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“|殺《ころ》、コロ、|転《ころ》、ころ――”
大淫魔スキュラが放った霊玉たちは来るべき『時』に備えて各地を転がり、人間やダークネスの残骸、残されたサイキックエナジーを吸収していく。
主がいなくなろうとも転がる霊玉たち。肉塊が成り生まれた脅威は、見つかれば灼滅者の手によって灼滅された。
これが武蔵坂学園に残された、霊玉の情報。
少しずつ力を蓄えていく霊玉も在れば――かつて起きた大戦『新宿防衛戦』でスキュラと共に散った霊玉も在る。
灼滅の際に起こるサイキックエナジーの発露。灼滅される彼女が現世に落としてゆく残滓のなかには小さな霊玉。
カツン、と新宿の地に落ちた霊玉は、落下の衝撃に新宿駅の片隅に転がっていく。
地下に新宿迷宮があるこの地は、サイキックエナジーの流れが活発だ。
風の様に闇の力が吹き荒ぶこの地で、吹き溜まりとなった場所で刹那に座した霊玉は、スキュラの灼滅と共に砕け散った――これは、もう残骸だ。
けれども散った霊玉は消えることなく、そのまま時は流れた。
通路を流れていく風音は、通りゃんせと謳うように虚ろな人々の声や歩みを、日々を、時間を流していく。
負のエネルギーが駅に集うては流れて、吹き溜まりへと運び込まれ。
地上の忙しい日々は、かつてこの場で起きた凄惨な事件を薄れさせていくものだ。
床を叩く雑踏が、真下に在る残骸へと届く。
――振動に僅かに弾むソレは、長い年月をかけて肉を纏い始めていた。
肉同士が擦れ合う音は容赦がない。時折訪れる強い振動に跳ねて、コンクリートの床に落ちては僅かな削り痕が刻まれて。
ぐちぐち、ぐしゃり。
誰かの悪意に叩かれて、突きとばされて、貫かれて。
|転《ころ》されて、|殺《ころ》されて。
新宿駅の振動、雑踏、酔っぱらいの罵り、誰かを害したい悪意。
そんなものが吹き溜まりに流れてくる。
残骸はいつの間にか、再び丸くなっていた。
轟と電車が過ぎれば光と影が交互に流れてくるこの場所は。
過去、凄惨な強姦殺人が起きた場所だ。
ここで、大淫魔スキュラの霊玉は再度育った。
犠牲者の恐怖を起点に発生した負のエナジーが、心身の残滓が、霊玉の残骸に纏わりついた。
犠牲者と砕けた霊玉。二つの残滓が少しずつ集まってくっついて。
これが、新たな形成のはじまり。
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あと少し経てばハロウィン。
陽の季節が過ぎ去ろうとし、暗闇の季節が喚ばれる。
そんな10月29日、深夜。
新宿駅の片隅でひっそりと育った肉塊の内側が蠢いた。
肉塊から突き出る指先。続く細い腕がぬちりと肉塊を貫いて、虚空を掻いて、バランスを崩した肉塊がごろりと転がった。床に落ちた腕がゆっくりと滑っていく。
肉塊は徐々に破かれ、肉片と粘液に塗れた何かが這い出てくる。
純粋な、生きるための、無垢な動きで。
それは、ヒトの形をしていた。
それは、少女の姿であるようだった。
それは、人間にはないはずの、先端がスペード型の黒い尻尾があった。
今宵は有明の月。
光が届きにくいサイキックハーツの世界で。
一人の淫魔の少女が生まれ落ちた。
成功
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