境界の内外揺らがば、見えぬを見る
●噂の屋敷
いわくつきの屋敷。
この屋敷に配送、集荷を行うのは初めてではない。
いつもは集荷も玄関先に置いてあるので、特別大変だと思うことはなかった。
だが、常なること、というのはいつだって揺らぐものである。
言ってしまえば、シーソー。
仮にオカルトが真であるのならば、反対側にあるのは現実、リアル。
若者にとっての現実は彼の人生経験上、最も比重の大きなものであった。
「……でもでも、それでもさ」
歯の根が合わない。
なんかいつもの屋敷ではないように思えたのだ。
いつもの雰囲気ではない、というのが正しいだろう。
もっと言うのならば、なんだか寒気がする。
酷暑を乗り越え、厳しかった残暑も乗り越え、漸く涼し気な秋の気配を感じることができたと言うのに、この屋敷の周辺だけ嫌にひんやりしているのだ。
酷暑の夏に味わいたかった!
じゃなくて!
そう、逼迫した事態は眼の前にある。
常なるものがないのならば、非常時である。
そう、集荷に伺ったのだがいつもならば集荷ボックスに送り届ける品物があるのだ。
だが、今日は無いのだ。
今日に限って、といえば良いのだろうか。
「……なんで!」
本当になんでだろう。
『何か出る』と常々語られてきた曰く付きの屋敷。
今日に限っておどろどろしい雰囲気が周囲に満ちているし、霊感というものが自分にあったのかと涙目になりそうになる。
こんなことなら霊感なんていらない。
だがしかし、これも仕事なのである。
配送業。
つまりは、集荷して送って配る。
そのための第一歩。
集荷を今まさにしなければならないのだ。
「……ええい!」
呼び鈴を押す。
くそ度胸だけが身についているように思える。が、自分が期待していたような呼び鈴の音が響かない。
普通、呼び鈴の音っていうのは『ピンポーン』というもんであろう。
メロディというか、イントネーションっていうか、大体そういうものである。
もしくはブザーというくらいだから、『ブー』とかそんな音であろう。
いくら奇抜な呼び鈴でも、そこまで外れたものではない。
が、何故かこの屋敷の呼び鈴はそのいずれにも当てはまらないものであった。
「ぷきゅ~」
「なんで!?」
本当になんで!
え、なに!? え!?
混乱に満ちた頭の中で屋敷の奥から足音らしきものが聞こえてくる。
嗚呼。
ついにこの屋敷の人間と相対してしまうのか。
「はいはい。お待たせいたしまして~」
がらら、と引き戸が音を立てると、そこに立っていのは、馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)だった。
年の頃は初老を過ぎたあたりであろうか。
男性である。
あ、案外普通の人だ、と安心する。
むしろ、自分が考えすぎだったのだ。いくら、曰く付きの屋敷に澄んでいるからって住人まで化け物みたいな格好をしているわけがない。
ホラー映画の見すぎであろう。
と、その男性の背後に年若い者がもう一人。
確かに大きな屋敷であるから、一人で住むには広すぎるであろう。同居人がいたのか、とは思わなかった。
「あ、集荷に参りました……」
「ええ、こちらですよ~。すいませんね。いつもの集荷ボックスには入り切らないものでして」
そう言って差し出された段ボールの箱を見下ろす。
一応、伺ってはいたが、実際のサイズを図る。うん、問題はない。
伝票を確認すると、品名が『あみぐるみ』である。
ああ、またなのかと思った。
いや、むしろちょっと意外な気持ちが湧き上がってくる。
これからこれを配送するっていうことは、二人のどちらかが『あみぐるみ』を編んだ、ということになる。
どちらかな、と詮索するのは職務上あまり好ましくないだろう。
「大きくてすませんね~さつまいものあみぐるみでして~」
「ああ、さつまいも。季節ですよね」
「はい~馴染の農園から『さつまいものあみぐるみを作って欲しい』とのことでして。張り切って作っておりましたら、こんなにも大きく」
段ボールを示す男性に、ちょっと笑ってしまう。
勢い余って、というやつであろうか。
落ち着いた雰囲気とは裏腹の言葉だった。
「さつまいもといえば、焼き芋が好きなんですよ。俺。皮ごと行っちゃうくらい」
「ああ、なるほど。確かに依頼をくださった馴染のところのさつまいもも、皮ごと食べて欲しいと言っていましたね~」
「やっぱり皮もふくめて焼き芋ですよね!」
「どうやら、よほどお好きなようでして~」
「……あ! すいません。仕事に関係ない話をしてしまって」
「いえいえ。仕事ばかりというのも息が詰まるでしょう。時には息を吐き出す時間も良い仕事には必要なことでして~」
「そうですね。あ、確かに御品、お預かりしました!」
それでは、と玄関を辞する。
なんだ、なんだかんだと言っても普通の屋敷ではないか。
曰く付きというのは、その外見が古いからそう見えるだけなのだと、軽い足取りで抱えた段ボールを荷台へ乗せて、今日一日の集荷コースへとまた戻るのだったライン。
●それから
「んえ!?」
ぶぼ、と己は休憩所のスペースで飲んでいたお茶を吹き出していた。
「うわっ、汚っ」
「す、すいません! え、でも!」
「いやだからさ」
先輩の言葉に喉が詰まる。
そう、あのお屋敷での出来事を武勇伝のように自分は語ったのだ。
先輩たちはビビってましたけど、普通の屋敷じゃないすか、と。
いるのは初老の男性と若い人だけでしたし、と。
そこで先輩たちは顔を見合わせた。
「何いってんだ。あそこに済んでいるのは、どちらも初老を越えたくらいの御夫婦だぞ」
「んえ!?」
冒頭に戻る。
「たまに猫ちゃんにも会える」
「いや、いやいやいや! だって、若い人が……」
あれ?
若い人?
若い人……って良い方変だな。
自分の言葉なのにおかしいと感じる。
普通、若い男の人か若い女の人、と言うだろう。だって見たのだから。見たまま性別を告げれば良い。
なのに、どうしても思い出せない。
あの若い人は、男性女性どっちだったっけ?
いや、そもそも若い人がいない?
じゃあ、自分が見たあの人は?
一体、なんだったのだろう?
先輩たちがグルになっているんだと思ったが――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴