●秋
人間だけが四季を一等強く感じることができるというのならば、それはうぬぼれである。
猫のヒゲがピクリと動く。
一匹、また一匹と秋風に誘われるようにして夕暮れの道に現れる。
猫たちは気温の変化に敏感だ。
日中はまだ残暑と言って良い暑さだけれど、日が沈むに連れて涼やかな空気がおりてくるようだった。
温かい空気は上に、上に。
冷たい空気は下に、下に。
猫たちは軽い足取りで、いつものように夕涼みをするために猫集会へとやってくる。
今日の議題はなんだろうにゃあ。
あすこの家の人間は美味い飯をくれるにゃあ。
にゃんだか昼間は暑くてまだまだ動く気にゃあなれぬ。
そんな具合に猫たちは、それぞれに思い勝手に鳴く。
とりとめもない話題である。
だが、それが猫たちにとっては日常なのだ。
猫たちは人間のようにストレスなるものを溜め込まない。
まあ、環境が変わってしまえば、猫とてストレスを感じる。が、猫は人間と違って環境を即座に変えることができる。
曰く、人間はのろまだからにゃあ、とのこと。
どんくさいにゃ、とも言っていたかもしれない。
それが猫の自由なところであり、身にストレスなる害あるものを溜め込まぬ理由だったのだ。
そんな猫たちの集会をふわふわと浮かびながら眺めているのは性別不明の幽霊『夏夢』であった。
猫たちに彼だか彼女だかが見えている。
だがあまり脅威には思っていない。
なぜなら、自分たちのボスであるところの『玉福』が従えているからである。
従僕と言って差し支えないであろう。
「お猫さまがいっぱいです~!!」
変な声で鳴いてはいるが、まあ、多分害はないのだ。
「にゃあ」
ボスである『玉福』の一鳴きで一斉に猫たちが振り返ると、どたどたと重っ苦しい足音を立てて近づいてくる人間がいるではないか。
まさか自分たちをとっ捕まえにきたのかにゃ!?
でもどんくさいにゃ。
あんなのに捕まる猫なんているのかにゃ?
猫たちは蜘蛛の子を散らすようにして次々と木々の枝の上に飛び乗ったり、散っていく。
その様子を見てドタドタとした足音を立てる人間は膝から崩れ落ちるようにして、へたりこんでしまう。
「ああああ……」
なんだかあわれにゃ。
だが、そんな人間を前に我らがボス『玉福』は一向に怯むことはなかった。逃げることもなかったのである。
如何に体躯が大きかろうが、『玉福』にとって、主人である馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)以外は下僕同然である。
取るに足らんのである。
「にゃあ」
威厳たっぷりに鳴くと人間は顔を上げる。
「あの! ボス猫さあああん、うちの猫見ませんでしたかぁぁぁ!?」
にゃんだにゃんだ。
にゃんなのだ、あの人間。
いきなり大声で泣き出すではないか。
滂沱の波だ。
涙で池ができそうだにゃ。
ふむふむと『玉福』が頷く。
どうやら事情を理解したようである。
あれでにゃ!?
なんでわかるにゃ!?
理解力ありすぎにゃ!
猫たちはびっくりしてしまった。どうやら、人間は猫を探しているようである。
「にゃんにゃん」
「この子なんですけどぉぉぉ!」
「にゃん」
人間が広げていたのは一枚の紙である。
そこに映っているのはどうやら、人間の探している猫であるようだった。
人相書きならぬ、|猫《にゃん》相書きである。
それを見て、一匹の猫が一つ鳴く。
そうだにゃ。なんかあの人間みたことがあるにゃって思ってたんだにゃ。
あれは確かクロブチ野郎の飼い主であるにゃ。
「にゃんにゃー」
「にゃんにゃんにゃー」
『玉福』の言葉に猫が頷く。
確かに此処の所見ていない。いつもならば自分の縄張りを歩いているはずである。ともすればこの集会場にもやってきたことがあるはずだ。
「にゃん」
『玉福』が頷いて人間の膝小僧を嗅ぐ。
と頷くようにして駆け出すと、それ続くにゃ! と言わんばかりに猫たちが走る。猫が走りゃ、人間も走る。ついでに幽霊も走り出す。
「どこに行かれるのですか~!」
「にゃん」
『玉福』は頷く。
この人間が迷い猫の飼い主であるというのならば、よく抱きかかえるだろう。人間が抱きかかえるのならば、それは大抵腕の中であるが、膝の上に乗せることだってある。
その匂いをたどれば当然、迷い猫の元へとつながっているはずなのだ。
いや、ワンコロじゃないんだから、と猫たちは思った。
が、まあ匂いでコミュニケーションを取るので、間違ってはない。
でも、ちょっと気になる。
この方角って。
そう、『玉福』の縄張りではないだろうか?
このまま自分たちが行って良いものかにゃ? いいものじゃないかにゃ?
「にゃぁぁぁぁん」
か細い声が聞こえる。
ああ、奴め、よりにもよってボスの縄張りに迷い込んだのだな。
不幸中の幸いであったとも言える。
なら、もう安心だ。
我らにできることはない。
なら、夜の帳が落ちるまで、もう一涼みと行くにゃ――。
成功
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