イェーガーヴィネット・Side『シャルロッテ』
●アハト
己を己と認識するための要因が名前であるのならば、それは一つだけでいい。
人格が仮面に例えられるように、人は社会という集団の中で己が役割を担うために生来より持ち得ていないものさえ、あるかのように演じる。
『アハト』というハンドルネームは、彼にとってそうであった。
自分の本名はある。
が、それとは別にどうしてか、この数字を冠する名がかけがえのないようなものに思えてならかなったのだ。
彼自身、その要因はわからなかった。
わからないから、彼はその心にたまった何かを吐き出すように彫像として世界に生み出し続けた。
しかし、創作への衝動は抑えようとして抑えられるものではない。
しなければならないことだからするのではない。
せずにはいられないことだからするのだ。
彼にとって、それは自然なことだった。息をするように、当然のことだった。だから、何かを作ることをやめられないのだ。
「……――できた」
彼の手によって完成したのは、とある学園生活RPGのキャラクターたちの学生生活の一場面を切り取ったヴィネットであった。
プラスチックの塊であれど、組み上げ、ポージングを取らせれば、そこに仮初出会っても生命が宿るようであった。
ともすれば、彼、彼女たちは動き出しそうにさえ思えたのだ――。
●君を作る
最近の流行を知るのにSNSとは良いツールであった。
最新を最速で知ることができる。
スマートフォン端末の画面を一つタップしてアプリケーションを起動するだけで世界中とつながる。
氾濫する情報を泳ぐようにしてシャルロッテ・ヴェイロン(お嬢様ゲーマーAliceCV・f22917)は、スクロールする情報の一つに目を留めた。
それは画像だけSNSに投稿されたものだった。
「おや」
これは、と見覚えがあったのは、彼女が他者に布教するほどに好きなゲームの静止画の一幕に思えたからだ。
けれど、それはゲームの静止画ではなかった。
プラモデルだ。
所謂美少女プラモデルという類の模型を改造して、ゲーム内のキャラクターたちを作り上げたヴィネット。
「この完成度は……まさか……ああ、やっぱり!」
投稿主のアカウント名を見てシャルロッテは目を見開いた。
そして、同時に自分の今日の目的地である模型店の前に、そのアカウントの主を認めて二度目を大きく見開く。
「やあ。この間はどうも」
「どうもじゃあないですよ。手が早すぎませんか、あなた」
シャルロッテはとある模型店の店先で偶然再会を果たしてしまった『アハト』に端末に浮かぶ画像を突きつける。
「ああ、それ、見てくれたんだ。嬉しいな」
「このヴィネット、よく出来てます。早速ゲーム、やってくれたんですね」
「うん。なんだか学生生活を思い出してしまったよ。そういう君は?」
「今日はですね。OFSの納品があるってんできたんですよ。知ってます? オリジナル・フィギュア・サービス」
「おり、何?」
「オリジナル・フィギュア・サービス。写真を基にしてオリジナルのフィギュアを作成するサービスですよ」
それを今日シャルロッテは受け取りに来ていたのだ。
「そんなものが」
「そうなんですよ。これがまた互換性を持たせてくれたりと至れり尽くせりなサービスでして」
まあ、立ち話もなんだし、とシャルロッテは『アハト』と共に模型店に入る。
シャルロッテは店主から納品された己がモデルのオリジナルフィギュアの出来栄えに簡単の声を漏らす。
首がジョイントになっていて他の美少女プラモデルとの互換性によって挿げ替えができるようにできているのだ。
「今、人気なのは『銀誓館学園高等部』の夏服Ver.と『武蔵坂学園高等部』の冬服Ver.なんですよね」
シャルロッテはウキウキである。
その様子を見ていた『アハト』は頷く。
「それにしても造形が見事だね。簡略化したい所もしっかりイメージに落とし込んでいる」
「でしょう~。このためにそれなりの金額を突っ込みましたからね! それに本領はここから!」
そう、互換性が持たされているということは、メカ系であったりミリタリー、ファンタジー、その他のプラモデルのパーツがオプションパーツになるということである。
となれば、後は手にしたシャルロッテの想像次第で様々な姿形も思いのままなのだ。
「これは沼、というやつだね」
「そうです! 沼です。さあ、あなたも! いえ、あのヴィネットの中にわたしのモデルを飾らせてください!」
「いや、でもこれ、君がモデルなんだろう?」
「だからなんですか。あんな素敵な作品を見せられて心躍らないわけがないでしょう」
「それは、嬉しいけれど……え、まさか今から?」
「ええ! もちろん! ブンドドっていうのは自由で楽しいものなんですから!」
そう言ってシャルロッテは『アハト』を新たなる沼に引きずり込むべく、第二の矢ならぬ第二の布教活動に勤しみ、楽しい一日を過ごすのだった――。
成功
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