジニアは軌道を一瞬前に読み、|斬道《ざんどう》を巧みに切り抜けながら、左腰に差した打刀を抜く。黒い光。不可視、不可蝕の魔こそを斬るべく鍛え上げられた、屠霊の鋼。
 影鬼が戦いたように震える。
「て、手前ェ!! その刃は、あの忌々しい人間共のォ……!!!」
「今のあなたには、|刹鬼鉄《せっきてつ》よりもこちらがお似合いね。――会えて嬉しいわ、亡霊さん」
 だって、試し斬りに丁度いいもの。
 ヴィルジニアはまるで地面を、燃える木を、屍の山を蹴り飛ばし、ピンボールめいて接敵。
 風切音を立て、鬼影の胴を上下に一閃した。

 ああ、この場に屍山のある理由は、当然も当然。実体を持たぬ鬼の影は、大抵のあやかしの爪牙を擦り抜ける。そのくせこの亡霊が持つ魔眼『鬼天』は、かつてこの鬼が放った斬撃を、八刀流『空絶閃』として常世に再現し続ける。つまりは一方的に斬撃を叩き込むことが出来る、まさに無双の状態であったのだろう。

 そう。ヴィルジニアが、|闇綴《かのじょ》とともにここに来るまでは。

『あ、が、あ、あああ、ぐえウッ、畜生、ちくしょ、……ここまでェ、魂を……作り直した、ってェのにいいい、』
「言ったでしょう。『もう一度葬る』と」

 ひゅおッ、血振りをする如く闇綴を振れば、刀身に、血煙めいて纏った闇がぶわりと散る。

『ぢぎしょおッ、殺して、殺し、ごろじ……があああああああああっ!!?』

 呪詛を撒き散らしながら、天地両断された鬼の影法師は、黒々爆ぜて千々に舞った。
 不完全な魂の一部とはいえ、かつて永海を苦しめた狂気の剣鬼を、まさしく一刀のもとに断ち斬ッた黒き刃は、刀台から取った時そのままの輝きで、ヴィルジニアの手の中に侍っている。
 くるり廻して、鞘へ収める。ヴィルジニアは踵を返した。

 ――果たして、これから幾つの呪い、魔、霊を斬るものか。鞘の中で闇綴は、今も次の獲物を待っている。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年11月06日


挿絵イラスト